2026年8月29日土曜日

LIVE天地人 참父母 天宙聖和 14周年 6周年 記念式 2026年8月29日(天基17年 天歴7月17日) 台湾聖殿 / 宜蘭


 LIVE天地人 참父母 天宙聖和 14周年 6周年 記念式

2026年8月29日(天基17年 天歴7月17日)

台湾聖殿 / 宜蘭




代表祈祷(李相烈会長)


訓読のみ言

 

『天聖経』真の神様と祖国光復編

第6章 真の父母が伝授する世界と南北統一教本(p2036~2038)

 

 内外の貴賓の皆様!

 既に北朝鮮の人たちは、全国民が金日成の主体思想で武装しています。私たちは、彼らを消化し得る神様の真の愛の思想で武装しなければなりません。北朝鮮は、ソビエト文明から来た冷たい風が吹きつける、北方文明です。私たちは、温帯文明によって彼ら自身が自ら溶けていくような作戦をとらなければ、お互いが滅びるのです。ゆえに、私たちは徹頭徹尾、真の愛の思想武装をしなければなりません。

 

 私たちの思想は、個人の欲望のためのものではなく、世界人類を救うためのものです。自分を中心としたものではありません。より大きなもののために生きようという思想です。しかし、共産主義者たちは、共産党員の何人かの幹部を中心として成そうとするのです。それで彼らは、自分の敵が現れれば除去してしまうのです。私たちはそうではありません。「相対的環境と和合し、一つとなって、より高い次元の相対的基準を成そう。すなわち、カインとアベルが一つとなって、より高い父母を迎えよう」という思想です。言い換えれば、生活的に感服させ、人生観や、人格的な基準を中心として、共産主義の思想で武装した彼らを凌駕できる私たちとならなければなりません。

 

 私たちが彼らに影響を与え得る環境をもたなくては、カイン国家を復帰することができません。カイン国家を復帰できなければ、天の国を中心とした世界的な国になり得る復帰の国家が成立しないのです。したがって、韓国と北朝鮮は分断されましたが、北朝鮮と闘わずして解放しようというのです。ゆえに、お互いに利益となる愛し合う道を探し求めなければならないのです。

 皆さん、現在、南と北の目的が食い違っています。方向が異なった立場で、一方は南に、もう一方は北に行こうとする分かれ道にいるので、その目的が異なっているのです。

 

 どのように統一されるかという問題をおいて見るとき、深刻です。その主体的使命を誰がしなければなりませんか。それを韓国がすると言うとき、北朝鮮が反対するでしょうし、北朝鮮が主導すると言うとき、韓国が反対することでしょう。互いが、「我々がしようと言うとおりにしよう」と言うときには成されないのです。自分自身の立場に固執すれば、必ずまた決裂することでしょう。

 

 これを、どのように克服するのかが問題です。問題は、韓国の人が韓国を愛する以上に北朝鮮をもっと愛するという人が出てこなければならないということです。同様に、北朝鮮の人が北朝鮮を愛する以上に韓国を愛する人が出てこなければならないのです。それ以外に、模索方案、解決方案がありません。

 韓国の誰よりも国を愛する人、北朝鮮の誰よりも国を愛する人、そのように一つの道を行く人がいるというとき、そこから超国家的な統一方案が出てくるのです。それ以外に道があるでしょうか。どんなに考えても、それ以外に道はありません。

 

 それでは、これをどのように実践するかが問題です。それは、北朝鮮の人よりも苦労し、韓国の人よりも苦労することです。このような苦労の中で立てられた超民族的な愛国心が南北を生かす近道であり、解決方案なのです。

 悪なる世界と善なる世界を統一するのも、やはり同じです。これまで、私たちの先祖が立てた忠臣の道理以上の忠節を主張することができる人が現れてこそ、決裂した歴史を収拾することができるのです。

 そのような観点から見るとき、イエス様は偉大でした。ユダヤ民族が不信し、十字架の道を行かざるを得ない立場になられると、神様のために生き、イスラエル民族のために生きる道は、神様のために死に、イスラエル民族のために死ぬことしかないと考えたのです。それが十字架の道理なのです。

 

 人類を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも人類を愛し、神様を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも愛したので、滅びつつあった歴史が、そこから新しい方向に向かってより次元の高い善の目的の世界に進出したのが、キリスト教文化圏です。それは歴史的事実です。ゆえに、南北を統一することができる方案は、南と北のために死ぬことができる群れとなる道しかありません。それ以外に、統一することができる道はありません。本当に、共に生きたいという心がなくてはなりません。

 

 人間がどのように生きるのか、あるいは、私たちの人生航路をどのように行くべきかということを念頭において見るとき、その骨子を要約するならば、孝子が行く道、忠臣が行く道、聖人が行く道、聖子が行く道の根本があるはずです。まさしく、永遠に共にいたいと思い、共に生きたいと思う心です。上下を問わず共にいたいと思い、前後左右、昼夜を超越し、生涯を越えて、共に生きたい思いに満ちた人生のことではないでしょうか。このような結論が出てくるのです。

 

 「共に、一緒に生きたいなあ」という、その内なる共通分母とは何でしょうか。それは権力ではありません。権力は、歴史を超越できません。それは一時のものです。知識もやはり同じです。知識世界は、発展するものです。知識の世界で、この学問と永遠に共に生きたいという思いがあるでしょうか。間違いなく私たちが共に生きることができるのは、知識でもなく、お金でもありません。

 

 このように見るとき、上や、下や前後左右の区別なく、過去、現在、未来の時間性を超越した立場から、共通的に認定することができる一つの分母とは何でしょうか。これがすなわち、神様を中心とした真の愛だというのです。ですから、孝子は、家庭で父母を限りなく愛して生きる人です。また、愛国者は、国をこの上なく愛して生きる人であり、聖人は、世界万民をこの上なく愛する人であり、聖子は、人類と神様をこの上なく愛しながら生きていく人なのです。

 

 したがって、愛国者の心のように、「民族と共に生きたいと思い、民族が困難なときには、その困難がすなわち自分のことであり、自分の痛みであり、喜びがあるとすれば、それが過ぎ去る喜びでなく、私たちすべての喜びとして永遠に残ることができるものでなければならない」と誓い得る真なる心情の基盤が問題なのです。真なる愛と心情の因縁をもった人は、統一圏に同参できる特権があります。

 

 皆さん、全く字を知らない女性でも、博士と結婚して愛の因縁を結ぶならば、1日にして博士夫人になるでしょう。このように、共に生きようという情の因縁をたくさんもった人は、今日、統一圏に堂々と参席することができる特権があるのです。神様御自身がそのようなお方であるために、一つとなることができる生活内容をもてば、同参することができる資格が自動的に賦与されるのです。それでは南北統一は、どこから、何をもってするのでしょうか。力で屈服させるならば、相手側の力がもっと大きくなるとき、また闘いが起こるようになります。その方式では、統一を成し遂げることができません。たとえ以南の地で暮らしていても、北朝鮮で暮らす彼らと真心から共に暮らしたいという心、一つにならなければならないという心があってこそ、統一の道が開かれます。

 

 北朝鮮を思いながら胸が詰まり、哀れに暮らす私たちの同胞のために涙を流し、あなた方の困難と共に私は生きている、解放の1日を準備して、あなた方の前に現れるだろうと誓いつつ、統一のための真の愛の実践運動がここに起こるならば、統一の日は遠くありません。



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