2026年2月9日月曜日

菅井教はキリスト神学センスゼロの超絶勘違い異端教

 菅井教はキリスト神学センスゼロの超絶勘違い異端教


序文

お父様はこのように言っているとニセキリストを語る菅井教はサンクチュアリ教会宣教本部でも祝福の相手が菅井派であることを理由に破談、或いは離婚することは正当な理由として認められている公認異端教です。参照:日本サンクチュアリ協会の菅井教に対するアナウンス

文亨進牧師(二代王様)は菅井派にたいする警告や啓蒙をしなさいと指導しておられます。これはその指導にもとづくものです。

文亨進師は騙されて地獄に行ったものが悪いと明確にいっておられます。騙されて地獄にいかないようにしてください。

ペテロ第二の手紙第 2 章

1 しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている。
2 また、大ぜいの人が彼らの放縦を見習い、そのために、真理の道がそしりを受けるに至るのである。


菅井教、文亨進師の現代神学説明部分を文亨進師独自の神学と勘違


菅井氏: それで愛を相互間で応答するために人類が必要ではなかったのです。そのため神が人類を作る必要がなく、したがって、これ(人類を作ったこと)は神の完全な恩恵になるのです。これが現代神学の主たる結論です。

  **引用終了**

二代王様が語られているのは、創造前と言うだけではなく、神様がたった一人でおられ、対象を必要としていない段階から、キリストは共におられたと語っているのです。そこには神様の存在以外には、なにものをも存在していないのです。

しかし、二代王様は三位一体のシステムそのものから『愛』を相互間応答しているわけです。」と表現しています。この表現に、二代王様のみ言に込めた真意を理解するヒントがあるのです。三原氏の場合は、自分の理解力を超えてしまうと、「ただ信じればよい」と、天一国基準にあるまじき思考展開になってしまうのですhttps://kuruto.muragon.com/entry/332.html


以上の菅井教ついて分析します。

菅井教は、「二代王様が語られているのは」「二代王様のみ言に込めた真意を理解するヒントがある」と断言しているのですが、え?その文亨進師の説明は現代神学の説明であって、文亨進師の自説ではないのですが?と驚きます。


その解説の前に、菅井教の得意技、詐欺捏造から説明します。


「ただ信じればよい」誰が言った?菅井氏の得意技、嘘捏造詐欺

菅井教は面と向かって、こんなことは文亨進師(二代王様)には言えないので、文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を純粋に素直に信じる我々をバカにするのですが、実質は文亨進師(二代王様)に向かって罵り喧嘩を売っているのです。文亨進師を心底見下し詐欺暴力する菅井教


上の写真の通り、「純粋に素直に信じる我々」と書いていますが?どこに「ただ信じればよい」と書いていますか?

我々は文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を純粋に素直に信じています。

だから、今までの文鮮明師の教えてとかなり違うので、我々は懸命に文鮮明師の遺言ともいうべき夜の神論を研究しています。文亨進師と文信俊師でさえも研究しておられます。

それを「ただ信じればよい」と言ったと?


菅井教は「純粋に素直に信じる」を「ただ信じればよい」と捻じ曲げ、得意の嘘をついてきましたが、ここに菅井教の文亨進師を心底馬鹿にしている本音が爆発しています。

『「純粋に素直に信じる」だと?何ておろかで馬鹿!俺の比喩解釈が文亨進二代王より優れているのだ、俺のがお父様が導く真理だ!』という本音が!


菅井派の人々は以前から、私たちは文亨進師のキリスト論を純粋に信じていると言ってきましたが、二度と純粋に信じているというは言えないのです。

しかし邪悪が菅井教の本質ですから「純粋に信じている」と言って騙してくるでしょう。

菅井教の詐欺が暴かれても、菅井派で有り続けるのは、信じているのは菅井睦雄氏であって決して文亨進師ではありません。文亨進師を利用する見せかけだけの詐欺信仰です。

ペテロ第二の手紙第 2 章

1 しかし、民の間に、にせ預言者が起ったことがあるが、それと同じく、あなたがたの間にも、にせ教師が現れるであろう。彼らは、滅びに至らせる異端をひそかに持ち込み、自分たちをあがなって下さった主を否定して、すみやかな滅亡を自分の身に招いている。

菅井教はこの聖句の通りの”にせ教師”であり”滅びに至らせる異端”です。


菅井教は面と向かって、こんなことは文亨進師(二代王様)には言えないので文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を純粋に素直に信じる我々をバカにするのですが、実質は文亨進師(二代王様)に向かって罵り喧嘩を売っているのです文亨進師を心底見下し詐欺暴力する菅井教


という菅井教に対する評価が、正に真であることが天宙天下に証明されたのです。


日本サンクチュアリ協会にも、「文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を信じる者は馬鹿だ」という教会長もいますが、詐欺や嘘でもなく、正直なので罪はないのです。


それにしても

あるまじき思考展開これには笑いました。

なぜなら


◆第一、菅井教の勘違い思い込み

2021年3月23日キングスリポートからの上記引用部分の、基本的文章構成がまったく理解できず、単なる文亨進師のキリスト教現代神学の説明を文亨進師の論説だと思い込んでしまい、その思い込み勘違いで菅井教を展開していることに菅井氏はまだ気づかないからです。


菅井氏は

【「二代王様は「三位一体のシステムそのものから『愛』を相互間応答しているわけです。」と表現しています。】

と言っているように完全に文亨進師がこのような自説の神学を語っていると思い込んでいます。


いいえ、それは大いなる勘違いです。

三位一体のシステムそのものから『愛』を相互間応答しているわけです。」この説明は、現代神学の学説を文亨進師が単に紹介解説しているに過ぎません


この「三位一体のシステムそのものから『愛』を相互間応答」とは、三位一体論で有名なペリコレーシス(相互内住・愛の循環)の事だと伝えても、菅井氏は、いや二代王様の表現だと言い張るのですから手におえません。


この文亨進師がこの2021年3月23日に読んでおられたその文献そのものではありませんが、ペリコレーシスに関する文献を紹介します。フランシスコ会日本管区宣教基礎論の10ページをご参考ください。

文亨進師はもちろんこのような神学は十分ご存知です。

菅井教はハーバード大学神学大学院で学ばれた文亨進師の学問としての神学説明を比喩だ比喩だと言ってバカにしすぎです。

まさに「あるまじき勘違い」です。


◆第二、現代神学を比喩象徴ポエムとしか理解できない

菅井教: 2021年3月23日キングスリポート二代王様み言

『キリスト教(Christianity)では、キリスト論(Christology)の内容があり、イエスを神として扱っています。非常にレベルの高いキリスト論です。人(man)であると同時に神であり、三位一体で創造以前から父と共にしていた存在であるということです。それがキリスト教で扱われている「神は愛である」という内容です。』

 

私は二代王様のこのみ言を、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。つまり、創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えて語られていると、私は受け止めています。

 

ところが三代王権天一聖殿の天ちゃんは、二代王様が語られたみ言通りに、神様とイエス様と真のお父様が共におられたと信じているようです。https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html 


第一で指摘した通り、文亨進師が「これが現代神学の主たる結論です。」と言っておられるのに、その現代神学の解説に向かって、比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています」とトンチンカンになっているのは、

要するに、この説明された、その現代神学が自分の理解能力をキャパオーバしてしまったので、この現代神学の論を「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めて」理解してまっているのです。

菅井教の問題は、この文亨進師が説明された現代神学論のキリスト論を詩的文体程度にしか受け取れない神学的センスの無さ、理解力の無さが根本問題です。

まさに「あるまじきセンスのなさ」です。


● 第一の大いなる勘違い、思い込みについての説明です。

これは実に簡単な文章構成ですが、

菅井氏には、

冒頭の「キリスト教(Christianity)では」と

最後の「これが現代神学の主たる結論です。」で結ばれる文章構成が完全に理解できていません。


つまり冒頭の「キリスト教(Christianity)では」と最後の「これが現代神学の主たる結論です。」の間にある

 人(man)であると同時に神であり、三位一体で創造以前から父と共にしていた存在であるということです。

 それがキリスト教で扱われている「神は愛である」という内容です。

 三位一体のシステムそのものから「愛」を相互間応答(reciprocate)しているわけです。

 それで愛を相互間で応答するために人類が必要ではなかったのです。そのため神が人類を作る必要がなく、したがって、これ(人類を作ったこと)は神の完全な恩恵になるのです。」

という説明は、文亨進師の現代神学の結論を紹介説明しておられる部分であって、文亨進師御自身の神学を言っておられるのではないことは、小学校4、5年の国語力があれば誰でも理解できるでしょう。


ところが菅井氏は、文亨進師自身の神学だと思い込んでいます。

現代神学の説明を「二代王様のみ言に込めた真意を理解するヒントがあるのです。」とまで言ってしまっています。そして二代王様のみ言ではなくて現代神学の説明なのに、二代王様がこのみ言に込めた真意はという論理展開。

これは完全に間違った理解であり、当然その展開された理論も大間違いになるのは当然です。

つまり菅井教そのものが大間違いだということです。

まさに「あるまじき勘違い」です。


文亨進師匠が言いたいのは、このキリスト教の現代神学について説明された後の文です。

ですから、原理講論の内容だけを見ると、我々はメシアに対する低いキリスト論を持っているのです。メシアを神として見なかったのです。女性から生まれた人としては見ましたが、神としては見なかったのです。

お父様が夜の神、昼の神の神学の内容を明らかにされた時、お父様はそのキリスト論を昇格させられたのです。

「いや、お父様はメシアなので特別だ。ただの人間ではない。お父様は神から来られたのであり、夜の神から来られたのだ。創造以前の神から来られた。」ということです。

つまり、キリストは創造以前から神と一緒におられたということなのです。

2021年3月23日キングスリポート


文亨進師匠が言いたいのは、ですからで繋がるこの部分であることは、誰が2021年3月23日キングスリポートを読んでも明白です。


つまり、この文亨進師の結論は、端的に言えば「現代神学の結論が言っていることと同じで、再臨のキリストである真のお父様(文鮮明師)は創造以前から神と一緒におられたのです。」ということです。

そしてもう一つ理解できること読み取れることは、これからは、このキリスト教現代神学で再臨のキリスト文鮮明師を理解しなさい」と言っておられるということです。


菅井教は、それにもかかわらずその現代神学の説明部分を、文亨進師の自説だと大いに勘違いして次のように言っています。


菅井氏:私は二代王様のこのみ言を、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。つまり、創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えて語られていると、私は受け止めています。https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html


このみ言、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています

・・・いや、その観点、受け止め方、完全に間違っています。勘違いです。

このみ言を、」このみ言とは現代神学の紹介説明部分であって、文亨進師御自身のみ言ではありません。


当然の帰結として「つまり、創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えて語られていると、私は受け止めています。

この菅井氏の「受け止め」も、この大いなる勘違いによりアウトプットされた大間違いであることがわかります。


この「人(man)であると同時に神であり、三位一体で創造以前から父と共にしていた存在であるということです の文亨進師の説明の箇所は、現代神学を紹介して説明しておられるのであって、決して文亨進師の言葉ではないことがどうしてこうも理解できないのでしょうか?

以前、その部分は一般のキリスト論のことを文亨進師は言っておられると、菅井氏のその勘違いを伝えたつもりですが、「あるまじき思考展開」という返答・・・、笑うしかありません。


こんな完全無敵の勘違いと思い込み、そして勘違いから展開された論理は手におえません。

分からなければ巷の国語の先生に「ここは引用紹介部分ですか?それとも文亨進師ご自身の論ですか?」と確認して下さい。きっと優しく教えてくださることでしょう。


● 第二、菅井教はキリスト教神学を、比喩と象徴の詩的文体の観点で受け止め」ることしか出来ないことについての説明です。


それにしても現代神学の説明を「比喩と象徴の詩的文体の観点で受け止め」て、

この現代神学の説明の本当の意味は「創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えていると力説してきたということになりますから、この誤解は笑えます。

”真の父母様の本体論”とは実はお笑いだったということでしょう、


これは文亨進師の神学ではなくニカイア公会議(325年)から1700年も続く神学論の事です。その現代神学の紹介説明です。


菅井教の問題は、文亨進師がキリスト教弁証論を学びなさいと言っておられるのに、このようにキリスト教神学を基本的にまったく理解出来ていない、いや受け止めることすら出来ないので「比喩と象徴の詩的文体」だと決めつけてしまうのです。

このように理解できなければ全て「比喩と象徴の詩的文体」で片付けられてしまいます。

極めて自己都合のよいロジックでその神学に対するセンスのなさや理解不足を補おうとするのですから客観性はまったくありません。


菅井教の問題は、この文亨進師が紹介説明された現代神学論のキリスト論を詩的文体(ポエム)程度にしか受け取れない神学的センスの無さ、理解力の無さが根本問題です。

まさに「あるまじきセンスのなさ」です。


しかし、これほど現代神学に向かって言い張るのですから、牧師、神父のところに行って、あなたたちが言っているキリスト論は「比喩と象徴の詩的文体」であって「創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えている」のだ!と力説すればいいでしょう。


このキングスリポートの御言は2021年3月の御言ですが、この後、菅井教は自分たちは低位キリスト論でありながら、日本サンクチュアリ協会は低位キリスト論だと騒ぎ始めたのですから

”真の父母様の本体論”もこの大いなる勘違いから作り上げられた大いなる勘違いの間違った言説であるという結論になります。

そして日本サンクチュアリ協会さんは、この間違いを使った詐欺に、まんまと騙されてきたということが分かります。


しかし、そんな6年も前からこんな初歩的勘違い、思い込みに気付かず「お父様の聖霊はこう言っている」と言って騙し続けてきたのですか?”真の御父様の本体論”は勘違いからうまれた間違った教えなのに!


呆れた。これは邪悪すぎます。

だからそのお父様の聖霊を名乗る霊は悪霊としか言いようがないのです。

それでも「文亨進師の御言を信じている。ただし比喩と象徴の詩的文体として信じている」つまり実質は信じてなどいないのですが、自分はさも文亨進師を信じているかのようなふりをして言い続けるでしょう。本質が邪悪だからです。



◆ 決定的キリスト教神学のセンスの無さ

 イエス・キリストの三位一体を分身と捉える菅井教

菅井氏:はっきりと「一人の男性」と説明していますが、ここにどうやってイエス様と真のお父様が存在できるのでしょうか。一人から三人に分身したいうなら、分身する経緯も解説しなければ「試論」と言えどなりたちません。


「一人から三人に分身した」「分身する経緯」…


分身」…何という絶望的キリスト論のセンスのなさ。

キリスト教はこのような非難を批判を受けて、多くの迫害を受け続けました。

この菅井教の揶揄はキリシタンを磔にして殺害してきた日本民族のまさにその感性です。

菅井教のキリスト教三位一体論に対する無学と日本民族のイザナキ・イザナミ古事記的感性では絶対に「キリスト教三位一体論」は理解出来ないと以前書きましたが、菅井教は本当に心底キリスト教三位一体論に対する感性霊性が絶望的にゼロの人たちであることがよく分かる記述です。


三位一体論を言うキリスト教では

父なる神は父と子(イエス)と聖霊の三位一体の唯一神である

これが常識です。父ですから男として捉えています。キリスト教とは、これを中心的神学としています。

牧師であれ、神父であれ、これは基本中の基本です。

ネットでも牧師たちは、このような言い方を沢山しています。


日本大学 髙橋 清隆氏の論文C.S.ルイスの三位一体論 C.S.Lewis's Trinityからです。


「天地の創造主である唯一無限の神が三つのペ ルソナ、すなわち聖父と聖子と聖霊とにおいて 存在するということはキリストによって啓示さ れたキリスト教の基本真理である 

小林珍雄編『キリスト教百科事典』エンデルレ書店、 1960、p.691。


これを敷衍すれば唯一の神に三つの位格、すなわ ち、父なる神、子なる神であるイエス・キリスト、 聖霊があるという考え方である。」

C.S.ルイスの三位一体論 C.S.Lewis's Trinity 日本大学 髙橋 清隆氏」

この図は有名な「父なる神は3つの位格の三位一体で唯一神として創造前からおられたことを表す三位一体の図です。

神は父と子と聖霊が「IS」で同じ本体一体であることを表しています。

文亨進師はもちろん、キリスト教の牧師として父なる唯一神にして三位たる三位一体論のことは十分理解し、夜の神論により大いなる統一思想の転換点を既存の統一思想に訴えておられるのです。

それを菅井教は「比喩と象徴の詩的文体」であると、その理解力・センスの無さが問題なのに、その絶望的センスの無さで馬鹿にするのです。しかも大いなる勘違いをもって。

これだけでも菅井氏がいう、お父様の聖霊はニセお父様の聖霊であることが分かります。


この「IS」と「IS NOT」「SON」の関係性と意味、三位一体自体が唯一神を表すことなど、菅井教には絶対に理解できません。これを受け止められる霊性も感性も絶望的にまったくありません。

キリストとは人格を表すのに、統一原理の本性相と本形状の二性性相が三位一体、キリストを表すなどと、私も信仰最初期にやってしまったド素人の思いつきで無理やり当てはめる程度が精一杯。

菅井教には絶対理解できません。

だから、これからも「一人の男性がどうやって三人に分身したんだ!」と叫びに叫び続けることでしょう。絶望的にキリスト神学のセンス霊性がない事実はどうしようもないからです。

まさに「あるまじきセンスのなさ」です。

2026年2月8日日曜日

メシアの権限は、サタン主管所有権から神主管所有権に血統転換◆2026年1月28日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 「メシアが真の父母として来られた理由」<2> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 メシアの権限は、サタン主管所有権から神主管所有権に血統転換

2026年1月28日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

「メシアが真の父母として来られた理由」2

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion 監修fanclub

2026年2月4日テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 2 04 2026 



キリスト教の救援観


私たちはキリスト教の救援観について考えてみましょう。

キリスト教の救援観は実は掴みどころがなく二律背反しています。

神がイエス・キリストを通して人間の罪と死から救ってくださったと言います。

つまり救いとは、イエス・キリストを信じて受け入れることによって救いに至るというものです。

イエス様が人類のすべての罪を代わりに負い、十字架にかかり、復活されたことで、これを信じる者は誰でも救いを受け、永生を受けるようになるということです。


キリスト教徒は、体は、たとえサタンの世界に住んでいても、キリストの宝血によって天国に行くことができるということです。

したがって、ただ信じる者だけが救いを受け、イエス様の降臨以前の者や他の宗教の人達、そして非キリスト教国家の人類に対する救いについては言及がありません。

したがってキリスト教の救援観とは、地上に対する責任はありません。


原理では霊的な教えのみを与える信仰だけでは完全な救いが成し遂げられるとは見ません。

世の中には福音の言葉を聞いても信じない者も多く、キリスト教信仰を弾圧する国家もあります。

したがって信仰によって救いを受けるのに、どうすればどこまで信じれば救いに至るのかは分かりません。


教会に行けば皆救われるのでしょうか?信じる者が神の聖殿となるか否かは関係がないのでしょうか?

つまり、信仰が堕落以前に本然の人間に戻るということとは関係がないように見えます。

全知全能で完全なる愛の神の救いの摂理が、このように盲目的に進行するとは考えられません。


救援摂理は神の創造理想実現


しかし原理では、個人の救いは個人の救いではなく、神の創造理想が実現されることを意味します。

人間は霊と肉を持つ存在にとって堕落とは、霊と肉の全てをサタンに奪われてしまったことです。

したがって実体的な血統、すなわち肉体と生命の種、霊を再び奪い返し、元通りに戻さなければならないのです。

それゆえ神が創造された霊と肉を再び回復してくださる真の父母が来られなければならないのです。


私たちは祝福を通して具体的に血統がどのように転換されるかを知ることができます。

真の父母を通して血統が変わる過程は、原理的に接ぎ木の過程を経ることになります。

血統復帰の三段階過程は、第一に聖酒式、第二に祝福結婚式、第三に三日行事、すなわち実体復帰式です。このように繋がります。


聖酒式の意味


まず第一段階である聖酒式の意味を御言を通して見てみましょう。

天聖経には、

「聖祝式は堕落によって血統的に汚されたサタンの血を抜くものである。言い換えれば、原罪を抜く式であるということです。」

次に、御言選集35巻には、

「聖祝式とは何か?新しい愛を中心にして、神様の体を自分の体の中に投入させる儀式である。堕落した肉体は一つしかないので、神の愛を中心にして変えるのです。

愛を中心にして、神の実体を中心にして、新しい血筋を受け継いで原罪を洗うことができる式です。

この式を経なければ祝福の席に出ることができないのです。

それゆえこの式は血統を転換させる式です。


次に天聖経を見ると、「聖酒はただ作られるものではありません。ただそのままできるのではないのです。サタンと神の立会の下、霊界にいる無数の天使たちの立会の下で造られるのです。

ですからそこには、皆さんが知らない21種類のものが含まれています。

万物世界と人間の復帰過程で形成される全てのものが全て入っているのです。

ですから聖酒は神の立会の下、サタンの立会の下で造られるため、聖酒の効能を神も認めなければならず、サタンも認めなければならないのです。


聖酒には父母の愛を象徴するものが入っています。そして血を象徴するものが入ってなければなりません。

それゆえ、それを飲むことで父母の愛と一体となり、また血と一体となるのです。

これが聖酒の内容です。


また

「聖酒はどのように作られるのか?

それは地と海と天を象徴し、全体を象徴するものから作られた酒です。

聖酒には三種類の酒が含まれています。それ以外の全ての万物を象徴するものが含まれているのです。


これを飲むということは、霊的に生まれ、肉的に生まれることを意味します。

この儀式がなければ、原罪を脱いで血統を転換することはできません。

血統が転換されなければ、完成基準を通過して神の愛と一体になることはできません。

したがって聖酒式は、それを蕩減する式であることを知らなければなりません。」


次に

「聖酒式は、新しい母から生まれたという条件を立てるために行う式です。聖酒には蕩減の血が入っているのです。聖酒を飲むことによって、内的に聖別し聖布で体を拭くことによって外的に聖別することなのです。

このように聖酒式は堕落によって汚された血統を清算し、創造本然の善なる血統に復帰するために行われる聖なる血統転換の儀式です。」


聖酒は天の血統を持って来られたメシア真の御父様だけが作ることのできるものです。

そして真の御父様がおられた時、代身者・後継者文亨進様に祝福権を伝授されました。他の人には伝授されませんでした。

したがって真の御父様の聖和後は文亨進二世王のみが聖酒を作り祝福をなさることができるのです。それ(以外には)誰一人としてできません。真の子女だからといってできるものではないのです。


しかし韓氏オモニは真のお父様が聖和された後、代身者相続者を追い出し、真のお父様の聖酒を全て廃棄しました。

そして自らが任意に独生女の聖酒を作りました。

2016年6月5日、天一国特別聖酒式という名でサタン的な聖酒式を全ての祝福家庭に配布し、飲むようにしました。


この事件により、すべての祝福家庭、家庭連合のすべての祝福家庭は、復帰された状態から再びサタンの血統へと逆戻りしたのです。

その後も数度にわたり善悪知る木の実聖酒を作り、すべての家庭連合の食口とその血族に飲むようにしました。

天苑宮入宮式の前にも善悪知る木の果の聖酒を配り、すべての参加者と信徒に振る舞いました。


メシアが探してこられた祝福家庭を再堕落させた事件であり、ルーシェルでなければこのようなことはできません。深刻ですね。


祝福結婚式


二番目の段階は祝福結婚式です。

聖酒式と祝福結婚式は、堕落した人類が神の本然的な血統に戻るために必ず経なければならない公式な復帰路程です。

祝福結婚式は聖酒式を通じて原罪を脱ぎ、血統転換を成した後、初めて天の前に聖なる夫婦として縁を結ぶ儀式です。

そしてその基盤の上に神の創造理想を実現する家庭の出発を宣布する完成の場です。


御言を一度見てみましょう。「神の御旨と世界」です。

「祝福結婚式は単に男女が出会い一つの家庭を成す婚礼式ではありません。アダムとエバの堕落によって生じた神の恨みを解怨し、イエス様が成し遂げられなかった新郎新婦の基準を通過するものであることを原理は明確に説明しています。」


次に御言選集を見ると、9巻です。

「今日のこのような聖礼式は神の望みであり理想でした。アダムとエバが成熟すれば成し遂げてくださろうとした聖礼式なのです。創造理想が心情の中にあったことで、これは実に歴史的なことです。このような式典は創造以降初めて行われるものであることを痛感しなければなりません。」

1960年に語られました。


三日行事


最後の第三段階は三日行事の実体復帰式です。

三日行事は堕落した人類を蕩減復帰して、神の本然の創造理想を実体的に実現するための大変重要な儀式です。

三日行事は実体的な復帰の核心的な礼式です。

三日行事において妻は夫に対して母の立場に立つようになります。

堕落したエバが、アダムを誤った道へ導いた歴史を蕩減し、今や母の立場から夫を神の愛で再び生む霊的・実体的転換を成すのです。


これを通して初めて復帰されたアダムとエバとして夫婦関係を結び、神の祝福を実体化する本来の家庭を出発するようになるのです。


結局、すべての過程は失われた神の愛を取り戻す復帰摂理であり、人間中心の愛ではなく神中心の愛の基盤を築くための必須の路程です。


真のお父様の御言をご覧ください。神の御心と世界にある御言です。

「祝福を受けて40日が過ぎた後、3日間にわたって実体的な復帰式があります。この40日間は歴史的かつ総合的な蕩減期間なのです。人間が愛を中心に復帰権限を持つようになるのは、蘇生期でもなく長成期でもありません。完成期に入らなければならないのです。」


次の天聖経の御言

「先生を通して、妻は母なる使命を再び授けられるのです。

これはどういうことかと言えば、三段階に出てくる形式の愛をしなければならないということです。愛によって生まれたので、そのような条件を立てるために、愛するにあたってこれまでとは逆の経路で行うのです。

女が上に、男が下になるのです。愛する時、それをよくしなければなりません。」

こんな御言がありました。


皆さん、血統復帰の最終目的は何でしょうか?

血統が復帰されたということは、これから生まれる子孫たちは堕落した子女ではなく、原罪のない子女になるということを意味するのです。


御言をご覧ください。


「これから実際の子女を繁殖しなければなりません。父と心情的な縁を結ぶことができる子女を産ませてくださいと祈らなければなりません。心情的な祭司長になることができる子女を産むために祈らなければならないということです。

先生は天と地を代身することができる心情的な基準のために子女を産むことを望みます。先生は一度祝福をすれば責任を負います。私たちは世界を代身して、もう一度祝福を受けなければなりません。それゆえ条件的な結婚です。

この間の40日間は、4000年を蕩減する期間に該当します。実際、結婚生活は今日からです。今までが蕩減期間でした。」


このような御言がありました。


そして原罪からの断絶を意味します。

父母が祝福を通して血統を復帰すれば、その子女はサタンの誹謗条件のない状態で生まれます。つまりその子女はサタンの所有権ではないということです。


したがって理想世界の出発も、原罪のない子女たちが繁栄して家庭を成し、社会を成す時に初めて地上天国が可能になります。

しかしこの世の中は堕落した世の中として、環境的に祝福子女たちが育ち成長するにはあまりにも良くない環境に囲まれているのが事実です。

サタンの誹謗条件から脱したとしても、本人が自ら分別できなければ、堕落した子女たちのように世の中に流されてしまう可能性があります。


したがって祝福家庭の父母は、子女を伝道対象者と見なし、常に対話し、共に訓読生活と信仰生活の助けになるよう努力しなければなりません。


メシアが真の父母として来られた理由は、私たちが失った神の血統を再び私たちに探し出してくださるためです。

祝福は、その血統の根をサタンから神へと移す霊的・実体的な手術のようなものです。

これが真のお父様が生命や愛よりも血統を強調された実質的な理由です。

血統が変わらなければ、愛も生命も結局は全てサタンの主管権の中で、サタンの所有権の内でぐるぐる回るしかないからです。


以上です。

祈りを捧げます。


祈祷


愛の父なる神様。神様が御自身の実体として人間を創造され、この宇宙万物世界を人間を通して治めたかったことが、あなたの望みでした。

それゆえ、その人間は神様を受け入れることができる聖殿となり、神様はその中で人間と一つになって、あなたが創造された美しい被造世界を、あなたが喜びと愛をもって満喫したかったことが、あなたの当初の計画でした。

しかし、人間の祖先があなたが住まわれるこの聖殿を堕落によって汚してしまったため、あなたはこの聖殿をサタンに奪われてしまい、そしてサタンに奪われたその聖殿をエデンの園であなたと共に住むことができなかったため、追い出すしかなかった、あまりにも悲しみに満ちた神であることを、私たちはこの時間を通して学びました。


しかし、どれほど邪悪な人間となり、どれほどサタンの所有権のもとでサタンの言葉を聞いて、サタンのような行動をしたとしても、その堕落した人間があなたの血統を受けて造られた人間であるため、あなたはサタンの子らを、それでも愛さずにはいられず、それでもあなたは救わずにはいられない、あまりにも恨多い、このような事情があることを知りました。


愛をもってあなたを探した人間世界において人類は、あなたの実体として来られたメシアを迫害し、呪い、ついに十字架に架けて死なせました。

そして再び、真の父母を神の血統として人類を救うためにこの地に送られましたが、初臨の時と同じ様に、彼らは不信し、呪い、迫害し、殺そうとし、あらゆる手段で反対し、このようなあまりにも恨多い状態において、もし神の血統でなかったならば、一度に消して永遠になくすことが出来る、その様な立場にある人間でありましたが、

それでも天の血統を持っていたため、汚された血統を再び綺麗に洗い、神の血統を取り戻すために、神の心情を持って真のお父様がこの地に来られました。


血と汗と涙の路程を通して、あなたが祝福家庭を見つけ出し、あなたがサタンを屈服させ、真の家庭を成し、天国を出発させたにもかかわらず、最後にあなたの聖和式の後に真の母の立場にあった韓氏オモニが再びサタンの誘惑に陥り、サタンの実体となって、真の御父様にあったすべてのものを消し去ってしまい、再び堕落の状態に戻してしまった、このようなことを見る時、真のお父様は大変心配されたことを知っています。


しかし真のお父様はこれを全てご存知で、あなたの代身者、相続者、後継者として立て、あなたの祝福権を伝授し、聖酒を作ることができるその権能を与えてくださったことにより、この世界は完全にサタンに染まることなく、あの荒野から再び天の血統が花咲き立ち上がっているこの現実を見らる時、一方では悲しく、また一方では大きな希望を持ってご覧になっていることを知っています。


二代王様は、今や勝利され、真の父母様の康賢實お母様を再び立てられることで真の父母様の位置を再び回復され、食口たちを権威圏祝福で呼び集め、生命の書入籍祝福式を執り行われ、この地に数千数万の神様の血統へと回帰させる大いなる役事をなされ、あなたのその役事が三代に継承されるという、この偉大で夢のような事が起こっていることを知っています。


この希望の炎が消えることなく全世界に広がり、全世界に火を灯すことができるよう、神様が大きな役事をして保護して下さり、導いてくださることを今日も切に切に願い望みます。


すべての言葉を、祝福中心家庭、權寧畢(クォン・ヨンピル)家庭の名において報告し、お捧します。

アジュ

ありがとうございます。