2026年9月11日金曜日

ウーシアとエネルゲイアの分離のない区別を理解する ◆米国へのメッセージ◆2026年9月6日_台湾聖殿 <> 文亨進二代王

ウーシアとエネルゲイアの分離のない区別を理解する

米国へのメッセージ2026年9月6日_台湾聖殿 <>

文亨進二代王


2nd King 9/6/26 America Message 

Translation: The son of Mihara 


皆さん、おはようございます。私たちは極東からお届けしています。本当はもう少し早くこの動画を撮りたかったのですが、パワーリフティングの訓練で少し背中を痛めてしまい、間に合いませんでした。歳を取るとはこういうものです、皆さん。今日は日曜礼拝の場から、短く近況をお伝えします。


分離を意味しないウーシアとエネルゲイアの区別を理解する


レジス牧師が、私たちがいま学んでいるウーシア(Ouzia)とエネルゲイア(Energeia)という素晴らしい主題を、見事に扱ってくださいました。

それは原理を理解する大きな助けになっています。

原理が実際に何をするものなのか、なぜ私たちがこの点にこれほど集中するのか、ということです。


第一に、それは訓練を位置づける助けになります。

なぜ訓練が重要なのか、訓練には実際に効力があるということ、そして私たちが内在される神と交わりを持てるということを理解するのは、非常に重要です。アーメン。


神はAIではありません。この点については、これから触れていきます。


同時に、第二に、私たちはキリストの神性とその本性を守らなければなりません。

もし誰もがウーシアに至り、ウーシアと関わることができるのなら、その人もまた神格に属するということになります。

そうであれば、キリストは必要ないということになってしまいます。アーメン。

言っていることが分かりますか?皆さん。


そうなれば私たちは、誰もが一定の修練によって神になれるという、ヒンドゥー教のもう一つの形にすぎなくなります。

そして当然、それはサタニズムへとつながっていきます。いいですか!

ですから、これが第二の点、訓練を位置づけるということです。

第一は、やはりキリストの神性を守るということです。


そして第三の点は、本質とウーシアの区別を通して理解するということです。

それによって、授受作用についての原理の理解も守ることができます。

いいですか!ですからこれは非常に重要です。


ここで一つ押さえておくべき点があります。

この区別を理解するにあたって、ウーシアとエネルゲイアのあいだの区別は、分離を意味するのではないということです。いいですか!


たとえば、レジス牧師の話をしましょう。レジス牧師は一個の人格ですが、同時に人間としての本性を持っています。この二つは区別されますが、だからといって彼を二つの別々のものへ分けてしまうわけではありません。アーメン。

言っていることが分かりますか?


彼は二つのもの、すなわちウーシアとエネルゲイアを、言い換えれば人格と本性を併せ持つことができます。それらは区別されていますが、分離されてはいません。


ついてきていますか?皆さん。ですから、これを理解することは非常に重要です。

神格についても同じで、神格のうちには複数の位格がありますが、それらは区別されていても、分離されてはいません。これを理解することは非常に重要です。


トマス主義、アウグスティヌス主義の問題


トマス主義的な理解に立つと、当然ながらある問題にぶつかります。

トマス主義、そしてアウグスティヌス主義──中世キリスト教のトマス主義的な世界の中で、アウグスティヌスの思想が組み直されたものです。

いいですか。そして、予定説という考え方を、より強い形で発展させていくわけですが、それはどこから来るのでしょうか?


もし神の本質とウーシア、つまり本質あるいはウーシアと、エネルゲイアの働き、そのオペラティオ(operatio)などが、一つのものへと押し込められてしまえば、問題が生じます。

そうでしょう?

なぜなら、そうなると本質とウーシアのあいだに区別がなくなってしまうからです。

そして事実上、神の愛、その恵み、その犠牲、その神的な意志、その知識、その働き──神のいかなる働きについて語るときも、私たちは神の本質そのものについて語っていることになってしまいます。


そしてそうすれば、当然ながら本質が複数あることになり、それは神格のうちに複数のウーシアがあるということにつながります。

これは問題です。


なぜならそれは、それぞれ別のウーシアを持つ複数の神が神格のうちにいるということになるからです。

それは、一つのウーシアのうちに異なる位格があるということとは、まったく違います。まったく別の話です。

要するに、もし神の意志もその一部であり、神の本質そのものであるとするなら、それは不変だということになります。それは時間と空間を超えて先立って存在し、変わることがありません。


そうなると、神の意志は予定されたものになってしまいます。

分かりますか?


神のすべての予知をもってしてもなお、その意志はあらかじめ定められたものになるのです。

そして当然、神はすでに、滅びる者と救われる者とをあらかじめ定めておられる、ということになります。

それは自由意志の原則をすべて破壊し、ひいては統一原理そのものを破壊してしまいます。


ですから、ウーシアすなわち本質と、エネルギーとの区別を理解することは、私たちがどのようにして自由意志にたどり着くのか、どのようにして神と関わることを理解するのかを知るうえで、決定的に重要です。


王妃が今朝聖書勉強をし、さまざまな神顕現、すなわち神の臨在が現れる場面などについて学びました。旧約聖書にも、新約聖書にもあります。

使徒の働きにおける炎の舌の場面や、モーセが燃える柴のもとで神と出会った場面など、そうしたことすべてです。

そして聖書では、それらは神の奇跡的な働き──韓国語で私たちが役事と呼ぶもの──を直接目にすることとして語られています。


しかし、トマス主義的な世界観に立ち、本質とエネルギーが一つに押し込められて同じものだとするなら、神はそのように現れることができません。

神の本質が炎の舌として現れることなどできないのです。


もしそうであれば、誰もが神の本質に触れられるということになり、したがって誰もが神になってしまいます。分かりますか?


そこでその問題を避けるために、アクィナスはもう一方の説明を採らざるを得ませんでした。

すなわち、実際には神がそうしたものを創造したのだ、それらはAIのホログラムのようなもの、炎のホログラムのようなものであり、それを通して私たちは神といわば関わることができるのだ、という説明です。


しかし問題は、そうなると神が永遠に遠い存在になってしまうということです。

なぜならその考え方では、炎の舌や燃える柴のような驚くべき奇跡を神が与えてくださったときでさえ、それらは実際には神ではなく、神との出会いでも神との交わりでもないことになるからです。

それらは実際には、被造物との、あるいは創造されたAIのホログラムとのやり取りにすぎない、ということになります。

分かりますか?


そしてそれは、神を永遠に遠ざけてしまいます。それは授受作用を破壊し、最終的には、神との実際の関係そのものを破壊してしまいます。

なぜなら、関係を持てる相手はホログラムだけになってしまうからです。

ついてきていますか?皆さん。


悪魔のエネルゲイアと戦う神のエネルゲイア実践訓練


駆け足で話していますが、この区別──分離ではなく区別、ウーシアとエネルゲイアの区別──を理解しなければ、どれほど多くの問題が生じるかが分かるでしょう。

そして覚えておいてください。エネルゲイアという語は、聖書の中に26回以上出てきます。

しかもそれは神の働き、すなわちオペラティオだけを指すのではなく、悪魔の働きをも指します。

悪魔もまた働きを持っており、それによって人に取り憑き、滅ぼし、殺すことができるのです。

聖書が言うように、悪魔は探し出しては滅ぼそうとしています。

ですから、私たちはこうしたことに気づいていなければなりません。


だからこそ、私たちは実践を、訓練を行うのです。その訓練の中で、私たちは神を経験することができます。

神のAIホログラムでもなく、何らかの創造された結果や被造物でもなく、神の臨在そのもの、神のエネルゲイアを経験できるのです。

神の神的な光、神的な力、神的な恵みのうちに、私たちは神と出会うことができます。


これらは神の創造されていないエネルギーです。私たちが神を探し求め、神を追い求める努力を注ぐなら、神はこうした驚くべき経験の恵みを与えてくださいます。

だからこそ訓練と実践がこれほど重要なのです。訓練を続けてください、皆さん。そのために私たちは訓練を行うのです。


そして、息を吸いながら「私は生きている」、息を吐きながら「아버지 감사합니다(お父様、ありがとうございます)」と唱えることを、一日に100回、400回、4,000回、4万回と行うようにしてみてください。

その水準にまで達すれば、皆さんの人生も運命も永遠に変えられます。


なぜなら、絶えず悔い改めのうちに生きながら、同時に感謝をもって神に栄光を帰しているからです。

ですから、落ち込みの中にいるのではなく、栄光のうちにいることになります。

そして神は、そうした素晴らしい瞬間に、神的なエネルギーとその働きとの驚くべき出会いを、私たちに与えてくださるのです。アーメン。


トランプ大統領を祈りなさい


同時に、いまアメリカで起きているすべてのこと、トランプ大統領をめぐる状況の中で、私たちは大統領のために祈り続けなければなりません。


大統領は対応を強めています。同時に、中間選挙が近づいています。

共産主義者たちを勝たせるわけにはいきません。

彼らは文字どおりボリシェヴィキ革命を起こし始め、愛国者たちを殺し始めるからです。彼らは文字どおり正気ではありません。

当然、それは止めなければなりません。


同時に、共和党に対しても「もうあなたたちを信用していない」と伝えなければなりません。


そして、トーマス・マッシー、マージョリー・テイラー・グリーン、タッカー・カールソン、ジョー・ケントといった、本物のMAGA、アメリカ第一を掲げる人たちが立ち上がり始めるなら、愛国者の多数も、無党派層も、その人たちを支持するようになるでしょう。

ですから皆さん、この重大な時にあって、私たちはこの破れ口に立たなければなりません。

世界の安全のために、そしてもちろん、神の御国が来るようにと祈りながらです。

ですから祈り続けてください、皆さん。大統領のために祈り、すべての人々のために祈ってください。この重大な時にあって、私たちは強く立たなければなりません。皆さんを愛しています。祈りをありがとうございます。私たちも皆さんのために祈っています。神の祝福とご加護がありますように。そして、神の御国が来ますように。ハレルヤ!

2026年9月10日木曜日

訓練精誠によって神を味わう ◆2026年8月20日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<5> 文亨進二代王

 訓練精誠によって神を味わう

2026年8月20日台湾聖殿 韓国語木曜礼拝<5>

文亨進二代王

監修:fanclub三原

文亨進師 台湾韓国語礼拝한국 목요예배 02026 08 20


訓練の意義


しかし、何かをうまくやるためには経験をしなければなりません。経験。訓練しなければなりません。難しいことをできるようにならなければなりません。


訓練がなければ、夫婦関係もうまくいかないでしょう。そうですね?なぜ?感情をコントロールできなければ、夫婦関係で爆発してしまう。爆発すれば、お互いに多くの傷を与えることになります。傷をたくさん与えたら、その結婚は徐々に破壊されていきます。その感情のコントロールと、脊椎を青くすることは、非常に重要な能力で。これは知識として学ぶことはできません。知識として学ぶことはできないのです。柔術の戦い方も知識で学べないのと同じように、武道もそうですし、訓練でだけ学ぶことができます。


次に、訓練とストレス、ストレスを負荷をかけて訓練すること。それなしでは感情をコントロールできません。


そして、訓練とは何でしょうか?訓練は、1度やったら良くなるものではありません。知識は一度理解すれば、永遠に理解できます。訓練はそうではないですね?訓練は一度やって理解できるものではない。何千回やっても、またやらなければならない。そして、やらなければ忘れてしまう。体が。


さらに訓練は、・・・知識は私が「悟った、分かった」という到達点がモデルですね。到達点。私がこれを勉強して理解すれば到着することができる。訓練はそうではない。訓練はライフスタイルモデルです。ライフスタイル。訓練が何かといえば、自分の生活の中で訓練しなければなりません。この訓練を通して、私が何か大きな、とてつもない悟りを得るわけではなく、訓練を通して、自分の弱点を直し、自分の必要な部分を強化させて、ゆっくりと。訓練は違います。訓練はライフスタイルのようなものです。そうですね?


過程、実現性、御言を成し遂げる。御言を絶えず成し遂げていかなければならない。一度成し遂げただけではダメではないですか。今日も成し遂げなければならず、明日も成し遂げなければならず、実際、今日だけでも何回も成し遂げなければいけないではないですか。


今日、私がその「今日」をただ成し遂げるだけでなく、今日、人と話す時にも御言を成し遂げなければいけないし、その人が話す時にも御言を成し遂げなければいけないし、買い物に行った時にも御言を成し遂げなければいけないし、訓練する時にも御言を(成し遂げなければなりません)。一日に何千回も、実は成し遂げなければいけないのです。


これは勉強とは違います。勉強は一度理解すれば、「あ、これで分かった」となります。訓練はそうではない。訓練は勉強のようにはなりません。訓練は絶えず繰り返さなければなりません。成し遂げなければなりません。継続して。これは「過程モデル」です。「目標モデル」ではなく「過程モデル」。


だから、毎日毎日実践しなければならないから、家庭的に良くなります。突然、分かることを、良くなることを、悟ることではなく、毎日毎日訓練しながら少しずつ。だから訓練をたくさん行うようにすれば発展します。徐々に。


だから若者たちも、自分たちと比べる時、先週と比べてはならず、1年前の自分の姿と比べなければなりません。1年前。訓練後の1年前の自分がどれほど発展したか。それを比較しなければなりません。なぜ?この訓練は過程モデルなので、時間がかかる。しかし、人生はそうです。現実の人生はそうだ。能力も全てそうだ。車の修理を学びたいなら知識だけではできない。これには時間がかかる。


チョンギに聞いてみなさい。あの子は専門家だから。ただ勉強だけで学びましたか?勉強だけで自動車を修理することができたか?経験が必要ではないですか。


武道訓練を通して、ただ本だけで学ぶことができますか?いいえ。訓練しなければなりません。若いお母さんたちも、赤ちゃんを育てる時に本だけで育てることができるか?ノー。経験から学ばなければいけない。私よりもっと高い親教育をよくやった、子供をうまく育てた人たちのそばにいてこそ、私が失敗した時、その人たちが私を正してくれたり、助けてくれたりするではないですか。


だからこいつらは皆、二代王、王妃のそばに住みたいではないですか。こいつらが、一人で赤ちゃんを育てる自信がないから。二代王、王妃のそばにいれば、確率がはるかに上がりますね。何かの罠にハマること、一人でやるとたくさんはりますね。


これは、過程訓練、精誠と御言でなされるもの、これは過程システムです。過程システム。勉強しながら「わあ!」と悟るだけでなく。そうですね。


キリストを知れば訓練、訓練こそが自由を与える


キリスト教はこういう部分でとても弱いです。そうですね?キリスト教は「うわー、イエス、イエス、私は受けた。イエスを信じる、イエスを信じた。

今日、イエス様に出会って、私は今日救われた」と言って、次の日には酒を飲んで娼婦と遊ぶ。そうですね。これはあまりにも弱すぎます。キリスト教は。この人たちは、イエス様を知れば自分が変わると。

違います。イエス様の愛を知った時、そこから私の訓練が始まるのです。それが事実。訓練が始まるのです。

有名なネイビーシールズのジョッコ・ウィリンク(Jocko Willink)

が言うように、訓練は自由だ。人々は訓練を牢獄だと考えますね。

(2:17:54)翻訳clean

訓練を牢獄だと思いがちですよね。もともと、訓練を受けたことのない人たちは、訓練を牢獄だと思いがちです。

でも実は、訓練とは自由です。自由。訓練を通じて、私たちは神様が望まれる自分になれるのです。実践を通じて。

そうすれば私たちは本当に自由を得ます。神様が私たちに与えてくださった目標と本質を実践できる人になれる。それこそが本当の自由です。


私たちの創造の目的を自由に追求できるようになります。訓練が大変だからといって牢獄だと思えば、実際それは牢獄になります。そうすれば、いつも臆病者の牢獄で暮らすことになります。怖いから。なぜ訓練が私たちに自由をもたらすのか?訓練を通じて、私たちの能力が開発されるからです。能力が開発されれば、私たちは新しいことを学んだり追求したりすることを恐れなくなります。 そうすれば、私の人生は自由になります。分からなければ、学べばいいのです。自由になりました。


それがなければ、分からなければ、ああ、怖い。始めることさえできません。動くことさえできません。麻痺する。諦めてしまう。快楽主義に陥る。 自由がありません。

訓練がなければ、牢獄人になってしまいます。どんな牢獄か?恐怖や恐れそして怠惰。

それから快楽主義。 物質主義。訓練があれば、心と体の統一が得られます。心と体が統一すれば、自由が得られます。なぜ?どこへ行っても私は自由です。どこへ行っても自分の感情をコントロールできます。どこへ行っても、私は人間関係をうまく築ける。それこそが自由だ。


もし私がどこかに行って、人間関係を台無しにしたら、実際にはどこにも行けなくなるでしょう。訓練がなければ、感情のコントロールもできない。そうすれば、人間関係をすべて台無しにしてしまう。そうすれば、牢獄で暮らすことになる。失敗の牢獄で暮らすことになる。


だから皮肉なことに、私が恐れているその訓練こそが、私に自由を与えてくれます。

神の目標を自由に追求できる能力。

皮肉なことに、訓練がなければ、私はそれがもっと楽だと思うかもしれませんが、結局は牢獄で暮らすことになります。

どんな牢獄? 恐怖の牢獄、恐れの牢獄、怠惰の牢獄、快楽主義の牢獄、物質主義の牢獄。

そして私は役に立たない人間になってしまう。そうですね?


子供をきちんと育てたいなら、その訓練をしなければなりません。訓練を学ばなければならず、自分より上手に実践してきた人々と共に生き、コミュニティでカウンセリングも継続して受けなければなりません。そうして初めて、子供たちと共に勝利できる確率が爆発的に上がるのです。一人でやろうとすると、罠がたくさんあります。目に見えない罠が山ほどあるのです。


だから訓練が重要です。エッセンス・エネルギーの違いについて語ると、なぜ訓練が極めて重要なのか、またなぜ神様がそのような聖霊の役事を下してくださる時、それがどれほど驚くべきことなのかが分かり、さらに、なぜ私たちが訓練を通じて神様を追求しなければならないのかも理解できるようになります。


プロテスタントのモデル、カトリックのトマス・アクィナスモデルがあれば、そういったものはすべて必要ありません。勉強して知れば済みます。それは詐欺です。

千倍の詐欺。詐欺。


アボジ、カムサハムニダが訓練の基盤


カトリック、キリスト教によれば、死ぬ時になって神を見ることができるというが、私たちが神との関係にあるなら、また、私たちは訓練と修行を通じて御父様を熱心に求め、苦行を伴いながら熱心に求めれば、御父様もまた私たちに恵みを授けてくださる。

しかし、その基盤とは何なのか?

お父様、ありがとうございます。悔い改めます。お父様、ありがとうございます。英語の部分で、そう言ったよね。


私たちは、英語の礼拝で、訓練をする時、悔い改めと感謝を、今一日ゼロだったら、40回を目標にして、次に、40回を目標にすれば、そうすれば100回、120回、400回、1200回、4000回の目標。12,000回の目標、1日4万回の目標、呼吸を合わせて、そのような訓練をするようになれば、私たちの人生は完全に変わります。


なぜ?悔い改めて、お父様、ありがとうございます。一日中そう過ごしていると、ずっとそう続ければ、すべてが完全に変わってしまいます。


妻と喧嘩する前に、夫と喧嘩する前に、もう喧嘩がなくなってしまうのです。

なぜ?お父様、ありがとうございます。一日でたくさん訓練をしているので、その喧嘩したくなる感情が湧いてきた時から、

「すみません。お父様、ありがとうございます。ふー、すみません。お父様、ありがとうございます。」と。


呼吸を10回するだけでその感情が消えてしまうのに、一日に4万回もしたら、どうやって妻や夫と喧嘩できるか?  一日に4万回は、おそらくできないでしょう。その日、そんなに呼吸はしないでしょう。たぶん、眠らなければいけないから。


寝るときは、この音楽を流して、「御父様、ありがとうございます。御父様、ありがとうございます。」と。聖書の御言葉にも、「宇宙と天宙が神を賛美する」とありますね。

星々や天宙の星、山々や神々すべてが神を賛美する。


人格的な創造されてない神のエネルギーを味わう


だから、私たちの外にいるあの御父様、あの旗ありますよね。五色の旗、それらはすべて聖書の節で、キリストの聖書の節、キリストの宝血、キリストの光、平和軍、警察、キリストと平和軍警察王、キリストの水、生命の水、それからキリストは…えっと、創造主と一つ。


金色の旗が風にひらひらと揺れる時、風もまた賛美しているのです。再臨主を。 風も、聖書のその聖句に合わせて歌い、そこへ出かけてみると、風が吹く時に外に出て見ると、気分が全く変わります。それを見ると。なぜ?あいつら、風までもが賛美しているのです。

そうですね?


皆さんも、何て言うか、あの御父様の旗が、外に出て見るとそんな役事が起こって、「うわっ、御父様はキリストとして、生命の水、神の光、宝血の勝利、平和軍の王と創造主と一つ」といったことを知りながら、旗がはためいて、風までもが賛美していることを考えると、完全に恵みを受けます。そうでしょう?  

はい。見てください。風、自然界の風も私たちと一緒に踊り、賛美しています。そうでしょう。そうじゃない?


実はその風が私たちに勝っているということなのです。今。私たちよりもはるかに多く、御父様を賛美しています。風が。皆さん、今、精誠をたくさん尽くしているけど、比較になりません。


風が皆さんをすべて打ち負かしている。ハハハハ そうでしょう? 風も私たちと一緒に訓練している、訓練、訓練。風もカエルたちもハスの花で、修練して、ここで遊んでいるから、魚も、ピョン! これを見るたびに、こいつらも神様、キリストを賛美している。水も雨が降ってきて、雨に打たれる時、雨も雨粒も、宝血の勝利、平和軍の王、生命の水、神様の創造、神様の光、ハレルヤ。こうなる。触れるたびに、こいつらが触れるたびに、こいつらはその雨粒が入るんだ。


実際、雨、その雨がその旗の中に入って一つになるじゃないか。その雨が、その次に、雨粒がたくさん集まると、そろそろ落ち始めます。

やあ、向こうに行けと、このように互いに。新しい子たちが入ってこられるように、新しい子たちが入ってこられるように、もうそこに入っていた子たちは出ていく。

そうですよね?


風と雨、風と雨、太陽と月が、これをすべて照らしながら、賛美しているのです。皆さんがただ知らないからです。自然界は懸命に訓練している。 そうだね。そうじゃない?

それは何? その訓練の神秘的な世界、神の何? エネルギー。人格的な創造のない光、力、恵み、御心、役事などのエネルギー。


これは気よりもはるかに貴重なものです。なぜ?気は非人格的じゃない。ただ、これは非人格的ではない。これは人格的な、創造なきエネルギー。

それが最も驚くべきものです。そうじゃない? 


訓練は、あのジョッコ・ウィリンク、ネビーシールズ、特殊部隊のおじさんがいつも言っているように、訓練とは自由そのもの。実は、訓練を知れば、訓練の成果こそが自由なのです。


自由に、自信を持って、どこへでも自由に自分らしく行ける。

なぜ?訓練が身についているから。そうじゃない?訓練がなければ、自分らしく自由に行けない。いつも恐れている。そう、そうじゃない?むしろ訓練がなければ、人はもっと怖くなるのです。

 (2:32:00)

 中略

天銭下來の為の勉強と訓練


だからわたしたちには天銭が見えるでしょう。天の金。天の金は永遠の金ではないですか。紙幣は偽物のお金ではないですか。紙ではないですか。紙幣は紙ではないですか。天銭は永遠の金ですね。天銭下来。

私たちは聖書を勉強したね。だから訓練が大事です。訓練、訓練、訓練。


もちろん勉強も大事だ。勉強がなぜ大事かというと、知的子供、情的子供が生まれます。この二種類の子供たちを伝道するためには、私たちが知的な勉強をしなければいけないですね?キリスト教弁証論、聖書勉強をしなければなりません。

なぜなら、私たちの子供たちの中には、知的な子と静的な子がいるでしょうから。知的な子を伝道するためには、キリスト教弁証論について知らなければなりません。

しかし、それだけを知っていてもダメです。情的な子を伝道するためにはこの子たちはもともと勉強が嫌いなのです。情的なな子たちは、芸術や運動といったものが好きなのです。ですから、彼らとは多くの平和軍警察訓練を沢山しなければなりません。

だから、それぞれの子供の性格に合わせて、私たちが持っているツール、学んだツールを使わなければならないのです。


ですから私たちも勉強しなければいけません。勉強しなければいけませんが、勉強がすべてというわけではありません。

勉強は重要ですが、勉強がすべてではないではないですか。そうですね?

勉強しても、今日学んだことは、勉強しても、神様を経験して、神様の恵みに出会えなければ、これもまた貧しい、貧しい霊的生活ですね。


しかし、勉強だけでなく、訓練や精誠といった部分を通して、神様の恵みや悔い改め、赦しといった部分に出会えるようになれば、私たちも豊かで、まるで金持ちのような霊的生活を送れるようになります。


そうすれば、私たちが子供たちに伝道するときや、人々に伝道するとき、はるかに幅が広がるでしょう。幅がはるかに広がるでしょう。

ただ勉強するよりは。


だから勉強できる子供たちは知的にすべての問題を解けると思っているかもしれませんが、人類の大部分、90%は情的です。

知的なのはわずか10%だけで、その10%のうち60%から70%は無神論者です。

だから、3%のうち、人類の人口の3%だけが宗教生活を送り、神様を探そうとしていますが、その3%はあらゆる宗教に入っています。

仏教、キリスト教、カトリック教会、あらゆる宗教に入っています。統一教会は0.001%ですね? 


ですから、知的にすべての問題を解決することはできません。ですから、知的なことも重要ですが、また、そのような瞬間の訓練も重要です。

訓練を通しながら、私たちの人生も変わり、習慣も変わり、脊椎も変わっていきます。そのようにしながら体と心の統一がより容易になり、心身統一が容易になれば、その基盤の上で夫婦生活を送る際、夫婦生活で勝利する確率が向上します。


そうすれば、子供を育てる際に爆発的、怒ったりしなかったり、子供たちに対して正義ある親としての教育ができる確率が高まる。などなど。

そうですね?これらはすべてを訓練と結びついています。だから訓練が重要なのです。訓練。

分かりますか?


それは、ただ神様の、学問主義合理的キリスト主義ではなく、私たちは、エッセンスとエネルギーを理解すれば、「なぜこの誠意と訓練がそんなに重要なのか」と。断食、祈り、瞑想、脊椎を変えること、なぜこの訓練が、なぜこれほど良い基盤なのかが分かってきて、そうなれば、私たちは御父様が私たちに与えてくださった創造目的、そう、創造目的、心身統一、家庭統一、その次に万物と一体化といったプログラム。


天一国が広まっていくようになり平和軍警察官の訓練、健康的な姿で、かっこいい男性軍男性警察、女性軍女性警察官、平和軍警察の若者と夫婦が、美しい家庭や子供たちと楽しい関係を築き、そして借金システムではなく資産を育むこと。

そして、神様を愛し、隣人を愛し、天一国と天一国の民として、御父様に栄光と喜びを捧げる善男善女。そのような神様の宗族王と王妃になりたければ皆一緒に立ち上がり、御父様に大きな感謝の拍手を捧げながら、億万歳。億万歳一緒に。

まずキスをして、ハレルヤ


神様王権樹立勝利億万歳

万王の王天宙天地人真の父母様、三代王権、億万歳

天一国創建億万歳

ハレルヤ、、隣の方とハグ。カムサハムニダ、アボジ、カムサハムニダ

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