2026年2月22日日曜日

原罪復帰・サタン血統転換のための聖酒◆ 2026年2月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 「血統転換のための聖酒式」<2> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 原罪復帰・サタン血統転換のための聖酒

2026年2月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

「血統転換のための聖酒式」

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion 監修fanclub

テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 2 11 2026 


サタン血統転換儀式の聖酒


しかし文鮮明真の御父様の聖和後、真の御父様の聖酒を韓氏オモニ様が全て廃棄しました。

韓氏オモニは自ら独生女と称し、聖酒を恣意的に製造して自身が祝福行事で主管しました。

しかし真の御父様は韓氏オモニに祝福権を伝授されませんでした。

文鮮明真の御父様は聖和前に七男亨進様に御言と祝福権を伝授されました。


したがって真の御父様以降には亨進様のみが聖酒を作ることができ、祝福式を主管することもできるのです。

韓氏オモニは独生女でもなく、母なる神でもなく、実体の聖霊でもなく、完成した真の母でもありません。

真の御父様と最終的に一体となったわけでもありません。

韓氏オモニは不法に家庭連合を掌握し、代身者・相続者を追い出し、祝福家庭までもサタンの主管権へと追いやりました。

堕落した人間の血統復帰のための祝福行事さえもサタンに捧げてしまいました。


皆様は真の真の父母様から祝福を受けた時を覚えていますか?

聖酒式とは何か?真の御父様の御言を見てみましょう。

聖酒式とは何をするものか?新しい愛を中心とし、神の体を自らの体内に投入させる儀式です。堕落した肉体はこの一つしかないので、神の愛を中心として入れ替えるのです。これこそが聖酒式というものです。

イエス様が「パンは私の体を象徴し、ぶどう酒は私の血を象徴する。あなたがたはそれを受け取って食べ、飲みなさい」と言われた言葉と同様に、愛を中心として神様の実体を中心として新しい血筋を受け継ぎ、原罪を洗い流すことができるのが聖餐式です。

この式を経なければ祝福の席に出られないのです。それゆえこの式は血統を転換させる式なのです。

35-245,1970.10.19


聖酒式は聖酒を主管する実体と性関係を象徴する時期です。分かりますか?性関係。

それゆえに神の純然たる血筋を受け継ぎ原罪を洗い流すことができるのです。

聖酒式の手順を見ると、まずエバの立場である女性が真の御父様に敬拝し聖酒を受け取って半分だけ飲みます。

メシアの妻の立場からメシアと一体となり、霊的・肉的にメシアの血統を受ける儀式です。

これは新郎であるメシアが新婦と愛を交わした後、女性が神の血筋による血統転換を受けることです。


次に女性は半分だめ飲み、残った聖酒を男性に渡します。

男性が女性から受けた聖酒の半分を飲むことで、母なる立場から男性を復帰させるのです。再び生み出すのです。

これは血統転換を受けた女性が再び男性と愛を交わすことで、男性も血統転換が成されることです。

それゆえ祝福を受けた夫婦は全ての原罪が清算されるのです。

したがって聖酒式を受けた女性はキリストの新婦となり、男性はメシアの血を受け継いで子女となるのです。

そうした過程を経て初めて男性も女性と対等な立場に立ち、夫婦となるのです。


そして三日行事は実際の復帰式です。

しかし時間の関係上、今日は扱えません。

したがって聖婚式は天使長の血統を受けた堕落人間たちが血統を転換する儀式です。

このように聖婚式は性関係を象徴する儀式です。


ところで真の御父様聖和の後、韓氏オモニはどのような行動をとりましたか?

韓氏オモニは自ら無原罪の独生女でありメシアであり母なる神であり実体聖霊だと主張しました。

そして文鮮明真の御父様は原罪を持って生まれ、韓氏オモニの選択を受けて原罪から解放され真の父母となれたと主張します。

韓氏オモニは自分だけが人類の原罪を清算できる唯一の独生女だと主張しているのです。

その延長線上において、メシア真の父母である真の御父様の伝統的権威と権能を全て無視する行為を行っています。

新たな独生女神学を作り上げました。


そして真の御父様がなさった行事は無効と考え、御言も改変し、後継者も追放しました。否定して追い出したのです。

韓氏オモニは新たな経典を作り、真の御父様が作られた聖酒と聖塩と聖蠟燭を全て廃棄してしまいました。

そして独生の聖酒、独生の聖塩、独生の聖蠟燭を新たに作り出しました。

したがって、現在の家庭連合は独生教であって、真の御父様とは何の関係もないカルト宗教へと変質しました。


そして韓氏オモニは2016年6月5日、家庭連合全体の食口たちに天一国聖酒式という行事を行いました。

それは聖酒を飲んだ祝福部分は原罪が清算されたのではなく、原罪に再び陥ってしまう行事となってしまったのです。

この日、家庭連合の全ての祝福家庭は真の父母との血縁関係を断ち切り、サタンの血統を授与される儀式を行ったのです。

この行事により、家庭連合は人類を救う宗教から離脱しました。

天の父母様というサタンと夫婦関係を結んだ韓氏オモニが作った聖酒を飲んだからです。


天の父母の実体は天使長ルーシェルです。独生の聖酒はルーシェルと韓氏オモニの愛が込められた善悪知る木の果の聖酒です。

この日の聖酒式の手順を見ると、信じがたい光景が展開されました。

皆さん、一度ご覧ください。

形式は伝統的な聖酒式の聖酒式と同一に進行されたため、大半は意識せず死に陥ったのです。

問題は韓氏オモニが新婦に聖酒を差し出したことです。

考えてみてください。これは女性である韓氏オモニが、母であり新婦となる女性と愛の関係を結んだのと同じ条件になるのです。

男性が新婦に聖酒を捧げるのではなく、女性である韓氏オモニが新婦に聖酒を捧げたのです。つまり同性愛を進行したことになるのです。


皆さん、これを軽く考えてはいけません。

聖酒式は厳然たる血統転換式です。

聖酒式は天と地が見守る行事として、一寸の誤差もなく進行されなければならない儀式です。

神様も見守り、サタンも見守り、霊界の天軍天使たちが見守る深刻な場です。


それなのに聖酒式で韓氏オモニの聖酒を新婦が受け取って飲むとは。

おかしくありませんか?

これは私の思い付きで問題を故意に作り出している話ではありません。

代身者相続者である天一国二代王様も指摘されました。


それだけでなく、天の父母様、すなわちサタンの血筋が入った聖酒を飲むことで、結果的に新婦にサタンの血筋が入ったのです。

そしてその後、サタンの血統に転換された女性が残りの聖酒を男性に与えることで、男性もサタンの血統に転換されたのです。

家庭の始まりがサタン夫婦から出発したのです。


すると聖酒を飲んだ祝福部分は原罪が清算されたのではなく、原罪が再び注入されることになったのです。

したがって家庭連合の全ての信徒たちは真の御父様との父子関係を断ち切り、サタンとの父子関係を再び成立させたのです。

結局、天一国聖酒式行事はエデンの園でエバがサタンとの淫行、すなわち堕落を繰り返す行事となったのです。


聖酒式は女性が執り行うことはできません。たとえ韓氏オモニが真の母の立場にあったとしても、女性はできません。

かといって真の御父様の血統を持つ男性であっても、聖酒を造ることも祝福を主宰する資格もありません。

真の御父様の血統だからといって、あちこちで自分たちが元祖祝福式だと競い合えば、その混乱をどう収拾するのでしょうか?

まるで互いに「元祖豚足店」と称して雨後の筍のように数十店が競うようなおかしな事態が起きるでしょう。


資格のない者が行う聖酒式は堕落行為です。

祝福の権限はただ三代王権を通してのみ下されるものです。

真の御父様が祝福権を伝授された方はただ代身者相続者である文亨進様だけです。

同意しない者もいるでしょうが、これは天の法度であり秩序です。

信じたくなくても仕方ありません。ご自由に考えてください。


今や家庭連合の食口が救われる唯一の道は、家庭連合を出て三代王権のもとへ来ることです。

日本で家庭連合の宗教法人が取消され、韓国で韓氏オモニが拘束された事件は、運が悪かったからではありません。

天の裁きによって、家庭連合の核心基地である韓国と日本への審判の鉄槌が下ったのです。

しかしこれが審判の終わりではありません。良くなることはありません。

審判は今始まったばかりです。


韓氏オモニに続いて、家庭連合の邪悪な幹部と変節した元老牧師たちの責任です。

真の御父様のもとに戻り赦しを受けない限り、彼らに審判から逃れる道はありません。

代身者相続者文亨進様は2015年から警告していましたが、彼らは無視し嘲笑しました。

家庭連合の食口たちは再び真の御父様の後継者のもとに帰ってきて、サタンの聖酒を飲んだことを蕩減復帰しなければなりません。


それゆえ天一国二代王様の真の御父様の権限圏に復帰する祝福式を受けなければならないのです。

真の父の血統を再び伝授される聖酒式を経なければ、彼らの魂は枯れて萎んでしまうでしょう。

以上です。

祈りを捧げます。


祈祷


愛の父なる神様

堕落した人類を再び神様の子女として復帰させるために、神様は真の御父様を再臨メシアとして再びお遣わしになりました。

真の御父様は七死復活の苦難を経て、この地に御自身の血統を立てられました。

この地には数百万の祝福家庭が真の真の御父様が与えられた聖酒を飲み、血統転換を受け、祝福結婚式を経て、祝福家庭が世界193ヶ国にすべて広がりました。

しかし残念ながら、真の母の位置にあった韓氏オモニの堕落によって、そしてその堕落事件を悟らず、過去に真の御父様の妻である真の母様の位置にいたという、その考え一つだけで、韓氏オモニ様の全ての不法な行動を忘却し、

真の御父様の代身者・相続者として立てられた二代王様を追放し、

彼らは彼らだけの宴に酔いしれてサタンの懐へと再び戻ってしまいました。


真の御父様の御言と祝福を伝授された二代王様は、彼らから分離し荒野に出て、真の御父様の権限圏に再び戻る祝福式を執り行われました。そして2017年、真の御父様と康賢實・真の母様の完成祝福成就式を執り行うことによって、真の御父様の完成家庭が立てられ、真の御父様の真のお父様と真のお母様、そして真の子女として神を中心に 成し遂げられた四位基台が成就されたことにより、神様の摂理の火種は消えることなく再び全世界に燃え広がっています。


この火が全世界を覆い、全ての人々が神の血統を再び受け、この世に地上天国理想が実現されることを切に願い望みます。

残念ながら堕落血統から血統転換を受け、真の御父様の完成された血統に再び生まれた祝福家庭たちが、愚かにも再び堕落してしまいました。

お父様、彼らが悟り、真の御父様に彼らが忠誠を尽くした真の御父様を主として、メシアとして信じ従ったその条件を見て、彼らが再び訪れる時、彼らを赦してくださり、彼らが真の御父様の血統に再び転換できる、まさに貴重な時が再び訪れることを ことを切に願い望みます。

三代王権の前に永遠の栄光がありますように切に祈りつつ、祝福中心家庭クォン・ヨンピル、モリタ・ユウコ家庭の名において報告いたします。アジュ

ありがとうございます。

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2026年2月21日土曜日

原罪清算・血統転換のための聖酒 ◆ 2026年2月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 「血統転換のための聖酒式」<1> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 原罪清算・血統転換のための聖酒

2026年2月11日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

「血統転換のための聖酒式」1

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion 監修fanclub

テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 2 11 2026 


原罪と原罪精算


こんにちは。本日私が準備した礼拝の題目は「血統転換のための聖酒式」と決めました。


原理では、エデンの園における善悪知る木の果の堕落とは、エバと天使長ルーシエルの不義を意味します。その結果、サタンの血筋を受けましたエバになりました。そしてエバが与えた善悪知る木の果をアダムも食べてしまったため、アダムにもサタンの血筋が入ってしまいました。

これが原罪となり、全人類の子孫に遺伝していくのです。したがって人類は創造繁栄を失い、サタンの子女となり、堕落性を受け継ぐことになりました。神の子女である人間の創造目的は霊人体を完成させることです。ですから人間の霊人体が完成すれば、神様と一体となることができるのです。


しかし堕落人間は霊人体を完成させられないため、神の人間創造目的をなすことができなくなります。

そこで神の人間に対する救いの摂理は、神の血統を人間に伝授することができる原罪のない男性を地上に降臨させることです。それゆえ、その方をメシアと呼び、原理では真の父母と呼びます。


2000年前、イエス・キリストがユダヤの選民に神の血統を持って現れました。しかしユダヤ教とユダヤ民族はメシアを分からず、反対し迫害して十字架へと追いやりました。

残念ながらイエス様はご自身の血統を地上に残すことができずに逝かれました。

これはイエス様の摂理がサタン勢力のために反対を受けたことを意味します。すなわち十字架にかかられたため、人類に原罪清算を完成できなかったのです。


それゆえ神様は再び再臨メシアを送られて、人類の原罪を清算する歴史を進められるようになったのです。

再び来られた再臨メシアが文鮮明真の御父様です。それゆえ文鮮明真の御父様は原罪清算のために祝福行事を通して堕落人間の血統を転換されるのです。

血統転換の三段階過程は聖酒式、すなわち血統転換式、次に祝福結婚式、最後に三日行事は実体復帰式です。この三つです。


血統転換儀式の聖酒


では血統転換儀式に使用される聖酒とは何でしょうか?

聖酒はメシアの肉と血を象徴するものです。メシアを新郎として迎え、新婦の立場で血統を伝授されることを意味する行事が聖酒式の本質です。

聖書を見ると、イエス様は当時のユダヤ人の婚姻風習に例えてご自身を新郎として描写されました。

御言をご覧ください。

マタイ9:15 するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいる間は、悲しんでおられようか。しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その時には断食をするであろう。


次に、使徒パウロは聖徒とイエス様の関係を夫婦関係として説明し、私たちが清い新婦とならなければならないと強調しました。

コリントⅡ11:2 わたしは神の熱情をもって、あなたがたを熱愛している。あなたがたを、きよいおとめとして、ただひとり男子キリストにささげるために、婚約させたのである。

コリント人への第二の手紙の言葉です。


そしてヨハネの黙示録では、新郎であるイエス様と新婦である聖徒たちの永遠の結合、子羊の宴で締めくくられています。

黙示録19:7 わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。

このようになっています。


キリスト教では、イエス様と教会の婚宴として説明しています。つまり、イエス様の新婦は教会だと主張するのです。

おかしいでしょう?イエス様が妻を迎えてこそ、原罪のない子孫を残すことができるのであって、どうして成立すらしていないのに、おかしなことに教会と結婚しなければならないのでしょうか?


教会はキリストに従う人々の集まりであって、キリストの新婦になることはできません。キリスト教では教会という信仰の集まりを作りながら、教会中心の信仰を強調しています。つまり教会に行って日曜礼拝に出席し、伝道し、献金することが信仰生活であるかのように作ってしまいました。


だからイエス様が新郎として来られたのだから、教会がキリストと結婚しなければならないと主張するのです。そうしてこそイエス様当時のユダヤ教のように、教会がパワーも持て、牧師たちも尊敬され、富も得られるのです。そして教会が成長し大衆化することがキリスト教の発展だと主張するのです。

だから信仰によって救いに至ることができると教えます。


しかし皆さん考えてみてください。創世記において、アダムとエバが神様が存在されて全知全能であることを信じることができなくて堕落したわけではありません。

アダムとエバは自分が神の子女であることを知っており、神が全知全能の創造主であることも分かっていました。

しかし蛇が現れ、食べるに良く、目には美しく見える善悪知る木の実をエバが食べて堕落したのです。


善悪知る木の実を取って食べたことは、神を否定したからではありません。誘惑に陥って戒めを守らなかったのです。

したがって、信仰と善悪知る木の果の間には因果関係は成立しません。原理では、堕落とは天使長ルーシェルの誘惑を受けてエバが彼と性的関係を持ったことを教えています。

イエス様もユダヤ教の指導者たちに「蛇の子」あるいは「あなたがたの父は悪魔だ」と指摘されました。したがって、善悪知る木の果を食べたことで悪魔の子になったと語られたのです。


本来、神の子女として創造されたアダムとエバの子孫は当然、神の子女となるべきでした。しかし彼らは悪魔の子となりました。そしてこれを堕落と言います。どうして神の子女たちがサタンの子女へと堕ちたのでしょうか?善悪知る木の実を取って食べたことが、神の子女がサタンの子女へと堕ちたのです。したがって私たちは善悪知る木の実の正体を知らなければなりません。病気を治すには病気の原因を知り、その原因を除去してこそ健康を回復します。神の子女であるとかサタンの子女であるとか、このような親子関係は何によって決定されるのでしょうか。それは血統です。血筋です。


したがって、神の血統を受けなければならない人間が悪魔の血統を受け継ぐことになったのです。正確に言えば、神の血統を受けて生まれた人間が悪魔の血統へと変わってしまったのです。つまり、善悪知る木の実を食べたことで、神の血統を汚したという結論に至ります。


では、神の子女として再び戻るには、どのような道を行くべきでしょうか?サタンと結んだ偽りの血統を否定し、失われた神の血統を再び見つけなければなりません。原理では、血統を復帰してこそ神の子女として戻ることができると教えています。これが救いであり、救いとはつまり復帰なのです。信仰だけで血統を取り戻すことはできないということです。


イエス様は人類を救うために来られました。だからイエス様はユダヤ人たちに「生まれ変わる」ことを語り、重生しなければならないと教えられたのです。

ヨハネの福音書にイエス様とニコデモの出会いが記されています。聖書ヨハネの福音書には、イエス様とニコデモの出会いが描かれています。

ニコデモは当時のユダヤ社会で最高のエリートであり、パリサイ人でした。彼は律法を厳格に遵守するユダヤ教指導者であり、ユダヤの最高議決機関であるサンヘドリンの公会議員でした。

現代で言えば国会議員と裁判官の役割を果たす強大な権力者でした。当時のユダヤ社会において、ニコデモは救いは既に受け取っているような立場にいた人物です。


ところが彼は他の人の視線を意識し、夜に密かにイエス様のところを訪れました。イエス様の言葉と奇跡の業を見て、神の人だと考えたからです。

彼は救いについてイエス様に質問しました。イエス様はニコデモに生まれ変わりについて語られました。ヨハネの福音書に記されています。

ヨハネ3:3 イエスは答えて言われた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない」。

4 ニコデモは言った、「人は年をとってから生れることが、どうしてできますか。もう一度、母の胎にはいって生れることができましょうか」。

5 イエスは答えられた、「よくよくあなたに言っておく。だれでも、水と霊とから生れなければ、神の国にはいることはできない。


水と聖霊によって生まれ変わるという御言は、悔い改めて、神から新しい生命を受けなければならないことを意味します。イエス様も、ご自身の御言を理解することができないユダヤ教指導者たちに、あまりにものもどかしさを吐露されました。

だから、残念に思われたイエス様は、罪のない人々に繰り返し強調されます。「まことに、まことに、あなたがたに言います。」ここでも二度出ています。「まことに、まことに、あなたがたに言います。」


残念ながら、イエス様はユダヤの選民に重生の役事を成すことはできませんでした。

彼らがイエス様を偽りの異端者と決めつけ、殺そうとしたからです。イエス様はユダヤ民族に信仰を見出せませんでした。

結局、不信したユダヤ民族に引かれて、人類の罪を代わりに背負い、十字架にかけられて亡くなられました。

それゆえイエス様はメシアの使命を全て成し遂げることができず、霊的な救いの道のみを成し遂げられました。

それで再び来られると約束されたのです。再び来られて成し遂げられなかった全てのみ旨を成されて、人類はイエス様の再臨を待ち望むようになったのです。


人類の真の父となって、人類を新たに生まれ変わらせようと来られたのに、そのようにできず十字架を背負われたのです。

ではキリスト教ではなぜ信仰を強調したのでしょうか?

ユダヤ人たちはイエス様が誰であるか分かりませんでした。イエス様が神の息子であることを悟ることができなかったのです。

彼らはイエス様を神聖冒涜をした異端者であり民族反逆者だと決めつけ、十字架へ引きずり出し、無残に処刑しました。

このように、信じなければならない選民がイエス様を信じなかったため、イエス様は十字架の道を行かれたのです。これが神様にとって恨として残ったため、キリスト教では信仰を強調したのではないかと考えます。


しかし信仰とは、救いの摂理の過程において必要なものであり、信仰が神の救いの摂理の最終目的地ではありません。

信仰によってイエス様を迎え入れて、真の父母として侍り、それによって血統を復帰しなければなりません。ですから、再び来られる再臨のキリストは、真の父母として堕落人類に重生役事をなさるために来られるのです。

重生の役事を通して、人類は偽りの父母であるサタンから解放され、神の子女として復帰することができるのです。


では聖書はなぜエバの不倫を説明せず、善悪知る木の実という比喩と象徴で表現したのでしょうか。

皆さん考えてみてください。人間の堕落事件は神にとってあまりにも大きな衝撃であり悲しみでした。

キリスト教では堕落も神の御心だったと主張していますが、これは神の悲しい心情が分からないのです。

愛する神の子女がサタンの血統へと去っていった事実を、どうして神が直接的に説明することができるでしょうか。

耐え忍び、言葉にできず、悲しみを心に秘め、比喩として記録されたのです。

世の中でも、子女が自殺して去ったなら、父母は「我が子が自殺して死んだ」とは言うことはできません。ただ別の理由を言うのです。病気で亡くなったとか、あるいは神が召されたとか。

このような神の恨の心情を私たちはわからなければなりません。


後に、神の血統としてメシアが来られ、このすべてこの秘密を全て明らかにされるのです。そしてメシアの血統復帰の歴史を通して、すべてを再び回復されるまで耐えて忍耐して待っておられます。

それゆえ文鮮明真の御父様が明らかにされた神様は、悲嘆絶頂の恨の神様なのです。

こうした事情を全く分かることができないキリスト教では、真の父母として来られた文鮮明先生を異端者として糾弾しています。イエス様の時代と全く同じ状況が再現されているのです。


しかし、どんなに否定し反対しても、結局は明らかになり、結局真理は現れるのです。摂理はそして、その方向に向かって行くしかありません。

文鮮明先生は人類の真の父母として来られました。

なぜメシアが真の父母として来られなければならないのか?堕落した人類のもとに訪れて、サタンの血統を切り、神の血統へと再び出て行くために来られるのです。これが聖書に表現された重生の歴史であり、生まれ変わりの歴史です。


皆さん、堕落した人類をどのようにして再び生まれ変わらせることができるでしょうか?

ニコデモが尋ねました。「すでに生まれた人を、どうして再び産むことができるでしょうか?再び母のお腹に入るのですか?」

再び生まれるということは、肉体的に再び生まれるということではありません。神の愛の中に入り、真の父母の血統を受け継ぐ儀式を通して、霊的に再び生まれるのです。


文鮮明真の父母様の血統転換に関する御言を見てみましょう。

統一教会の祝福を受ける際に、血統転換式があります。皆さん、血統転換式をされましたね。蕩減棒行事、三日行事、どれほど複雑ですか。そこにはサタンが入ることはできません。それは真の父母と神様の法によって天国門を開き、解放を宣言して進んだものなので、成長期完成級で行われたサタンは関係することはできないのです。祝福を受けた家庭は血統転換式をしたことを知っていますか?それを経なければなりません。

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次の御言をご覧ください。

堕落した人間は、サタン世界の偽りの愛によって汚された過去のすべての愛を否定し、新たに神の愛を中心として真の父母の愛を再現することができる復活的な実体を備えなければ、祝福の場に出ることはできません。したがって、聖酒式はまさに真の父母の愛の関門を通って新しい生命の基準を成し遂げることを約束する儀式です。

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もう一つ見てみましょう。聖酒とは何か?これを私たちが知る必要があります。

血統転換のためには、肉的に再び生まれるのではありません。霊的に霊的に再び生まれなければなりません。霊的な再誕生のために聖酒を使用するのです。

では、聖酒が何であり、そしてどのように作られるのか?

聖酒式とは何をするものか?新しい愛を中心にして、神様の体を自分の体の中に投入させる儀式です。堕落した肉体は一つしかないので、神様の愛を中心に入れ替えるのです。これがまさに聖酒式というものです。

イエス様が「パンは私の体を象徴し、ぶどう酒は私の血を象徴するので、あなたがたはそれを受けて食べ、飲みなさい」と言われた言葉と同様に、愛を中心にして、神様の実体を中心にして、新しい血筋を受け継いで原罪を洗う事が出来る式です。

この式を経なければ祝福の席に出ることができないのです。それゆえこの式は血統を転換させる式です。

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御言を続けて見ていきましょう。

天使長を通してエバが堕落したため、復帰の歴史においてエバがアダムを通して天の前に立ち、天使長の復帰をしなければならないのです。そのために成すのが聖酒式です。聖酒式を行う時、先生がまず女性に与えます。どうしてなのか分かりますか?それが失われたエバを復帰する式です。聖酒式によっ」て霊的に一つになり、心情的に一つになり、肉的に一つになるのです。絶対的な内約なのです。

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次に続けます。

聖酒を飲む時は、天使長からエバへ、エバからアダムへです。皆さんはどうするかと言えば、エバがまず受けます。エバがいなければ男性は再び生まれることができません。復帰なので、エバが聖酒を受け取り、半分だけ飲み、次にエバが夫に与えます。

先生が女性の手にこのように祈ります。これが一体化の祈りです。そのような祈りを捧げて聖酒を飲むことで、堕落の血統を綺麗にするのです。それが条件です。キリスト教で行う洗礼式と同じようなものです。

血統転換式、わかりますか?

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次に、

聖酒はただ作られるものではありません。ただそのままになるものではないのです。サタンと神の立会の下、霊界にいる数多くの天使たちの立会の下に作られるのです。

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次に、

聖酒には、父母の愛を象徴するものが入っています。そして血を象徴するものが入っていなければなりません。それゆえ、それを飲むと父母の愛と一体となり、また血と一体となります。これが聖酒なのです。

35-211,1970.10.18


真の御父様は、聖酒はただ作るものではないとおっしゃいました。

聖酒は真の父様が直接作られるのですが、その作られるその場に、サタンも立会い、神様も立会い、天使たちも立会うのです。

したがってこの聖酒は神様も認めなければならず、サタンも認めなければならず、霊界の無数の天使たちも認めなければならないのです。

堕落の原型であるサタンであっても、聖酒によって神様の血統に復帰されることを否定する原理的根拠はありません。

それゆえ聖酒は霊的な力と権威を持つのです。

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