2026年7月30日木曜日

三代王妃特別儀式4️⃣夫婦授受作用の本質「遊び」 ◆2026年7月9日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<9> 文亨進二代王

三代王妃特別儀式4️⃣夫婦授受作用の本質「遊び」

2026年7月9日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<9>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

 文亨進師 台湾韓国語礼拝 韓国木曜礼拝 2026.7.09


翻訳fanclub

康賢實お母様を受入れなかった二代王妃 


私たちの王妃も、そういう、ちょっと感情的に、自分が信仰があるかのような、そういう失敗をしたことがあった。

例えば康賢實真のお母様になられた時、うちの王妃がそういう状況を受け入れられなくて辛かった時、そういう部分が辛くて、そういう部分で摂理的に間違った時、二代王(私)が、「これは間違っている。あなたがやった不信仰なことは悔い改めなければならない。御父様の前で悔い改めなければなりません」と。


だから、自分が本当に信仰の子であるならば、悔い改めなければならないのです。

本人も自分で(罪だと)分かっているから、私が3日間の断食を一度させたではないですか。


二代王(私)が、そんなことをただやみくもにさせるのではなく、重要な部分で、そのような罪を積み重ねてしまえば「私が今、あなたが本当に御父様をメシアだと信じ、御父様があなたの夫(亨進)を御父様の後継者、御父様の代身者として立てられたと信じるなら、それなら世界で最も高い地位にある教皇、その司祭の前に、だから御父様の前でそのような罪を犯したわけだから三日断食しなさい」と。

そうしたところ王妃は従順でした。


しかし、二代王様が、何、私たちの王妃が洗濯をしなかったからといって、3日間の断食をさせたのですか?

いや、本当に御父様の前で大きな罪を犯したなら、悔い改めるように言うのです。


康賢實(カン・ヒョンシル)真のお母様、これは御父様がすでに選ばれたことなのに、ここで揺らいで私たちの王妃は最も高貴な女性として、絶対に揺らぐわけにはいきません。

そこで揺らいだ時、そのような罪を積み重ねた時、二代王様(私)がそれを説明し、「これは天の前での罪だから、これを悔い改めなければならない」と。

そうして王妃は従ったのです。


しかし、何、ご飯を作らなかったからって3日間の断食をさせるなんて、そんな馬鹿なことをしますか?

30年の中で1回だけ断食をさせたのです。その罪が大きい可能性があるので。

康賢實真のお母様の勝利を揺るがせるのなら。

100%、誰よりも康賢實お母様を愛し、感謝しなければならない女性の立場ですから、普通の食口の女性が少し揺らいだところで構いませんが、

二代王妃が王妃の中の王妃として揺らいではいけません。

そうですか?そうではありませんか?

その責任が違います。立場によって責任、責任の重さが違うのです。そうでしょう?


妻の言いたい悪口を言う理由


しかし、うちの奥さんがストレスを感じて、こんな風に不機嫌にしている時、アッパ(夫=王様)が解くことができる。

私たちが今、誰かに対してイライラしていると、アッパ(私)が横で「あの子は」と罵ると王妃のストレスが解消される。

そう、罵りたい彼女の代わりに、アッパが少し悪口を言ってあげると解消される。


とにかく男はこれが分からない。一人っ子の男は特にこれが分からない。


だから、「あ、なんで、なんでそんな言葉を使うの?」と。

あの、信仰の、「今日、二代王様は、今日、その忍耐と、何、神を賛美すべきだと言われたのに、なんで他の女を悪く言いながら賛美するのか?」などと言う。

まず(ストレスを)解かなければならない、このバカども(笑)。

うちの王妃がそうした時、二代王様が少し夫として「あの女がどれだけああやって酷かったか」をうちの王妃の心が解きほぐれながら少し心が痛い。

次に「ああ、それでも私たちは感謝しなければね」と。

そうすれば、感謝と賛美が湧いてくる。


一人っ子のように育ってきた男は、こういう部分が分からない。

だから、君たちは、奥さんたちを解きほぐし、奥さんを正しく訓練させるのも芸術です。

君たちはこれを全部は理解できないかもしれないけれど、でもこういう教育を受けながら、こういう内容も、

「ああ、私はこういう気遣いをやっていなかった」とか、

「ああ、私は自分の奥さんを悪い人だと思い込んでいたんだ。ああ、実は行動そのものが悪かっただけで、妻そのものが悪いわけではなかったんだ」と気づく。


ヒステリーの根源


そして、これらの行動の根源は別のところにある。

特に、ほとんどの女性のその愚かな(感情的な)行動は、すべて親から来ているのです。自分の母親から来ている。

女性なら母親から、男性なら父親から。


なぜですか?ストレスがあるのならただ知っている通りしますね。

女性ならお母さんがした通りに、男性なら、自分の父親がしていた行動。それしか知らないではないですか。そうですね?



↓以下要約翻訳↓

不器用な喧嘩


私たちは今日、この家庭という戦場、そして夫婦という最も深遠な魂の道場で、私たちがどれほど「不器用な喧嘩」を繰り返してきたかを直視しなければなりません。


皆さんは映画の中の喧嘩を見たことがあるでしょう? 狂った連中が、技術も知らずに大振りのパンチを振り回す。あの姿を、家庭の中の自分たちに重ねてみてほしい。

正しい「夫婦の技術」を知らない私たちは、ただ親の悪い習慣を真似し、感情に流され、相手を傷つけるだけの「不器用な喧嘩」を、何十年も繰り返してきたのです!


家庭は学びの場です。

どうすれば自分の体を守れるか、どうすれば反撃を的確に決められるか。それを道場で学ぶように、夫婦の間でも「正しいやり方」を学ばなければならないのです。感情に任せて怒鳴り散らすのは、ただの「映画の真似事」に過ぎません。それは成長でも、発展でもないのです。


男性と女性の言葉に対する理解の違い


奥さんが時折、感情の荒波の中で吐き出す、理不尽で馬鹿げた言葉。それを真に受けて傷ついている男たちがいます。「なぜそんな酷いことを言うのか」と、深刻に悩み、拳を震わせる。…なんと愚かなことでしょう。


男の世界では、言葉は物理的な責任を伴います。しかし、女性の世界は違う。彼女たちの言葉は、感情の解放という「防衛本能」に過ぎないのです。それを理解せず、男の硬い論理で裁こうとするから、家庭が氷のように冷え切ってしまうのです!


夫たちよ、器を持ちなさい


妻が感情の嵐の中でパニックになっている時こそ、あなたは動じてはいけない。驚いてもいけない。

むしろ、笑いなさい。余裕を見せなさい。幼い子供が癇癪を起こしているのを見守る父親のように、その荒波を大きな胸で受け止め、笑いで包み込み、時には冗談でいなしてやりなさい。「ああ、また可愛い悪戯をしているな」と。

夫が動じず、包容力を見せることで初めて、妻は「この男は私を守ってくれる」という絶対的な安心感を得て、そのヒステリーの嵐から落ち着きを取り戻すのです。


「原則論」を「ロマンス」に変える技術

多くの夫婦が陥る失敗は、信仰や絶対性を「正論」として家庭に持ち込んでしまうことです。「御父様はこう言っているのだから従え」というような、義務感ばかりの理屈で妻を縛り付ければ、ロマンスは死に絶え、夫婦の寝室は刑務所のようになります。

私が王妃と30年間幸せを築いてこれたのは、私たちが「遊ぶこと」を知っているからです。妻の些細な髪型の変化に気づき、イタズラをして追いかけっこをし、子供のように笑い合う。この「無邪気な遊び」こそが、統一原理でいう受授作用の本質です。神の絶対性を命がけで守る堅い姿勢と、日常で妻を喜ばせるための柔らかいロマンスの技術。この両輪が揃って初めて、女性は夫に心から魅力を感じ、愛に飛び込めるようになります。

重要なのは、自分たちの罪や弱さを隠さないことです。東洋的な「面子(メンツ)」にこだわって傷を隠し合うのではなく、主の前で、そして家族の前で、自分の過ちを正直に悔い改めること。この「真実の告白」こそが、心理学的にも証明されている最強のヒーリングです。過去への扉を自ら閉ざし、家族全員で過去の荷物を降ろしてこそ、前向きな成長が可能になります。

夫婦の絶対性を義務でなく笑いで


現代社会には、サタン的なフェミニズムや、不純な目的を持った誘惑が蔓延しています。

妻が孤独で、夫からの関心を感じられず、家の中がつまらない義務の場所になったとき、彼女たちはその寂しさを埋めるために外部の甘い罠へと引きずり込まれてしまいます。

だからこそ、夫が主導して「妻が笑える家庭環境」を作らなければなりません。夫が妻を常に一番に考え、そのディテールまで愛し、面白がって大切にする。そんな環境があれば、妻は世俗の空っぽな誘惑など目に入らなくなります。


↑以上要約翻訳↑

↓翻訳minion↓

どういうことか分かりますね?

だから、私の奥さんは、二代王様と活発な絶対性を生きても、義務のようには感じない。私が御父様の本を取り出して、「御父様の天聖経1038ページに絶対性の……」ああ・・・、そんな奴もいる。信俊はそのようにしません。でも、そういう奴もいる。


私の話は、皆さんは、これは全て信俊の内容について話して(見ると思っているが)、この子はそのようにはしません。それほど鈍感な奴ではない。でも、そのように1世の方たちの中には狂った奴もいます。そのようにしながら、妻に段階的にそれをやってあげなければ(ならないのに)、でもそういうやり方をすると、これは義務になってしまいます。ロマンスや楽しさ、性的な、そういう惹かれる感覚を感じられる、楽しみではなく、義務になってしまいます。


そのようにしたら、女はどのようになりますか?怒ります。セックスより怒る。


王妃様「四位基台を成したから私達には堕落性がない」


そのように言います。「私たちの赤ちゃんを生んだから、四位基台を全て成した。」このように言います。


これはどれだけ、これは失敗、失敗、失敗。このようにしてはいけません。善良な男たちは、女性との経験がないから、女性とどのように遊ぶか分からない。

二代王様は特別です。なぜ?うちの家庭はあまりにも大きく、女性もものすごく多い。分かりますか?だから私は純潔を守りながらも、女性のことをよく知っている。


だから、御父様がいなかったら、私は数万名も食い物にしてたでしょう。あまりにも簡単です。女性とのセックスは。女性の心理を掴めば、服を脱がせるのはとても簡単です。話になりません。外の女性たちはさらに空っぽです。もっと娼婦で。もっと早く脱いで。バカな女性たち。特に若い女性たちは、セックスと誘惑の区別ができません。あまりにも馬鹿です。


悪の女性を口説くテクニックを善用する


だから、インターネットでそういう女たちを簡単に誘惑する、そういうデートコーチや、他の子供たちに教える子供たちもいます。うちの子供たちにも教育しました。子たちに「こういうのは気をつけなければならない」と。こういうことも子供たちに、これはベータ男たちに、どのようにして女性たちとセックスをするか教えているのだと。セックスして捨てて、また別の女性とセックスして、これはノウハウを与えます。


そうしながら、格好悪いベータ男が実際にカメラを撮って、自分が可愛い女性を口説く様子を撮影します。そして女性たちはバカです。自分たちがどれだけ簡単にバカな罠に引っかかる。そういう部分について、実は、二代王も子供たちにそうした部分を見せました。「こういうことがあるから、こういうことには気をつけなさい」と。なぜなら、こいつらが教えていることは、きれいな女を脱がせてセックスすること、これが目標です。女と結婚して長く一緒に暮らすことではなくて、ただ女とセックスすること。新しい女とのセックス。何人の女を口説けるか、セックスできるか。そういう教育システムをします。


しかし自分たちが言うことは、100%正しい。実際、女性は簡単に口説かれてしまう。男がそれを知れば。女たちは本当に馬鹿だ。感情に流されすぎるから、本当にバカです。ものすごく簡単に誘惑される。バカ。


だから、うちの子供たちも、祝福を受ける前から、アッパ、オンマもこういう動画を見せていた「見てみろ、こういうものがあるが、こいつらが言っていることは、実際、女性を口説く方法こういうことは実際、こいつらの言っていることは正しい。


夫たちも、それを使えば、妻とずっと活発で、健康的な、絶対性生活を送れる。でも、問題は何だ?こいつらの最終的な結論は何だ?女とセックスして、他の新しい女、新しい女と何人セックスできるか。自分でも自慢です。「俺、1000人以上の女性とセックスした」とか。これは、女性の美しさ、外見が9か10の、その意味はとても綺麗な女性を、見た目の悪い男たちが自信のない女性たちを、そういう女性たちをわざと狙うのです。カメラで撮って、自分のプログラムで男たちに売るために。


その後にワークショップまであります。大会もあったり、教育もあって。それからそこから出て行って、女性たちがいるバーの前で遊んでいる大学生たち、大学がある街に行って、バカな大学生たちとセックスすること。授業の中でそれを教えます。


だから女たちは本当にバカだ。こんなにバカで、オオカミたちがこんなことをしているのことを知りません。


善良な男たちも女性の心理を学べ


でも、善良な男たちが問題なのは、このゲームが全くできないから、自分の妻たちは実は幸せではありません。性的誘惑を受けないで、楽しさも得られないし、関心も持ってもらえない。ただセックスしなければない時に、御父様の話を持ち出して読んで。ああ・・・。それではどうなる?御父様を恨むようになります。奥さんたちは。むしろ御父様を憎むようになります。


でも、これは女性が悪いとか、信仰がないとかいう話ではなくて、女性は感情に従うのです。感情に。男性よりもはるかに感情に流されます。女性にとっては、何を言ったかよりも、この言葉をどのように言ったかがもっと重要です。男性にとっては、どう言うかより、その言葉が重要ではないですか。反対、反対、反対です。


まさに、神を信じる女性たちの方がはるかに優れています。なぜ? とりあえず、神の御言の前に従順ではないですか。だから、よく訓練されれば、ずっとうまくやれるのです。

しかし外の女性たちは(できないでしょう)。はなしになりません。完全に空っぽの連中だ。そして、無神論者なので、娼婦なのです。娼婦たち。


そんな娼婦たちとセックスするなんて、あまりにも簡単です。それほど馬鹿なのです。馬鹿な若い女たちが、自分でも知らずに、そんな娼婦たちや馬鹿な連中と比較しているのです。こっそりと。


だから夫は、それも理解して、うまく対処できなければいけない。うまく対処できなければいけない。女性たちの心理や、彼女たちの頭の中で何が起きているのか、これをあらかじめ少し理解して、その上でうまく対処できなければいけないのですが、姉たちが多くて、妹たちも多かったら、これを学ぶことになります。


私の家では、姉たちや妹たち、その家自体がみんな女性ばかり。お姉さんたち、あれこれこんなお姉さん、ああいうお姉さん、お父さんもお母さんがいないから、それぞれのお姉さんがお姉さんのように、あの家は完全に女だらけなのです。


だから考えてみなさい。二代王が生まれた時からそういう環境で育った。女性達、女の従者たち、従者たち、そうでしょう?従者たち、女性を助ける女性たち。お姉さんたちが、単に一緒にいるだけではなくて、担当している人はみんな女性なのです。その家には、20人以上の数の女性がいつもいる。


だから、女性たちが互いに噂したり、互いに憎んだり、互いに悪口を言ったりするのを、全部見てきました。この台所のこの部分で、お姉さんたちが悪口を言っているし、全て知っています。二代王様は、台所で多くの時間を過ごしました。私は女性たちが幼稚なことを、全部知っている。全部。


だから、そういうことをいつも見てきたから、毎日毎日毎日毎日見てきたから、私にとってこれは、単に女性たちがどう振る舞うか、そういうことが不思議ではなく、た分かるようになります。だから、女性が悪いとか良いとかそういうことより、彼女たちはただこのように行動します。そして彼女たちが馬鹿げたことを言った時、それを実は男が馬鹿げたことを言った時と同じように評価してはいけません。彼女たちがバカなことを言っても、ただ感情をバカみたいに表現してるだけで、実質的には死ぬことを望んでるわけではない。


ある祝福を受けた人が、自分の妻が狂った事をしたとき、「夫が死んでほしい」「誰かに刺されてほしい」このように狂った女たちがいます。しかし、それは最初からそういうことを言っているわけではなく、10年、20年と鬱憤が溜まった末に、こういう狂った言葉が出てくるのです。

何を言ってもこの男が理解できないから、次第にその言葉の激しさがさらに狂ってしまうのです。でも、そのように激しさが増した状況になっても、その女性が実体的に、夫をナイフで刺して死なせたいとは望んでいません。そんな夫婦もいます。


私たちはたくさん見てきました。今日まで、牧会を何年、何十年も続けてきました。食口たちの狂った夫婦の愚かな、狂った罪や狂った行いをたくさん見てきました。


だから、その女性のように、それを望んではいないのに、他のことがうまくいかないから、次第に激しさを増し、数十年、数十年と続いていくうちに、ひどい言葉が出てきてしまうのです。自分たちが男の世界を理解出来ず、男も女の世界を理解出来ず、誤解がぶつかり合い、ぶつかり合うので、


夫婦で「遊ぶ」ことが出来るように


簡単に言えば、あまりにも多くの一世の方々が、祝福された夫婦の中で「遊ぶ」ことを知らなかったのです。「遊ぶ」ことを知らなかったのです。夫婦の間で遊ばなければならないということを知らなかったのです。すべてを教育しな切れば、私が夫を教育しなければ。これが全て教育されて、遊ぶことを知らない。


二代王は遊ぶことを知ってる。私は私の妻とで遊ぶことを知ってる。だから、この女性が、王妃が二代王と同じ部屋に閉じ込められていても幸せです。なぜ? その同じ部屋に閉じ込められている人が面白くなければ、その部屋も面白くないでしょう。そうでしょう? その閉じ込められている人が面白ければ、その部屋も面白くなる。そうでしょう? 


どうしてお互いじろじろ見てるんだ、こいつら? なんでお互いに気を使ってる?だから、君たちが奥さんと遊ぶ方法を知らなければならないのです。奥さんが怒っている時、あまり深刻に受けないで、ゆっくり一緒に楽しく練習して、遊ぶことが大事なのです。お前の奥さんと。


考えてみなさいて。奥さんは他の人と遊べないではないか。そうしてどんどん年をとればとるほど、夫婦ともに、女も男も、ますます孤独になっていく。自分と遊ぶことができる人がいなくなっていく。大人の行動をしなければならないので、遊ぶ人がいなくなってしまいます。


だから、部屋で夫と同じ部屋に閉じ込められてる人が、ずっと面白くなければ、その部屋も女にとっては刑務所のように感じます。そうすると、自分も知らず知らずのうちに、フェミニストの詐欺的な内容に引き込まれていくのです。自分の感情が惹かれるから、このフェミニスト詐欺哲学家達。


だから、この女性サタン主義、政治サタン主義を防ぐために、あなたたちの家庭で楽しい環境を作らなければなりません。気楽な行動ができる環境、笑ったりふざけたり、そういう軽い雰囲気を作ってこそ、奥さんも楽しいし、子供たちもその環境にいたい。二代王は御父様の、メシアの後継者、相続者、代身者ではないですか。

私は、教皇よりも、カトリックの教皇よりも高い地位にあり、もっと厳粛でなければならないと考えますね、人々は。でも、私はいたずらっこです、家で。なので、奥さんも幸せなのです。


御父様がさせた多くの教皇、再臨主、メシアの後継者、相続者、代身者、これは教皇よりも高い地位ですね。実際。そういう立場があっても関係ありません。自分の部屋にいる時は、自分の女性と遊ぶのです。だから女は幸せです。女性とふざけたりからかったり、逃げたりする。だから、10代の子供たちみたいに、中学生とか小学生が遊び場で自分をからかって、それから逃げる、関心のある男の子と一緒に暮らしているような感じなのです。だから、そういう部分が衝突するのです。


だから家で、「再臨主メシアの後継者、相続者、代身者の前で敬拝するために来てセックスしよう。」そのようにはしませんね。どのようにして女性と、1人の妻と、そのようにして楽しく生活しますか?妻が夫とセックスすることが義務(になってしまいます)。


セックスは夫婦の遊び


セックスは夫婦として遊びです。遊び。ロマンスの関心のエネルギーが溜まって、溜まって、溜まって、溜まって、溜まって、それから性関係を持つ、そういう部分。こういうエネルギーになるべきなのに、この鈍感な連中は、このエネルギーをどのように感じるか分からない。


これは、男の世界では教わらない。これは、数学ではないから。男の世界は数学、何人殺したか、いくら稼いだか、こうではないですか。これは数学で学ぶことはできないではないですか。数学はルールがすごく正確です。ルールは正確で、絶対にルールから外れてはいけないではないですか。感情はそうではない。感情はこう、パッとこうです。感情はこう、パッとこう。感情の世界は全く違います。


だから、女性たちは悪い男にはまるのです。その感情の世界が(高揚)するから。女性たちはそういう男たちに惹かれます。でも、ルール、神様が与えてくださったルールを守り、同時に感情の遊びも一緒にすることができる、そんな男になってこそ、妻は幸せです。それに、安全だと感じることができます。夫が外で浮気なんてしないと、自信を持てます。なぜなら、神様のルールを絶対に破らないから。


でも、神様のルールを絶対に守り、室や家の中では互いに、そこでただ「ルール、ルール、ルール」としたら、女性は気が狂ってしまいます。感情、遊び、エネルギーの動きがありません、引っ張ったり押したりする面白さがありません。関心。


王妃が誰かにメッセージを送りました、昨日。しかしアッパが、私はいつも運動します。シャワーの前に。走っているのですが、王妃が誰かにメッセージを送っています。髪の毛を、可愛くアップにしています。ピンを折って。私が走りながらサッとそのピンを抜いて、ピンを抜いたら髪が崩れます。でも、うちの王妃がこれを、30年間ずっと、私が常に女性に関心を受けたので、私を見てすごく喜んだのです。笑いながら「あなた、アッパが私に30年間もたくさんの関心を注いでくれて、本当に感謝してる」ろ、このように言うのです。このような遊び、幼稚園児の遊びみたいな遊びを、女性たちはこれが本当に好きです。本当に不思議ですね。


なぜなら、この感情が、幼稚園の頃にしていた感情が、幼稚園児や中学生の頃のような感情をそのまま感じることがのです。今、年を取ってもそのまま感じることができるのです。


どれほど馬鹿げたことなんでしょう。50歳のおじいさん、おばあさんで、12人の孫がいるのですが、おじいさんが来て奥さんの、おばあさんの髪のピンを全部抜いて、髪が落ちて、それから笑いながら逃げる。そんなことをするのですが、実はこれはすごく幼稚な話ですね。


でも、こういうことも関心です。関心。30年連れ添った夫として、妻が何をしていても見たり気にしたりせず、ただ自分のことをしているだけ、というのではなく、妻が何かをしている時、私は見ているし、どんなイヤリングをしているかも知っているし、どんな靴を履いているかも知っているし、今でもすごく関心があるのです。


私たちがオーダーメイドで作ってもらった服を着る時、ここにあるリボンとか、そういうのも全部見て気にかけて「あ、後ろも可愛いね」とか、こういうことをずっと言ってあげるので。女性がいつも私のそばにいて、男性が常に気にかけてくれていると感じることができます。これはエネルギーの遊び。


これがなければ、女性は、興味がなくなれば、女性は夫とセックスすることも辛くなります。仕事になります。だから、妻に関心を向けることが本当に重要なのです。関心。妻が何かをしている時、また冗談を言ったり、妻が「ああ」と軽く、軽くする。ものすごく重く審判しないで。軽く。


このような部分がかなり重要な部分です。そうすると、その女性たちはそういうことをした後、自分も申し訳なく思うのです。またしたりてきます。エネルギーを感じることができます。


男の世界とは違いますね。男は男の世界とは反対ですね。反対。それでも、こういう世界が全くない状態で、こういう世界があることを知らない状態から、こういうことを少しでも聞けば、もう少しヒントが得られるでしょう。「あ、そういう世界もあるんだな」と、少しずつ、子供たちがゆっくり、ゆっくり、少しずつセンスを学ぶことができます。


妻との授受作用の本質は遊ぶこと


そうして、何年にもわたってこういう話を聞き続ければ、あ、こういうことがずっとずっと自然になってくる。「ああ、妻と遊ぶことができる」この「遊ぶ」というのは、私たちの原理における「授受作用」、授受作用。これって、堅苦しい神学的な言葉だけ学んできたではないですか。

この「授受作用」が「遊ぶこと」だと知らなかったではないですか。

わあ!わあ!見てください。夫婦の間での授受作用は、遊ぶことなのです。そのように簡単に理解すれば、ずっとずっと面白くなります。

そして、はるかに私たちの生活の中で、原理、堅苦しい神学的な「授受作用、神様の理想世界の理想的な目的」といった、重苦しいテーマをとても簡単に、楽しく実践できるようになります。実践。遊びながら。

(中略)


女性が反応した時、「えっ、うわっ、ごめんなさい、ごめんなさい」このようにしたら、バカみたいな奴になる。問題は男の方なのです。それは男の問題です。幼稚園の遊び場で、女性がどんなに強くても、その女性を上手にからかう男を好きになるのです。


だから、これにびっくりしてはいけません。これを、女の子たちにたくさんやれば、驚かない。その強度が激しくても、実は女がこれを喜んでいます。驚いてはいけない。

このエネルギーを再び消化し、これを転換させ、再び怒っている雰囲気を楽しいものに変え、これを作る事、転換させること、これは誘惑のいたずらの授受作用の方法です。

(中略)


女性は力の前に従順になるしかない


サイコパスは人口のほぼ1%から1%から2、3%くらいです。ソシオパスとサイコパスは違います。ソシオパス。ソシオパスは40%くらいになります。それは、悪いことを一緒にすることができるソシオパス。でもサイコパスとは違います。サイコパスは、人口の1%から3%。はるかに少ないです。彼らは本当に危険な狂った奴らです。


しかし、大部分の女性はそうではない。完全に狂った状況とは違います。ほとんどの女性は、その心情過敏症が高くてソシオパスが多いのです。ソシオパスは悪いことを自分の利益のために一緒にします。これが悪いことだと分かっているけど、言い訳をしながら『仕方ない、私がやらなきゃ』こういう人たちが、ソシオパスです。これは、40%。


女性はそういうことをはるかに多くします。なぜ?女性は男性よりずっと弱いから、例えば、悪い男たちが入ってくると、イスラムが例えば入ってきたら、女性は生き残るためにイスラム教を信じるようになるのです。信じなければ死ぬから。

だから、女性は男性よりずっと従順です。強い男性が入ってきたら。生き残るために、あの悪い男たちと脚を広げてセックスします。それが歴史の現実です。


だから女性たちは、そういう部分においてはるかに、悪いことを一緒にする従順さを見せます。なぜなら、弱いから。


男は同じくらいの力があるから、こいつに完全に奴隷にされるより、死を賭けて戦うほうがましです。そうですね? こんな悪い奴の下で、私が完全に飼い犬のように生きるより、私が死ぬよりずっと悪いから、死ぬように戦って、互いに死のうとする方がましだ。男と女では心理が違います。男は同じ力を持っているから。同じ力を。女は力が弱いから、はるかに早く従順になるのです。悪いチームに。

しかし女性を悪いと評価することがあるが、そうではない。状況がそのような行動をつくるのです。

仕方がない。弱い存在なので生き残るために、子供を生存させるために従うようになります。ずっと簡単に。


キリスト教文化、悔い改め文化


しかし、同じように、女性たちがその従順さをより強く示すからこそ、神に夢中になれば、誰よりも熱心になります。それは無視できない。それは無視できない。


誰よりも熱心になる。神様に夢中になれば、誰よりも熱心になる。それでも熱心にはなるけれど、一番上の祭壇や祭司の座に座ってはいけない男性に従わなければならない。

なぜ?父に従わなければならないから、男性に従わなければならない。


だから、こうした訓練を通じて、私たちには、仏教や道教、儒教において、このように語り合い、悔い改め、進んでいくような人はいません。

仏教や道教は、ただこうしたことを言うのではなく、ただ皆が瞑想しろ、悟りを得ろ、成仏しろ、といったことを互いに語り合うだけで、自分や他人がどうあるべきかという神学的な議論は全くありません。


キリスト教文化、つまりキリストの文化には、これがはっきりとあります。何ですか?キリストを受け入れるために、私たちは悔い改め しなければならないじゃないですか。悔い改め。


悔い改めなければ、キリストを受け入れることはできないのです。ですから、キリストを中心とした神学において、悔い改めは根幹なのです。根。悔い改めは最も重要な柱です。


ですから、この文化の中で、互いに悔い改め合い、互いに「ああ、そういう過ちがあった」と話し合い、皆で主の前で共に悔い改める。このような文化がどれほど重要でしょうか?

この文化こそが、実質的に真の癒やしをもたらしてくれるのです。


儒教文化はこれを持っていません。儒教文化では、ただ皆が隠れて、「えー、えー」とばかりします。そうですね?

仏教はただ「海のような苦海」と言って、ただ「成仏しなさい」とだけ言うじゃないですか。避けているのです。避けている。

だから、主を愛する文化の中で、私たちにこうした問題や痛みがあるなら、私たちも主に対して悔い改めなければなりません。

互いに、こっそり誰かに痛みを与えたならそういうことを悔い改め、「ごめんなさい」と伝え、これを解きほぐして重荷を背負わずに済むような、こうした癒しの内容が本当に重要なのです。


最近の現代心理学の研究でも、人々が他人に「ごめんなさい」と言いながら、自分の心に引っかかっている部分を悔い改めることで、こうしたことが心理的に非常に重要だとされているじゃないですか。

だから、こいつらは今や無神論的なやり方でやります。無神論は「神はいない」と信じているから、それでもそういう研究はたくさんあります。


その痛みや、その人に対して抱いている恨みをずっと抱え続けて生きるのと、これを許して過去のものにするのが重要なのです。

この重要性を裏付ける科学的な研究は山ほどあります。でも、これはもともとキリスト教の世界にある治療法なのです。重要な治療法です。

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