2015年6月30日火曜日

2015年6月28日 英語説教 文亨進  「安息日と審判、もはや神様は直接に手を下されています。」<完結編>

Sanctuary Church Sunday Service, June 28th, 2015 

 「安息日と審判、もはや神様は直接に手を下されています。」
2015年6月28日 英語説教 文亨進 
ルカによる福音書14章
14:25大勢の群衆がついてきたので、イエスは彼らの方に向いて言われた、26「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。27自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。28あなたがたのうちで、だれかが邸宅を建てようと思うなら、それを仕上げるのに足りるだけの金を持っているかどうかを見るため、まず、すわってその費用を計算しないだろうか。29そうしないと、土台をすえただけで完成することができず、見ているみんなの人が、30『あの人は建てかけたが、仕上げができなかった』と言ってあざ笑うようになろう。31また、どんな王でも、ほかの王と戦いを交えるために出て行く場合には、まず座して、こちらの一万人をもって、二万人を率いて向かって来る敵に対抗できるかどうか、考えて見ないだろうか。32もし自分の力にあまれば、敵がまだ遠くにいるうちに、使者を送って、和を求めるであろう。33それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。


これはどのような状況かというと、何千という大群衆が初めてイエスのもとに集まった。 弟子たちも「われわれは有名になった」と喜んでいるのです。コメディーの登場人物のように弟子たちは「大勢の人が来たから、カプチーノでもコーヒーでもクッキーでもなんでも出してこの人たちを繋げて引きとめよう」。そこにイエス様が登場して「自分の父、母、妻、子を捨てなければ私の弟子になることはできない」「十字架上で死ぬことができるものでなければ、自分の十字架を負うものでなければ去りなさい」などと言うのです。後ろに控えていた弟子たちの様子が想像できます。「ああ、何ということだ!何千人も集まって来たというのに。なぜ普通に愛とか他の耳触りのよいことを話して下さらないのか。どうして親兄弟を捨てろなどと言われるのか」。ある人が「イエスは教会の信徒を減らす王様だ」と言ったことがあります。イエスはそのようなことは気にされなかったのです。大群衆だからといってとりたてて気になさらないのです。

しかし多くの教会は信徒の数を気にするあまり真実を語りません。信徒を(神の戦士)とみなして真実を語ろうとはしないのです。それをキリストの体(教会)の中で失っています。だから弱くなったのです。私たちは皆、神の戦士だとみなして神の戦士に育てなければならないのです。にもかかわらず、弱く、おとなしい羊にしようとしています。わたしはいつもこのリストバンドをしていますがそこには「神の全身武具を身につけろ」と書かれています。神様は戦士として私たちを召命されました。皆、神の戦士としてある強さを持たなければなりません。

(バンドの若者を指して)彼等の素晴らしいところは、戦士の歌を歌っているという所にあります。聞いて心地よくなる愛や恋の歌ではありません。闘士の歌なのです。行く手を妨げる悪魔を倒すための歌です。戦士、兵士の歌なのです。だから悪魔はこういう歌を罵るのです。力強い歌詞が心に入って行くことを嫌うのです。なぜなら歌により心が霊に満たされ歌詞が体現されるからです。歌が心に満ちることによって戦いの武器を手にし、この歩みの本質が(悪魔との)対決であると悟らされるのです。

キリストの弟子である限りサタンと対峙しなければならない時が来ることを理解するのです。多くの教会はその信徒をサタンとの対決に準備させることをしません。そしてサタンが現われて彼等の人生を破壊する時、「神様はなぜ私を見捨てられたのか」と嘆くのです。誰もあなたを見捨てたりしません。神様はあなたを見捨てることなどありません。あなたが神様の武具を身につけていなかったのです。神様が私たちを神の戦士としてみなしておられることを知っておくことが大切です。アメリカの建国の父たちもこの戦士の精神を持っていたのではありませんか。個人の栄光を捨て、聖なる名誉のために正しいことを行った。この国はその基礎の上に建てられたのではありませんか。


私たちの状況において、何が起こったのか。聖典の80%が削除されました。聖書を、神様のみ言を編集削除することなどできるでしょうか。その一言でも削除するならばすべての呪いがかかるだろうと聖書もいっています。
お父様が遺された全てのもの。天一国国歌、家庭盟誓、聖婚問答、唯一神信仰―これは二神教に変わりました。お母様を愛していますが、真実を言わなければなりません。それはお父様が私に与えられた責任です。末の息子がお母様を叱責することは決して愉快なことではありません。しかしお母様はご自分の口で「私は神です」と言いました。「お母様、あなたを愛しています。しかしあなたは神ではありません。そのようなことを言えば、神様によって低められるでしょう」と私は応えたのです。お母様は忠実な対象的相対としてのご自分の位置を離れ、自分を神、メシア、独生女だと宣言しました。そして全世界の教会の前でご自分の夫の玉座に着いたのです。アジアの文化においてこれほど冒涜的なことはありません。

もちろん私はお母様を愛しています。ですから神の前に一人の女性として罪を悔い改めることを叫び求めているのです。三年前、私と国進兄さんに向って「私は神だ」と言われた時、お母様あなたを愛しています、しかしあなたは神ではありませんときっぱりと言ったのです。あなたに呪いが降りかからないようにして下さい。周りであなたのお金を盗もうとしている取り巻きが何と言っているか知りませんが、あなたは神ではありません。もしこのまま進んでいくとそれは審判への道です。神様が裁かれるのではありません、お母様が道を外れたのです。神様の守りの垣根を越えて進まれたのです。

安息年(シュミタ)には様々なことが起きます。
世界に多くの国がある中でよりによって韓国がMERSに侵されました。3年前に、このまま進まれると呪いを受けますとお母様に私が告げた時皆嘲笑いました。今週の火曜日、韓国の兄弟姉妹に向けての説教の中で私は「目覚めなさい! MERSウィルスは神様から離れた結果もたらされたものです」と言いましたがその瞬間に雷がとどろきました。また清平での修練会が閉鎖されました。もはや神様は直接に手を下されています。
愚かな間違いが幾度となく繰り返されています。広報は韓国政府も事態をコントロールできているようなのですぐにでも再開できるでしょう、といいますが現時点で韓国での死者は32人になりました。これは始まりにすぎません。「主なる神を恐れないのか」と聖書は言います。30:30
アメリカではどうでしょう。
今年は安息年(シュミタ)です。
同時に7周期目の安息年(スーパーシュミタ)であり第4月食が重なって起きる年です。
2001そして2008にはアメリカには明らかな警告がありました。(今年も)経済は前の2回の安息年と同様悪化し、彼等は議会の前、最高裁判所の前で喜んでいます。
(*訳者注:2015年6月26日、アメリカの連邦最高裁判所は、同性婚を認める判断を示した。これにより事実上、全米で同性婚が合法化されることになる。)
私たちは悔い改めなければなりません。明らかに傲慢になり神様をこの国から追放するようなことをしています。神様に対する公然たる反抗です。「きっと地獄は素敵なところ」などと言うボードをうれしそうに振っているのです。こうして神様を愚弄しています。

この写真では同性愛を象徴する旗で合衆国の国旗を覆っています。何やら象徴的なことだとは思いませんか。
聖書的原則と個人の責任に基づく自由の象徴であるアメリカ国旗を同性愛の旗で覆ってしまう。これはこの国が神様と本然の創造から離れる決定的瞬間です。
聖書ははっきりとアダム(男)とイブ(女)と言っているのです。そこを離れれば神様の保護、神様の超自然の力からも離れるのです。人間が人間を保護しようとして、神の存在を忘れているのです。イザヤ書5章20節にはこうあります。

わざわいなるかな、彼らは悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、暗きを光とし、光を暗しとし、苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。
今のこの国にぴったりの言葉です。今(人々は)アメリカは新しくなった、愛に勝利した、アメリカは偉大だなどと言っています。古代ギリシャが滅びる前どのようなことにふけっていましたか、古代ローマが滅びの前に何をしていましたか。バビロンはどうでしょう。

神様の基本的な道徳観念から離れる時、全ての倫理、道徳は崩壊します。ビジネスも職業倫理の上に成り立っています。道徳倫理の相対化は国を滅ぼします。国の全ての基本倫理をなぎ倒すからです。

神様よりも正しい、神様より良くできるなどと言う考えは神様に対する反抗以外の何物でもありません。これらはすべて安息年の出来事です。
1973年にアメリカが法的に中絶を認めた年、アメリカは戦争に初めて負けました(訳注:ベトナム戦争)。
スーパーパワーだと思われていたアメリカが負けたのです。
その後7年周期でやってくるすべての安息年において人々は神様に反抗し呪いました。
全ての経済破綻、経済危機もすべて安息年に起きています。
そして今年は7年に一度の安息年であるばかりでなく7周期目の安息年であり、第4月食の年でありそれらが全て重なった年にこういうこと(同性愛合法化)をやっているのです。

これにたいして異端の教会は世間の評判を気にするあまり「結婚は男女の間で成されるべきものである」という声明一つだしません。こうしてキリストの体である教会は文化に対しても取るに足らない存在となりました。キリストの如く存在感のある悪に対する戦士、人々の人生を変え、救いだす者になることができないのです。結婚は基本的な恩寵であるという立場に立って明快な声明文も出せない。アダムとエバ、男と女こそ神様の特質でありそこに力があり、それを正しく形作るなら悪に対する強大な力の源となる。こういうことを自由と平等の国アメリカで言えないのだろうか。これは全く偽りの世界です。悪を悪、善を善と言うことができないとは。

ここでお父様の生涯路程を見ていきたいと思います。

お父様は興南に1948年2月22日から1950年10月14日まで収監されました。そこは肥料の硫酸アンモニウムの生産工場でした。それはロシア(ソ連)に向けて輸送されるべきものでした。20メートルもの高さに積み上げられた硫酸アンモニウムがありそれをシャベルを使って袋に詰めていくのです。10人で1つの班を作り、1日1300(一袋40kg)袋がノルマでした。硫酸アンモニアは有害で毎日吸い込んだり触れたりすると皮膚はただれ、半年後には口からは血を吐くようになります。それをお父様は2年8カ月続けられたのです。お父様は1人で3人分、毎日390袋をこなしました。

1945年第2次世界大戦後、北朝鮮はソビエト側に韓国はアメリカ側に付きました。金日成はソ連と中国から許可を取り付け6月25日(1950)に韓国に侵攻しました。3カ月後、マッカーサー将軍は7万の兵を率いて仁川に上陸し中国軍を押し返しました。1950年10月には国連軍はお父様が居られた興南を解放しました。10月10日、監獄は国連軍進軍の知らせを聞き、囚人達の処刑を計画した。お父様も処刑される日時が決まっていましたがその2日前に国連軍によって解放されました。

その後10日かけて歩いて平壌に行かれかつての弟子たちを集めようとされました。興南に行かれる前、平壌には信徒が30~40人いました。亡くなっていたり、行方不明などでそこで見つけた信徒は5人以下だったと思います。10月25日に中国軍26万が北朝鮮に南下してきました。お父様は平壌に40日間滞在されました。そこでお父様は聖書や衣類を風呂敷に包んで12月中旬、南に向かいました。火を使えません、なぜなら兵士に見つかれば撃たれるからです。火の気もなしに凍えた荒野のような所に出て行かれました。真冬に南へと向かわれたのです。 47:02 
足を怪我したパク・チョンファを自転車に乗せてお父様が後ろから押し、キム・ウォンピルが荷物を持ち、3人は進みました。
凍りついた坂道では自転車では滑って進めないので、お父様はパク氏を背負って進まれました。この時パク氏はお父様に自分に構わず生き延びて下さいと頼みましたが、お父様は「生きるか死ぬかは天が決める。あなたが決めることではない」とおっしゃりそのまま進み、ソウルに到着されました。
この写真の人々の衣服を見て下さい。皆さんが氷点下の吹雪の中を歩いた経験があるかどうか知りませんが、去年ここ(ニューファンドランド)でも歴史的寒波の到来で記録的な寒さを経験しましたがこの写真にみられるような服装ではありませんでした。湿った体で冷たい夜を迎えるなら凍傷にかかって命を失うでしょう。体を温めたり衣服を乾かせるために火を使うこともできません。撃たれる危険があるからです。

1951年1月4日、中国軍がソウルを奪還しお父様は釜山そして大邱など移動されて休戦がなった後、興南解放から3年後、最終的にソウルに戻ってこられました。

釜山のボンネッコルに段ボールの小屋を立てられたのもこの頃のことでした。そして1954年5月1日、世界基督教統一神霊協会を設立されました。この悲惨な戦争で破棄され尽した環境の中でお父様は統一教会を建てられたのです。梨花女子大や延世大などの一流大学の生徒や教授が入教するようになり、教会は急速に成長しました。当時、梨花女子大の約600名の生徒の内380人がお父様の教え、堕落論などを聞いたということです。サタンが摂理の中心となる場に狙いを定めて全てを破壊しつくそうとしてきたことが分かります。興南からの解放、難民としての逃避生活、中国参戦等の激動がようやく治まりを見せたのもつかの間1955年7月4日にお父様は社会紊乱の罪状を被せられ西大門刑務所に収監されます。

この写真をご覧ください。「原理宣布」とありますね。この時期のお父様を思う時、まさにキリストの愛を実践しておられたことが分かります。火の気もない極寒の中、凍りついた丘を弟子を励ましながら抱えて進まれる。弟子は自分を見捨てて欲しいというがお父様は許さない。このような激しい苦難の中、真のお父様は弟子に仕え幾度も犠牲になってこられました。私たちもお互いをそのように見なければなりません。私たちはキリストの戦士なのですから。私たちはみ言に堅く立ち、過ぎ去っては流れて行くだけのこの世的なものに屈してはなりません。

だからわれわれは共に迫害を受け共に嘲られ、貶される時も一緒に貶されるのです。戦士は戦場でどう振舞うでしょう。互いのために闘い、互いのために生き、互いのために死ぬでしょう。この前も話しましたが、戦士はするべきことがあります。夜は盾に油を塗り、水に漬け込んで敵の火の矢を防ぐのです。私たちは天の武具を手入れしなければなりません。魂の武具の手入れをするのです。そして王のために命を投げ出す仲間の武具も手入れしなければなりません。真理のためサタンと闘いこの世的なものに屈せずにいると、攻撃を必ず受けるのです。
ある程度までは自分で耐えることができるでしょう、しかしそれには限界があります。その時は仲間の戦士に助けを求めるのです。霊的活動において助けが必要な時があります。私たちはそういう戦いをしているのです。

イエス様も、お父様もサタンの王国に対して戦いを挑まれたのです。利己的な思い、自分が神である、自分がルールを決めるという考えはまさにヒトラーと同じものです。人間が神様の上に立つことなどあり得ません。神様は天宙を創造され人間を創造され、何が善で何が悪かは神様が決められるのです。

私たちはお互いに、またこのYouTubeを通して全世界の仲間を兄弟姉妹とみなしています。ですが実は私たちは神様のために闘う戦士の仲間だということを忘れてはいけません。私も讃美するバンドの若者達をこの世的には見ないで天の戦士として見ています。私の子女も戦士とみなしています。互いの見方を変えなければなりません。ただの兄弟姉妹ではなく、自分は戦士だ、あなたも戦士だ。私は私の戦いを闘い、あなたはあなたの戦いを闘う。しかし助けが必要な時には助けて下さい、このようにするのです。

私たちが戦士であると思う時、日本で立ち上がった人々がいます、日本各地にサンクチュアリが立ち上がろうとしています。私たちは同じ目的で、同じ王のために、同じ王国のために、同じ闘いを闘っています。お互いを助け合う時、戦士として敬意を払い受け合うのです。すべての兄弟姉妹を見る時、私は感激します。全員がボランティアで奉仕しています。何かの見返りを求めている訳ではありません。同じ戦いの場に立っていることを知っているからです。同じ戦場に立つ時そこに戦士どうし互いに成すべきことが生じます。互いの傷を癒し、お互いのために仕え助け合うのです。互いのために幕屋を用意するのです。心が動かなければボランティアをする必要はありません。私は構いません。しかし自分も戦士であり周りにも戦士がいるとするなら互いに助け合うべきです。
多くの人が「私たちは優秀なAチームではありません、役に立たないCチームです。どうして神様はあなたがたのお傍に導かれたのでしょう」と言います。それに対して國進兄さんはこう言いました。
「あなたがたがAチームです!」

私が見る限り毎週、1週間経つごとに、世界教会の中で目覚める人々が多くいるのがわかります。難しい時であればこそ、誰かがやるべきことをやらなければならないと知っているのです。必要な人は安楽な時に信仰者を装う政治家ではありません。最も困難な時に戦場に立ち、悪魔に向かって悪魔だと言える人が必要なのです。
皆さんは真理のために立っています。勲章を求めているわけでもなく見返りを求めているわけでもありません。ただただ神の子としての義務感がそうさせているのです。
<完結>

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