2026年1月25日日曜日

キリストを悪用する菅井教の巨悪と詐欺犯罪 <菅井詐欺テクニック解説編>

キリストを悪用する菅井教の巨悪と詐欺犯罪

<菅井詐欺テクニック解説編>


前回の「キリストを悪用する菅井教の巨悪と詐欺犯罪」では、菅井教は「だから私の立場は変わらない。間違っているのは私ではなく、君たちだ!2017年9月8日Q&A 」とまで言っておられる國進監査総監・文亨進師の心臓をお父様の名をもって嘘と詐欺で踏み潰す三代王権に対する大反逆罪、大詐欺犯罪のサタン教であることを説明しました。


またお二人のキリスト論に対して「あなたのキリスト論は比喩と象徴の詩的文体で語られている」と言っている時点で、明らかに自分菅井教は三代王権のキリスト論ではないと自ら告白していることを説明しました。

この時点で”真の父母様の本体論”はジ・エンドなのですが、

ここでは、創造前のキリストを思いっきり否定していながら、創造前のキリストを誇るその詐欺を指摘します。

さらっと読める前回と違い、菅井教のテクニカルな詐欺手法の解説になりますので、多少じっくり読む必要がありますのでご了承ください。


菅井教がいう創造前のキリストとは

まず菅井教のいう創造前のキリストとは何かを理解する必要がありますので、この項では、菅井教のいう創造前のキリストについて説明します。


同じく、菅井氏1月15日の記事からです。

菅井氏:ですからキリストは、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです 。三代王権のキリスト論は、この永遠の神様と永遠のキリストの三位一体を解明できるキリスト論となるので、ただの高位キリスト論ではなく、非常に高いキリスト論だというのです

https://kuruto.muragon.com/entry/318.html


ご存知の通り、創造前のイエス様、文鮮明師を菅井教は否定します。


菅井氏:ちなみに、人類始祖が堕落したからこそ、キリストが必要になったのであって、堕落しなければイエス様も文鮮明師も、真の父として聖誕する必要は無かったのです。

そのイエス様と文鮮明師が、どうして創造前から存在している必要があったのでしょうか! https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12890881777.html


人間始祖堕落前のキリストを否定しているのに、どうして人間始祖堕落前のキリストを肯定して誇るのか?

という疑問を多くの方が持つと思います。


それは、同じキリストでも、菅井教には二種類のキリストがあるからです。

1️⃣イエス様お父様

2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状

この二つの定義があります。

菅井教はこの二つを使い分けて詐欺、騙してきます。


キリスト2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状に関する菅井教の言説は次の通りです。


菅井教:ですから、二代王様が語られた創造前の三位一体システムとは(中略)、真の愛を中心とする「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の構想が立てられたのです。

つまり、真の愛を中心として「絶対主体の愛」が中心にある性相の位置に神様(聖父)が立ち、「絶対対象の愛」が根底にある本形状の位置にキリスト(聖子)が立つのです https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12872688113.html


つまり、菅井教がいうキリストの本質(創造前の三位一体)は

「聖父・聖子・聖霊」=「本性相・本形状(キリスト)・聖霊」

ということです。

ごく簡単に言えばキリストとは神の本形状を表していると言っているのです。


このキリスト2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状、これをもって菅井教は

『我々菅井教は「創造前からの永遠のキリスト」を言っている、だから三代王権のキリスト論と同じだ』と主張する詐欺です。

この菅井教の創造前のキリスト論は、様態論(サベリウス主義)に似ています。

三位一体とは三つの人格ではなく、父と子と聖霊の区別は様態を見せる現象であるという解釈です。

しかし、神・イエス・聖霊という個別の人格(ペルソナ)を否定するので、キリスト教三位一体論では異端とされています。

文亨進師、國進監査総監が2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとする、このような異端の三位一体論を言っておられないことはあまりにも明らかです。



自ら、自分の創造前のキリスト論をぶち壊す菅井教


ところが今回、菅井氏1月15日の記事で大変問題有る発言をしてきました。


菅井氏:ですからキリストは、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです 。三代王権のキリスト論は、この永遠の神様と永遠のキリストの三位一体を解明できるキリスト論となるので、ただの高位キリスト論ではなく、非常に高いキリスト論だというのです。https://kuruto.muragon.com/entry/318.html


ここでは、大きな問題になるのは、

ですからキリスト(本形状)は、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです 。

という箇所です。

この文面が完全に自己矛盾崩壊していることを説明します。


菅井氏:人類始祖が堕落したからこそ、キリスト(イエス・文鮮明師)が必要になった

このように菅井教の根幹は、創造前のキリスト(イエス・文鮮明師)の否定でした。


ところが、ここでは「キリスト(本形状)は、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです

と主張しています。


この言説に多くの人が「これは矛盾している!」と気が付くと思います。

創造前の本形状をキリストを表しているのなら、この本形状というキリストにおいても当然「人類始祖が堕落」ということを前提しているということになります。


ですから、

A:神は他のなにものも意識していなかったその段階から人間始祖が堕落することを考えていた!?どうして他のなにものも意識していなかったのに、人類を想定し、その堕落を想定しているのか!他のことを意識しまくりではないか!」という疑問がおきます。


或いは次のような疑問がおきます。

B:「菅井教は、神の本性相が他のなにものをも意識していなかったときは、本形状の存在に気がついていない。ではその本形状が、かってに本形状に対する神の意識がなかったときから、人間始祖が堕落することを考えていたのか?」という疑問です。


菅井教は、

ですから、二代王様が語られた創造前の三位一体システムとは(中略)、真の愛を中心とする「聖父・聖子・聖霊の三位一体」の構想が立てられたのです。

 https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12872688113.html

と言うのですが、


上記のA or Bの何れであっても

他のなにものをも意識していなかったとき、どうやって

人類の堕落を前提として本形状をキリストとする三位一体の構想が立てることが出来たのか?


菅井氏:ちなみに、人類始祖が堕落したからこそ、キリストが必要になったのであって、」と創造前のキリストをこれほどきっぱりと否定するのであれば、このように本質的に「創造前の三位一体キリスト論」は論として成り立たないのです。



キリストという言葉を使い分ける詐欺犯罪


前項では、菅井教のいう創造前のキリストとは、端的に言えば本形状のことであることを説明しました。


ここでは菅井教の、このキリストという言葉の使い分け詐欺を説明します。

簡単な詐欺テクニックですから、騙されないよう、この詐欺テクニックのアルゴリズムを覚えて頂ければと思います。


先程説明した通り菅井教が使うキリストという言葉には、

1️⃣イエス様お父様

2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状

この2つの定義があります。

キリストという言葉を使い分けて嘘をついて騙します。


1.キリスト1️⃣イエス様お父様:

菅井教は、キリスト1️⃣イエス様お父様の創造前の存在を完全否定します。

菅井教が イエス様お父様が神であるというとき、昼の神、創造後の神であると主張します。

菅井教が、イエス様お父様が神であるというとき、決して創造前の神という意味ではありません。

騙されないよう気をつけてください。


2.キリスト2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状

上記にて説明した通り、菅井教が言う創造前のキリストとは『「絶対対象の愛」の本形状』のことです。

1️⃣でみたように菅井教にとって、イエス様、真のお父様が、創造前のキリストではけっしてありません。


3.上記キリスト使い分け詐欺実例


今回の菅井氏1月15日の記事のキリスト詐欺は次の通りです。


菅井氏:ですからキリストは、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです 。https://kuruto.muragon.com/entry/318.html

ここでのキリストとは<2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状>のことです。

つまり、

菅井氏:ですからキリストつまり2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状は、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです

と言いたいわけです。

菅井氏は批判している「統一思想からみた、神の本性相の中のキリスト」でいうキリストとは、「イエス様、真の御父様」のことです。イエス様、御父様が、神様の本性相に生命としておられたということです。


ところが同じキリストでも、菅井教は「創造前のイエス様、御父様」を否定しているのに、さも自分たちも創造前のイエス様を、御父様を信じているかのように読む人々に錯覚をおこさせ、、そこにキリストの定義を2️⃣「「絶対対象の愛」が根底にある本形状』に置き換えて、菅井教のキリストは永遠だと詐欺を働くのです。


このように今までもこれからも、菅井教はキリストという言葉の定義を、

1️⃣イエス様お父様

2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状

この2つを使い分け、比喩と象徴という詐欺と組み合わせて詐欺を働くのです。


★この詐欺テクニック理解のため補足:

菅井教の本質が、創造前のキリスト、真の御父様とイエス様否定であることが暴露されたために、これを隠す詐欺テクニックを補足説明します。


●隠し文字

① 御父様は創造前の神である➔(比喩象徴として御父様は創造前の神である

② 御父様は神である ➔ (昼の神、創造後の神として)御父様は神である


このような隠し文字があります。

菅井教のキリスト論は、あたかも文亨進師、國進監査総監のキリスト論を信じているかのような嘘、詐欺をこのテクニックを多様しています。

ですから菅井教やそのブログを読む場合、(比喩象徴として)(昼の神、創造後の神として)という隠し文字があることに気をつけて解釈してください。


●キリストの使い分け

先程解説しましたが菅井教が言うキリストとは2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状の事です。絶対に創造前の文鮮明師やイエス様ではありません。

この時点で、菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教であることが明確です。

騙されないよう十分留意して解釈してください。


●「比喩・象徴・詩的文体」

このような言葉が出てきたら、菅井妄想超多次元ワールド、騙す気満々、自分の霊界に誘い込む解説であることを前もって理解して読んで下さい。


以上のポイントを念頭に対処すれば、菅井教詐欺の被害に合わない確率を高めることができると思います。


自分のキリスト詐欺で墓穴を掘る菅井教


ここでは、創造前のキリストを<2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状>とする論理によって生じる諸問題について説明します。


-1:<本形状キリスト>一体化してるのに気づかないという矛盾

前項「自ら、自分の創造前のキリスト論をぶち壊す菅井教」で他のなにものをも意識していなかったとき、どうやって人類の堕落を前提として本形状をキリストとする三位一体の構想が立てられるのか?

という論理破綻を説明しました。

ここでは、その論理破綻の深堀りをします。


その菅井氏1月15日の記事を再確認します、

菅井氏:ですからキリストは、神様が他のなにものをも意識していなかったその段階から、完全一体となって存在していたということです 。https://kuruto.muragon.com/entry/318.html

つまり「キリスト<2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状>は他のなにものをも意識していなかったその段階から一体なっていた」と言っています。


ここで、大問題が発生します。

菅井教では神は<2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状>の前段階エネルギーの包容感によって自己中心的神が悔い改め真の愛に覚醒する」という神学でした。

 https://kuruto.muragon.com/entry/255.html ttps://kuruto.muragon.com/entry/29.html


要するに、他のなにものをも意識していなかったその段階には、このキリスト、本形状には絶対無であるが故に包容感を感じるまではまったく気づかなかったのです。

つまりここで大きな矛盾が発生するのです。


本形状、キリスト、絶対対象の愛に対して、全知全能の神が

 A.「他のなにものをも意識していなかったその段階から一体なっていた」

 B.「他のなにものをも意識していなかったその段階にはその存在に気がつなかった」

このように、「一体化しているのに、どうして全知全能の神がその存在に気づかない。それは一体しているとは言わない」という矛盾がおきます。


菅井教はその理由を絶対無だからという理由をあげていますが、絶対無さえも知りつくし主管できる全知全能でなけば天地創造など出来ないことは自明の理です。

もちろん、この神は全知全能ではない、限定的な知性の神である、或いは知的問題のある神であるとすれば、このその存在に気がつかなかった矛盾は解決します。


しかも、包容感で真の愛に覚醒しても、その2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状

がキリストであることにもまったく気がついてもいませんから尚更、限定的な知性の神、知的問題のある神であればこの気が付かなかったという矛盾は解決します。


つまり人類堕落を前提とするキリストを本形状に本性相が立てたのに、それさえも失念していた、あるいは知的問題があるということです。


天地創造は絶対無をも知り尽くす絶対的全知全能が必要です。

ところが、そのような知的問題がある神には天地創造など出来ない、創造したとしてもすぐに問題がおきて消滅してしまうという重大な問題が残ります。



菅井教は、一体化していても、絶対無であるが故に本形状の存在に気が付かず、本形状の根底にある2️⃣「絶対対象の愛」による包容感によって真の愛に悔い改めて目覚めるこの真の愛の覚醒を、菅井教の根幹神学にしています。

つまり、菅井教の夜の神は極めて限定的な未熟な知性の神であるという結論が導き出せるのです。

実際この結論を菅井教自身が断言しています。


菅井教:そこから対象を包容包括したいと願い、愛したくてたまらない心情に溢れてしまった夜の神様は、絶対者であった自分自身こそが、愛の前には何の力も、何の存在感も無かった、究極的に未熟な存在だと気付くのです。

そこで夜の神様は、全知全能の絶対者としての存在を完全否定されて、真の愛を実現する存在者として成長することを願われたのです。https://kuruto.muragon.com/entry/34.html


ここでもう一度、先程の矛盾しているという問題定義をします。

他のなにものをも意識していなかったとき、究極的に未熟な存在、真の愛に気がついていない神が、どのようにして人類の堕落を前提として本形状をキリストとする三位一体の構想が立てることが出来たのか?

ではその絶対対象の愛は誰がこの愛を込めたのか


このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教なのです。


-2:<本形状キリスト>キリストは神の母

ところでこのキリストを立てた本形状は本性相の母でした。


そのキリスト2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状に対して、

菅井氏:つまり神様を包み込んできて誕生させた包容感そのものを、顕現させようとしたのですから、その存在は夜の神様の母という事になるのです。母でありながら神様の対象として、ともに未熟な極地にある生命体として誕生し、ともに成長して、互いに真の愛を分かち合い、包容包括する関係になることを願われたのです。https://kuruto.muragon.com/entry/36.html

このように、この神は、その2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状を、母でありながら対象(妻)にしています。


つまりこの神にとって、2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状、はキリストであり母であり対象(妻)であるということになるのです。

つまり

2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状は男性たるキリストでありながら、本性相の女性たる母、対象(妻)であるという大きな問題が発生するのです。

もちろん菅井教はこれを正当化します。

  *参考 https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12872196806.html

その絶対対象の愛は誰がこの愛を本形状の根底に込めたのか?この母なのか?
キリストもこの母が込めたのか?
このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」がある本形状を、キリストであり母であるとするサタン教なのです。


-3:2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状は神の母

さらに根本的問題は、菅井教では本性相にその包容感により真の愛に覚醒させたのが本性相の母である2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状ということです。

これは、つまり<夜の神を産んだ更に根源の根源となる神>が夜の神の本性相が2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状存在を認識する前から既に存在していたということになります。


夜の神(本性相)がロゴスをもって創造したとしても、その創造の根源的原因原点は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状なので、結局は夜の神(本性相)が認識する前から存在した2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状が、菅井教が主張する真の愛(欠乏感による愛)、菅井教が主張する創造後のアガペーの愛、菅井教が主張する創造後の父の犠牲の愛、四大心情圏、森羅万象、全ての存在の根源であるという結論になります。


つまり夜の神(本性相)が根源の神ではなく2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状が根源的神であるという結論になります。


これにより夜の神(本性相)が認識する前に2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状がどのようにして絶対無として存在するようになったのか?夜の神の本性相以外に、そのような本形状の根底に2️⃣「絶対対象の愛」を込める知情意をもつ存在が存在したのか?或いは2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状という名、本性相とは別の神なのか?存在に気づきもしないで相対基準でも結んでいたとでもいいたいのか?それにしてもどうして本形状、絶対無に対してこうも無知で主管力もないのだ?などなど、さまざまな問題が発生します。

たとえ本性相に知的限界、知的問題、知的未熟があったとしてもです。


もっとも本性相に知的限界、知的問題、知的未熟があるのなら、何度も説明しているように、それは根本的に天地創造など出来ないという本質的重大な問題があります。

絶対無さえも知りつくし主管できる全知全能でなけば天地創造など出来ないことは自明の理です。

そして菅井教は、この神はそのような重大な問題がある「究極的に未熟な存在」であると断言しているのです。https://kuruto.muragon.com/entry/34.html


このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教なのです。


以上、-1、-2、-3 そしてその前項で説明したように

至るところで矛盾と矛盾が絡みあってカオス、むちゃくちゃな論理になっています。

これは菅井教はキリストという言葉を使って詐欺をするために、キリストという言葉を無理やりとってつけてしまっているため生じた混乱です。


このように嘘に嘘を重ね嘘の上塗りを続けたために、このように論が支離滅裂になるしかないのです。

これは菅井教の、神が知性が極めて限定的未熟な究極的に未熟な存在天宙バカ神であり、菅井教とは本質的に騙すのが高度な詐欺キリスト論なので支離滅裂になるしかないのです。


しかし菅井教は、嘘の上塗りを続けていくでしょう。詐欺が菅井教の精神世界の本質だからです。

即ち2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状による包容感という悪魔が作り出した異端宗教が菅井教です。

つまり菅井教自身が証言しているように、本来が究極的に未熟な存在である神をこの悪魔が創造したということにもなります。

菅井教とはそのような包容感神という悪魔の宗教なのです。


このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教なのです。



菅井教の、二代王様が形状が真の父と言われたという捏造


ここで、2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状に関する、大いなる勘違い?いや捏造詐欺を暴露します。


二代王様が「神様の性相が夜の神様であり形状が真の父である」と語られた事の真相が理解できる入口に入れるのです。 https://ameblo.jp/hosizoralove/entry-12872329187.html


このように、文亨進師がこう言われたと、思いっきり断言していますが、そうであるのなら、いつ『二代王様が「神様の性相が夜の神様であり形状が真の父である」と語られた』のか?

その引用先を明確に示すべきです。


文亨進師は形状が真の父などとは言っておられません。文亨進師は創造前から存在する神本体だと何回も言っておられます。


それとも次のような勘違いでしょうか?

韓国のクリスチャンは「イエス様は人の形状でこられた」とよく使います。

 "성자 하나님께서 사람의 형상을 취하셨다."

 (聖子なる神が、人の形状を取られた=受肉した。)

当然、韓国聖殿でもよくつかいます。文亨進師夫人もよく使われます。

しかし、あくまでも体であり肉であり、キリスト本体ではありません。


おそらくそのように、キリスト教やその神学を学術的に理解できず「比喩と象徴の詩的文体で語られているという観点で受け止め」ることしか出来ない、その妄想力によって作り上げた捏造でしょう。

それにしても

『二代王様が「神様の性相が夜の神様であり形状が真の父である」と語られた』

と勝手に断言するのは、ひどく悪どい捏造です。

違うというのなら、その根拠を示さなければなりません。


同じ事を繰り返しますが

そもそも論として、

菅井氏:ちなみに、人類始祖が堕落したからこそ、キリストが必要になったのであって、」と創造前のキリストをこれほどきっぱりと否定するのであれば、本質的に「創造前の三位一体キリスト論」は論として成り立たないのです。


このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教なのです。



文亨進師、國進監査総監のキリスト論を悪用する菅井教


今回も以上のように、

三原氏と中村氏の「キリストは創造前から存在」の為の解釈は二代王様と国進様のみ言に合いません!https://kuruto.muragon.com/entry/318.html

國進様の通りに永遠のキリストを信じているかのような、上記の詐欺システムをつかって菅井教はまた嘘による詐欺犯罪を働いてきました。


この文だけ見れば誰もが、菅井教は「キリストは創造前から存在」であると騙されてしまいます。

何という詐欺、いかさまでしょうか!


しかも、文亨進師、國進監査総監は真に「創造前から神様とイエス様と真のお父様が共におられた」と言っておられることは、十二分に知った上での犯罪なので、大変重大な御父様に対する天宙的大犯罪なのです。

そして國進監査総監、文亨進師に対する天宙的心情蹂躙罪、詐欺暴力罪、捏造陰謀罪なのです。


國進監査総監、文亨進師は明確に「イエス様、御父様は、創造前から神の本体キリストとして実存していた神である」と言っておられます。

國進監査総監は「だから私の立場は変わらない。間違っているのは私ではなく、君たちだ!2017年9月8日Q&A 」とまで言っておられるのに、

菅井教は、さも自分たちが國進監査総監、文亨進師のキリスト論を信じているかのような天宙的詐欺犯罪を御父様に対して犯して、お二人に心情蹂躙の暴力をふるうその悪質な宗教心が菅井教の本質です。

國進監査総監、文亨進師に対する信仰は菅井派らの自分たちの詐欺のために悪用しているだけであって、お二人にたいする愛などありません。

さすが包容感神という悪魔の宗教の真骨頂です。

このように菅井教は2️⃣「絶対対象の愛」が根底にある本形状をキリストとするサタン教なのです。


このように、純粋に「イエス様、御父様は、創造前から神の本体キリストとして実存していた神である」と信じているお二人に対して、「お父様はこのように言っていると心情蹂躙の限りを尽くすその詐欺、””菅井教の罪はあまりにあまりにも重く、

菅井グループ以外の菅井教詐欺に気づいている人々は、これは酷い、彼らは地獄に行くと思っています。

そのように天国の地獄でその醜い姿とその罪名を人々の前に晒しながら永遠に生きていくか、それとも罪を晒すのが嫌で、神の光が届かない暗い地獄の地獄を選ぶかは彼ら自身で霊界に行って決めることです。

いずれにしても、その遺伝罪の強大さを思えば先祖子孫たちがあまりにも可愛そうです。


今回、菅井教の詐欺テクニックを紹介しましたので、霊界に行った時、これほどの恐ろしい地獄に堕ちないよう、菅井教、菅井派にはくれぐれも気をつけて下さい。



<参考>


◆菅井教がどれほどのキリスト教の敵であり、反キリストであるかは以下を参考ください。


↓菅井派に対する公式見解と関連記事

↓菅井派に対する御言

↓菅井派に対する記事

↓菅井派のように、女性に対する感性や発想が先にあったとする、フェミニズム神学の考察

↓菅井派の”真の父母様の本体論”に対する考察

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