⑧イベリア半島のユダヤ民族、セファルディム・ユダヤ
講話:S講師
流浪のユダヤ民族とセファルディム・ユダヤ2
かつてイベリア半島は、
ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が交差する、
世界でも稀有な共生の舞台でした。
セファルディム・ユダヤ人はこの地で、
医学、天文学、哲学、詩の分野で才能を花開かせ、
類まれなる黄金時代を築き上げました。
宮廷エリートは、宰相、財務長官、外交官、侍医などの職位に就き、
王侯貴族に匹敵する莫大な富と権力を与えられました。
中産階級の交易商は、金融業者、学者、医師など裕福な市民階級を形成し、
コミュニティの強固な経済基盤を形成しました。
しかし、その光り輝く日々は、
キリスト教国による国土回復運動(レコンキスタ)の完了とともに終わりを告げます。
1492年の突然の追放令、そして異端審問による執拗な迫害は、
彼らに異民族と生きる難しさと、
信じていた社会から拒絶されるという深い絶望を刻み込みました。
ユダヤ人たちは家や土地を二束三文で売却しましたが、
金・銀・硬貨の国外持ち出しが固く禁じられていたため、
彼らは先祖代々築き上げた莫大な富のほとんどをスペインに置いていくことを余儀なくされました。
これは実質的な国家による財産没収でした。
数万人~10万人以上のユダヤ人は、
すべてを捨てて海を渡り、北アフリカやイタリア、
そして当時彼らを寛容に受け入れたオスマン帝国へと逃れました。
しかし、隣国ポルトガルに逃れた多くの人々は、
数年後にポルトガルでも追放令が出されたため、
再び行き場を失うという二重の悲劇を味わいました。
故郷を離れられず、涙を飲んでキリスト教の洗礼を受けた人々も数多くいました。
しかし彼らは「本当にキリスト教を信じているのか」と常に疑われ、
秘密裏にユダヤ教の儀式を行っていると密告されれば、
スペイン異端審問によって拷問を受けたり、
火刑に処されたりする恐怖と隣り合わせの日々を送ることになりました。
火刑に処されたユダヤ人も数千人に上ると言われています。
このようにイベリア半島における
セファルディム・ユダヤ人の歴史は、
栄光と悲劇の歴史なのです。
今回はイベリア半島におけるユダヤ人の歴史を
多少詳しく見ていきたいと思います。
2026.6.21
S講師
0 件のコメント:
コメントを投稿