2026年1月10日土曜日

カインとアベル、愛仲屈通摂理の起源 ◆ 2026年1月7日 テネシー清平韓国語水曜礼拝 「カインとアベルの闘争の歴史の終結」<1> 權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

 カインとアベル、愛仲屈通摂理の起源

2026年1月7日 テネシー清平韓国語水曜礼拝

「カインとアベルの闘争の歴史の終結」1

權寧畢(クォン・ヨンピル)牧師

翻訳minio 監修fanclub

テネシー清平韓国語水曜礼拝한국 수요예배 01 07 2026


こんにちは。新しい年が始まりました。今日は新年最初の礼拝となります。

2026年、今年一年、皆様が最も幸せで、万福を、神様と真の父母様の愛を多く受けられますよう、お祈り申し上げます。ありがとうございます。



アダム家庭復帰摂理のカインとアベル


本日の礼拝の御言の題目は「カインとアベルの闘争の歴史の終結」です。


アダムは神様の創造理想を実現する人として造られましたが、サタンと一つとなって堕落しました。

神様の御言を失い、サタンの奴隷となりました。

アダム家庭には、神様の創造と堕落と復帰がすべて含まれています。

アダム家庭を見たら、神様の創造理想を知ることができ、堕落とは何かも知ることができます。そして神様が復帰摂理をアダム家庭から始められたため、復帰摂理も含まれています。

神様がメシアを遣わして堕落した人間を救われるという復帰摂理のみ旨は、堕落直後から立てられました。


したがって神様がメシアのための基台を立てる摂理も、アダム家庭から始まったのです。

復帰摂理の究極的な目的は、本然のアダム家庭を探して立て、創造理想を実現することです。

したがって、この地上にメシアが来られる目的も、アダム家庭を再び探して立てることです。


ゆえに復帰原理を知るためには、アダム家庭を確実に知らなければなりません。アダム家庭を知ることができなければ復帰の道を行くことができず、復帰摂理はそれだけ延長されます。

復帰摂理がどれほど延長され繰り返されても、創造本然のアダム家庭を探すことが出来なければ終わりません。


堕落人間が創造本然の人間として復帰するためには、メシアを迎えなければなりません。神様がメシアを堕落世界に送られるためには、まずメシアのための基台が立てられなければなりません。メシアのための基台がなければ、サタンが支配する世がメシアを攻撃して殺してしまいます。

だから人間がメシアのための基台をまず立てなければなりません。


キリスト教では神様は全知全能の方だから何でもできると信じていますが、堕落世界は神様に逆らうサタンが支配しています。

したがって、地上にメシアを保護することができる基台が作られて初めて、メシアを遣わされるのです。


アダム家庭においてメシアを迎えるために立てなければならない条件は何でしょうか?

これを理解するためには、本来アダムとエバが立てるべき条件が何であったかを分からなければなりません。


救いの摂理とは、神様が思うとおりに救いたいと思えば救うことができるのではありません。神様が人間を救いたくても、サタンが手放さないのです。サタンが人間を条件的に掴んでいるため、サタンがその条件を人間が解くことができない限り救うことはできません。


堕落とは神様の言葉に背き、サタンの誘惑に従ってサタンが人間の主人となったことです。

したがって救いとは、蕩減復帰摂理です。

蕩減復帰は堕落の反対経路を通じて条件を立てなければなりません。


メシアを迎えるために、人間自らが信仰基台と実体基台を立てなければなりません。

信仰基台は、神様の御言を信じ従うことで、御言から離れたものを蕩減復帰することです。

実体基台は、人間が絶対性の為に神様に侍る実体となり、サタンを自然屈服させることです。


しかしアダム家庭において、信仰基台の中心人物はアダムでなければならなかったのに、アダムがなることができないで、代わりに次男アベルが中心となり、神様の前に供え物を捧げました。


神様は本来、アダムに御言を与えました。しかしアダムは神様の御言を信じて実践し、御言の実体とならなければなりませんでした。しかし彼は御言を不信して御言の実体になることができませんでした。

それがアダムが中心人物になることができなかった理由です。


もしアダムが善悪知る木の実を食べてはならないという御言を絶対に信じて守っていたなら、アダムは絶対性において神様に侍る聖なる聖殿となっていたでしょう。

ところが御言を失ったため、アダムは万物よりも劣った立場に落ちました。

それゆえ万物を前に立てて燔祭を捧げることで、神様の前に出て行く復帰の道が始まったのです。


アダム家庭においてアダムが中心人物になることができない理由は次の通りです。


・第一に、アダムは堕落して神様とサタンという二つの主人に相対する非原理的存在となりました。神様は善の本体であるため、善の実体のみに対することができます。しかし堕落したアダムは二つの主人に仕えることになったため、神様と直接対することができなくなりました。


・第二に、アダムは責任を転嫁したため中心人物になることができません。責任を負う者は主人になりますが、責任を転嫁すれば僕になるのです。エデンの園でアダムとエバ、そして天使長ルーシェルの三者すべてが堕落しました。

しかしアダムは堕落の責任をエバに転嫁し、エバは蛇に責任を転嫁しました。

もしアダムとエバのうち一人が、自分が責任を負うと宣言していたなら、神様の復帰摂理はアダム家庭で完成していたでしょう。

ところがアダム家庭の中心であるアダムとエバが共に責任を回避し、サタンに転嫁してしまったのです。


結局、僕である天使長ルーシェルが堕落世界全体の主人となってしまったのです。

アダムが責任を回避したため、アダムは中心人物になることはできません。

堕落したアダムは善悪の母体となりました。


神様はアダムを創造した創造主として、サタンはアダムを堕落させた主体として、アダムに対する権利を主張することができます。

したがって神様が中心存在を立てて役事するためには、善と悪の中間位置にいるアダムを裂いて、善悪を分立しなければなりません。


しかし堕落したアダムを二つに裂いたらアダムは死んでしまいます。そこでアダムの代わりに二人の息子を分立して役事されるのです。

二人の息子を分立する方法は、エバの堕落経路に従って善の側と悪の側に分けて摂理されます。


エバの最初の堕落は、僕である天使長ルーシェルと一体となった堕落です。

エバの第二の堕落は、神様が組み合わせてくださった本来の相手であるアダムと一体となった堕落です。


それゆえ兄カインは、最初の堕落を象徴するサタン側の存在として立てられました。

そして弟アベルは、第二の堕落を象徴する神様側の存在として立てられました。

それゆえ神様の救済摂理において必然的にカインとアベルの善悪分離の歴史が現れるのです。

このように天が対応できるアベルと、サタンが対応できるカインに分かれて摂理を行わざるを得ませんでした。


それゆえサタン側のカインが神様側のアベルに屈服することによって、本来の立場に戻ることができるのです。

したがって復帰摂理史において長子と次子の闘争の話し続いて現れることになったのです。


このような理由からカインは復帰摂理において必然的に登場することになったのです。

すなわち神様が対することができない立場にある堕落したアダムの代わりにカインを立てて摂理をなさったのです。


したがってカインは常に神様から愛を受けることができず、疎外される立場に立たされることになったのです。

彼が行くことが出来る道はただアベルを通してのみ天の前に行くように予定されていたのです。


これは神様がカインを憎んでその地位に立てたのではありません。堕落によって死んでしまったアダムを生き返らせるための仕方のない復帰の公式になったのです。


愛仲屈通の道


サタン側では長子カインが、神様側では次男アベルに愛仲屈通しなければなりません。

すなわちアベルを愛し、アベルを仲保として立ててアベルに屈服し、アベルを通して神様に出て行くことができるのです。

それは天使長がアダムに愛仲屈通できなかったことを、カインがアベルに愛仲屈通することによって堕落性を脱ぐ蕩減条件を立てなければならないのです。


それゆえカインはアベルを通して神様に出て行くことによって、堕落によって死んでしまったアダムを復帰することができます。

愛仲屈通の道は、堕落によって死んでしまったアダムを生かし、同時に、神様の心情を解放するためにカインに任された道です。


堕落した人間が神様から愛されず捨てられる立場で、むしろ神様を愛し、それも弟を通じて神様に出ていかなけれならないことは、実に困難なことです。


神様の愛を受けていたアダムとエバが神様の言葉を背き、堕落の道へ行きました。

それゆえ神様はアベルを無条件に愛し、カインは無条件に捨てられる立場にならねばなりません。

この立場においてカインはアベルを無条件に愛し、屈服することによって神様のもとへ帰ることができるのです。


皆さん、この道は容易な道ではありません。数千の道の氷壁を素手で掴みながら這い上がらねばならない道です。

自らを数百回否定し消してしまう立場で立たなければならない道です。

一度ではなく運命として受け入れ、生涯行かねばならない道です。

死んだ父を生かし、神様の心情を解怨する道はこの道しかないからです。

カインがこの原則を理解したなら、どんなに理不尽でも耐え忍び、克服し、アベルを無条件に愛さねばなりません。


しかしアダム家庭では、アベルは信仰基台は成功したものの、カインがアベルを殺害したことで実体基台は破壊されてしまいました。

アベルは、神様が自分の供え物だけを受け入れたとカインの前で自慢したり、慢心したりしては絶対にいけません。

アベルは柔和謙遜な心を持つ事で、カインの寂しい心を慰め、兄を尊敬すべきでした。ア

ベルは神様から受けた愛と神様に対する自己の愛を合わせてカインを愛さなければなりません。


これがアベルの成さなければならない責任です。

しかしアベルはカインの前でそうすることができませんでした。

結局、怒ったカインは弟アベルを石で打ち殺してしまいます。カインにとって天国へ通じる道は、ただアベルだけでした。アベルが失敗すれば、カインが天国へ行く道も塞いでしまいます。


私たちが明確に知らなければならないことは、アベルは神様のみが干渉することができるということです。

カインとアベルはどちらもアダムの息子ですが、カインをサタンの側に立て、アベルを神様の側に立てたのは、彼らが善悪によって分かれた長子と次子だからです。


アベルに原罪がなく、善において神様の側に立てられたのではありません。アベルはアダムを代身した神様の息子の立場です。それゆえ神様が相対されるのです。


アベルを選ばれた方も神様であり、アベルを立てて責任を与えられた方も神様です。

ですから神様以外には誰もアベルに対してあれこれ言う事はできません。


信仰生活を送る方々のなかには、絶対中心に対してこうしてほしいああしてほしいと要求する人々がいます。

このような行動は本来の法度に反します。

絶対中心が事を受け入れないと、無視されたと思い、寂しい思いをして去っていく人を多く見てきました。


したがってカインの立場にある私たちは、中心に対して原理を守らなければ躓きません。


神様がアベルを立てられたのは、アベルが優れているとか正しいとか能力があるからではありません。

復帰摂理の目的が、本来のアダム家庭の秩序を探して立てなければ、創造理想を実現できないからです。


一方カインはアベルと絶対的に一つにならなければなりません。

アベルに対して愛の減少感や寂しい思いを抱いてはなりません。

カインは絶対的にアベルに対して命令したり干渉したりしてはなりません。

カインはアベルを通して神様の前に出て行くという事実を肝に銘じなければなりません。


このようにカインとアベルの分立による長子権復帰摂理は、それほどまでに進むのが困難な路程です。


カインとアベルを通しての復帰摂理の歴史が六千年間完成されなかった理由がまさにここにあります。

復帰摂理の歴史において、カインとアベルが一つとなった歴史は実に困難でした。


アブラハム家庭のヤコブとエサウ


カインとアベルの闘争において、初めて天の側であるアベルが勝利したのはヤコブです。

エサウとヤコブが一つとなる過程は、聖書の中で最も劇的で感動的な場面です。


ヤコブが帰ってくるという知らせを聞いたエサウは、400人の壮丁を率いてヤコブを殺そうと計画します。

ヤコブが兄の祝福権を奪ったため、エサウが復讐しようと待っていることを考え、ヤコブは恐怖に陥ります。


ヤコブは天の前に切に祈ります。「どうか私を兄の手から救い出してください」。ヤコブは山羊と羊数百頭の家畜と家族を先にエサウに送り、心を和らげようとしました。


その夜、ヤコブは独り残り、ヤボク川の渡しで神様の御使いと一晩中格闘しました。

御使いはヤコブに勝つことができず、ヤコブの要求通り祝福を与えました。

創32:28 その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。


日が明けると、ヤコブはエサウが来るのを見て、七度も地にひれ伏して言いました。

創32:10 あなたが喜んでわたしを迎えてくださるので、あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います。

この言葉は単なる兄に受け入れてもらうため機嫌取りではありません。

霊的な試練を通して変えられたヤコブが、兄との関係回復を神様の恵みとして受け入れたことを示す感動的な告白です。


エサウはヤコブを殺そうと21年間、剣を研ぎ、鋤を研ぎながら待ち続けました。

しかしヤコブが兄を尊び、自分の全財産を贈り物として捧げたとき、エサウは弟を抱きしめて赦し、一つになったのです。

この出来事はカインがアベルを殺してから約2000年の時を経てようやく実現したものです。

初めて成し遂げられたカインとアベルの和解でした。

これによりメシアのための基台が勝利的に立てられました。

エサウとヤコブが一つになった後、ヤコブの子孫たちは大いなる民族を成し、約束の地に入ってメシアを迎えることになります。

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2026年1月8日木曜日

自由の為に天使と結婚する女たち◆ 2017年9月8日 國進監査院長とのQ&A

自由の為に天使と結婚する女たち

2017年9月8日 國進監査院長とのQ&A

9年前掲載:人間の女性と天使の結婚、ネフィリム■2017-9/8國進様とのQ&A


この御言は、前日2017年9月7日の二代王様の、霊通詐欺師よ!後継者文亨進以外は異端だ、爆発者だ!!に続く文國進監査院長の御言です。
この御言は、サンクチュアリ教会創成期、天使信仰が流行ったことに対する重要な御言です。
この國進監査院長の御言の前日、二代王様は、ついて行って地獄に行った者が悪いと宣布されました。
*参照:2017年9月7日 二代王様とののQ&A

この文國進監査院長の御言と天使信仰の言説とを比較すると、その天使信仰は明らかに堕落天使の願望を語る、堕落天使が起こした現象であることが分かります。
現在、この堕落天使はお父様になりすまし、その願望を実現するためにサンクチュアリ教会を霊的混乱に陥れています。
國進監査院長、二代王様が警告されたにも関わらず、自由と引き換えに堕落する現象が起きています。

この霊的問題に関する御言を再掲載しますので、このような霊的問題には十分注意して下さい。


2017-9/8國進様とのQ&Aより Q&Awith Kook Jin Nim, September 8th, 2017

人間の女性と天使の結婚、ネフィリム■2017-9/8國進様とのQ&Aより

人間の女性と天使の結婚、ネフィリム



質問者:

天使と人間の女性との結婚について伺いたいのですが


国進様:

天使と人間の女性に関することですが、天使と人間の女性が性関係することによって、ある存在が生れたということですね。実際に生れたということです。

それが、聖書でいうネフィリム族(Nephilim)というわけですよね。はっきりと聖書の創世記6章に、「天使と人の女にできた子ども」と書いてあるんですよね。そのネフィリムが地上に広がったという内容があって、それに激怒された神様が、ノアの洪水でネフィリム族を抹消しようとされたということが書かれています。


質問者:

それで、日本のサンクチュアリアンでは、人間が完成したら天使が四大心情圏を相続して、天使と人間の女性が結婚するという考えが広まっているのですが。


国進様

それは、まずあり得ません。

天使長が創造された時、根本的に本質的に僕として創造されたことが創造目的です。

そして、人間の女性というのは神様の娘として創造された。それが創造目的なので、このようなことはあり得ません。


質問者:

そうだと思います。天使と人間の女性が結婚するということはあり得ないということが聞きたかったのです。


国進様:

天使と人間には大きな違いがあります。

天使を人間が錯覚する点は何というのは何かというと、確かに天使は力もありますし、優秀な能力を持っていますね。人間が錯覚しがちなのは人間よりも上にいると。


優れたという考えはありますが、それは完全な間違いです。なぜかというと、その天使の能力と力は、その力の源は、天使ではありません。

天使の力の源というのは、神様の神聖さから、神聖な力から来ているわけです。だから、そのエネルギー源は、神様の神聖さなわけです。

なので、ある意味エネルギーの源が神様の神聖さなのですけれど、天使というのは、神様のエネルギーが流れる単なるパイプのような役割です。


天使は神様のエネルギーなくしては何の活動もできません。エネルギーがなければストップしてしまうわけですよね。天使というのは、自分自身自立して、自給自足できないのです。


神様は人類を創造した時に、自分のエネルギーを一人一人に吹き込んだわけです。なので、神様は人間だけに自由意志というものを与えたわけです。

人間は、神様の神聖なエネルギーをもらったが故に、吹き込まれたが故に、宇宙の中で初めて自由意志を発動することのできる存在になったわけです。


天使というのは、人類が創造される前、自由意志というのはいっさいなかったわけです。

天使が自由意志を気づくようになったのは、人類が創造された後です。

天使たちは、それに気づいて悪なる考えを持つようになったのです。

なぜかというと、人類が創造される前、天使は神様なくしては存在を維持することができなかったわけです。


神様は、一人一人の人間にその神聖なエネルギーを吹き込んだわけですけれども、ルーシェルは気づいたのです。

ルーシェルはこんな発想をするようになったのです。「人類が創造されたので、自分は神様のエネルギーに頼る必要はない。神様のエネルギーを切っても、人間の中にある神様の神聖なエネルギーを食えば、自分の存在を維持できるようになる」と考えたのです。


人間は神様から初めて自由意志を与えられて、創造物の中で最も高い位置にあるわけです。

それでは、なぜ神様は人間に自由意志を与えられたのでしょうか。

神様は人間が自由意志を持って神様よりも素晴らしくなることを願ったのではなく、自由意志を持って神様を愛することを願われたのです。


堕落の起源はそこにあったのです。人間というものは、神様を愛するという選択をしないで、神様を恨む選択をしてしまったわけです。

人間というのは、自由になることで自分の霊魂をサタンに売り払って、サタンの奴隷になることを選んだわけです

この堕落によって、最上の立場に立つはずだった人類が、最悪、最低の立場に落ちてしまったわけです


なので、我々の立場としてどういった責任をとらなければならないかというと、どんな困難と試練が来ようとしても、堕落の反対の道を行かなければなりません。

神様を愛する選択をしなければなりません。

そうすることによって、天におられる父を愛し、それに栄光を帰していけるわけです。

そして、本当に一人一人が悟って、そして、自由になることを自ら選んだときに、そこから、天国というものが広がっていきます。


質問者:

お父様が天使を創造して祝福されると聞いたことがありますが、それはどうでしょうか。


国進様:

お父様が言われたのは、天使を祝福したとしても、それは、天上天国、理想世界ができたときに祝福をすると言われたのであって、今、祝福するというみ言葉ではありません


質問者:

天国が完成してから祝福を受けるということでしょうか。


国進様:

一つ気をつけなければならないことは、お父様が天使を祝福すると言われたのですけれど、必ずしも男と女が結婚するというような概念ではないということです。

お父様は、いろいろな我々の知らない観点で話されています。

だけど、人間というものは、一つのみ言葉を聞いたとしても、自分なりの解釈をして、自分の気持ちが良くなったら、これが真理なんだと解釈してしまう。勘違いしてしまう。

天使を人間的な観点で見てしまったことが、堕落の一つの原因です。

エバを見てください。エバは天使に人情的な同情をして、相対基準ができて堕落してしまったのです。

天使に対して同情する人間的な人情、同情を持ってはならないということです。


質問者:

ありがとうございました。


<御言に出てきたネフィリム族(Nephilim)参考資料>

聖書の天使と結婚した記述


創世記6:1-4

さて、地上に人が増え始めたとき、彼らに娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのをみて、それぞれ自分が選んだ者を妻とした。主は言われた。「私の霊が人の内に永遠にとどまることはない。人もまた肉にすぎない。その生涯は百二十年であろう。」その頃、またその後にも、地上にはネフィリムがいた。神の子らが人の娘たちのところに入り、娘たちが彼らに産んだ者である。昔からの勇士で、名の知れた男たちであった。

(共同訳2018)


 民数記14:33  

「私たちはそこでネフィリムを見た。アナク人はネフィリムの出身なので。私たちの目には自分がばったのように見えたし、彼らの目にもそう見えただろう。」(共同訳2018)


聖書外伝:

エチオピア語エノク書(または第一エノク書)—第6章~13章 

天使たちの堕落

引用先:https://note.com/monolith9000/n/n152b2da3eac6

第6章

 そのころ人の子らが数を増していくと、彼らに見目麗しい美人の娘たちが生まれた*1)。これを見たみ使いたち、(すなわち)天の子神から生まれた者)たちは彼女らに魅せられ、「さて、さて、あの人の子らの中からおのおの嫁を選び、子をもうけようではないか」と、言いかわした。彼らのなかの筆頭たるシェミハザ*3)が言いだした。「実は、 あなたがたはこういうことが実行されるのをひょっとすると好まず、わたしだけがこのけしからん悪事のしりぬぐいをするはめになるのではないかと心配なのだ」。彼らは異口同音に答えた。「この計画をふいにしたないこと、これを確実に実行することをいっしょにはっきりと誓い、(誓いを破った者は)仲間はずれにするとしよう」。 そこで一同は誓いをたて、そこで仲間はずれを罰とする誓いを結んだ。そこに居合わせたのは合計200人であった。彼らはヤレデ〔の時代*4)〕にヘルモン山の頂におりたった。この山をヘルモンと名づけたのは、そこで仲間はずれを罰とする誓いを結んだからである*5)。以下はみ使いたちの名である*6)。彼らの長たるシェミハザ、アラキバ、ラメエル、コカビエル、アキベエル、タミエル、ラムエル、ダネル、エゼケエル、バラクエル、アサエル、アルメルス、バトラェル、アナニエル、ザキエル、シャムシャエル、サルタエル、トゥルエル、ヨムヤエル、サハリエル。以上は200人のみ使いの首長たち*7)であり、他はみなこれに従った。


第7章 

彼らは妻をめとり、各人ひとりずつ女を選びこれと関係をもち、交わりはじめた。また女たちに医療、呪いを教え、(薬)草の根や灌木の断ち方を教えこんだ。彼女らははらんで、背たけがいずれも3000キュビトというとてつもない巨人*1)を生んだ。彼らはすべての人間の労苦の実を食いつくしてしまい、人間はもはや彼らを養うことができなくなってしまった。そこで巨人たちは人間を食わんものと彼ら(人間)に目をむけた。彼らは鳥や獣、(地を)這う生き物や魚に対して罪を犯し、互いの肉をくらいあい、血をすすり*2)はじめた。そのとき、地はこの狼籍者たちに対して非をならした

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