2026年5月22日金曜日

天一国茶道文化 ◆2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<9> 文亨進二代王

 天一国茶道文化

2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<9>

文亨進二代王

監修:fanclub三原 翻訳minion

 2026年4月30日 台湾聖殿韓国語木曜礼拝


訓師もブッシュクラフト訓練


今その子たちは、ほとんど多くのテネシーチームが、群馬の方に、信八と一緒にコミュニティを構成している。

日本の天正宮、その近くに皆引っ越しして、様々な家庭が継続して訓練をしています。継続して平和軍警察訓練もして。継続して毎週金曜日にブッシュクラフト訓練もしていて。


この子たちは、毎週金曜日に訓練してるのか?毎週しなければ、毎週。金曜の訓練。

天気が良ければ、訓師様たちも毎週ではないですが、一度は若者たちと一緒に、この子たちは訓師様たちと一緒にテントを全て設置することができます。

一度、海辺で寝て、自然も風も味わって、朝にそれを一度やれば良い。毎週やらなくてもいい。年齢が高いので。


若者たちは自分の生涯、80年生きなければならない。神様が恵みを与えてくれれば80年です。 明日、運転中に死ぬかもしれない。事故に遭って。 

死ぬ前に、一生懸命常に精誠を捧げなければならない。

しかしとにかく、若者たちは弱いから、そのような訓練を通して強くなり、また自分の人生を生きていく力とパワーの基盤になるのです。基盤。


訓師様たちは、60歳、70歳、80歳になるので、霊界の準備をしなければならない年齢です。

だから、肉体的に無理することはできませんが、それでもたまに、・・・たまにではありませんが、ある時に、天気が良い時に、海辺で一晩寝て、海の音を聞いて、朝に「アボジカムサハムニダ」と海辺ですれば、これはまた別の恵みです。

そうですか?そうではないですか?


毎週やると、大変になります。毎週やれば、毎週やれば訓練になります。訓練は全て大変です。簡単な訓練はありません。良い基盤を磨いてくれる簡単な訓練はありません。少し大変でなければなりません。しかし、大変は大変ですが、その大変な部分に慣れれば家庭が強くなります。


だから、子供達も、ブッシュクラフト訓練に行く時、自分の家庭も皆一緒に行きます。家族も、特に奥さんも訓練を受けなければならないので。

奥さん達も訓練を受けてこそ、自分たちがこのようなエアコンの部屋、このような高いホテルの部屋に住むことがどれほど大きな福であるか、学ぶようになります。

貧しい旅人のようにして頻繁に寝てこそ、自分たちがどれほど大きな恵みを受けているかコンテキスト(文脈、背景)が生まれるのです。わかるようになります。女性たちが一番早く忘れてしまいます。詐欺女たち。

分かりますか?


だからそのような訓練をすることは面白いです。辛い訓練も楽しくしなければなりません。

御父様が私たちに辛い訓練をたくさん与えてくださっても、それを楽しく受け入れる奴らが一番長く続きます。感謝して受け止めなければなりません。


そうしながら、そういう人たちが一番大きな冒険の人生を生きることになります。

辛い冒険や挑戦を続けているから。一生、人生を暮らしてみて、「わあ、御父様が私にたくさんの冒険を与えてくれたんだな。御父様、感謝します。」と言いながら、死ねばいいのです。ハハハ。


どうせみんな死ぬのです。どうせ霊界に行かなければなりません。だからそのような部分において、私たちは死を、私たちは主の恩恵恩寵宝によって、私たちは死ぬことは怖くありません。

死んだ後、私たちは所有権証明書、私たちは所有権証明書を持って行くのです。私たちは死の恐れはありません。


だから主が、 罪が多く不足な私たちを使われても、感謝して受け入れ、訓練を楽しく行う人々が生きていると、「ああ、本当に御父様の驚くべき恩賜によって、私は本当に冒険の人生を生きているのだな。私がお金で子供たちに与えることのできない人生と、妻にもお金で与えることのできない冒険の人生を生きている。」このように。


印(인침표)?

ああ、registration in the book of lifeにあるのか?

Seal (印を受けた)しかし、そのように話したら一般の人たちは理解できません。

所有権証明書、これは全ての人がしなければならないではないですか。このような(説明が)より簡単ですね。同じ意味ですが、一般の人たちが簡単に理解できるように。


だから、今、訓師候補者になっている方たちの年齢は、どうなっていますか?

72歳、 71歳、 68、それから76,75。

しかし、お元気ではないですか。


天一国の風水、台所茶道聖殿


カナコ先生も日本の茶道専門家なので、そのようなことも若者たちが学べば良いです。毎日毎日若者たちが茶道の訓練をしています。

これがどうして重要かといえば、茶道の訓練をしてこそ、夫婦の間で父親の立場が常に家庭の中になければなりません。


家庭がだんだん母親中心、台所中心になっていくと家庭が崩壊します。

そうして父親の位置が次第に隅に行きます。

母親たちの神経過敏症や、母親たちの心配や緊張を通して、母親たちは常に子供を重要視するから、父親は少しずつ隅に移動するようになります。自分も知らないうちに。

女性の本能です。子供を育てること。

その緊張感で、子供にはこの場所が必要です。子供たちのために、この場所が・・・。だんだん、だんだん父親の位置がなくなります。父親の位置がなくなれば、家庭は崩壊します。


ですから、父親は家庭の王と祭司長としての位置の、最も中央に、台所の横であれ、とにかく子供たちが見える場所に、まさにその場所に茶道の小さな聖殿を作らなければなりません。

茶道を通じて妻を訓練させて子供を訓練させて、カウンセリングもでき話をすることができ、平和な聖殿の場所。


そうしながら、そこに御父様の七死復活の絵などを飾り、賛美の音楽を常に流し、香も焚き、蝋燭も灯し、このような小さな聖殿を家の中に作らなければなりません。


これは風水です。風水。天一国の風水。

この風水を間違えると、家庭の天銭は全て出て行きます。

家庭が台所中心になると、天福が出ていきます。子供たちは神様について学ばないで、ただ食べることだけを学ぶ。


しかし、父親が中央に、台所・・・とにかく中央に位置をつかんで、いつも父親が座る場所、そして小さな聖殿の横に茶卓もありますが、その横に御父様の作品もすべて迎えておりろうそくもつけて。

簡単に言えば小さな聖殿です。「こっちへ来なさい。祭司長と一杯やろう、飲みなさい。」


このような文化がなければ、次第に女性が夫を追い出します。子供たちのためだと言って。

そうしながら次第に夫は別の部屋で暮らすようになり、20年、30年後には、自分の父親の場所は倉庫にあります。倉庫。あるいはガレージ。

アメリカでは男たちがみんな追い出されて、男たちの部屋がどこにあるか知っていますか?ガレージ。車の横。

父親の場所がない、家に。全て母親中心です。そんな家庭は滅びます。長く続きません。


祭司長の場所を守ってこそ、聖殿になります。そうですか?そうではないですか?

聖堂に行けば、神父様の席は聖堂の壇上を守る場所ではないですか。神父様。

お寺に行けば、仏像や仏壇を守る僧侶たちがいますね。

そうですか?そうではないですか?


祭司長の場所を守らなければなりません。祭司長がいなくなったら、そのお寺や聖堂はただの台所、遊び場になってしまう。台所が遊び場になってしまったら滅びます。

だから、お母さん中心の家庭になったら滅びます。どうして?遊ぶことばかり追求するから。女たちが子供たちと一緒にただ仲良く過ごそう、美味しい物を一緒に飲もう。このようになってしまいます。

ただドーパミンを中心にした出会いになってしまいます。そうですね?


だから、台所は、聖殿では台所は後ろです。後ろ。

聖殿、祭壇は前にある。最も重要な場所は前にあって、祭司長がその場所をしっかり守って。そうですね?


だからこの風水を受けてこそ、福を受けます。

考えてみなさい。二代王様は台所を前に置いたら、前に起きながら御父様を後ろに侍ったら。多くの愚かな家庭の女性たち、母中心の家庭がそうしているのです。愚か者ども。

だから天銭が全部出て行きます。


父親の祭司長の場所が常にあってこそ、それを守ってこそ、そこから蝋燭と香と音楽、賛美が常に流れ出てこそ、天銭が入ってきます。

そして、父親の場所が徐々にすみっこ、ガレージに行くのではなく、父親の場所が常に中央にあります。

愛する家庭の王、家庭の祭司長。

そうですか?そうではないですか?(「そうです」)


皆さんも、これを通して多くの祝福家庭が滅ぶのを見たではないですか。考えてみれば。

自分たちも風水を知らないから、なぜ自分が滅びるのか分からなかったが、今や二代王の説明を聞けば分かりましたね?風水が間違っていました。


だから、私たちの若者たちも、自分の部屋に「茶道センター」とか「ヒーリング」とかの父親の場所の部分を。

いうならば、実は小さな聖殿です。父親はいつも場所に、家の中でそういう中心的な場所がある場所。

そう子供たちはその場所で遊ぶことはできず、子供たちは父親の場所に座ることはでず、父親の場所は常に守って。

次に、お父さんはそこで妻にもヒーリングを与え、お茶を振る舞い、またそこに自分で摘んできた花も一緒に見て。そのような部分を通して七死復活八段完成の絵も見て、「アボジカムサハムニダ。」呼吸。瞑想を子供たちに教え、その熱いお茶を学びながら、子供たちは訓練もして、訓練させる場になります。


それからカウンセリングの場にもなります。

そして、子供たちが辛い時、大きくなればなるほど、10代になれば子供たちのために祈りも捧げる場所になる。

うん、そして、子供たちがその場に来れば、裁かれるのではなく助けを受けることができる。知恵を受けることができる。


その場所に来れば、飲むもの、お母さんを中心に皆が集まれば、ただ飲むものだけが出てきて終わる。子供たちが悪い部分をお母さん達は指摘しない。

そうですね。子供たちと親切に接したいから、平和に。だから、お母さんは祭司長ではない。

祭司長の位置は違います。祭司長は信徒たちを正さなければならず、そうしながらも導かなければなりません。愛さなければなりません。それでも愛の鞭もしなければなりません。


だから、父親という立場は、そういう茶道訓練をしなければ、次第に若者たちも自分の部屋に、妻たちは子供を重要視し、子供たちが父親の居場所を掌握し、お父さん(の場所)はだんだんテレビの前にあるソファしかなくなる。役に立たない父親になってしまう。


子供たちが必要だと言う出発で、役に立たないソファの上にいつも座ってテレビばかり見ている、役立たずになってしまう。

なぜ?その母親が何度も頼んで頼んで、「子供のために、ここに私が子供のために何か作りたい。」ノー! ダメだ。父親の場所は聖殿の場所。触ることはできない。


基準があってこそ、女性はそれを侵略しません。そして子供たちに与えない。父親の場所を母親に与えてはいけません。父親が祭司長と王として、その場所を守らなければなりません。

そうですか?そうではないですか?


そうしてこそ母親も、父親の場所も守り、子供たちに教育をして、秩序ができて、母親が父親にその権威を守るから、子供たちも母親の権威を守るのです。

そうですか?そうではないですか?

母親が常に父親を無視し、子供たちの前で父親を悪く言えば、子供たちは次第に母親を引きずり下ろす。

そうですね? 女性たちはこれを知らない。


だから、茶道トレーニングを通して今や子供たちが、そしてコーヒー文化は15分しか持たないではないですか。そしてカフェインが高い。そうしながら、15分だけ一緒に話をすることができるではないですか。

しかし茶道をする時は、1時間、2時間と話すことができる。そうですか?そうではないですか?


お前達も茶道訓練をしながら、自分たちがどれほど台湾で大変で、自分が逃げ出したいと。

お前たちはテネシー清平で1週間も暮らすことができない。完全に豊かに暮らしてるのに。

今、訓練しながら自分の夫が、ジョンエも、お前は延世大学を出た。

自分の夫が最も利口なやつではないが、純粋ではないか。善良です。面白い人か?お前の夫はお前とたくさん遊ぶか?いたずらをする?

そのような部分として、この子も発展しなければならない。自分で一度も牧会をしていないので、完全に初歩者です。


しかし、このような基盤を通して他の祝福家庭を助けることで、自分たちや自分の子供たちも問題が生じ、ある子供たちが悪くなろうとした時に、他の子供たちをあらかじめ助けてあげて、様々なカウンセリング、コーチングをたくさん受けたりすれば、その子供たちが勝利する確率ははるかに上がります。


他の祝福過程が勝利するよう助け応援し合う文化

4:18:52 

だから、他の祝福家庭が勝利することができるよう助けること、それが実は一番大きな福です。

なぜなら私たちの祝福家庭が勝利する時、それは私たちの福であり、天一国の勝利です。

天一国の夫婦の文化は、お互いに応援しなければなりません。応援。お互いに嫉妬してはいけない。お互いに応援。

なぜ?私たちの祝福中心家庭が夫婦の間で勝利する時、それが私たちの勝利です。私たちの天一国の勝利。私たちの誇り。

だから、お前たちも夫婦訓練をする時は、お互いに応援しなければなりません。


私たちの訓師様たちも、ここに来た時は、週に一度、デート訓練をしていますか?していませんか?

(「台湾に来てからは、うまくできていないケースが多いのですが。韓国にいた時は、毎週やっておりました。」)

しなければならない!ここに来た時に。


(「ここでは時間がありません。」)

あります、あります。見つけました。ここから4分のところに見つけました。場所を。今日は金訓師様夫婦と一緒に行かなければなりませんね。夫婦デートすることができるように。


どういうことかわかりますね?だから、祝福の夫婦たちが勝利する時、それは全て私たち天一国の勝利です。

だから、天一国の文化はちがいます。私たちは互いに嫉妬することではありません。

御父様が祝福された夫婦たちが勝利してこそ、私たちも勝利なのです。そうですね?

だからお互いに応援しなければなりません。応援。だからお父様はそのような驚くべき恩寵をすべて授けてくださったのです。


だから茶道のテーブル、この子たちも、ビクター・ムーンもシゲルも、この子たちは知らなかったが、アメリカで二代王様がこの子たちに茶道文化と風水文化、アメリカでは理解できないから、風水自体がありません。アメリカには。考え方のコンセプト自体がないのです。

だから、とにかく、子供達はそういう訓練をあまりできませんでしたが、しかしとにかく東洋に戻ってきて、あの子たちが教育を受けながら、「ああ、茶道文化と風水、天一国茶道、天一国風水を通して、私たちは父親と祭司長の位置を守り、家の中に小さな聖殿を守るのです。


そうすれば、お母さんがいくら子供たちのために神経過敏症、子供たちにはこれが必要だ(と言っても)、お父さんの場所を触ることはできません。

父親の場所は祭司長と祭壇の場所だから、それを触ることはできません。

だからお父さんはいつも一番中央、神父様や僧侶、牧師様のように、中央にまさに座る場所があるのです。


そして父親も継続して訓練をしなければなりません。父親も訓練を続け、自分の子供たちや妻をカウンセリングする時、子供たちを数える時も、いつも落ち着いた心で、妻と子供たち、人々がその小さな祭司長の場所に茶道を飲みに来る時、みんなの脊椎が青くなることができるように。


お前たちもその茶道の部屋にスピーカーを買いましたか?スピーカー。

お前たちもスピーカーを設置して、御父様の絵を貼って、小さな聖殿で、そこでいつも私たちが作った新しい賛美の音楽を常に流し、子供たちも継続して賛美を聴いてこそ、自分の脊椎も青くなります。


だから、いつも聖殿からそんな賛美が流れなければなりません。

父親がいる時は、祈りのろうそくも灯っていて、御父様への感謝の香も焚いてあって。

そうしたらお母さんたちが忙しく台所で、お父さんが通り過ぎる時、わあ、この聖殿を通りながら、ああ、違うと感じます。環境変化を感じます。


だから、お母さんが再び座った時、お父さんとお茶を飲む時、何か新しい、他の神秘的な場所に行ったような感じ。

そうですか?そうではないですか?

そのようにしなければ、台所が家全体を支配します。台所と醤油が一番大事なことではない。それを通しても永遠の命は得られない。子供たちは地獄に行く。地獄。

醤油で子供を救うことはできない。ハハハ。醤油と冷蔵庫で子供を救うことはできない。

ただキリストの宝血を受けることによってだけ救われることができるのです。ハレルヤ。

ああ、醤油はとても弱い。醤油と調味料はとても弱い。ハハハ。そうですか?そうではないですか?


天一国茶道


だから、天一国茶道は、私が20年前にかなこ先生のところに行って、茶道スタイルを作りなさいと言われたのですが、自信がなくて作ることができませんでした。だから、かなこ先生は、20年を超えていますか?25年?


しかし、今は抹茶の訓練もすることができるし、一般的な茶道でも韓国スタイル、中国スタイル、全てやってもいいのです。

そのスタイルが一番重要なことではなく、場所が重要なのです。祭司長の場所が。

そして、奥さんが来た時、簡単に言えば、奥さんが茶道をする時、準備をする人が主人であり、来る人がお客様なのです。

だから、奥さんが来た時お客様が来たように茶道でもてなして、お菓子もあげて、そうしながら奥さんも癒やしを受けます。


カナコ先生に技術的な抹茶だけ学ぶことができて、カナコ先生はこの風水の部分を知らない。今初めて聞いたのです。

もし自分が、・・・だからこの風水の部分を理解しなければなりません。風水。私たちは一般の茶道みたいに、それとはまた別にあるではないですか。

別にあって、家の中でそんな余裕はないでしょう。人々は。

家の中で風水をしなければなりません。茶道を使いますが、重要なのは何ですか?この茶道の場所は祭司長の場所です。祭司長。御父様ともっと高い道や目的を考えることができるもの。


だから、お前たちもいつも分からなくて、自分たちの心配事とか、このようなことをずっと話しているから、もうあの子たちはストレスを受けているのです。

だから、茶道訓練をする時はそうしてはいけないし、茶道訓練をする時、神様に関する内容、神学的な内容を話さなければならず、あるいは哲学的な話、あるいは自然に関する話を。


ジョンユンはまだそういう能力がないから、自分がどのようにして妻を導くか分からないが、行けば行くほど学ぶのです。

そうすれば、最初から神学的な部分を、今、この子たちを育てなければならないので、自然から始めれば良い。外で野の花を摘んで、その花を持ってきて、小さな花瓶に、あるいは水に挿して、妻とその花を見ながら、微細ないくつの色を見ることができるか、簡単に白や緑だけでなく、緑の中でもいくつの色があるか、緑の中にこんな色の緑色、このような青色の緑色、黄色がかった緑色、赤みがかった緑色、この数千の青色を一輪の花に見なければなりません。

それも茶道の練習になるのです。

神様の自然界がどれほど素晴らしく、私たちに喜びを与えてくれるかを勉強する。

お前たちはそんなこと知らなではないですか。


だから、そういう花たちも、この野の花も、ここ、まさにここの前に、この青や紫のきれいな花があります。

その野の花を一輪摘んでカップに、小さなコップに置き、それから妻と、この花の中にある数千の花の色を一緒に見て、「アボジカムサハムニダ。」自然観察瞑想になります。

「アボジカムサハムニダ」で、もちろん終わらなければなりません、常に。見るたびに、見るたびに、呼吸のたびに「アボジカムサハムニダ」


そうしながら、この花の香りを見て、この香りの持つ味、渋味、酸味、甘味、塩味、辛味を観察しなければなりません。

次に、お茶を飲む時、お茶を飲みながら色を見て、まず色を見て、目で飲む。

目で先に飲んで、目でこのカップにある何千の色、金色、黄色、青色、全て研究しなければなりません。

そうしながら香りを嗅ぐ時、辛味、塩味、酸味、甘味、全て。


また、口の中でどこからこの香りが現れるのか、苦味が舌の前の方から出るのか後ろから出るのか、甘味が口の中に出るのか鼻から出るのか、渋味が左から出るのか右から出るのか、こういうことを導くことができなければなりません。お前たち。自分の妻を導くことができないではないですか。

そうですか?そうではないですか?若者たち。問題だ。


二代王様はこのようなことを王妃にしたので、王妃も喜んでついてきたではないですか。こういう世界が全て開いてあげたので。

しかし、二代王様はこのようなことをたくさん訓練したから、こういう世界がわかります。

次にお茶を飲む時も、そのような訓練。そうですね。


だから、お茶も高いお茶もあるが、無料のお茶もたくさんあります。自然を知っていれば無料でお茶を飲むことができます。

だから、自然を知れば知るほど、無料のお茶をたくさん学びます。

だから、これはお金があるから茶道をする人は、詐欺師が多いです。

「お金のある人だけが茶を飲めるのです。」空っぽな無知の詐欺師たちの言葉です。

もっとも高級なお茶は何ですか?無料のお茶です。

最も高級なお茶は、ブッシュクラフト・サバイバルをしながら松葉を摘んで、松葉茶などなどを飲む。ミント茶、プランテイン茶(オオバコ茶) 、ヤロー茶(ノコギリソウ 茶)。たくさんあります。知ってみればたくさんあります。高いお茶しか見えません。

知っていれば、知らなければ高いお茶だけが見えるのであって、できれば高いお茶も見えるしもっと高い無料の自然茶も見えます。ハレルヤ。

どれほどの驚きですか。


だから、このような世界は奥さんたちに開いてあげてこそ、子供たちもこのような世界を開いてあげてこそ「ああ、お父さんを通して私が見ることができない世界を見ることができる。」という信頼感が生まれる。そうですね? 


今、父親たちがそうしてあげなければならないのに、ただお金だけを稼ぎ、お金ばかりに集中して、こうした世界を全くしなければ、子供たちは「バイバイ」と行ってしまいます。

「バイバイ、お父さんから学ぶことはない。」お金以外に学ぶことはないではないですか。それは問題です。


私たち祭司長たちは、妻の目と心、子供の目と心が開かれる、世界が開かれる、そんな父親の能力がけれどなりません。だから、自然を愛さなければならないし、自然に対して訓練もたくさんしなければなりません。


だから今は、例えばジョンユンの場合は、この子は始めているので、神学的な部分が不足で、哲学的な部分が不足なので、自然から始めます。自然。自然から、野の花瞑想の時間、茶道の三杯と一輪の花の瞑想「アボジカムサハムニダ」時間。奥さんとすれば良いのです。

そうすればそこにある全ての美しい色、本来ピンクの花も、あるいは紫色の花も、ただ紫色だけではありません。それをよく見たら、驚くべき黄色、白、黒、驚くべき赤い筋、近くで見たら数千もあります。


青色や赤色の一つの中にも、何千の赤があります。これらすべてを発見し、一つ一つ見るたびに、「ああ、アボジカムサハムニダ。」「 ああ、アボジカムサハムニダ。」継続して。そうすれば自然と賛美になります。


そうしながら、茶道三杯が。今日は心配しなければならない、お母さんがいつも、女性たちがいつも心配する子供たちの勉強、そんな馬鹿げたことではなくて、この神様の驚くべき自然の贈り物を再び発見することができる時間になります。脊椎が青くなります。


しかし、お母さんがあまりに急いでいて、「さあさあ、もう座って、この花の瞑想をしよう。」「ああ!忙しいのに。できない。お母さんは忙しい!」このようにしてはいけません。


だから、奥さんと少しずつ、妻もみことばを継続して聞いて、妻も徐々に「このような訓練は重要なんだな」と理解することができるように。


忙しくても平和の靴を履く


人は忙しく生活したければ忙しく生活することができます。絶えず忙しく生きることができます。

忙しいのは良いですが、忙しい中にも福音の平和、平和の靴も全身の鎧を付けなければなりません。


戦争の中でも、福音の平和の靴を履かなければなかったではないですか。エペソ人への手紙6章。そうですね?

参考:エフェソ6章

14すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、15平和の福音の備えを足にはき、16その上に、信仰のたてを手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。17また、救のかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。18絶えず祈と願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。


救いの兜、信仰の盾、正義の胸当て、真理の帯、聖霊の剣。その中で、履物を履くではないですか。どんな履物?戦争の中に平和の福音、福音の平和の履物。

そうですね?


ですから、忙しく、忙しく、忙しく生きることはできますが、私たちは機械ではないので、時には早く動き、時には息をつかなければなりません。三杯飲んで、また脊椎を 青くして。夫婦の間で一緒にやる時、脊椎が青くなってこそ、妻は夫の横に行きたくなる。自分の脊椎が赤くなった時、自分も知らずに、夫の横で青い脊椎を作るためにそこへ行きたくなる。

そうですか?そうではないですか?


だから夫は、妻の脊椎を青くすればするほど、妻はストレスを感じた時自分も分からないで本能的に青い脊椎になる場所へ行きたくなるのです。

そうですね?それが重要なこと。分かったか、若者たち?


だから、訓練が重要です。訓練、訓練。この子供たちも祝福を受けた時、お前たちはみんな勝利しなければなりません。

もちろん保証はないが、それでも確率を上げなければなりません。子供たちがそんな強くて幸せなパワーのある夫婦として勝利することはでき、また家庭の中でも父親の場所を守り、天一国文化と天一国福音と、この金色のボタンも、子供たちに分け与え、子供たちに、・・・子供たちを伝道しなければならないではないですか。子供たちを伝道。


だから、子供たちを伝道しなければならない時も、この金色のボタンを教えなければ子供たちも分からない。どうして自分にメシアが必要なのか。

子供たちにそれがわからなければ、御父様なしに生きていくことになります。そうすれば、サタンのものになります。サタンの飴。そうですね。


だから、この金色のボタン、これが最も重要な部分です。これを理解してこそ、キリストの 宝血のパワーと価値と栄光と救いと恩恵があることを理解するようになります。


これがわからなければ、キリストの宝血が何かわかりません。

「どうして、どうして私たちはイエス様の血を飲まなければならないのか?どういうこと?」こうなってしまう。

「どうして私たちはイエス様の肉を食べなければならない?どうして?」このようになってしまいます。

そうですね?これは問題です。


訓師ニム達は、400日間訓師精誠をした時、何度かキムパプ天国に行きましたね?私たち、あの方々とあそこに行こうか、あそこ、4分の距離のところに。


どういうことか分かりますか?つまり、訓師の道を行く方々は、最も危険な道を歩んでいるのです。気をつけてください。

常に御父様、真の父母様に侍り、御父様が立てられた三代王権に侍り、常に皆さんを引き離そうとする、異端派や、お金を持ってくる人たちには常に注意しなければなりません。


そして、純粋な精誠のパワーで、毎日毎日訓練するたびに自分が死んで主が生き、自分が自分を殺し、主の宝血がより輝き、そのような勝利の純粋な愛の精誠の道を挑戦しようとする、祝福中心家庭と宗族の王と王妃、そして全一国の民になりたければ皆一緒に立ち上がって、お父様に大きな拍手を送りながら、億万歳をしましょう。


さあ、李会長、億万歳。

4:43:38

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2026年5月21日木曜日

訓師の道と訓師の生き方 ◆2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<8> 文亨進二代王

訓師の道と訓師の生き方

2026年4月30日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<8>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

 2026年4月30日 台湾聖殿韓国語木曜礼拝


数千年続く宗教には修行僧がいる

翻訳 clean

古代の数千年続く宗教には、常にこうした修行者の層があるのです。数千年続くその宗教は、修行者がいなければ、そんなに長くは続かないのです。そう長くは。

プロテスタントはカリスマ中心で進みます。牧師たちのカリスマ。カリスマ中心の教会は、一世代、一世代も持たない。いつも二世代から崩壊し始めます。


チョ・ヨンギ牧師も、その純福音教会も、チョ・ヨンギ牧師が引退した。亡くなったか?チョ・ヨンギ牧師が 亡くなった後、2世から崩壊し始めた。カリスマ中心の教会は長く続きません。

なぜ?カリスマを通して教会は大きくなりますが、教会が大きくなればなるほど不正、腐敗がもっと多く生じます。


宗教もそうです。宗教が大きくなればなるほど、あちこちで不正、腐敗がより多く生じます。

そうしてその不正、腐敗の宗教に次第に溺れていけば、滅びる様になります。

信徒たちの信仰と信頼感もすべて失わせて。


しかし、何千年も続く宗教を支えているのは修道士たちだ。修道士たち。修道士たちは純粋な精誠と祈りだけをしている。

宗教が大きくなっても、宗教の大きな本部に入らず、ずっと山で静かに精誠を尽くす。

なぜそれが長期的な、数千年続く宗教を生き延びさせるのか?

数千年続く道で、教会が大きくなり、不正や腐敗が大きくなれば、教会は次第に堕落していく。

しかし、純粋に精誠を尽くし、主を愛し、自分にはお金も名誉もないけれど、それでも毎日主を追い求めるような修行者たちがいなければ、再び正しい道に戻ることは出来ない。その組織が崩れるとともに、自分たちも一緒に崩れてしまう。


それゆえ、天主教、正教会、仏教、ヒンドゥー教といった数千年続く宗教を見ると、常に常に修道層がいる。修道士の層。

それがなければ、宗教が大きくなりすぎて、あまりにも、腐敗してしまった時、正すことが出来ない。再び正しい道、純粋な道へと戻すことはできない。 

しかし、修行者がいれば、組織が堕落している中でも、信者たちは次第にその組織から離れ、修行者を支持するようになる。


なぜ?修行者たちは、本来の姿で精誠と祈りの生活を送って、本来の姿をしているから。

だから組織が大きくなり、不正や腐敗の中で組織が崩壊しつつある時、信者たちはそれを感じ取り、次第にその堕落した組織を信じなくなり、段々修道士たちを支持し、山へ行って修道士たちを支持するのです。

なぜ?修道士たちは純粋に主を追求する生き方を送っています。

だから、その宗教は再び生き返るのです。これが、分かりますか? 


組織が崩壊しても、その信仰は死なないのです。なぜ?純粋な指導者たちがいるから。牧会をしながら金持ちになるために牧会した人ではなく、何もなくても主を求め、毎日苦難と苦行を自ら行い、眠る時も楽に眠らず、毎日辛い、精誠を尽くし。


だから、数千年続く宗教は再び正しい道を取り戻せるのです。再び。

プロテスタントにはそれがないから、プロテスタントの教会は次々と滅びていきます。カリスマのある牧師が亡くなった後に滅びるのです。


訓師の道は牧師よりも遥かに過酷な修道士の道


だから訓師層がそれなのです。訓師層は牧師層よりもさらに純粋な修道士活の層たちです。恐ろしい層。恐ろしい層です。


名誉を得るために、金をもらうために、栄光を受けるためにやってはいけません。そうすればサタンです。サタン!

若い連中も、二代王に仕え、今、修道士の道を歩んでいるではないですか。訓練。

これは一般的な牧会の道ではありません。これは牧会者よりももっと過酷な修道士の道。

こういう道はカリスマ中心の道ではありません。


修道士の道は、カリスマ、どれほど人々を泣かせるか、あるいはどれほど御言葉をうまく語るか、といったことではありません。

修道士の道は、どれほど純粋か、どれほど悔い改めるか、どれほど自分を絶えず殺せるか。

これは違います。

ですから、このような深刻な訓練や、こうした部分があるから、これから食口から多くの愛を受け、より多くの尊敬を受けるようになるのですが、しかしそこで溺れて道を外れてしまえば、サタンになってしまうのです。サタン。分かりますか?

だから常に気をつけなければなりません。いつも良い心で始めることはできますが、私たちがどう生きるかだけでなく、どう死ぬかが重要です。

死ぬのはどうせ皆死ぬことだから、実は私たちは、聖書の御言の通り、毎日死ななければなりません。毎日死ななければならないです。

3: 21:23

ですから、修道士の道は別のレベルです。別のレベル。

江利川会長と李会長は、皆さん良い方だとおっしゃっていますが、良い方でもサタンになり得るのです。だから、常に気をつけなければなりません。


訓師の道を歩みながら、常に自分自身を殺さなければなりません。そうでしょう、違いますか? 


そういう内容で、毎日自分を殺し、自分の欲望を捨て、自分を捨て続けなければならない。

そうしながら、主と御父様の宝血の恩恵が大きくなっていかなければならない。

そう、そうじゃない? 

異端者は訓師をターゲットにする


だから異端派たちがいつも、宝物として掴もうとする人たちが、訓師たちです。一番多く攻撃を受けなければならない。

皆さんが訓師の道を歩むなら、皆さんは標的にされ、食い物にしようとする。

だから皆さんは常に、そういう部分に気をつけなければならない。

訓師の道を歩みながら、自分一人で動いてはいけない。常に、訓師の先輩たちに尋ね、カウンセリングを受けて、常に気をつけなさい。

すべての友人、家族、そして他の異端派には常に気をつけなさい。

異端派は皆さんの家庭を利用し、皆さんをコントロールしようとします。

皆さんの子供たち、特に一人の子供を捕まえ、父親に最も影響を与える子供を捕まえて、皆さんをコントロールし、異端派にしようとするのです。


分かりますか?常に注意しなければなりません。

訓師層は、本当の子女様ではありませんが、それでも子女様のようにターゲットにされます。

なぜならば、二代王様が直接訓練し、三代王権が身近に接する層だからです。

多く標的にされるのです。


だからただ、訓師の道を歩みながら、牧師のようにただするのではなく、常に、信仰の盾、盾を常に掲げなければいけない。訓師を誘惑しようとする人々が多いからそうだ。


あれこれと訓師を使って、二代王様が任命した総会長たちと戦わせようとして、そうするでしょう。ターゲットにするというのです。


そうしながら、私たちはどうなった?金勇力訓師も標的にされたじゃないですか。

自分の派を作って、二代王様が立てた李相烈総会長と喧嘩を仕掛けさせて。そうするんだ!

そう、そうじゃない?


二代王様が呼びながら、テネシーでみんなテントで一緒に寝かして、旅人たちみたいに、プラスチック、プラスチックの私たちはタープの下で、訓師たちと李会長と一緒にそこに住んで、みんなそこで一つになったじゃないですか。互いに悔い改めて。


「ああ李会長はこういう人だと思っていたけど、一緒に暮らしてみるとそうじゃなかった」。

訓師たちも気づかされた。


人々はそうするということだ!自分たちは二代王様、三代王様に影響を与えようとして、訓師たちをターゲットにするんだ。

分かりますか? 分かりますか?(「はい」)


訓師の道を歩む人たちは気をつけなければいけない。気をつけろ。そういう部分は常に気をつけなければいけない。

訓師が行く道は常に、御父様と三代王権に100% 忠誠を誓い、精誠を尽くす生き方は他の人々が誘惑しようとします。

人々を食い物にしようとし、影響を与えようとする、そういった部分を与えようとしても、遮断することができます。


ジョ・マンホやホ・ヤンといった詐欺師どもは堕落した連中だ。

分かりますか?そういうことには常に気をつけなければなりません。気をつけろ。


ですから、皆さんもこのような教育を受けなければなりませんし、二代王様も常に、信俊王も常にこのような教育を行っています。


訓師は詐欺師に気をつけろ


常に三代王と御父様、王権の責任者の座は、常に詐欺師にも気をつけなければなりません。

常に皆さんも詐欺師には気をつけなければならない。

訓師の道を行く人たちは、詐欺師に気をつけなければならない。最も気をつけなければならない。

皆さんを利用し、カインとアベルを分かれさせようとし、御父様の王権を分裂しようとする、そんなことをする連中が近づいてくる。

分かりますか?


一人の時は、純粋な精誠、そして苦行に感謝する心から出るべきであって、名誉や栄光、食口からの称賛を受けたら堕落、堕落です。


アイロニカルな内容だ。

食口の前での称賛、名誉、栄光、それらを捨てれば捨てるほど、かえってより多くの称賛と栄光を受けるようになる。反対、反対だ。

それを追求する連中は、堕落する。

かえって結末は良くない。


だから修道士の道は、神様が用いられるものであり、その宗教が不正や腐敗に陥り、どんどん大きくなればなるほど、そうした事態になる確率が高まるから、修道士たちは神様が修道士たちの純粋な精誠を用いて、その教会と、その国と、その宗教を再び蘇らせる働きをなさることができるのです。復帰。

その層がなければ、多くが散り散りになってしまいます。

分かるか、若者たち。 (「はい。」)


訓師は自分と戦い自分を殺す生活


ですから訓師の道を歩む人々は、常に自分の心が100%、純粋であることはできないので、自分自身の心も汚れており、罪も多く、欲も多いため、常に自分自身と戦わなければなりません。

毎日訓練、自分自身と戦うことです。自分が自分を殺すことです。

自分を消し去り、キリストをより大きくし、自分の黒い色が消え、キリストの赤い宝血がより輝けるように。


だから精誠を尽くす生活は、恐ろしい生き方です。なぜなら、精誠を尽くす生活は、単に私たちの人生に残るだけでなく、歴史に残るからです。歴史に。


人々がこの大混乱、韓鶴子バビロン淫女の堕落の混乱の時代を見て、御父様がどのように聖霊の役事を行われるかを見たとき、私たちの荒野の時代やトランプ大統領の時代、そして中国の摂理の時代をすべて研究し、訓師たちの事も研究する様になります。

どのように二代王様が、御父様、三代王権の訓師たちを用いられたのか、また訓師たちが誰だったのか、すべて研究するのというのです。


すでにそのような歴史的な、そのような誰も経験したことのない栄光、主を直接お迎えできるような栄光がありましたが、主が霊界と肉体の勝利をすべて成し遂げられ、霊界に移動される時、その後、神の王国と王、その王権が進んでいく中で、訓師たちが先頭に立ち、御父様の三代王権を開拓する、こうした姿をすべて研究するのです。


だから精誠は、皆さんが完璧だから、精誠やそのような栄光を受けるのではなく、その心が、毎秒ごとに新たな罪、黒い罪がたくさんあっても、御父様の宝血の力でそれをすべて覆うのです。宝血の力。その宝血の勝利と、その宝血の力と、その宝血の聖霊の力によってするのです。


朴牧師様もソ連で20年間宣教されながら、正教会もたくさん見てこられましたね。

正教会の都市の神父たちもいますが、山中の修道士たちもいます。

3:37:40 翻訳 minion

その方たちは違います。

都市に住む神父たちと、修道院で暮らす修道士たちは全く違います。

その正教会も、二千年の歴史があるのに、自分たちの教会が不正腐敗に陥った時、信徒たちは皆、都市に住む大司教たちのような人々を罵ったのに、信徒たちは山へ行き修道士たちを、その可哀想な修道士たちと修道女たちと修道士の神父たちに侍り、正教会の堕落を正したのです。


どうして?国が不正腐敗から始まってはいけないではないですか。出発点が重要です。出発点が。

二代王はお金を盗んで、そのようにしていたら、どのようにして国の文化を作ることができるというのですか?二代王は数十兆、御父様が御手で選ばれた後継者、相続者、代身者であっても、お金を全て失ったではないですか。

そうですか?そうではないですか?


お金は私の神ではない。お金はキリストではない。

だからこそ、御父様の勝利圏が、御父様とカインとアベルと三代王が一緒に行くことができるではないですか。

お金は私たちの中心ではありませんでした。韓鶴子バビロンの淫婦、郭グループの詐欺師たち、異端者たちはお金が自分の中心ではないですか。お金のために御父様を売り飛ばす。


それは何ですか?イスカリオテのユダではないですか。

どのようにして文化・文明を築くのですか?そのような出発点で。できません。

国をそのような出発点で立てることはできません。国は、善なる国は、善なる出発点から、善なる三代王権とカインとアベルと真のお父様の勝利権に現れます。


康賢實真のお母様は一番の修道女


だから、康賢實真のお母様も勝利されたではないですか。女性として。

どうして?純粋な康賢實真の御母様は、実は私たちの元老の中で一番修道女のようでした 。そんな方でした。

いつも栄光を避け、いつも深く遠い後ろに座りたがり、いつも一番遠くの開拓地、ソ連、もっとも寒い場所、1人の食口もいない、そのようなところを継続して尋ねて、そのような修道女の心がありました。康賢實真のお母様は。


だから、あの長老たちの中で、御父様を自分たちの数百万ウォンの給料のために売り飛ばした時、康賢實真の御母様はそうしなかったではないですか。

そんな純粋な愛の信仰に生きていらっしゃったではないですか。


だから、女性たちの中で一番、修道女のように生きていたではないですか。実際。

他の元老の女性たちはみんな、金持ちの家の奥様で、邪悪な女たちではないですか。お金だけが好きな女たち。サタンの女たち。

康賢實真の御母様は、はるかに修道女のように、はるかに一人で生きていらっしゃいました。一人で。修道女のように一人で。アウグスティヌスの妻だったから。一人で暮らし、金持ちのように暮らさず。

結局、そのような方が勝利したではないですか。


組織が大きくなりすぎると不正腐敗した組織になったら、そういう人たちがいなければ、バイバイ、死んでしまいます。

だから御父様がそれをご存知で、康賢實真の御母様を送られたではないですか。今や私たちは勝利された、完成された真のお母様になられたではないですか。

拍手を送らなければ。(拍手)


その純粋で清らかな信仰 が最も重要です。

それが宗教の不足感や脱落の滅亡を唯一救うことのできる力です。

その出発点、出発点の純粋な愛と信仰。神様がそれを用いてくださいます。


だから、訓師たちは体は老いますが、心は常に若くなければなりません。

それが何かといえば、最初に御父様を愛した、愛に落ちたあの心。

常に御父様との最初の出会いの時の学生にならなければなりません。再び。

そのような純粋で清い愛と信仰が精誠の中心とならなければなりません。


もちろん、私たちは完璧ではありませんが、完璧にはなり得ませんが、そして不十分な部分も罪も多いですが、それでも常に初愛の心に立ち返らなければなりません。

その訓練、訓練が重要です。

そうですか?そうではないですか?


だから、そのような純粋な、・・・私たちは完璧ではありませんが、それでもそのような純粋な精誠を香りのようにお捧げしようとする時、この全ての建物も全ての村も、その精誠の波動が出て行きます。次に、村から国家、世界へと。


だから、私たちが伝道する方々もここに来てその精誠を知らなくてもそれを感じた時、「ああ、この人たちは本当に毎日毎日、主と共に毎日悔い改め、毎日新しい心で共に生きようとしている所なんだな」と、そう感じるようになるのです。

そうですか?そうではないですか?(はい。)


台湾開拓はテネシー清平の開拓より遥かに楽な開拓


だから台湾、皆さんは台湾に来て、エアコンの部屋があってトイレがあって水が出てきて電気があって、この子達は若者たちは、テネシーにいた時深い山に入って水もない、シャワーもない、トイレもない、テントで暮らさなければならなくて、エアコンもない。ありません。何もありません。電気と納屋だけがありました。ハハハ。とんでもない。

1年半の間、御父様の三代王権がテント生活で暮らしました。1年半。軍隊に行っても、長ければ30日、40日テント生活をしますが、1年半しました。

そうか?そうではないか?若者たち。


この台湾中国摂理がどれだけ楽か。部屋もたくさんあるし、電気も全部通ってるし、ボタンを押せば明かりがつき、トイレのボタンを押せばうんちが飛んでいく。

私たちはうんちの穴を掘って、森の中でうんちを全部しなければならなかった。

シャワーも、一日中テネシー清平の木を切りながら、李会長もシャベルを持って一日中訓師様と一緒にやったではないですか。

そうですか?そうではないですか?


シャワーもない。真っ暗な夜に30分運転してガソリンスタンドでシャワーをしなければならないではないですか、私たちは。覚えてますか?訓師様?(「はい。」)

(「昔の話はもう出ないかと思っていました。」)

(「小さな車に詰め込まれて」)


ガソリンスタンドに行って危険なおじさんたちが行き来してるのに。そこでシャワーを。(ヨナ王妃「シャワー室の開けたら、おじさんがいてすごく驚いたではないですか。」)

だから、女性には危険です。鍵を渡されて入って行ったのに、裸の黒人のおじさんがいたではないですか。

だから、シャワー室 も前になくて、その後ろにあるではないですか。あれは実際、危険ではないですか。女性、特に女性は危険です。


だから若者たちは、お前たちはわからない。この台湾がどれほど簡単な、お金持ちの開拓です。何だこれは?どれほど・・・冗談ではありません。


私たちは、テネシーで開拓した若者たちもすごく苦労しました。自分の人生の中で忘れることができない開拓訓練。そういう子供たちは本当に苦労しました。1年、2年、3年。


だから今回も、私たちが日本に行った時、ベイビー御父様の石の作品を準備しなければなりません。その子達の家庭に一つずつ私が分けなければなりません。テネシーで苦労した子供達の家族たち。


訓師任たちも、三家庭の夫婦が李会長と一緒に小さな部屋で、プラスチックのゴミ袋を壁にして立てていたではないですか。ビニール。それはゴミ袋だろ。ゴミ袋はビニールではありません。

ビニールで壁を作って、完全に私たちは旅人のように。

私たちのソ訓師ニムも一生懸命山で汲んだ水を、山水が出てくる水から、それをした後にその下にあるパイプまで繋いで、私たちはそのパイプがあるから、水が来たから、ものすごく大きな助けになりました。あれがなければ、山に200m登って水汲みに行かなければならないのに。

しかし、私たちの清平、テネシーの地からあんなにきれいな水が出ることがどれほど大きなめぐみだったか、実際に。

いやぁ、本当に。


さあ、子供たちもそうやって毎日、1年半もテント生活を送ったから、次に、生涯の間自然が怖くありません。

どこに行っても自分のテントや、全て失っても「私は森の中に住むことができる」という自信が生まれる。

人生が辛くなった時、そして、自分が放棄したくなった時、その感覚がまた来ます。「ああ、私は1年半も水もなく、水道もなく、トイレもなく、電気もなく、シャワーもなく生活した。今の問題なんて何でもない。」このようになります。

自分の経験がパワーになります。わかったか?若者たち。

お前たちががそこにいたら、1週間も生き残ることができないだろう。


しかし、そのような訓練を通して、子供達は皆強くなりました。技術もたくさん学んで。そこで少しはお金も稼いで。

たくさんではないがそれでも技術も学んで、大工の専門家たちも、その技術をたくさん学んで、工事をするシステムも学んで。

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