2018年5月8日火曜日

真のお父様の聖和直後の隠された史話、陰謀◆キングスリポート4月21日(土)


真のお父様の聖和直後の隠された史話、陰謀


日頃無理しすぎており日々寝不足の偏頭痛と疲労吐き気に悩まされ、二代王が担当されない土曜日・水曜日のキングスリポートまでほとんど扱えなかったのですが、この4月21日土曜のエルダー部長のキングスリポートは聖殿の史話として記録に残さないと行けない重要な内容です。

この歴史的記録をサンクチュアリ週刊ニュースで翻訳して下さっていたので転載させていただき広く拡散させてい頂きたいと思います。歴史的記録を訳して下さりありがとうございます。

*4月21日キングスリポート 1:12:30~1:56:30までの英語原文のテキストがあります。files.constantcontact.com/2bd8186d401/f5d4c2f7-4b9b-4ea4-b577-805b0712e329.pdf

まずこのエルダ本部長4月21日のキングスリポートに対するパンザー会長のコメントからUnification Sanctuary- USA HIDDEN HISTORY after Father's Passing

パンザー会長天正宮と他の場所にいる幹部たちは,キムソクビョンを中心に,繋がっていました。彼は,文鮮明師の教会ではなく,韓鶴子氏の教会に属していると公言した男です。彼は,初めから,アボニムのために来たのではなく,常に,韓鶴子氏に従って来ました。

そして,共産党の委員長を,彼らは宣伝局長と呼ぶように,ピースTVの局長,全メディアの局長であり,教会の公式メディア,写真などを牛耳り,彼は,強い位置に居ました.彼は,毎日アボニムと韓鶴子氏に接する位置に居ました。そして,彼は,こうして接する中で,韓鶴子氏の信用を得たのです…


とにかく聖書のリマです。


トランプ大統領、聖書にも壁についての一節があります。

​壁を持っているのは'主権の区域'です。
​これが、主が行われている事です。 非常に驚きます。

マルコによる福音書

12:1そこでイエスは譬で彼らに語り出された、「ある人がぶどう園を造り、垣をめぐらし、また酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。 12:2季節になったので、農夫たちのところへ、ひとりの僕を送って、ぶどう園の収穫の分け前を取り立てさせようとした。 12:3すると、彼らはその僕をつかまえて、袋だたきにし、から手で帰らせた。 12:4また他の僕を送ったが、その頭をなぐって侮辱した。12:5そこでまた他の者を送ったが、今度はそれを殺してしまった。そのほか、なお大ぜいの者を送ったが、彼らを打ったり、殺したりした。 12:6ここに、もうひとりの者がいた。それは彼の愛子であった。自分の子は敬ってくれるだろうと思って、最後に彼をつかわした。 12:7すると、農夫たちは『あれはあと取りだ。さあ、これを殺してしまおう。そうしたら、その財産はわれわれのものになるのだ』と話し合い、 12:8彼をつかまえて殺し、ぶどう園の外に投げ捨てた。 12:9このぶどう園の主人は、どうするだろうか。彼は出てきて、農夫たちを殺し、ぶどう園を他の人々に与えるであろう。 12:10あなたがたは、この聖書の句を読んだことがないのか。
『家造りらの捨てた石が
隅のかしら石になった。
12:11これは主がなされたことで、
わたしたちの目には不思議に見える』」。

これは,イエス様が当時,語られた例えです.僕とは,神様が遣わした預言者であり,ユダヤ人が,痛めつけ,時には,殺害した人達を語っておられることは,聴いていた律法学者やファリサイ派の人々には,明白でした.神様は,最後に,ご自身の息子,独り子イエス様を送られますが,農夫たち,即ち,聖職者たちは語ります.
「これは跡取りだ.さあ,殺してしまおう.そうすれば,相続財産は我々のものになる.」

私が,読んだ聖句は,私達に確実に共鳴していませんか.アボニムは,後継者をぶどう園において指名されました.でも,聖職者たち,つまり,韓国教会の幹部たちは…米国教会の幹部たちは,基本的に,僕の僕です.韓国語を話せないし,韓国で何が起こっているか,知りませんでした.最高委員会に参加していた,トーマス(トム)・ウォルシュのような人は,韓国における動向を理解していたと思われますが,手掛かりがなかったようです.彼は,実際に決定を下している舞台裏の議論には,加わっていなかったので,何が行われたのかについて,手掛かりがありませんでした.

天正宮と他の場所にいる幹部たちは,キムソクビョンを中心に,繋がっていました.彼は,文鮮明師の教会ではなく,韓鶴子氏の教会に属していると公言した男です.彼は,初めから,アボニムのために来たのではなく,常に,韓鶴子氏に従って来ました.

そして,共産党の委員長を,彼らは宣伝局長と呼ぶように,IPeaceTVの局長,全メディアの局長であり,教会の公式メディア,写真などを牛耳り,彼は,強い位置に居ました.彼は,毎日アボニムと韓鶴子氏に接する位置に居ました.そして,彼は,このように接する中で,韓鶴子氏の信用を得たのです.

彼が,権力の座に登るために特に重要だったことは,ヘリコプターの事故でした.皆が,アボニムを一刻も早くヘリから救出しようとして,山に登り,ヘリから離れると,ヘリは炎上しました.しかし,キム・ソクビョンは韓鶴子氏に集中し,彼女を背負って移動しました.

彼女が彼を命の恩人と信用したのは,明らかです.特に,彼はこの時から,アボニムが聖和されたらすぐに,教会とアボニムの基盤を支配しようとしている者達の間で,強い力を持ち始めました.アボニムが聖和される前に,アボニムのみ言の何処を改竄するか,そして,祝福やその他のものを支配することを画策していました.

私は,今になって思い出します.誰かが,何か少し変に感じることを言ったことを,時々,振り返り,分かっても,当時は追及しませんでした.今,皆さんは振り返り,分かるのです.「そうか.それが,彼の言っていたことだったのだ.」

2012年8月の半ば以降,アボニムは陽暦の9月3日に聖和されましたが,国進ニムと亨進ニムが,アボニムの聖和式の計画の準備を始められたことを覚えています.

もちろん,アボニムの息子であり,統一財団の長である国進ニムは,清平には他の力の中心があり,清平は,国進ニムや統一財団或いは教会には,決して従わないので,彼と二代王が,この計画の中心になることを明確にしたかったのです.当時の清平は,他の独立した権力機関であり,聖和式の準備をする権利を要求する可能性もありました.

韓氏が,このように言ったことが,一つだけ,報じられています.「良いです.統一財団と教会がどれぐらい良く準備できるか見ましょう.彼らがどれぐらいできるのか見ましょう.彼らを前に出して,させて見ましょう.」韓氏は,準備されたものを見る権利を残し,多分最後に,それをキャンセルして,清平の力の集団が,準備したものを通すつもりでした.とにかく,国進ニムは,これは韓氏が言ったことだと聞きました.

しかし,今振り返ると分かりますが,清平の集団とキムソクビョンがしようとしたことは,クーデターのプロットを描きながら,基本的に,国進ニムと二代王を前に出して,聖和式の全ての計画をしてもらうことでした.彼らは,聖和式の準備にとても忙しかったのです.なぜなら,既に,ただの計画ではなく,クーデターの実行を計画していたからです.そして,彼らは支配するための力を結集していました.

聖和式の前に,天正宮において,会議があり,私も参加しました.韓氏は言いました.「神様はもはや,神様とは呼ばれない.それは…」家庭連合が今呼んでいる名前ですが,私はここでは,繰り返しません.それは,クーデターの一斉射撃の一発目でした.あなたは言うかも知れません.それは,アボニムと後継者に対するクーデターの第一砲火でした.

次に,同じ部屋で行われた会議ですが,天正宮において,その部屋は,アボニムが訓読会をされた部屋でした.韓氏は会議を仕切って,人々を回り,喪中であることを印象付けました.実際,聖和の直後でした.約150人が集まっていました.私もそこに居て,彼女は人々を回り,事を印象付けました.

人々は,多くの国会議員が参加し,海外からも多くの人達が来て,数十万の人達が,整然と参列することを話していました.二つの場所がありました.一つは丘の麓の体育館です.もう一つは,丘の上です.私達数千人が丘の上に居るので,数十万の人達は,丘の麓に行くはずでした.

当然,私は国進ニムに従って,彼の行く所,何処にでも行きました.私の仕事でしたから.真の家庭の他の人達は,アボニムのご遺体に挨拶するために来た弔問者に,交替で挨拶をしていました.国進ニムがいらっしゃる時は,私もそこに居ました.彼は,数時間を上で,また,数時間を丘の下で,弔問者に挨拶をされました.一日に数千の人達が丘の上に登り,約10日間続きました.

聖和式の全日程は13日でした.アボニムのご遺体を丘の上で見られたのは,大体10日間でした.準備期間があったからです.そして,毎日,文字通り,数千の人達でした.いろいろな理由から,私達は弔問者の数を制限しました.喪の期間に,数万の人達は,ご遺体を見ることができ,数十万の人達は,丘の麓の体育館で,参列し,敬拝をしました.

論理的に,正しく作戦の展開でした.山の中腹の一本道でした.人々は,バスに乗ったり,車に乗って来ました.バスの出入りも論理的な展開でした.人々は列になって,何時間も待ちました.全く,展開でした.

会議において,韓氏に名指しされたリーダーが,どのように,論理的な展開が成功しますかと,聞いていました.

花は,信じられない程きれいでした.皆さんが式典の写真を見たかどうか知りませんが,花を飾る専門の会社が日本から来ました.当然,費用は高かったですが,彼らは数万の花を持ってきて,信じられないような方法で飾りました.私が,今までに見た中で,最も信じられないような花飾りでした.そして,もうこのような花飾りは,見られないだろうと思いました.そして,何人かがそのことを話しました.

当然,世界中で,聖和の追悼行事が行われました.二代王は,この喪中に,平壌を訪れ,北朝鮮政府の公式弔問者とアボニムの生き残っておられるご親族の弔問を受けました.彼らは,その間に亡くなられたと思います.

また,この間,二代王が,政府の要人でなく,民間人として,ソウルからピョンヤンに,陸から渡った数少ない人になったことは,大変なことでした.それは,考えられない程,僅少なことであり,二代王は,それを許された僅少な民間人となりました.

そうするためには,韓国在住の国連の司令官の許可と,さらに,北朝鮮政府の許可が必要です.そして,北朝鮮の軍司令官の命令に従わなければなりません.双方が同意し,許可しなければできません.二代王は特別な計らいで,この場合に限って,民間人として往来ができました.民間人の一般のルートは,北京経由または,ウラジオストク経由です.

それは,とても印象的で,歴史的な出来事が,喪中期間に起こりました.誰かが,そのことを話していました.

しかし,韓氏は最後に言いました.「ああ,君達は,一番大切なことを忘れました.」皆は,疑いました.「一番重要なこととは何ですか.」彼女は,「一番重要なことは,私の母です.霊界におられますが,母があの体育館を建てました.」

もちろん,彼女は実母である,大母ニム(洪順愛=ホンスネが本名で,アボニムが下さった,雅号が大母ニムです)のことを語りました.大母ニムは,金孝南氏を通して,働かれ,資金を集め,体育館を設計し,建設しました.私は,韓氏の言葉を覚えています.「あの体育館がなければ,どうなっていたでしょうか.ソウルの中心部か何処かのホテルで,この儀式をすることになっていたでしょう.」

座っていた私は,驚きました.この時は,私はまだ韓氏に忠誠を尽くしていました.私は,何か変だと思いましたが,彼女を疑うことは,断じてありませんでした.しかし,彼女がそのような外的なことに集中しているのは,変だと思いました.途方もないもてなしがあり,準備をして下さった国会議員や政府の要人に対するもてなしがあり,催事に来て下さった人達へのもてなしの実りがあると言うのに.

とにかく,彼女は間違っていました.彼女の母,洪順愛氏ではなく,全ては,アボニムの祝福によってなされました.アボニムの祝福の力が,清平を成功に至らしめ,清平への献金をもたらしたのです.アボニムが祝福していなければ,日本の食口も献金をしなかったでしょう.それは,主に日本のものであります.米国人や韓国人の清平への献金額は,日本人に比べて,僅少ですから.

個々人は,可能な限り,全てを献金しましたが,日本人と比べると額は少ないです.日本人は,アボニムの祝福がなければ,献金をしなかったでしょう.信頼は,洪順愛氏或いは,大母ニムではなく,韓氏は,その時,このことを言うべきでした.

これが,私の気づいた,このクーデターの第二砲火でした.私の気づいてない,多くのことが進んでいました.

二代王は語られます.彼と真の家庭の人達が,韓氏に呼ばれて,韓氏に尋ねられました.「私を誰だと思いますか.」二代王は,応えました.「あなたは,勝利された真の母です.」彼女は言いました.「違います.私は神様です.」二代王は,仰天して言われました.「いけません.そのようなことは言わないで下さい.」このようなことが,裏で進んでいたことを,私や他の祝福中心家庭は,全く気づきませんでした.私は,当時,物理的には,国進ニムにかなり近かったのですが,どんなに近くても,そこには,交差しない明確な一線があります.

とにかく,私は第二砲火に気づきました.私の知る,第三砲火は,二代王は確認できないと言われますが,私の再調査からは,9月30日に,彼は韓国教会長の位置を失いました.それは,韓国の2012年の秋夕(チュソク)の日でした.

そのことをどう聞いたのかよく覚えていませんが,その日,私は居なかったのですが,韓氏が,地区長達や長老達を,天正宮に集めて,彼を,韓国教会長から,離任させるように指示し,皆は同意しました.

その時から,私の韓氏への忠誠心は崩れ始めました.その時までに,私は,彼女が自分の方向に進み始めたと見ました.すでに述べた二つの会議において,彼女はアボニムとは違うことを表明しました.「アボニムは,皆さんに愛をもって対しましたが,私は,そうではありません.」そのような感じです.

彼女は,既に違った道を進んでいることを表明しました.そして,彼女は,「アボニムのみ言は磨かれていないダイヤモンドで,彼女がそれを磨く」という類推を始めました.そのような話が出てきて,当時,私は,彼女の意図がよく分かりませんでした.しかし,今ははっきり分かります.彼女の意図は,み言を,自分の好きなように編集し,改竄することでした.

当時,私達は分からなかったのですが,今は分かります.彼女は,数か月前から成和社に行き,アボニムの御言集の後半,つまり,彼女と翼下の韓国のリーダー達には,不都合な箇所を,改竄させました.彼女は,教会の出版会社である成和社を握っていました.すでに発送された書物の,問題となる箇所を含む物を全て回収し,彼女の許可しない,不都合な箇所を全て,削除して,再度出版しました.

このことは,アボニムがまだ,ご健在の時に実行されました.彼女の意図する「ダイヤモンドを磨く」或いは「ダイヤモンドをカットする」または,正しい表現が,成されたのです.

10月には,彼女は,特定の組織を直接支配することを,どんどん語り始めました.11月15日に私が会議に出たことは,既に何度も話しました.

その年の12月30日か31日に,日本で,梶栗氏の聖和式がありました.彼は,国進ニムが,拉致問題と日本政府が教会に対して,根本的に厳しくなっていた際,日本を支援して下さった時に,日本の会長をされていました.国進ニムは,その時,教会の改革を支援し,政府が教会を潰さないようにしてくれました.

梶栗氏は,その時の日本会長でした.そして,彼は病気でした.彼が,会長になった時,既に不治の病でした.いつまで務められるか,疑問でした.梶栗氏は,一度だけ,国進ニムに日本語で,間接的に告げました.「私は,いつ亡くなるか分かりません.後継者を指名して下さい*.」しかし,彼は亡くならず,医師や本人,そして,他の人達が思うより,ずっと長く続けました.とはいえ,2012年の暮れに,彼は聖和され,30日か31日に,聖和式が,日本の本部教会でなされました.

国進ニムは聖和式に参加され,基本的に,弔辞を語られました.国進ニムは,韓氏がどうなっているか分かっていました.韓国に戻ると,韓氏は,国進ニムに,もう日本には行かないように指示しました.彼女は言いました.「私が,直接日本を主管します.」「私が直接主管します.」と三度も言いました.彼女は,全権を自分に集中させ,1月の初めには,国進ニムが,もう日本に行かないようにしました.

その時,国進ニムは,そうなることが,はっきり分かっていましたから,聖和式で語ったとき,日本食口にどうなるかを語りました.彼は,日本の教会は,食口達のニーズに応える必要があり,教会は,まず,そのニーズが何かを見出さなければなりません.そして,そのニーズを満たし,教会は,献金の負担を(正確な数値は分かりませんが),年に10から20%まで,減らすべきであると言われました.

彼は,アボニムと話して,日本が払うべき蕩減は終わったと聞いたことを,話されました.日本は,そこから解放されました.彼は,その話を,私が呼ばれた際に,語りました.

とにかく,彼は,韓国に戻るとすぐに,日本に対する責任から,解放されました.物事は,どんどん変になりました.私は,1月に家庭連合への献金を辞めました.私は,まだ統一財団で働いていました.国進ニムもそうであり,私は,彼のフルタイムの通訳でした.

そして,3月の初め,国進ニムは米国に来られました.彼は,韓国で働いている間も,普通に米国に来ていました.彼は,米国での事業があったからです.彼は,アボニムと協定があり,彼は,アボニムのために韓国で働き,米国の会社,セイロとカール銃器を時々,続けるために,米国に戻っても良いことになっていました.

彼は,韓国を離れ,3月の初め,時々米国に戻っていました.もし,私が呼ばれ,私か他のスタッフが行けば,他の旅程になっていましたが,彼は,二度と韓国には戻りませんでした.

彼が出発してすぐに,彼を統一財団の理事長から解任する動きが出ました.今,統一財団の規則によれば,理事会は,理事長によって招集され,会議の時間と場所は,理事長によって決められます.

理事会には,7人の理事がいます.理事の多数が,理事長に会議の招集を諮ります.それは彼らの権限です.4人が要求すれば,会議は開かれます.しかし,規則によれば,会議の時間と場所を決めるのは,理事長の専権事項です.三月に,4人の理事が会議を要求しました.

初めははっきりしていなかったのですが,後で,段々分かりましたが,この会議の目的は,理事長の解任決議でした.規則によれば,国進ニムを解任する会議は,彼の責任であり,会議の時間と場所を決めるのは,彼の専権事項でした.だから,彼は会議を招集しました.彼は,ニューヨークのカール銃器の近くで,土曜日のある時間に招集しました.確か,3月23日だったと思います.

しかし,4人は言いました.「いいえ,私達は,この会議を天正宮で開催したいのです.」彼らは,韓氏の指示で,彼女の眼の届く範囲で,会議を開催するようにしたことは,明らかです.彼女は,自分のしたいことを,彼らがすることを確認したかったのです.でも,国進ニムは動きませんでした.そして,3月23日には,奇妙なことが起こりました.

4人の反逆者,裏切り者は,天正宮に行き,真の家庭の3人の理事は,米国に来て,カール銃器本社の近くのホテルに集まりました.3人では,定足数を当然満たしていませんが,4人居ました.彼らは,多数でしたが,理事長が招集した会議ではなかったので,規則を遵守した会議ではなかったのです.しかし,彼らは前に出て,投票し,理事長解任の決定を通過させました.そして,確か月曜日に,彼らは,このようなことを登録している役所に行き,この決定を登録しました.

従って,それは,国進ニムを解任するための不法な会議でした.今,国進ニムは,理事長の位置をアボニムからいただきました.投票によって統一財団の理事長になったのではなく,理事会の権威によるものではなく,アボニムの権威によって,理事長になったのです.アボニムは,彼を決して解任しませんでした.厳しい規則の元,国進ニムは,今日も,なお統一財団の理事長です.統一財団の正当な理事長です.

今日,統一財団を動かしている人たちは,天法に照らしてと私は言います,韓国の法の下で,世の中の法の下で,強奪者です.会議が不法であっても,それは登録され,役所が登録を受け付けました.7人中4人が,理事長の解任に投票しました.その時の弁護士の説明では,役所は,規則の詳細まで関与しないし,会議が不法であったか否かには関わらないということでした.

もし,国進ニムが,挑戦したいなら,彼は,統一財団に対して,世の中の法の下で,位置を復帰するために,専任弁護士を雇う必要がありました.彼は,そうしませんでした.

国進ニムが,世の中の法の下で,統一財団の理事長から解任されたのは,3月でした.朴普煕氏(パクポーヒ)の弟である朴ノヒ氏が,理事長に就きました.彼は,4人の投票者と共に,強奪者です.

今日,統一財団の理事長は誰でしょうか.私は,キムソクビョンと思います.チェユンキは一時的でした.強奪者の元凶は,キムソクビョンであって,その位置にいます.IPeaceTVの局長でした.クーデターを起こした,このようなリーダーがその位置にいます.私はそう思います.私は,家庭連合のリーダーの動向を間近にフォローしていませんが,それが,進んでいると思います.

強奪者が関与しており,当然,同じことが,二代王にも言えるのです.アボニムは,二代王を韓国教会長に指名されました.アボニムは決して,彼を解任していません.だから,今の教会のリーダー達は,強奪者です.勿論,二代王は,2015年2月(8日)に彼らを全員,解任しました.多くの人たちを,説教の中で,解任しました.

とにかく,私の考えでは,ぶどう園の聖句において,農夫達は,自分達が相続財産を奪うために,後継ぎを殺害しました.彼らは,相続財産を奪うために,後継者を放り出したことを,私たちは知っています.ここで,何が起こりますか.

「さて,このぶどう園の主人は,どうするだろうか.戻って来て農夫たちを殺し,ぶどう園を他の人達に与えるにちがいない.」

その通りです.その通りです.その通りです.

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