2026年1月23日金曜日

キリストを悪用する菅井教の巨悪と詐欺犯罪

 キリストを悪用する菅井教の巨悪と詐欺犯罪


序文

菅井教はサンクチュアリ教会宣教本部でも祝福の相手が菅井派であることを理由に破談、或いは離婚することは正当な理由として認められている公認異端教です。参照:日本サンクチュアリ協会の菅井教に対するアナウンス

文亨進牧師(二代王様)は菅井派にたいする警告や啓蒙をしなさいと指導しておられます。これはその指導にもとづくものです。

文亨進師は騙されて地獄に行ったものが悪いと明確にいっておられます通詐欺師よ!後継者文亨進以外は異端だ、爆発者だ!!◆2017年9月7日 二代王様とののQ&A


マタイによる福音書 13:41~42 

人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。


菅井教の”真の父母様の本体論”は、キリスト神学の見識が無い


さすが菅井氏!その詐欺テクニックが高度なキリスト論を2026年度も快調に連続してぶちかまし、天の前に順調に罪を積み上げてくれています。


まずは軽く菅井教は、本質的に三位一体論キリスト教神学の学が無い点を指摘します。


菅井氏1月15日の記事からです。

菅井氏:中村氏の解釈では、キリストとしてのイエス様と真のお父様は、神様の構想において生命を与えられた事になりますから、アルファとオメガの永遠の存在ではなくなります。https://kuruto.muragon.com/entry/318.html


中村氏は、統一思想の「創造前の、神様の本性相の中に存在する生命力ある存在(ロゴス)」の記述、これは神様の本性相に創造前から存在しておられるイエス様、御父様のことであると解明されました。

これは、拙稿「夜の神様の誕生」で、イエス様、御父様は神様の本性相に実存しておられたとする神学と基本一致します。


この研究成果は、キリスト教神学で言えば「キリスト三位一体内の生命(Immanent Trinity)」と統一思想の共通点を説明したことになります。

キリスト教神学において、「キリスト三位一体内の生命(Immanent Trinity)」とは、神の外部への働き(創造や救済)以前にある、父・子・聖霊の三位の神の間に流れる永遠の愛と交わりの内的な生命を指します。

時空間創造前の内的生命なので永遠であるのは自明の理です。

つまり、キリスト教神学において中村氏の解釈は、イエス様を創造前からの永遠の生命、神の子たる神であるというキリスト教神学上の一致へと、統一思想を高めたのです。


従って、菅井氏の「永遠の存在でなくなる」という解釈は、キリスト神学の知識理解の欠如からくるものです。その感性では、おそらく絶対に理解できないでしょう。


なぜなら、

菅井教:

2021年3月23日キングスリポート二代王様み言

『キリスト教(Christianity)では、キリスト論(Christology)の内容があり、イエスを神として扱っています。非常にレベルの高いキリスト論です。人(man)であると同時に神であり、三位一体で創造以前から父と共にしていた存在であるということです。それがキリスト教で扱われている「神は愛である」という内容です。』

 

私は二代王様のこのみ言を、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。つまり、創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えて語られていると、私は受け止めています。

 

ところが三代王権天一聖殿の天ちゃんは、二代王様が語られたみ言通りに、神様とイエス様と真のお父様が共におられたと信じているようです。https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html


このように「私は二代王様のこのみ言を、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。」という解釈を菅井教の根幹としていると誇るのですが、

文亨進師は、三位一体論キリスト教神学のことを言っておられるのであって、決して菅井氏が理解するような「比喩と象徴の詩的文体」ではありません。キリスト教神学という学問からくる表現です。

例えば、文亨進師が言われる相互間応答(reciprocate)とは、ペリコレーシス(Perichoresis)のことを言っておられることが分かります。


しかし、これらを「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止め」ることしか出来ないのであれば、それこそ永遠に絶対に、三位一体論キリスト教神学のことは理解できないのです。

つまり文亨進師、國進監査総監のキリスト論は菅井教には永遠に絶対に理解できないという結論が容易に導き出せます。


これらの神学、学問を「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止め」ることしか出来ないのであれば、”真の御父様の本体論”は妄想本体論であるという人々の批判はまさに的確な表現であるというしかないのです。


これほどまでに、キリスト神学に対する知識理解がない”真の父母様の本体論”が、キリスト神学見識が高い真の御父様の新しい御言であるはずがないという証拠にもなります。


”真の御父様の本体論”はイザナキ・イザナミの国造りみたいだという人がいますが、”真の御父様の本体論”は古事記のような日本民族の感性で原理、御言を解釈してしまいますから、

菅井教はキリスト教神学の記述を読んでもキリスト教を学問学術的に理解出来ないし、その感性もまったく無いので「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止め」ることしか出来ないのです。


当然、キリスト教に対する深い知識と感性で書かれた文鮮明師の御言の真意など正しく理解できるはずもありません。

それだから文鮮明師の御言に対しても、正しく理解出来なければ「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止め」る菅井教特有のアルゴリズムで解釈し、後はイザナキ・イザナミ的自分の感性妄想で書いてしまっているのです。

このように圧倒的に”真の御父様の本体論”は、真のお父様の御言ではないことは明らかです。


ですから「”真の御父様の本体論”は御父様の御言を多様しているが、まったく御父様の味、香りがしない」という評価が多数あるのは当然です。

”真の御父様の本体論”は妄想本体論という批判をされている方々がおられますが、実に的確な表現と高く評価するしかないのです。


真実を悟り、ますます詐欺イカサマに命懸けな菅井教


・では彼ら菅井教は、本当に文亨進師が「比喩と象徴の詩的文体で語られている」と本気に考え信じているのでしょうか?

いいえ、彼らは文亨進師、國進監査総監は真実に純粋に「創造前から神様とイエス様と真のお父様が共におられた」と言っておられることは、十二分に分かっています。


以下のお二人の御言を読めば、誰もが真実に純粋にそう信じておられることが分かります。

むしろ、このお二人の御言に、それは「比喩と象徴の詩的文体で語られている」と言うことが、どれほど悪意に満ちた悪質な発言であるかは、誰もが分かることです。



ここで「だから私の立場は変わらない。間違っているのは私ではなく、君たちだ!2017年9月8日Q&A 」とまで言っておられる國進監査総監に、

「いいえ、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。」と面と向かって言ってしまったのなら、どれほど國進監査総監、文亨進師が激怒されるか、火を見るより明らかです。

どれほどの心情蹂躙になるか、誰もが簡単に理解できます。

お二人に向かって、「あなたのキリスト論は比喩と象徴の詩的文体で語られている」と言うことが、どれほど悪意に満ちた悪質な発言であるかは、誰もが分かることです。


今や、文亨進師、國進監査総監の「夜の神三位一体キリスト論」を純粋に信じることが神の義となったのです。

マタイによる福音書 18章

そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。
2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、
3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう


当然、彼ら菅井教、菅井派もこの真実を理解し分かってしまったのです。

お二人に向かって面と向かって「あなたのキリスト論は比喩と象徴の詩的文体である」と言いでもしたら大変な逆鱗に触れてしまうことを理解したのです。


そしてこう考えたのです。「これは拙い!”真の父母様の本体論”が、真の御父様の霊と一体化される二代王様三代王権と全面対決することになる!!」


だから、懸命になって必死になって自分たちは、文亨進師・國進監査総監のキリスト論を信じているというフェイクのPRに命懸け、やっきになっています。どうやって誤魔化すか正当化するか、そんなことばかり考えています。


菅井氏側は、その本心では

『文亨進師・國進監査総監の純粋に「イエス様、御父様は、創造前から神の本体キリストとして実存していた神である」と信じておられる』

という事実を悟ってしまったから、

必死になって取り繕い嘘とカモフラージュ詐欺の限りをつくしているということです


これ程の良心がとがめることがあるので菅井派の人々は台湾宜蘭に行って文亨進師の前で堂々と胸をはることが出来ないのです。


・この真実を菅井氏は1年前に既に理解してしまっていた。

それを次に見てみます。


菅井氏:ところが三代王権天一聖殿の天ちゃんは、二代王様が語られたみ言通りに、神様とイエス様と真のお父様が共におられたと信じているようです。https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html


と、実質的には純粋に信じて教えて下さる文亨進師にに向かって、文亨進師のキリスト論を信じることをバカにしたあげくに、韓国、日本の総会長も、この天ちゃんと同じように、二代王様が語られたみ言通りに信じていることを知って慌てた菅井睦雄氏は、


実は私も、二代王様が語られる文字通りに「キリストは創造以前から神と一緒におられた」と信じています。

しかしそれは、二代王様がそのように表現された配慮と意図まで理解しながら、信じているという事です。https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12894112113.html

という詭弁、極めて苦しい言い訳をしてきました。

つまり、文亨進師、國進監査総監は真に「創造前から神様とイエス様と真のお父様が共におられた」と信じておられること、比喩と象徴の詩的文体では決してない!という真実をこのとき悟ったのです。


ここで菅井氏は悔い改めることができれば良かったのですが、文亨進師、國進監査総監はのキリスト論は「比喩と象徴の詩的文体」であるという論法を押し通すことに決めました。

お二人の心を心情蹂躙し、面と向かって言ってしまったら激怒されることを十分理解していながら、心情蹂躙の暴言「あなたのキリスト論は比喩と象徴の詩的文体で語られている」と言い続け、このアルゴリズムで菅井教を語り続けることに決めたのです。


なぜなら”真の父母様の本体論”のその高度だと誇るキリスト論、三位一体論が崩壊してしまうからです。

そして何よりも文亨進師、國進監査総監、三代王権に対する愛がまったく無いからです。

自分たちのためにお二人を利用出来れば、お二人を貶めようが心情蹂躙しようが、そんなお二人の心などどうでもよい!これが彼ら菅井派の真の御父様と真の御父様の三代王権に対する本心です。


だから、”真の父母様の本体論”が文亨進師の手に渡ってすぐに、どうして「霊通カリスマの説教」をされたのか、

どうして、文亨進師からの聖殿教会長任命の祈祷を宣教本部エルダー本部長から拒否されたのか、

その理由はすべてよくよく分かっているのです。

分かっているから台湾宜蘭に行って文亨進師の前で堂々とすることが出来ないのです。


しかし真実はそうであっても、菅井派ら自分たちが文亨進師、國進監査総監は、さもその御言とおり信じているかのようなフリをして、自分たちをよく見せなければなりません。

だから御言の翻訳者が悪いなどと責任転嫁、捏造にやっきになったのです。


しかしこの詐欺に対する良心の呵責を消し去ることはできません。

だから、最近ますます懸命になって必死になって自分たちは、文亨進師・國進監査総監のキリスト論を信じているというフェイクのPRに命懸けなのです。


この菅井教の詐欺は止むことはないでしょう。悔い改めのチャンスは何度もあったのに完全に否定してきました。

菅井派らは自分たちがやっていることが、真の御父様の三代王権と対立する、どれほどの悪質な詐欺であるかは本人たちがよく分かっています。


しかし菅井教には正義などありません。御父様の三代王権に対する愛などありません。まさに騙すことしか知らない者たちです。

愛があるのならこの悪を赦せ、我々は悪くないという者たちです。

あるのは悪、悪、悪、ひたすら悪しかない悪質異端グループなのです。


それにしてもこれはお父様の名でやっているのですから大変強烈な遺伝罪です。

子孫のためにくれぐれも菅井教という絶対悪に染まらないよう願います。


具体的な菅井教の詐欺テクニックについては以下で説明します。


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キリストのリバイバル、クリック感謝です。


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