2026年3月24日火曜日

真のお父様によるカイン屈服◆ 2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 神がサタンを一度に除去されない理由<2> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 真のお父様によるカイン屈服

2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

神がサタンを一度に除去されない理由<2

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion監修fanclub


テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 3 04 2026


神が人間に自由意志を与えられた理由


神は人間に自由意志を与えられました。原理的に神が人間に自由意志を与えられた理由は三つに説明できます。


第一に、人間の責任分担があるからです。

神様は人間に責任分担を授けられました。

これは人間が自分の創造の一定部分を担当し、創造の偉業に同参し、神様の創造性を担うためです。

神様が被造世界の主管権を持つ理由は何か?神様が被造世界を創造されたからです。創造されたからこそ主人なのです。

したがって人間も神様の創造性に似てこそ、この被造世界に対する主管権を持つことができます。これが5%の人間の責任分担です。堕落が人間の責任分担の失敗によって起こったため、復帰もまた人間の責任分担の完成によって成し遂げられます。


その責任分担の完成はどこに現れるのでしょうか?

それはカインとアベルの関係の中に現れます。

なぜ一人では復帰ができないのでしょうか?これはキリスト教神学と原理の核心的な違いです。

復帰とは単に個人の道徳心や信仰の悔い改めや改善によって成し遂げられるものではありません。キリスト教はそう教えます。

復帰は、サタンと繋がった血縁関係を断ち、カイン側を屈服させることによって成されるのです。つ

まり、サタン側のカインの位置と神側のアベルの位置の相対的な関係において成立するのです。

堕落がサタンとの関係を通して発生したからです。サタンが人間に対する主管権を行使しているからです。


したがって、復帰とはサタンを分立し、主管権を取り戻すことです。メシアが来られる理由も、人間の祖先が失敗した責任分担を代わりに完成し、サタンを屈服させるためです。

人間自身がサタンを審判する主体にならなければなりません。

もし神様が強制的にサタンを滅ぼせば、人間の責任分担は無効になります。人間を創造された目的である自由意志による人格完成そのものが否定されるのです。人間の創造性が否定されるのです。


二つ目は原理的な主管権と所有権の問題です。

堕落によって人間はサタンの血統を受け、サタンは人類の偽りの父母として所有権を持つようになりました。

神は至高の公義なるお方です。サタンが持つ所有権の条件を原理的に蕩減しなければ、強制的に奪い取ることはできません。

人間が堕落した時、サタン側に立ったため、人間自身が神側に戻る条件を立てなければなりません。そうして初めて神が役事されることができます。


神はこの愛の勝利者を見つけるために6000年間待って来られました。

神はたとえサタンであっても、原理的な条件を備えなければ消すことはできません。神が原理的な法度を破れば、サタンが讒訴します。これは神の絶対性を自ら否定する結果となります。


第三に、サタンを力で屈服させるのではなく、自然屈服させなければなりません。

神は真の愛の本体です。力で押す勝利は真の勝利ではありません。サタンは力で追い出すものではありません。サタンは真の愛で屈服させなければなりません。力で無理やりサタンを追い出しても、サタンは決して降伏しません。

サタンは機会があれば再び訪れ、より強硬に、より支配的に人間を支配するでしょう。


しかし恩讐のサタンでさえ、神の真の愛と原理的な条件の前では自ら頭を垂れます。

「さすが、神様は公正であり、やはり私の主人です。」とサタンが告白しなければなりません。

そのような基盤が整って初めて、サタンは永遠に退くのです。これがサタンを完全に審判する唯一の道です。


それゆえ復帰も堕落の構造を逆転させて正す、そのような方法で成されるのです。

その代表的なモデルがカインとアベルのモデルです。原理によれば、長子カインはサタン側の位置にあり、天使長とエバの愛を象徴します。そして次子アベルは神側に位置し、アダムとエバの愛を象徴します。


したがって聖書に繰り返し現れる兄弟間の葛藤は、単なる兄弟間の闘争ではありません。原理に現れたカインとアベルの戦いは、堕落構造を復帰するための摂理的なも模型として理解しなければなりません。


では、創世記に記されているように、神はなぜカインの備え物を拒否して、アベルの備え物だけを受け入れられたのでしょうか?神がアベルの備え物だけを受け入れられたのは、カインを差別したのではなく、秩序回復のための摂理的な選択です。復帰は必ず神側を中心に、サタン側が屈服することによって一つになる方法で成されます。


したがって、カインがアベルに従順屈服することによって復帰がなされるのです。

では、サタンはどうすれば従順屈服させることができるのでしょうか。

サタンは無条件に人間に害を与えたり破滅へ導いたりすることはできません。

ですから、サタンを過度に恐れる必要もありません。サタンは条件がある場合にのみ人間に侵犯して役事することができます。


サタン分立の条件


したがって、サタンを除去する方法は力によってするのではなく、サタン侵犯の条件を除去して分立することです。これをサタン分立と言います。サタンを分立するためには、以下の条件がなされなければなりません。


第一に、神側の中心人物であるアベルと、サタン側の中心人物であるカインが実体世界で立てられることです。

第二に、アベルがカインを愛し赦すことです。

第三に、カインが自らアベルに対する妬みと嫉妬を克服することです。そして最後に、カインが自発的にアベルの前に従順屈服して、一つになることです。


これは容易なことでしょうか?このように神を中心にして、カインがアベルと一つになる時、初めてサタンは讒訴条件を失い、分立されます。

つまりサタンは愛と赦しの前に立つ位置を失うのです。サタンを分立することは力の問題ではありません。アベルが愛と責任を完遂しなければなりません


イエス様が「恩讐を愛せよ」と教えられたのは、愛によって原理で屈服させるという意味です。単なる慈悲の言葉を述べたのではありません。


では私たちは疑問を持つことができます。なぜ神は復帰摂理を簡単になさらずに、これほどまでに困難に摂理をなさるのか?もし神がアベルをカインより強く立てられたなら、このように摂理が延長され、困難に進むことはなかったでしょう。

なぜ神側のアベルを弱者として立てられたのか。それゆえにサタン側のカインに常に迫害され、追われ、死ぬようにされたのか?


このような疑問が湧きますよね?これは復帰摂理を理解する上で非常に重要な論理です。理由は堕落によってサタンが人間に対する主管権を先に占領したからです。神がわざとアベルを弱くされたのではないということです。


堕落後、人間はサタンの血統から出発し、サタン側が先に世界の主導権を握ったからです。

だから歴史的に見ると、権力、物質、制度、地位はほとんどカイン型勢力が先に掌握するのです。

アベルはむしろ信仰、良心、原理的価値を中心にたつ立場です。したがって復帰摂理においてカインは常に大きく強い位置にいて、アベルは小さく弱者の立場から出発したのです。


それゆえ復帰とは弱者が強者を愛によって屈服させる構造として現れなければなりません。

復帰は力で押すのではなく、愛と犠牲によってカインを自然に屈服させる構造です。

もしアベルがより強いならば、それは復帰ではなく単に支配力の交代に過ぎません。それはカインが自らの選択で神の前に再び戻る機会を喪失します。人間の責任担いが無意味になるのです。


復帰は、それゆえ強制できるものではなく、神の力によるものでもなく、カインの自発的屈服を通して成されなければなりません。したがって強制屈服や神の力でカインを屈服させることは、サタン分立の条件になりません。したがってカインがより強くなければ、カインが妬み、嫉妬、怒りを克服する条件が立てられ、その屈服がサタン分立の条件となるのです。これが神の救援摂理が血と汗と涙の路程で6000年間継続してきた理由です。


神がサタンを速やかに屈服させようとする意志がないからでもありません。神が救いを御自身が定められた時間に合わせるためでもありません。また神がサタンを屈服させることができる力がないからでもありません。


神は愛の心情で人間と被造世界を創造されました。

原理では堕落の本質はサタンとの誤った愛の関係から発生したと教えています。

従ってカインが自発的に感動されて初めてサタンが立つ位置がなくなるのです。だからアベルは道徳的正当性は同じでも外的な力は制限された位置に立つことになります。

復帰は権力闘争によって成されるのではなく、自ら選択して関係を回復する構造でなければなりません。


統一原理において、サタンも一定の条件的権利を持つ存在です。神がその条件を無視して強制的に除去すれば、自ら立てた創造原理を破ることになります。

したがって堕落と同一の条件と構造の中で、正当に原理的にサタンの権利を無効化しなければならないのです。その過程こそが、まさに弱いアベルが強いカインを感動させる構造なのです。

明らかな事実は、強制的にサタンを屈服させることは、サタンを分立する条件にならないからです。


神の摂理がなぜこれほど悲惨で遅々として進まない理由を、今、私たちは知るようになりました。

神に愛がないわけでもありません。能力がないわけでもなく、救いの意志がないからでもありません。

邪悪で嘘を多く言うサタンを愛と感動によって自ら屈服させることは、本当に本当に難しいからです。


復帰摂理の完成は、物理的・人間的・権力的な次元で成されるのではありません。復帰摂理の完成は、人間の自由意志と責任分担によって完成されます。ですから、メシアは神の実体を持って人間として来られなければなりません。そうして実体サタンを屈服させ、その主管権を再び取り戻さなければならないのです。アベルは、毅然として正義に満ちた強い信念を通して権威を獲得する存在として設定されるのです。


真のお父様と金日成

皆さん、真の御父様が北朝鮮訪問の際、主席宮殿で北朝鮮の金日成体制について遠慮のない批判をされました。映像は皆さんご覧になりましたね。

金日成主体思想を批判し、「神様主義を受け入れはならない。6.25動乱について謝罪せよ。後継者金正日の教育を私に任せよ。南韓のスパイ名簿を私に渡せ。私が神主義の統一思想で教育し、統一の働き手として育てます」。

このようなお話をされましたね。


その時、北朝鮮幹部たちは仰天しました。そして金日成と共に会議場へ向かう際、真の御父様が金日成の手首を握って歩く写真もあります。手首を握るという意味がわかりますか?私が上位者だということです。父親が息子の手首を握るのです。強い者が弱い者の手首を握り、導くのです。


ところで、北朝鮮で真の御父様が金日成の手首を握り会議場へ共に入りました。金日成は黙って手首を握らせたまま一緒に行ったのです。これは金日成を生きている神として崇拝する北朝鮮社会では絶対に絶対に許されない挑戦でした。誰もが「生きて帰ることは無理だな」という恐怖感に包まれる雰囲気だったと朴普熙総裁が証言されています。


これまで北朝鮮に行って金日成に会ったキリスト教徒や、・・・左派キリスト教徒ですね。政治家たちは皆、金日成の前で三度の礼拝を捧げ、金日成の近くに行くことができました。


ではなぜ真の御父様は北朝鮮の指導者たちの面前で、意図的にこのような姿を見せられたのでしょうか?

これは単に真の御父様に恐れがなく大胆だからと解釈することはできません。

真の御父様は北朝鮮の金日成体制の歓心と親近を得るために北朝鮮を訪問されたのではありません。

真の御父様は神の実体として第三のアダムとしてカインを屈服させるために北朝鮮を訪問されたのです。天の権威を持って金日成を救うために、彼を愛し赦し抱くために訪問されたのです。


その事件は原理的に見れば、神側のアベルがサタン側カインを屈服させる過程でした。世俗的な判断では、金日成体制の比率に合わせながら金日成と会って良好な関係を維持することが賢明に見えます。


しかし、天宙的なカインである金日成を屈服させるという天宙的なアベルの摂理的責任があるため、北朝鮮共産党が好もうが好まざろうが危険を冒してカインを屈服させる場面なのです。本当に驚くべきことです。


この事実を前にしても、左派とキリスト教勢力は真の御父様をカルトの教祖にしようと血眼になっています。彼らの魂を考えると、怒りよりもむしろ哀れみを感じます。


現在、独生女韓氏がサタンの実体となり、統一教会を完全にカルト宗教に変えてしまい、日本では解散しましたね。


真の御父様の名にあらゆる汚名を浴びせましたが、私は心配していません。独生女は傲慢で自己陶酔に陥り流されてしまいましたが、真の御父様の勝利の歴史は永遠に永遠に消えることはありません。以上です。祈りを捧げます。


祈祷


愛の父なる神様、本日は神様がサタンを一瞬で除去しようとされない理由について、食口たちと原理のみ言を分かち合いました。

世の中には神様の存在を否定する人が多くいます。それは、もし神様が存在するなら世界を救うべきではないか?全知全能の神であるのに、なぜこの世界をそのままにしておくのか?あなたがたが言うことには矛盾がある。そう言いながら神を否定するのです。


しかし、神がこの世界をサタンの主管権に陥ったこの世界を一度に救われないその理由は、神が全知全能でないからでもなく、神に人間への愛がないからでもないことを、原理を通して私たちは今理解しました。


人類の歴史の中で、神はこれほど多くの辱めを受けられ、また神の独生子イエス様が来られて、人間世界に愛を伝えられましたが、彼らが敵対したため引きずられて十字架にかけられ亡くなられました。


真の御父様がこの世に神の理想天国を建てようと、人間をサタンの主管権から支配から解放し地上天国を建設するために来られましたが、真の御父様は生涯、誹謗中傷に苦しみ、彼らから全ての迫害と、まさに七死復活の路程を通して、すべての勝利を成されたお父様であることを知っています。


私たちは、今、御父様が残された三代王権を中心に、すべての勝利の基盤を築かれたので、今や実体世界を成されるために、二代王様が台湾の地に入り、中国解放と定州解放のために、また再び荒野に入り、血と汗と涙の路程を歩んでおられることを、私たちはよく知っています。


今、このような天の事情を私たちは知りましたので、私たちが漠然と「教会に熱心に通い、献金し、奉仕すればそれで十分だ」という心ではなく、私の心の中の誤ったサタンを分立し、私がこの世界をいかに愛によって屈服させることができるかを、私たちの生活の中でそれを成し勝利者となれるよう導いてください。


私たちは多くが不足し、力もなく、能力もなく、心もまだ弱いですが、神様が共におられ導いてくださることで、私たち自身を否定し、ただ神様の導きのままに、真の御父様が与えてくださった御言通りに私たちが歩むならば、その全ての神様が私たちを訪ねてこられ、そのみ旨が成されることを信じています。


このように私たちをあなたに委ねますので、受け入れて、私たちをあなたの道具として用いてくださるよう、切に願い求めながら、このすべての言葉を祝福中心家庭、權寧畢(クオン・ヨンピル)・森田裕子家庭の名において報告いたします。アジュ

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2026年3月23日月曜日

悪放置の理由 2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 神がサタンを一度に除去されない理由<1> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 悪放置の理由

2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

神がサタンを一度に除去されない理由<1

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion監修fanclub

テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 3 04 2026

天滅中共


こんにちは。すっかり春が来たようですね。しかし世界は、戦争の渦中に巻き込まれています。


実際、私たちは文亨進牧師を中心に、アメリカ選挙の際、トランプ大統領の勝利のためにアメリカ全国各地を駆け巡り、選挙集会に参加しましたよね?

それが今、効果が現れているようです。トランプ大統領が今、世の不正選挙、そして全ての独裁共産主義勢力を一つ一つ打ち崩しています。

これから、トランプ大統領の在任中に、はるかに安定し良い世界が訪れるだろうと私は考えています。


私たち韓国人の立場では、韓国の運命がどうなるかについて深い関心を持っています。

そして今、韓国でもトランプ大統領が韓国の内戦に直接干渉し、韓国がより多くの問題を、親中・親北勢力が退き、より自由民主主義、親民主的な自由民主主義国家になることを切に願っていますが、実際それは神の摂理であって、私たち人間の望む通りになるものではありません。どう展開するかは今は誰もわかりません。


しかし、明らかに今後、文亨進牧師が今台湾で活動されているように、「天滅中共」、天が中共を滅ぼし、定州解放、定州の地解放が明らかに実現できると私たちは考えています。

皆、祈る心で、これから世界がどのように変わっていくかを私たちが見守って行くことができるでしょう。


神がサタンを一度に除去されない理由


本日私が語ろうとする題目は「神がサタンを一度に除去されない理由」。

この題目で語らせていただきます。

まずエピクロスの逆説をご紹介します。これは非常に有名な文章です。よく「悪の問題」と呼ばれる哲学的論争です。古代ギリシャの哲学者エピクロスが最初に提起したものとされています。おそらくご覧になった方も多くいらっしゃるでしょう。


全知全能で善なる神が存在するならば、なぜこの世には苦しみと悪が存在するのか?

このような根本的な問いを投げかけます。彼の論理は非常に鋭く、また型破りです。見てみましょう。


神は悪を阻止したいが、その能力がないのか?ならば彼は全能な方ではない。

また神には能力があるが、阻止しようとする意志がないのか?ならばその神は善なる神ではない。

能力もあり、人類を救おうとする意志もあるなら、では悪はどこから来るのか?もし神に能力も意志もないなら、なぜ彼を神と呼ぶのか?彼は神でもない


これがその論旨です。


この文章は極めて簡潔ですが、古代から現代に至るまで悪の問題を最も圧縮して表現した文章と評価されています。

皆さんはこのエピクロスが提起した問題に対して、どのように答えられますか?正しい言葉のようですか?神の存在に疑問を投げかける質問ですが、実は信仰者もこの問題に対して明快な答えを出せる人はいません。


それでは今からこの問題について原理的に一つずつ解いていきましょう。

今日、多くの人々が神の存在についてこのように質問を投げかけています。

「神が全知全能であるなら、なぜサタンを一瞬で処断されないのか?なぜ悪をそのまま放置されるのか?」


悪放置の理由:伝統的キリスト教神学の立場


伝統的なキリスト教神学ではこれについていくつかの説明をしています。


神様は人間を自由意志を持つ存在として創造されました。人間に自由を許された以上、人間がその自由を悪用する可能性もあるのです。

サタンルーシエルは元々神が創造した天使でしたが、傲慢によって神に反逆し堕落した存在だ。神はこの堕落行為を即座に阻止できたが、そうすれば自由意志そのものが無意味になりかねない。

愛は強制されることはできず、自由がなければ真の愛と従順も存在しない。

神は自由意志を通して愛を成すことができる存在として人間を創造された。しかし自由の誤用が道徳的悪を生み出した。結局、神は善なる世界を創造されたが、人間の不従順によって罪が世に入ってきた。


では神は世の悪を処断されないのでしょうか?違います。神は義なる方です。

聖書にはサタン悪魔の審判について既に定められています。ヨハネの黙示録に悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれるとあります。

キリスト教神学の終末論では、救いの御業が現在進行中であり、最終審判の時、悪が完全に除去されると主張します。

イエス様の十字架によって決定的な勝利は全て成し遂げられた。そして最終的な救いの完成は再臨の時において完全に成し遂げられる。これがその話です。


つまり、サタンを処断することが不可能だからではなく、神が定められた時がまだ来ていないからだとこのように解釈します。

まとめると、神がサタンを除去できないわけではないということです。除去する能力はあるが、自由意志、救いの歴史、公儀の時、そしてより大きな善のための計画の中で、今なお許容しておられるというのが伝統的なキリスト教の説明です。

これまでの私が述べたのはキリスト教の説明です。


悪放置の理由:統一原理の立場


原理では、神がサタンを即座に処断されない理由を、サタンの活動を許容するという意味ではありません。創造原理と堕落の構造、復帰摂理の法則の中でこれを説明します。

サタンは本来神の被造物ですが、原理的条件を持つ存在です。この言葉が非常に重要です。原理的条件を持つ存在です。


サタンは本来、人間を助けるために神が創造した天使長ルーシェルです。しかし天使長は人間と不法的な愛の関係を通して、人間と血縁的な因縁、すなわち血統的条件を持つようになりました。「お前は私の血を受けて生まれた」これが人間の堕落です。重要な点は、堕落によってサタンが人間に対して条件的な主管権を持つようになったことです。


この条件的なサタンの主管権は統一原理において非常に核心的な概念です。

原理が明らかにしているところによれば、サタンは絶対的な存在ではありません。サタンは創造主ではなく、独立した実体でもありません。そして神に敵対する力もありません。

それにもかかわらずサタンが活動する理由は、人間が立てた条件によってサタンが人間に対する主管権を持つようになったということです。

ここで「条件」という言葉は、サタンが人間に対して原理的な関係を持つようになったことを意味します。


すなわち堕落行為によって人間がサタンと愛の関係を結んで、それによってサタンは人間に対して権利を持つようになったということです。

統一原理は善神と悪神の対等な闘争原理である二元論を拒否します。神を中心とする原理を説明します。


ここで私たちが明確に知らなければならない前提があります。神は人格的な神であり、原理の神です。

神は絶対主権者ですが、ご自身が立てられた原理を恣意的に破壊することはありません。

条件的なサタン主管権、この言葉は、神の全知全能を弱めるものではありません。神ご自身が立てられた秩序を尊重されるという、そのような意味です。

神は何でもなさることができますが、自ら矛盾する行動をすることはないという意味です。すなわち、人間に自由を許諾されたのですが、その自由を無視しないということです。

原理では、悪は実体的な存在ではなく、関係的条件から発生する主管権の問題として解釈します。


したがって、サタンの能力は本質的なものではなく、人間と非原理的な愛の関係によって発生した委任された権利であるということです。

ゆえに悪は外部から来るのではなく、私が立てた条件を通して悪が役事するのです。したがってサタン問題の解決は、外部的にサタンを除去することで解決することはできません。サタン問題の解決は、サタンの讒訴条件をなくして、人間が責任を完遂し、誤った関係を清算することにあります。


したがって、御言を中心にして、絶対的な信仰と愛と服従でサタンを分立するのです。サタンは単なる反逆者ではなく、原理的に一定の権利を持つ存在だからです。


神は原理の主人です。神は原理、すなわち法則です。原理を立て、その原理を自ら守られる方です。神は全能ですが、ご自身が立てた創造原理を無視して、強制的にサタンを除去されることはありません。つまり、神は非原理的に行動されないという意味です。


したがって、サタン問題の解決も、神が一方的に除去することではありません。なぜなら、原理的な原則から離れると、人間の責任分担が否定され、創造目的そのものが破壊されるからです。サタンが人間を占有したのは条件のためですから、その条件を蕩減してこそ、サタンを分立できるのです。

人間が原理通りに復帰過程を踏みながら、サタンの条件を一つずつ一つずつ無効化していかなければなりません。


したがってサタンは武力で追い出す存在ではなく、その条件が崩れれば自然に居場所を失い退くのです。

サタンを分立すれば、自然にサタンは去り、サタンの主管権から脱するのです。これが救いです。サタンからの解放です。


原理では明確に答えを示しています。堕落したとは、サタンと血縁関係を結び、サタンの血統が人間の血統の中に入ってきました。僕の立場にあったサタンが人間の主人の位置に上がり、人間はサタンの僕となったのです。


したがって、サタン分立とは物理的な圧迫ではなく、ただ血統転換と復帰の完成を通してのみ可能なのです。人間の祖先がサタンと非原理的な愛で堕落したのですから、原理的な愛の関係を回復しなければなりません。真の父母が現れて血統を転換し、サタンの条件を完全に清算すれば、サタンは立つ場所を失うのです。

これが創造以降、サタンが除去されないで、6,000年間人間を支配するように許された理由です。


それが聖書歴史全体を通して、サタン分立のために兄弟の葛藤が絶えず現れる理由となります。

ではなぜカインとアベルの闘争が繰り返し聖書歴史に現れるのでしょうか?

これを知るためには、私たちは堕落の構造について明確に理解しなければなりません。


まず天使長ルーシェルが妬みから神に代わって人間を主管しようとしたことが堕落の始まりです。

愛の減少感を解消するため、天使長はエバを誘惑し不法な愛の関係を結んだのです。そして堕落したエバがアダムまでも誘惑して堕落させました。堕落の核心は、神の血統を受けた人間が堕落し、サタンの血統を受け継ぐようになったことです。これです。


僕の位置であるサタンが人間の父となり、その結果サタンが創造世界の主人に上がったのです。サタンが被造世界の主人となり、神は人間と創造世界を失い孤独な位置に落ちました。すなわち創造の秩序が破壊されたのです。


皆さん、二代王様は妻が夫に絶対服従しなければならないと頻繁に強調されます。

家庭連合やフェミニスト運動家たちは、文亨進牧師が男女平等を無視し男性優越主義者だと非難します。

しかし堕落と復帰の観点から見れば、それが原理的です。堕落を見ると、天使長がエバを主管し、再び堕落したエヴァがアダムを主管してアダムも堕落させました。それゆえ人間の祖先は天使長ルーシェルの血統を受け、堕落性を受け継ぐことになったのです。


したがって復帰は反対に行くのです。逆から取り戻していくのです。家庭の中でアダムの立場である夫がエバの立場である妻を主管してこそ復帰は成し遂げられます。そして夫婦が共にサタンを分立しなければなりません。

この点から見るとフェミニズム運動は、サタンに唆された女性が男性を再び支配しようとする運動です。したがってフェミニズム運動はサタンの活動です。


ゆえに原理の救済感は明確です。神とサタンは条件を基盤として役事します。

サタンがどれほど力が強かろうと、無条件に人間に浸透して破滅させることはできません。

同様に、神が物理的にサタンを処断することで解決されるものでもありません。

原理的に必ず条件が立てられなければなりません。条件。これを解決する鍵は人間に与えられています。

人間が立てた条件によって神を受け入れることもあり、サタンが浸透することもあります。


したがって条件が形成されるその場には、常に神側とサタン側の対立構造が形成されます。カインが自発的にアベルの前に従順屈服し一つになる瞬間、主管権が回復されるのです。

神側の中心的存在であるアベルと、サタン側の中心的存在であるカインが実際に存在しなければなりません。それゆえ主管権が正しく確立されなければなりません。

神を中心としてカインとアベルが和解して初めてサタンが分立されるのです。

救いとはサタンに奪われた血統を取り戻し、被造世界の主管権を回復することです。これが聖書歴史全体を通して、サタン分立のためにカインとアベル、兄弟の闘争歴史が現れる理由です。


したがって、神が権能をお持ちであるにもかかわらず、サタンを一時に処断できない理由は、神が立てられた創造原理と公義を守らなければならないからです。

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