2026年9月13日日曜日

トマス主義西洋キリスト教の問題 ◆2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<3> 文亨進二代王

トマス主義西洋キリスト教の問題

2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<3>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

文亨進師 台湾韓国語礼拝한국 목요예배 2026 08 27


(2:31:20) 翻訳clean

西洋キリスト教スコラ哲学、神的単純性の問題


西洋は知的面だけで全て知れば宇宙を知ることができるという馬鹿な思想があるので問題です。体が脳とつながっていることを知らない。

だから西洋のキリスト教をみなさい。運動を強調しない。


東洋の宗教を見なさい。道教では気功をしながら運動しなければいけない。

だからずっと運動し続けなければならない。

東洋文化は、知性だけを知っていてもダメで、体も動かさなければいけない。

これは東洋文化に染み付いている。


おじいちゃんやおばあちゃんたちが、外でこの様な機械に乗っているでしょう。運動して……  ただ東洋の人々には染み付いている。


これは西洋ではあまりにも切り離されている。これ全部、知的に、科学的に、知的に理解しようとしているのです。


これはどこから来たのかというと、トマス・アクィナス、クリスチャンの学説から来ていて、この馬鹿げた考えは、体をあまりにも無視しすぎている、体をあまりにも無視しすぎている。

だから、このキリスト教の学説、トマス・アクィナス、アウグスティヌスも、アウグスティヌスも学説のアウグスティヌスも、えーと、特にキリスト教スコラ主義のトマスは、アウグスティヌスから多くを引用しました。

なぜ?アウグスティヌスは、神の「ウーシア(ウジア)・エッセンス」、神の「ウーシア(ウジア)・エッセンス」が、神の働きと神の本質は一つだ。


アウグスティヌス、アウグスティヌスは、5世紀から6世紀にかけて初めてそれを展開した。そのアウグスティヌスの著作を見ると、アウグスティヌスは極端な、極端な予定論、アウグスティヌスには極端な予定論があります。これ、知っていますか? 

アウグスティヌスには極端な予定論があるのです。


なぜ? 彼自身、神の本質は……ただこれ、ディバイン・シンプリシティ(Divine Simplicity.:神的単純性 ) を一度調べてみてくれ。

韓国語で何だっけ?  神の単純性。 単純性。神の単純性神学です。つまり、神の単純性という点では、神の働きと神の「ウーシア(ウジア)・エッセンス」が同一です。  区別がありません。


つまり、神の本質を見ると、神の愛は神のエッセンスそのものであり、神のエッセンスの中には神の意志もあり、神のエッセンスの中には、善、善なるものも含まれており、栄光も含まれており、光、光、光も、中に含まれており、そうですよね。神の働きと区別しません。


神の働きとも区別しないので、すべての部分が神の純粋な愛、純粋な善、純粋な聖なる心、純粋な義、純粋な創造、純粋な意志、これらはすべて神の本質の中にあります。働きとも区別しません。では、どのような問題が生じるのでしょうか?

神の本質の中にはこの多くの内容が含まれているのです。


神的単純性の問題、多神教

見てください。これ、これ、これ、ちょっと絵を描いてみよう。ここではありません。

皆さん、ここは神の本質です。OK、ここですね?ここ、本質の中には愛もあり、愛が中心、愛の中心であり、また栄光もあり、意志もあり、その次に善もあり、そうですよね。それから何、正義もあり、など、これ、いろいろありますね。


神の本質、ウーシア(ウジア)の中に問題は何ですか?神の本質の中に愛があり、その愛と少し違いがある善ですが、少し区別できますね。

善もあり、意志も愛と完全に同じではないですよね。少し区別できるじゃないですか。

それから、神の知的、それは愛と完全に同じではなく、少し区別される。

これが問題なのです。


そうすると、この本質の中に複数のウーシア(ウジア)があるということになります。複数の本質、複数の神がいるということになるのです。ここの中に。多神教になってしまう。


神的単純性の問題、予定論


つまり、神の本質には愛があり、意志があります。意志を見てみましょう。神の意志が神の本質の中にあれば、その本質は変わることができませんね。それなら、神の意志も変わることができないということになります。

神の意志が変わらないとしたら、それはどういうことでしょうか?神の自由意志がなくなってしまうのです。自由意志が。


なぜ?自由意志であるためには、神様が無から有を創造しなければなりませんね。それがはるか以前からすでにあらかじめ決定されていれば、それは神様が選択なしに無から有を創造したということになります。


それから、同じ瞬間に人間たちがいくら5%の責任分担をしても、神様の意志はすでに決まっているじゃないですか。だから、神の意志と摂理を変えることはできません。人間が何をしても、そうなると過激な予定説が生まれてしまいます。これ、わかりますか? 


過激な予定説の視点。つまり、アウグスティヌスがこの問題を提起し、トマス・アクィナスがこれを展開した。

これらはすべて西洋キリスト教です。カトリック(天主教)とキリスト教の基盤、すなわち最も根本的な哲学的基盤は、エッセンスとエネルゲイアウーシア(ウジア)とエネルギーが一つであるという考えです。

 *注)日本語正式表記=エネルゲイア、韓国語、英語の発音はエネルギア


これはローマ教会やあらゆるキリスト教派の根本的な哲学的出発点です。

これは哲学、特にキリスト教哲学において、私たちはこれを「ペリパティック・アクシオム神的単純性 ))」、西洋キリスト教では「ペリパティック・アクシオム 」と呼ばれます。この「アクシオム 」とは、五感を通じて、私たちの知識にあるすべてのものが五感を通じて入ってくるべきだということです。つまり、これは如何なるにせよ、学説主義となり、合理主義となります。


この五感を超越することはできない。五感を超越することはできない。これによって、この哲学は崩れてしまいます。問題が生じます。

つまり、西洋キリスト教は次第に空洞化しつつあるのです。

根本的な部分に問題があるから。


つまり、ある結論が出れば、神の本質とエネルギーが同じであるため、意志も同じになるわけですから、自由意志もなくなってしまうのです。


神的単純性の問題、神の御業を見た者が神になる


その次に、神が役事をなさるとき、それも偽物です。

その西洋キリスト教やカトリック(天主教)、トマス主義哲学における神の、聖書にあるすべての役事、皆さん、モーセの燃える荊の役事、目に見えない役事、今日私たちが学ぼうとしていた使徒行伝第2章、使徒行伝第2章を見てみましょう。使徒行伝第2章…

オーケー。えっと、ペンテコステの前日、オーケー、一度読んでみて。オンマ。

ペンテコステの出来事がやってきます。見てみましょう。


[使徒行伝2章1節です。]

五旬節の日が近づくと、彼らは皆、一か所に集まっていた。すると、天から激しい風のような音がして、彼らが座っていた家全体に満ち、まるで火の舌のように分かれるものが彼らに見え、

 火の舌のように、分かれるものが彼らに見え、

一人一人の上に一つずつ降りてきた。

この役事、覚えていますよね、これ。このような役事も、西洋キリスト教の立場からすれば、エッセンスやエネルギーが同じだから、このような役事はすべて同じで、偽物なのです。

すべてAIのような仮想の幻想です。


なぜ? 神の働きとエッセンスが同じだからです。同じものですね。

つまり、神のすべての役事は本質そのものなのです。


だから問題はこれなのです。もしこの役事が、火の役事、舌が分かれる火の役事が現れたら。そうですよね?これが神、神、神のう役事だと言うなら、神の本質とエネルゲイア 、働きが同じだから、私たちが出会うその炎が、火の役事が神の本質になるのです。

わかりますか?


なぜ?神の働きの本質が同じだから、西洋キリスト教のトマス・アクィナスやアウグスティヌスの思想では。

理解できますか?

つまり、この御業において、この人たちは神の本質に出会ったのです。


問題は何か?神の本質に出会えば、あなたも神だ。神の本質、神の本質に出会うと、神の本質とはどういう意味かと言えば、神そのものです。


ですから、私たちが神の本質の中に入り、神に直接出会えば、私たちもここに入ったわけですから、私たちも神になる…… これは狂ったサタン主義です。 狂ったサタン主義。


神的単純性の問題、神の御業は幻想創造物


ですから、これを避けるために、西洋のキリスト教ではどう言っているか? トマスはどう言っているか?

 こうした内容や歴史は、神の本質ではなく、これは神が創造されたもの、つまり神が創造された仮想の幻想だ。


その言葉の意味は何か?使徒行伝に出てくる、私たちが考える神の役事は、それならこれは偽物だということです。神に直接出会う役事ではない。これは神が作り出した幻想に出会う役事になってしまうのです。

これが、分かりますか?


つまり、この言葉は何を意味するのでしょうか?神は永遠に遠い存在です。私たちと神は出会うことができません。私たちが出会えるのは、神の仮想や幻想だけです。

分かりますか?これは問題です。


西洋のキリスト教の根本的なエッセンス、エネルゲイア が同じだと言われるように、結論として神には出会えません。触れることもできません。私たちには、神には、神には出会えないのです。


この「神の役事」に出会うということは、神の被造物に出会うということなのです。理解できますか?

なぜ?神の本質に出会えないから。


これについては西洋のキリスト教も知っています。神の本質に出会えないことを知っています。ですから、それを回避するために、「ああ、それならこれは神の働きではなく、神が造られた被造物の幻想や仮想に出会う瞬間だ」と、このように言うのです。


一度、写真を調べてみてください。これ、ちょっと複雑すぎるから、みんな集中できないんでしょうね。文章だけ載せているから。写真で見てみましょう。写真。ああ、そうそう、それの上にあるやつ、OK。ちょっと大きくしてみて。それだけが見えるように。

この役事がエッセンスとエネルゲイア 、神のエッセンスとエネルゲイアが同じなら、この役事におけるこれらの炎、これが本当の神のエネルゲイアだとしたら、問題は何か?神のエネルギーとエッセンスは同じですよね。西洋のトマス・アクィナスの思想において。

 *注)日本語正式表記=エネルゲイア、韓国語、英語の発音はエネルギア


つまり、この方たちは神のエッセンスとエネルギーが一つだから、神の本質に出会ったと言うのです。もし神の本質に出会ったら、あなたも神です。あなたもここに入っているということです。分かりますか?

だから、この問題、この哲学的な問題を避けるために、カトリック(天主教)では何というかと言えば、「ああ、これは神の本質ではない。私たちは多神教ではない」と言うのです。そうですよね? 

(2:46:18) 翻訳clean

これは神の本質ではなく、神が創造された特別な幻想、仮想だ。

この経験を与えるために。わかりますか? 


これが仮想や幻想であるから、問題は何でしょうか?

 これらの人々は神に直接出会うことができないのです。仮想や幻想にしか出会えないのです。つまり、神は永遠に遠い存在なのです。

聖書とは全く異なる神が現れるのです。聖書では、モーセにも神が直接現れたじゃないですか。モーセは神の背中を見たじゃないですか。

背中、顔は全く見えないし、光があまりにも強すぎて顔が見えないけれど、それはどういうことか?

神の本質が見えないじゃないですか。でも背中を見せたじゃないですか。背中ですよね?あ

あ、だからこういう哲学的な問題、トマス アクィナスやアウグスティヌス哲学の問題は、エッセンスとエネルゲイア が合致すれば、多神教問題が生じ、さらに神を体験できるという問題も崩れてしまうのです。


正教会、東洋キリスト教は神の御業をエネルギーと理解する


でも東洋のキリスト教では、東洋ではエッセンスとエネルギーが別ですね。分離されているじゃないですか。エッセンスとエネルギーが違います。

ですから、東洋キリスト教におけるこれらの内容は、神のエネルギーなのです。


つまり、ここが神の本質、ここが太陽だとすれば、ここが神の本質であれば、ここから放出される二つのエネルギー、使徒たちはそのエネルギーに直接触れているのです。直接。その神の本質には触れていませんが、キリストだけが神の本質に触れることができます。


しかし、神の本質に触れているわけではなく、神のエネルギーに触れているのです。つまりどういうことか?使徒たちは実際に神を体験しているのです。

でも、神のエネルゲイア 、エッセンス、ウーシア(ウジア)、本質ではなく、神のエネルゲイア、ここから、ここから出てくる日光ですよね?日光。

ここが太陽なら、日光。使徒たちは直接、神の日光を感じているのです。


これは幻覚じゃない。これは仮想じゃない。これは本物の神の日光なのです。わかりますか?

 日光のような、日光のような、エネルゲイア。


つまり、聖書をヘブライ語で読むと、悪魔たちにもエネルゲイアがあり、神にもエネルギーがあるのです。26回以上出てくるのです。


あの邪悪な連中にもエネルギーがあるし、神にもエネルギーがあるのです。

私たちの問題は、邪悪な悪魔たちのエネルギーに嵌ってはならず、私たちは神のエネルギーを絶えず追及していかなければならないですね。


キリスト教合理主義、勉学主義の問題


こういうことをするから、西洋のキリスト教がこれを融合させると、こういう根本的な問題が生じるのです。

つまり、西洋キリスト教がそういうことを、自分でも気づかないうちにそういう結論が出てしまうから、とんでもないシステムや、とんでもない予定論、とんでもない、本当に論理に反する馬鹿げた内容が出てきてしまうのです。


でも、本来キリスト教はそうじゃなかったでしょう? ずっと豊かだったのです。

哲学的に考え、ずっとよく考えていたのです。


ところが、アクィナスやアウグスティヌスから始まり、アクィナスが中世にこれを大いに発展させました。

そうして、これがキリスト教合理主義哲学やキリスト教学主義の神学となり、西洋はただひたすら「勉強主義」、勉強主義の神を、ああ、勉強を通じて、五感を通じて私たちの知識の中にすべて入ってくるから、神を学ぶ、学ぶべきだ、と。

ただ学ぶこと、勉強主義になってしまった。


訓練!修行!精誠!神の本質を体験することが重要


勉強主義だけになってしまったから、西洋のあらゆる関係が崩れてしまった。

関係が崩れた。

神のエッセンスとエネルギーを理解しなければならない。

神を知ることが最も大事なのではなく、神を体験することが最も重要なのです。

知ることよりも、神のエネルギーに絶えず触れ続けること、それによって関係が深まることが、この方が重要なのです。


単なる勉強よりも。

つまり、つまり精誠が大切だ。だから、断食が大切だ。なぜ断食に、何か知的な効果があるというのか?苦行だ。辛い苦行。辛い苦行?何か知的な効果なんてあるわけないでしょう。これに。


西洋のキリスト教はあまりにも知的、知的主義になってしまって、今では完全に水が枯れてしまいました。関係もすべて崩れ、キリスト教も破壊され、カトリック(天主教)も今や完全に、左派になってしまっていますね。カトリック(天主教)も。すべて知的主義です。


古代キリスト教は知的主義のキリスト教ではありませんでした。彼らは、精誠も尽くし、私たちは正教会のように、敬礼の精誠も沢山尽くすではないですか。

東洋の人々のように、敬拝の精誠もして、一日に七回の修行、そして断食も100日断食、こうした狂ったような修行もたくさん行って。


なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ?神を知るためではなく、神を体験するためです。 神の、神の本質を体験できるのでしょうか? 

いいえ、神のエネルギー、それを体験できるようにし、聖人たちは神のエネルギーに近いから、彼ら自身も次第に神聖になっていくのです。

神のエネルギーに絶えず触れているから、自分も次第に神聖になっていく。そうですよね? 


だから、私たちのキリスト教思想やカトリック(天主教)の思想において、二代王様が2万千拝、信俊も1万2千拝といった、こんな精誠は役に立たないバカげたことだ。

キリスト教では、こういうことを迷信だと言うのです。迷信 そう、そうでしょう? 迷信という。迷信。


なぜ、千拝、万拝そんなことしない。 どうして西洋キリスト教のシステムでは、神を知的に理解しなければいけない。


だから聖書の勉強を続けたり、読んだり、勉強、勉強、これは勉強主義だ。勉強主義、勉強主義。

だから、こういう精誠で、神様の心を変えられたりとか、そんなこと無理でしょ。特に予定論で。


こいつはいくら敬拝しようが、精誠を尽くそうが、神様はすでに予定をすべて決めてるでしょ。そうですよね?関係ありません。

実際。神様は既に地獄に行く者たちを決めておられ、既に天国に行く者たちもすべて決めておられる。太初から。


なぜ?神様の創造の行動と運行は本質と一つだから、本質を変えることはできないじゃないですか。それなら、その言葉は運行(働き)を変えることはできないということです。同じだからです。それなら、その運行を変えられないから、予定論になってしまうのです。

分かりますか?


これはひどい。つまり、西洋キリスト教の問題と、今、西洋文化が崩壊しつつある意味がすべて見えてくる。この哲学から始まっている。この「勉強主義」の神学が人を傲慢にし、人を訓練させず、人はただ、神についてすべて知ることができると思い込み、人間関係を台無しにしてしまう。


ディバイン・シナジー(共働)、神とともに摂理を成す


だから、古代キリスト教ははるかに「原理」に近い。

なぜ?私たちは神と授受作用すると信じています。でも、神と授受作用する時、もし私たちが神の本質と授受作用することになれば、私たちも神だということです。そこが問題なのです。


では、私たちはどのようにして神、真の神、神の幻、神の仮想と授受作用するのではなく、神の本質とは別に神のエネルゲイアを理解すれば、神と授受作用できるのです。私たちには自由意志があり、神の意志による予定論ではなく。

 *注)日本語正式表記=エネルゲイア、韓国語、英語の発音はエネルギア


なぜ?人間が神と共に、摂理を作り上げなければならないから。これは予定説ではありません。

私たちも、私たちの5%として、神の摂理が実践されるのです。だから私たちも5%含まれなければなりません。そうですよね?


これは、これは正教会の神学にはるかに近いものです。正教会の神学では、これを「ディバイン・シナジー」と呼んでいます。人間が神とシナジーを成してこそ、神の摂理は進んでいくのだと。彼らはこれを信じています。

西欧のキリスト教はこれをあまり信じていません。


ですから正教会では「ディバイン・シナジー(共働)」という哲学もあります。私たちと全く同じというわけではありませんが、私たちは95%や5%といったように区分してこれを定義しようとしていますが、似ています。古代のキリスト教とはるかに似ています。


これは道教じゃない。これは道教じゃない。西洋の愚かな博士たちや学者たちは、いつも御父様を道教や韓国文化、道教とキリスト教を混ぜ合わせて「統一教」を作ったと言います。私たちを迫害しながら。

これは道教思想じゃない。これは古代キリスト教の思想です。道教じゃない。

神の万有原力は道教じゃない。神の万有原力、つまり神のエネルギー、古代キリスト教のエネルギー思想にずっと近いのです。ずっと近いのです。


トマス神学では神との授受作用は神に出会えることになる


わあ。だから、私たちはどのように神と授受作用しますか? 神と授受作用する中で、もしこのエネルギーと本質が同じなら、神の運行(働き)と本質が同じなら、皆さん、神の運行は、愛、善、えっと神の御心、神の正義、神の光、神の栄光といった内容に出会うべきなのですが、もしそれが本質なら出会えません。


聖書では、こうしたものに出会えると書かれていますね。 

神の愛に出会えると書かれていますね。

神の恵みに出会えると書かれていますね。

神の御心に同参できると書かれていますね。

こうしたことはすべて授受作用できるじゃないですか。


でも、私たちがトマス神学に従うなら、私たちは出会えません。もしこれらの内容がエッセンスやウーシア(ウジア)、エネルギーが同じであるなら、それに出会ったとき、私たちは神のエッセンス、ウーシア(ウジア)と出会っていることになるので、私たちも神になってしまってしまうのです。


そうなれば、これは完全な異端、サタン教、多神教、ヒンドゥー教だ。ヒンドゥー教は、この問題を引き起こしていますね。ヒンドゥー教は修行をたくさんすれば、誰もが神になれる、みんな神だ、神に出会える。ブラフマンに出会えば、あなたも神になる。ヒンドゥー教はこの結論に達します。 


統一教は「神の本質に会った」というヒンドゥー教神学


だから統一教の信者たちはこの哲学をよく理解できていません。これを理解できないから、多くの統一教会員は、自分たちもこっそりと「神の愛」に会えば、それが神の本質だと。


このように簡単に言うから分からないのです。分からないけれど、神の本質に会えれば、あなたも神です。それならこれはヒンドゥー教です。ヒンドゥー教だ。あなたとキリストとの間に違いはないということになります。

キリストだけが神の本質に会われたじゃないですか。キリスト。

あなたも私も、皆が本質に会えるなら、キリストは必要ありません。それでは君は異端サタン教になってしまいます。

これ、理解できる?


統一教会員は、この哲学を理解できないのです。

これは、これは、問題ですね。だから、ここを理解しなければいけないのです。


つまり、私たちは神の本質ではなく、キリストだけが神の本質に出会われた、イエス様だけが神の本質に出会われたので、私たちは神の本質に出会えないのです。だから、私たちにはキリストが必要です。そうじゃない?

だから私たちには必要だったのです。


キリストのみが神の本質の中にある


でも、私たちが出会える神とは何でしょうか。神のエネルギーです。ここが太陽なら、太陽から出るこの火、炎、これらが、このエネルギーに出会ったということです。それも、それも神様から出たものじゃないですか。それも神様に出会うことですね。

でも、神様の本質ではありませんが、ここにある神様のエネルギー、分かりますか?エネルギーです。

(3:01:06) 

ああ、それなら私たちは神様と授受作用できます。

そうすれば、私たちの5%も神様の95%とつながることができます。シナジー(共働)することができます。


なぜ?神の本質を私たちが直接受け入れると、私たちが神になるということです。

ああ、キリストだけが神の本質の中に入られたのです。

夜の神、昼の神、御父様と区別しますね。御父様だけが夜の神の中に入ったり出たりするのですね。

私たちは皆、昼の神から来ています。違いがあります。


西洋キリスト教のトマスシステムを信じているので、エッセンス、ウーシア(ウジア)とエネルゲイアが同じだと考えているので、そこで問題が生じるのは、自由意志も失われてしまい、予定論があまりにも強くなりすぎて、予定論が結論となってしまい、その後、使徒たちや信者たちは、このような役事に直面した時、これらはすべて幻想だと思ってしまうのです。

神の本質に実際には出会えないので。


彼らもそれを知っています。ですから、それを避けるために、「私たちは神の本質には出会っておらず、神が造られた被造物である幻想を作り出しているのだ」と考えさせられてしまうのです。


問題は、もしこれが幻想であるなら、私たちは永遠に神に触れることができないということです。

神とは関係を持てません。幻想だけで、神が造られた被造物として、創造主ではなく被造物としての関係しか持てないのです。

分かりますか?


これをエネルギーとして見れば、授受作用になります。エネルギーとして見れば、本質が、キリストだけが本質の中に入ることができます。

それも保管できます。それも保護できます。御父様の位置も守られています。


私たちは皆、キリストになることはできません。私たちは皆、本質に触れることなどあり得ないのです。御父様だけが神の本質を知っている、そうでしょう? 

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2026年9月12日土曜日

子宮ポケット4mmの奇跡 ◆2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<2> 文亨進二代王

子宮ポケット4mmの奇跡

2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<2>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

文亨進師 台湾韓国語礼拝한국 목요예배 2026 08 27


(55:52)翻訳minion

世界で御父様と一番喜びを授受作用した


(英語の礼拝は)どれくらいかかった?見てください。30分?いくら短くしようとしてもダメだ。ものすごく内容が多くて。一分に数千字を話しても無理だ。10分で終わろうと思うがだめだ。


アメリカで勉強しているトマス・アクィナスの西洋文化があまりにも強すぎるから、これはキリスト教学主義、あるいはキリスト教合理主義という哲学、キリスト教哲学が西洋であまりにも強すぎて、私たちの多くの西洋の食口たちは、ものすごく知的です。あまりにも知的にすべてを知りたがる。


知的にすべてを知って、何をする?知的にすべてを知っても堕落するではないですか、そいつらは。こいつらは原理の講師までやって暗記したやつらもいるのに、裏切ったではないですか。

なぜ?関係が弱い。


神様を知ることと、自分は神様を知っていると考えることは、神様と共に生きること、これは全く違います。こいつらは皆、御父様を知っていると考えましたね。御父様を裏切ったではないですか。こいつらが。これが問題です。


二代王は、私が、どの食口よりも、私が最も優秀な人だとは一度も言わなかったではないですか。これは、御父様が「すべての統一教会の中で、私の後継者である亨進が一番高い」と、お父様がおっしゃったではないですか。私は言いませんでした。なぜ?私が原理を暗記したから?そうですか?ノー


原理を暗記した奴らはお父様を裏切ったではないですか。原理を知的に分かってはいけません。


世界で御父様に、最もどんな人よりも御父様と何をましたか?喜びをお返しすることができます。血統もあり、それでも御父様と喜びの授受作用、世界で一番。

監査院長様はいつもそう言います。

そうですね?御父様と楽しい時間。御父様を、本当に父親のように感じることができる関係。

だから、御父様は幹部詐欺師どもには与えられないような関係があったではないですか。


あいつらが最も恐れました。御父様が何か会議をなさる時、二代王は後ろに入ってお父様のお腹に(抱きついて)。内緒で入っていって。だからお父様は、「はははははは」と喜ばれて。愚かな幹部たちはとても怖いのです。なぜならそのような関係がないから。


子宮ポケット4mmの奇跡

誰だ?お前たち来たんだね、日本から。入ってきなさい、入ってきなさい。拍手しなければ。

こいつらは、医者詐欺師どもが、ミョンナムを、赤ちゃんを殺そうとしたのですが、こいつらがミョンナムを助けました。拍手しなければ。拍手。


チウちゃんが弱くて、水が全部抜けて、お腹はただ4mmの水(子宮ポケット)、4mmしか残ってなかったそうです。4mmでどのようにして赤ちゃんが生き残るのか?医師が言うには、そんなケースは一度も見たことがないそうです。30年になるのに。

カバン、ビクタームーン、鞄。さああなたたちが使いなさい。ルイヴィトンの1万ドルの鞄。偽物だよ、偽物、偽物、60ドル。それでもかっこいい。


ここ中国に来ると、偽物に驚かされる。二代王はこういうブランドのバッグを、たくさん見たではないですか。韓氏オモニがこういうのをたくさん持っている。シャネルとか、全部見た。二代王も全部見た。そうではない?

私は本当に全部見た。二代王は女性のファッションもよく知っているではないですか。私は、女性たちよりもよく知っている。王妃よりも、私が女性のファッションをもっとよく知っている。


だから、うちの王妃の服も全部私が着せているのです。若い時に。どうして?お姉たちがたくさんいるから。私が女性のファッションを知らないわけがない。そんなにたくさんの女性が家にいたら。姉たちだけではありません。いつもお姉さんたちはみんな女性です。だから私たちが住んでいるところには、ほぼ20人、30人の女性が1つの家にいます。毎日毎日と。


だから、「二代王は、どうして女性のことをそんなによくご存知なのですか?」このように皆さんからいつも聞かれるのですが、私は本当にたくさんの女性を見ました。だから、女性たちには秘密はありません。


だから、・・・わあ、わあ、わあ、随分大きくなった。この子は4mmの水の中にいました。

(李会長に)写真は撮らないでください。

だから、4mmの水の中で、医者が「30年の経験があるが、こういうケースで生き残ることはない」と。だから「中絶しろ、中絶しろ」と。



だから、恐怖を植え付け続けるのです。「この子が障害者になったらどうする?」「ダウン症だったらどうする?」

ダウン症の動画を探してください。これは医者の詐欺師たちがこのようにします。女性たちを怖がらせます。女性たちを怖がらせて、赤ちゃんを殺させるように。「障害児になったらどうする?障害児になったら、あなたの人生はおしまいだ。」それは事実ですか?事実ではありません。最も恐ろしい障害者、ダウン症候群の子供たちがインターネットを通してコミュニティがたくさんできました。かっこいい子供たちが言います。このようなダウン症の子供たちがかっこいい奴らになっています。

これを見て。ダウン症の子供です。だから、医者たちはこういう恐怖を与えて、子たちを殺そうとするのですが、良いお母さんたちが自分の子供たちを救ったのです。ダウン症候群があっても「いいえ、私の赤ちゃんは殺さない」と。このお母さんたちのおかげで、この子にはチャンスがあったのです。この子はダウン症候群で重い病気があっても、活発な生活を送っています。世界中の人々に感動を与える人生。健康な子にできないことを、この子はやっているではないですか。


これを見てください。この子はボディビルダー、重量挙げ選手、全てしています。ダウン症の子供が。拍手しなければ。拍手。わあ。どれほど驚きですか。世界を感動させているのです。医者の奴らが子供を殺す事業をしているから、子供たちを殺しながら中絶工場からお金をもらうので、常に女性たちに恐怖を与えて「病気になるかもしれ。障害者になるかもしれ。殺せ、削除しろ、削除しろ」と。


そうしながら母親が殺人者になってしまうのです。だから西洋の世界に従ったので、母親たちが殺人者になってしまったのですサタン教になってしまうのですよ。その国が。母親が自分の子供を何よりも守らなければならないのに、自分のお腹の中にいるから、自分が一番よく見なければならないのに、母親たちが赤ちゃんたちを殺しているのです。これはサタン教の文化です。


だから、ミョンナムも医者たちが「殺せ、殺せ、殺せ」と。継続してこの子たちが行くたびに、・・・この子たちは1週間に2回行かなければなりませんでした。1週間に2回継続して行ったり来たり行ったり来たりしなければなりませんでした。行くたびに医者は「削除しなさい。削除しなさい。生き残ることはできません。」


信俊はお父さんから教育をものすごく受けたので、自分でわかりました。

「ノー!絶対に赤ちゃんを殺しません。」医者が「韓国の若い奴がなんだ。」

4mmの水、4mmの水でした。いやあ・・・。出てきたのです。それは奇跡ですね。


30年間、医師をしながらそいつらは一度もこんなケースを見たことがなかったのです。しかし、この子たちは神様の命令に従って、赤ちゃんを殺さずむしろ赤ちゃんを救い、神様を信じ、恐れの霊に囚われることなく赤ちゃんを殺そうとする医師に勝ち、ミョンナムが今ここに来ました。


だからこの子達は、アッパがこの子たちに訓練を与えたのです。自分のインターネットプログラム。あれを通して、すでに数千人が見ていますね。ある投稿は1万人もの人が見ている。


だから、そういう訓練を通して、この子達が赤ちゃんを殺さないこと。だから、チウちゃんも不足な点が多いけれど、それでもこういう内容を通して、自分たちも政治サタン主義と戦いそれに子供たちや夫と一緒に訓練すること。さらに、出て。さらに神様の文化を・・・、あれを見て。ほぼ1万人が見ました。ほぼ9千人が見ました。


そしてこのような訓練を通して、この子たちは二人とも勇敢になっていく。うちの信俊は、すごく優しいから怖がりだ。でも、その訓練を通して勇敢になっていく。左派の奴らを強く打つ。

だから、自分のプログラムで訓練も一緒にやって、こういう天一国文化と、私たち女性たちは若くして結婚してたくさん子供を産むけど、アーミッシュの女性たちのようにならない。農業も学び、訓練にも、サバイバル訓練も、ブッシュクラフト訓練もして、特殊部隊訓練、銃器訓練、それでも、それでも、鉄杖騎馬部隊訓練もして、落下傘訓練をして、登山行進訓練もして、全てして。


天一国の女性たちが平和女軍女警察なので、赤ちゃんをたくさん産んでも、夫と、早く結婚して、みんな一緒に訓練。子供と一緒に訓練。だからこの子たちも100回腕立て伏せを。今、勇男もだんだんついていこうとしている。勇男の訓練、子供たちは自然とやります。


男性たちの訓練が重要


それは驚きですね。その統計があります。お父さんに信仰があれば、子供たちの93%が伝道されます。93%。妻だけに信仰があれば、子供たちの17%しか伝道されません。


だから母親の影響力は、行けば行くほどとても弱いです。父親は祭司長としての立場を訓練しなければなりません。祭司として、そしてキリストの前で自分が死んで、キリストが生きるという、教会の訓練の生活を生きてこそ、子供を導く確率は高くなります。


100%? 100%ではありません。100%ではありませんが、父親も知恵を持って子供たちを伝道士なければならないので、子供たちに「ただ強制的に信じなさい」とすれば失敗します。子供たちを伝道しなければなりません。キリストの正義と愛、犠牲の愛を示しながら、子供たちと時間を投資して、一対一で訓練すれば、確率はさらに高くなります。


しかし、親が一緒に行えば、もちろん親が一緒に行えば一番いいですね。それは不思議ですね。人々は知りません。父親がキリストに従うことがそれほど重要です。そうですね?


だから、この男性たちが訓練をできなければ、家庭が破壊されてしまいます。結局。平和軍警察訓練を通して、男性たちが訓練を受けるのです。ベータ男性がアルファ男性から学ぶことになります。善良なアルファ男性、悪いアルファ男性ではなく、善良なアルファ男性。ベータは常にしてくれるではないですか。奥さんが望むことをすべて叶えてあげたらどうなる?奥さんが独裁者、悪い女達になる。そうですね。


もの凄く多くの西洋の奴らが、もの凄くベータ化して、韓国人女性は、いじめの性質があるではないですか。韓国人女性は虎のような。

夫が把握できなければ、日本の女性たちも、女性はみんなそうです。

しかし、韓国の女性は有名ですね。虎になること。


でも問題は何なのか?問題は男性。男性たちがとても善良なので、子供たちが善良なのはとても良いことですね。実際、男の子たちが優しいなら、それはありがたいことです。でも問題は、結婚すると、優しい男性はどうなる?みんな犠牲に、自分を犠牲にして、何でもやってあげるのです。女性が望む通りに何でもやってあげる。


だから、だんだんどうなってしまう?だんだん「あ、私たちの居場所がない。子供たちで居場所がない。」だんだん父親の居場所がなくなっていく。家には子供たちのスペースも少し必要ですね。ここで遊べるようにしなければ。そうすると、父親の机や父親の物は全部物置に追いやられる。だんだん車のガレージに追いやられる。車庫に追いやられる。


これは現代の家庭の状況ですね。父親がだんだん、家庭から父親がいなくなって物置に追いやられる。

これはサタン教文化。


どの教会、どの寺、どこに行っても神父や僧侶がしっかりいるではないですか。中心がいなければなりません。それは女性にはできない。女性は和合することはできるが、中心にはなれない。

なぜ?中心は、あるときは叱らなければならない。皆を。

和合が中心なら、それならこれは相対主義になります。相対主義に。神様に栄光を帰すことより、ただ和合しながら一緒に過ごそう。こういう女性的な雰囲気。あるときは必要ですが、ある時はこれは正しくない。


女性の和合ではなく男性の境界線をつくる


お前たちが、・・・だから、アメリカにはそういう子供たちがたくさんいる。親があまりにも弱いので、特に父親が境界線を作れないから、子供たちは同性愛、政府の学校に通い、洗脳されて同性愛になり。

そうしながら家に帰ってきて「和合、和合、和合しなけばならない」と言うのです。

そうすれば家庭は破壊されます。お父さん、お母さんが神様との関係を切るので、子供たちもお父さん、お母さんと行けば行くほど壊れます。全ての家族が。


しかし、今、それをできるお父さんたち、アベル的なお父さんたちは「駄目だ。お父さん、お母さんは、あなたの同性愛の女友達を受け入れることはできない。あなたを永遠に愛しているけれど、その行動は絶対に支持、支援できない。」という境界線を引くのです。

それをしなければなりません。愛情を持って叱らなければなりません。

怒りながら叱ってはいけませんね。それは愚かで馬鹿げた神父、僧侶、牧師です。


人を伝道する時、怒りながら叱ってはいけません。特に一対一の時は。愛を込めて、それでも叱らなければならないことは叱り、「正しくない、それは正しくない。」と。そうですね?


女の比較とジェラシーから妻を保護する


お母さんたちは、こういうことを恐れます。お母さんたち、女性たちが他の女性と戦っていたら、これを解決しようとせず、互いに秘密裏にずっと悪口を言う。「チッ」と。

知らないふりをしながら、この問題が拡大するしかない。そうですね?


だから、「おい、私たちに問題があるみたいだ。一度座って話してみよう。お茶を飲もう。」こういうことを女性たちは本当に恐れます。

だから、女性たちはいつも陰で噂を広めるのです。ようになります。


だから父親がいなければなりません。だから、だから、神父も僧侶も牧師もみんな男性です。お父さんがいなければなりません。愛情を持って女性たちの争いを解決できるように。女性たちは1人ではしません。お互いにただ噂を広めて、陰で悪口を言い合って。これが問題です。


だから、男性たちもこの平和軍団警察訓練を通して女性について学びながら、女性をどのように導くか、これが重要なことです。

この子達は、この子はすでに牧会しているので、この子はすでに公人ですが、私たちの他の子供たち、真の家庭の子供たちがこの子たちが祝福を受ければ、この子たちも公人になります。自分も知らずに。望んでいようがいまいが。


食口もみんな知っています。これは誰々、この方は國進様の息子、あるいは娘と、みんな知っています。知っていようが知らなかろうが、こうなるのです。


ですから、自分の奥さんが入ってきた時、特に真の家庭に入ってきた時、自分は常に会衆として座っていたのに、これからは壇上に上がっていくのです。


食口たちも、尊敬し敬拝もして、このようにするではないですか。その儀式の中で。そうしながら、新しい女が入ってきたのに、なんでこの女に敬拝しなければならないのか?この女性の世界は嫉妬の世界、激しい嫉妬の世界です。


男たちはこれを知らないから、女性たちを保護することができません。あなたの奥さんが激しい嫉妬の世界に生きていることを知らなければ、奥さんを保護することができません。


だから、多くの男性はこれを知らないから、自分の奥さんのカバーすることができない。カバーができない妻たちは腹を立てる。

また、夫と生活しながら自分がより多くの悪口を言われるから、その怒りともどかしさが夫にぶつけられることになるのです。


女性たちもわかりません。どうして自分がそんなにもどかしいのか。

だから、他の女性たちの目線、・・・だから、いつも男性たちはこの教育を受けてきたでしょう。ここに来たら。

あなたに叱られることより、あなたの妻はあなたを怖がっているわけではなく、あなたの妻は他の女性たちの嫉妬を怖がっている。


見てみなさい。二代王は今、チウちゃんにあげたルイ・ヴィトンの偽物のカバンを、・・・これは本物みたいです。ディテールを見てください。ディテールを見たらボタンまで全て刻まれています。縫製の水準も高いです。ラインも綺麗だ。


だから、こういうことを見ると、二代王もこういうの、カバンは好きではありませんが革の製品を作るではないですか。これを見てください。この内容、ここにある黒と赤い色のディテールが本当に。ルイ・ヴィトンタフィーです。


私もフランスで4年間勉強しました。子供の頃、フランスで4年間勉強しました。ドイツでも勉強しました。だから、このようなカバンも、もし私が、二代王が「おい、信俊とチウ、部屋に来なさい。」部屋でこれをあげる。


これをもしあげながら、チウちゃんがビデオにこれを持って出てきたら、悪口をたくさん言われるだろう。女性たちは、「チウは高いものばかり持って」そういう気持ちが皆あります。


二代王は女性の世界が分かるので、女性たちに説明するではないか。チウちゃんが、この子が彼女が気に入ったものではなく、二代王様が「あなたたちのチャンネルを発展させるために買ってあげた」と言いながらそれを渡して「あ、これは1万ドルもするバッグだから」と、みんな不自然な拍手。「これは偽物だ」と言ったら、緊張が解ける。だからこの子は保護を受けました。こんなバッグでも、全て噂が出ていきました。二代王様がプレゼントしたものですが、実は偽物ですが、皆さんはこういう世界を理解できないではないですか。


男たちはこういう世界を知らないから、自分の奥さんに良いものをあげても、悪口を言われることに。その女性が。そうですか?そうではないですか?


このような話をすると、この女性たちはみんな笑うではないか。おばあちゃんたちから若い娘たちまで、みんな笑うのです。どうして?これが真実だから。


一般の男性たちは「いや、二代王様が義父としてそのプレゼントを贈ったのに、なんでそんなに大騒ぎするんだ?3代王妃なんだから、ルイ・ヴィトンのバッグを持って歩かなければ。」男性たちはこのように鈍い。「御父様の血統、王権なんだから、世界最高の・・・。」

女性たちは後ろで(すねる)。世界が違います。


女性が悪いからではない。ただ、そういう女性の世界です。それは変えることができません。

だから、男性たちは理解しなければなりません。女性が悪いからこうしているわけではない。女性はただどうしようもないだけ。それは単なる女性の文化。それを理解できなければ、奥さんを保護することがわかりません。妻を守る。


だから、こいつらもここで訓練を受けながら、こいつらも二代王様からよく叱られるではないですか。「夫婦デートに行ったのか?行ってないのか?」と。


そうしながら、自分たちが夫婦デートに行くと、勧士様たち、訓師様たち、・・・義母もそうです。

義母も自分の嫁が自分の息子とキスデートしながら、ロマンスしながら、二代王の言葉を実践するためにデートに出ていったら、喜びながらも嫉妬する。「私はこんなことを1度もできなかったのに」喜びながらも嫉妬。

喜びながらも自分の夫を見て「私たち、いデートにつ行くの?」このようにして比較、比較、比較、嫉妬、嫉妬、嫉妬。これは事実、事実です。


だから、その世界が理解できなければ、デートした次に家に帰ってきた時、義母が「あなたたち、どこに行ってたの?」と知りたがる。

どうして知りたがる?「何を食べたの?」

話したら寂しくなるのに、話すと「あぁ、お母さんは一度もそんなことしたことがないのに」となるし、話さなければそれも礼儀ではない。そうですね。


だから、その女性が話せば叱られて憎まれて、話さなければ憎まれる。このようになります。


夫がこれを理解しなければ、妻はずっと苦しい立場に置かれることになる。

これを整理できないから、義母の嫉妬の内容は悪いことではないけど、つまり自然なことです。

自分が分からず羨ましく思っていた部分と、この嫁の関係に継続して介入しなければならない。そして、夫とデートに行くたびに、また寂しくなります。自分の息子がよく暮らしていることを喜びながらも嫉妬します。


そうすると、だんだん義母の前で、二代王様が「いつも妻の手を握って歩きなさい」だから、義母の前で手を握ると義母の顔色をすごく見なければならない。男性はこのような世界を理解できなければこれをカバーすることはできません。


だからデートして「あら、どこに行ったの?何を食べたの?楽しかった?」このように言う時、夫がさっと入ってきて掴まなければなりません。その状況を。

「この人はものすごい反対があるので今日は私が連れて出てきました。二代王様の訓練もして連れて出てきました。私がご馳走して帰ってきました」そのように行ってさっと入っていかなければなりません。

そのように入ってこそ、奥さんも楽に入っていくことができます。それを言わなければ「どこに行ったの?」そして夫は奥さんを見て「言いなさい。言いなさい。夫がどんなに良い夫か、今日どれだけ美味しいものを食べさせたか、一度お母さんに話してみて。」


すると奥さんは、すごく緊張して、あまり自慢しすぎると憎まれて嫉妬されて羨ましいがられる。さらに詳しく話さないと、嘘をついてると。このようになってしまう。


もしその夫がこの状況を理解できなければ、奥さんを一度もカバーすることができない。お母さんが悪いからではない。ただ、お母さんもそういう愛を感じたかった。しかし、お父さんとできなかった。蕩減時代だったから、すべてを犠牲にした。


だから、自分も分からずに、それを一度もできなかったから、自分の息子も、その奥さんと、嫁と一緒にそうしながらも、喜んでいるのに、同じ瞬間に泣いてしまう。羨ましい。


それではいけ。もちろん、ニ代王が義母を叱って全てするが、この女性の文化を変えることはできません。二代王は毎日叱っても変えることはできません。これはただ、女性たちの世界です。どうすることもできません。


だからこの世界を理解しなければなりません。そんな奥さんをどのようにして覆うのか。保護するのか。

他の女性たちの、・・・ただ外の女性たちの嫉妬だけでなく、教会に通う女性たち、勧士様たちの嫉妬、羨望、義母の嫉妬、羨望。その人たちが悪いからそうするわけではなく、ただ自然なことなのです。女の世界では。その女の世界では、女に会った瞬間、この子は髪型をしているか、アイラインを引いたか、ピアスをしているか、ネックレスをしているか、ブランドバッグを持っているか、靴を履いているのか、ブレスレットや時計まで全部見る。一目ですべて。1秒、3秒で全部分かる。


男性はそれを見ません。男性はそれを見ない。女性たちはこの子がどんなは下着を着きているかまで、全て知っている。いくらのヘアスタイルか、この爪がいくらしたかも全部分かる。全て計算して、羨ましがったり、このようなことをしながら。女性はそういうことが激しいです。


だから、いい男たちは妻にいいものをしてあげたいと思う。いいバッグも買ってあげたいし、きれいな服も着せてあげたいし、こういうことをしてあげが、それをしながらも、女性の世界を理解できなければ、嫉妬がたくさん来るでしょう。

この嫉妬を防がなければ、その女性がそうしても他の女性たちから攻撃をたくさん受けることになれば、特に教会。そうすれば、教会に行きたくなくなってしまいます。


夫が教会に連れて行っても、そういう部分を掴んであげてこそ妻が気楽に教会に行くことができるのです。だから女性たちは、二代王と王妃が好きではないですか。


今回の夫婦トレーニングの日には、みんな、夫が買ってくれた高価なバッグを持って来なければなりません。自分一人でその高価なバッグを持って来たら、羨望や悪口をすごく浴びることになるでしょう。

しかし、二代王様がさせたので、女性たちはみんな夫が買ってくれた、一番高価なバッグを持って来なければならないので、もう羨ましさはありません。嫉妬がなくなります。理解できますか?


だから、もし男性たちがこれを理解できなければ、女性は自分でも分からずに、夫は妻を愛しているから、もっと高いもの、高いものを買ってあげたい。これは夫が一生懸命働いてお金を稼ぎ、妻のために貴重な血のお金を使って、妻に良いものを買っているのですが、しかし同時に、品物のせいで、この女性が他の教会の姉妹たちから悪口を言われるなんてなんてことは、想像すらできない。男たちはただ一つの目標に集中するではないですか。お金を稼ぐことになれば、ただそれだけになるではないですか。家庭が全部崩れてしまう。


(中略、以下概要 )


「家族みんなで温かい食卓を囲んでご飯を食べれば子供は伝道できる」——こんな愚かな孔子思想・儒教の妄想を捨てなさい。

温かいご飯なら「キムチチゲ天国(食堂)」に行けばいくらでも食べられます!そんなもので思春期の子供は救えません!


二代王が元ヤクザ(ソース・ザ・ゴースト)を伝道した時、5年間かけて深夜2時や3時でも彼が悩んで電話をかけてきたら、何時間でも話を聞き、祈り合いました。

思春期の子供たちも同じです。兄弟や他人の前では絶対に秘密の悩みを話しません。

10代の子供たちが心を開くのは、親が自分の仕事や睡眠を投げ打ち、深夜2時や3時まで1対1で向き合ってくれた時だけです。


効率ではなく効果を追求しなさい!月に一度は子供一人ひとりと1対1のデート(訓練)を行い、特別な想い出と信頼を築き上げなさい。


現代の大学(ハーバードや日本の大学など)に子供を送り込むのは狂気の沙汰です。年間何百万円もの学費を払わせ、教えるのは「左翼ジェンダー思想」「自国嫌悪」「ポルノ中毒」です。


ジョーダン・ピーターソン博士が作ったオンライン大学を見なさい!世界最高の教授陣の講義が「年間たったの400ドル(約6万円)」で学べます。

親は子供を大学ローンの借金地獄に投げ入れるのではなく、子供の実体的な資産に投資しなさい。

10代のうちから木工、電気、機械修理、農業、銃器、武道を仕込み、18歳になったら自分の手で小さな家(タイニーホーム)を建てさせ、借金ゼロの家主として祝福結婚を迎えさせるのです。


韓氏オモニの物質主義、3000億ウォンの豪華な宮殿(天正宮)に酔い痴れ、『大統領を操縦する』という妄想に憑りつかれて破滅していきました。

真のお父様の価値観は宮殿や建物などどうでもよい。


(以上中略、概要のみ)