2026年9月11日金曜日

ウーシアとエネルゲイアの分離のない区別を理解する ◆米国へのメッセージ◆2026年9月6日_台湾聖殿 <> 文亨進二代王

ウーシアとエネルゲイアの分離のない区別を理解する

米国へのメッセージ2026年9月6日_台湾聖殿 <>

文亨進二代王


2nd King 9/6/26 America Message 

Translation: The son of Mihara 


皆さん、おはようございます。私たちは極東からお届けしています。本当はもう少し早くこの動画を撮りたかったのですが、パワーリフティングの訓練で少し背中を痛めてしまい、間に合いませんでした。歳を取るとはこういうものです、皆さん。今日は日曜礼拝の場から、短く近況をお伝えします。


分離を意味しないウーシアとエネルゲイアの区別を理解する


レジス牧師が、私たちがいま学んでいるウーシア(Ouzia)とエネルゲイア(Energeia)という素晴らしい主題を、見事に扱ってくださいました。

それは原理を理解する大きな助けになっています。

原理が実際に何をするものなのか、なぜ私たちがこの点にこれほど集中するのか、ということです。


第一に、それは訓練を位置づける助けになります。

なぜ訓練が重要なのか、訓練には実際に効力があるということ、そして私たちが内在される神と交わりを持てるということを理解するのは、非常に重要です。アーメン。


神はAIではありません。この点については、これから触れていきます。


同時に、第二に、私たちはキリストの神性とその本性を守らなければなりません。

もし誰もがウーシアに至り、ウーシアと関わることができるのなら、その人もまた神格に属するということになります。

そうであれば、キリストは必要ないということになってしまいます。アーメン。

言っていることが分かりますか?皆さん。


そうなれば私たちは、誰もが一定の修練によって神になれるという、ヒンドゥー教のもう一つの形にすぎなくなります。

そして当然、それはサタニズムへとつながっていきます。いいですか!

ですから、これが第二の点、訓練を位置づけるということです。

第一は、やはりキリストの神性を守るということです。


そして第三の点は、本質とウーシアの区別を通して理解するということです。

それによって、授受作用についての原理の理解も守ることができます。

いいですか!ですからこれは非常に重要です。


ここで一つ押さえておくべき点があります。

この区別を理解するにあたって、ウーシアとエネルゲイアのあいだの区別は、分離を意味するのではないということです。いいですか!


たとえば、レジス牧師の話をしましょう。レジス牧師は一個の人格ですが、同時に人間としての本性を持っています。この二つは区別されますが、だからといって彼を二つの別々のものへ分けてしまうわけではありません。アーメン。

言っていることが分かりますか?


彼は二つのもの、すなわちウーシアとエネルゲイアを、言い換えれば人格と本性を併せ持つことができます。それらは区別されていますが、分離されてはいません。


ついてきていますか?皆さん。ですから、これを理解することは非常に重要です。

神格についても同じで、神格のうちには複数の位格がありますが、それらは区別されていても、分離されてはいません。これを理解することは非常に重要です。


トマス主義、アウグスティヌス主義の問題


トマス主義的な理解に立つと、当然ながらある問題にぶつかります。

トマス主義、そしてアウグスティヌス主義──中世キリスト教のトマス主義的な世界の中で、アウグスティヌスの思想が組み直されたものです。

いいですか。そして、予定説という考え方を、より強い形で発展させていくわけですが、それはどこから来るのでしょうか?


もし神の本質とウーシア、つまり本質あるいはウーシアと、エネルゲイアの働き、そのオペラティオ(operatio)などが、一つのものへと押し込められてしまえば、問題が生じます。

そうでしょう?

なぜなら、そうなると本質とウーシアのあいだに区別がなくなってしまうからです。

そして事実上、神の愛、その恵み、その犠牲、その神的な意志、その知識、その働き──神のいかなる働きについて語るときも、私たちは神の本質そのものについて語っていることになってしまいます。


そしてそうすれば、当然ながら本質が複数あることになり、それは神格のうちに複数のウーシアがあるということにつながります。

これは問題です。


なぜならそれは、それぞれ別のウーシアを持つ複数の神が神格のうちにいるということになるからです。

それは、一つのウーシアのうちに異なる位格があるということとは、まったく違います。まったく別の話です。

要するに、もし神の意志もその一部であり、神の本質そのものであるとするなら、それは不変だということになります。それは時間と空間を超えて先立って存在し、変わることがありません。


そうなると、神の意志は予定されたものになってしまいます。

分かりますか?


神のすべての予知をもってしてもなお、その意志はあらかじめ定められたものになるのです。

そして当然、神はすでに、滅びる者と救われる者とをあらかじめ定めておられる、ということになります。

それは自由意志の原則をすべて破壊し、ひいては統一原理そのものを破壊してしまいます。


ですから、ウーシアすなわち本質と、エネルギーとの区別を理解することは、私たちがどのようにして自由意志にたどり着くのか、どのようにして神と関わることを理解するのかを知るうえで、決定的に重要です。


王妃が今朝聖書勉強をし、さまざまな神顕現、すなわち神の臨在が現れる場面などについて学びました。旧約聖書にも、新約聖書にもあります。

使徒の働きにおける炎の舌の場面や、モーセが燃える柴のもとで神と出会った場面など、そうしたことすべてです。

そして聖書では、それらは神の奇跡的な働き──韓国語で私たちが役事と呼ぶもの──を直接目にすることとして語られています。


しかし、トマス主義的な世界観に立ち、本質とエネルギーが一つに押し込められて同じものだとするなら、神はそのように現れることができません。

神の本質が炎の舌として現れることなどできないのです。


もしそうであれば、誰もが神の本質に触れられるということになり、したがって誰もが神になってしまいます。分かりますか?


そこでその問題を避けるために、アクィナスはもう一方の説明を採らざるを得ませんでした。

すなわち、実際には神がそうしたものを創造したのだ、それらはAIのホログラムのようなもの、炎のホログラムのようなものであり、それを通して私たちは神といわば関わることができるのだ、という説明です。


しかし問題は、そうなると神が永遠に遠い存在になってしまうということです。

なぜならその考え方では、炎の舌や燃える柴のような驚くべき奇跡を神が与えてくださったときでさえ、それらは実際には神ではなく、神との出会いでも神との交わりでもないことになるからです。

それらは実際には、被造物との、あるいは創造されたAIのホログラムとのやり取りにすぎない、ということになります。

分かりますか?


そしてそれは、神を永遠に遠ざけてしまいます。それは授受作用を破壊し、最終的には、神との実際の関係そのものを破壊してしまいます。

なぜなら、関係を持てる相手はホログラムだけになってしまうからです。

ついてきていますか?皆さん。


悪魔のエネルゲイアと戦う神のエネルゲイア実践訓練


駆け足で話していますが、この区別──分離ではなく区別、ウーシアとエネルゲイアの区別──を理解しなければ、どれほど多くの問題が生じるかが分かるでしょう。

そして覚えておいてください。エネルゲイアという語は、聖書の中に26回以上出てきます。

しかもそれは神の働き、すなわちオペラティオだけを指すのではなく、悪魔の働きをも指します。

悪魔もまた働きを持っており、それによって人に取り憑き、滅ぼし、殺すことができるのです。

聖書が言うように、悪魔は探し出しては滅ぼそうとしています。

ですから、私たちはこうしたことに気づいていなければなりません。


だからこそ、私たちは実践を、訓練を行うのです。その訓練の中で、私たちは神を経験することができます。

神のAIホログラムでもなく、何らかの創造された結果や被造物でもなく、神の臨在そのもの、神のエネルゲイアを経験できるのです。

神の神的な光、神的な力、神的な恵みのうちに、私たちは神と出会うことができます。


これらは神の創造されていないエネルギーです。私たちが神を探し求め、神を追い求める努力を注ぐなら、神はこうした驚くべき経験の恵みを与えてくださいます。

だからこそ訓練と実践がこれほど重要なのです。訓練を続けてください、皆さん。そのために私たちは訓練を行うのです。


そして、息を吸いながら「私は生きている」、息を吐きながら「아버지 감사합니다(お父様、ありがとうございます)」と唱えることを、一日に100回、400回、4,000回、4万回と行うようにしてみてください。

その水準にまで達すれば、皆さんの人生も運命も永遠に変えられます。


なぜなら、絶えず悔い改めのうちに生きながら、同時に感謝をもって神に栄光を帰しているからです。

ですから、落ち込みの中にいるのではなく、栄光のうちにいることになります。

そして神は、そうした素晴らしい瞬間に、神的なエネルギーとその働きとの驚くべき出会いを、私たちに与えてくださるのです。アーメン。


トランプ大統領を祈りなさい


同時に、いまアメリカで起きているすべてのこと、トランプ大統領をめぐる状況の中で、私たちは大統領のために祈り続けなければなりません。


大統領は対応を強めています。同時に、中間選挙が近づいています。

共産主義者たちを勝たせるわけにはいきません。

彼らは文字どおりボリシェヴィキ革命を起こし始め、愛国者たちを殺し始めるからです。彼らは文字どおり正気ではありません。

当然、それは止めなければなりません。


同時に、共和党に対しても「もうあなたたちを信用していない」と伝えなければなりません。


そして、トーマス・マッシー、マージョリー・テイラー・グリーン、タッカー・カールソン、ジョー・ケントといった、本物のMAGA、アメリカ第一を掲げる人たちが立ち上がり始めるなら、愛国者の多数も、無党派層も、その人たちを支持するようになるでしょう。

ですから皆さん、この重大な時にあって、私たちはこの破れ口に立たなければなりません。

世界の安全のために、そしてもちろん、神の御国が来るようにと祈りながらです。

ですから祈り続けてください、皆さん。大統領のために祈り、すべての人々のために祈ってください。この重大な時にあって、私たちは強く立たなければなりません。皆さんを愛しています。祈りをありがとうございます。私たちも皆さんのために祈っています。神の祝福とご加護がありますように。そして、神の御国が来ますように。ハレルヤ!

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