2016年7月9日土曜日

<原理本性論>夜の神様と昼の神様からみる天の御父様の四位基台


<原理本性論>

夜の神様と昼の神様からみる天の御父様の四位基台(試論)


副題:三位一体論から見る夜の神様と天の父母様


1.夜の神様、昼の神様からみる天の父母様


韓お母様が神様の呼び名を天のお父様から天の父母様に変えたことにより
信仰的大きな混乱が起きた。

単なる神様の名称論ではなく信仰のあり方、ひいては聖霊の役事にも関わる神学的問題である。何故なら神様は我々に働きかける霊であるからだ。

この問題を「夜の神様・昼の神様」と「天の父母様」の関係から明確にすることを試みたい。

なぜ真のお父様が「夜の神様・昼の神様」を言われたのか
その理由の一つとして「夜の神の位相としての天のお父様」、「昼の神様の位相としての天のお父様」を原相論的に区別するために使われたと考えている。
このような「夜の神様・昼の神様」という原相論で神様について見てみる。
原点に帰るという意味でこの論争に双方でよく使われる原理講論の次の一節を上げる。


神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、
本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、
被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知る。


この原理講論の表記を「真の父母の思想は創造以前から存在していた夜の神様の核心思想である。」というお父様のマルスムから神様が単純に男性と女性ではなく太初から父母性を持っていると見ることができるので男性=父性、女性=母性として記述してみる。

神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、
本性相的父性と本形状的母性との二性性相の中和的主体としておられ、
被造世界に対しては、性相的な父性格主体としていまし給うという事実を知る。

これを神様が「光あれ」と言われる以前、時空間の創造以前の神様である「夜の神様」と時空間光の創造以後の神様である「昼の神様」という原相論的位相からみると
神様は父性と母性の二性性相の父母中和的主体である昼の神様であり被造世界に対しては性相的な父性格主体である夜の神様としていまし給う
ということができる。

原理でいう神様が性相的な男性格主体であるとは性相的父、つまりより根源的な創造以前の神、夜の神様のことを父と言っているのであり、


父性と母性の二性正相の中和的主体の神様は光と時空間創造後の展開の中で生じる神様であるがゆえに昼の神様なのである。

即ち神様の位相を「光と時空間創造・以前」と「光と時空間創造・以降」によって夜の神様の位相なのか昼の神様の位相なのか区分することが可能である。もちろんこれは位相上の区分であり夜の神様と昼の神様が別々に存在するのではなく神様は全くのお一人である。



以上より夜の神様を天のお父様と呼ぶことは非常に理にかなっており自然である。夜の神様を天の父母様と呼ぶという神学があるが、光と時空間の創造前の位相である夜の神様を昼の神様として光と時空間の創造後の位相のなかで現れる天の父母様の名で呼ぶことは明らかな間違いである。



一方昼の神様は、昼の神様の父性である「昼の神様としての天のお父様」と、昼の神様の母性である「昼の神様としての天のお母様」の父母二性中和的主体という事ができ、昼の神様を父母二性の中和的主体として見るとき、この昼の神様の位相を天の父母様と言うことは可能である。

この位相の神様に対し真のお父様が天の父母様と祈祷されたこともある。

このように夜の神様を「天のお父様」と呼び、昼の神様の父性もまた無形の性相的存在という意味で「天のお父様」と呼ぶことも出来る。実際お父様のマルスムにも夜の神様を指す「天のお父様」と昼の神様の父性を指す「天のお父様」がある。

つまり「夜の神様なる天のお父様」と「昼の神様なる天のお父様」の二つの位相の天のお父様があるのでマルスムを分析する際、天のお父様という言葉のその位相は、より根源的な夜の神様という意味の天のお父様なのか、光と時空間創造後の昼の神様としての天のお父様なのかを判断する必要がある。


このことを次に検証してみる。


<アボニムのマルスムより>

夜の神様は目に見えない創造主であり、昼の神様は目に見える創造主である。

夜の神様は内的な創造主であり、昼の神様は外的な創造主だ。

​アダムとエバが完成すれば見える昼の神様となる。

アダムとエバが完成すれば見える創造主となり、外的な創造主となる。

見える創造主と外的な創造主が昼の神様である。

(297:226、1998.11.20。)


​夜の神様は第1創造主であり、昼の神様は第2創造主だ。

(1998.8.21。)


アダムとエバが本体のみ言葉を実践すれば、本体のみ言葉の実体となる。

​本体のみ言葉の実体が本体的実体である。

​本体的実体が昼の神様である。昼の神様は夜の神様の実体である。

​昼の神様は、見えない夜の神様を見える神様となるようにする。

​夜の神様は、昼の神様を通して実体があらわれる。

​昼の神様と夜の神様が一体をなせば、本体的存在として天地人真の父母になる。

アダムとエバが完成し昼の神様になれば、神様の直接主管圏時代が開かれる。

​夜の神様は、体がなくて一人で被造世界を直接主管することができない。

​夜の神様が被造世界を直接主管するためには、アダムとエバが完成し、昼の神様にならなければならない。

​アダムとエバが完成すれば、夜の神様はアダムとエバを直接主管される。

​また、夜の神様はアダムとエバの体を使って被造世界も直接主管される。


昼の神様があらわれる時、夜の神様の創造目的が完成される。

​昼の神様が神様の創造理想として願われた真の父母だ。

​真の父母の思想は創造以前から存在していた夜の神様の核心思想である。​

真の父母という言葉は、創世以前からあった。

​真の父母は夜の神様の創造構想の中で存在していた。

​夜の神様の創造の中心は真の父母の完成である。

​夜の神様は真の父母の実体圏のために万物を創造した。

(1997.8.9)


真の父母思想の根は、創造以前の夜の神様である。

​夜の神様の創造目的はご自身が直接愛を授け受けることができる

愛の実体対象があらわれることだ。

​夜の神様の実体愛の対象が完成したアダムとエバだ。

​夜の神様の実体愛の対象が真の父母だ。

​夜の神様の愛の実体対象が昼の神様である。

​昼の神様があらわれてこそ、夜の神様は実体的な愛を通して

直接喜びを感じることができる。


夜の神様は、創造以前から今まで昼の神様が現れるのを

首を長くして待ちわびて来られた。

​四六時中、昼の神様が現れるのを待ち焦がれて来られた。

​もしアダムとエバが完成して昼の神様になって

​「一国に現れて真の父母の位置にだけ立つことができたなら、

神様は夢にでも現れてヘリコプターで太陽を運んで、月を移してでも

​空中で喜びの稲妻を作って歓喜の雷を鳴らしたかったことだろう。」

​(平和神経、21)


イエス様が真の父母になったならば、

本体のみ言葉の実体になり、本体的な実体になられる。

​イエス様は昼の神様になって夜の神様と一体となり、天地人真の父母になられる。

​神様の直接主管圏時代が始まる。

​しかし、イエス様は十字架の道を行かれることで昼の神様になれなかった。

第3次アダムとして送られた文鮮明先生は「してはいけない」という戒めを守り

「しなさい」という三大祝福の責任も果たされた。

​真の父母様の摂理観的責任も果たした。

(1999.12.26.)



以上のマルスムは、ジャボン玉のブログより引用

​真の父母は夜の神様の創造構想の中で存在していた。

このマルスムにみる「夜の神なる天のお父様」は創造以前から昼の神様の顕現を待ちわびる根源的神様本体であり、時空間を伴い展開し成長完成するという位相にはない神様である。


夜の神様の実体愛の対象が完成したアダムとエバだ。

​夜の神様の実体愛の対象が真の父母だ。

​夜の神様の愛の実体対象が昼の神様である。


つまり夜の神様の実体対象が完成したアダムとエバであり、アダムとエバが完成し真の父母となり昼の神様となるというマルスムであり、アダムが完成した「昼の神なるお父様」になるためには「昼の神なるお母様」が相対として必要なのである。
そして、この昼の神様の顕現はエバが真の母になることによって実現する。

このようにお父様が「天のお母様」が必要だと言われたのは昼の神様についてであり夜の神様に対してではない。したがって夜の神様を天の父母様と呼ぶのは間違いである。


光と時空間の無い夜の神様は、光と時空間を持つ昼の神様と一つになることにより光と時空間にも偏在されるようになる。


2. 三位一体論から見る夜の神様と昼の神様の四位基台(天の御父様の四位基台)

以上から「昼の神様は天地人真の父母である」という表現から昼の神様とは真のお父様と真のお母様のことと単純に捉えがちだがこれに対しお父様は更に深い内容を亨進様に語られた。


キリスト教神学では重要な教義があるのですが、​その一番目が神様の実体の中に聖父、聖子、聖霊の三位格が共に存在しており、​神様を「超越的存在」として見る「三位一体論」であり、他の一つは、歴史に現れたイエス様の人格を構成する神性と人性に関する研究である「キリスト論」です。



「夜の神様」は、超越的な神様として全ての万物と時空間が創造される前の「無」の状態、​夜の暗闇の状態での見えない神様であり、

「有」の状態、時空間の創造後の歴史が始まった後の動きの神様、​摂理の神様と呼べるその存在が即ち「昼の神様」です。



​私たちはこれを歴史に現れたイエス様を神性と人性を共に持つた存在として研究するキリスト論を通して見てみると、​「キリストは100%神であると同時に100%人間」なのです。


「私は夜の神様から、お前たちは昼の神様から出てきた。」と言われたみ言を易しく説明すると、​私たちは母の子宮を借りて生まれますが、真のお父様は神様の種、すなわち「精子」から出て来られたことを意味します。


天基3年天暦1月7日(陽暦2012.1.29)天福宮よりの抜粋

全文は脚注1)に記載



お父様の、神様の精子。お父様の原理本体論中心の神様の精子。精子。神様の精子!なぜ?メシアは新郎だ!神様の精子!皆さんもご存知でしょう?女はXX、男はXY、男の種は、息子も作り、娘も作ります。XX、2つXがあると女だけ出てきます。男が出て来れません。息子が出て来れません。種が下ろせません。種!精子!神様の王権は精子を通して降りていきます。父子関係。


この亨進様のマルスムは、昼の神様も「キリスト論」的神学と「三位一体論」的神学の両方から見ることができるということである。

お父様の「昼の神様は天地人真の父母である」というみ言は「キリストは100%神であると同時に100%人間」という「キリスト論」的捉え方であり、このキリスト論的昼の神様の一方で、聖父、聖子、聖霊の三位格が共に存在しており、​神様を「超越的存在」として捉える「三位一体論」からみる「時空間の創造後の歴史が始まった後の動きの神様、​摂理の神様と呼べる昼の神様」があることがわかる。

また「私は夜の神様から、お前たちは昼の神様から出てきた。」とは真のお父様(アダム、イエス様、お父様)は夜の神様の種「精子」から出て来られのであり、

真のお母様(エバ、お母様)は昼の神様の子宮「卵子}が出てこられたということである。

我々人間と神様の関係は、父母と子関係では無く,あくまでも父子の関係、神様は天のお父様なのである。

以上を整理すると、


*夜の神様:

 ・全ての万物と時空間そして光が創造される前の「無」であり夜の暗闇の見えない神様。

 ・真のお父様は夜の神様の種、すなわち夜の神様の「精子」から出てこられた。


*昼の神様:

 ・キリスト論で言う昼の神様

  「100%神であり100%人間である天地人真の父母様」

 ・三位一体論で言う昼の神様 

  「時空間の創造後の神様、​摂理の神様」

   真のお母様は昼の神様の子宮、すなわち「卵子」から出てこられた。 

    

*「聖父、聖子、聖霊の三位格」をこの夜の神様と昼の神様の概念で四位基台として表現すると

 ・正「夜の神なる聖父=夜の神なる天のお父様」

 ・分の主体「昼の神なる聖父=昼の神なる天のお父様」

 ・分の対象「昼の神なる聖母=昼の神なる天のお母様」

 ・合「聖子=昼の神なる天地人真のご父母様」


と言うことが出来る。


そして聖書にはこうある。

初めに言葉があった。
言葉は神と共にあった。
言葉は神であった。
この言葉は、初めに神と共にあった。
万物は言葉によって成った。
成ったもので言葉によらずに成ったものは
ひとつもなかった。
言葉のうちに命があった。
命は人間を照らす光であった。
光は暗闇の中で輝いている。
暗闇は、光を理解しなかった。 
     
 (ヨハネ福音書 1:1~1:5 )



言葉は神、つまり夜の神の言葉は霊である。
真の父母思想をもった言葉なのである。
真の父母思想を持つマルスム(言葉)が具現化するとき父なる神(天のお父様)と母なる神(聖神お母様)として現れる。
この二性性相が聖霊(神の霊)である。


 *聖霊の詳しい省察は以下を参照:



これを原理本体論とアボジの直筆から見てみる。



-1)原理本体論より
3図表.jpg
原理本体論の講義案では原理は神様の対象であるロゴスの二性性相が神様の形状的な実体対象として分立したのがアダムとエバであると説明している。

-2)アボジの直筆より


聖 天
神 の
お お
母 父
様 様
と書いてある。


夜の神様のロゴス、言葉が聖霊の姿だということである。


父母二性の性質を持っている言葉であるが故に昼の神様の天の父として、その相対としての聖神お母様として我々に役事するので父と母に分かれているように感じるが父なる夜の神様、一なる神様からの言葉の性質が実体化した姿なのである。

この言の実体が天地人真の父母様なのであり、

真の父母の思想は創造以前から存在していた夜の神様の核心思想なのである。


これを四位基台の図で表してみる。



創造以前の神様の本性は夜の神様であり性相的格位は真の父母の思想、み言を持つ天の父である。

これに対し昼の神様は創造以前の夜の神なる天のお父様の真の父母のみ言から二性に分立した「昼の神なる天の父」と「昼の神なる天の母」の授受作用による父母二性中和的主体であり創造後の神である。天の母が現れ天の父として完成し父母二性中和的主体を完成させた位相を天の父母様というのであり夜の神様の属性である。


このような夜の神様と昼の神様という原相論的位相からみると「天の父母様」とは創造後の昼の神様のことである。
この「昼の神の天のお父様」は天のお母様が現れ父母二性中和の授受作用により父母一体化し「天の父母様」になる。

このように「天の父母様」は天のお母様が現れ父母一体化することにより顕現する創造後の神様、即ち昼の神様が完成された姿なのであり夜の神様が天の父母様になるのではない。夜の神様は真のお父様を生んだ精子を持つ天のお父様それ自体なのである。


3.家庭連合と韓お母様の誤謬

 
韓お母様を始めとする家庭連合の誤りは「夜の神様なる天のお父様」と「昼の神様なる天のお父様」を混同してしまい、「昼の神様なる天のお父様」の介在なく時空の無い夜の神様が時空性の有る創造後の天のお母様とが直接結婚することによって完成するという矛盾した神学に陥っていることである。
天のお母様を迎える必要性があるそのような時空を伴う天のお父様の位相は明らかに「昼の神なる天のお父様」の位相である。

このように家庭連合は光と時空間の無い創造以前の夜の神様と時空間を持つ創造後の昼の神様の二性の一つである天のお母様が直接結婚し一つになるという自己崩壊、即ち創造以前の神と創造後の神が一つになり夜の神様の「時間も空間も存在しない創造以前」という神性を破壊する自己矛盾に陥いっている。同時に父母二性からなる天の父母様を根本根源とすることにより二元論に陥ってしまっている。


我々は、男性はイエス・キリストの体となり女性はイエス・キリストの花嫁となり家庭をもつ如く、基元節における夜の神様との結婚は、

真のお父様は夜の神様の体、父なる昼の神様の実体となり、

お母様は夜の神様の花嫁、母なる昼の神様の実体となって

真の父と母が一つになることである。

しかし韓お母様は夜の神様の体である真のお父様と一つになるのではなく、夜の神様と直接結婚し肉体を持つ神になろうとした。

つまり母なる昼の神なるお母様は肉体をもって夜の神様と結婚することにより夜の神様を自分の肉体に取り込もうとしたのである。

夜の神様の代身ともいえるお父様に対する昼の神様の代身ともいえるお母様のこの思想と行動を評して、お父様は「夜の神様と昼の神様が戦っている」と言われたのである。

このように本来昼の神様を意味する「天の父母様」は夜の神様を自分の夫とし私が神になったという意味の「天の父母様」に置き換えられてしまったのである。これは結婚というよりも夜の神様を体内にとり込んでしまったとも言える。それが故に天の父母神学は子宮神学とも言えるのである。


これを図に表わしてみる。  


家庭連合が配布した成約摂理解説の四位基台

家庭連合の夜の神様と昼の神様の位相図  


    <天の父母様>     <天地人真の父母様>

「夜の神なる     「昼の神なる   主体     
天のお父様」 🔃    天のお母様」 韓お母様    
(性相的父性)  (形状的母性)   ⇅      

                 真のお父様 = 「昼の神なる

                  対象     天のお父様」


一言で家庭連合の神学を言うならば、韓お母様は真のお父様の前に絶対主体として立った実体の昼の神様であり夜の神様の妻であるということなのである。

    

4.お父様の祈祷に見る天のお父様と天の父母様 


夜の神様の属性である昼の神様は二性中和つまり父母中和主体であるからこれを指して真のお父様が「天の父母様」と言われることがあった。
また「天の父母様」の顕現はエバが真の母として完成期完成級までの全ての責任分担を果たし天のお母様が現れることにより実現するのでそれが再臨のメシアの悲願でもあるゆえに「天の父母様」と切に祈られたお父様の祈祷も存在する。


しかしそのような神様の位相を真のお父様の心情を考慮せず「天の父母様」と祈られた少ない事例を絶対化する家庭連合のその姿勢は御用神学に盲目的になっている証拠である。

夜の神様から来られた真のお父様は夜の神様に対して自然に「天のお父様」と祈ってこられたのであり、我々はこの真のお父様の伝統に従い、夜の神様に対し「天のお父様」と祈るのが子女の正しい心情姿勢である。


子女である我々の前に昼の神様が天の父母様として顕現されるのだから我々が昼の神様を天の父母様と呼ぶこともあろう。しかし通常はより根源である創造以前の夜の神様を天のお父様と呼ぶのが妥当である。
明確に区別をしたければ「夜の神なる天のお父様」であろう。

5.昼の神様の責任分担 


真の父母様御夫妻が、最終一体をなされ昼の神様となられた。


(天基元年天暦5.8)


昼の神なる天の父母様の顕現が2010年5月8日天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会でありその完成、夜の神様と真のお母様の結婚式が基元節の時である。昼の神様の顕現が即昼の神様の完成ではないのである。


それは本来韓お母様が完成期完成級の責任分担3%を果たされたとき完成されたはずであった。
その予定された天暦2013年1月13日に真のお父様と完全一体化したという証、つまり真のお父様が決めた相続者を高く上げるという燔祭が韓お母様にできるかという責任分担があったがこの燔祭を失敗し、自分を神の位置に立て「昼の神なる天のお父様」である真のお父様との結婚ではなく、夜の神様と称しながら絶対権力、この世の栄誉栄華と結婚してしまったためこの基元節は偽基元節となり韓オモニの失敗の時として摂理歴史に刻まれてしまった。
2015年5月までに勝利したカインアベルの元に帰れば勝利するという道も残されていたがこれも水泡となり消えてしまった。

この責任分担はヨナニムに移行し、ヨナニムの亨進様と三代王権に対する絶対服従宣言された信仰基台の上に亨進様は5月26日三代王権相続式を行われ、真のカインである文國進夫妻が二代王夫妻に戴冠式をされた真の基元節のとき韓お母様が出来なかった責任分担が果たされたのである。
   

     *’15年 4月26日  ヨナニム三代王権花嫁の誓

       http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/04/2015426.html

     *5月24日  真の女性奉献、三代王権代身者相続の儀式

       http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/05/524the-standard-of-heaven.html

           http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/05/2015526.html

        *8月30日(天暦7月17日)二代王戴冠式 

       http://h2fanclub.blogspot.jp/2015/09/2015830.html

        *真の基元節

           http://h2fanclub.blogspot.jp/2016/06/blog-post_12.html


脚注1)

引用先:シャボン玉のブログ『夜の神様、昼の神様』亨進様のみ言葉(2012.1.29)天福宮


“夜の神様、昼の神様”亨進様のみ言葉

天基3年天暦1月7日(陽暦2012.1.29)天福宮


今日、特別に皆さんにお話したいことは「夜の神様、昼の神様」についての内容です。

天福祝祭の期間が終わりに近づいている今、私たちはもう一度、​真の父母様がどのような方であるかについて考えてみなければなりません。

これを正しく知らなければ、すべての統一家の価値が無意味なものになるかもしれません。


初めて真のお父様が「夜の神様、昼の神様」という漸進的な啓示を下さった時、

その表現自体が非常に微妙で理解しずらいものでした。


キリスト教神学では重要な教義があるのですが、​その一番目が神様の実体の中に聖父、聖子、聖霊の三位格が共に存在しており、​神様を「超越的存在」として見る「三位一体論」であり、​他の一つは、歴史に現れたイエス様の人格を構成する神性と人性に関する研究である「キリスト論」です。


​この二つの教義は互いに性格が異なりますが、この二つをよく理解することが​「夜の神様、昼の神様」を正確に理解するのに非常に重要です。


「夜の神様」は、超越的な神様として全ての万物と時空間が創造される前の「無」の状態、​夜の暗闇の状態での見えない神様であり、「有」の状態、時空間の創造後の歴史が始まった後の動きの神様、​摂理の神様と呼べるその存在が即ち「昼の神様」です。


天福祝祭を始める前に、真の父母様は私たちに驚くべき歴史の転換点をくださったのですが、​それは去る1月に行われた「天地人真の父母国民支持大会」でした。

行事の最終日、お父様は私たちに、ご自身と私たちの違いについて問われ、​「私は夜の神様の管理を受け、お前たちは昼の神様の管理を受けているのだ。」と説明してくださいました。​お父様は存在論的に私たちとキリストの違いを非常に明確に決定し発表されるフィナーレをしてくださったのです。


真のお父様は人類の堕落歴史を通して現れた昼の神様から来られたのではなく、​夜の神様、罪のない神様、堕落の痕跡に触れることが出来ない夜の神様から来られたので真の血統を全人類万民に恵む驚くべき祝福を下さることができ、​私たちの霊魂と肉身を救ってくださることができるのです。


​そしてこれが真の父母様の真の価値であり、​真の父母様から出てきた私たち統一家の価値を決定する重要な内容なのです。


私たちは原理を通して「メシアは人間である」という教えを受けてきましたが、私たちはこれを歴史に現れたイエス様を神性と人性を共に持つた存在として研究するキリスト論を通して見てみると、​「キリストは100%神であると同時に100%人間」なのです。


​また、メシアが来られて、ご自身のアイデンティティをいつ認知され、​世に示されるかに対する「メシア的認識(Messianic Consciousness)」についても研究することになるのですが、​真のお父様は、国民支持大会の最終日、まさにご自身のアイデンティティに対する存在論的立場を初めて宣布されたのです。


​これを通して今まで大きな違いを持っていた私たち統一教会とキリスト教、カトリックの教義的距離を縮めて、​私たちが彼らを天の前に今後導くことができる驚くべき時代が開かれたのです。


「私は夜の神様から、お前たちは昼の神様から出てきた。」と言われたみ言葉を易しく説明すると、​私たちは母の子宮を借りて生まれますが、真のお父様は神様の種、すなわち「精子」から出て来られたことを意味します。


​アダムとイエス様と真の父母様すべてが「神様の種」でしたが、この種がすべて完成した木になって​実を結んだのではなく、​ただ「天地人真の父母勝利解放完成時代」を開いてくださった真の父母様だけが木となられ

て全世界を実で覆ってくださったのです!


夜の神様、昼の神様をどのように理解するかによって、私たちは、キリストを正しく認識するようになり、​真のお父様がどのようなお方であられるのかを正確に見るようになるでしょう。


​超越的な神様の本質から出て来られた真の父母様を完全に理解することによって、私たちは統一家の価値を高めると同時に全宇宙と時空間の次元よりも大きな価値を持った真の父母様に出会うことになるでしょう。


アジュ!



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