2026年4月6日月曜日

真の父母様の後継者宣布文の意味◆ 2026年3月18日 テネシー清平韓国語水曜礼拝◆ 真の父母様の後継者宣布文<2> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 真の父母様の後継者宣布文の意味

2026年3月18日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

真の父母様の後継者宣布文<2

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minion監修fanclub

3月18日テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 03 18 2026 



真の父母様の後継者宣布文

「真の父母様の後継者宣布文万王の王はただお一人の神様」の意味


私たち統一教会の食口は、宣布文の内容を詳しく見なければなりません。

1番目に、万王の王はただお一人の神様。万王の王、神様は、ただお一人です。

神様の妻は、父なる神様、母なる神様などいません。天の父母は偶像です。神様は本陽性と本陰性の二性性相の中和的統一体として、格位を見るとき、男性格の主体としておられる方です。


アダムは二性性相の神様の陽性的性稟を展開したものであり、エバは陰性的性稟を展開させたものです。つまり、神様の中にある男性と女性は神様の属性であって、独立した個体ではないということです。


ところが、独生女教の神学者たちは原理をひっくり返し、継ぎ接ぎして多神教の教義を作りました。神様が陽性と陰性、二性性相の相対的な関係によって存在するという原理を歪め、神様の父と神様の母、すなわち天の父母という二神体制として存在するという荒唐無稽な教理をでっち上げて主張しています。

『原理講論』のどこに、男性の神様と女性の神様が存在すると書かれていますか? 悪質な奸臣たちです。


男性の神様と女性の神様が夫婦になり、愛によって子供を産むように人間を創造したという話なのでしょうか?

率直に言って、本当に呆れます。

古代異端教神話を混ぜ合わせて小説を書いているようです。

それならば、統一神学を専攻した教授ではなく、カクテルバーテンダーの資格を取った人たちのようです。


真の父母様の後継者宣布文

「お一人の父母」の意味


2番目に、真の父母様も「お一人の父母」とおっしゃいました。

真の父母は二人ではなく、お一人だと明確に語られました。真の父母は文鮮明先生お一人だけが真の父母です。男性である真の父母様お一人だけで、どうして真の父母になることができるというのですか?


利口にならなければなりません。無形としていらっしゃる二性性相が、神様の実体として来られた方なので、お一人でも真の父母様なのです。

文鮮明御父様と韓鶴子お母様がいらっしゃるから真の父母になったというのは、原理を知らない無知な論理です。

韓氏オモニ自身が、もともと真の母として来られたわけではないということです。正しく理解しなければなりません。


それでは、韓氏オモニは何なのでしょうか?真のお父様が真の母として育てたのです。例えば、ここテネシー州のサンクチュアリで、私を牧師と呼んでいます。それは二代王様が私を牧師に任命されたからです。私が牧師の任命を受けて牧師になったのであって、牧師として生まれたわけではないという話です。

私が牧師に任命されていなければ、その位置には他の誰かが就いて牧会を行っていたでしょう。難しい話ではないのに、このような単純な話を理解できないので、もどかしいですね。


真の父母とは、神様の創造理想の中に存在していた、人類の完成された父母の位置です。韓氏オモニが真の母だから、その位置ができたというわけではありません。韓氏オモニは、絶対主体である真の御父様の選択によって、対象として立てられた女性です。最初に真の母の候補に挙がったのはチェ・ソンギル女史でした。しかし、その地位を守ることができなかったため、自ら降りて、韓鶴子女史がその位置に立てられたのです。


したがって、真の母として立てられたとしても、責任を果たせなければその地位から外れてしまうのです。それゆえ、真の父母の権威は、ただ一人、文鮮明真の御父様によって現れるのです。

真の母の位置は、真の父が誰を選ばれたとしても、埋めることができるものです。真の母の位置は、真の父の前で、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって一体を成さなければならない位置です。多くの子供を産んだからといって、一体とならなくても良いというわけではありません。真の母が真の父の前で一体となること、これが、神様と一体となることです。


後継者宣布文の最後のサインも、文鮮明真の御父様お一人となっています。後継者宣布文において、韓鶴子という名前はなくても構いません。

後継者選択における権威は、文鮮明真の御父様お一人だけが持つことができるものです。

後継者を立てた人だけが、後継者を罷免することもできるのです。韓氏オモニは横で一生懸命助言しましたが、決定する資格はないのです。後継者を立てる権限もなく、罷免する権限もないのです。ところが、親不孝者、悖倫者と言いながら、資格があるとかないとか騒ぎ立て、まるで自分が任命したかのようにいっていますね。


真の父母様の後継者宣布文

「万世帯の民も一つの血統の国民であり一つの天国の子女」の意味


次に、「万世代の民も一つの血統の国民であり、一つの天国の子女」です。

すべての祝福家庭は、真の御父様の血統を受けた国民であり、子女です。

祝福家庭は、韓氏の血統を受けた国民ではありません。永遠の天国の民も、真の御父様の血統によって立てられた天一国の民であり、子女であるという御言です。独生女の子女ではないという御言です。万王の王の子女です。


したがって、真の御父様の聖酒を受けた人だけが天一国の民であり、血統の異なる独生女の聖酒を受けた人は天一国の子女になることはできないのです。韓氏オモニは真の御父様の血統を否定したため、彼女は真の母でもなく、天一国の民でもありません。


「天宙平和統一本部も絶対唯一の本部、

その代身者相続者は文亨進」の意味


次に、「天宙平和統一本部も絶対唯一の本部である。その代身者相続者は文亨進である。」

天宙平和統一の本部こそが、再臨主が認める唯一の本部であり、その代身者相続者は文亨進様です。後継者である文亨進様だけが本部の相続者であり、真の御父様が認めた唯一の代身者です。


したがって、私たちは天宙平和統一本部がどこにあるかを明確に知らなければなりません。

天宙平和統一本部はどこにありますか?それは清波洞でもなく、清平団地でもなく、天正宮でもありません。代身者相続者である文亨進様がおられる所が天宙平和統一本部であり、ここだけが唯一の本部であるという御言です。

はっきりさせておかなければなりません。


真の父母様の後継者宣布文

「その他の人は異端者であり、爆破者である」の意味


その他の人は異端者であり、爆破者である。

では、それ以外の人間とは誰を指すのでしょうか?


  • 第一に、文亨進様ではなく、自分こそが代身者相続者だと主張する人が異端者であり爆破者です。


韓氏オモニは、真の御父様が文亨進様に継承され後継者の位置を奪ったため、異端者であり爆破者となりました。


そして、三男文顕進会長は、真の御父様のレガシーを継ぐと自称しながら、真の御父様の後継者を否定し、自分が後継権を掌握しようとしているため、異端者であり爆破者となりました。

しかし、血が流れるほど努力しても、神様と真の御父様が許諾されない限り、それは無駄なことです。


  • 第2に、文亨進様が代身者・相続者であることを否定する者も、やはり異端者・爆破者です。


現在、後継者である文亨進様を否定し、独生女に侍る者は異端者・爆破者です。

また、三男文顕進会長に侍りながら、真の御父様の後継者として擁立しようとする者も、やはり異端者・爆破者となります。つまり、真の父母様の宣布文を否定する者たちは皆、異端者・爆破者です。


その者がかつて真の御父様の夫人であったか、息子であったか、あるいは最愛の弟子であったかは関係ありません。その者が息子であれ娘であれ、あるいは孫であれ、例外は認められず、異端者であり爆破者です。


もちろん、真の御父様の血統は重要です。

しかし、いくら真の御父様の血統を受け継いでいたとしても、偶像を受け入れたら真の御父様から離れたことになります。自分を中心にして真の御父様の宣布文を判断すれば、自分を偶像として侍ることになります。神様は偶像崇拝者を赦しません。「異端者、爆破者」という秋霜のような警告(妥協なき厳格な警告)を下されたということは、彼らは皆、天の審判を受けるという警告なのです。


真の父母様の後継者宣布文

「文鮮明、印」の意味


そして最後に真の御父様は、署名・文鮮明の後に「印」と書かれました。「印」と書かれたことは、玉璽(ぎょくじ:皇帝I印)を押したのと同じ意味です。逆らうことはできません。真の御父様は単に署名されただけでなく、玉璽として印を押されたのです。


メシアの権限と命令を無効にできると錯覚している愚かな天使長たちが、これを理解できるでしょうか?

「印」これが真の御父様の玉璽です。これが、まさに万王の王の玉璽だということです。


真の父母様の後継者宣布文、まとめ


このように真の御父様の宣布文を詳しく見ると、真の御父様は現在、統一教団で起きているあらゆる混乱に対する明確な答えを正確に与えて行かれました。

独生女の天使長幹部たちの陰謀を見抜き、食口たちに方向を示してくださいました。


以前はただ黙って過ぎましたが、御言がこれほど鋭い剣であるとは本当に知りませんでした。

聖和以降、統一教団で起きている混乱と分裂の様相を、あらかじめすべて予測して行かれたのです。

驚きです。

善悪が混乱する時代に、食口たちが分別することができるよう、正確な基準を与えて行かれました。


統一教家の元老たちが魂を売ったため、食口たちの目と耳を覆い、道を失うようにしているのです。

後継者の文亨進様は、再臨メシアから受けた選ばれた位置を、揺るぎなく守っていらっしゃいます。

万王の王が託してくださった摂理的な使命を成就するために、強く大胆に前進しておられます。


ですから、私たちはどんなことがあっても、真の御父様の血統を中心にして生きなければなりません。

真の御父様はすべてをご存知でした。地上であらかじめすべてをご存知で、準備をさせておられたのに、天上でただ手をこまねいておられるでしょうか?


考えてみてください。去られる前に、祝福家庭がどのように生きなければならないかをすべて教えてくださいました。


食口のみなさん、真の御父様を覚えてください。

真の御父様に忠誠を尽くすということは、教会の支配構造に忠誠を尽くせということではありません。

愚かな者たちが私たちを嘲笑しようとも、また脅迫しようとも、正道に従わなければなりません。

偶像崇拝者の声に一喜一憂してはいけません。天が共におられる道は、必ず勝利する道です。暗い夜が過ぎれば太陽が輝き、夜明けが訪れるように、神様の幕屋が天地を覆うでしょう。


今や天使長たちには逃げるところがありません。

まもなく胸を打ち、嘆き悲しむ日が来るでしょう。

今現在起きている事を見れば、理解できるはずです。

彼らに与えられた生命が永遠だと考えますか?私たちは10年前の自分の写真を一度見てみてください。私たちの人生は、朝露のような存在に過ぎません。


真の御父様は、ただ一度私たちのそばに瞬間的におられ、過ぎ去れば忘れられる存在ではありません。

み旨と御言は、万世代が過ぎても変わりません。千年王国の中で永遠に生きておられます。

誤った道を行った人々は、急いで真の御父様のみ旨を探して来なければなりません。あなたにとって、明日が来ないかもしれません。


ありがとうございます。お祈りいたします。


祈祷


愛の父なる神様。

真の父母様の後継者宣布文を、以前は単に後継者文亨進様を代身者・相続者として宣布された御言だと単純に考えていましたが、その宣布文の単語一つ一つに、文章の一つ一つに、あなたは、あなたが聖和後に家庭連合で起こりうる、そのような異端の歴史を正確に見通しておられたことを、宣布文の御言を通して、私たちはいまようやく悟るようになりました。


真の御父様が行かれた後、天の父母様と呼び、私が真の母であり、独生子女性メシアであり、母なる神様であり、ホーリーマザーであると言いましたが、どんなに多くの人々の拍手を受け、どんなに立派な場でそれを宣言したとしても、天のみ旨でないものは、それは一時的なものとして全て流れ去り、終わりには悲惨な結末を迎えることになるという事実を知ることになります。


真の御父様は、後継者、代身者、相続者を立てていかれました。「

代身者」とは、真の御父様の実体を使われたという、そのような御言であり、「相続者」という御言は、再臨メシアの摂理を相続したという意味です。

単に物質的な清平団地を相続され、数千億、数兆というお金を相続され、正気を失った組織を相続されたということではなく、再臨メシアの摂理を相続されたというそのような意味を、私たちは今になってようやく悟るようになりました。


ですから、真の父母様がおられる所は天宙平和統一本部であり、その本部はあの清平団地ではなく、代身者・相続者がいらっしゃるその所が天宙平和統一の本部であり、真の御父様の血統を受け継いだ人々だけが天一国の民であるという明確な御言を私たちに遺してくださったため、私たちは確信を持ってこの道を歩んでいます。


今、真の御父様の代身者相続者は、台湾で中国を解放し、定州の地の回復のために、また再び荒野生活を開拓しておられることを、私たちは知っています。


あなたが共にいてください。そのすべてのみ旨が一日も早く成就し、私たち全てが精誠を尽くし、真の御父様のみ旨、実体の天一国がこの地に、そしてその本部が定州の地に築かれるよう、すべての精誠を集めることができるように、私たちを導いてくださることを切に願い、望みます。

すべての言葉を、祝福の中心家庭、クォン・ヨンピル、森田ゆう子の名において、報告しおささげ申し上げます。アジュ 


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2026年4月5日日曜日

萬王の王神様解放圏戴冠式 ◆ 2026年3月18日 テネシー清平韓国語水曜礼拝◆ 真の父母様の後継者宣布文<1> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 萬王の王神様解放圏戴冠式

2026年3月18日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

真の父母様の後継者宣布文<1

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

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3月18日テネシー清平韓国語水曜礼拝權教授한국 수요예배 03 18 2026 


万王の王神様解放圏戴冠式


こんにちは。本日は、「真の父母様の後継者宣布文」について話をします。


皆様、2009年の「万王の王神様解放圏戴冠式」を覚えていらっしゃいますか?

この行事で、文亨進様は、真の御父様が以前の戴冠式で実際に使用された王冠をそのまま受け継いでお被りになり、また真の御父様の龍袍を着て、真の父母様の後に続いて入場されました。そして戴冠式の行事で、真の御父様は文亨進ご夫妻に祝福を伝授されました。

「天宙天地父母安息圏即位式において、真の父母様の祝福を伝授する。アジュ」このように。


そして、全く同じ行事を2つの大陸で3回にわたり行われました。真の御父様は、地上と天上の前で、否定できない確実な条件を立てられたのです。


万王の王神様解放圏戴冠式は、摂理史上最も大きな意味を持つ行事です。

なぜなら、この行事の前までは、真の父母様が公式に誰を後継者に定められるかについて語られなかったからです。したがって、後継者承継戴冠式などなかったと言う扇動者たちは、もはや言い訳ができなくなるでしょう。


しかし、今なお万王の王戴冠式行事の意味を歪曲し、縮小しようとする集団があります。

家庭平和協会は後継者承継について強く否定しています。

そして当時、清平集団は幕の陰に隠れて、後継者承継を無効化しようと機会を伺っていました。


真の父母様の後継者宣布文


これを看破された真の御父様は、後継者承継を確実なものにされました。2010年に真の御父様の後継者宣布文が出されました。真の御父様は自筆で文書を確実に作成されました。天使長勢力がこれからどのように出てくるかをすでに予見されていたため、明確なメッセージを残されたのです。


ご自分の聖和の後、後継権について集団的に否定する事態が来ることに備えて、宣布文を作成されました。再臨メシアが代身者を立て、その権限と使命を相続されたという事実を否定できないようにされたのです。真の御父様が七男の文亨進様を後継者として宣布する文書を作成する過程が、動画を通じて公開されました。


真の父母様の宣布文については、映像を詳しくご覧になってください。動画には、後継者を公式化するための対話が収められています。ここでは時間の都合上、その映像をお見せすることはできませんが、韓氏オモニが真の御父様の隣に寄り添い、文言にまで口出ししながら、文書作成を誘導しようとしています。「すべての統一の民は、世界宣教本部の公文と指示事項のみを認めるように書きなさい」と言い、そうして絶えず促しており、真の御父様はしぶしぶ応じているような雰囲気を感じることができます。

後継者宣布文の内容は以下の通りです。「万王の王は唯一の神様、真の御父様も唯一の父母、万世代の信徒も一つの血統の国民であり、一つの天国の子女だ。天宙平和統一本部も絶対唯一の本部である。その代身者・相続者は文亨進である。それ以外の者は異端者であり、爆破者である。以上の内容は真の父母様の宣布文である。


「萬王の王はお一人神様。真の父母様もお一人父母万世帯の民も一つの血統の国民であり一つの天国の子女である。

天宙平和統一本部も絶対唯一の本部である。

その代身者相続者は文亨進である。それ以外の人は異端者であり爆破者だ。

以上の内容は真の父母様の宣布文である。

文鮮明 印」


こうなっています。


宣布文の内容は非常に簡潔で、誰でも容易に理解できます。それにもかかわらず、家庭平和協会と家庭連合の全てが、これを完全に受け入れる考えはないようです。

家庭平和協会では、真の御父様が正しい精神で自らの意志により文書を作成したのではないという主張です。高齢で判断力が鈍った状態で、韓氏オモニの促しに導かれて仕方なしに作成された文書であるため、これを正式な後継者宣布文として認めることはできないという立場です。


一方、家庭連合では、韓氏オモニが文亨進氏を後継者に立てたにもかかわらず、真の母に親不孝していると非難し、後継者の資格がないと主張しています。

宣布文は極めて簡潔で明確に作成されているにもかかわらず、両集団全てが宣布文そのものがまるで存在しなかったかのように行動しています。

皆、盲目になってしまったのでしょうか?


結局、宣布文を無視するという意志が明確なようです。

口では皆、真の御父様、メシアのみ旨を守ると、烈女、孝子、忠心、このようにコスプレをしていますが、最も重要な後継者問題に関しては、いくら真の御父様の宣布文だとしても絶対に認めないという悲壮な決意が見えます。


ところが、宣布文を詳しく見てみると、驚きを禁じ得ません。

真の御父様は、どうしてあれほど、未来を覗き込んだかのように、鏡を見ているかのように、未来を透視しておられたのでしょうか?

善と悪を分ける洞察力で、現在の統一家で起きている反逆の歴史を正確に予見されました。


韓氏独生女論の主張に対して、祝福家庭に確実な分別力を与えられたのに、皆がそれに酔ってしまいました。


しかし、認知症になって正常な判断力を失い、自分が何をしているのかも分からずに書いた宣布文だと?宣布文において、想像すらできなかった善悪の分別力を目の前にしながら、それでもなお偽りの小説を書き続けるでしょうか?

2026年4月3日金曜日

神様の心情を縁(ゆかり)とする◆ 2026年3月15日 ソウル聖殿礼拝 世界を救う心情の縁(ゆかり)<3> ティム・エルダー宣教本部長

 神様の心情を縁(ゆかり)とする

2026年3月15日 ソウル聖殿礼拝

世界を救う心情の縁(ゆかり)<3

ティム・エルダー宣教本部長

翻訳minion監修fanclub

エルダー本部長礼拝 서울성전대예배2026 03 15 



聖書の中にある神様の心情


さあ、御言選集を見てみましょう。

皆さんはティム・エルダーの話を聞くためにここに来たわけではないですよね。そうですよね?

率直に言えば、御父様の御言を、御父様の御言を聞きたいから。御言の中には心情があります。

皆さん、聖書という本は、今、皆さんが見ていますが、私が少し一言お話しします。

聖書。聖書という本は、世界のどの本よりも、最も多く売れたのが聖書だと言われています。

ところが、その聖書は少し不思議な本なのです。矛盾が多く、理解しにくく、なぜこんな本が世界の他のどの本よりも、シェイクスピアよりも、そしてどんな作家よりも多く売れているのか。

摩訶不思議です。

でも、なぜそうなのかというと、聖書の御言の中には、神様の心情があるのです。だから人々は、ただ言葉だけ、御言だけを読んでいるのではなく、御言を読んで、神様の心を感じ取ることができるので、聖書に頻繁に心が向くのです。頻繁に心が向いて行きます。

聖書を見ると、読むと、なんだか心が落ち着く。そう言う人がたくさんいます。信仰がなくても、信仰のない人もそうです。


ですから、御言は一つの器だと言うことができます。一つの器です。その器の中にあるのが神様の心情です。


しかし、ある人はただ言葉だけを見て、そこに心情があることに気づかず、またそれを体験できないような人もいます。

そういう人たちは、何か条件が足りないからそうなのか、とにかくそういうことです。


だから聖書を見ると、「ああ、これは何だ? これ全て神話ではないか。これは全部嘘だ」と、そう感じる人もいます。その御言の中にある心情を理解できなければ、そう感じるしかないでしょう。


しかし、御父様の御言の中にも、そうした御父様の心情があり、神様の心情がそこにあるのです。

なぜ私たちが毎朝訓読するのも、同じ内容を繰り返し繰り返し訓読するのも、また、家庭盟誓を何十回、百回、あるいは何千回と続けて私たちが家庭盟誓をするのも、単にその御言を私たちが覚えることも重要ですが、それ以上に、その御言の中に込められた心情を私たちがもっと深く体得するためにしているのです。


それを今、経験することができる、体得することができる、そのレベルは、私たちの心の中次第です。私たちの心がもう少し発展したら、人格が神様に近づけば、御言の中に込められた心情をより深く経験し、体得することができるのです。

本当に不思議ですね。同じ御言を読んでも、昨日は読んでもあまり感じることがなかったのに、今日読んでみると涙が出てきた、というようなことを、皆さんは経験されたことがありますか?私はあります。


神様の心情


さて、それでは御父様の御言を読みながら、その中に込められた心情を探ってみましょう。

だから今日私たちが語ろうとしているのは、神様の心情です。

これは『御言選集』第26巻、1969年の御言です。


神様の心情について論議しようというのです。神様の心情を知るためには、堕落による悲しみを体験しなければなりません。これまでの復帰歴史の途上で、み旨に従って出てきた数多くの先知先烈たちが、出場しては失敗した、そのような情景に自分自身を配置しておいて、歴史を超越した位置で神様を前に侍り体験しなさいというのです。


しかし、私たちが神様が経験されたそのような悲しみを100%体験することはできません。そうすれば死んでしまいます。

私たちが人間として、それは耐えることができません。ですから、神様は少しずつ、時には私たちにそれを与えてくださいます。

自らの体験を通して悪を除去し、善を擁護するという一つの主体意識を持つようになる時、ここから新しい歴史と新しい天民思想が始まるという事実を、私たちは否定できません。

私たちが新しい天民ですね。天の人々、天民です。

ですから、苦労しても一番下からしなさいというのです。このような事情を引き継いでいく過程では、必ず神様が共にしてくださるのです。子供が死ぬ場、慟哭する場、誰にも抑えることができず慰めることのできない悲惨な環境に置かれる時には、父母が同参するというのです。


分かることができなければ同参する事ができず、分かれさえすればどのような事情があったとしても、そこに必ず同参したくなるのが父母の心ではないでしょうか?そのような親の愛よりも何倍も大きな愛を持つ神がいらっしゃるなら、その方が人類の父であるなら、そのような悲惨で痛ましい事実に直面した人がいる時には、神は必ずそこに臨まれるというのです。


その人が歩む道には、常に神が共におられなければならないのです。そうなれば、いかなる試練や苦痛があろうとも、その試練や苦痛がその人を飲み込んでしまうことはできません。


しかし、このような試練と苦痛こそが、真に完全に帰結させることができる一つの条件となるのです。それゆえ、試練と苦痛、それは悲しみの象徴ではなく、むしろ私をもって永遠の光とならせることができる善の価値を決定づけ、新たな出発の縁を結ばせる絶対的な要因となるのです。


ここにおいて、勝利の旗を掲げて現れない限り、この悪の世界を征服し、打破することのできる主体的な個人、主体的な団体、主体的な世界思想は起こらないということです。このような意味において、私はこれまで、涙を飲み込み、皆さんに無情に送り出したこともありました。皆さんが嘆いていることをはっきりと知りながらも、鞭を振るわなければならない時もあったのです。

なぜそうせざるを得なかったのか?それは、皆さんが原則的な過程を経て出ていかなければならない運命の道にいるからです。それが、これまでの非運の世界に魅了されていた環境を打破するために避けて通ることができない作戦法による公式だったからです。


この御言をくださった御父様に、感謝の拍手を送りたいと思います。[拍手] 


私たちには、常に良いことばかりがあるわけではありません。サンクチュアリに入ってきたからといって、良いことばかりがあるわけではありませんね。

むしろサンクチュアリに入ってきたら、その試練がさらに増えることもあります。

なぜなら、サタンは出て行かないからです。

そうしたことを私たちが打破してこそ、私たちは今、神様の心情を体得し、そして神様とより深い縁を結ぶことができるということが重要なのです。


私たちは一日に罪をたくさん犯していませんか?罪というのは、行動だけではありません。

罪の中には、私たちの言葉も含まれ、さらには私たちの考えまでも含まれます。

イエス様は、男性が女性を見て、「あの人と少しセックスできたらいいな」と、ただ考えるだけでも、それは堕落したのと同じだと、非常に厳しい御言を語られましたね。


考えさえも罪だと、このようにおっしゃっているのです。ですから、私たちは皆、罪人だと言えます。罪人だと言わなければなりません。

しかし、私たちは少しずつ人格を、昨日より今日、今日より明日と、人格を少しずつ完成させていく過程にあるのです。


神様の心情と一つとなる


そのためには何でしょうか?神様の心情を私たちが体恤(共感)して、神様の心情に従わなければならないのです。神様の心情を知れば、罪を犯すことはできません。

ですから、人が完成し、人格が完成し、直接主権圏に入れば、罪を犯すことはできないと言うではないですか?犯そうとしても犯せないのです。


なぜなら、神様の心情と今、一つになっているからです。そして、神様が本来、人間を創造された目的は、愛の対象、完全な愛の対象、心情の対象を必要とされたから、人間を創造されたのです。

これは実は、これまでのキリスト教では想像もできなかった内容です。キリスト教では、神は遙か上におられ、私たちはここにいて、とてつもない隔たりがあるため、私たちが神に近づくことさえできないと言うのに、しかし、創造原理を見れば、そうではありません。神は、私たちと完全な主体と対象の関係を結ぶために、私たちを創造なさったのです。主体と対象の関係は、これは横的な関係です。

御言の中にそのようなみ言があります。縦的な関係では、心が一致することはできないとおっしゃいます。縦的な関係では。必ず、完全に一体となるためには、それが横的な関係でなければならないのです。


しかし、その横的な関係になるためには、私たちが責任分担を完成させなければならないのです。ですから、私たちの中で一人として、これまでそのようなことを経験できませんでした。また、私たちが人生を送る間にそれを経験できるかどうかは分かりませんが、必ず未来にはそのような世界が来るでしょう。

人間が本来、神の創造理想、本然の創造理想を成し遂げた時には、そうなるだろうというのが、御父様が私たちに与えてくださった途方もない希望です。希望です。私たちは単なる人ではありません。私たちは神の子女として創造され、そして今、そのように成長しつつあるのです。


生成AIの問題


最近、AIが大きな問題になっていますね。AIは人間ができることはすべてできると言いますが、AIにはできないことが、私の見るところ二つあります。


いくら科学が発展しても、AIには血統がありません。ですから、AIを持って人間に似たロボットを作ったとしても、そのロボットに神の血統があるはずがありません。


二つ目は、神の心情がありません。AIには絶対に神の心情があるはずがありません。なぜなら、神の心情というのは、どんなプログラムをしてもできるものではないではないですか。言葉で表現することはできません。それは、体恤(実感)してこそ、私たちが理解し、知ることができるものなのです。

しかし、AIにはそれができないのです。AIとは何でしょうか?結局のところ、0と1の融合に過ぎないのではないでしょうか?そこには心情がありません。


そこで最近、ある食口が英語の天聖経を自分で録音しています。録画しています。でも、やってみると、これが無駄なことをしているのではないかと、このような気持ちが湧いてくるのです。なぜなら、AIの声が私の声よりずっと美しいので、これならいっそAIに全部やらせたらどうかな、とそう言っていたのです。

そこで私はこう言いました。「絶対にその様に考えないでください。あなたの声には心情があり、AIの声には心情がない。これが決定的な違いだ」と言いました。


最近YouTubeを見ていると、AIを使ってメディアを作っている人がたくさんいますね。AIかそうでないか見分けることができます。私は今、AIでしょうか?どのようにしてわかりますか?ティム・エルダーがAIではないということを、皆さんはどうやって証明しますか?もし、私が話す言葉の中に心情があるなら、私はAIではありません。しかし、もし私の声を聞いても、神様の心情を皆さんが感じることができないなら、もしかすると私はAIかもしれません。


心情を感じてください。私がAI かもしれません。これからもAIは、決して心情的に御父様のみ言を私たちに伝えることはできないだろうと、私は思います。

様子を見ましょう。後で、クアンタム(量子)とかいろいろありますが、結局のところ、心情というのは体感してこそ私たちが受けることができるのです。体恤(共感)してこそ受け取れるものなのです。


ですから、私たちが創造原理を見たら、四大心情圏、家族盟誓の3番にもありますが、四大心情圏を完成させると誓い、それが今や人格完成の重要な過程ではないでしょうか?四大心情圏。これが人間と、そして他のすべての万物との違いです。


サタンも、どんなに努力しても心情を持つことはできません。人間ではないので。神の息子でも娘でもありません。ですから、それが私たちが神の心情を体恤(実感)し、持つことによって、天使長を主管できるようになり、サタンに勝つことができ、そしてこのサタン世界を打破する、そのような私たちになることを、私たちがもう一度感じましょう。

ありがとうございます。


今日はここまでにし、祈りを捧げます。


祈祷


天の御父様、ありがとうございます。私たちに心情を与えてくださったことに感謝いたします。また、御父様が抑えることのできない、このような心の衝動通して、私たちに常に愛をくださり、私たちを育ててくださる、そのようなお父様であることを私たちは知っています。


私たちが御父様を知らず、神を知らず、ある時には多くの場合、神から離れ、裏切ってしまうこともありますが、そのたびに御父様は心情を持って私たちを再び探してくださり、再び立ち上がらせてくださり、再び私たちに愛を注いでくださり、再び私たちを励ましてくださる、その恵みに感謝いたします。


今日この場に集まったすべての食口、そしてこの放送をご覧になっているすべての食口が心を一つにして、私たちは今は辛子種のような小さな集団ですが、その集団を通して神様がサタン世界を打破されるということを私たちが知り、そのような過程に私たちが参加できる恵みに感謝しながら、今日この場で神様に感謝いたします。

このすべての内容を、祝福中心家庭ティム・エルダー、ユ・ノスク家庭の名においておささげし報告申し上げます。アジュ