2018年1月15日月曜日

政治的情報操作をするツイッター ■ キングスリポート1月12日(金)

政治的情報操作をするツイッター
チャット速報英韓訳からの翻訳:虹の王国宗族王 監修:Hyungjin_Faclub

ようこそキングスレポートへ。
今日の天一宮の天気は本当に暖かい天気です。
​しかし、明日は気温が急にパッと落ちるようです。それで雪のニュースもありますね。
今夜は雨や雪が混ざって降るそうです。
​時間が経つにつれ、天気がアップダウンしていますね。
トランプがツイッターで「クソ」という悪口を言いました。

“Why are we having all these people from shithole countries come here?”
「なんでこんなクソ溜め国家からやって来る人間を受け入れるんだ?

​それで左派が大騒ぎしています。大統領が、大統領が....と言いながら、自分たちが今までしてきた悪口はすべて忘れてね。
この事件が最大の重要なスキャンダルになりました。笑
トランプは、今までずっとこの左派既得権ワシントン派と長い戦いをしてきたし、彼らの非論理的な内容と嘘に、怒って当然です。
トランプが国連の基準によると、ハイチの国は住みにくく本当に良くない国である反面、ノルウェーは、誰もが住みたいところであるという発言をしました。
これもまた、トランプが人種差別主義発言をしたと大騒ぎをしています。
今見えるゴミは、ハイチ国の一場面です。
トランプ大統領は、ハイチの国(黒人)が、人々が住みたくないところだと言いましたが、絶対にハイチの人たちに何かを言ったのではありません。
ジェームズ・オキーフ潜入取材記者が、今回非常に大きなことをやり遂げました。
自分が今までした、その如何なる潜入取材ドキュメンテーションより、もっと大きな仕事をやり遂げたと、ジェームズ・オキーフは話しました。
これは、ツイッターがどのようにトランプを支持する人たち(の意見)を定期的に、繰り返してツイッターから取り除き、反トランプ支持者を督励してきたのかを、前ツイッターの従業員によって暴露されました。
では、みんなで、ジェームズ・オキーフ氏のツイッターの暴露の潜入取材のビデオを見ましょう。
​ビデオ映像が出てくるのに時間がかかりますね。

今ご覧の方々は、前ツイッターまたは現ツイッターで勤務しながら、ツイッターに上がってくる内容を検閲する人たちです。
ツイッターは自分たちが政治的に中立だと言います。
​しかし、それは事実でしょうか?
​人々はトランプ大統領のツイッターをどうしたらいいか、常に困っています。
ほぼ50対50というべきでしょうか?ほぼ50%は、トランプ大統領の口座を封じたがります。
モ・ノライ氏は以前ツイッターの内容を点検する仕事をしました。
内容を点検し、その人が嫌悪発言をしたと判断したら、その人の口座(アカウント)を閉鎖する仕事ですね。
​彼が言うには、トランプ支持者を選んで、故意に口座を閉じた事実を暴露しました。
口では、ツイッター上で嫌悪発言を防ぎ、健全な言論の自由をすべての市民に与えるために、このように検閲が必要だと言っていましたが、モ・ノライ氏の言葉は異なります。
彼は、ツイッターが裏では政治的左派色を持って、親トランプに罰を与えているといいます。
アブ一ハナブ氏は、ツイッターで以前ソフトウエアエンジニアのチームにいました。
​彼が言うには、ツイッターは明らかにしないませんが、裏でアカウントをわからないように閉じるようにすると言いました。
その話は、そのアカウントの所有者は、自分のツイッターのアカウントが閉じられたことも知らずに、ビデオや写真を上げて、ツイッターでの活動をし続けるけど、他の人たちは、彼のツイッターの活動を全然見れないようにするのです。
また、他の検閲方法は、アルゴリズムを利用し、消音処理とか優先順位を定めたりすることを自動的にできるようにします。
また、「良い」の数が見えるのも、外の視聴者が見る時、保守の意見と繋がっている場合は、造作が可能だということです。
このような検閲は、社会主義の結果です。
左派たちは平和、平和を叫びます。
しかし、自分たちの政敵については、銃器をすべて奪って、彼らがどうなろうが、全く関係ないのです。
いや、自分たちの手に血を付けずに、中央政府を大きく作って(共産主義政府)
ヤクザたちの手を借りて、自分たちの政敵になる保守主義者たちを一掃してしまうのです。
​左派たちは自分たちが常に道徳的に優れていると言いますが、彼らの汚い腹のうちは、本当に偽善です。
今日はこのオキーフ氏のベラタスビデオを見ながら、多くのベータ男性をみます。
​自分の脳の能力で、世の中を主管できると思う人です。
彼らは、自分たちがブルーカラー労働者(肉体労働者)よりも、優位にいると思っています。
​これは完全な錯覚です。
このような左派のベータ男性は、コンピュータの後ろから、保守派の銃器所有の人たちに喧嘩を売りながら、「私は無敵だ」と思いますが、真正面から堂々と戦える人たちではありません。
ツイッターは政治性向を離れて、政治的中立であると、自分たちの会社の方針では言いますが、実際にはそうではありません。
​ツイッターのこのような行動は、典型的な左派の行為です。
左派たちが、自分たちは常に中立的であると言うのを見ると、本当に可笑しいです。
アルゴリズムのス検閲過程は誰を狙ったことだと思いますか?
​私が見るには、共和党です。
​ツイッターは、自分たちがすべての人々がすべての意見を交わす場と言っていながら、
このように透明性がないということなのです。
左派は自分たちは完璧だと言いますが、今回のツイッターの取材ビデオを見ると、絶対そうではないようです。
検閲というのは政治的な現実です。
​そして検閲は、社会主義の代表的な中央政府集権化の根幹になるものの一つです。
​そして、社会主義政権下では、検閲と情報規制の正当性を証明し出す多くの知識人たちが存在するし、また、その検閲の過程を可能にするエンジニアリングコンピュータの専門家たちが溢れます。
そして、このような社会主義を支持し、検閲と情報遮断を助ける知識人と技術者は、ベータ男性たちだから、自分たちがそのような検閲を助長しながら、それはアルファ男性を怒らせ憤怒させるという事実と、喧嘩を仕掛けているという事実を知りません。
結局、これらのベータ男性は、自分たちが政府をバックに自分たちがあまりにも強力であると思いながら、より多くの女性に自分をアピールしようとしているのです。
​ベータ男性はアルファ男性と競って戦うことができないから、そうして自分たちがもっと多くの性を享受したがるのです。
​最終的には、それを彼らが望むことです。
愛国者は、このような社会主義左派が徐々に進行している人権侵害の社会助長が、最終的には、保守を強制収容所に押し込んで除去するだろうと言うことを知っています。
だから、命を懸けて戦うのです。
このバンディ牧場の事件を見ると、アルファとベータの男性たちの戦いがどう進行されるのか、その過程をよく見せてくれます。
また、ベータ政治家はアルファ男性である警察を利用して、他の愛国者のアルファ男性と戦わせて、自分たちは後ろに逃げます。
​フエミニストたちも同じです。
自分たちが行進をするといいながら、人々を押しのけ、人々の目の前で声を上げたりすると、結局はそれは、人々に物理的な戦いをしかけることです。
​単にけんかを仕掛けて逃げることはできないのです。
​兜勇士はできないのです。
(ビデオ)
この方たちは、自分たちが平和的に保安官のところに行って話をしたいと言いました。
​そして車から手を上げて出てきたのに、銃で撃ってしまいました。
​銃に撃たれた人が、雪の上に横たわっていますね。
これは殺人です。
この特殊警察は罪もない市民を殺しました。
これは去年あった出来事です。
​トランプ政権が入ってくる前に、オバマ政権の下で特殊警察がこのような行動をすることが許されました。
いや、その罪のない市民が手を挙げて車から出てきたのに、なぜ銃で撃って殺すのですか!!
このような警察たちが、自分勝手に人々の命を奪うことができると思うのは、肥大化した中央政府の横暴です。
こうであるから、我々が訓練をすることがとても重要です。
武術の訓練とか総合格闘技や射撃訓練とかナイフ訓練などすることが重要です。
​左派は、自分の論理に、論理もありません。
他の男性と戦うことも恐れるし怖がります。
​「うん、私はトランプがとても嫌い」というゲイのような人を見ると、彼らはそのように自分を装わなければ、絶対に、絶対にアルファ男性と争うことも、勝つこともできないということをよく知っているからです。
​(休憩時間)
◆今日の聖句は、マタイ福音書10章16節です。
16 私があなたがたをつかわすのは、羊をあオオカミの中に送るようなものである。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直であれ。
17 人々に注意しなさい。彼らはあなたがたを衆議所に引き渡し、会堂で鞭打つであろう。
主は弟子たちが善のために、主のために立ち上がると、迫害を受けることをよく知っていました。
​主の愛は、悪の癌細胞を切り取るために、私たちの霊に、私たちの心に育つ癌細胞を主は切り取ってくださるので、悪は主を憎み迫害して嫌悪するのです。
​また、主中心の資本主義は、人々を分別できます。
他人に仕える人々と、他人に仕えない人に分けられて、その結果に責任を持たせます。
自分の労苦と、自分の自由に責任を負わせます。
大部分の人は良い人です。
彼らは、政府の干渉なしに、難民を侵入無しに、 ツイッターに自分の些細な日常を上げ、他の人に悪いこともしたがりません。
ほとんどの平凡な人々は、自分が一生懸命やって、結果が良くなければ、それを受け入れ、次にもっと努力します。
自分の努力によって結果が変わることも受け入れます。
しかし、スーパーエリートの既得権は違います。
一般の人たちの性向とは異なります。
権力を追求し、結果が、自分たちが願ったように出なければ、他の人の腕を捻り、事実を造作してでも、自分の願った結果を作ろうとします。
その過程で悪と迎合するのは基本であり、自分が悪とにるのは予想された結果であります。
自分たちが有名名門大学を出たと思いながら、スマートな脳の能力があるから、
私がこう言えば、この愚かな人々がよく聞くだろうと、私は良い大学を出たとてもスマートな人だから、私が銃を出せと言えば皆が銃を出すから、米国で銃器所有を無くせるだろうと勘違いしているヒラリーだったのではないですか!!
アメリカの市民はそんなに愚かではありません。
自分の王冠を、鉄の杖を、他の誰にも奪われずにしっかり握りました。
彼らは絶対に権力者たちと戦おうとするのではありません。
しかし、バンディ牧場でのように、彼らの平和な日常を(バンディ牧場が先祖代々で使った来た草原を使うことを連邦州政府が禁止させようとした。オバマ政権の傘下で、警察と強く対峙、法廷攻防― >トランプ大統領はバンデイ氏を赦免した)脅されれば彼らは命をかけて戦わざるをえないのです。
実は、カトリック教徒は戦わないかもしれません。
中央組織を逆らうことができませんから。
​しかし、主の能力を真に信じるクリスチャンは違います。
彼らは主のために受ける迫害を、謙虚に受け入れる準備ができているのです。
​私は絶対に内戦を支持するのではありません。
​しかし、もし中央政府が市民の自由と権利を奪っていこうとしたら、それは命をかけて戦おうという決心です。
ヨハネの黙示録の主と共同相続人たちという言葉は、鉄の杖で共同相続人になることを言うのです。
​この天一国憲法に書かれているかのようにです。
ヨハネの黙示録3章12節
勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼のうえに、わたしの神の御名と、私の神の都、すなわち、天と私の神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを書き付けよう。というみ言が12節に出てきますね。
​主は別の名で来られるというのです。
​そして天一国の憲法を定め、その天一国を建設しようというのです
(休憩時間)
今日は本当に暖かい天気ですね
そのうち、今夜から気温が完全に下がります。
だから、風邪に気をつけてください。
ペンシルべニアの州知事が州戒厳令を出しました。
​麻薬との戦争がその理由でした。
ヘロインとアヘンが危険だからだと言いました。
昨日のティム本部長が弁護士との会話の中でわかったことですが、ジョシュア弁護士はペンシルベニア州では、州戒厳令がだされると、法案6107件に出てくる、銃器規制をすることになると言います。
​通常は、ペンシルベニア州では銃をオープンに携帯をすることができますが、このように州戒厳令が降りれば、銃器携帯免許証がない限り、銃をオープンに携帯することができません。(銃が他の人に持たされること)
​服に隠して銃を携帯する人々には、関係ないそうです。
ウルフ州知事は、自分の州戒厳令は銃器所有権に全く影響を与えないと言います。
​しかし、そのウルフ州知事の言葉は、間違っています。
​もしハンターが銃を他の人に見えるように持てば、銃携帯免許証がなくても、散弾銃を持ち歩くことができる権利がペンシルベニアにあります。
​しかし、今、州戒厳令の法案によると、ハンターがその銃を外側に携帯していたら(銃免許証なしで)、政府がその人の銃を押収することができるようになるということです。
​これらのことは、政府が徐々に徐々に銃器規制を人々が受け入れることができるように
​トータルレッテル(つま先立ち歩き)方式といいます。

・米国のメディアの偏見は、世界で最も悪いレベル、というタイトルの記事
​・犬が今後の人のように話せるかもしれない?
・ウォルマートが自分の会社の最低賃金を1万1千ウォンに上げました。
​・ナイジオル・パラチ氏は、英国がブロックシート(ヨーロッパ連合からの独立)を再挑戦するだろうと言いました。


(休憩時間)
◆今日は特殊部隊員として戦われた戦争勇士であり、自営業の経営されているトムチーフ氏を迎えました。

チーフ氏:いつも私を呼んで下さって、光栄です。
2代王様:今年初めにトランプ大統領は習近平と取引をしましたが、米国に亡命した習近平の頭痛い中国の金持ち亡命者を(江沢民の人たち)習近平に渡して、
北朝鮮を打つ許可をもらうことを取引しているという話が出てきています。
どう思いますか?
チーフ氏:私は、北朝鮮がこのような政治攻防の中で、自分たちの時間を稼いでいると思います。
そうすれば、自分たちの武器をさらに精密に作ることができるからです。
そうしてこそ、もし北朝鮮が韓国を攻撃する場合、より多くの損傷を国に与えますから。
2代王様:北朝鮮から最近、板門店を越えてきた一人の兵士の健康状態は悲惨です。
北朝鮮は飢餓に苦しみ、寒さに苦しんでいます。
そして金正恩独裁はひどくなるばかりで、絶対良くならないでしょう。
チーフ氏:これまでアメリカの歴代大統領たちも、北朝鮮との問題には無力に接しました。
​彼らは北朝鮮の核問題をただ傍観していただけではなく、お金を支援しながら、支持したということです。
また、多くの人が心配しているのは、北朝鮮の火薬兵器の使用です。
また、国連は、今回は韓国を助けてくれないでしょう。
 
2代王様:中国は絶対韓国が統一されることを望まないでしょう。
​韓国が分立されたほうが、自分が干渉して、振りまわすのに良い環境だからです。
​米国によって、金正恩を消して変えた政権は、中国の棘のような存在であるはずです。
​米国の力が、韓半島で韓国を越えて北朝鮮にまで行くということは、中国が容認できません。
​中国が容認できないはずです。
今ハリウッドはパニックに陥っています。
自分たちが築いてきたすべてのものが、目の前で崩れています。
​芸能人ということだけで、人々が追っかける時代は過ぎました。
チーフ氏:はい、ハリウッドの赤いカーペットは、堕胎された子供たちの血で赤く染まっています。
今回ペンシルベニアで州知事の候補として出てくる女性は、自分がインディアンだと主張する白人女性です。
​その州知事候補を、我々インディアン組織は、告訴をしようとしています。
​インディアンという身分で、自分の大学授業料を二回も受けました。
そんな女性を告訴して、正義を取り戻さなければなりません。
​麻薬犯もその犯行に合った処罰を受けなければならないと思います。
​麻薬犯たちは、特殊部隊を送って一掃しなければなりません。
2代王様:私はこう考えます。
CIAが麻薬を生産して売るということは、絶対に役に立ちません。
​また、銃を規制するといいながら、銃とのテロをすると言いながら、結局は状況をもっと悪く作っているのです。
​10年の間、薬物を合法的に作ったポルトガルの良い例もあります。
​そして、ポルトガルの国の麻薬中毒率を減らしました。
この銃は火薬銃です。
銃薬ではなく、ブラック火薬が入る拳銃です。

2代王様:私は最近、クリック(照準微調整)銃を見ています。
クリック(照準微調銃)はマガジンが少し厚く、弾丸がより多く入ります。
​また、私も私の妻も銃を二丁を付けて歩くことを提案したし、訓練を行う予定です。
チーフ氏:私は照準をして銃を撃つことは、愚かなことだと思います。
​周辺の敵を探る機会もなく、こうするのは本当に自分を危険に陥れることです。
今日も私を招待して下さり、感謝致します。
2代王様:いつもチーフ氏と一緒にする日は楽しいです。
今日は雨が降るそうです。
レインコートを着て、外に出て、自然を楽しんでください。
神の王国が天に行われたように、地でも行われるその日まで
アーメン アジュー

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英語聖日礼拝鉄の杖の王国31月14日<ポイント訳3編>


Kingdom of the Rod of Iron 3

鉄の杖の王国3 1月14日<ポイント訳3編>

愛と正義と慈愛の神様と鉄の杖の王国


サンクチュアリ NEWS さんからの全文転載(ポイント)です。字幕化は2nd Israelさん。教会ブログであるため御言をコレクションしています。聖殿食口以外からも読んで頂いています。ありがとうございます


翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
鉄の杖の王国シリーズその3に入ります。
これを本にするときにははっきりと章に分けるつもりです。
また聖句をみていきましょう。繰り返し読むことが重要です。

この中でエマソン・エガリッチの「Love & Respect (愛と尊敬)」を読んだ人はいますか。
夫は妻を愛し、妻は夫を尊敬するという素晴らしい著作です。作者はこの本を書くにあたりたった一つの聖句をもとにしたのです、それはエペソ人への手紙第5章からでした。

夫は無条件に妻を愛しなさい、妻は無条件で夫を敬いなさいという、ほんとうに鍵となる聖句です。これは神様の戒めであり、選択の余地はありません。神様を信じ、神様に忠実であろうとする者である限り、どうこういうことができません。妻を無条件で愛するということ、時には愛し難い時もあるかも知れません、そういう時、夫は忍耐強く愛をもって変えるのです。またその逆に王妃(妻)からすると無条件に王(夫)を敬わなければなりません。見下すのではなく尊敬をもって夫を変えるというのです。これが大切です。男性である夫に口やかましくいうこと、これは尊敬を欠く行為です。

これは神様から頂いた戒め、命令だと知らなければなりません。だから実践するのです。いつもそれを完璧にできるひとはいません。しかしそれをやろうとしなければなりません。
神様の命令です、とやかく言えるものではない、選択の余地はありません。

著者(エガリッチ)の本のすべてはエペソ人への手紙第5章の中の聖句だけをもとにしているのです。この本も、そのシリーズもその聖句から湧き出たものなのです。まさに夫と妻の関係について鍵を解き放つような聖句だったのです。

われわれは王国の聖句、鉄の杖の聖句について学んでいますが、これは一つや二つの聖句どころではありません。それをみればイエス様が「福音」とは何かはっきりと話しておられ、それは「神の国」、「神の国(御国)」こそが良き知らせだとおっしゃっているのです。

またその神の国について、特に、再臨の時には鉄の杖で治められるというのです。もちろんキリストは愛の神様ではあり、その中心が愛であることは間違いありませんが、同時に鉄のつえで御国を治められるというのです。これはキリスト教会の一般の人々にはそれがどういうことか理解することが難しい。

どうしたらそうなるのか鉄の杖に関する聖句をみるまえに、「王国の福音」についての聖句を読むことにします。先週も読みましたがこれは「主の祈り」です。

マタイ6章
9 だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
10 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
11 わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
12 わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。
13 わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。

「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」この聖句は絶対的に重要だというのです。神の国は天界の国でもなく、霊的な国でもありません、死後に待ち望む王国ではないのです。これは実体的(物理的)な王国です。通常の伝統的なキリスト教神学ではこれを肉体の復活だと解釈します。つまり主イエスが戻られるとき、死人が墓も中から文字通り生き返ると、多くのキリスト教徒の兄弟姉妹は信じています。これは皆さんもご存知でしょう。そして肉体をまとってイエス様と一緒に地上で暮らすというのです。そうして千年統治に同参する。

天国が地上にくるということ、これが重要なことです。天界の王国でもなく、死後の天の王国でもなくキリストが地上で打ち建てる王国なのです。それは正義の王国であり、善の王国であり、愛と正義の王国です。しかしそこにはまた統治の鍵となる部分があり、それは王国の支配は鉄の杖によってなされるということなのです。

しかしクリスチャンの兄弟はそれがどういうふうに実現するのか理解できません。もちろん神様はこれを、原理を通し、天一国憲法を通して、万王の王の三大王権を通して明快に示してくださっています。愛と正義と慈愛の神様と鉄の杖の王国、それが何の矛盾もないことを示してくださったのです。

マタイ6章33節
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。

マタイ7章221節
わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。

ルカ4章43節
しかしイエスは、「わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。自分はそのためにつかわされたのである」と言われた。

イエス様ご自身が、私は神の国の福音を宣べ伝えるためにつかわされたとおっしゃっているのです。決して、「皆のために死ぬために来た」とか、「十字架に架かるために来た」などといっていない。われわれは、それによって霊的救いがなされたことは知っています。しかしイエス様はもう一度来なければならないのです。イエス様も私はまた来るといわれました、それは地上天国が来なければならないからです。

ルカ4章43節ではっきりとおっしゃっています。これは2000年前の文献です!なのにこれを誰も見ようとしなかったのです。誰もこの聖句を読みたがらなかったのです。これがローマ・カトリックの正統的神学、あるいはギリシャ正教の神学と一致しないからです。そうした伝統的弁証学と合致しない。

ルカ4章43節で、イエス様が自らの口で話しているではないですか。ここを避けて通ることなどできないのです。無視することなどできません。イエス様と聖書の権威は、この世のすべての教会にまさっているではないですか。それらは、その権威の下位にあるものです。

キリスト教の伝統、正統性、そのようなものにかかわらず、聖書はそれらを凌駕するものです。特にイエス様ご自身が語られたご自身のこと、宣べ伝えた福音の内容ともなればなおさらです。イエス様が最高の権威をもっているのです、いかなる教派も問題にならない、その下位に属するのです。イエス様はこう語られました。

わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。自分はそのためにつかわされたのである (ルカ4:43)

マタイ4:23では、
イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった

マルコ1:14では、
ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、
15 「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。

だから、神の福音とは神の国だというのです。
王国というのはバシリア(ギリシャ語)で、こればバシリウス、王という単語から派生したものです。民主主義でも社会主義でも共産主義でもないのです。マルクス主義でもない。王国です、王国。    

イエスが福音とは何かはっきりと言っていることが分かります。

福音は、神の国の福音なのです。

もう一度言いますが、福音は十字架の福音ではないのです。

通常のキリスト教神学からみれば、まったくの神聖冒涜でしょう。

伝統的に(十字架の福音だと)そういってきたからです。

また、それを用いて神様はこれまで救いの御業を行ってこられたからです。

しかしそれは、キリストが再臨するまでの話です。

(聖書で)神様は福音とは何だといっておられますか。

それは神の国だといっているのです。それを創建し、それを宣べ伝えるのが私がつかわされた目的だとおっしゃっているのです。しかし人々の不信仰によって神様は第2の道を進まなければなりませんでした。もちろん最終的に神様はそれを達成されるでしょう。神の国が創建されるでしょう。この聖句(神の国の福音)が消えることなどない、期限切れになることもないのです。

「福音」とはエウアンゲリオン、「良い知らせ」、「よい音信」という意味です。そしてそれは神の国のことなのです。福音のいう神の国・・・そこではライオンが羊と共に横たわる・・・いいですか、ライオンがオオカミと共に横になるとはいっていません。それは共産主義者の信条です。カトリック教会は基本的にライオン(獅子)がオオカミと一緒になる・・・と教えています。(イエス様がライオンだとすれば)自分たちは中央集権で支配するオオカミだというのです。(カトリック教会は)堕落の組織、ビルダーグループ、ダボスグループ、国際銀行家、巨大なマフィアのカルテルたちと結託する者たちです。教会を装いながらそういう者たちとグルになっている! イスラム急進派も同じです。一緒になって動いている。

神様はライオンがオオカミと共に寝そべるなどとは言っていません。ライオンが子羊と一緒に寝そべるといっているのです。

羊は羊飼いの声を聞きわけるのです。

だからイエス様ご自身が、神様が福音とは神の国の福音だとはっきりといっているのです。

そのとき、王は右にいる人々に言うであろう、わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国を受けつぎなさい。(マタイ25:34)

そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。(マタイ24:14)

これは説得力があります。

御国(神の国)が再び述べ伝えられるとき、それが終わりの時、最後だというのです。これが終末です。種ともみ殻がわけられるとき、山羊と羊がわけられるとき、その分別のときが今です。善と悪も分けられる。

世間を見ても、いまそうなっています。

善なる人はさらに、さらに善になり、キリストをより愛する人になっています。邪悪な人は暴き出されるとともにさらに邪悪になっています。その悪さ加減が先鋭化しているのです。まさにバルカン化(Balkanization)が起こっているようです。誰も中間位置に留まることができません。中間位置で隠れていることができないというのです。主権と全体主義のどちらを選ぶか、その中間で楽しく、お上品に隠れていることができません。

これが時のしるしです。この神の国の福音が説かれるとき、全世界に宣べ伝えられるとき、最後が来るのです。

イエス様が御国(王国)について話をされるとき、王国について教え、王国を治められるといいました。ではいかにして御国を治められるのでしょうか。どのようにして信仰者たちがキリストと共に共同相続人になるのでしょうか。神様といかに王国を統治するのでしょうか。

忘れてはならないことは、王国は神様と神様の愛、人類への神様の賜物が基礎にあるということです。神の国が打ち建てられた後も神様の本性は不変です。神様は創造の神であり、イエスという人に臨在される方です。神の国創建が実現した途端に、(独裁者の)フィデル・カストロや金正恩のような人間になるはずもないのです。アジアのポーキー・ピッグ(豚)にはならないというのです。

北朝鮮のバーベキューでは皆、樹の皮まで食べるのです。だから体内には何十センチもの寄生虫がいる。

神の国ができた途端に神様の本性が変わるわけはないのです。聖書には神様は永遠不変のお方とあります。だからその性質は変わらない。新約旧約の愛なる神が、神の国ができた途端に独裁の神になったりしないというのです。

キリスト教界の問題は、だれも神様による統治、鉄の杖の統治について語ろうとしないことです。愛なる神様がどのように鉄の杖で治められるというのか。また、どのように信徒たちが神の王国で王、王妃となってキリストの共同相続者になりうるのか。「あなたの冠がだれにも奪われないように」(黙3:11)

信仰ある者たち、生き延びた者たちは神様とともに立ち、地を受け継ぐというのです。詩編2:8に書かれています。

わたしに求めよ、わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える(詩編2:8)

それはわれわれが権力を誇示するためでも傲慢に、不遜になるためでもありません。

ただ、神様がおっしゃったからそうなるのです。

だから善人がしなければならないことは・・・それは私自身も乗り越えたことですが、すなわち、神様が相続権を与えてくださったら、それを受け取らなければならない、ということです。それは自己中心だからではなく、神様が選んで与えてくださった、ただそれだけの理由があるからです。分かりますか。

もしそれを受け取らない時には、神様がくださった相続という責任を放棄したら、サタンがそれを取るというのです。ほかの誰かが奪っていく。

皆さんは私の歩みをずっと見てきました。王座に座ることに大きな抵抗を感じたりもしたのです。私は一番末の息子です。そこにいる若い人たちもわかるでしょう。そんなことはしたくないのです。私は他にもいろいろスキルをもち、あらゆる格闘技を学んできた男です。それを人前では見せなかったのです。見せびらかすことが嫌だったのです。

しかしそうしなければなりませんでした。もしお父様の後継者、相続者として席に着かなければ、お父様、神様の選びに応えなければ、その席にサタンが座るのです。だから私に選択の余地はないのです。それが相続の難しい所です。善人は往々にして謙遜です。謙虚だからいつも「自分は相応しくない」という思いをもつのです。

しかし神様には、あなたが相応しいかどうか関係ないというのです。それは神様の判断基準にはならないのです。神様はもっと他の基準で判断されるのでしょう。われわれが相応しいかどうか、そんなことが問題ではありません。もしそうなら、山ほどのサタンが「自分こそ相応しい」と名乗りを上げるでしょう。むしろ、自分などとんでもない、と思う点を神様が取られるのかもしれません、「じゃあ、もう少しおまえを信じてみよう」となるのです。


お父様の文化は、巨大な天正宮やショッピングモールの文化ではありません―


Vimeo49:30
キリストによる王国支配を特徴づけるその定義は鉄の杖なのです!
それは鉄の杖なのです。そこを避けて通ることはできません。
この間、銃の展示即売会(GUN SHAW)に行ってきました。
行った人はいますか?
私は良い機会なので年長の息子たちを連れていきました。
息子たちも楽しんだようです。
展示会の会場に入って、銃の展示や会場に来ている人々を眺めていました。
そこには。サバイバルのグッズや釣り用具、そして銃器、関連するハンティングの装備やライフルなどを見ているうちに、その文化は、まさしくお父様の文化であることを思い出しました。
人々はそのことを知りません。
お父様の文化は、巨大な天正宮やショッピングモールの文化ではありません。
それらは韓オモニの文化です、それらはお父様の文化ではないのです。
お父様の文化はジャングルの中、汗して働く労働者たちと共にある文化、ボートに乗ったり、漁をしたり狩りをしたり、・・・ お父様が済州島でハンティング、イノシシ狩りをされる、そこで狩りをする人たちこそ、お父様が多く交わった人々でした。
こういう人々がお父様の周りにいたのです、イエス様も最初に漁師を伝道したではないですか。だから、われわれも「文化」の殻を破らなければなりません。まだ、(ハンティングなど)この文化に関わる人はエリート主義者が多いのです。必ずしもそれは悪くはないのですが、また、われわれもそれに習熟しなければなりません。しかしそれがサタン王国でのエリート主義者になる条件になっていないか注意しなければなりません。つまりそこで汗を流して働く人びとを歓迎しない者となっていないかどうか。
とくにアジア人は気をつけなければなりません、私もアジア人です。(アジア人は)階層に分けたがるのです。誰それは漁師だ、日焼けした労働者だと、その意味ではアジア人はとても差別主義者なのです。スーパー差別主義者です。黒人の中でも差別主義者はいる、それと同じものなのです。アジア人はアジア人同士でとても差別します。肉体労働者をみると、本当に見下すのです。相当な差別主義者だというのです。これは(過去の)中国の支配から入ったもの、サタンの文化です。
アジア人はそのことにかなり罪の意識も感じています。アジアの兄弟姉妹もいますが、十分に気をつけなければなりません。
われわれはお父様が愛した文化を愛すべきです。それを伝えていかなければなりません。
お父様が常にともにいた人びとはアウトドアを愛する人たちでした、ハンティングやフィッシング、ときには体臭もする。ジーパンと迷彩服で歩くものもいます。ベルトに銃をむき出して吊るして歩き回る者もいる。大きなゴム製の釣り防水つなぎを着てボートを操縦する者たち、その姿で教会に来る、鮭を釣ってきたといって。(笑)
そういう文化世界が、万王の王の生涯の一部でありライフスタイルだったのです。
ときにはホテルで会議を開いたりしましたが、それはお父様のライフスタイルではありません。
お父様は完全にアウトドアの人でした。
だから自分のイメージでお父様を描いてはいけません、それは罪です。ありもしないお父様の姿を想像で描くなというのです、本物のアウトドアの方でした。
アマゾンのジャングルのワニのことをいっているのです。
十代の子供がどうしてアマゾンのジャングルの奥地でワニやピラニアがいるところで釣りをするのかというのです。お父様がそこでされているから、私たちも行ったのです。そこに行って(お父様に)合流しなければならなかったのです、お父様の訓練に。
いやでも何でも関係ありません。ワニがうようよいる(アマゾンの)河で何も知らずに泳いでいたのです。私たち(兄弟)は、「ああ、あそこに滝がある」などとはしゃぎながら愚かにも泳ぎ回っていました。そこでアナコンダ(巨大へび)が泳いでいく姿も見ました。私たちはアマゾンのジャングルのど真ん中で川を泳ぎ下っていたのです。
「よく、川底のアカエイを踏まなかったな!」と現地の人に言われました。
足の立つところでは、われわれ兄弟は歩き回っていました。本当にバカなことをしましたが神様が守ってくださいました。どこに行こうとワニがいました。ピラニアも泳ぎ回っています。

とにかくそれがどれほど素晴らしい経験だったでしょう。お父様はそういう体験を、11才から13才の息子たちに味わわせられたのでした。 
サケ釣りにアラスカにも行かなければなりませんでした。寒い上に濡れるので皆が始終不平をいっていました。熊までいるし、何をしていいのかもわからずに、皆、ニューヨークから行ったのです!ニューヨークでスケートボードをしていた子供がアラスカでサケ釣りです。(笑)

ゴムの釣り着を生まれて初めてはきました。スケートボードをする場所もありません。
スケボーの公園がないのです!(笑)
小中学生の頃、そういう野生の地に行かなければなりませんでした。正真正銘の荒野です。
チニアックってどこでした?そこに小さな飛行機で行きました。ヤブの他何もないのです。それと鮭とクマ。そのような場所に小中学生がいくのです。
お父様はそういう荒野で訓練されたのだと思いますが、当時はいやでいやで仕方なかったのです。だから(当時)iPoneやiPadがあったなら一日中それで遊んでいたことでしょう。
えっ?(アラスカでは)通じないですって?
とにかく幼い時はとても行きたくなかった。一言でいうと、絶対嫌だった。
しかし今、振り返ってみれば、最大の恵みでした。私の中にまかれた種でした。成長するとともに、それが芽を吹き育っていきます。だからまた自然の中で自然を愛し荒野を愛することがたやすくできました。お父様がそうされたのです、そう訓練されました。
いやでもなんでも、年に一回は行かなければならなかったのですが、お父様の場合は年中、いつもいつも行かれるのです。ショッピングモールには行かない。(お父様は)荒野の奥地を好まれました。
私と共に苦難の時を過ごした皆さんにはわかるでしょうが、私にとって意味のある路程でした。
そこでお父様の臨在を感じ取ることができ、お父様と、お父様の文化に対する愛を再発見することができたのです、これは信じられない恵みです。われわれの文化をお父様の文化だと語ることをせず、お父様の文化に従うのです。フィッシングのトーナメントを開いたり、ハンティングのトーナメントも実際に行う。それを自分の種にする。
われわれは完璧ではありませんが、お父様が愛したものに対する愛が日ごとに深まっていくことでしょう。これはとても重要なことです。若者の中にもマーシャル君のように釣りを愛する者がいます。マス釣りに情熱を燃やして、マスを追いかけてあちこちの湖に出かけています。その姿を見るとお父様の釣りに対する情熱を彷彿(ほうふつ)とさせます。
アウトドアを愛することは神様の被造物の中にいることを愛することです。

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