文亨進師を心底見下し詐欺暴力する菅井教
序文
キリスト教会の皆さん、宗教家の皆さん、マスコミのみなさん、サンクチュアリ教会の皆さん、
菅井教、聖臨連合、菅井派はサンクチュアリ教会ではありません。別宗教です。
菅井教はサンクチュアリ教会宣教本部でも祝福の相手が菅井派であることを理由に破談、或いは離婚することは正当な理由として認められている公認異端教です。参照:日本サンクチュアリ協会の菅井教に対するアナウンス
彼らの詐欺である「①すべては真のお父様のみ言の解説」「②お父様はこのように言っている」とする教えに対してサンクチュアリ教会の指導者、文亨進牧師(二代王様)は菅井派に影響を受ける人が目を覚ますように警告や啓蒙をしなさいとサンクチュアリ教会長たちに指示しています。
これはその指示によるものです。
菅井教の子女は、祝福候補者として忌み嫌われていますので騙されないよう気をつけてください。
マタイによる福音書 13:41~42
人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。
2024年冬のそれまでは、皆様と同じようにすっかり菅井教に騙されていました。
つまり日本サンクチュアリ協会さんが頑なに文亨進師(二代王様)のキリスト論三位一体論を否定するのは、私と同じように菅井教にすっかり騙されているからであることに気が付きました。
びっくりして書いたのが昨年2月20日の原理原相論(試論)夜の神様における真の愛、夜の神様の誕生です。
そうしたところ、騙されたことに気がついたのでしょうか、日本サンクチュアリ協会さんは昨年2025年4月、この菅井教というサタン教を内部から一刀両断されました。
江利川会長、李相烈会長、權教授、堀さん、ロードさん、中村仁史さん、千葉教会長さん、山口聖殿などなど多くの方々が、二代王様の三位一体キリスト論を純粋無垢に受け入れるようになったのです。
ですから日本サンクチュアリ協会さん、韓国聖殿教会、山口聖殿は更なる発展をされることでしょう。
当初「霊通カリスマ」とは自分のことであると認めていた菅井氏
さて、「菅井教、事実上の敗北宣言」で指摘したように、
菅井教が「”神様と聖霊と三位一体で、神様そのものの存在となっている真のお父様”」と言う時、その本質は、後ろで「しかしそれは比喩と象徴の詩的文体としてだ!」とペロッと舌をだす詐欺であるという指摘は、まさに的を得た図星でした。
何故なら、菅井氏は、今回「https://kuruto.muragon.com/entry/306.html」にて、文亨進師(二代王様)を思いっきりバカにしながら、この天宙敵詐欺犯罪をやり続けるという決意表明をしてきたからです。
これは彼の『二代王よ、俺が【見えない神様の教本】を導くのだ。お前は摂理を導く、私は真理を導くのだ!!!』という本音が爆発した内容になっています。
参考:事実上のメシア宣言、菅井睦雄氏のニ代王様に対する反論「お父様はニ代王様には摂理を語るが、私には真理を語る」
ちなみにここ「https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12894004324.html」では、菅井氏は、
菅井氏:
私を批判している日本サンクチュアリ協会の評議会の方々は、今回の「霊通カリスマ」騒動は江利川会長の、2024年8月11日での説教で飛び出した発言から始まっている事に気付いたほうが良いでしょう。
このままの勢いで、江利川会長は「お父様と直接話しているという者がいる」と二代王様に訴えたのでしょう。
堀さんが「真の父母様の本体論」の拡散運動をしてくれているので便乗して私も応援します!
と叫んでいます。
つまり2025年4月9日PA天一宮韓国語水曜礼拝で文亨進師が語られた霊通カリスマとは、自分(菅井氏)のことであると見事に認めているのです。
はっきりと菅井氏は「霊通カリスマ騒動の原因は江利川会長が二代王様に訴えたからだ」と、「この霊通カリスマは自分のことである、こんなことになったのは江利川会長の責任だ」と、大いに主張しています。
それなのに、菅井教は三代王権ブログが、菅井氏のことだと決めつけたと責任転嫁し嘘偽りを言っています。
この4月9日水曜礼拝のすぐ後(4月15日)に、自分から、「霊通カリスマとは私菅井のことだ、この騒動は江利川会長が悪い!」と吠えているのです。
自ら認めていたのに、後になって逃げるために「霊通カリスマとは私のことではない」「訳者が悪い!」などと「私、菅井のことじゃないギャーギャー」と天宙全霊界に向かって叫ぶ姿は、天宙的詐欺師の真骨頂ではありますが、何と無様でみっともない!としか言いようがありません。
「文亨進師にロックオンされたのは江利川会長の責任だ」と、これだけ大口を叩いておいて、天宙的詐欺師の真骨頂ではありますが、何という卑怯で下劣な汚い連中でしょうか。倫理道徳正義の微塵もない。人として完全に終わっています。
文亨進師とヨナ伝道師を心底見下し、詐欺という暴力をふるう菅井教
菅井氏:三原氏の解釈では、聖霊はイエス様の対象となる聖霊として、新約の基準にとどまっています。この解釈で、二代王様が「お父様の聖霊」と語られている意味と意義を解釈できるのでしょうか。https://kuruto.muragon.com/entry/306.html」
菅井氏の今回の上記発言 は『二代王よ、俺が【見えない神様の教本】を導くのだ。お前は摂理を導く、この菅井は真理を導くのだ!!!』という菅井師とその使徒たちの本音が爆発した内容になっています。
では文亨進師はどのように聖霊について言っておられるでしょうか?
ヨナ王妃:私たちが原理講論で聖霊様の姿は女性神であると表現しますが、それは、エバがアダムを助ける人の立場でそのように対象の立場として女性神という表現を使うと見ます。だから聖霊様は徹底して独り子と共に助ける立場であり完全に一つ、そんな姿の三位一体を言いますね。それが真のお父様の霊、聖霊様だと表現されるのです。
2021聖霊大学秋学期 リーダー会議◆二代王妃 文妍雅様のみ言葉◆2021年9月15日
文亨進師:聖霊は女性ではなく、イエスに対して対象の立場にあるものです。聖霊がイエスの妻という意味ではありません。
主体と対象の関係は結婚しない関係にもあります。多くの人が、これを勘違いしていますが。もう一度言います、聖霊は女ではなく、イエスの妻でもありません。しかし、神がイエスの霊人体の対象の立場として聖霊を送られたのです。ここでもイエスの霊人体と聖霊には違いがあります。同一のものではありません。
お父様の生心は神の生心、 聖霊は対象だが男性格◆キングスリポート3月23日
文亨進師はこのように聖霊に関して、従来の統一思想の新しい解釈として「聖霊は女性ではなく、イエスに対して対象の立場にあるものです」と教えて下さいます。聖霊は女性のような役割をするが女性ではなく対象の立場であると教えてくださいます。
最近のテネシー清平の權教授の説教でも、サンクチュアリ教会、聖殿教会の聖霊解釈ははっきりしています。
<テネシー清平 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師の信仰告白>
キリスト教神学ではイエス様を神と見ています。神の独生子(独り子)として来られた方です。
三位一体、神様はお一人ですが、聖父・聖子・聖霊という三つの位格として存在するとします。
すなわち創造主なる神、そして御言が受肉した人間として来られた神、そして救いと重生の聖霊の神。
三つの位格の役割は異なりますが、本質は完全に同一の神です。
真の御父様は人間の姿で私たちの前に来られましたが、神様の実体として来られた方です。
メシア、見える神様
2025年12月3日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 「真の御父様の神格化
「イエスに対して対象の立場にある」というこの思想に基づき、キリスト教会の伝統的教え、「救いと重生の聖霊の神。」であると權教授は言っています。これは当方で二代王様の聖霊として紹介している説明そのものです。
しかし菅井氏は
「新約の基準にとどまっています。この解釈で、二代王様が「お父様の聖霊」と語られている意味と意義を解釈できるのでしょうか。https://kuruto.muragon.com/entry/306.html」
と、文亨進師(二代王様)ヨナ伝道師(王妃様)權教授を「あなたたちは新約の基準にとどまっている」とバカにし見下すのです。
それは、キリスト教の三位一体論が父と子と聖霊の、父子の関係において、イエス様が創造前から存在しておられたという、キリスト教を心底バカにしているから、
純粋無垢に本心から真のお父様が、創造前から存在しておられたと言われる文亨進師(二代王様)ヨナ伝道師(王妃様)をもバカにし見下すのです。
權教授のように、純粋無垢に、「イエス様を神と見ています」「真の御父様は人間の姿で私たちの前に来られましたが、神様の実体として来られた方です。」と信じる者をバカにし見下すのです。
菅井氏:「お父様は創造前から神の本体として存在しておられた方」としての理解が、「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の様相の理解となるものではありませんhttps://kuruto.muragon.com/entry/306.html
このように、創造前のイエス・キリストを表すヨハネの福音書から来たキリスト教の三位一体論を徹底的にバカにし見下します。
それなのに、「神様と聖霊と三位一体で、神様そのものの存在となっている真のお父様 であるhttps://kuruto.muragon.com/entry/306.html」と言って、人々を騙し欺き、たぶらかします。
まさに天宙的詐欺師です。天宙的犯罪者です。
だから菅井教はキリスト教の敵なのです。
菅井教は、次のように、純粋無垢なるご心情をもってキリスト論を語られる文亨進師(二代王様)のご心情をズタズタに傷つけ踏みにじります。
菅井教:
2021年3月23日キングスリポート二代王様み言
『キリスト教(Christianity)では、キリスト論(Christology)の内容があり、イエスを神として扱っています。非常にレベルの高いキリスト論です。人(man)であると同時に神であり、三位一体で創造以前から父と共にしていた存在であるということです。それがキリスト教で扱われている「神は愛である」という内容です。』
私は二代王様のこのみ言を、真のお父様と同じように比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止めています。つまり、創造前の一人の神様の、性相を神様自身に例え、形状を神様の体となるキリストと例えて語られていると、私は受け止めています。
ところが三代王権天一聖殿の天ちゃんは、二代王様が語られたみ言通りに、神様とイエス様と真のお父様が共におられたと信じているようです。
そのように信じるのは尊い事でもありますが、真のお父様の次のみ言を完全に無視していることになります。
「御旨と世界」 人間に対する神の希望より
(中略)
しかし、神は人間と宇宙とを創造される前は、たった一人で、御自身以外の何ものをも意識することなく存在しておられたということを理解しなければなりません。
(中略)
ちなみに、人類始祖が堕落したからこそ、キリストが必要になったのであって、堕落しなければイエス様も文鮮明師も、真の父として聖誕する必要は無かったのです。
そのイエス様と文鮮明師が、どうして創造前から存在している必要があったのでしょうか!
https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html
もしも、本当に文亨進師(二代王様)が、「お父様が三位一体の神様本体のキリストとして創造前に存在していた」という説教は、比喩象徴の詩的表現であるということが正しいとするならば、
何度も何度も、お父様は創造前からの神本体であると言われる文亨進師(二代王様)は、正しく真実を語らず、比喩象徴の詩的表現で聖殿教会の信徒を何度も何度も、からかい弄ぶ、心底意地悪な詐欺師、そのようなとんでもない悪人になってしまいます。
誰もが知っているように文亨進師(二代王様)は単刀直入に、ありのままの真実を語る方です。
文亨進師(二代王様)の数々の三位一体論、夜の神論における真のお父様の存在様相は、純粋無垢に本心から真のお父様が、創造前から存在しておられたと言っておられることが分かります。
それなのに、この菅井教が主張する、
『二代王様が、「お父様が三位一体の神様本体のキリストとして創造前に存在していた」という説教は、比喩と象徴の詩的表現である』
という主張は、大変な、文亨進師(二代王様)に対する心情蹂躙であり、甚だしい冒涜なのです。
このように比喩象徴としか見れないのはそれだけ邪悪な心をもっているという証拠です。
だからこれは文亨進師(二代王様)に対する大変な詐欺という暴力なのです。
もちろん、これは文亨進師(二代王様)に対しても、このようにその純粋無垢なる心を切り裂き踏みにじることが出来るのですから、ましてや江利川会長や、李相烈会長に対してもその純粋に信じる心を簡単にズタズタに切り裂くことができるのです。
<日本サンクチュアリ協会 江利川総会長の信仰告白>
私は、お父様は夜の神様、即ち創造前からあられた神様の見えない実体の神様であられたと近くに侍りながら実感してきました。2025年3月28日
*ブログ掲載、御本人の許可を得ています。
<韓国聖殿 李相烈総会長の信仰告白>
真のお父様、真の御父母様はどのようなお方ですか?
人類の救世主であり、神様の本体実体であられる方が真の御父母様です。
2025年3月30日 於:29:00 山口聖殿20250330-2
*ブログ掲載、御本人の許可を得ています
このように純粋無垢に文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を信じる者たちを文亨進師(二代王様)を利用して徹底的に見下し馬鹿にするのです。
菅井教は面と向かって、こんなことは文亨進師(二代王様)には言えないので、文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を純粋に素直に信じる我々をバカにするのですが、実質は文亨進師(二代王様)に向かって罵り喧嘩を売っているのです。
もちろんこれは三位一体キリスト論を信じる全キリスト教徒を馬鹿にし、キリスト教界にも完全に喧嘩を売っているのです。
それだから、今回の菅井氏の「https://kuruto.muragon.com/entry/306.html」で言いたい本音は
『二代王よ、俺が【見えない神様の教本】を導くのだ。お前は摂理を導く、この菅井は真理を導くのだ!!!
お父様が三位一体の神様本体のキリストとして創造前に存在していたなどと、そんなバカなことはない。何故なら母がいなければ子は生まれない。そしてキリストとはアダムとエバが堕落したから必要になった。
だから明らかに、二代王よ、あなたが言ってるこのキリスト論は象徴比喩、詩的表現だ。そうだろ!お父様の聖霊とともにある私菅井がそう言うのだからそうなのだ。本形状がキリストを表す三位一体が創造前の三位一体だ。真のお父様三位一体は、創造後である。そうだよな!』
と言いたいのです。
このように純粋無垢に文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を信じるこのように徹底して文亨進師(二代王様)を利用するのです。
それだから菅井教はサンクチュアリ教会の絶対的敵なのです。
詐欺師ですから表向きは光の仮面を被っていますが、その仮面を剥がし、その内実を見れば、
このように勝手に文亨進師(二代王様)の神学は象徴比喩、詩的表現であると決めつけて「文亨進師(二代王様)よ、この真理を導く俺に従え」と、実質は文亨進師(二代王様)に反逆し暴力を振るっているのです。
文亨進師(二代王様)の三位一体論なんて象徴比喩、詩的表現であると文亨進師(二代王様)の見下しバカに心情蹂躙するのです。このように菅井教は大変な天宙的心情蹂躙魔です。
欠乏の愛によって勝手に絶対孤独感陥るそれほどの天宙バカ神の本形状をキリストだと誇りながら、「お前が言っていることは比喩象徴なんだよ」と文亨進師(二代王様)の純粋無垢なるご心情をズタズタに切り裂くのです。
ましてや、上記の權教授や江利川会長、李相烈会長の信仰告白に対しては言うまでもありません。
『權教授、江利川会長、李相烈会長よ、俺が【見えない神様の教本】を導くのだ。二代王は摂理を導くが、この菅井は真理を導くのだ!!!
お父様が三位一体の神様本体のキリストとして創造前に存在していたなどと、そんなバカなことはない。何故なら母がいなければ子は生まれない。そしてキリストとはアダムとエバが堕落したから必要になった。
だから明らかに、二代王が言ってるこのキリスト論は象徴比喩、詩的表現だ。そうだろ!お父様の聖霊とともある私菅井がそう言うのだからそうなのだ。本形状がキリストを表す三位一体が創造前の三位一体だ。真のお父様三位一体は、創造後である。そうだよな!』
と、無理やり決めつける暴力を振るってくるのです。
しかし、これからも、この本音を隠して、
菅井教は、
『自分たちこそが、文亨進師(二代王様)の御言をそのまま受け入れているのだ。
真のお父様が「聖父・聖子・聖霊の三位一体」のキリストである。つまり、神様と聖霊と三位一体で、神様そのものの存在となっている真のお父様の存在様相である。』
と偽りの光の仮面を被って人々を騙し続け、お父様と真のお父様、イエス様、三代王権様に対する天宙的詐欺犯罪、心情蹂躙罪の冒涜の数々を積み重ねていく大変な天宙的心情蹂躙魔なのです。
これからも 比喩象徴の詩的表現だと言い続け純粋無垢なる心情をズタズタに切り刻み心情蹂躙の限りを尽くしに尽くすしていくのです。
菅井教とは、それほどの天を傷つける邪悪な異端宗教です。
「菅井教、事実上の敗北宣言」でも言いましたように、くれぐれも一緒にその最悪の地獄に行かないよう気を付けてください。
文亨進師の三位一体キリスト論が「比喩と象徴の詩的文体」
であるかどうか白黒を付けるのは菅井教の責務
文亨進師(二代王様)の三位一体キリスト論を純粋に素直に信じる我々が、文亨進師(二代王様)に「比喩と象徴の詩的文体で語」ったのですか?などとそんな心情蹂躙なことを確認する必要はありません。
現実に我々は文亨進師(二代王様)が、この主張の”真の父母様の本体論を否定されたと把握しています。
”文亨進師(二代王様)に面の向かって確認する責務があるのは、明らかに菅井教とそれを支援する者たちです。
既に文亨進師は管井派と支援者の皆さんの伝道の証を心待ち!で、
「そういう我々に文亨進師に確認しろなどと卑怯な逃げ口上を言って逃げ回らず、堂々と台湾聖殿に行って、その言葉通り堂々と文亨進師の前で証をすればいいのです」と言っています。
こんな私でさえも、聖殿教会長としてのアノイティング(油を注がれた者)を二回も受けています。全員が受けた聖霊治癒も含めれば三回も受けています。
「菅井教が異端だなんて勝手に決めるな!」というのですから、だったら文亨進師から聖殿教会長としてのアノイティングを受けてくるのは当然です。どうして受けてこないのですか?
こんなブログ村界隈で、いくら主張しても、正義性は微塵も証明できないのですから。
◆菅井教がどれほどのキリスト教の敵であり、反キリストであるかは以下を参考ください。
↓菅井派に対する公式見解と関連記事
↓菅井派に対する御言
↓菅井派に対する記事
↓菅井派のように、女性に対する感性や発想が先にあったとする、フェミニズム神学の考察
↓菅井派の”真の父母様の本体論”に対する考察
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