ー 序文 ー
この試論を書くことにより天宙天地創造時の神様の心情に触れ一層神様を深く慕うようになった。そのような神様との出会いがあった。多くの人々が神様との関係をより深めることができる一助となれば幸である。
(2019年4月19日)ファンクラブ三原
2021年6月、7月、二代王様は神様の無意識世界を知ることを言われた。また、イエス様は夜の神様の生心、夜の神様の無意識世界から来られたと言われた。
その夜の神様の生心、無意識世界を、この『 夜の神の存在原相論』は論じている。又、論じてきた内容は2019年以降の御言と照らし合わせても、ほぼ正しい解釈であったと、天の導きに感謝している。
今回、夜の神様の無意識世界という単語を、該当する箇所に書き加えた。
今後もより正しい、夜の神様の無意識世界、夜の神様の存在原相の考察を深めて行きたい。
(2021年7月30日)ファンクラブ三原
夜の神の存在原相論 目次
1.天宙天地創造神の父母性と夜の神、昼の神の父母性
2.真の父母性がイエス様、真のお父様の最高の神性であるために。
3.天宙天地創造神、夜の神・昼の神の真の父母性は男性である。
4.夜の神の位相における天宙天地創造神の原相性相
5.原相性相の、一性性相による女性要素、女性性質の創造
6.夜の神の一性性相による形状の創造
7.一性性相原相は天宙真の父母の愛の性相である。
8.夜の神の「絶対有 絶対無 二性性相」による超爆発的天宙天地創造。
原理原相論試論 夜の神の存在原相論第一創造主、天宙天地創造の神が時空間を創造される前の存在位相におられるときのことを特に夜の神と称する。天宙天地創造の神はこの時空間が無い位相の時に真の父母思想により創造原理を創造されのである。
三代王権・こころのサンクチュアリ教会への問合せ
またこの原理原相論試論の創造原理では、時空間創造前後の位相と、時空間創造後の夜の神が、昼の神としての被造物世界に存在される存在様相について論じてきた。
また、夜の神・昼の神の位相関係、夜の神様の父母性にて夜の神様について論じてみたが、体系化するまでには到らなかった。
また、夜の神・昼の神の位相関係、夜の神様の父母性にて夜の神様について論じてみたが、体系化するまでには到らなかった。
そのため、時空間創造後の神の存在様相、即ち昼の神の存在様相について多くを裂かざるを得ず、夜の神についてはあまり論ずることができなかった。
したがって、この夜の神の存在原相論では、夜の神の存在様相、夜の神の原相に焦点を置き論じる。つまり、時空間創造の前のロゴス・創造原理、真の父母思想構想についてであり、その真の父母思想構想以前の、夜の神の位相の太初における根本的原相、存在様相についてである。
さらには時空間がどのようにして創造されたのか、その時空間創造以前の天宙創造の原相と時空間創造天宙天地創造の関連について論じる。
(下:2021年7月30日追記)
そしてこれは夜の神様の無意識世界の位相についての神学でもある。
1.天宙天地創造神の父母性と夜の神、昼の神の父母性
1-1.夜の神・昼の神の混乱
ここでは真の父母性の三位一体論の観点から、夜の神の位相における天宙天地創造神の父母性について論じる。
この父母性が夜の神の無意識世界でもある。
その理解を深めるために、夜の神、昼の神に対する理解に混乱が見受けられるのでまず最初に簡単に整理する。
夜の神、昼の神というとき大きく2つに区分される。
まず神ご自身についてである。
天宙天地創造の神には、時空間創造以前を夜の神、時空間創造後を昼の神と区分して言うことがあるが、同じ天宙天地創造の神、同じ方である。
2つ目は神の子、アダムとエバにおいてである。
神様は第一創造主、アダムは第二創造主、孫は第三創造主です。
天聖経205-255 P1547
アダムとエバの双方を第二創造主という立場で昼の神という。
特にアダムは夜の神の精子から来たので夜の神ということがある。夜の神と昼の神が戦うという表現があるが、これはアダムとエバが戦っているということである。
このように、夜の神という表現は、天宙天地創造の神、第一創造主の時空創造以前のこと特に指して言っているのか、時空間創造以前を起源とする天宙天地創造の神、第一創造主の精子から来たという意味の真のアダムのことを言っているか区別する必要がある。
同じように、昼の神というとき、時空間創造後の天宙天地創造神、第一創造主のことを、時空間創造後であることを特に強調して昼の神と言っているのか、天宙天地創造の神、第一創造主から創造されたアダムとエバを、第二創造主として強調するため言っている昼の神か区別する必要がある。
この混乱の基本的原因は多くが天宙天地創造神、第一創造主を夜の神と昼の神とに分けて別々の神のように考える錯覚により、一神論を論じているつもりが二元論になってしまっていることに起因している。
例えば、天聖経には「神は父母である」という記述は多く出てくるが、この神、創造主は昼の神であって夜の神でないと理解し、昼の神が夜の神より位置が低い存在、より劣る存在のように扱っている場合もある。これらは神の父母性を二元論でしか捉えることが出来ず、時空間創造後にあらわれた神の神性であると誤解しているためである。
このような誤解混同を避けるために、最初に夜の神、昼の神という切り口で分けて見るのではなく、夜の神、昼の神とは単に同じ存在の時空間創造前と時空間創造後の存在様相としてとらえるべきである。つまり夜の神、昼の神という個別の神が存在するのではなく、同じ神の単なる存在様相としての表現に過ぎないと捉えるということである。
その上で個別の存在として天宙天地創造の神、真のアダム、真のエバの三者の存在において、それぞれを時空間創造前と創造後の存在様相を、夜の神、昼の神として捉えれば整理が容易であろう。
1-2.第一創造主において夜の神も昼の神も同じ天宙天地創造神である。
ここでは天宙天地創造の神、第一創造主においての夜の神と昼の神は同じ神であることを論じる。
創造主、天宙天地創造の神において、天宙天地創造以前の神の状態を夜の神、天宙天地創造後に現れる神の状態を昼の神という。
このように天宙天地創造前と創造後の神の存在様相が違うだけで、天宙天地創造の神、第一創造主において、その本質は違わない。
一般的に、創造主とは第一創造主のことであり、真の父母を第二創造主ということもあるが通常、創造主と言う場合、天宙天地創造神、第一創造主のことである。
つまり天宙天地創造の創造主が昼の神として天宙天地創造後に現れる、そのご自身の存在様相はご自身がつくられた創造原理の通りに現れているに過ぎず、同一の神である。
天宙天地創造の神が昼の神の存在様相は、その創造原理によって造られた時間、空間、そして実体化された創造原理というプリズムを通して見える姿に過ぎず同じ天宙天地創造の第一創造主である。
役者がどのような演技の姿をして現れてこようと、どのような演技をしようと、その本人そのものが変わることはないことと同じである。
それにもかかわらず夜の神、昼の神という時、この同じ天宙天地創造の神という観点が理解されず天宙天地創造の神を別の存在のように扱ってしまっている二元論、あるいは多元論を散見する。
これを見分けるためには、その存在様相に関係なく、唯一神という天宙天地創造神の根本本質を貫いているかどうかで見ていけばよい。
天宙天地創造の唯一神そのものが分裂することは無いからである。
これは神の父母性においても同じである。天宙天地創造神の父母性は徹頭徹尾一元論である。
天宙天地創造の神はこのように100%夜の神で有り100%昼の神なのである。
1-3.第一創造主の天宙天地創造前の真の父母性と、天宙天地創造後の真の父母性
ヨハネによる福音書1章1節
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」
亨進様:2017年11月26日 英語礼拝
「ことばは神と共にあった。言は神であった」ですが、非常に興味深い概念、ロゴスの観念です。ロゴス( λόγος )、つまりみ言は大変な概念なのです。強大な神様の始まりが、み言であったというのです。もちろん、キリスト教の背景において、それは地上に来られるイエス・キリストとして表されるものであり、神様のみ言が肉となったものです。 そして、「言は神と共にあった。言は神であった」というところに注目してください。
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根本。原因。初めに言があった。 この言が神様と一緒にいらしたのだからこの言は、神様ご自身である。 ロゴス。神様はロゴス。すべてのユダヤ-キリスト教の根本的な神様のアイデンティティは何か? ロゴス。
その言がどうなるか? 肉になることで、イエス・キリストですね。そのように出ますね。肉になることで、私たちを救ったから、このような内容でしょう。
初めにあったことば、即ちロゴスは創造原理である。では創造原理のその根本中心思想は何か?
性相と形状、陽性と陰性の二性性相という創造原理の根幹原理の目的は結局、アダムとエバが完成し実態の真の父母となり子女を繁殖することである。それが故にアダムとエバを第二創造主と言ったり、昼の神と言ったりするのである。
よって初めにあったことばであり創造原理は有形実体世界に身体を持って存在する真の父母を創造することを目的とする真の父母思想を中心として第一創造主が夜の神の位相にあるときに創造したロゴスである。
真の父母思想が根本中心思想となったのは夜の神の時の天宙天地創造神(略して夜の神)の心情が真の父母であるからである。
即ち、夜の神の無意識世界は真の父母の心情ということであり、これが夜の神様の生心である。
夜の神の時の真の父母の心情が動機となり真の父母思想がつくられ、それが中心となって初めにあったことば、創造原理が造られたのである。
このロゴスをもって森羅万象が創造されたのであり、このように夜の神の時の神性は真の父母であるがゆえに、夜の神の時の天宙天地創造神(夜の神)の本質神性は真の父母である。この真の父母が夜の神の生心本体であり、夜の神の無意識世界の本性である。
夜の神の時に真の父母の神性がなければ真の父母を創造目的として構想することさえもできないのは自明の理である。夜の神の時、真の父母の神性を本質神性として持っていたがゆえに真の父母思想によって、真の父母をいかに天宙天地創造後作り出すことができるか構想された結果、初めにあったことば、時空間創造後に真の父母を実体化させるための創造原理が創造されたのである。
当然ならが、時空間創造後の昼の神の時における天宙天地創造神の神性が真の父母である。この神性は、時空間創造後においてはアダムに現われ、アダムとエバが完成し結婚することにより実体化する。
このように天宙天地創造神の生心にある、天宙天地創造神の無意識世界にある真の父母性は、夜の神の時における天宙天地創造神の神性であり、時空間創造後の昼の神の時における天宙天地創造神の神性なのであり、時空間創造前も時空間創造後もその神性は不変である。
真のお父様の御言:
二性性相の中和的主体であると同時に、愛の根本であるお方が神様です。「原理講論」に「真の愛の起源」という言葉を入れなければなりません。「真の愛の起源が神様だ」という言葉を入れなければならないというのです。
このように、ことば(ロゴス、創造原理)の存在以前に真の愛があるということである。その真の愛の起源が夜の神の位相の時の天宙天地創造神なのである。
真のお父様の御言:
「九十年の人生を捧げて生きてきた私の生涯は、ひとえに天宙の真の父母であられる神様を解放してさしあげ、父母の位置を取り戻してさしあげ、死亡圏であえいでいる人類を救い、神様の懐にお返しすることでした。このみ旨のため、私は独りで艱難を貫いて勝利し、父母を失った孤児の身の上に転落した無知蒙昧な人類を導き、この世界の救援の道を歩んできました。」
「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」(2010年7月8日, 天正宮博物館)実体み言講演文17ページ
このみ言でみるように、真のお父様は、最晩年期の最後の大会でも「天宙の真の父母である神様を開放することが、真のお父様の九十年の生涯であった」と言われた。
天宙の真の父母である神様とは、天宙を創造された神であり、天宙天地創造の神であるがゆえに時空間を創造された夜の神の時の天宙天地創造神(略して夜の神)である。また、夜の神様の時の天宙天地創造後の存在様相である昼の神としてあらわれる夜の神の時の天宙天地創造神(夜の神)のことである。よって天宙天地創造の神、夜の神の神性は天宙真の父母である。
この真のお父様の遺言とも言える御言の神学的内容は、神はことば(ロゴス、創造原理)とともにあったが、そのロゴスは真の愛によって創造されたということであり、その真の愛の性質とは父母の愛であるということである。
真のお父様の御言:
神様とは、いったい誰ですか。神様は創造主でありながら、縦的な真の愛の父母です。真の愛を中心とした、縦的な父母だというのです。完成したアダムとエバは、真の愛を中心として横的な父母です。その二つの父母が一体となるのです。(250-38,1998.10.10)日本語天聖経2010年版P1662
このようにこの天宙の真の父母は、縦的な真の愛の父母であり、そのような夜の神の時からの縦的な父母である。縦的な父母であるがゆえに夜の神の位相であろうと、昼の神の位相であろうとその本質は真の愛の父母である。
この内容が端的に表されている御言がある。
真のお父様の御言:
世界の指導者の皆様! 万有の創造主であられる神様は、全人類の真の父母です。ある特定の宗教や人種、あるいは特定の地域の人々だけのためにいらっしゃる、そのような制限された概念の父母ではありません。その名称を「ヤハウェ」と言ってもよく、「アッラー」、あるいは何かほかの名前でもよいのです。重要なことは、神様は確実に存在され、万人の真の父母として、今も生きて創造のみ業を継続していらっしゃるという事実です。御自身が太初に立てられた天理原則に従って宇宙万象を経綸され、歴史を摂理しておられるのです。
平和メッセージ8 2006年10月14日 第五回蒙古斑同族世界平和連合総会
万有の創造主である神ご自身が太初に立てられた天理原則とはロゴスのことであり、創造原理のことである。この神は天宙天地創造前に、つまり時空間創造の前にこの天理原則を御自身で立てられたのであるから明らかに夜の神である。
そしてこの夜の神が全人類の真の父母なのである。
このように万有の創造主は天宙天地創造神であり夜の神であり、天宙の真の父母なのである。
このように夜の神が真の父母としての神性をお持ちであることは否定することができない。
このように天宙天地創造の神に於いて昼の神は夜の神の実体世界での性相としての存在様相であるから、天宙の真の父母である神は天宙を創造した神であり、夜の位相の時からの神である。
完成したアダムとエバは、縦的な真の父母の真の愛を中心とした横的な真の父母であるがゆえに昼の神である。
天宙の真の父母である天宙天地創造神は夜の神の位相の神であり、横的な真の父母であり昼の神である完成したアダムとエバと三位一体となり、夜の位相の神は、実体世界・形状の存在様相である昼の神として現れる。それは夜の神ご自身が立てられた天理原則従って宇宙万象を経綸され、歴史を摂理しておられるからそのような昼の神の姿で現るしかないのである。
真の愛の起源が天宙天地創造神の夜の神の位相にその根があり、愛の中心は心情であるが、その真の愛の情とは即ち真の父母の心情であり、その真の愛によって創造された結果が二性性相の中和的主体である。
つまり二性性相の中和的主体とは夜の神が立てられた天理原則によって創造された被造物であり、夜の神とともにあったことば、ロゴスである。
このような心情と愛と思想とその関係性ゆえに夜の神とロゴスとそして真のお父様は三位一体なのである。
ロゴス、創造原理は、夜の神様の真の父母思想により二性性相の中和的主体として創造された。
夜の神様の真の父母思想の根本は真の愛であり、その真の愛の性質は真の父母という愛の性質なのである。
ロゴス、創造原理は、夜の神のこの真の父母思想により創造されたが、被造世界創造以前に神とともに存在しているがゆえに、神と言ってもよいということである。
それゆえ、原理原相論試論は、「ロゴスは神ご自身である」という神学を証す内容でもある。
原理本相論創造原理編は、このような男性にしてたった一つだけの存在としての天宙天地創造の神について、夜の神の時の存在様相と昼の神の時の存在様相を扱っている。
1-4 ロゴスが二性性相の中和的主体である理由
原理原相論では、原理講論においても原理本体論においても、神の存在様相として到達した創造原理の二性性相の中和的主体というその存在様相は、神ご自身のことではなく、神とともにあったことば、ロゴスのことであることを究明した。
この内容の概略を以下に説明する。
光と時間空間の世界で創造され、その創造された被造世界に存在する我々が、その御言にロゴスによってつくられたこの被造世界の共通内容から推論して行き着く先は結局、その神とともにあったロゴスであ。
しかしこのロゴスの存在様相を、原理講論も原理本体論も、神ご自身の存在様相として捉えてしまっている問題がある。
また光と時間空間を創造された以降の昼の世界に於ける第一創造主の存在様相は、夜の神の時にご自身が造られた創造原理に基づいて二性性相の中和的主体として現わざるをえない、何故なら光と時空間を創造された以降の一切の全てがこの創造原理によって造られた被造物であるからである。
二性性相の中和的主体であるこのロゴスは、ともにおられた夜の神様の真の父母思想により創造された被造物である。
ロゴスが二性性相の中和的主体であるのは、この真の父母思想も中和的主体であるからである。
被造物、被造世界をいくら観察して帰納法的に推論しても結局、到達点は、神と一体であるロゴスまでである。
これがこの被造世界から推論されたロゴスを元に展開された統一原理、統一思想、本体論の限界でもある。
真のお父様や、亨進様が神を中和的二性性相であると言われる時、それは神そのものではなく神とこのロゴス(創造原理)、真の父母思想が三位一体として存在する神性が天宙天地創造神の神性である、つまりロゴスが二性性相の中和的主体であるなら、このロゴスとともにおられた神もまた二性性相の中和的主体という神性があるということである。しかし夜の神の時の天宙天地創造神そのものは二性性相の中和的主体では無いことは留意しなければならない。
1-5.アダムとエバ創造に見る夜の神と昼の神
次に人類最初の男性と女性であるアダム・エバという観点で夜の神と昼の神をみる。
天宙天地創造の神は、その真の父母思想によりアダムとエバを創ることを目的として天宙を創造したのであるからアダムとエバの神性は昼の神である。アダムとエバの創造を創造目的とした創造原理をもとに天宙天地創造が始まり展開されたのでアダムとエバの神性は第二創造主である。
アダムとエバを比較した場合、アダム(最初の男性)は天宙天地創造神が夜の神の時、真の父母思想が発想される前から天宙天地創造神ととともにあった夜の神の精子、絶対性の精子から来たがゆえにアダムの神性は、昼の神の神性とともに夜の神の神性を持つ。
一方エバ(最初の女性)は天宙天地創造の最終的創造目的であり、もっと言えば夜の神の時から存在する絶対性の精子の受精のために、絶対性の卵子を創造することが天宙天地創造の目的であるからエバの神性は昼の神と言える。
二性性相は陽陰(男女)の二性性相と性相形状(霊人体と肉体)の二性性相があるが、有形実態世界(形状世界)における陰性の万物創造は太初の光あれと、神が言われたときから創造され存在した。
しかし、無形実態世界(性相世界・霊界)において、エバが創造されるまでは性相・霊人体を持つ存在は存在しなかった。
エバの創造まで霊人体をもつ存在は、神、天使、アダムだけであり、その霊人体は男性なのであり、エバの創造によってはじめて女性の霊人体がこの天宙天地創造世界に現れたのである。
それが故にエバを昼の神と言うことができる。
アダムとエバにもこのような昼の神としての神性があり、特にアダムには夜の神の神性がある。
アダムは夜の神の神性と、昼の神の神性を持つ。
エバは天宙天地創造の昼の神の神性だけを持つ。
アダムは夜の神の精子から来たので天を表し、
エバは夜の神の被造物である絶対性の卵子から来る昼の神であるから地を表す。
以上から、アダムとエバの神性を比較する場合、アダムを夜の神、エバを昼の神と言うことが可能である。
それが故に、真のお父様は、ご自分のことを夜の神にたとえ、韓氏オモニを昼の神にたとえ、夜の神と昼の神が戦っているという表現もされたのである。
1-6.夜の神と昼の神と聖霊の三位一体
キリスト教会では男性として常識である聖霊が、家庭連合では長らく聖霊を神と別に独立して存在する女性神であると間違って解釈されてきたがゆえに、女性神が独立した個として存在すると考える信徒もいる。
聖霊は女性神ではないし聖霊という別の個の神は存在しない。
*詳細:神霊・聖霊三位一体論
聖霊は男性神である天地使創造の創造原理を通して現れる神の女性的表象であり、その表象の性別は当然ながら男性である。この男性である神の女性的表象を我々は聖霊として感じるのであるから聖霊は男性である。
つまり聖霊は夜の神が天宙天地創造後に現れる天宙天地創造の神である夜の時の神の存在様相、夜の神の象れである。
このように天宙天地創造の神において天宙天地創造前の夜の時の神(夜の神)であろうと天宙天地創造後の昼の時の神(昼の神)であろうと、まったく同じ方であり、天宙天地創造神は男性であり一なる神である。
そしてこの男性である一なる神の根本神性は真の愛の真の父母である。
一つの白い光はプリズムにより7色になるように、光は光であり別のものではない。光と虹は同じ光で見え方が違うだけである。これと同じように天宙天地創造の神において夜の神と昼の神を別々に考えてしまうのは、光と虹という存在が別々に存在していると誤認識することと同じである。我々は虹を見ても光が自然のプリズム現象によってそのような様相になることを知っているが故に、光と個別の存在とは考えない。
これと同じく、一なる天宙天地創造神は夜の神の時にご自身が創造された創造原理というプリズムを通して我々には昼の神として現れるに過ぎないのであって、同じ神である。
また創造原理というプリズムを通して現れる神の二性性相における女性的表象が聖霊として現れるということである。第一創造主、一なる天宙天地創造の神において、夜の神も昼の神もそして聖霊も同じ神である。
このように聖霊は男性である。聖霊は非常に女性的であり母性に溢れている。しかし聖霊は女性神ではない。聖霊の女性的表象も男性である神からこの母性がくる。この母性は男性である神の要素のひとつなので男性である。故にその聖霊の根源である男性である神が女性的母性を持っているのは当然である。
この神の女性的母性もまたこの男性である一なる神の根本神性である真の愛の真の父母性から来るのである。
2.真の父母性がイエス様、真のお父様の最高の神性であるために。
2-1.夜の神様とイエス様と真のお父様の、真の父母三位一体性
イエス様、真のお父様の本質的神性は生まれながらにして真の父母である。
イエス様、真のお父様は100%人であり100%神の神性の方であり、その神性の性質は生まれながらにして男性一人にして真の父母であるということである。
神の独生者、神の独り御子とはそういう意味である。
イエス様、真のお父様は生まれながらにして真の父母の心情を持っておられる。生まれながらにして真の父母である。
真の父母の心情を持っているから、その父と母という陽陰の概念からイエス様、真のお父様の性別は、自体内で男性と女性を持つ男と女の両性具有体と言うことはできない。
また男性であるから、その父母の心情は先天的ではなく後天的であり、母となる妻を迎えてこそ真の父母になるとするならば、イエス様が、真のお父様が、生まれながら真の父母という神性は持つことができなくなる。
真の父母の心情を持つ独り御子は男性だけである。イエス様、真のお父様は生まれながら、男性一人にして先天的に父母の心情をもっ男性である。
このイエス様、真のお父様の神性は、創造主の神性であり夜の神様の時から来る神性である。
更には光と時空間を創造された創造主のその時空間創造以前、
その時空間を創造することになった創造原理の創造以前、
その創造原理の理念思想となった真の父母思想の創造以前の、
創造原理を創り出す動機となった天宙真の父母の心情からくる光と時空間を超えた根源根本的神性である。
それが故にイエス様と、真のお父様は、太初から神とともにおられ、夜の神様の位相にある天宙天地創造神、第一創造主とともに存在されていた真の父母である。
それだからイエス様と真のお父様を夜の神の精子からこられた生まれながらにして真の父母ということができる。
そうでなければイエス様、真のお父様の、真の父母の絶対性と夜の神としての神性と、キリスト性が損なわれる。
これを聖句で見てみる。
「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。5光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネ1:1)
「わたしが父におり、父がわたしにおられるとわたしが言うのを信じなさい。さもなければ、わざによって信じなさい」(ヨハネ14:11)
「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです」(エペソ2:10)
この方とは主イエスである。主イエスによらずしてできたものは一つもない。女性も同じである。
同様に、再臨のイエス様である真のお父様によらずしてできたものは一つもない。女性も同じである。
天宙天地創造以前から主イエスと真とのお父様は神と一つであり、私たちは主イエスにあって造られたのである。
主イエスはお一人で女性なくして私たちを造られたのは、生まれながら私たちの父親であり、男性一人にして真の父母であるからである。
再臨主、再臨のイエスである真のお父様もイエス様とともに神とともにおられたのであり、生まれながらにして私たちの父であり、男性一人にして真の父母であるからである。
主イエスと真のお父様が、神とともにおられたがゆえに一人の男性にして真の父母であるのは、主イエスとともにおられた神の根本神性が、男性一人にして真の父母であるからである。
このように神が女性の存在無くして男性一人で私たちを造られたのは、時空間創造以前から私たちの父であり、男性一人にして真の父母であるからである。
このように、夜の神とイエス様とお父様は、真の父母の神性を中心として三位一体なのである。これを真の父母三位一体性という。
この男性一人にして真の父母性を、夜の神様の神性ではなく昼の神の神性という神学がある。
天宙天地創造神における昼の神は創造以降の創造神の存在様相に過ぎない。その本質は夜の神、夜の神の時からある天宙天地創造神の神性である。
天宙天地創造の神において夜の神も昼の神も同じ方、同じ創造主であり、創造主はただお一人しか存在しない。
2-2.夜の神の精子の神性は真の父母である。
天宙天地創造神が昼の神として現れる存在様相が父母であるから、神の父母性は時空間創造後に現れたと考えるのは誤りである。なぜなら天宙天地創造の創造原理は真の父母思想により造られたからであり、真の父母思想が創造原理の根本であり、創造原理は天宙真の父母の神性を持つからである。
このように創造原理が、ロゴスが真の父母の神性を持つのはこれを発想し造った方の根本神性が天宙真の父母であるからである。
ゆえに昼の神の根本神性が真の父母であるなら、夜の神の根本神性も真の父母であるのはあまりにも明白である。
また、真の父母性が出来たのが天宙天地創造後の昼の神からの被造物であり、天宙天地創造前には存在し無いとするならば、夜の神の精子は、時空間創造以前の夜の神様ご自身からくるのであるから、夜の神の精子の、天宙真の父母という神性を否定することになる。
イエス様と真のお父様が、生まれながら男性一人にして真の父母であるのは夜の神様の時の天宙天地創造神の根源からくる神の精子から、イエス様と真のお父様が来られたからである。ところがその夜の神の時からくる夜の神の精子を持っておられる夜の神の時の天宙天地創造神(略して夜の神)に真の父母性が無いと、その真の父母性を否定するのならば、どのようにして夜の神の精子の真の父母性を証明し、主イエスが、真のお父様の神性が生まれながら男性一人にして真の父母であると証明できるのであろうか。
夜の神様の精子の真の父母の神性を否定するのであれば、天宙天地創造後の昼の神の位相の時になって真の父母性を持つ精子が造られ、その精子からイエス様、真のお父様の真の父母性が来たことになり、結局は夜の神ではなく昼の神の精子から来たということになり、イエス様と真のお父様が、夜の神様の精子から来られた方と言えなくなってしまう。
イエス様と真のお父様は初めに神とともにおられたのであり、すべてのものは、この方によって造られたのだから、イエス様とお父様は初めから真の父母であり、ともにおられた神もまた真の父母なのである。
このようにイエス様、真のお父様が、生まれながらにして真の父母であるためには、時空創造以前の神である夜の神の時の第一創造主の精子に真の父母の神性がなければならない。
夜の神様の精子に真の父母性があるということは、その本体である夜の神様も真の父母性を持っておられるということはあまりにも自明なことなのである。
また、夜の神様の真の父母性を否定するのであれば、真の父母性を持たない夜の神がつくられた初めにあったことば、創造原理が真の父母思想でつくられるはずもなく真の父母思想とはいえなくなる。
結局はイエス様と真のお父様の生まれながらにしての真の父母性という神性を否定してしまうことになる。
---二代王亨進様の御言:
真の父母という点で、実際、お父様は非常にはっきりされていました。お父様は、基本的には真の父として、「私は真の父母である」とおっしゃっています。それで、お父様の責任分担、つまりアダムの責任分担は、真の父母が95パーセントです。そして、お母様の責任分担、つまり真の母の位置は、自分が現れることを通して神様の特性を反映することです。ですから、お母様は女性神を投影するのではありません。お母様は単に、お父様の中にあるもの、つまり、お一人の神様の中にあるものを映し出すにすぎません。そしてそれが非常に大きな神学的相違点なのです。私たちは、その一神教の道から脱落して、神様の女性的な性質に対して別の人格を与えないように十分に注意しなければなりません。なぜなら、それは別個に分かれた存在ではないからです。創造主であり、二つの性質を示されるただ一人の神様がおられるだけです。
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「お父様は、基本的には真の父として、『私は真の父母である』とおっしゃっています。それで、お父様の責任分担、つまりアダムの責任分担は、真の父母が95パーセントです。」
「お母様は単に、お父様の中にあるもの、つまり、お一人の神様の中にあるものを映し出すにすぎません。」
この内容は取りも直さず、真のお父様に「真の父母性」があるのは、天宙天地創造主であるただお一人の神である夜の神の「真の父母性」から来ていることを表している。夜の神様の精子とは取りも直さず夜の神の「天宙の真の父母性」からくる「真の父母性」のことなのである。
一方、絶対性の卵子は、昼の神から来る。つまり絶対性の卵子は天宙天地創造神が夜の神の時を過ぎてから創造された被造物である。
それがゆえに、絶対性の精子と絶対性の卵子が結びつくために必要な男女の愛も夜の神の創造後の被造物である。
天宙天地創造はこの絶対性の卵子を作り出すために始まったのであり絶対性の卵子は天宙天地創造の最終被造物である。
絶対性の卵子は最終被造物であるがゆえに絶対性の卵子には真の父母性という夜の神の神性は無い。
*二代王亨進様の御言:
お父様の、神様の精子。お父様の原理本体論中心の神様の精子。精子。神様の精子!なぜ?メシアは新郎だ!神様の精子!皆さんもご存知でしょう?女はXX、男はXY、男の種は、息子も作り、娘も作ります。XX、2つXがあると女だけ出てきます。男が出て来れません。息子が出て来れません。種が下ろせません。種!精子!神様の王権は精子を通して降りていきます。父子関係。
Y染色体は父系のみから、X染色体は母系のみ伝わるという、是非読んでいただきたい。
アダム、イエス様、真のお父様が、神の精子で来られたが、性染色体でいうならば夜の神から来る精子は男性を決定するY染色体の精子である。
夜の神の位相の時の精子はY染色体であり、夜の神の位相の精子は真の父母の神性を持つので夜の神のY染色体は真の父母の神性を持つ。
遺伝子は染色体を構成するDNAの中に含まれるが、アダム、イエス様、真のお父様は夜の神の位相から存在する第一創造主のDNA、夜の神の位相から存在する天宙天地創造神の遺伝子から来られた。
つまり、メシアとは夜の神から来る真の父母という遺伝子を受け継いだ方である。
一方、詳細は後述するが、昼の神の位相になってから造られたX染色体は被造物であるからが故に真の父母の神性は無い。
アダムとエバが人として生まれる時、それぞれXY染色体、XX染色体を持つが、アダムのY染色体は夜の神の位相の天宙天地創造神からくるが、アダムのX染色体は天宙天地創造神の時空間創造後の昼の位相の時に造られた創造物である。
アダムは真の父母の神性を持つ夜の神からのY染色体を持つのでアダムは生まれながら男性一人にして真の父母の神性を持つ。
それが故に、アダムは夜の神であり昼の神であると言える。一方エバは昼の神の位相の時のX染色体だけを持つので昼の神と言うこと出来るが夜の神ということは出来ない。
同様にアダム一人で生まれながらにして真の父母という事ができるが、エバ一人生まれながらにして真の父母ということが出来ない理由がここにある。
2-3.絶対性卵子には夜の神の神性は無い。
イエス様・真のお父様は夜の神さまの精子から生まれた方である。
更に言うならば夜の神の精子はY染色体精子から来られたのであり、X染色体は夜の神の昼の位相にある時の被造物である。
一方エバは昼の神の位相の時の天地創造神が造られたX染色体の精子からきた。
夜の神のY染色体から来られたイエス様は生まれながらにして真の父母である。それ故、夜の神のY染色体精子から生まれた男性と結婚しなければエバは真の母になることはできない。夜の神様のY染色体精子から真のアダムは生まれるが、真のエバは生まないからである。それは夜の神の精子はY染色体しかないからである。
それが故に夜の神のY染色体精子を持つイエス、そして再臨のイエスは堕落したエバに復帰原理により絶対性卵子をもたらすことが可能になる。X染色体は被造物であるからである。
逆に絶対性卵子自体が精子を絶対性の精子にすることはできない。
なぜなら絶対性の卵子は被造物である絶対性のX染色体だけを持つからである。
復帰原理においてもその最初には夜の神のY染色体精子を持つ男性が必要である。
原罪の無い真のエバが存在したとしても生命の根源性は夜の神から来るゆえに堕落圏から男性をアダムを復帰することは、不可能である。
夜の神の時の第一創造主は男性であり、夜の神の位相の時の精子はY染色体のみである。この夜の神の位相のY染色体には天宙天地創造以前からの生命の絶対根源となる真の愛の遺伝子がある。
天宙天地創造後である絶対性卵子からは、更にはそのX染色体には天宙天地創造以前からの神の命は始まらない。
同様に、天宙天地創造神が昼の神の位相の時にお作りになった絶対性のX精子は被造物であるが故に、生命の絶対根源にはならない。
夜の神の時から神は一人の男性にして真の父母であるように、夜の神の位相のY染色体精子から生まれたイエス様も、一人の男性にして真の父母である。再臨のイエスである真のお父様も夜の神の位相にあるY染色体精子から来られた一人の男性にして真の父母である。
2-4.絶対卵子は被造物である。
夜の神の精子はY染色体のみである。即ち夜の神のDNA、遺伝子はY染色体からくる。この夜の神の遺伝子は天宙天地創造神が夜の神の時の位相から来るものであり、時空間創造以前の太初から神とともに存在した。
それに対し絶対性の卵子は太初の創造原理の構想理想にあるにしても、エバが生まれてから存在するようになった天宙天地創造神の「昼の神の位相」から来る被造物である。卵子はX染色体によって成り立つが、これは絶対性のX染色体は、「昼の神の位相」からくる被造物であるということである。つまりエバのDNA、遺伝子は天宙天地創造神が「昼の神の位相」の時に創造された創造物である。
天宙天地創造はこの絶対性の卵子を作り出すために始まったのであり絶対性の卵子は天宙天地創造の最終被造物である。つまり絶対性卵子のX染色体とそのDNA、遺伝子を最終的に作り絶対性の卵子を最後に完成かれた。
男女の性愛も、絶対性の精子と絶対性の卵子が結びつくために創造原理のなかの生殖器原理を動作させるために造られた神の被造物である。
天宙天地創造の神において、夜の神としての天宙天地創造神ご自身にも、昼の神としての天宙天地創造神ご自身においても、絶対性の卵子、つまりX染色体は存在しない。従って絶対性のX染色体精子は存在することができない。
絶対性のY染色体精子は夜の神様の位相から来るものであり、絶対性の卵子とその核となるY染色体は天宙天地創造の神の天宙天地創造の最終的な被造物であるからである。
真の父母思想の生殖器原理では絶対性の精子と絶対性の卵子は二性性相であるが、それは創造原理という設計図に留まる。男女の愛もこの時点では設計図の中の一つである。
そうであるから、更に言えば男女の性的な愛、エロスの愛も創造原理の中の生殖器原理に基づいて天宙天地創造が始まってから創造された神の被造物である。天宙天地創造神ご自身にはエロスの愛は存在しない。
絶対性のY染色体精子そのものは被造世界の第一創造主の夜の神の位相から来るが、絶対性の卵子は、その設計図である真の父母思想が求める結果であり被造物であるという観点の理解不足ゆえに、天宙天地創造神が夜の神位相の時、昼の神の位相の時の太初から絶対性の卵子、そしてX染色体が存在するという勘違いもある。
例えば、原理本体論は絶対性の精子のみならず、絶対性の卵子までも天宙天地創造の太初からあったとしている。
本陽性と本陰性とは、神様の「絶対性」(生殖器官)に属する二つの要素を言います。それは神様が真の父の生殖器、すなわち絶対性の精子である真の生命の種をもち、真の母の生殖器、すなわち「絶対性」の卵子を持ったという話です。 ・・・日本語原理本体論82ページ
絶対性の卵子が神に本陰性として存在したのであるなら、その絶対性の卵子を持つエバ、女性が堕落した男性を真のアダムにすることができるという神学も成り立つ。血統転換のメシアが女性であることも可能ということである。なぜならその神学に立つならば天地を創造された神から来た神聖なる卵子であるからだ。韓氏オモニはこの神学に立って原罪を持つ男性と結婚し、その男性を真のお父様にしたと言っている。この原理本体論の神学によればそのような韓氏オモニの神学も成り立ってしまう。
しかし神に存在していた絶対性の卵子、絶対性のX染色体とは前述したとおり、夜の神様の構想理想、初めにあったことばに有ったということである。創造原理の真の父母思想に絶対性の精子と絶対性の卵子による生殖原理によって初めて現れた天宙天地創造神の夜の神の位相の時に表れた概念である。つまり創造原理の中の生殖原理のなかに絶対性の卵子、絶対性のX染色体が存在したのであって、神ご自身にあると解釈するのは間違いである。
それがゆえに原理本体論にて記述している「聖霊とは真の母であり、後のエバです。(日本語原理本体論p454)」「聖霊は実体を持たない母の霊です。(日本語p458)」という神学は、亨進様が指摘しておられる「私たちは、その一神教の道から脱落して、神様の女性的な性質に対して別の人格を与えないように十分に注意しなければなりません。(2016年8月21日の亨進様と國進様の質疑から)」という内容に反し、神様の女性的な性質に対して母の霊という別の人格を与える二元論になってしまっている。
亨進様は原理本体論は95%良いと言われたが、残りの5%は恐らくこの指摘された部分であろう。わずか5%とはいえ、このような根本的誤解を招くところが原理本体論の一番大きな欠点である。この欠点に気づいたある人が原理本体論の著者に問うたところ、変更するつもりはないということである。
原理原相論試論にて論述したように、天宙天地創造後の神は自ら創造された創造原理により二性性相の中和体として見えるだけであり神そのものではない。原理講論、原理本体論が論じている神の二性性相は原理原相論で論述したように、天宙天地創造の神の天宙天地創造思想のその思想のことであり、時空間が創造されたことにより展開された太初の位相について言っているのであり、天宙天地創造神そのものについてではない。
神の二性性相の中和的主体とは、夜の神の思想のことであり構想のことであり、時空間創造後、夜の神の時に第一創造主が造られた創造原理よって現れる存在様相であって、神ご自身が分立して存在するのではなく、どこまでもただ一なる神である。この認識不足ゆえに、正分合の分の文字通り受け止めて、神ご自身が分立すると錯覚し捉える二元論的側面に陥っている部分もある。
原理本体論は、太初から絶対性の卵子が独立して存在すると考えているが、創造原理の中の生殖器原理のなかに当然ながら構想、設計図として絶対性の卵子、絶対性のX染色体はあるが、性相形状の形状は存在しないし性相も存在しない。
しかし原理本体論は太初、性相面から絶対性の卵子が存在するとしてるがゆえに一神論を唱えながら二元論になるという矛盾を孕んでしまっている。
アダムは天宙天地創造の、夜の神から来るY染色体と、天宙天地創造の第一創造主が昼の神の位相の時に造られた絶対性のX染色体の卵子と絶対性のX精子よって造られた、100%神であり100%人間の存在である。
そして夜の神に由来するY染色体と昼の神に由来するX染色の二性性相をお持ちであるので、アダム、イエス様、真のお父様は夜の神であり昼の神であり、真の父母の遺伝子は夜の神のY染色体からくるので生まれながらにして真の父母である。
一方エバは、第一創造主が昼の神の位相の時に造られた絶対性のX染色体精子と、絶対性のX染色体の卵子とによって造られた存在である。よってエバは100%昼の神から来ている存在である。
このことから、アダムを夜の神と象徴的に表現し、エバを昼の神と象徴的に表現されることがある。
3.天宙天地創造神、夜の神・昼の神の真の父母性は男性である。
第一創造主である夜の神に存在する女性的要素は性別は男性である。
女性的の「的」とは女性性質に分類される性質であっても性別は男性であり、男性要素から独立した女性要素ではないということを意味している。
つまり神の女性的要素は男性要素の分類される一つなのであり、あくまでもその性別は男性である。
性染色体で言うならば夜の神の位相にある天宙天地創造主はY染色体だけしか存在せず、そのY染色体に男性的男性要素と女性的男性要素があるということである。
女性要素は男性の女性的要素が天宙天地創造の御業により独立した存在として時空間創造後に創造された。即ち女性要素として独立した存在は、絶対性のX染色体の創造されたときに存在するようになった神の被造物である。つまり女性的男性要素から女性要素をつくられたということである。
女性の創造も男性の要素から作られたことが聖書に書いてある。
創世記2章にこうある。
2:20それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。
2:21そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
2:22主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。
2:23そのとき、人は言った。
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
このように肋骨は男性の一部であるように女性的要素は男性の一部なのである。神は肋骨という男性要素から女性要素を創造されたのである。
天宙天地創造の神は男性の肋骨から女性をつくったが、天宙天地創造の太初において、同じように女性的要素は男性要素であるが、その女性的要素男性要素から被造物における女性要素を造ったのである。
夜の神の位相の、神のY染色体は時空間創造以前、時空間構想の以前から神自体内に存在するが、神はその夜の神の位相の時からあるY染色体からX染色体をつくられたということである。
このように天宙天地創造神の心情、愛、言葉、思考、思想、感情、御霊、霊的波動、エネルギー、力、作用、女性的要素、女性的性質、男性要素、すべての要素、ありとあらゆるが、すべて男性なのである。
同様に天宙天地創造神の、「夜の神の時の神性」が「昼の神」として現れる存在様相も二性性相として現れるが、その女性性相も男性である。「夜の神の時の女性的要素」が映し出されるに過ぎない。
つまり創造されたX染色体は女性要素であるが、X染色体精子の性別は男性であることと同じである。
従って天宙天地創造神が時空間創造後、昼の神として現れるとき男性要素と女性要素の二性性相もその授受作用も、男性である。
神の女性的現れである聖霊が女性ではなく、男性であるのは、天宙天地創造神が昼の神とした現れる二性性相の女性性相が男性だからである。
4.夜の神の位相における天宙天地創造神の原相性相
ここでは天宙天地創造神の、夜の神の位相の太初、つまりロゴス創造以前の原相性相について論じる。
4-1.原相性相は創造原理で言う二性性相では無い。
第一創造主である神は二性性相の中和的主体であるロゴスと三位一体であるからこの天宙天地創造神を二性性相の中和的主体と見做してもよい。ところがこのロゴス創造以前の位相、更には真の父母思想構想以前の時の天宙天地創造神の位相、その原相の性相はもはや創造原理で理解できる二性性相ではない。
なぜなら二性性相自体が第一創造主の創造物であり、夜の神の位相の原相はその創造原理の無い位相の性相であるからだ。
我々は創造された被造物であるが故に、創造原理が存在しない時の第一創造をどうしてもその位相では存在しない創造原理で推論してしまう。
それ故、我々は二性性相であるこの被造世界に存在しているが故に父母という概念に対しても、どうしても女性男性、別個に存在するという男女の二性性相の感覚が伴う。
しかし創造主=夜の神様の父母性とはそのような男性女性の感覚の一切が存在しないただ一つの神性である。
真の愛はそのような一からはじまりその真の愛の心情が父母の心情である。
二性性相の存在創造以前、二性性相という概念さえもなかったそのような二性性相が無い純粋にたった一つだけの要素である。
二性性相が無いのだから二性性相の中和体でもない。
中和とは二つが有ってこそなりたつ。
その中和さえも無い父母という性質の一つだけの心情である。これが夜の神の性相である。そしてその形状とは男性である。
つまり夜の神における天宙天地創造神の原相である父母の心情とは二性性相ではなく一性性相なのである。
夜の神のY染色体精子はここから来る。一性性相であるが故にX染色体精子は
夜の神の位相における原相の核は一つしか存在しない。二性性相でもその中和体でもない。その中和さえも無い神の心情が核となる。
我々被造物の男性女性、陽性陰性の概念の一切もその感覚では知り得ない唯一無二の、中和でもない夜の神様の心情である。
4-2.原相性相は女性要素、女性性質がまったく存在しない、一性性相である。
國進様は「夜の神は圧倒的男性である」と言われる。
また亨進様は夜の神は99%男性であり1%女性であると言われたともいう。
ところで前述したように女性であると言われてきた聖霊は男性であるなら、100%夜の神は男性であるということができる。
これは聖霊は男性である神の女性的現れであるのだから、夜の神には極わずかの女性要素も無いが、神の女性的現れとなる女性的男性要素があるということである。
「女性要素はないが女性的男性要素がある」とはどういうことか次に説明する。
創世記2:22 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 2:23そのとき、人は言った。
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
この聖句は、神は女を、男を素材として作られたということである。つまり女を造る前には、女性という独立した存在は存在しなかったのであり、男性しか存在しなかったのだから、女性を創造するその素材は女性ではなく男性であったという事である。男性要素から女性要素をつくり、それから女性を造られたということである。
同じように夜の神の位相時、自体内においても要素として女性という性相、要素は存在せず、夜の神の位相の時にあるのは男性要素、男性性相だけであり、その男性要素から女性要素、女性性相を創造されたということである。
夜の神の精子はY染色体精子であり、ご自身のY染色体からX染色体を創造されたということである。
それ故、女性性相は昼の神の位相であり、X染色体は昼の神の位相で始めて存在するようになった。
我々は陽陰の二性性相というとき、男性と女性を想定し陽陰それぞれが独立して存在すると、原理では捉えてきた。
同じように神様自体内にも陽陰の二性性相のそれぞれが独立して存在すると解釈した。
男性の精子がY染色体の精子と、X染色体の精子に2つがあるように神自体内にもY染色体とX染色体があると推論し、そのような二性性相であると考えてきた。
しかしこの前提は夜の神様が創造されたロゴスまでは適用できる論理であり、夜の神様位相を理解するにはに、この二性性相という前提から解放されなければ、二性性相を創造される以前の夜の神の位相に到達することはできない。
前述したように神のロゴスは三位一体で見る場合、ロゴスは神ご自身であるが、その創造以前の夜の神様を解釈する時、この陽陰の二性性相のそれぞれが独立して存在するという創造原理的固定観念を取り外さなければならない、なぜなら、夜の神の位相は創造原理が存在する以前の位相であるからだ。
夜の神ご自身は男性要素だけで存在する方であるがゆえに一性性相である。
その一性性相である男性要素、男性性相の中に、男性的な性質と女性的な性質がある。
染色体で言うならば、夜の神のはY染色体の男性要素だけで存在する一性性相であり、そのY染色体の中に、男性的な性質と、女性的な性質があるということである。
この性質は全て夜の神の男性要素であって創造物である創造原理やこの被造物世界の思考方法で分類すればそのような男性的性質もあれば女性的性質があるということであって独立した要素ではない。
この夜の位相に存在する天宙天地創造神は男性お一人である。
100%男性であり100%女性では無い。
100%男性であるが夜の神の性相の中に女性的な性質がある。
しかしそれはあくまでも女性的であって、女性に属さない男性に属する女性的な性質、女性的性相である。女性的な性質であるが、性別は男性である。
夜の神の位相において女性性質は一切無い。女性性質に相当する性相は女性的性質であって男性である。
女性的、女性のような性質、性相であるが100%男性であり、100%女性性質ではない。男性に属する女性的な性質、女性のような性質である。
男性である夜の神様の位相における天宙天地創造神の性質、属性であって、女性として独立したものではない。
夜の神の位相には女性的性質はあるが、女性性質は存在しないのである。夜の神様は100%女性ではく100%男性である一人の男性であるからだ。
4-3.夜の神の一性性相内部における二性性相
このように夜の神は陽陰の二性性相で言うならば陽性だけの男性格主体である絶対無時空間一性性相主体である。夜の神は本性相的男性の一性性相主体なのである。
天宙天地創造の神はあらゆる個性真理体を生み出したように、この男性である一性性相の中に様々な男性要素のなかに、様々な女性的男性要素が存在する。
ある存在が存在するためには調和がなければ存在できない。それ故、この様々な男性要素と、様々な女性的男性要素が調和した状態として絶対無時空間一性性相男性格主体が存在する。
この性格主体である絶対無時空間一性性相主体の調和性をもって、本性相的男性の一性性相である夜の神を男性性相内部における二性性相の中和的主体と言うことができる。
事実、天宙天地創造後の、男性である夜の神が昼の神として現れる二性性相、この二性性相は両性とも男性であり、特に女性的な現れを聖霊と言うが。聖霊は男性であるが、このように男性性相性と女性性相の二性性相として現れることと同じである。
天宙天地創造以前、創造原理の無い闇の時の創造神の存在様相は、男性要素と女性的男性要素が調和した絶対無時空間一性性相主体であるが、天宙天地創造後は自己が創造した創造原理により、男性性相と女性性相の、二性性相として現れ、その授受作用により力を発生することにより天地を具体的に創造して行かれたのである。
5.原相性相の、一性性相による女性要素、女性性相の創造
創世記2:22主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 2:23そのとき、人は言った。
「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。
神は男性から女性を造られた。男性が存在すれば女性を神は造れるということをこの聖句は言っている。
このように男性から女性を造ることができたのは、同じように夜の神は男性であるご自身の男性性相から女性性相・女性要素として独立存在できる女性的男性性質を分類し選ばれ、その要素から女性性相、女性要素を造られたので、可能であったのである。
ではどのようにして、夜の神の位相において神は女性性相、女性要素をご自身の男性性相から創造されたのか、以下に見ていく。
5-1.原相性相は男性であり女性性相は創造物である。
その男性である夜の神の太初の位相において別の性相として女性要素、女性性質はまったく存在しない。まだ創造されていないからであり、女性という名称さえも存在しなかった。存在するのは男性性相、男性要素だけである。
そうであるから、夜の神は女性という名称をつくり、それからご自身の男性性相、男性要素を男性的なもの女性的なものとにまず先に分類されたのである。男性的、女性的という分類された結果が先にあるのではない。
女性要素、女性性相の存在は、まず夜の神の男性要素を男性的、女性的に分類されてから、夜の神の時に造られた創造原理による授受作用により男性の女性的要素から女性要素、女性性相を、個別の独立する存在として創造されたのである。
女性的男性要素は女性的と分類されても男性性相であり、女性性相ではない。
この夜の神様の位相における父母性質もまた同様に、父母性質の中から父性的な男性性質と母性的な男性性質とに分類されてから、女性性相、女性要素を、個別の独立する存在として創造されたのである。
つまり授受作用の原理が動作するようにするために、まず自体内の男性性相の要素を男性的女性的に分類し、この原理が動作するのに必要な要素である男性要素、女性要素を分離独立創造されたということである。
有形世界は神の創造物であるように、男性要素は夜の神の性相としてロゴス創造以前の太初から存在したが、女性要素は完全なる創造物なのである。
5-2.二性性相も創造物である。
このように二性性相も夜の神が女性性相、女性要素を創造されることによって存在することができるようになった、夜の神の男性性相から分類され造られた夜の神の創造物である。
天宙天地創造という時間が始まったその時において、天宙天地創造神である夜の神はこのような二性性相の分類をされてから授受作用により男性の女性的要素から女性要素を創造され、男性性相と女性性相の中和的主体を創造されたのである。
真の父母思想の集大成である創造原理が初めて天宙天地創造の被造世界に表れた瞬間であった。
今まで多くの人々が男性女性という二性性相に夜の神も規定されるという固定概念に囚われていた。そのためその固定概念は二性性相が夜の神を作り出す結果を招いてしまっていた。つまり二性性相を神として拝する偶像崇拝を作り出してしまい、原理の本質、本体論の本質を見誤っていた。
男性女性という二性性相の概念とその分類は、夜の神が最初に創造された構想であり原理であることを理解することによりこの固定概念の束縛から解かれることが可能であり、そうでなければ夜の神の本質に至ることは出来ない。
5-3.真の愛も、真の父母性も男性である。
亨進様、國進様は聖霊は男性である神の女性的表象と言われたが、そのように聖霊は女性的だが男性である天宙天地創造神の女性的現れなので、聖霊は男性である。
また、創造原理、ロゴスの性別も天宙天地創造以前に夜の神の時に造られたゆえにその性別は男性である。
それ故に創造原理の根本思想である真の父母思想も男性であり、真の愛の性別も男性である。当然真の愛の性質である真の父母という愛の性質の性別は男性である。イエス様、真のお父様の、真の父母性、父母要素は何処までも父の性質要素であり、女性ではない。
また真の父母性の母性的性質は、あくまでも母性的、母性のような性質であって、(的)という文字を外し、あるいは(~ような)という形容動詞を外した個別の独立した要素としての個別の母性要素、個別の母性性質ではない。あくまでも父性、男性に属する母性的な要素、母性のような性質である。
男性である夜の神の位相における神の母性的内容、母性のような属性であって、性別が女性である独立した女性性質、女性要素はまったく存在しない。夜の神の位相における全ての性質、要素、位相の性別は男性であるからである。
同様に夜の神は真の愛の父母であるが、夜の神の位相における神の人格が父母でり、夜の神の愛が父母であり、夜の神の心情が父母であるということである。
人格、愛、心情の性質が父母であり、その要素が父母であるが、この夜の神の父母性は100%男性である。母性的性質があるが夜の神というの男性の男性性質の一部なのである。
6.夜の神の一性性相による形状の創造
このように夜の神の時の位相は、真の愛の縦的な父母であるがゆえに天宙の真の父母である天宙天地創造神は一人にして男性である唯一神である。夜の神の位相における神は本形状的女性の性相が一切無い性相的男性格主体だけの存在なのである。
それがゆえに本形状的女性は夜の神の被造物である。
このように夜の神の位相は絶対無時空間であり、天宙天地創造神はその絶対無時空間に真の父母男性一性性相主体として存在された。
絶対無時空間一性性相主体である夜の神は、女性性相の無い男性性相だけの絶対無時空間の性相的男性格主体一性性相であるがゆえに、その女性的男性性相から女性性相を創造された。
同様に、夜の神の時の位相は絶対無時空間の一性性相であるゆえに、その絶対無時空間性相から本形状を創造された。
形状は一次元、二次元、三次元の空間を伴うが絶対無時空間において形状は存在することができない。
よって、夜の神が造られた創造原理の授受作用により絶対無時空間一性性相要素から本形状を独立した存在として創造されたのである。
このようにして神様は天宙天地創造の太初に時間と空間という形状を創造され、次に本形状的女性を創造されたのである。
この時、始めて本性相的男性と本形状的女性の二性性相の中和的主体が現れることになる。夜の神の位相におられた神が初めて天宙天地創造のこの時空間に天宙創造の昼の神として現れた瞬間である。
7.一性性相原相は天宙真の父母の愛の性相である。
以上のように、夜の神の位相にある天宙天地創造の神(略して夜の神)とは、真の愛の縦的な父母であるがゆえに天宙の真の父母であり一人にして男性である形状なき本性相だけの唯一神であった。
このような天宙真の父母の性相とはどのような様相なのであろうか。
光も時間も空間も無い完全な闇の夜の神の位相の時、天宙天地創造神は天宙の真の父母としてロゴス、創造原理を完成された。
そのロゴス、創造原理を生み出される前、更にはその創造原理の礎となった真の父母思想を生み出される前の天宙の真の父母の夜の神の位相の時の性相とはどのような性相であろうか。
夜の神の位相における天宙天地創造神は真の愛の縦的な父母であるがゆえに、天宙真の父母の愛である。その核が天宙真の父母の心情である。
真の愛は夜の神の時から有る天宙真の父母の愛によって、真の父母思想の前に夜の神が創造された天宙真の父母の心情をその核とする。
夜の神の精子はこの真の父母の愛の遺伝子を核とするY染色体を持つ。
イエス様と真のお父様はこの真の父母思想ができる以前の、天宙真の父母のY染色体精子からこられたのである。
この天宙真の父母の愛も、天宙真の父母の心情も、今まで見てきたように、全ての要素、性質が男性であるがゆえにその性別は男性である。
従って夜の神の位相における原相は真の父母の真の愛という一性性相でありこの真の愛による絶対調和性を持つ性相であるということができる。
真の父母思想も存在しない時の夜の神の時の原相は、真の愛の絶対調和性相である天宙真の父母の愛の性相である一性性相として存在する。
夜の神の時の天宙天地創造神は男性的男性要素と女性的男性要素が調和した絶対無時空間一性性相主体であるが故に一性性相の絶対調和性相は男性格父性性質と男性格母性性質との調和である。
天宙天地創造神はこのような自体内の一性性相真の愛調和性相を元にして授受作用の原理をお造りになったのである。
このように夜の神の時の天宙天地創造神の父母性は、父性と母性の二性により存在するのではなく、一性性相自体内において男性格父性と男性格母性の調和により存在する男性格主体の父母性一性性相なのである。絶対無時空間一性性相男性格主体の父母性は、このように女性格母性の一切が無い男性格母性と男性格父性の調和により存在する男性である。
夜の神の位相における天宙真の父母の愛は、男性格主体としての天宙真の父母の愛であるがゆえに、夜の神の位相の時の天宙天地創造神も天の父と呼ぶのであり、天宙天地創造後の天宙天地創造の神も天の父と称するのである。
夜の神の位相における一性性相自体内における二性性相的調和的主体を指して天の父というということもできる。
このように夜の神の時の神の父母性は、あくまでも天の父という一性性相自体内における二性性相的(二性性相ではない)調和的主体であるから天宙天地創造神としての夜の神と、天宙天地創造神としての昼の神を我々は天の父と呼ぶのである。
このように四位基台も、従って授受作用も無かったこの創造原理創造以前の時の夜の神の時の天宙天地創造神(夜の神)の原相は、一性性相自体内における男性性質と女性的男性性質とが、天宙真の父母の真の愛で絶対調和する一性性相天宙真の父母愛 男性格主体である。
8.夜の神の「絶対有 絶対無 二性性相」による超爆発的天宙天地創造。
夜の神の時における天宙天地創造神の天宙真の父母の愛は、このように夜の神の時の位相は絶対調和の男性一性性相であるが故に、その真の父母の愛を与えたい爆発的心情エネルギーが内在する。それが故に絶対調和である夜の神の時の神ご自身だけの存在であることができない。その存在自体が愛する対象が絶対的に必要な存在である。
8-1.創造の動機と目的
原理講論で解明されたように、天地創造の目的は三大祝福の御言に従って、人間が神の国、すなわち天国をつくって喜ぶとき、神もそれをご覧になって、一層喜ばれることにあった。創造原理を造られた理由も、その思想となった真の父母思想もこの目的の実現のためにある。
夜の神の時の、その愛の対象となる存在とは、つまり、この夜の神の時の無限なる絶対愛が向けられた対象とは人間であり、それがゆえに人間は神の子として創造された。
愛する神の子が必要であるが故に対象、相対が必要なのであって対象、相対があるから神の子女が必要なのではない。そして天宙天地創造神の愛は時空間と光を創造するほどに無限であり、永遠であるが故に、その愛の対象は一人の神の子女ではなく無限の数の神の子たちである。
ややもすると、エバ(女性)が被造物の最終創造物であるがゆえに、エバを最終的目的としてエバを求めて神は天宙天地創造をされたという見解もあるが、天宙天地創造の御業の最終的目的は、永遠にそして無限に神の子を創造することである。最後の被造物であるエバ(女性)の創造は、そのための始まりでもある。女性は最終被造物であるが天地創造の目的は三大祝福の完成であり、その中心は血統である。
絶対性の卵子の目的は神の子の実体的繁殖であるがゆえに、天宙天地創造において一番最後に絶対性の卵子が絶対性のX染色体が最後に創造されるしかない。
無限に神の子が増えるためには神の体としてのアダムが必要であり、絶対性のX染色体の卵子を持つエバが必要なのである。
昼の神の位相の時にX染色体精子は先に創造されたが、絶対性の卵子は一番最後に創造された。
神の子が無限に増えるためには、絶対性の精子と絶対性の卵子による永遠の血統がなければならない。
このような被造世界における肉体を持ったアダムとエバが完成し結婚することによる、この絶対性の精子と絶対性の卵子の受精は、無数の神の子の基、神の血統の基となる。
それがゆえに、絶対性の精子のアダムと絶対性の卵子のエバは真の父母となり、被造物としての昼の神となり、また、このように血統という永遠を通じて無数の神の子を生む基であり、夜の神の天宙天地創造のその最終目的を完成して行くがゆえに、被造物としての真の父母は第二創造主である。
これが夜の神の時の天宙天地創造神の天宙天地創造の動機である。
8-2.その愛の性質ゆえに、天宙天地創造が爆発的である。
第一創造主は夜の神の時に、ご自身の真の父母という自身の全てを与え愛し、その愛の対象を幸せにしたいというその心情動機から真の父母思想を創造し、それによる創造原理をつくられた。
その創造原理によりご自身の全てを与え愛したいという心情エネルギーを万有原力として、ご自身のその一性性相を持って、陽陰の二性性相と、性相と形状の二性性相を作り出され、愛し与えたいという強烈な心情により爆発的に天宙天地創造を開始していかれたのである。
その強大で無限なるパワー、与えれば与えるほど発生するエネルギーの源はこの天宙の真の父母の心情の力により、それが万有原力の源となっているのである。
イエス様、真のお父様は、この真の父母思想の創造以前の動機が作り出した絶対性の精子から来られたがゆえに、夜の神に属される方である。
このように夜の神の時の天宙天地創造神は本性相的男性格主体だけの存在なのである。
このように夜の神は絶対無時空間一性性相の本性相的男性格主体だけの存在なので、本形状的女性を爆発的に創造するしかなかったのである。
8-3.夜の神の時の原相は絶対有と絶対無の中和であるがゆえに天宙天地創造は爆発的である。
このように天宙真の父母の愛自体が、絶対無限の愛であるがゆえに、愛する対象が絶対的に無限に必要である性相であるにも関わらず、愛する対象が絶対的に存在しない位相が夜の神の位相である。
この真の父母思想創造以前の夜の神の位相は、絶対無時空間一性性相という絶対有であるが、その絶対有が絶対的に無限界に必要である本形状的女性はまったく存在しない絶対無の位相である。絶対無でありながら、絶対無時空間の一性性相から絶対的に無限に必要とされる存在位相である。
このように絶対有の絶対真の愛により絶対に無限に必要とされる絶対無の関係、即ちこのような夜の神の位相における絶対無時空間一性性相の本性相的男性格主体という無限の絶対有と、本形状的女性という絶対に無限に必要な絶対無の関係は、絶対有と絶対無の二性性相の中和的状態である。
無限界の絶対有と無限界の絶対無の中和体であるがゆえに、この絶対に必要とされる絶対無の対象実体化ために、無限の空間と無限の時間と無限の光を創造するための、無限の爆発的創造である天宙天地創造の神の御業が始まったのである。
夜の神の時の第一創造主、天宙天地創造神は絶対無時空間の絶対有であるが、このように絶対的に対象が必要な無限界存在であるから、無限界の絶対無時空間の絶対無も同時にその性相として持っ存在である。
このように夜の神の位相における第一創造主の原相は絶対有と絶対無の二性性相の無限界の中和的一性性相主体なのである。二性性相と表現してはいるが、絶対無は絶対存在しない無なのでその実相は一性性相である。
天宙真の父母の愛という無限の爆発的心情エネルギーが内在し、且つ愛する対象が絶対的に無限に必要でありながら絶対存在しない絶対無との無限界の中和であるが故に、夜の神の絶対有性相と絶対無性相の真の愛による調和は、その無限の愛の対象となる存在の実体化は無限の必要性を伴うために、その天宙天地創造の御業は、無限界の超絶爆発的創造にならざるを得ない。
必然的にご自身がそのような絶対有性相と絶対無性相の二性性相の中和的一性性相主体であるがゆえに、天宙天地創造神が創られたその真の父母思想も、それによるロゴス・創造原理も二性性相の中和的主体にならざる得なかったのである。
創造原理を離れた、二性性相の無い夜の神の領域に、結局このように絶対有と絶対無というロゴス・創造原理が二性性相にならざるを得なかった理由を見出したが、それは天宙天地創造神の根本神性が真の愛の父母であるからである。
以上
- あとがき ー
「康真のお母様は創造主ではありません。創造物です。
しかし創造物の中で主が一番愛する一番初めの創造物です。とても貴重で貴重で、全天宙と同じくらい価値のある創造物なのです。
私たちが真のお母さまを女性神格化しようとすれば、それは私たちが真のお母様に犯す一番悪い罪の一つなのです。The King's Report 2019/03/08(木)」
この神学試論を公表した一ヶ月後、康お母様は聖和され、亨進二代王は、康お母様に対する姿勢についてこのように語られた。
この神学試論は夜の神様の原相究明は主題ではあるが、結局は真のお母様は創造物であることを論じることにもなった。二代王にその意味でこの試論は正しいと言って頂けたとも言える。逆に言えばその二代王の神学を深く追究した内容になったとも言える。
そしてその究明の結果、そこには深い夜の神との心情的出会いがあった。
夜の神様と、真のお父様、イエス様そして康真のお母様に栄光と賛美と感謝を捧げる。
<本稿作成経過>
原案作成完了、2018年7月
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