2026年9月15日火曜日

新エルサレム都テーマ「再臨主と龍」 ◆2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<5> 文亨進二代王

新エルサレム都テーマ「再臨主と龍」

2026年8月27日.台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<5>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

文亨進師 台湾韓国語礼拝한국 목요예배 2026 08 27


(2:31:20) 翻訳clean



新エルサレムのイメージデザインは、メシアが龍と遊んだ楽園


わあ、中村協会長が書いた本で、御父様の御言「私は幼い時、龍に乗って回った」このような言葉が出てきます。御父様の言葉に。龍に乗って回ったと。そのあと、霊界を行き来しながら、神々をすべて捕まえたと。なんてことだ、私たちの映画に出てくるそのままです。中村協会長が見つけました。御父様の御言を。


私たちはびっくりしました。御父様は幼い時、龍に乗って回っていたそうです。

それは本当に、定州は世界的に、世界の宗教の中心として最も特別な点が、まさにメシアが龍たちと遊ぶ楽園だということです。

だから、私たちが定州、・・・御父様の役事されたら、私が言うように定州を開発し、その定州を龍の都市として、メシアを中心とした龍の都市。


ですから、定州を訪れるたびに龍たちと遊ぶのです。市民も。

外の人も、みんな「見るものが何があるの?」

そこに見るところ作らなければなりません。

これは御父様を中心としたストーリーです。龍の列車に乗ることもできるし、龍のエレベーターに乗って、猫頭山に龍たちがさあと来て、龍の階段も登ったり、こんな楽しい「龍の都市」、新エルサレム。


そうすれば、この人々が、観光客が来た時に、この龍に乗って、これが面白いし、写真もかっこよく撮れて。


しかし、この龍たちの中心は何ですか?この都市はなぜ龍たちが遊ぶ街なのか?

メシアが生まれた場所だから。再臨主が生まれた場所。再臨主が龍たちと遊び、龍たちを主管しているところ。こういう神秘的な、映画に出てくる「定州の地」にならなければなりません。普通の都市になってはいけない。


そうすれば、中国の人たちもみんな観光に来たいと思うだろう。「定州に一度、龍の都市を見に行こう」。

西洋の人たちも「さ、北朝鮮も今、開かれているらしいし、一度、龍の都市があるらしい。あそこ、メシアが生まれた。」ああ!それでも龍と一緒に写真を撮りたいと思うだろう。秘密裏に。キリスト教徒たちが。


だから龍の作品、龍の建物、こういう面白い神秘的なものは、本当に、まるで映画に出てくるような、アニメ、漫画に出てくるような、それは面白い。このデジタルスクリーンに龍たちが映って、ケーブルカーに乗る事ができて上がっていって。それから、龍たちがお父様を、小さな赤ちゃんを抱いてぐわっと。


そのメッセージなんだ?どこに行っても、龍たちはどんな活動をしているのですか?再臨主を守る活動。

それなら世界的にこの白龍の都市は有名になりますね。「龍の都市」として。

「一度は死ぬ前に龍の都市に行かなければならない。」「龍の都市って何?」「そこで再臨主が生まれたらしい。見に行こう」「うん、そうだ、そうだ」。

観光客が来て、ネットのインフルエンサー、若いやつらが来てかっこよく、「私たちは今日、定州の龍都市に来ました。」ビデオでドローンショーをやって、こいつらは広告するだろう。


だから、今、お父様が役事をされながら、それだけを開いてくださらなければなりません。そうしたら二代王がデザインすることができます。

それがどのようになるか分かりませんが、それは私たちの祈りです。だから、精誠を尽くさなければなりません。


だから定州解放も、考えてください。

私たちも、これがすべてAIの幻想だとしたら、定州の解放のために祈ることも、何にもならないことではないですか。これらはすでに予定論によってすべて決まっているではないですか。

そうすれば皆さんの祈りも無意味な内容、敬拝も無意味なもの、精誠や断食もの意味なもの、すべてが予定論になってしまったのです。もしそうなったら。問題です。


だから、予定論は、私たちは単に否定するだけではなく、哲学的に示します。なぜ予定論の思想が現れたのか、そしてエッセンスやエネルゲイア の問題について、始まったのか見せることができます。予定論がどこで、誤った予定論の思想が出てきたのか見せます。


だから実は、御父様の定州の地と、御父様が住まわた小さな藁葺きの家、そしてその背後に小さな猫頭山は大きくないですね。(310m)


だから、シナイ山、エルサレムの山のように小さいです。聖書を見ると、シナイ山(がそびえ立って)モーセが登って、(しかし)シナイ山は小さいです、下から全て見えます。しかし映画を見たら、さっさと登ろうとして。ドラマ、ドラマです。猫頭山も小さいです。猫頭山も大きくありません。


だから、猫頭山は、実は見るべきものがない。

でも、そこで竜たちが山々をぐるっと包み込むように登っていく。そこで、人々が竜に乗って登っていくんだ。竜に乗って登っていって、その竜の階段は、竜の体そのものです。

ここにあるこの竜の鱗、龍の鱗の皮膚が御父様、メシアを証しする旗ではないですか。旗の外にある旗。だから、風が吹きながら「メシアが来た」といった旗、歌うのです。

だから、その龍自体が動きます。みんな上がっていきながら、そこでイエス様に、お父様に会うのです。

そんなかっこいいことをしなければなりません。


それから、こいつらは、二代王はスイスに秘密口座に5兆あると言っているが、5兆が何だ?この安いやつら。

宇宙よりも多い天銭があるのに5兆が何だ、この詐欺。


だからこのような新エルサレムの建物もレストランもショッピングモールも全部しなければなりません。

でも、すべてが今や龍の都市。龍たちが、再臨主が来られることに、バタバタと跳ね回る、活気あふれる喜びに。


だから、中国はもともと龍の国なのに、これからは天一国がすべてを食い尽くして、東洋文化すべてを食い尽くして。完全に龍たちが一箇所に集まる首都になる。なぜ?再臨主が来られたからだ。こういうことだ。ハレルヤ。

そんな都市で、活発に、・・・このようなひらひらした服はおかしくない。現代の服も着ることができて、こんなひらひらした服も着て、写真も撮って、かっこいい。龍がたくさんいるから。


だから中国は重慶を一度調べてみて。「重慶サイバーパンクシティ」。中国で「重慶サイバーパンクシティ」は、若いやつらが最も多く集まる場所で、レストランもたくさんあって、マーラージャンの料理、特別な料理がたくさんある。

でも「重慶サイバーパンクシティ」という、世界的に有名です。夜にこのように輝くようにします。このように。夜になってもこの重慶は、サイバーパンクシティと言って、古代の建物が現れて


。新エルサレムも、夜になっても金色に輝いていて、こうやって。重慶 よりももっと驚くべき都市に。龍が飛び回っている都市。


どうして龍が全てそこに集まっているのか?再臨主が来た。そのために。そう

ですね?

実際、中国ではこういう建物をたくさん建てています。中国は建物をたくさん建てますが、それらの建物はすべて空っぽです。狂ったように不動産を建設して、今は空になっています。だから中国経済が滅亡しています。

この不動産バブル、泡を作り出した。自分たちが建設した分ほど人々が買わなかったのです。

(3:48:08)

だから、たくさんの建物が完全に空いています。でも、若いやつらが今そこに行って、写真を撮る事が好きです。なぜなら、これは特に夜になると派手になるから。夜の様子を一度見せてください。夜の様子。

だから、夜の様子が、今もうその雰囲気を生かしていて、こうした漢字も貼ってあるから、確かに東洋ですね。だから、中国語が全て貼ってあるから、これは間違いなく東洋です。

そして、東洋のこうした建物たちを光るように、LEDライトで。西洋風にしていません。これは、写真を見ただけでも東洋ですね。だから、東洋のその味わいと色合いを生かし、東洋の数千年の芸術の美を生かし、それでも現代の時代に、新エルサレムもしなければなりません。

新エルサレムも東洋の芸術を信じて生きなければなりません。それが私たちの特長ではないですか。


なぜ私たちも西洋人と同じことをしなければならないのか?私たちの芸術伝統は西洋人よりももっと長いです。私たちの芸術、東洋の芸術家たちは象徴的に、林老ずに「宝血」に会いたいからです。自分では気づいていません。血から何師、チェ老師、このような方たちが皆、祝福家庭になっているではないですか。

東洋の芸術家たちが次第に主に侍る、東洋の文化を保護して先祖たちを保護して、世界の中心となる。


しかし考えてみてください。

もしこれが定州の地と龍たちが飛び回り、橋に龍たちがいて、龍たちがどこへ行っても龍が、LEDライトの龍たちが飛び回っている。


心臓から宝血の御父様の銅像を造る


わあ!そうしたら、これは世界的なテーマがある。定州の地、新エルサレムに来たら、龍たちが生きている。メシアに龍たちは皆屈服したではないか。ただ龍たちが従順に主を保護する、故郷の地。


世界的な万民が皆来なければならない。見なければならない。そしてそこで、大きな真の父母様億万歳、その大きな、世界的な御父様の銅像を作ります。


だから今も、林老師が私たちを紹介して、ファン(范?)老師が今、私たちと一緒に会いに行ったのだけど、その方が御父様の七死復活像、お父様の七死復活像をアニメーションみたいにではなく実態の姿、2m。御父様が手を縛られている、全身が砕けて裂けている。

次にこの心臓から、この宝血の滝、赤い血の滝が、ぶわっと流れ出ている。お父様の宝血の滝が流れ出ている。うわあ。


これは恐ろしい作品でしょうか?恐ろしい作品ですが、中国の血の役事、血の儀式、血の役事を好む中国人たちは、きっちりと捕まえなければなりません。

その血の儀式を話しなさい。中国の血の儀式。

彼らがこういう血の儀式を好む理由は、自分でも血からパワーが出ると思っているが、どれほど自分たちの舌を切り、自分の体を切り刻んで、そんな血が出ているのは罪人の地ではないですか。主の血ではないではないですか。


だから、こいつらは舌を切って、・・・これを見なさい。血をものすごく流した儀式。これだけではなくて、他にもあるのだが。他のビデオはどこにある?三代王権のグループに載せたのですが。他のものもありました。

オーケー、オーケー、ここ、ここ、これを見てください。このような武器を使って自分の体を切り刻む。舌を切るのです。継続して舌を切るのです、ノコギリで。


だから、中国ではこういう血の儀式を好むのですが、自分たちがなぜ血の儀式を好むのか分かっていないのです。でも、彼らの本心は何ですか?実は、主の宝血を求めているのです。


だから、主の完全な宝血にあってこそ、こいつらはこうしたものを超越できるようになるのです。だから、こういう刺激的な、血の儀式を好む民族だから、こうした部分を通して主の宝血に会わなければなりません。だから、この恐ろしい七死復活銅像血の滝「宝血の滝」の御父様に会ってこそ、この人たちも、実体的な天を中心とした血の役事に連結されます、


このような罪人たちの血の役事ではなく。これは罪人たちの血の役事ではないですか。自分の舌を切って、自分の背中を切って。そうですね。


だから、中国の人々、中国文化にはこういうものがたくさんあります。そうですね?


ただ、これよりもはるかに恐ろしい「七死復活」の銅像なのです。血の争い、血の戦い。


しかし、今回、ファン(范?)老師のような方にお会いして、その方の目がこんなに可愛らしくて、とにかく、とにかくその方と、目が弥勒仏のように。

とにかくその方が、この銅像、この銅像として、御父様が七死復活された血の拷問の作品。これは数ヶ月かかりますが、それでもこれはものすごく、うちの食口が見たら狂ったように泣くでしょう。


しかし、これを知らない人たちがこれを見たら刺激も受け、「この宝血を受けなければならない」と、思うでしょう。神様のエネルギーを感じられる作品になります。そうですね。


だから、そういうものが勝利的に、そうなるように、皆さん、祈ってください。パン老師も祝福中心家庭となり、この作品が勝利的になるように、皆さんお祈りしなければなりません。やるのですか?やらないのですか?今何時ですか?(「1時20分です」)早いですね。


理解しますか?(「はい」)

それは、定州の地解放と勝利と新エルサレムの勝利と、今回、御父様の七死復活という新しい作品がうまく進み、その方たちも伝道され、祝福家庭となり、そのような勝利的な天一国の民と宗族の王と王妃となり、御父様に栄光をお返しする祝福家庭となりたければ、みんな一緒に立ち上がって、御父様に大きな栄光の拍手を送りながら、億万歳。


ティム・エルダーが億万歳してください。

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