2026年3月26日木曜日

韓氏オモニの背信に備えた摂理 ◆2026年3月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 天倫を人倫で判断してはならない<1> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 韓氏オモニの背信に備えた摂理

2026年3月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

天倫を人倫で判断してはならない<1

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion監修fanclub


テネシー清平韓国語水曜礼拝 権教授 韓国水曜礼拝 2026年3月11日 



聖婚は位置祝福、成長期間の始まり


はい、こんにちは。本日お話しする題目は、「天倫を人倫で判断してはならない」です。このような内容についてお話します。


文鮮明先生はメシアの使命を受けて来られましたが、洗礼者ヨハネを受け継いだ使命者たちの失敗により、栄光の道を行くことができず、洗礼者ヨハネの使命を代わりに果たすために、日本と北朝鮮で投獄され、拷問と強制労働の至難を経験されました。


そして1954年に統一教会を創立されてから、ようやくメシアの使命を出発させることができました。1960年の聖婚式以降、文鮮明先生は真の父母の使命を始められます。しかし、聖婚式を行ったことで完成した真の父母の家庭が出発するわけではありません。


統一原理によれば、人間と万物は、蘇生期、成長期、完成期という3段階の成長過程を経て完成します。

1960年の小羊の聖婚当時、新婦の韓鶴子は17歳の少女でした。「小羊の婚宴」は、少女韓鶴子が真の母という公的な地位と使命に任命されたことを意味するものです。

これはまるで少女が揀択されて冠を戴き、王妃の地位に就いたようなものです。

王妃の地位に就いたからといって、すぐに完成された国母になるわけではありません。王妃としての資格を備えるためには、内面的修行と訓練期間が必要です。


同様に、17歳の少女韓鶴子も、すぐに完成された真の母になるわけではありません。自身の責任分担によって霊人体を完成させなければなりません。霊人体の完成は、他人が代わって行うことはできません。したがって、聖婚以降、真の母の実体を備えるための7年、あるいはそれ以上の成長期間が必要なのです。


したがって、1960年の聖婚式は、真の母の位置の祝福であり、完成された真の母として認めるという実体の祝福ではありません。聖婚式を挙げたということ自体が、韓氏オモニの完成された霊人体を持ち得たことを意味しないからです。


アダムとエバは成長期の完成級で脱落しました。したがって、復帰摂理もまた、成長期完成級から再び始めなければならないのです。


韓氏オモニは、人類の女性を代表するエバの立場で、成長期完成級に位置して聖婚しました。これは、まだ完成期に到達した状態ではありませんが、真の父と聖婚したという条件を通じて、真の母の地位に立てられたことを意味するものです。


その後、責任分担として霊人体を完成型である生霊体級へと上がらなければならない過程が残されていたのです。

したがって、1960年の聖婚式は真の母としての出発であり、完成を意味する行事ではありませんでした。つまり、聖婚は真の父母として勝利できる原理的な基盤を与えてくれた出来事です。

原理的に、その基盤の上で韓氏オモニ自身が霊人体を完成させていく過程が必ず必要なのです。


したがって、子羊の婚宴は、少女韓鶴子に真の母という公的な資格を付与した行事でした。その後、真の母の地位にふさわしい完成の実体を成し遂げなければならなかったため、条件的に許された「位置の祝福」というものです。


したがって、聖婚以降、韓氏オモニが歩まなければならなかった7年路程は、平穏な新婚生活ではありませんでした。堕落したエバが失った人類の母の位置を復帰するために、すべての女性を代表し、神の前で勝利的な実績を立てる、蕩減復帰の路程でした。


したがって、7年路程は、韓氏オモニが実体的な真の母として立つための、最も過酷な訓練期間でした。この期間を通じて、韓氏オモニは教会からのあらゆる非難や嫉妬を忍耐をもって克服し、勝利を収めなければなりません。

真の母は全人類を抱きしめるべき存在であるため、自分を非難し試す者たちまでも愛をもって包み込む心情を備えなければならないからです。


真の母宣布は完成真の母になるための出発宣布


そして、それ以上に重要なのは、霊的に真の父と完全に一体となり、真の母の実体を確立しなければなりません。7年路程が終わり、真のお父様は韓氏オモニが真の母として勝利したことを公式に宣言されました。

この勝利を通じて、霊的に真の父母の地位が完全に確立されました。そして真のお父様は、真の父母の日を制定し、勝利を公式に認められました。認めるべきことは認めなければなりません。


しかし、真の父母の日を宣布したからといって、真の母として完成を終えたという意味ではありません。完成されたアダムとして来られた真の御父様に侍り、人類の真の父母の道を出発するのです。完成という意味は、出発することによって成るものではなく、変わることなく神が定められた期間を通過しなければなりません。神が許された真の母の完成の期間は、2013年の基元節までです。


韓氏オモニは真の御父様の主体として侍り、人類救済のための摂理路程に同参しました。

しかし、2000年以降、韓氏オモニは真の母の位置を離れ、真の御父様の神性を否定し、対象としての位置を離脱する行動によって、真の御父様と頻繁に対立するようになりました。


真の御父様は、韓氏オモニの摂理的責任遂行を疎かにする態度を厳重に叱責されました。

エデンの園でエバが堕落することによって、神様の理想家庭を失ってしまいました。真の御父様は、韓氏オモニが事態を再び復帰させる責任があることを強調されました。特に、オモニが真の御父様と一つになることができなかったり、真の御父様を追い出したりする行為は、復帰摂理の失敗を意味すると警告されました。


しかし、その後も韓氏オモニの地位からの逸脱はさらに加速しました。真の御父様は、韓氏オモニが真の母として失敗する可能性が高まるにつれ、多くの苦心をされました。


韓氏オモニの裏切りに備えた摂理


ご自身が霊界に行かれた後、韓氏オモニが裏切ることに備えて、3代に延長する摂理を準備されました。


真の御父様は、ご自身が霊界に行かれた後も、代身者を通じて摂理が引き継がれることを明確に語られました。これが、真の御父様の血統と勝利圏と御言を原型そのままに保存する唯一の道だからです。


2009年1月15日と31日、「真の父母様は万王の王・神の解放圏戴冠式」において、文亨進二代王ご夫妻に王冠を授け、相続者の権限を祝福されました。

そして平和神経を下賜された後、「天宙天地人父母様安息圏安着式」において、「真の父母様の祝福を伝授します。アジュ」と祝祷をなさいました。そして、文亨進世界会長に、代身者、 相続者となったことを天宙の前で宣布されました。


真の父母様は、神の愛と生命と血統を完全に受け継ぎ、地上と霊界において神を実体として代身するお方です。

代身者・相続者の宣布とは、このような真の父母様の権限と責任を付与したものです。

すなわち、第2の真の父母の使命を託されたという意味です。

それだけでなく、李ヨナ第二王妃様もまた、真の母の地位に立てられるのです。

文亨進、李ヨナ二代王様ご夫妻は、地上において真の父母を代身する夫婦として、家庭を天の前に奉献されました。


残念なことに、真の御父様の聖和後、韓氏オモニは真の御父様の血統を否定し、勝利的な業績を破壊しました。

韓氏オモニは真のお父様の御心に背き、真のお父様の権威を否定し、代わりに独生女の権威を高めました。誰も想像し得なかった裏切りと反逆、そして真の御父様を神聖冒涜するサタンの歴史が起こったのです。


これに対し、李ヨナ第2代王妃様は、韓氏オモニを代身して絶対信仰、絶対服従の道を守ることで、真の母の使命の失敗を霊的に収拾する路程を歩まなければなりませんでした。

李ヨナ王妃様は、第3代王権の前で最後まで絶対信仰、絶対愛、絶対服従で、真の母の道を守られました。

そして2015年4月26日、真の母の代理者として、すべての蕩減復帰を勝利的に完遂されました。

2026年3月24日火曜日

真のお父様によるカイン屈服◆ 2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 神がサタンを一度に除去されない理由<2> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 真のお父様によるカイン屈服

2026年3月4日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

神がサタンを一度に除去されない理由<2

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion監修fanclub


テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 3 04 2026


神が人間に自由意志を与えられた理由


神は人間に自由意志を与えられました。原理的に神が人間に自由意志を与えられた理由は三つに説明できます。


第一に、人間の責任分担があるからです。

神様は人間に責任分担を授けられました。

これは人間が自分の創造の一定部分を担当し、創造の偉業に同参し、神様の創造性を担うためです。

神様が被造世界の主管権を持つ理由は何か?神様が被造世界を創造されたからです。創造されたからこそ主人なのです。

したがって人間も神様の創造性に似てこそ、この被造世界に対する主管権を持つことができます。これが5%の人間の責任分担です。堕落が人間の責任分担の失敗によって起こったため、復帰もまた人間の責任分担の完成によって成し遂げられます。


その責任分担の完成はどこに現れるのでしょうか?

それはカインとアベルの関係の中に現れます。

なぜ一人では復帰ができないのでしょうか?これはキリスト教神学と原理の核心的な違いです。

復帰とは単に個人の道徳心や信仰の悔い改めや改善によって成し遂げられるものではありません。キリスト教はそう教えます。

復帰は、サタンと繋がった血縁関係を断ち、カイン側を屈服させることによって成されるのです。つ

まり、サタン側のカインの位置と神側のアベルの位置の相対的な関係において成立するのです。

堕落がサタンとの関係を通して発生したからです。サタンが人間に対する主管権を行使しているからです。


したがって、復帰とはサタンを分立し、主管権を取り戻すことです。メシアが来られる理由も、人間の祖先が失敗した責任分担を代わりに完成し、サタンを屈服させるためです。

人間自身がサタンを審判する主体にならなければなりません。

もし神様が強制的にサタンを滅ぼせば、人間の責任分担は無効になります。人間を創造された目的である自由意志による人格完成そのものが否定されるのです。人間の創造性が否定されるのです。


二つ目は原理的な主管権と所有権の問題です。

堕落によって人間はサタンの血統を受け、サタンは人類の偽りの父母として所有権を持つようになりました。

神は至高の公義なるお方です。サタンが持つ所有権の条件を原理的に蕩減しなければ、強制的に奪い取ることはできません。

人間が堕落した時、サタン側に立ったため、人間自身が神側に戻る条件を立てなければなりません。そうして初めて神が役事されることができます。


神はこの愛の勝利者を見つけるために6000年間待って来られました。

神はたとえサタンであっても、原理的な条件を備えなければ消すことはできません。神が原理的な法度を破れば、サタンが讒訴します。これは神の絶対性を自ら否定する結果となります。


第三に、サタンを力で屈服させるのではなく、自然屈服させなければなりません。

神は真の愛の本体です。力で押す勝利は真の勝利ではありません。サタンは力で追い出すものではありません。サタンは真の愛で屈服させなければなりません。力で無理やりサタンを追い出しても、サタンは決して降伏しません。

サタンは機会があれば再び訪れ、より強硬に、より支配的に人間を支配するでしょう。


しかし恩讐のサタンでさえ、神の真の愛と原理的な条件の前では自ら頭を垂れます。

「さすが、神様は公正であり、やはり私の主人です。」とサタンが告白しなければなりません。

そのような基盤が整って初めて、サタンは永遠に退くのです。これがサタンを完全に審判する唯一の道です。


それゆえ復帰も堕落の構造を逆転させて正す、そのような方法で成されるのです。

その代表的なモデルがカインとアベルのモデルです。原理によれば、長子カインはサタン側の位置にあり、天使長とエバの愛を象徴します。そして次子アベルは神側に位置し、アダムとエバの愛を象徴します。


したがって聖書に繰り返し現れる兄弟間の葛藤は、単なる兄弟間の闘争ではありません。原理に現れたカインとアベルの戦いは、堕落構造を復帰するための摂理的なも模型として理解しなければなりません。


では、創世記に記されているように、神はなぜカインの備え物を拒否して、アベルの備え物だけを受け入れられたのでしょうか?神がアベルの備え物だけを受け入れられたのは、カインを差別したのではなく、秩序回復のための摂理的な選択です。復帰は必ず神側を中心に、サタン側が屈服することによって一つになる方法で成されます。


したがって、カインがアベルに従順屈服することによって復帰がなされるのです。

では、サタンはどうすれば従順屈服させることができるのでしょうか。

サタンは無条件に人間に害を与えたり破滅へ導いたりすることはできません。

ですから、サタンを過度に恐れる必要もありません。サタンは条件がある場合にのみ人間に侵犯して役事することができます。


サタン分立の条件


したがって、サタンを除去する方法は力によってするのではなく、サタン侵犯の条件を除去して分立することです。これをサタン分立と言います。サタンを分立するためには、以下の条件がなされなければなりません。


第一に、神側の中心人物であるアベルと、サタン側の中心人物であるカインが実体世界で立てられることです。

第二に、アベルがカインを愛し赦すことです。

第三に、カインが自らアベルに対する妬みと嫉妬を克服することです。そして最後に、カインが自発的にアベルの前に従順屈服して、一つになることです。


これは容易なことでしょうか?このように神を中心にして、カインがアベルと一つになる時、初めてサタンは讒訴条件を失い、分立されます。

つまりサタンは愛と赦しの前に立つ位置を失うのです。サタンを分立することは力の問題ではありません。アベルが愛と責任を完遂しなければなりません


イエス様が「恩讐を愛せよ」と教えられたのは、愛によって原理で屈服させるという意味です。単なる慈悲の言葉を述べたのではありません。


では私たちは疑問を持つことができます。なぜ神は復帰摂理を簡単になさらずに、これほどまでに困難に摂理をなさるのか?もし神がアベルをカインより強く立てられたなら、このように摂理が延長され、困難に進むことはなかったでしょう。

なぜ神側のアベルを弱者として立てられたのか。それゆえにサタン側のカインに常に迫害され、追われ、死ぬようにされたのか?


このような疑問が湧きますよね?これは復帰摂理を理解する上で非常に重要な論理です。理由は堕落によってサタンが人間に対する主管権を先に占領したからです。神がわざとアベルを弱くされたのではないということです。


堕落後、人間はサタンの血統から出発し、サタン側が先に世界の主導権を握ったからです。

だから歴史的に見ると、権力、物質、制度、地位はほとんどカイン型勢力が先に掌握するのです。

アベルはむしろ信仰、良心、原理的価値を中心にたつ立場です。したがって復帰摂理においてカインは常に大きく強い位置にいて、アベルは小さく弱者の立場から出発したのです。


それゆえ復帰とは弱者が強者を愛によって屈服させる構造として現れなければなりません。

復帰は力で押すのではなく、愛と犠牲によってカインを自然に屈服させる構造です。

もしアベルがより強いならば、それは復帰ではなく単に支配力の交代に過ぎません。それはカインが自らの選択で神の前に再び戻る機会を喪失します。人間の責任担いが無意味になるのです。


復帰は、それゆえ強制できるものではなく、神の力によるものでもなく、カインの自発的屈服を通して成されなければなりません。したがって強制屈服や神の力でカインを屈服させることは、サタン分立の条件になりません。したがってカインがより強くなければ、カインが妬み、嫉妬、怒りを克服する条件が立てられ、その屈服がサタン分立の条件となるのです。これが神の救援摂理が血と汗と涙の路程で6000年間継続してきた理由です。


神がサタンを速やかに屈服させようとする意志がないからでもありません。神が救いを御自身が定められた時間に合わせるためでもありません。また神がサタンを屈服させることができる力がないからでもありません。


神は愛の心情で人間と被造世界を創造されました。

原理では堕落の本質はサタンとの誤った愛の関係から発生したと教えています。

従ってカインが自発的に感動されて初めてサタンが立つ位置がなくなるのです。だからアベルは道徳的正当性は同じでも外的な力は制限された位置に立つことになります。

復帰は権力闘争によって成されるのではなく、自ら選択して関係を回復する構造でなければなりません。


統一原理において、サタンも一定の条件的権利を持つ存在です。神がその条件を無視して強制的に除去すれば、自ら立てた創造原理を破ることになります。

したがって堕落と同一の条件と構造の中で、正当に原理的にサタンの権利を無効化しなければならないのです。その過程こそが、まさに弱いアベルが強いカインを感動させる構造なのです。

明らかな事実は、強制的にサタンを屈服させることは、サタンを分立する条件にならないからです。


神の摂理がなぜこれほど悲惨で遅々として進まない理由を、今、私たちは知るようになりました。

神に愛がないわけでもありません。能力がないわけでもなく、救いの意志がないからでもありません。

邪悪で嘘を多く言うサタンを愛と感動によって自ら屈服させることは、本当に本当に難しいからです。


復帰摂理の完成は、物理的・人間的・権力的な次元で成されるのではありません。復帰摂理の完成は、人間の自由意志と責任分担によって完成されます。ですから、メシアは神の実体を持って人間として来られなければなりません。そうして実体サタンを屈服させ、その主管権を再び取り戻さなければならないのです。アベルは、毅然として正義に満ちた強い信念を通して権威を獲得する存在として設定されるのです。


真のお父様と金日成

皆さん、真の御父様が北朝鮮訪問の際、主席宮殿で北朝鮮の金日成体制について遠慮のない批判をされました。映像は皆さんご覧になりましたね。

金日成主体思想を批判し、「神様主義を受け入れはならない。6.25動乱について謝罪せよ。後継者金正日の教育を私に任せよ。南韓のスパイ名簿を私に渡せ。私が神主義の統一思想で教育し、統一の働き手として育てます」。

このようなお話をされましたね。


その時、北朝鮮幹部たちは仰天しました。そして金日成と共に会議場へ向かう際、真の御父様が金日成の手首を握って歩く写真もあります。手首を握るという意味がわかりますか?私が上位者だということです。父親が息子の手首を握るのです。強い者が弱い者の手首を握り、導くのです。


ところで、北朝鮮で真の御父様が金日成の手首を握り会議場へ共に入りました。金日成は黙って手首を握らせたまま一緒に行ったのです。これは金日成を生きている神として崇拝する北朝鮮社会では絶対に絶対に許されない挑戦でした。誰もが「生きて帰ることは無理だな」という恐怖感に包まれる雰囲気だったと朴普熙総裁が証言されています。


これまで北朝鮮に行って金日成に会ったキリスト教徒や、・・・左派キリスト教徒ですね。政治家たちは皆、金日成の前で三度の礼拝を捧げ、金日成の近くに行くことができました。


ではなぜ真の御父様は北朝鮮の指導者たちの面前で、意図的にこのような姿を見せられたのでしょうか?

これは単に真の御父様に恐れがなく大胆だからと解釈することはできません。

真の御父様は北朝鮮の金日成体制の歓心と親近を得るために北朝鮮を訪問されたのではありません。

真の御父様は神の実体として第三のアダムとしてカインを屈服させるために北朝鮮を訪問されたのです。天の権威を持って金日成を救うために、彼を愛し赦し抱くために訪問されたのです。


その事件は原理的に見れば、神側のアベルがサタン側カインを屈服させる過程でした。世俗的な判断では、金日成体制の比率に合わせながら金日成と会って良好な関係を維持することが賢明に見えます。


しかし、天宙的なカインである金日成を屈服させるという天宙的なアベルの摂理的責任があるため、北朝鮮共産党が好もうが好まざろうが危険を冒してカインを屈服させる場面なのです。本当に驚くべきことです。


この事実を前にしても、左派とキリスト教勢力は真の御父様をカルトの教祖にしようと血眼になっています。彼らの魂を考えると、怒りよりもむしろ哀れみを感じます。


現在、独生女韓氏がサタンの実体となり、統一教会を完全にカルト宗教に変えてしまい、日本では解散しましたね。


真の御父様の名にあらゆる汚名を浴びせましたが、私は心配していません。独生女は傲慢で自己陶酔に陥り流されてしまいましたが、真の御父様の勝利の歴史は永遠に永遠に消えることはありません。以上です。祈りを捧げます。


祈祷


愛の父なる神様、本日は神様がサタンを一瞬で除去しようとされない理由について、食口たちと原理のみ言を分かち合いました。

世の中には神様の存在を否定する人が多くいます。それは、もし神様が存在するなら世界を救うべきではないか?全知全能の神であるのに、なぜこの世界をそのままにしておくのか?あなたがたが言うことには矛盾がある。そう言いながら神を否定するのです。


しかし、神がこの世界をサタンの主管権に陥ったこの世界を一度に救われないその理由は、神が全知全能でないからでもなく、神に人間への愛がないからでもないことを、原理を通して私たちは今理解しました。


人類の歴史の中で、神はこれほど多くの辱めを受けられ、また神の独生子イエス様が来られて、人間世界に愛を伝えられましたが、彼らが敵対したため引きずられて十字架にかけられ亡くなられました。


真の御父様がこの世に神の理想天国を建てようと、人間をサタンの主管権から支配から解放し地上天国を建設するために来られましたが、真の御父様は生涯、誹謗中傷に苦しみ、彼らから全ての迫害と、まさに七死復活の路程を通して、すべての勝利を成されたお父様であることを知っています。


私たちは、今、御父様が残された三代王権を中心に、すべての勝利の基盤を築かれたので、今や実体世界を成されるために、二代王様が台湾の地に入り、中国解放と定州解放のために、また再び荒野に入り、血と汗と涙の路程を歩んでおられることを、私たちはよく知っています。


今、このような天の事情を私たちは知りましたので、私たちが漠然と「教会に熱心に通い、献金し、奉仕すればそれで十分だ」という心ではなく、私の心の中の誤ったサタンを分立し、私がこの世界をいかに愛によって屈服させることができるかを、私たちの生活の中でそれを成し勝利者となれるよう導いてください。


私たちは多くが不足し、力もなく、能力もなく、心もまだ弱いですが、神様が共におられ導いてくださることで、私たち自身を否定し、ただ神様の導きのままに、真の御父様が与えてくださった御言通りに私たちが歩むならば、その全ての神様が私たちを訪ねてこられ、そのみ旨が成されることを信じています。


このように私たちをあなたに委ねますので、受け入れて、私たちをあなたの道具として用いてくださるよう、切に願い求めながら、このすべての言葉を祝福中心家庭、權寧畢(クオン・ヨンピル)・森田裕子家庭の名において報告いたします。アジュ

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