真のお父様の指示による日本家庭連合再復帰摂理
◆2026年10月28日.台湾聖殿 韓国語水曜礼拝<>
李相烈世界財政会長
李相烈世界財政会長、江利川世界伝道本部長報告 2026 10 28
こんにちは。今日水曜礼拝の御言を王様が語られるはずでしたが、王様は、私と江利川本部長に、私には日本での現在の報告、江利川本部長には、去る21日からですね。21日から25日まで、二代王様を中心としてタイの青年たちへの修練がありました。その部分について報告するようにと御言をいただきましたが、実は私もそうですが、江利川本部長も全く準備ができていない中で、今日報告することになったことをご考慮いただき、お聞きいただければ大変感謝いたします。
今がそれほど切迫した時期のようです。
ですから、実は40分前に御言をいただき、その御言に従って、今、今日、御言を申し上げるようにいたします。ただ、私、李相烈の思いは消え去り、御父様の聖霊様が御業をなしてくださることを信じます。 アジュ、ハレルヤ
まず第一に、私たちが罪人であることを悟らなければならない
まずその聖書の御言を一節見てみましょう。ヨハネの福音書16章8節の御言を見てみましょう。
8 それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。
イエス様が語られたこの部分は、聖霊様が来られて御業をなされることをおっしゃっています。
その中で最も重要な部分は、罪を悟らせてくださるという御言です。
そして、神の義とは何かを知らせてくださるという御言をくださった部分です。御言もう一節見てみましょう。使徒行伝3章19節の御言になります。
少しお待ちいただければ幸いです。
使徒行伝第3章19節の御言は、私たちに非常に重要な御言を伝えてくれています。
(韓国語聖書訳)
それゆえ、あなたたちが悔い改め、立ち返り、あなたたちの罪の赦しを受けなさい。そうすれば、新しくなる日が主から与えられるであろう。
(参考:日本語聖書訳)
19 だから、自分の罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて本心に立ちかえりなさい。
つまり、悔い改められるように御言をくださっているのです。
もう一章見てみましょう。
ローマ人への手紙8章2節の御言を見てみましょう。
2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。
という御言をくださいます。
そして、この御言は、「キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放した」という御言として理解されます。
王様はいつも私に御言をくださるのですが、「まず第一に、私たちが罪人であることを悟らなければならない」という御言を常に与えてくださいます。
その「罪人である」という部分について、これまで、特に2世、3世へと代が下るにつれて、「私たちには罪がない。「私たちは罪人ではない」といった傲慢な考えを多く抱いていることを、信仰を歩む中でよく目にしてきました。
ところが、完全な王様は光について語られます。全く闇のないその光に自分を照らせば、自分のわずかな影や点までもがすべて露わになるとおっしゃっているではありませんか。
しかし、私たちは自分の生活の中で自分自身を照らし出してみると、日々、私たちの考えや行動は罪と密接に関わっており、一瞬たりともそこから逃れることのできない環境にあるにもかかわらず、自分が罪人であることを自覚できていないという点を、王様は私たちの実生活において、罪について私たちが気づけるよう、常に御言をくださっています。
なぜこの御言をくださるのでしょうか?
まさに、私たちが神の息子や娘となり、また神の御前に罪人の姿ではなく清らかな姿で立ち、神に栄光を帰することを望んでおられるからこそ、そのような御言を授けておられるのです。私はそう理解しています。
罪人であるからこそ、何をすべきでしょうか?悔い改めなければなりません。
今日の聖書の御言のように、なぜ悔い改めが必要なのかというと、罪人である自分自身を自覚し、この悔い改めなしには神様の御前に進む道がないからです。
だからこそ、悔い改めを強調されているのです。
悔い改めによって主の宝血を迎え入れる
つまり、その悔い改めをすることによって、私たちは誰を迎え入れることになるのでしょうか?
自分だけでは神様の御前に直接行くことができないため、私を救ってくださる主が必要だということです。
主。「主」という言葉にはどういう意味があるのでしょうか?
まさに、私の主人である方、ということです。
「主」と言うと、ああ、イエス様のことを言っているのだ、とこう考えがちですが、そうではなく、私にとっての主人であり、私の中心となられる主、そうです。そして、その方を通さなければ、私が存在する意味がない、ということです。
ですから、その主を迎え入れることができる自分になるためには、悔い改めが必要だということです。
罪から離れ、その方の生き方に私を寄り添わせ、その方が与えてくださる真理の御言と聖霊によって、私が再びその方に寄り添い、その方と共に歩む人生へと変えられるということです。
そのため、主は...イエス様もそうであり、再臨の主として来られた真の御父様もそうであり、人類に代わって神の実体として用いられ、この地上に来られたにもかかわらず、私たちの罪に代わって流された宝血、そう、私たちの二代王様は、「天宙でさえ死んでも代えられないのが、御父様の宝血である」と、このようにおっしゃっていますね。
「私たちの重い罪を赦すことのできる唯一のものは、まさにこの宝血の血なのです。」このようにおっしゃっていらっしゃいませんか?アジュ、ハレルヤ
「まさにこの宝血を通して、私たちを清く洗い、今や神の真の子としての生き方を送り、神をお迎えし、栄光を捧げることができる者へと造り変えてくださろうとするその御心を、私たちは常に心に留めなければなりません。
そして、私たちがいつ出発する時も、どのような出発をするにせよ、その出発の際にはこの三つのことを必ず心に留めなければなりません。
特に伝道をする時は、なおさらこの御言を覚えていなければならない」。
そう言われることを、私たちは常に御言として受け取っています。
キリスト真のお父様は血統を残すために来られ残された
御父様はこの地上に来られ、再臨の主として、キリストとして、神の実体として地上に来られ、来られた目的をすべて成し遂げ、天に昇られました。
ところで、神様にとって最も重要だったものは何でしょうか? それはまさに神様の血統でした。
ですから、御父様はこの地上に来られ、イエス様は来られましたが、血統を残すことはできず、信仰の息子や娘たちを立て、摂理を進められました。
そのため、今、カトリックの教皇は教皇ですよね。教皇。つまり、ペテロの弟子ということです。
イエス様の血統が途絶えてしまったため、その代々を受け継ぐために信仰の息子を立て、教皇として立てられたということです。
ところが、御父様はこの地上に真の、神の血統を残して去られたのです。
そこで、御父様の真の血統の相続者は誰でしょうか?その方は一体誰だと言うのですか?
その方は誰だと言うのですか?
ああ、はっきりとおっしゃってください。
ご存知ですか?ご存じないのですか?その方は誰だと言うのですか?
ええ、ニ代王様であり、また三代王様であり、そして今後、第4代王様、第5代王様と、永遠に真の血統を中心としたその系譜は続いていくでしょう。アジュ、 ハレルヤ。
だからこそ、結局のところ、ニ代王様は何を語っておられるのですか? ニ代王様は新しい御言を語っておられるのですか?
新しいお言葉を語られるのですか。語られないのですか?
違います。
まさに御父様がこの地上に立てられた真理の御言です。
そして、御父様が立てられたその伝統。御父様が立てられたその血統を中心にして、御父様を証しし、御父様の御言を実行し、御父様のその御心を成し遂げることに焦点を当てておられることを信じますか?
私たちはそれをこの目で見ています。
それで、おそらく以前にもそのような御言を述べられたと思いますが、王様はなんでもお好きですよね。
王様はお父様の御心で台湾に来られた
でも、ただ一つだけ嫌いなものがあります。何かお分かりですか?
暑さです。暑さ。王様は暑さをとても嫌われます。
王様はこうおっしゃいます。
「御父様は北朝鮮、あの北の方ですよね。ですから、寒い地方でお生まれになったため、その血統を受け継いで、寒さを好まれる」ということです。そして、お強いのです。
ところが、暑さは本当に本当に辛いとおっしゃいます。
それでも、誰の御心によって台湾に来られたのですか?御父様の御心によって、御父様の御言によって、御父様の聖霊の導きによって、まさに それは明確に、私たちが今、お仕えしながらはっきりと見ています。
そして、この台湾に来られて、王様が好まれる環境を整えられたのでしょうか?
いいえ。ここに今整えられているすべての環境は、ベイビー・御父様から御父様が人類の救いのために準備してこられたすべての過程を、今や絵や彫刻、様々な形象として、また私たちの毎日の朝の訓読から、すべての生活を通じて、その御父様を証しすることに焦点を合わせ、進んでおられることを、私たちは見て証しせずにはいられません。アジュ
お父様は、お父様聖和第3次7年路程の出発点に日本を選ばれた
ところで、二代王様は昨年1年間、ここで誠心誠意を尽くして築かれたその土台の上で、御父様の聖和14周年を迎えられました。
そして今、王様は最後の第3次7年、計21年の行程を見据え、7年の行程においては「愛と万物を共に探し出さなければならない」とおっしゃいました。
そこで、その出発点として選ばれたのはどこでしょうか?
母なる国である日本です。
なぜなら、御父様が御父様の摂理を進めてこられる中で、日本を立て、世界宣教のためのあらゆる基盤を築いてこられたからです。信じますか?
ところが、御父様が築いておかれたその基盤を、韓氏オモニが完全に打ち壊してしまったのです。
ですから、日本が母の国として今や完全にその役割を果たせるようにすべきであるにもかかわらず、日本は過去67年間、御父様をお仕えし築いてきたその基盤を、韓氏オモニのその裏切りと堕落によって完全に崩してしまいました。
ですから、法的にはその法人が解散され、そこで御父様を信じてきたその食口たちは皆、絶望の中に陥っているのです。
救いの道が閉ざされてしまいました。
そのような状況にある日本に対し、御父様は二代王様へ、今や日本が完全に崩壊しているから、そこに再び二代王様を遣わし、御父様を再びお迎えできる環境へと変えるために出発されるのです。
ですから、私たちには「1万人の伝道のための礼拝を始める」 このようにおっしゃいましたが、日本の1億2000万人の国民を伝道するための、そして第一の目標がそこにあるならば、今後、全人類を復帰するための、そのような御父様の御心、聖霊様の真理の御業を今、お迎えして出発されたのです。アジュ
ところで驚くべきことは、私たちが日本へ出発した日が、 67年前の10月2日の夜に、4人を金曜日の夜に、それも金曜日の夜に4人を集めて、最初の礼拝をチェ・ボンチュン宣教師が礼拝を執り行ったその日が、実は偶然に決まったのです。
私も、本部長様と共に王様をお迎えして、その日付を決める場に立ち会っていたのですが、王様は「早く日付を決めなさい」とおっしゃいました。
ところが、その決まった日付が10月2日だったのです。
つまり、67年10月2日に捧げた最初の礼拝が崩れ去り、今、再び出発したのが10月2日なのです。
なんと驚くべき御業でしょうか。
私たちの御父様に、心からの感謝の拍手を送りましょう。
つまり、生きておられる御父様の聖霊の御業によって、10月2日に新たな出発を遂げたのです。
東京で、場所は東京・大森「文化の森ホール」で、最初の礼拝を捧げました。
この礼拝を捧げられた時、王様は本当に静かに、ここで御言を語られる時は、とても力強く多くの御言をくださるではないですか。
ところが、日本での他の時、日本で御言を語られる時は、非常に力強く、響き渡るように語られたのに、この日は本当に静かに御言を語ってくださいました。
そして、食口たちも深く感動し、王様はそこで最も重要な御言として、御父様について語られました。
さらに、罪について、悔い改めについて、宝血について語られ、悔い改めて赦された者を、私たちは敵視するのではなく、愛をもって受け入れるべきだとおっしゃいました。
その御言を強調されました。
実際、私たちはこの14年間、どれほど多くの悪口を浴び、どれほど多くの困難の中で過ごしてきたでしょうか?
私たちもそうですが、王様はそれの何倍、何百倍も困難な過程を、実は経験されてこられたことでしょうか?
私たちに、そのお気持ちをどうすべて推し量れるでしょうか?
しかし、王様は、それにもかかわらず、そのように御言をまとめてくださいました。
そして、ここでの天福祭典のため、2回目の日程が去る23日、金曜の夜、東京文京区シビックホールで行われました。
今回の2回目の御言では、王様が実際にご登場されて御言を語られた際、食口の方々が非常に大きな恵みを受けたようです。
そして、その第1回の御言が終わった後、おそらく今、私が確認はできていませんが、ほぼ1万人近くの方がインターネットを通じて視聴されたのではないかと考えています。
ところで、第1回は2週間から3週間ほどかかって、そうした方々がご覧になりました。
しかし、今回23日に語られた御言は、実は今日で4日目です。御言日付で見れば5日目ですが、時間的に見ればまだ4日目しか経っていません。
ところで、どれくらいの方がご覧になったと思いますか?どれくらいご覧になったと思いますか。考えたことはありませんよね?
今、日本だけで6500人近くが視聴しました。
そして今、ここの本部インターネット、本部インターネットで配信されたものが2,600人、50人ほど。つまり、ほぼ9,000人が視聴しました。おそらく2週間で1万人を超えると思います。
ところが、これまで王様の御言は、アップロードされると削除されてしまいます。YouTubeなどのプラットフォームで、御言がアップロードされないように仕向けられているのです。
しかし今回は、今まさに1万人が増加しています。拍手しませんか?
実は、私たちにとって1万人への伝道において、もし過去と同じ方法なら、伝道する際はどうすればよかったでしょうか?
チラシを持って街頭に立ち、配るか、あるいは家庭を訪問して伝道していましたね。
ところが今は、インターネットを通じてその御言を公開すれば、これほど多くの方が来て見てくださるのです。これは環境が変わってきたのです。
ですから、私たちはこの部分をうまく活用して、伝道のきっかけとし、これを通じて……王様は「1万人への伝道は、あまり急いではいけない。ゆっくりやれ」とおっしゃっていますが、早く実現すれば良いですね。
ですから、私たちにはこのような変化が起こっていることを認識しなければなりません。
そして、このような御業が起こるのは、単なる人の力だけで成し遂げられるものではないと信じています。まさに御父様の聖霊の御業が、今このような御業を起こしていることを信じていますか? ハレルヤ。
ですから、王様は今、そこへ行って御言を語られ、到着する日ですが、今回の第2回は、本当に私がお連れして行き来した際も、とても申し訳ない気持ちになりました。
なぜなら、朝、明け方の3時に起きて、3時半に出発され、日本に着かれても、休む暇などありません。
そして、昼食をされ、また食口の方々と会われるのです。
食口と会って会話を交わし、そして夕方には御言を語りに出かけられ、そうしているうちに時間はあっという間に過ぎてしまいます。
そして土曜日はまた、新しく伝道される方とお会いになり、一緒に食事もされ、御言を分かち合い、それから空港へ行かれてここに到着すると、未明の1時半です。
つまり、1時間半ですから、48時間です。
ですから、今回は王様が本当に無理をなさったように思います。
「ああ、口が腫れてしまった」とおっしゃっていました。
ですから、お仕えし、付き添う立場としては、本当に申し訳ないという気持ちを強く抱きます。
ところが、王様はそうされながらも、どこの場所、どのような環境に行かれても、ご自身の威光を現すことはありません。誰を? 御父様を現されるのです。御父様について、絶えず強調なさいます。
そして、食口と会われる時も、つまり個別に会われる時も、御父様についてお話しになります。
台湾でも伝道される家庭連合食口
家庭連合に通っているその食口が、私たちの台湾聖殿に来て、その方はちょっと熱血な人でした。だから、声を大きく上げて話すのです。
そう、他の人から見れば喧嘩しているように感じるほどでした。
ところが、この方が食事が終わって王様の前に座って話すのですが、「誰々がどうだ、誰々がこうだ」と言うと、王様がきっぱりとこうおっしゃるのです。
「あなたがオモニをよく知っているのですか?私がオモニをよく知っているのですか?あなたがオモニを愛しているより、私がオモニをもっと愛している」。
つまり、その方はそれまで声を荒げていたのですが、王様がそこから話を始められたのです。
「私があなたよりも母をよく知っており、私があなたよりも母を愛している人間だ。
しかし、それほど愛しているオモニが、御父様を離れて間違った道へ進もうとした時、私はオモニを抱きしめてこう懇願しました。オモニが地獄に行ってはならないし、オモニが御父様を離れてはならないし、オモニが御父様を通じて神から呪われてはならないので、私がこのように引き留めて泣き叫び、懇願しても、本人の自由意志によってそう選択したため、私としてはどうしようもなかったのです」。
それで、この方は叫んでいたのが静かになりました。
ところで、つい先日、その方がまたここに来るのに二時間半かかります。来るまでの時間が。
ところが、二回目の礼拝を見に来られたのです。そういうことです。
お父様を自分を中心として受け止め、異端と別の道を進む者たち
今、おそらくこの御言は、家庭連合の食口や多くの方々、そして今教会に来ていない方々もご覧になるでしょう。ある方々は「三派の争いだ」の何だのと言いますが、私たちはどの派も考えていません。
ただ、私たちが整列しているのは、御父様の整列された位置であり、誰かの母の陣営や誰かの陣営に立っているわけではありません。
私たちはただ、神様と真の御父様の御前に整列し、その御心をどのように奉仕していくか、そこに焦点が当てられています。
ですから、王様はいつも私にこうおっしゃいます。
「私たちは、何をしていても御心のためにやっている」とよくおっしゃいます。
しかし、その言葉の結果として、本人が中心となって御父様に介入し、御心として語っているのか、それとも御父様を中心とし、本人がそこに整列して御父様の御心を受け止めていくと言っているのか、というのは極めて重要です。
なぜなら、今、家庭連合にいるその食口たちを見てみてください。
韓氏オモニが御父様を裏切り、裏切りを重ね、完全に異なる、もはや御父様とは無関係なような教団を作り上げておきながら、それでも御父様の元へ行くと言っているではありませんか。
それがどうしてあり得る話でしょうか?
完全に異端になってしまい、全く別の道を進んでいるのに。
今回、そこで新しく原理を否定し、韓氏オモニを証しする本を作ろうとしていたところ、今回見てみると、タイトル*を少し修正したようです。
何やら「教本」と付けておいたのを、「教本」を外して置いていたようですが、まさに全く別の宗教へと向かっているにもかかわらず、今それを自分中心に御父様を考えているのです。
自分中心に御父様を考えるならば、その人の結末は、私たち誰もが霊界に行かなければなりません。
霊界に行ったとしても、その先で御父様の御前に立つことができるのかどうかは、誰にも保証できないのです。
ただ御父様の御心に従い、その御言に順従し、その御心を受け継いでいく者だけが、御父様の御前に導かれるでしょう。アジュ
私たちが選ばれたことが重要なのではなく、その人生そのものが重要だということを、私たちは悟らなければならないのです。
聖書を見ると、神様はサウル王を立てられ、サウル王に多くの恵みを与え、また彼が誤った道を進む時には、その道を正すために多くの導きを与えられました。
しかし結局、サウルは神の御言に従うのではなく、自分の意志を貫いてしまったため、最終的に神様はサウルを王として立てたことを後悔されます。
この聖書の御言は痛切な御言です。
実際、「私がサウルを王として立てたことを後悔する」とあります。
そうです。私たち一人ひとりについても、神様の御前では同じことなのです。
神様が私たちを召し、御父様を通して、私たちのように不十分で罪ばかりの私たちを新しく造り変え、宗族の王と王妃として立ててくださったのに、もし私たちが自分自身を中心にして御父様の前に立つならば、このサウルのような存在になってしまうでしょう。
ただ、私たちが消え去り、御父様が私たちの内に入られ、私たちを主管され、私たちを用いてくださる時だけ、私たちは神様の御前に正しく立つことができる者となれるのです。
今、私はこの報告を申し上げながら、日本では実に希望に満ちたそのような出発をなさっていると感じています。
また、日本には今、多くの、かつて御父様をお迎えした方々が、これからは立ち上がられると信じています。アジュ
そうなることを私たちは願いながら、本日の私の報告は以上とさせていただきます。
ありがとうございます。







