2026年5月21日木曜日

訓師の道と訓師の生き方 ◆2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<8> 文亨進二代王

訓師の道と訓師の生き方

2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<8>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

 2026年4月30日 台湾聖殿韓国語木曜礼拝


数千年続く宗教には修行僧がいる

翻訳 clean

古代の数千年続く宗教には、常にこうした修行者の層があるのです。数千年続くその宗教は、修行者がいなければ、そんなに長くは続かないのです。そう長くは。

プロテスタントはカリスマ中心で進みます。牧師たちのカリスマ。カリスマ中心の教会は、一世代、一世代も持たない。いつも二世代から崩壊し始めます。


チョ・ヨンギ牧師も、その純福音教会も、チョ・ヨンギ牧師が引退した。亡くなったか?チョ・ヨンギ牧師が 亡くなった後、2世から崩壊し始めた。カリスマ中心の教会は長く続きません。

なぜ?カリスマを通して教会は大きくなりますが、教会が大きくなればなるほど不正、腐敗がもっと多く生じます。


宗教もそうです。宗教が大きくなればなるほど、あちこちで不正、腐敗がより多く生じます。

そうしてその不正、腐敗の宗教に次第に溺れていけば、滅びる様になります。

信徒たちの信仰と信頼感もすべて失わせて。


しかし、何千年も続く宗教を支えているのは修道士たちだ。修道士たち。修道士たちは純粋な精誠と祈りだけをしている。

宗教が大きくなっても、宗教の大きな本部に入らず、ずっと山で静かに精誠を尽くす。

なぜそれが長期的な、数千年続く宗教を生き延びさせるのか?

数千年続く道で、教会が大きくなり、不正や腐敗が大きくなれば、教会は次第に堕落していく。

しかし、純粋に精誠を尽くし、主を愛し、自分にはお金も名誉もないけれど、それでも毎日主を追い求めるような修行者たちがいなければ、再び正しい道に戻ることは出来ない。その組織が崩れるとともに、自分たちも一緒に崩れてしまう。


それゆえ、天主教、正教会、仏教、ヒンドゥー教といった数千年続く宗教を見ると、常に常に修道層がいる。修道士の層。

それがなければ、宗教が大きくなりすぎて、あまりにも、腐敗してしまった時、正すことが出来ない。再び正しい道、純粋な道へと戻すことはできない。 

しかし、修行者がいれば、組織が堕落している中でも、信者たちは次第にその組織から離れ、修行者を支持するようになる。


なぜ?修行者たちは、本来の姿で精誠と祈りの生活を送って、本来の姿をしているから。

だから組織が大きくなり、不正や腐敗の中で組織が崩壊しつつある時、信者たちはそれを感じ取り、次第にその堕落した組織を信じなくなり、段々修道士たちを支持し、山へ行って修道士たちを支持するのです。

なぜ?修道士たちは純粋に主を追求する生き方を送っています。

だから、その宗教は再び生き返るのです。これが、分かりますか? 


組織が崩壊しても、その信仰は死なないのです。なぜ?純粋な指導者たちがいるから。牧会をしながら金持ちになるために牧会した人ではなく、何もなくても主を求め、毎日苦難と苦行を自ら行い、眠る時も楽に眠らず、毎日辛い、精誠を尽くし。


だから、数千年続く宗教は再び正しい道を取り戻せるのです。再び。

プロテスタントにはそれがないから、プロテスタントの教会は次々と滅びていきます。カリスマのある牧師が亡くなった後に滅びるのです。


訓師の道は牧師よりも遥かに過酷な修道士の道


だから訓師層がそれなのです。訓師層は牧師層よりもさらに純粋な修道士活の層たちです。恐ろしい層。恐ろしい層です。


名誉を得るために、金をもらうために、栄光を受けるためにやってはいけません。そうすればサタンです。サタン!

若い連中も、二代王に仕え、今、修道士の道を歩んでいるではないですか。訓練。

これは一般的な牧会の道ではありません。これは牧会者よりももっと過酷な修道士の道。

こういう道はカリスマ中心の道ではありません。


修道士の道は、カリスマ、どれほど人々を泣かせるか、あるいはどれほど御言葉をうまく語るか、といったことではありません。

修道士の道は、どれほど純粋か、どれほど悔い改めるか、どれほど自分を絶えず殺せるか。

これは違います。

ですから、このような深刻な訓練や、こうした部分があるから、これから食口から多くの愛を受け、より多くの尊敬を受けるようになるのですが、しかしそこで溺れて道を外れてしまえば、サタンになってしまうのです。サタン。分かりますか?

だから常に気をつけなければなりません。いつも良い心で始めることはできますが、私たちがどう生きるかだけでなく、どう死ぬかが重要です。

死ぬのはどうせ皆死ぬことだから、実は私たちは、聖書の御言の通り、毎日死ななければなりません。毎日死ななければならないです。

3: 21:23

ですから、修道士の道は別のレベルです。別のレベル。

江利川会長と李会長は、皆さん良い方だとおっしゃっていますが、良い方でもサタンになり得るのです。だから、常に気をつけなければなりません。


訓師の道を歩みながら、常に自分自身を殺さなければなりません。そうでしょう、違いますか? 


そういう内容で、毎日自分を殺し、自分の欲望を捨て、自分を捨て続けなければならない。

そうしながら、主と御父様の宝血の恩恵が大きくなっていかなければならない。

そう、そうじゃない? 

異端者は訓師をターゲットにする


だから異端派たちがいつも、宝物として掴もうとする人たちが、訓師たちです。一番多く攻撃を受けなければならない。

皆さんが訓師の道を歩むなら、皆さんは標的にされ、食い物にしようとする。

だから皆さんは常に、そういう部分に気をつけなければならない。

訓師の道を歩みながら、自分一人で動いてはいけない。常に、訓師の先輩たちに尋ね、カウンセリングを受けて、常に気をつけなさい。

すべての友人、家族、そして他の異端派には常に気をつけなさい。

異端派は皆さんの家庭を利用し、皆さんをコントロールしようとします。

皆さんの子供たち、特に一人の子供を捕まえ、父親に最も影響を与える子供を捕まえて、皆さんをコントロールし、異端派にしようとするのです。


分かりますか?常に注意しなければなりません。

訓師層は、本当の子女様ではありませんが、それでも子女様のようにターゲットにされます。

なぜならば、二代王様が直接訓練し、三代王権が身近に接する層だからです。

多く標的にされるのです。


だからただ、訓師の道を歩みながら、牧師のようにただするのではなく、常に、信仰の盾、盾を常に掲げなければいけない。訓師を誘惑しようとする人々が多いからそうだ。


あれこれと訓師を使って、二代王様が任命した総会長たちと戦わせようとして、そうするでしょう。ターゲットにするというのです。


そうしながら、私たちはどうなった?金勇力訓師も標的にされたじゃないですか。

自分の派を作って、二代王様が立てた李相烈総会長と喧嘩を仕掛けさせて。そうするんだ!

そう、そうじゃない?


二代王様が呼びながら、テネシーでみんなテントで一緒に寝かして、旅人たちみたいに、プラスチック、プラスチックの私たちはタープの下で、訓師たちと李会長と一緒にそこに住んで、みんなそこで一つになったじゃないですか。互いに悔い改めて。


「ああ李会長はこういう人だと思っていたけど、一緒に暮らしてみるとそうじゃなかった」。

訓師たちも気づかされた。


人々はそうするということだ!自分たちは二代王様、三代王様に影響を与えようとして、訓師たちをターゲットにするんだ。

分かりますか? 分かりますか?(「はい」)


訓師の道を歩む人たちは気をつけなければいけない。気をつけろ。そういう部分は常に気をつけなければいけない。

訓師が行く道は常に、御父様と三代王権に100% 忠誠を誓い、精誠を尽くす生き方は他の人々が誘惑しようとします。

人々を食い物にしようとし、影響を与えようとする、そういった部分を与えようとしても、遮断することができます。


ジョ・マンホやホ・ヤンといった詐欺師どもは堕落した連中だ。

分かりますか?そういうことには常に気をつけなければなりません。気をつけろ。


ですから、皆さんもこのような教育を受けなければなりませんし、二代王様も常に、信俊王も常にこのような教育を行っています。


訓師は詐欺師に気をつけろ


常に三代王と御父様、王権の責任者の座は、常に詐欺師にも気をつけなければなりません。

常に皆さんも詐欺師には気をつけなければならない。

訓師の道を行く人たちは、詐欺師に気をつけなければならない。最も気をつけなければならない。

皆さんを利用し、カインとアベルを分かれさせようとし、御父様の王権を分裂しようとする、そんなことをする連中が近づいてくる。

分かりますか?


一人の時は、純粋な精誠、そして苦行に感謝する心から出るべきであって、名誉や栄光、食口からの称賛を受けたら堕落、堕落です。


アイロニカルな内容だ。

食口の前での称賛、名誉、栄光、それらを捨てれば捨てるほど、かえってより多くの称賛と栄光を受けるようになる。反対、反対だ。

それを追求する連中は、堕落する。

かえって結末は良くない。


だから修道士の道は、神様が用いられるものであり、その宗教が不正や腐敗に陥り、どんどん大きくなればなるほど、そうした事態になる確率が高まるから、修道士たちは神様が修道士たちの純粋な精誠を用いて、その教会と、その国と、その宗教を再び蘇らせる働きをなさることができるのです。復帰。

その層がなければ、多くが散り散りになってしまいます。

分かるか、若者たち。 (「はい。」)


訓師は自分と戦い自分を殺す生活


ですから訓師の道を歩む人々は、常に自分の心が100%、純粋であることはできないので、自分自身の心も汚れており、罪も多く、欲も多いため、常に自分自身と戦わなければなりません。

毎日訓練、自分自身と戦うことです。自分が自分を殺すことです。

自分を消し去り、キリストをより大きくし、自分の黒い色が消え、キリストの赤い宝血がより輝けるように。


だから精誠を尽くす生活は、恐ろしい生き方です。なぜなら、精誠を尽くす生活は、単に私たちの人生に残るだけでなく、歴史に残るからです。歴史に。


人々がこの大混乱、韓鶴子バビロン淫女の堕落の混乱の時代を見て、御父様がどのように聖霊の役事を行われるかを見たとき、私たちの荒野の時代やトランプ大統領の時代、そして中国の摂理の時代をすべて研究し、訓師たちの事も研究する様になります。

どのように二代王様が、御父様、三代王権の訓師たちを用いられたのか、また訓師たちが誰だったのか、すべて研究するのというのです。


すでにそのような歴史的な、そのような誰も経験したことのない栄光、主を直接お迎えできるような栄光がありましたが、主が霊界と肉体の勝利をすべて成し遂げられ、霊界に移動される時、その後、神の王国と王、その王権が進んでいく中で、訓師たちが先頭に立ち、御父様の三代王権を開拓する、こうした姿をすべて研究するのです。


だから精誠は、皆さんが完璧だから、精誠やそのような栄光を受けるのではなく、その心が、毎秒ごとに新たな罪、黒い罪がたくさんあっても、御父様の宝血の力でそれをすべて覆うのです。宝血の力。その宝血の勝利と、その宝血の力と、その宝血の聖霊の力によってするのです。


朴牧師様もソ連で20年間宣教されながら、正教会もたくさん見てこられましたね。

正教会の都市の神父たちもいますが、山中の修道士たちもいます。

3:37:40 翻訳 minion

その方たちは違います。

都市に住む神父たちと、修道院で暮らす修道士たちは全く違います。

その正教会も、二千年の歴史があるのに、自分たちの教会が不正腐敗に陥った時、信徒たちは皆、都市に住む大司教たちのような人々を罵ったのに、信徒たちは山へ行き修道士たちを、その可哀想な修道士たちと修道女たちと修道士の神父たちに侍り、正教会の堕落を正したのです。


どうして?国が不正腐敗から始まってはいけないではないですか。出発点が重要です。出発点が。

二代王はお金を盗んで、そのようにしていたら、どのようにして国の文化を作ることができるというのですか?二代王は数十兆、御父様が御手で選ばれた後継者、相続者、代身者であっても、お金を全て失ったではないですか。

そうですか?そうではないですか?


お金は私の神ではない。お金はキリストではない。

だからこそ、御父様の勝利圏が、御父様とカインとアベルと三代王が一緒に行くことができるではないですか。

お金は私たちの中心ではありませんでした。韓鶴子バビロンの淫婦、郭グループの詐欺師たち、異端者たちはお金が自分の中心ではないですか。お金のために御父様を売り飛ばす。


それは何ですか?イスカリオテのユダではないですか。

どのようにして文化・文明を築くのですか?そのような出発点で。できません。

国をそのような出発点で立てることはできません。国は、善なる国は、善なる出発点から、善なる三代王権とカインとアベルと真のお父様の勝利権に現れます。


康賢實真のお母様は一番の修道女


だから、康賢實真のお母様も勝利されたではないですか。女性として。

どうして?純粋な康賢實真の御母様は、実は私たちの元老の中で一番修道女のようでした 。そんな方でした。

いつも栄光を避け、いつも深く遠い後ろに座りたがり、いつも一番遠くの開拓地、ソ連、もっとも寒い場所、1人の食口もいない、そのようなところを継続して尋ねて、そのような修道女の心がありました。康賢實真のお母様は。


だから、あの長老たちの中で、御父様を自分たちの数百万ウォンの給料のために売り飛ばした時、康賢實真の御母様はそうしなかったではないですか。

そんな純粋な愛の信仰に生きていらっしゃったではないですか。


だから、女性たちの中で一番、修道女のように生きていたではないですか。実際。

他の元老の女性たちはみんな、金持ちの家の奥様で、邪悪な女たちではないですか。お金だけが好きな女たち。サタンの女たち。

康賢實真の御母様は、はるかに修道女のように、はるかに一人で生きていらっしゃいました。一人で。修道女のように一人で。アウグスティヌスの妻だったから。一人で暮らし、金持ちのように暮らさず。

結局、そのような方が勝利したではないですか。


組織が大きくなりすぎると不正腐敗した組織になったら、そういう人たちがいなければ、バイバイ、死んでしまいます。

だから御父様がそれをご存知で、康賢實真の御母様を送られたではないですか。今や私たちは勝利された、完成された真のお母様になられたではないですか。

拍手を送らなければ。(拍手)


その純粋で清らかな信仰 が最も重要です。

それが宗教の不足感や脱落の滅亡を唯一救うことのできる力です。

その出発点、出発点の純粋な愛と信仰。神様がそれを用いてくださいます。


だから、訓師たちは体は老いますが、心は常に若くなければなりません。

それが何かといえば、最初に御父様を愛した、愛に落ちたあの心。

常に御父様との最初の出会いの時の学生にならなければなりません。再び。

そのような純粋で清い愛と信仰が精誠の中心とならなければなりません。


もちろん、私たちは完璧ではありませんが、完璧にはなり得ませんが、そして不十分な部分も罪も多いですが、それでも常に初愛の心に立ち返らなければなりません。

その訓練、訓練が重要です。

そうですか?そうではないですか?


だから、そのような純粋な、・・・私たちは完璧ではありませんが、それでもそのような純粋な精誠を香りのようにお捧げしようとする時、この全ての建物も全ての村も、その精誠の波動が出て行きます。次に、村から国家、世界へと。


だから、私たちが伝道する方々もここに来てその精誠を知らなくてもそれを感じた時、「ああ、この人たちは本当に毎日毎日、主と共に毎日悔い改め、毎日新しい心で共に生きようとしている所なんだな」と、そう感じるようになるのです。

そうですか?そうではないですか?(はい。)


台湾開拓はテネシー清平の開拓より遥かに楽な開拓


だから台湾、皆さんは台湾に来て、エアコンの部屋があってトイレがあって水が出てきて電気があって、この子達は若者たちは、テネシーにいた時深い山に入って水もない、シャワーもない、トイレもない、テントで暮らさなければならなくて、エアコンもない。ありません。何もありません。電気と納屋だけがありました。ハハハ。とんでもない。

1年半の間、御父様の三代王権がテント生活で暮らしました。1年半。軍隊に行っても、長ければ30日、40日テント生活をしますが、1年半しました。

そうか?そうではないか?若者たち。


この台湾中国摂理がどれだけ楽か。部屋もたくさんあるし、電気も全部通ってるし、ボタンを押せば明かりがつき、トイレのボタンを押せばうんちが飛んでいく。

私たちはうんちの穴を掘って、森の中でうんちを全部しなければならなかった。

シャワーも、一日中テネシー清平の木を切りながら、李会長もシャベルを持って一日中訓師様と一緒にやったではないですか。

そうですか?そうではないですか?


シャワーもない。真っ暗な夜に30分運転してガソリンスタンドでシャワーをしなければならないではないですか、私たちは。覚えてますか?訓師様?(「はい。」)

(「昔の話はもう出ないかと思っていました。」)

(「小さな車に詰め込まれて」)


ガソリンスタンドに行って危険なおじさんたちが行き来してるのに。そこでシャワーを。(ヨナ王妃「シャワー室の開けたら、おじさんがいてすごく驚いたではないですか。」)

だから、女性には危険です。鍵を渡されて入って行ったのに、裸の黒人のおじさんがいたではないですか。

だから、シャワー室 も前になくて、その後ろにあるではないですか。あれは実際、危険ではないですか。女性、特に女性は危険です。


だから若者たちは、お前たちはわからない。この台湾がどれほど簡単な、お金持ちの開拓です。何だこれは?どれほど・・・冗談ではありません。


私たちは、テネシーで開拓した若者たちもすごく苦労しました。自分の人生の中で忘れることができない開拓訓練。そういう子供たちは本当に苦労しました。1年、2年、3年。


だから今回も、私たちが日本に行った時、ベイビー御父様の石の作品を準備しなければなりません。その子達の家庭に一つずつ私が分けなければなりません。テネシーで苦労した子供達の家族たち。


訓師任たちも、三家庭の夫婦が李会長と一緒に小さな部屋で、プラスチックのゴミ袋を壁にして立てていたではないですか。ビニール。それはゴミ袋だろ。ゴミ袋はビニールではありません。

ビニールで壁を作って、完全に私たちは旅人のように。

私たちのソ訓師ニムも一生懸命山で汲んだ水を、山水が出てくる水から、それをした後にその下にあるパイプまで繋いで、私たちはそのパイプがあるから、水が来たから、ものすごく大きな助けになりました。あれがなければ、山に200m登って水汲みに行かなければならないのに。

しかし、私たちの清平、テネシーの地からあんなにきれいな水が出ることがどれほど大きなめぐみだったか、実際に。

いやぁ、本当に。


さあ、子供たちもそうやって毎日、1年半もテント生活を送ったから、次に、生涯の間自然が怖くありません。

どこに行っても自分のテントや、全て失っても「私は森の中に住むことができる」という自信が生まれる。

人生が辛くなった時、そして、自分が放棄したくなった時、その感覚がまた来ます。「ああ、私は1年半も水もなく、水道もなく、トイレもなく、電気もなく、シャワーもなく生活した。今の問題なんて何でもない。」このようになります。

自分の経験がパワーになります。わかったか?若者たち。

お前たちががそこにいたら、1週間も生き残ることができないだろう。


しかし、そのような訓練を通して、子供達は皆強くなりました。技術もたくさん学んで。そこで少しはお金も稼いで。

たくさんではないがそれでも技術も学んで、大工の専門家たちも、その技術をたくさん学んで、工事をするシステムも学んで。

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2026年5月20日水曜日

正義憤怒審判、主は血染めの衣をまといて怒りの酒ぶねを踏む ◆2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<7> 文亨進二代王

 正義憤怒審判、主は血染めの衣をまといて怒りの酒ぶねを踏む


2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<7>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

 2026年4月30日 台湾聖殿韓国語木曜礼拝


強い天一国天銭文化、永遠のお父様の石彫品

だから、文化、芸術、平和軍警察、これがどれほど重要か、これを理解することができますね?


尋ねて訪門しただけではいけない。尋ねて訪門して、天一国文化がなければ、ジンギスカンみたいに崩れる。バイバイ。なくなります。

しかし、文化、芸術、作品、これらは何ですか? これらはただの芸術作品ではなく、これらはすべて御父様のストーリーです。どこを見ても御父様のストーリーが出て来ます。なぜ? これは私たち文化の根です。

どこを見ても、天銭。このサインも御父様です。このサインも御父様です。石も御父様です。香も御父様です。どこを見ても。このテレビ、この広告は誰が守ってる?御父様。全て私たちの文化文明圏。再臨主、主。


そして、作品がだんだん大きくなっている。700キロの人が生きていますか?700kgの人はいないですね?一番重い人が800ポンドか?だからそれは300キログラム。これはすでに、人類史上最も太った人よりも重いです。人がこんなに重くなることはできない。

すでに御父様のストーリーが、何も言わないで、それでも語られている作品。声が一言も出てこなくても、ここからお御父様のストーリーが出てきています。そうですか?そうではないですか?そうですね。


そして、700キログラムなのに、これから35トンのベイビー御父様。いやあ・・・。その台座に、その台座に、我々の双龍を描かなければならないですね。そうですね。あの台座に双龍の絵。ベイビー御父様35トンに二匹の龍。それを、林老師にしてもらわなければならないですね。


だから、この作品たちは、もおと。木は数千年持つが、石は数万億年持つではないですか。そうですか?そうではないですか?

私たち統一家にこのような能力のある作家はゼロ!お父様は中国の摂理を開かれて、二代王、三代王権を送られて、二代王は聖霊の導きに従って、この作家たちを伝道し、今や再臨世界歴史の中で最も驚くべき再臨主の物語を語る作品が出てきています。(「ハレルヤ」)。

 皆さん、それはできませんね。そうですね、そうではないですか?(「そうです」)


だから、木は千年、数千年持ちますが、石は数万年、数万年持つのです。考えてみてください。私たちの孫の孫の孫の孫の孫の孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫がこの同じ作品を触るでしょう。この同じ作品を。上手に保管されすれば。そうですね?

そうですね。 私たちの孫の孫の孫の孫の孫の孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫孫がこの同じ作品を触ることが出来るではないですか。

私たちの孫の孫の孫の孫の孫の孫がこの地にとてつもなく積み重なっていても生きている孫たちがこの同じ作品を触って「あ、これは誰ですか?これはベイビー御父様ですね?」これを知って学ばなければならない。そうですか?そうではないですか?パワーです。パワー。


この自然石がどれほど素晴らしく美しいか。これは自然が削ったもの、これは神様が削られたものです。

このカーブを見てください。


とにかくその600年が?600年ではなく、千利休、千宗室が天福宮に来たではないですか。あの方は二代王に会って天福宮に来たではないですか。現在の日本の国連大使。そして裏千家の王。

その方もこのような作品を受け取ったならば気絶します。


これはなんですか?千年の岩だ。千年の岩。この千年の岩。後ろを見ると、ここに化石がある。化石がここに一つ、ここに一つある。化石が。海の貝がここにある。ここに一つ、ここに一つ。いやあ・・・。ここにも。ここと、ここにある。わあ、海の化石たち。


だからこれはおそらく、海が削ったものでしょう。そうですね。どうしてこのような形になるのですか?このような石は、日本、韓国の博物館に行っても見つからないでしょう。そうですね?どうしてこんな岩が出て来たのかというのです。うわあ。

これこれこれこれこれ、後ろにこれ。皆さんは福をたくさん受けましたね。ずっと見ていられるから。二代王よりはるかに美しいですね。これは。

私はずっと見ることができないから、前にいると見えない。わあ、すごく驚きだねこれ。

うわあ、この色を見てください。光が、が白い色の光がパンパンと反射して、その黒い影とこの双龍がグアーと動いているみたいです。そうですか?そうではないですか?わあ・・・。

700キログラム。


カナコ先生も、日本で最も高い茶道用品をたくさん見ましたね。あそこの代表だったから。あの裏千家には、このようなものはありませんね。比べものになりません。

そして、この石はただ美しい石の形だけでなく、これはストーリーを語っているのです。

どんなストーリー?再臨主が誕生された。このようなストーリーです。あああ・・・。そうですね。


だから、林老師も今回、御父様が相撲のチャンピオン、相撲のチャンピオンを作られたではないですか。御父様の相撲チャンピオン。

今回、林老師がこれを作りました。相撲チャンピオンの御父様。今やベビー御父様ではありません。10代の御父様。10代の御父様。これは10代の御父様。今はベビーお父様もいらっしゃいますし、これは10代の御父様。相撲、相撲チャンピオンの御父様。

わあ、面白いですね。


皆さんもお父様と相撲の訓練はできませんでしたが、ここでこれを触るとき、御父様と相撲をとることができる栄光を考えながら、御父様、一緒に相撲を許可してくださってありがとうございます。うわー、ありがとうございます。

御父様と相撲を一度もすることができなかったではないですか。御父様と10代で相撲をした人を知りません。

今やベイビー御父様の作品だけでなく、今や10代に入りました。

2:43:29

再臨主正義憤怒審判は愛


チェン老師が今何を言っているかといえば、今、御父様の黙示録、黙示録19章15節、裁きの再臨主。今それをすぐに 始めるでしょう。木まで全て準備したそうです。


そして、うちのロビーに、その写真をあげてください。そのロビーにも、御父様、恐ろしい御父様の審判、悪を裁く恐ろしい御父様を、今、そのロビーに置く予定です。私たちのロビーで精誠を捧げる時、恐ろしい御父様の愛と正義の神の、その裁きの愛を感じながら、「ああアボジカムサハムニダ」。

それをあげてください。


だから、私たちの音楽も今回、AI音楽を作りましたね。真のお父様億万歳。わあ、驚くべき曲に作りました。音楽の世界、 AI、映画の世界、御父様の墨画作品、御父様の絵の作品、木彫りの作品、石の作品などなど、この文化世界、平和軍警察訓練。


この子供たちも、平和軍警察に同参しますね。達磨大師、関公(関羽)、孫悟空、みんな武士たちです。武士たち。皆平和軍警察。天一国、再臨主の言葉、真のお父様の言葉、天一国を保護するのです。

わあ!オーケー、これを見てください。

再臨主、正義、憤怒、悪を裁く。再臨主、正義の怒り、審判、悪。

あの双龍も出て来ますね。

ヨハネの黙示録19章15節に出てくる審判、バビロンの淫婦を審判する。

その後ろにも白い馬に乗る平和軍警察が皆いるではないですか。その後ろに。

見えますか?天から降りてしているではないですか。見えますか?後ろは見えますか?平和軍警察。見える?見えない?見えますね。後ろで。


だから、御父様は平和的に笑っている姿もあって、それでも、ぐわーーっと、憤怒されるのです。悪を。恐ろしく。


だから、その二つをいつも覚えていなければなりません。

神様は愛の神様ですが、愛の神様だからこそ悪を審判しなければなりません。悪を審判しなければ、愛の神様はいることができません。


なぜ?結婚を愛するなら、姦通を憎まなければなりません。そうですか?そうではないですか?

結婚を愛するなら、浮気は憎まなければなりません。そうですか?そうではないですか?

子供を愛するなら、児童性暴行は憎まなければなりません。そうですか?そうではないですか?

だから愛するなら、悪を憎まなければなりません。そうですか?そうではないですか?


悪を、審判しなければ正義はありません。

だから、韓鶴子バビロンの淫婦も、今、審判を受けているが、それはすべて御父様の愛です。愛。審判の愛。

悪と偶像崇拝、自分が偶像崇拝に陥ったから。数多くの御父様が祝福した子女たちを堕落させ、地獄へ、地獄へと導いている。 

2:49:00 翻訳 clean

つまり主の裁きは実は何ですか?愛。愛です。

つまり、再臨の主の姿は、ただいつも笑って、じっとしておられる、そういう女性的な内容だけではないのです。恐ろしい部分、恐ろしい父、愛の父であるのに、恐ろしい父。


主は血染めの衣をまといて神の激しい怒りの酒ぶねを踏む


わあ、ここも、ここも白い服、白い服も完全に血に染まる。

ヨハネの黙示録19章15節に出てくる話です。

*参考:ヨハネの黙示録19章

11 またわたしが見ていると、天が開かれ、見よ、そこに白い馬がいた。それに乗っているかたは、「忠実で真実な者」と呼ばれ、義によってさばき、また、戦うかたである。

12 その目は燃える炎であり、その頭には多くの冠があった。また、彼以外にはだれも知らない名がその身にしるされていた。

13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。

14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。

15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

16 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。 


白い服が、血で染まっている、白い服。

鉄の杖を掲げ、怒りのぶどう酒。怒りのぶどう酒を持って現れるのです。怒りのぶどう酒。それは面白いですね。白い馬。


龍が含まれているから、中国の人たちはこれがもっと好きです。

これ、私たちの伝道、信仰の息子、娘たちにこれを送ったら、リーハイ、リーハイ、ワンパク、みんな喜びます。

龍たちが御父様の、あの、あのベイビー、御父様の双龍の背景がまた出てくるから、みんなとても喜びます。


中国の龍は神じゃないですか。神様、神様。

つまり、自分たちの文化の神です。自分たちの文化の神が、再臨主に侍っている。あるいは再臨主が上に座っていて、自分たちがとてもプライドを感じる。なのでこのイメージをすごく気に入りました。


私がこのイメージを作って、私たちの信仰の子供たち、伝道対象者たちに送りました。 

テストするために反応はどうか試してみるように。それで、すごく気に入ってくれます。すごく気に入ってる。


だからここの道教の寺は、中国のそこはとても刺激的だ。ここのすぐ隣にあるお寺に行くと、大きな龍がいて、赤い目がキラキラ光ってる。部屋は暗くて、赤くて、とても刺激的です。怖いものを好む。


そうして、ここの儀式では、あちこちで霊通する人が現れて「うわっ」とこのようにする。

 中国の道教は、韓国の巫女よりもはるかに刺激的です。ここにナイフで頭を叩いたり、血を流したり、体を刺したりする。

韓国の巫女は、巫女はだいぶ女性的になったけれど、日本の巫女も神道もだいぶ女性的だけれど、中国の道教は、とても刺激的です。

だから、こういう刺激的なイメージを感じます。神々のパワーを感じて喜ぶ。

そういう、刺激的な、御父様の裁きの姿を見ると、「うわっ、わあ!」と反応が良かった。ハハハ


また、キリスト教の黙示録がこのように出てきて。

真の御父母様億万歳 真の御父母様太平聖代、そして下から、ヨハネの黙示録19章15節から16節まで、ああ、それを付けよう。下の方に。

いちど見てみよう。ヨハネの黙示録19章15節を見てみよう。スクリーンに映して。

OK、やってみて。


その方の口からは、すべての国を打ち倒す鋭い剣が出ていた。

彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏むであろう。

また、その方の衣と、何て言った? 足には「王の王、主の主」という名が記されています。

19:15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。

16 その着物にも、そのももにも、「王の王、主の主」という名がしるされていた。 


次を見てみましょう。次を見てみましょう。 

(はい。少し先へ進み、その節を見ると) ああ、OK、OK、13節から始めると、それは神のみ言です。

つまり、あ 11節から始めて、 鉄の杖はいつ出てくる? 18章、さっき出てきました。15節に、その方は鉄の杖で、鉄の杖ですね。

鉄の杖が出てきましたね?

でも、全部入れられないから、スペースが狭いから、その絵に。 

ヨハネの黙示録 では15節からやろう、15節、19章15節。OK。それを絵に描いて入れよう。 

鉄の杖に、その次にぶどう酒の怒り。バッと、そうでしょう?


再臨主、正義の怒り、悪を裁く、面白いでしょ、これ。

この絵も、この絵も大きくするから。

だから、これも最初に聞いた時、この部分は、うわっ!と、すぐに敬礼する様に。


だから、今、陣先生(チェンラオシ)が、この作品の準備を始めるところだ。まだ始めてないけど、木の準備は済んでいて、もうすぐ始める。 作品の彫刻。

それもここに持ってくる。ここに置こう。


カメラをちょっと上げてみて。このカメラをここに上げよう。

これを見て。 カメラをここにスクリーンに上げてみて。礼拝の時もやっただろう。 私たちのカメラが追いかけてくる。これは動くカメラ、でしょ?


本当にAIはすごいですね。そうでしょう? 最近、AIツールがあるから、もちろん悪いものも出てくるけど、それでも私たちは今、福音伝播を遥かにもっと力強く広められるでしょう。人々が目にした時、いくら説明しても理解できないでしょう。金色のボタンが、こういうAIイメージが目に飛び込んでくるじゃないですか。これが記憶に残ります。そうでしょう? 絵として現れるから。

人の目は怖いです。目は怖いです。

どこにいる?カメラ。礼拝の時にやっただろう。あ、設定を変えたの? 

国際会議をキャンセルしなさい。  キャンセル。


訓師たちは異端者の誘惑に気をつけろ


ですから、私たちは精誠の訓練が重要です。精誠訓練が重要です。

訓師の道を進むなら、政治的なゲームをしてはいけません。精誠に集中することです。多くの食口から尊敬と愛を受けるようになると、また二代王と三代王権の名誉も得て、特別な服装も下賜されるようになるから、こういう時は注意しなければならない。


そういう異端者たちが、近づいてくる。訓師たちを堕落させようとして。訓師たちを利用して、自分たちが食口を混乱させ、訓師たちを標的にすることが多いのです、異端たちは。

いつも気をつけなければなりません。

だから訓師の道を歩む人々は、称賛や栄光を好んではいけません。

称賛は実は危険なものです。危険なものです。称賛を受けるというのは、それはサタン。サタンです。サタンだと思ってください。

「ああ、私たちの訓師の方々は苦労されています。ああ、王様のために、三代王権の為に常に祈りを捧げて、苦労されています。お疲れ様です。」そんな時、「ああ、お前がサタンの口なのだな~」と。ハハハ「お前はサタンの口なのだな。」ハハハ

なぜ?実は足りない。

 いくら私たちが御父様の為に祈り、精誠を尽くしても、実際は不足です。 


だからこういう言葉もあります。ある正教会のある修道士が、自分が霊にはまって、ある日サタンが来て、「おい、ここへ上がって飛び降りるなら、お前はあまりにも苦労しているし、天使たちもお前を尊敬しているから、お前を捕まえて飛べる事が出来る」と言って、その神父が本当に飛び降りて、ほぼ死にそうになった。死ななかったけど、地面に激突して、危うく死ぬところでした。 


だから、こういった精誠の世界、修道士の世界には、そういう誘惑やサタンがたくさんいます。 これには気をつけなければなりません。

訓師の道を歩む人々は、この世界をもっと深く理解しなければなりません。 

精誠を尽くす事。

これは単なる牧会者の道ではありません。牧会者は御言を広めたり家庭訪問をしたりしますが、訓師たちはそれ以上に、修行者です。修行者たちは絶えず精誠を尽くし、見えない所で、見えない所で絶えず厳しい苦行と精誠と血を流しているのです。


だから実は、牧師たちよりも、牧師たちよりも尊敬と愛を多く受けることになります。なぜなら、苦行、二代王様がさせる苦行をすべてこなさなければならないからです。

人々から愛を受け、お疲れ様でした、といった言葉をたくさん受けます。

しかし、その時は「ああ、あなたはサタンなんだ」と言わなければなりません。この甘い言葉、苦労したという言葉、甘い言葉はサタンの言葉です。


わあ!迷彩の衣装、いいね。見映えが、この衣装、いいね。これ。おばあさん(ヨナ王妃)がすごく上手に作ってくれた。これ。私たちの白い服を渡して、そのままこの布で作るように言って、この様に作ったら、とても特異だね、これ。 そうでしょう?

鉄の杖だけ持って礼拝しなきゃいけないね。宗教法人を先に受けてから。ハハハ

わあ、これ本当に見栄えがいい。これを鉄の杖で迷彩にすれば、これがすごく、これが赤い宝血の色で全部するから、すごく見栄えがいいですね。


とにかく、とにかく、その訓師の道を歩む方々は気をつけなければなりません。

牧師、牧師の層よりも多くの愛と、あ、何だ、それを受け取るので、気をつけなければなりません。

食口たちも「ああ、お疲れ様」と言って、お金もあげたり、そんなことをしますが、そういうものを受けとってはいけません。欲をすべて捨てなければなりません。

最大限に、御父様の為に、血を流さなければなりません。

精誠を捧げながら、血の涙をたくさん流さなければなりません。静かな隅で、人に見られなくても、御父様はすべて見ておられます。

そうでしょう。そうじゃない?

だから訓師たちが褒められれば堕落する様になる。


あの詐欺師どもは誰だ? ジョ・マンホとかホ・ヤンとか、あの詐欺師ども。あの連中、御父様を売り飛ばした詐欺師ども。これは訓師。あいつらは、あれは何だ?distroed 何だ? 地位をすべて剥奪するだろ? いや、剥奪じゃなくて、あの連中は、金を追求して。

あいつらも、御父様が二代王様を王権即位式させるのを全部見た、あの詐欺師ども。ジョ・マンホやホ・ヤン、あの詐欺師どもが全部見てたじゃないですか。


詐欺師どもは、自分たちの、何だ、数百万ウォンの給料を守るために、この浅はかな奴らが再臨主を売り飛ばした。そうしながら、韓鶴子バビロン淫婦・サタン主義の内容を支持して、みんな破滅したじゃないか。今。

自分たちが、家庭詐欺連合が破綻するはずがないと思っていた連中だったのに、短い200年の間に、盗み取った金で腹いっぱい遊んで回れると思っていた連中たちが、短いたった13年で全滅した。


日本政府までが家庭詐欺連合を違法にした。それをどう説明するのだ?

日本の国自体が家庭連合を閉鎖させたじゃないか。それをどう説明するのか?違う?完全に廃止。


だから訓師の道は危険な道、危険な道だ。

多くの愛と称賛を受けながら、その愛と称賛を常に嫌わなければならない。それが一番危険だ。サタン。分かりますか? 

訓師たちが御父様に栄光を帰し、聖和するまで、死ぬまで、訓練、それを常にそんな純粋な心でやらなければいけない。お金のため、名誉のためではダメだ! 自分が死ななければいけない。

自分が死んで、自分が消えてこそ、純粋な精誠が出てくる。

目くそほどの権士たちや、誰かの長老たちに、何やら称賛されるためにしたら、サタンだ!偽りの精誠、ゴミのような精誠。

分かりますか?


ですから精誠の生活は恐ろしいことだ。恐ろしい。

恐ろしいけれど面白い。恐ろしくても面白くて、恐ろしくても自己成長もできて、恐ろしくても悔い改めもして、恐ろしくても毎日新しい、毎日毎日新しい挑戦、挑戦、新しい機会、新しい訓練。だから訓練が重要だ。

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