天一国憲法は菅井教を排斥する宗教の自由を保障する
序文
「お父様はこのように言っている」とニセキリストを語る菅井教、聖臨連合はサンクチュアリ教会宣教本部でも祝福の相手が菅井派であることを理由に破談、或いは離婚することは正当な理由として認められている公認異端教です。参照:日本サンクチュアリ協会の菅井教に対するアナウンス
文亨進牧師(二代王様)は菅井派にたいする警告や啓蒙をしなさいと指導しておられます。これはその指導にもとづくものです。
文亨進師は騙されて地獄に行ったものが悪いと明確にいっておられます。騙されて地獄にいかないようにしてください。
ペテロ第二の手紙第 2 章
1 しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている。
菅井教はこの聖句の通りの”にせ教師”であり”自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている”異端です。
こうして菅井教に取り付いている堕落天使が彼ら彼女らの主管所有権をもつのです
◆堀氏の「●菅井教を拒絶する「自由」が、私達にもあります。」の記事を受けて。
天一国憲法では宗教の自由と責任を保障します。
菅井教とその支持する者たちは、この天一国憲法を掲げて、自分たちはサンクチュアリ教会だと主張します。
自分たちは正しいので自分たちが日本サンクチュアリ協会などを批判するのは正当だが、我々菅井教を異端教として扱うのは不当だと主張します。
日本サンクチュアリ協会は中央集権的だから市民の自由を制限する悪だと言います。
しかしこの菅井教の主張は天一国憲法の解釈を大いに間違えています。
真のお父様の権限圏に戻る祝福を受けたから、その後どのような信仰を持とうがサンクチュアリ教会だ、王と王妃の祝福家庭だという勘違いをしています。
それが正しい主張とするならば、お父様の祝福を受けた家庭連合の祝福を否定するサンクチュアリ教会の論は破綻してしまいます。
・次の國進監査総監の御言がその勘違いを説明してくださっています。
國進監査総監の御言:
ですから天一国憲法は、人々が神様を愛することを決断する自由を取り上げることはありません。しかし、人々に神様を愛することを決断させようとするなら、神様を憎む自由も与えなければなりません。その自由を取り去ってしまうなら、神様を心から愛することはできません。それゆえ天一国憲法では、悪を行い、神様を憎むことを選択した場合、そうすることができます。しかし、社会の中で人々は皆、自由で責任を持ちます。ほとんどすべての人は神様を愛することを選ぶでしょう。そしてもし悪を行うことを選ぶなら、すぐに排斥されてしまうでしょう。しかし、それは政府によって排斥されるのではありません。天一国の王たち、市民によって排斥されるのです。
2016年 10/31亨進様・国進様との質疑応答 【日本語訳】(全文)
菅井教は文亨進師のキリスト論を菅井教流に再解釈したキリスト論こそが文亨進師のキリスト論だ、だから正しく文亨進師を信じる宗教だというイカサマロジックを使った詐欺犯罪で人々を騙し伝道します。
そして文亨進師は御父様によって摂理を導くが、菅井教が御父様の聖霊によって真理を導くというニセ二代王三代王権、ニセキリストの詐欺宗教です。
参考;事実上のメシア宣言、菅井睦雄氏のニ代王様に対する反論「お父様はニ代王様には摂理を語るが、私には真理を語る」
これを信じるのも天一国憲法が認める自由と責任です。
「(國進様)神様を憎む自由も与えなければなりません。」従ってこのようなニセ二代王、ニセキリストを信じるのも自由と責任です。
一方、菅井教を異端だと批判し、サンクチュアリ教会から外すことも、祝福対象から外すのも、これも宗教の自由と責任です。
まさに「(國進様)そしてもし悪を行うこと選ぶなら、すぐに排斥されてしまうでしょう。」ということです。
これはもちろん文亨進師と宣教本部との相談の上での決断です。
そのような詐欺、異端、悪を選ぶから、天一国の王・王妃たち市民たちの声が高まり、文亨進師と宣教本部に大陸会長が相談され、このような結果になったのです。
つまりこのように天一国の王・王妃たち市民たちが立ち上がり菅井教を排斥しているのです。サンクチュアリ教会コミュニティから排斥するのです。
このように大陸会長の中央集権だ、日本サンクチュアリ協会の中央集権だという菅井教の批判は大間違いなのです。
菅井教はまるで自分たちだけが天一国の王・王妃たち市民であり、菅井教に反対する者は市民ではないかのように天一国憲法に反する!と叫びますが大変な大間違いです。
菅井教がどんなに数が増えようと私たちサンクチュアリ教会とはまったく関係のない異端教、別宗教です。
その上で同じ天一国国民、そのような異端別宗教の隣人として親しくするということです。
これも天一国憲法が認める信仰の自由と責任です。
そのような天一国憲法の保護の下、菅井教の信徒たちを祝福家庭と認めず、堕落した悪なる汚らわしい血と血縁関係は結びたくないから宣教本部からも認めて頂き、祝福を拒否することができるのです。離婚もできるのです。
その子女が菅井教破棄を宣言しない限り、菅井教の子女との祝福を拒否することもマッチングを断ることもできるのです。
それほどまでに菅井教は宣教本部が離婚も認めるほどの異端、完全なる別宗教だということです。
もちろん菅井教の人とそのまま受ける人もいるでしょう。しかし菅井教を破棄させ正当なサンクチュアリ教会に改宗させる伝道の責任があります。つまり条件祝福ということになります。配偶者が家庭連合のままであれば離婚することもできることと同じです。
これは子女や未祝福者が祝福を受けることに関わる重大な問題ですから、菅井教は台湾宜蘭聖殿に行って異議申し立てをすればいいのです。
しかしそれすらしないのですから実質、受け入れているということです。ブログやLINEでいくら騒いでもいくら信者を増やしても覆りません。
そのように菅井教は、家庭連合であり、イスラム教であり仏教であり、新興異端宗教だということです。
菅井教のようなサンクチュアリ教会を名乗る偽り詐欺異端教から我々サンクチュアリ教会のコミュニティを守り、菅井教から汚されないよう我々聖殿民族の血統を守るのも我々天一国の王と王妃市民たちの自由と責任です。
私たちはそのような信仰をもっているのです。
宗教の自由と責任です。
このように天一国憲法の下、その宗教の自由と責任で、菅井教を悪だと判断する天一国の王と王妃たち、市民たちによって排斥されるのです。
これが天一国憲法です。
・これについて文亨進師は次のように指導しておられます。
「お父様はこのように言っている」という菅井教に対する御言
文亨進二代王:
お父様の後継者、相続者、代身者は全世界にいません。1人しかいません。
お父様が文亨進は私の後継者、相続者、代身者だ。これ以外は異端だ、爆破者だとおっしゃいました。
みなさん全部見たじゃないですか。だから各々の聖殿食口たちがみなさんは自由と平和と幸福と統一と責任があるから、みなさんはみなさんの判断力を通してみなさんに詐欺をしようとする奴らを神様と共にみ言葉を通して判断することができなければなりません。
甘い話を聞いてボンクラについていくと地獄にいくじゃないですか。お父様の王国を準備し、お父様の王国を見つめることができる天一国の民には自由がありますが、責任があります。責任が。
他人があー啓示受けた。ああだこうだと、これについていこうといって地獄に行ったら、皆さんが悪いのです。
判断力。神様のみ言葉と聖書の役事、イエス=キリストと再臨のキリストとの関係がなければいけません。
他の人が来て、自分がイエス=キリストだと言えば、匂いをかいで、「これは違う」と、羊として自分の牧者のにおいが分かり、私の牧者の声が分かり、「お前は偽物だ。シッシッシ、悪い奴め」というふうにしなければいけません。霊通詐欺師よ!後継者文亨進以外は異端だ、爆発者だ!!◆2017年9月7日 二代王様とののQ&A
これは山下美智代という霊通者に関する質問に対して語られた御言ですが、菅井教は山下美智代霊通者よりもっと酷い「お前は偽物だ。シッシッシ、悪い奴め」なのです。
何故なら「自分がイエス=キリストだ」と同じ事を菅井教は言っているからです。
菅井教は「お父様はこのように言っている」「摂理は二代王様が導くが真理は私菅井が導く」という、完全なニセ二代王、ニセキリスト、ニセメシアです。
菅井教は『文亨進師の説教に「菅井」という具体的な名前が出ないから我々は関係ない私たちの事ではない』と叫びますが、極めて愚かな弁明です。そんなことでこの文亨進師の御言も天一国憲法も覆すことは出来ません。
それだから私たち王と王妃市民たちは、平和軍警察として
「(文亨進師)他の人が来て、自分がイエス=キリストだと言えば、匂いをかいで、「これは違う」と、羊として自分の牧者のにおいが分かり、私の牧者の声が分かり、「お前は偽物だ。シッシッシ、悪い奴め」というふうにしなければいけません。」
というこの御言に従い、
「(國進様)そしてもし悪を行うこと選ぶなら、すぐに排斥されてしまうでしょう。しかし、それは政府によって排斥されるのではありません。天一国の王たち、市民によって排斥されるのです。」という天一国憲法が保障する平和軍警察活動として、そして羊を守る牧者としての平和軍警察活動として菅井教を排斥しているのです。
このように天一国憲法は菅井教を排斥する宗教の自由を保障しているのです。
菅井教や支援者はビビって、二代王様の名を使うな、審判だと言うなと主張するのですが、我々王と王妃市民たちは、これらの御言を菅井教のような異端教に対する審判であり裁定であると受け止め、平和軍警察として立ち上がっているのです。
菅井教、支援者、聖臨連合らは、そんなに天一国憲法の自由と責任と言うのならば菅井教が言いたい本音、
『文亨進師よ、俺と同じように「創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストである」と言いたいんだよな。イエスが、文鮮明が創造前に存在しただなんてありえないよな。なぁ文亨進!お父様は、お前には摂理、俺様には真理を導いておられるんだよ!わかっているよな文亨進!」
参考:
これを、台湾宜蘭聖殿に行って、この本音をどうどうと雄弁に語ればいいのです。
台湾宜蘭聖殿の皆さんは、『他の人が来て、自分がイエス=キリストだと言えば、匂いをかいで、「これは違う」と、羊として自分の牧者のにおいが分かり、私の牧者の声が分かり、「お前は偽物だ。シッシッシ、悪い奴め」というふうにしなければいけません。』と言われる文亨進師のご指導の下、菅井教や支援者たちが台湾宜蘭聖殿に来るのを、いつ来るのかと期待に心を震わせて手ぐすね引いて待っておられるのですから。
しかしそれすらしないのですから実質は、自分たちは異端、別宗教であるという王と王妃ら市民たちの判断を受け入れているということです。
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