2015年8月8日土曜日

2015年8月5日 韓国語説教 「我の力は主にあり」 文亨進

 015年8月5日 「我の力は主にあり」

 こんにちは、シックの皆さん。今日は「我の力は主にあり」という内容で、お話をしたいと思います。 マタイによる福音書13章です。一緒に読みましょう。

19:誰でも御国の言葉を聞いて悟らないならば、悪い者が来て、その人の心にまかれたものを奪い取っていく。道端にまかれたものというのは、そういう人のことである。 
20:石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。
21:その中に根がないので、しばらくだけ続くだけであって、御言のために困難や迫害が起こってくると、すぐつまずいていしまう。 
22:また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。 
23:また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである。

 アージュ。今まで私は現実的な内容を全世界のシックたちに話してきました。
堕落した協会と詐欺師たちが隠そうとしてきたその内容を、私たちの誇りとして堂々と話しをしてきたのです。
なので、彼らはそれを止めさせようと法的な訴えを起こし、Youtubeを通して、皆さんにみ言葉が届かないようにする暴君的な行為を行いました。
今や全世界の前に明らかになりました。
 韓氏オモニのリーダーシップをみてみると、“真のお父様の経典が変わる、天聖経の80%が変更修正”。“真の愛”の部分は95%も変えたのです。メシアが話された真の愛に対する話は間違っていた、そして、新しい内容を私たちが選ぶと、、、。メシアが11回もチェックされながら、これが私の代表み言葉であると決定されたそのみ言葉の95%が間違っていたということですか?メシアを完全なる失敗者としてしまいました。
“天一国歌を変更”。お父様が拷問に耐えられながら血を流された興南監獄で、全世界、十万の十字架の道を歩まれていた時書かれた天一国歌、削除。国の根幹であり、魂です。それを変えました。偽りの詐欺を図る清平を立てようと、、。“家庭盟誓変更。聖婚問答変更。唯一神神学から多神教神学に変更。偽りの憲法委員会で原理講論排除。信仰的、従順的な対象の立場から離れ、主体となろうとする。原理本体論の立場を離れ、自ら神様オモニ、メシアを宣布。メシアの血統の前に、堕落した韓氏血統を立てる。真のお父様の玉座を奪う。真のお父様の血統を祝福から除く。”

 この現実の前にして、人々が愚かさに陥り、自らが偽りの信仰者であることを知る、そのような時間です。韓氏オモニが、自分が神であると、お父様の玉座まで掌握し、自己の位置を離れ、堕落したオモニとなってしまいました。祝福式の指輪には、お父様の名前は無く、韓鶴子だけが刻まれています。皆さん、目が眩んでしまったのですか!?なぜ、これが見えないのですか。これがどういう意味なのかなぜ分からないのですか!偽りであることを公然と表してくるので、笑いが出てくるほどです。

 (写真)これが、先週来ました。世界基督教統一神霊協会が、お父様が作られた統一マークを自分たちの物だといい、法的に訴えてきました。なので、私の全てのYoutubeチャンネルとみ言葉をそこから消すことになりました。このような暴君的な偽りの詐欺師たち!不正腐敗、不透明、偽り、お父様を売った者たちです。お父様の統一マークを不法の道具として使う者たちです。彼らが正にその統一マークを捨てた者たちだというのに、、。全世界のシックたちがこの内容を通して、より早く悟り、あなたたちが偽りの詐欺師であることを確実に知るようになるでしょう。

真理のみ言葉を押さえこんだと考えるかもしれませんが、一箇所を押さえ込んだら、100箇所で爆発するでしょう!アージュ。これを通して、より多くのシックたちがビデオをみるようになり、ダウンロードするようになるでしょう。そして、あなたたちを支援することをやめるでしょう。より多くのシックたちが悟り、お父様に戻ってくるでしょう。アージュ。私たちがあなたたちから何一つ盗むことなく、何一つ持ち出すことなく、信仰と良心だけを携えお父様を証するので、それを押さえつけるためにこのような偽りの内容を作ったのです。私はお父様、文鮮明総裁の息子です。そして、私がお父様の後継者だというのです!


(写真)これを見ていないのですか!?お父様が直接書かれた内容ではないですか?「代身者、相続者は文亨進である。その他の人は異端者、爆破者である」 あなたたちが異端者、爆破者であることが明らかになりました。私はシックたちを相手に詐欺を図らず、お金を横領せず、盗むこともしません。ここで、あなたたちが完全なる異端者、爆破者であることを明らかにします。Youtubeに法的訴えを起こし、お父様の統一マークを使うことが不法だと、、。より多くのシックが悟り、あなたたちのシックたちを利用するシステムは完全に崩れるようになるでしょう。お父様の聖和3周年、シュミータの年に、、。あなたたちの本当の色が出てきましたね。


 サンクチュアリー、世界平和統一聖殿において、私たちは自由と責任のある者たちです。神様の息子娘です。また、私たちはお父様を守る者たちです。あなたたちがそれを押さえつけようとしても無理です。私たちはあなたたちのように、給料でもって動いている者たちではありません。私たちは目的で集まる者たちです。お父様を守り、お父様を高めるために!あなたたちはそれを理解できないでしょう。

あなたたちは皆、サラリーマンなのだから。自由と責任のあるものたちが集まり、受けることなく与えることを通して一つになることができること、あなたたちは理解できないでしょう。また、ここサンクチュアリーは、“全世界的に国家的に、誰も中央補給金組として構成されていない”。私たちは、あなたたちのように人を買うことをしません。信じるものたちが集まるのです。偽りの詐欺師たちは集まりません。ここに来たければ、迫害を受けるかもしれません。ですが、私たちは信仰のために来るのです。


お父様を守り、高めるために。お父様を削除する協会を見ながら、真実をいうのです。“信仰の自由と進行の責任とメシアの愛を実践する”。私たちはここに自由と信仰でくるのです。全世界的にサンクチュアリーが起こっていますが、あなたたちはそれを止めることはできません。Youtubeビデオを消したら、止めることができるとでも思いましたか?押さえつけようとするほど、世界により多くのサンクチュアリー協会が起きるでしょう。より多くの人たちがお父様の権限に戻ってくるようになります。


「私たちは、戦いはしたくない。私たちは理解と許しと平和を追求する家庭連合である。」ですって? 詐欺師たち、、、。“私たちは真のお父様と共にいる自体、生きている実際関係を追求する”。これはどういうことでしょうか。あなたたちが修正し編集したお父様を私たちは願いません。私たちは真なるお父様に侍りたいのです!アージュ。あなたたちが飾り作り上げたお父様ではなく、私の本当のお父様!と一緒に生きて行きたいのです。


 世界的な問題だけではなく、内的なものがサタンの本当の顔を明らかにしながら、真理のみ言葉を押し付けようとしているのをみることができます。また、社会的にも神様のみ言葉を弾圧しようとした現実も同時性の観点から見ることができます。

 フリードリヒ・ニーチェは超人の概念を主張しました。「ツァラトゥストラはかく語りき ニーチェの書史時体の哲学作品で出てくる用語。“ツァラトゥストラは新しい価値観を創造することのできる‘超人’として自分をみせつける。また、自分を虚無主義と神の不在の問題の解決策であると紹介する。超人は平凡な普通の人が従う一般規範に従わず、牛の群れのような群衆心理や善や悪の概念を超えると言う。このような方法でツァラトゥストラは自分の究極的な目標は超人になる旅路を歩くことであると主張する。彼は霊的自意識の進化と共に、神と基督教に深く根をおく迷信にすぎない伝統的な観念の倫理と正義を克服しなくてはならないと主張する。」 

この思想はキリスト教概念を迷信とし、本当に人々に力を与えたいのなら、全ての人が、自分が‘超人’になれるということを知らなくてはならないと、主張しているのです。人々が神様、つまり迷信を信じない超人となり、善と悪を超越し、それが本当の自分であり、本当の現代化であると、ニーチェがそういっているのです。韓国や日本の漫画をみても、主人公たちは皆‘超人’です。子供たちに皆、‘超人’になれというメッセージを植えつけます。人間が超人となる欲心、人間が善と悪を超えようとする欲心。神様の前に頭をさげたくないという欲心。ニーチェは現代哲学の大きな柱となっている人物です。
 お父様がどんなみ言葉を語られたのかみてみましょう。

“イエス様は宇宙的な革命の主人公” 
イエス・キリストの愛はどのような愛なのかというと、サタンまでも包み込む愛です。サタンまでも愛することが神の愛であることを知るために、イエス・キリストはこの基準を掲げ‘あなたの敵を愛せよ(マタイによる福音書5:44)’と言われたのです。

 ここの「サタンまでも愛することが神の愛である」というお父様のみ言葉一つを取り、愚か者たちがどれほどこれを修正したかみてみましょう。多くの人々はお父様が超宗教運動をしてきたではないか、サタン、怨讐まで愛せよと言われたではないかと言います。ですが、皆さんはすぐ忘れてしまうのです、、。

お父様が超宗教運動をされた時、彼らを皆座らせ、「皆さんの宗教は全て正しいです。私たちは皆同じ山を登り、同じ神様に出会っています。」と、このように一度として仰ったことはありません!ですが、超宗教運動を見て多くの人は「お父様は全ての宗教を認めていらっしゃる」と考えるのです。皆さんはご存じないと思いますが、西洋で超宗教運動しているとき、ある人が招待したのか、お父様の知らないところで、魔女たちも来ました。皆同じだと、魔女、クリスチャン、皆が同じ山に登っているのだという考え、、。


この思想は今、全世界を覆っています。この思想で一つの政府を作ろうとしているサタンたちがいます。神様を賛美しますと、ルーシェルを賛美します、これは単なる言葉の違いである、皆同じ山を登っているのだという、愚かな思想が今全世界の社会を覆ってしまっています。神様を信じることとキリスト教は迷信であると、、、。

その他の内容もすべてが真理だといいながら、ルーシェル億万歳、真のご父母様億万歳、神様億万歳、全て同じであるというのです。これはサタン的な内容です。サタンは人間が善と悪を分離できないようにしたいのです。人間が混乱に陥り、善と悪を区別できないように、、。

善と悪を区別できなければ、堕落するのです。そうでしょう?全世界の神学大を見ても、特にハーバード、プリンストンのようなトップ大学には皆この思想があるのです。全ての宗教は同じである。私たちは善と悪を超越しなくてはならない。

これは、サタンの計略です。なぜなら、善と悪を区別できなければ堕落するからです。サタンの息子娘となるのです。若い2世たちが問題です。お父様のこのみ言葉、「サタンまでも愛することが神の愛である」を見て、「私もサタンを愛さなくては」と、「同性愛の運動も愛さなくてはならない、そして助けてあげなければ」と、、。

共産党の人たちも皆、人だから愛さなくてはならないという、愚かさに陥るようになります。善悪を区別できなくする知識。ある2世の若い女性がここに来て言いました。「お父様がサタンを愛さなくてはならないと仰ったので、私もサタンを愛そうと決意しました。」 これは問題です。お父様の立場で見ずに、自分の若い知識でそれを解釈すること。

お父様の立場、お父様はどうでしたか?お父様はプロテスタント教徒、キリスト教徒、聖書を数千回と読まれた方です。聖書の完全な主人となられた方です。
それがお父様の立場です。お父様がサタンと仰るとき、正確にサタンが誰なのか分かっていらっしゃいます。ですが、お父様のみ言葉だけをみながら、お父様の立場を分からず、旧約と新約を知らなければ、お父様のみ言葉が何か理解できません。私に聖書の基盤がなければ、このみ言葉をみながら、同性愛の運動も支持しろと仰ってますね、レバレント・ムーンが、、。このようにおかしな方向にいってしまうのです。そして、現在そのようにしているのです、彼らは、、。

お父様の立場を理解してこそ、お父様のみ言葉を理解できるのです。聖書の観点でみるとき、サタンは誰ですか?騙す者、偽りの父、殺人者。私たちは罪人を愛さなくてはなりません。なぜなら、あなたも私も、皆罪人だからです。神様の前に完全なる罪人です。「私は良い人です。教会のシックたちは皆良い人です。」と言うかもしれません。ですが、それは、人間同士を比べたときの話です。

人間と完全なる神様とを比べたとき、それは罪となるのです。誰と比べることの無い、自分だけが知る罪人です。サタンは殺人者です。お父様はサタンを愛さなければなりませんでした。ですが、サタンを愛するがために、サタンがしている殺人行為を皆許されたのですか?「サタン、お前を愛しているので、そのまま続けなさい、愛しているよ」と、そのようにされましたか?

共産主義と戦われるとき、「共産主義、お前も愛しているよ、幼いときから愛を受けられなかっただろう?」と、このようにされたのかというのです!愛とは何か。皆さんの観点で愛を解釈してはいけません。お父様が仰る愛の観点を理解しなければなりません。サタンを愛さなければならないと仰いますが、その瞬間、サタンが誰なのか正確に知らなければなりません。

その者は大虐殺者です。皆さん、大虐殺者に対して、「私の家に来て、子供たちの横で寝てください」と、言いますか?皆さん、そんなに愚かなのですか?違うでしょう?ですが、サタンは霊的な内容であるので、そういった知識がないのです。ですが、肉的な罪人、性犯罪を犯した罪人を自分の娘の横に寝かせる人はいないでしょう。サタンも同じです。見えないからといって存在しないのではないのです。サタンに心を少しでも開くと、入ってきて娘の横で寝るようになるのです。

そのような無責任な父母は自殺する者たちです。お父様の立場で見なくてはなりません。サタンを愛さなくてはなりませんが、愚かに愛してはいけません。サタン、大虐殺者を本当に愛するのなら、監獄に入れなくてはならないのです。今まで殺されたきたその人たちのためにも、サタンを監獄に入れなくてはならないのです。そうでしょう?


サタンは私たちの主人ではなく、恋人でもなく、友達でもありません。私たちの僕です。愚かな人間が、お父様のみ言葉を自分勝手に解釈し、サタンを私の友達としなくてはならないと、、、そうしながら堕落していくのです。それは神様の過ちではありません。あなたの愚かさによる過ちです。お父様の立場で見なくてはなりません。ヨハネによる福音書8章44節をみてみましょう。

44:あなた方は自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どうりに行おうと思っている。彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。

 初めから、人殺しであって、、。お父様がイエス・キリストは神様の愛の実体、愛の主人、完璧な愛、神の愛を世界に示された方であると、数千万回にわたってそう仰いました。では、イエス様の愛を見てみましょう。イエス様は「サタン、私があなたを愛してあげる、理解してあげる、あなたの言うことを全て聞いてあげる、お父さんがあなたを愛せといったので、あなたを大きな心で受け止めてあげる」と、そう仰いましたか?みてみましょう。マタイの福音書23章です。

24:盲目な案内者たちよ。あなたたちはぶよはこしているが、らくだは飲み込んでいる。(小事にこだわって、大事をゆるがせている。) 
25:偽善な律法学者パリサイ人たちよ。あなた方はわざわいである。杯の皿の外側はきよめるが、内側は貪欲と放縦とで満ちている
26:盲目なパリサイ人よ。まず、杯の内側を清めるがよい。そうすれば、外側も清くなるであろう。 
27:偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなた方はわざわいである。あなた方は白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである
28:このようにあなた方も、外側は人に正しく見えるが、内側は偽善と不法とでいっぱいである。 
29:偽善な律法学者、バリサイ人たちよ。あなた方はわざわいである。あなた方は預言者の墓を建て、義人の碑を飾り立てて、こう言っている。
30:「もし私達が先祖の時代に生きていたなら、預言者の血を流すことに加わってはいなかっただろう」と。 
31:このようにして、あなた方は預言者を殺した者の子孫であることを、自分で証明している。
32:あなた方もまた先祖たちがした悪の升目を満たすがよい。
33:へびよまむしの子らよ、どうして地獄の刑罰を逃れることができようか。

 イエス様はこのように仰いました。これが愛です。サタンに対して語られたみ言葉です。これが愛なのです!サタンを僕としなくてはいけません。それが愛なのです。人間たちが自らの愚かさでサタンを友達とし、騙され、サタンが主人となった時、何も言うことができないのです。サタンを愛するということはサタンを僕の立場に戻すことです。「へびよまむしの子らよ!」これは、イエス様の愛です。愚かに愛を語るなというのです。
 次に、天聖経、1487ページです。

時が来れば、自己主張の時代過ぎます。自分が最高だと主張することができなくなる時代です。その時からは共同世界です。すなわち、共生共栄共義主義世界だというのです。なので、統一教会で共生、共栄、共義というものを主張するのです。この世界は一人で成すものではありません。

 すなわち、共生共栄共義主義世界だというのです。共同世界。これをみて、詐欺師たちがどんなに自分勝手な解釈をしたでしょうか。「お父様が仰った共生共栄共義主義、共同世界。誰かが上手くいったら皆に分け与えよ。お父様は共生共同と仰った」と、、。ですが、これは共産主義です。共産主義の解釈です。お父様は共産主義と戦った方です。ですが、お父様のみ言葉を取って、共産主義に変えてしまうのです。これは詐欺です。一生懸命働き、成功したシックたちのお金を盗もうと、自分のポケットにいれようとするからです!

お父様が一生涯共産主義と戦われた方であるにもかかわらず、日本シックたちの成功を奪うために、成功したシックたちの財産を盗むために、そうしたのです!あなたたちは泥棒です。詐欺師の泥棒です。一生涯共産主義と戦われたお父様のみ言葉を、共産主義として解釈した詐欺師たち、、、。

お父様は事業をされました。事業を通してある内容を作り、それを気に入った顧客が買い、顧客も気分がよく、会社も気分が良い、Win-Win関係。共産主義はどうですか。Lose-Lose、両者敗北。一生懸命働き成功を勝ち得た人から財産を奪い、何もしていない人にそれを与える、これが共産主義です。それがLose-Lose関係です。

一生懸命働きたくない欲張りが、お金をただでもらうために、政治屋がそれを利用するのです。一生懸命働く人たちが迫害を受け、、。これは詐欺です。お父様はこれと一生涯戦われたのです。皆さん、南北の違いを知っているでしょう?南もだんだんと共産主義化していっていますが、、。特に女性を惑わし、母の心の政府を作ろうと、全ての子供に平等な母の心を利用し、国民にもそのようにしようと、本当に成功のために一生懸命働く人たちを皆追い出してしまいます。そして、その国は貧しい国となります。その哲学の影響を大きく受けるようになると、国が貧しくなるのです。豊かな国となることができません。


お父様が事業を始められるとき、どのようなものを目指されたのでしょうか。成功した事業、前に国進兄さんがいた財団、とても強く成功しているとき、お父様がどんなに誇られましたか。全ての事業が成功し、顧客も喜び、会社も成功し、社員たちも給料が上がるので喜びます。誰を騙すことなく、自分の能力で仕事で発展することができるからです。Win-Win。これは共産主義ではありません。自由人が自由選択で関係を作り、私が価値あるものを作ったら、顧客がそれを買い、顧客も喜び、私も嬉しい、Win-Win。豊かな国は全てこのようなシステムで成り立っています。共産主義システムはありません。お父様のみ言葉をどのように解釈するのか。どのような立場にたっているのか。


お父様は共産主義だったですって?ならば、なぜ、一生涯共産主義と戦われたのですか?なぜ、アメリカに、韓国に、数十の会社を作られたのですか?政府に支援せずに、共産党に支援したらよかったでしょう。お父様のみ言葉をどのように解釈するのかによって、本当のお父様と偽りのお父様が現れます。シックたちの成功を奪うために、お父様のみ言葉、「共生共栄共義主義」を利用する詐欺師たち。これ以上、あなたたちはシックたちのお金を盗むことはできません。お父様は私たちを自由と責任の主人としました。あなたたちの僕ではありません。
 次に、“イエス様は宇宙的な革命の主人公”でお父様はこう仰いました。

それゆえに、終末の時である今日、皆さんは目覚めなければなりません。皆さんは新しい真理と命と愛を持ち民族を救い、世界を救い、天と地の6千年の恨みを解怨しなければなりません。

 皆さんは、どのような立場でこのみ言葉を読みますか?仮に環境主義者の観点でみると、「文総裁は世界を救い、天と地の恨みを解かなくてはいけないと言ったので、私たちは地球を生かさなくてはならない。」と、考えることができるでしょう。 環境主義者の学会では、ある神学があります。どんなものかというと、地球はガイヤという女神です。

イギリスのラブラック博士が言うには、「人間がウイルスである、人間だけがこの美しい惑星を破壊している、人間の欲のせいで地球が滅んでいっている。」 これがガイヤ神学です。「人間がウイルス、病原体であり、人間が過ちであり、悪である。地球にとって人間がエイズウイルスであり、がん細胞である、人間を減らすことが重要課題である。」 環境主義者たちの神学は常にこの結論に帰結します。


人間が問題であり、人間の数を減らさなくてはならないと。このような観点でみてみれば、お父様を環境主義者とすることもできます。私もハーバードにいたとき、このような環境主義者が周りに多くいたので、自分でも知らないうちにその影響を受けていました。仏教を勉強し、キリスト教について、聖書について、全く知らなかったときです。この影響を受け、「山を削り、ビルディングを建て、、そうだ、そうだ、人間が悪いウイルスだ」と考えた時もありました。


ある時、お父様に侍り麗水に行きました。今でも思い出します。本当に悩んでいました。お父様が地球を本当に愛していらっしゃるのなら、なぜこのように山を削り、修練所を建て、王宮、ホテル、このようなものを建てられるのか。山をそのまま残しておいたらいいのに、、、。山に住んでいる動物や昆虫たち、そこは彼らの家なのに、なぜそれを削り、ビルディングを建てようとされるのか、、、。私もそう思ったことがありました。ハーバードで教育を受けたその私の立場でお父様を評価したのです。そういう風にみると、観点がもつれ、全く違うお父様が現れるのです。お父様は自然を愛され、芝生ひとつをみても泣かれるそのような方だったと、、。ならば、なぜお父様は山を削り、ビルディングを立てられたのですか、、。偽りのお父様を作っているのです。


 ヨギの観点からみると、瞑想、ヨガを通して神様と一つとなり、私が神となる、、。ヨガ修道者たちが“ナマステ”というのは、“私の中の神があなたの中の神に挨拶をする”という意味です。私も神であり、あなたも神である。このような観点でみると、お父様の“民族を救い、世界を救い”というみ言葉も、「神である私が民族を救い、世界を救う私が救世主になるんだ」という様に、誤って解釈することができるのです。「お父様は救世主だったが、私も救世主だ。あなたも救世主。私も神であり、あなたも神です。」 こうなりえるのです。

それはお父様の観点ですか?違います。お父様の観点はどこにありますか?キリスト教です。キリスト教の聖書の観点なのです。聖書の観点で、宗族的メシアを見なくてはなりません。聖書の観点とは何ですか?救世主は一人、主は一人、神様は一人です!私もあなたも救世主ではありません!それはサタンです。


聖書の立場で、善悪を超えることができると考えた超人が誰でしたか?サタンでした。サタンは超人です。神様を迷信と考え、善と悪を超越しようとした超人はサタンです。聖書的な観点がなければ、これが見えません。全て同じではないのです。そして、お父様を自分勝手に修正し、偽りのお父様を作り上げてしまうのです。お父様は聖書的な背景で、“民族を救い、世界を救え”と仰いました。これはどういうことですか?私たちが救うのですか?血統を受けた信仰者たち、私たちが人々を救うことができるのですか?いいえ。救世主お一人!お一人だけがそれをすることができるのです。


では、民族、世界をどうやって救いますか?彼らを救世主につなげてあげることが私たちの責任なのです。それを理解した後、お父様の“皆さんは、新しい真理と命と愛を持ち民族を救い、世界を救い、天と地の6千年の恨みを解怨しなければなりません。”という、このみ言葉、もう理解できると思います。観点が合うからです。ヨギの観点、環境主義者の観点、全て間違っています。本当のお父様はそこにはいません。聖書の立場で理解しなくてはなりません。そうすれば、本当のお父様が見えます。


お父様は私たちが皆メシア、宗族的メシアだと仰いますが、それはどういうことですか。「私たちは真の血統、神様の啓示を直接受け、お父様は必要なく、私たち皆がメシアであり、神様の実体である。」 このようなみ言葉でしたか?皆さんもこれを聞くと理解するではないですか。ですが、これを考えることをしないではないですか。なので、偽りの内容に流され、飲まれていくのです。頭を使わなくてはなりません。聖書的な観点で、民族を救い、世界を救い、宗族的メシアの使命を果たさなくてはならないというのはどういうことですか?私が彼らを救うのではなく、彼らを救うことのできる唯一の方に繋げるということなのです。その姿勢が正しいのです。その考え、解釈が正しいものなのです。唯一の主、お父様を高めているのです。そして、自分の位置を知っているのです。


誰が自己の位置を離れましたか?サタンです。皆さんは救世主ではありません!私は救世主ではないと、3回言ってください。皆さんは救世主ではありません。お父様が救世主です。私たちの使命は人々を救世主に導いていくことです。解釈に気をつけなくてはなりません。テモテへの第二の手紙3章14節と15節を見てみましょう。

14:しかし、あなたは、自分が学んで確信していることろに、いつもとどまっていなさい。あなたは、それを誰から学んだかを知っており、
15:また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリストイエスに対する信仰によって救いに至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている。

 救いはキリストから来ます。私たちから来るのではありません。私たちが人々を救うことはできません。キリストだけが救うことができるのです。私たちはただ、キリストへと導く者とならなくてはならないのです。キリストを高める者、これが正しい観点です。私が全ての宗教を勉強し、その観点でお父様を見ようとしましたが、常に何か合点が行かなかったのです。環境主義者、仏教、ヨギなどの観点でお父様をみると、何かが違うのです。カトリックも違います。カトリックには中央組織があります。

お父様はプロテスタントから来られました。原理において、カトリックはすでに失敗しています。マルティン・ルターのプロテスタントを通して救世主が出てくるとあります。神様との直接の関係、聖書を直接読むことのできる関係、直接的な関係、この信仰から来るのです。この観点でお父様を見るときに、聖書の観点でお父様をみるときに、全てのつじつまが合い、ぴたりと理解ができるのです。なぜ、こういった、または、ああいった決定をされるのか、理解ができるのです。エペソ人への手紙4章14節から16節を見てみましょう。

14:こうして、私達は、もはや子供ではないので、だまし惑わす策略により、人々の悪巧みによって起こる様々な教えの風に吹きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、
15:愛にあって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達するのである。 
16:また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分に応じて働き、体を成長させて、愛のうちに育てられていくのである。

 真なる言葉と愛がなければなりません。愛だけではだめです。真なる言葉も必要です。イエス様もパリサイ人たちを愛していらっしゃいましたが、真なる言葉も話されました。同じように、私も韓氏オモニを愛していますが、正しい真なる言葉を言わなくてはならないのです。お父様が1956年に語られた「このようにイエスは私達を捜されを読んでみましょう。

イエス様はこの地に花婿、花嫁という名詞を残されました。なので、これからは、皆さんの祈りの中で花婿として現われるでしょう。あなたは花嫁、主は花婿として、そのような姿で皆さんに現れるというのです。花婿としてこられる主を迎える時、皆さんは常に十字架上で流された血の贖いについて考えなければならないのです。

 お父様が負われた十万の十字架を忘れないでください。私たちのために流された血を忘れてはいけません。皆さんは救世主ではありません。お父様は救世主です。皆、その救世主にもう一度戻らなければなりません。共に祈りましょう。

 愛する天のお父様、お父様、感謝、感謝、感謝します。天のお父様、私たちに謙遜さを備えさせてください。正しい立場を教えてください。あなたを理解し、あなたの真の心をより深く理解することができる私たちとならしめてください。天のお父様、私たちは編集された飾られたお父様に侍りたくはないのです。
私たちは真なるお父様、現実のお父様、生きておられるお父様、生きておられるキリストに侍ります。私たちはお父様と共に生きます。お父様の偉大な能力で、また真理のみ言葉で、私たちは悔い改めることができます。お父様の前に私たちの過ちをみるようになり、私たちが成長することのできる機会と祝福の時間を与えてくださり、心から感謝申し上げます。

 天のお父様、もし、私たちが誤った観点であなたを見ていたならば、この瞬間、悔い改めます。お許しください。そして、私たちが本当のあなたを知ることができるように、お導きください。目を覚まし、心情を開くことができるようお導きください。あなたをより深く知ることができる私たちとならしめてください。

 天のお父様、今日もあなたを花婿として迎えます。自己の位置を離れ、自分が善悪を超越する超人なることができると考え、堕落する花嫁ではなく、あなただけをつかみ、あなたの唯一の価値を知り、あなたを高めることのできる花嫁となることができるよう、懇切に願ってやみません。
お父様の恩赦、恩恵、恩寵を受けることによって、より身を小さくし、あなたが私たちの人生と生命により大きく現れることができますよう、天のお父様、お導きください。心から感謝を捧げながら、全ての賛美と喜びと栄光はあなたのものです。祝福中心家庭の名前で報告ささげながら、あなたの名前を高く掲げ、祈ります。アージュ、アージュ、アージュ。

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