2019年5月17日金曜日

2019年5月12日英語説教 <全文> イエスとヤコブの教会


2019年5月12日英語説教

<全文>

イエスとヤコブの教会

とても重要な内容です。同じ主題の5月5日の韓国語説教も読んで頂ければと思います。

サンクチュアリ NEWS さんからの全文転載です。字幕化は2nd Israelさん。

いつもありがとうございます。注:カラー太文字写真挿入はファンクラブ


2019年5月12日英語説教

「イエスとヤコブの教会」


翻訳:BANBOOS

(前略)
マタイ7章を少しだけ見てみましょう。例となる聖句があります。マタイ7章15節に行きましょう。ここではイエス様が語っておられますが、ヤコブのような話をしておられ、極端なカルバン主義者のようなことは言っておられません。

マタイ7章
15:にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。16:あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。17:そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。

我々が真にキリストにあるなら良い実を結ぶはずです。悪い実を結ぶはずがありません。イエス様が実を何にたとえようとされているのかといえば、行動、行いです。
言い換えれば、イエス様に従っているのであれば良い行動も生み出さなければならないということです。それらがあなたを救うのではありません。しかし、それらはあなたという木の成長した自然の産物です。興味深いと思いませんか。
これは信仰義認の教義とは全く異なります。一度救われたらずっと救われるという極端なカルバン主義とは。ひどい実ができたらどうするのでしょうか。主はどうされるのか見てみましょう。

18:良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。19:良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。20:このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。21:わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。

「行う」という言葉を聞きましたか。イエス様が言っておられるのは、行動もしなければならないということです。父のみ旨も行わなければならないということです。一度救われたらずっと救われるということではないのです。
信仰だけではありません。信仰は開始点です。それは救われるところであり、サタンの王国から離れるところです。大きなことです。信仰は著しく重要です。しかし、ヤコブの手紙にあるようにそれが全てではありません。行いのない信仰は死んでいます。ヤコブは自分の兄弟であるイェシュア・ハマシア(イエス・キリスト)、つまりイエス様の言葉を繰り返しているのです。興味深くないですか。続けましょう。

22:その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。23:そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。

つまり良い実を結ぶということはクリスチャンの生活の一部なのです。というのも我々は新しい木となるべきだからです。我々は新しいオリーブの木、新しい命の木に接ぎ木されています。我々は新しい木となって新しい実、良い実を結ぶべきなのです。

私は主に救われたと言って姦淫を犯し、子供を殺し、レイプすることはできません。こうした人たちは左翼であり、救われたクリスチャンだと言おうとしながら、赤ちゃんを殺すことを支持し、小児性愛を合法化してマイナー・アトラクション・シンドロームと呼び、カリフォルニアの小学校ではそれが人の気質だと教えるのです。それは神様の働きではありません。良い木が結んだ実ではありません。なぜそれが共産主義を生み出すでしょうか。なぜ社会主義を生み出すでしょうか。

ですからこうした新しいカルトと新しい運動はみな・・・。そうしたカルトが何を生んでいるかといえば、いつも社会主義を生み出しています。彼らの政治制度を見てください。いつも社会主義を生み出しています。

それが人間の自由の破壊であり、少なくとも人々に対する圧制であるということが分かっています。共産主義の下で最大の大量虐殺がありました。前世紀だけで2億2千万の人々が。世俗的な共産主義。それは狂っています。

しかしお父様の遺産、伝統を見るなら、それは何を生み出しているでしょうか。共産主義や社会主義ではありません。天一国憲法を生み出しているのです。責任感のある市民。武装した市民です。やり方を心得た自立した市民です。実が異なるという話しです。

ところでこれはマタイ5章のすぐ後の話ですが、マタイ5章を手短に見てみましょう。もちろん山上の垂訓です。17節から行きましょう。

17:わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。

こうしたこと全て・・・現在の多くの繁栄を目指す教会やメガ・チャーチでは、律法は去ったと言っています。第1コリントの言葉をあれこれ引用するからです。パウロはそう言っていますが、それほど極端ではないのです。

パウロにによる影響もある程度はありますが、現在の大きな教会にいるカルバン主義者や繁栄を教える人たちの一部ほど極端ではありません。
パウロは確かにそれほど極端ではありません。というのもパウロは聖句の中で、改心しなければならない、といったように、心の割礼について語っているからです。

聖書は触発された神様の言葉です。パウロも神様の教えに触発されていますが、カルバン主義のような信仰義認の極端な教義を教えてはいません。彼は人々を悔い改めさせようとしています。まだ異邦人を改心させようとしています。
体は割礼を受けていないかもしれないが、心は割礼を受けて改心するべきであり、良い働きを生み出すべきだと言っています。

しかしそれは、マルキオンの異端もあって時が経つにつれて堕落していきます。信仰だけ、というのが簡単なのです。「私はイエス様に一度告白しましたのでもうおしまいです」と。

「3歳の時に洗礼を受けて、イエス様の名前で罪を告白しました。それで終わりです。罪深いことを何でもできます。姦淫も人殺しも」。それはおかしなことです。

イエス様は救いを失うこともあるのだとおっしゃられています。ちょうどマタイ7章で読んだことです。火に投げ込まれるのです。興味深くはないでしょうか。

(略)

使徒行伝21章の20節から行きましょう。

20:一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そして彼に言った、「兄弟よ、ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が、数万にものぼっているが、みんな律法に熱心な人たちである。
21:ところが、彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例にしたがうなと言って、モーセにそむくことを教えている、ということである。
22:どうしたらよいか。あなたがここにきていることは、彼らもきっと聞き込むに違いない。
23:ついては、今わたしたちが言うとおりのことをしなさい。わたしたちの中に、誓願を立てている者が四人いる。
24:この人たちを連れて行って、彼らと共にきよめを行い、また彼らの頭をそる費用を引き受けてやりなさい。・・・

禁酒と一定期間の断食等を誓って、基本的に強い霊的な訓練を受けるということです。そしてその4人の費用も賄いなさいと言っています。自分自身も清めて、4人のための費用も払いなさいということです。興味深い章です。これについて教えられたことはありませんでした。

しかし確かに聖句の中で、ヤコブがパウロに、神様の律法を捨てていないことを証明しなさいと言っていることが分かります。

自分を清めなさいということは、霊的な訓練を受けなさいということです。言わば蕩減条件を捧げるということです。そういうことをやっています。このような異端の教えをしていないと証明するために、蕩減条件の証拠を示すということです。

(24節続きから)そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根も葉もないことで、あなたは律法を守って、正しい生活をしていることが、みんなにわかるであろう。
25:異邦人で信者になった人たちには、すでに手紙で、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、慎むようにとの決議が、わたしたちから知らせてある」。

それで初代教会で何が分かるかというと、1番目に血統を重視している点です。プロテスタントの教会やカトリック教会はなぜ血統について教えないのでしょうか。初代教会は血統を大切にしていました。それが1番目、血統です。

韓国語でピッチュルのピッが血であり、チュルが筋(すじ)です。これは初代教会で重視していたことであり、歴史的記録と聖書によって証明されています。というのも、イエス様の兄弟のヤコブは君主だったからです。彼は司教の中の司教です。それにその相続者はイエス様のいとこでした。大使徒ではありませんでした。ペテロでもなく、パウロでもありません。大使徒の誰かでもありません。すごいことだと思いませんか。

もし信仰だけに基づいていたとしたら、大使徒の1人であったはずではないでしょうか。シメオンは小さな人でした。イエス様のいとこでした。広く認められてもいません。どうして彼が次の相続者となるのでしょうか。それはとても大きな問題です。

イエス様は結局教会の鍵をペテロに与えました。ペテロに与えられていたはずです。教会の鍵を与えられていたからです。

2番目に王権です。なぜならイエス様は王の王だからです。イエス様は何だと信じているでしょうか。メシアです。つまり油を注がれた人であり、ダビデの血統であり、預言を成就する人です。王の王が現れて世界の国々を支配するというものです。

その次の順位にあったのが弟のヤコブでした。ヤコブが死に、当時適切な唯一の親せきとして選ばれたのがシメオンでした――ペテロではなく。カトリック教会はペテロを最初の教皇と呼んでいますが。

聖書に書いてあることです。ペテロとパウロはヤコブの下の位置でした。ヤコブの上ではありません。

血統、王権、そして3番目が何かと言うと蕩減条件です。あるいは条件としての供え物です。
これも生きたものでした。パウロは救われていたと思っていましたが、なぜそうしたのでしょうか。なぜ頭を剃りに行って、ナジルの誓いをした4人のための費用を支払うのでしょうか。一度救われたらずっと救われるのだと思っていましたが、なぜそうしたことを全てしなければならないのでしょうか。
この1つの章だけ見てもそれが完全に矛盾しているということが分かるでしょうか。一度救われたらずっと救われるという教義が、全くの悪魔的な偽の教義だということが分かるのです。それは嘘です。

(略)

我々は人の行いだけに感銘を受けることはできません。信仰も必要なのです。信仰を持ち、行いもある、それが神様に対して素晴らしいことです。しかしもちろん我々は、パリサイ人にもなってはいけないし、極端なカルバン主義者になってもいけないのです。

我々は信仰と行いの両方を評価すべきです――聖霊のような、鳩の両翼のように。片方だけだとヒューっと。うまく飛ぶには両方が必要なのです。両翼が必要であり、両翼を評価するように、信仰と実の両方を評価するのです。
実だけ、信仰だけを評価しないでください。さもないとこちらやあちらにヒューっと。
25節からヤコブはもう1つの例を挙げています。いっしょに読みましょう。

25:同じように、かの遊女ラハブでさえも、使者たちをもてなし、彼らを別な道から送り出した時、行いによって義とされたではないか。
26: 霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。

ここでは信仰に対して体、行いに対して霊を類比しています。それに対して普通、教会では反対の話を聞きます。普通我々は霊的なことが信仰であって、体のことが行動だと考えます。興味深いことに反対なのです。
ヤコブは体のことが信仰であり、霊的なことが行いだと言っているようです。
しかし、先ほどと同じようにただ行動だけの崇拝者になればいいと言っているのではありません。それは片翼の鳩のようなものだからです。両翼が必要です。信仰はとても重要です。行いもまた重要なことです。飛ぶためには両方が必要です。

いつも行動だけのパリサイ人になってもいけません。ここにはアジア人が多いのでそういう傾向があります。

ただ行動だけということではいけません。信仰がとても重要です。お父様の言われたことをしました――それでお父様に対する信仰を持っているのかというのです。

家庭詐欺連合の多くの人は命令されたことをやったと言います。しかし信仰を失いました。心の中では韓オモニのように復讐に燃える憎しみを抱えています。彼女はお父様がやるように言われたことをたくさん行いました。もちろん原理をよく吟味はしませんでしたが。しかし、内的に信仰を失いました。それも悲惨なことです。

ですからパリサイ人になってはいけません。何回これをやったとか。それは悪い文化です。自慢してはいけません。自分がどれほどたくさん条件をやったかは関係ありません。重要なのは神様のためであるということです。見せびらかすことではないのです。

ヤコブは極端な行動主義者で、パウロは極端な信仰主義者かといえば、そうではありません。ヤコブは特に両方が必要だと言っています。パウロも道徳的になるべきであり、性的不道徳を止めるべきであると言っています。コロサイ人の手紙の中で、多くの章で異邦人に姦淫を止めなさいと言っています。心に割礼を受けたら変わるべきだと言っています。

パウロはカルバンやこういう人たちが作ったパウロ像ほど極端ではありません。というのもパウロは、自らの多くの記述の中で道徳的であるべきだと言っているからです。

彼らは都合のいい部分を選別してもっとグノーシス主義的に見えるように、信仰義認的に見えるようにしています。そういう駆け引きをしています。しかし、イエス様を見て、ヤコブを見て、それからパウロを見れば納得できます。パウロが極端なカルバン主義者でないことが分かります。彼は極端な信仰義認的教義を教えていないのです。

信仰をより強調しているのは、新しく来た異教徒コミュニティの対応をしているためです。信仰は強調しても、何でもやりたいようにしなさいとは言っていません。姦淫しなさいとは言っておらず、何度もそうした行為を止めるように言っています。
初代教会では、現代のプロテスタント主義やカルバン主義、ルター主義を教えていないということです。初代教会は原理を教えています。それが初代教会の教えていること――血統、王権、(蕩減)条件です。

5パーセントの責任分担――それは原理で大きな問題です。お父様は主要な預言書と摂理歴史上の中心人物を全て分析されました。何によってかといえば、5パーセントの責任分担です。

アダムの5パーセント、エバの5パーセント、ノアの5パーセント、モーセの5パーセント・・・原理は常に5パーセントのことを言っています。
彼らは信仰を持ち、神様が95パーセントを行っておられるので、みなさんは実体として100パーセントになるように行わなければなりません。実体を作り出さなければなりません。

これが全てを通して絶えず原理で注釈されていることです。責任分担は重要です。一度救われたらずっと救われるからもう責任はないので、勝手気ままにして罪を犯しなさいということではないのです。それがどれほどばかげたことが分かりますか。若者にとってそれがどれほど破壊をもたらすものか考えてみてください。人生がめちゃくちゃになります。男の子はホルモンの影響でものすごく性的に敏感です。すぐにサタン主義に陥ってしまいます。
教会の聖職者のことを考えてみてください。それが教えられたらどうなるかを。残念ながら実際そうなっていますが。――ばかげています。子供たちを破滅へと導き、完全に神様から引き離しているのです。

少なくとも神様がそういうことを嫌っておられることを伝えるべきです。非常に多くの教会ではその話を聞くこともできません。しかもデートをさせています。ばかげた話です。

ヤコブの初代教会はイエス・キリストを代表しており、マタイ5章、6章、7章の山上の垂訓からそれが分かります。イエス様が信仰と行いの両方をどれほど強調しておられるかが分かるのです。

極端なルター主義やカルバン主義ではありません。ですからもう一度言いますが、初期の原始教会では現代のプロテスタント主義やルター主義、カルバン主義を教えていません。初代教会は原理を教えています。

責任分担を教え、条件を教え、神様に喜びをもたらすことを教え、王権を教えています。現代の教会で誰が王権を教えているでしょうか。血統について誰が話しているでしょうか。誰もいません。
イエス様の死後、イエス様の血統圏がリーダーであったという歴史的な証拠があります。これは新しい本で明らかにしていることです。この本では、初期のキリスト教がイエス様と文鮮明師の教会のようであったという、この歴史的事実も明らかにしています。

私がまたこう言わなければならないのは、危険があるかもしれないからです。「王様はヤコブと行いを強調した」(と言うかもしれません)――しかし私は信仰も強調しています。聞いていますか。

信仰は悪いものだから行いだけにしよう――それではパリサイ人になってしまいます。それも止めてください。2つの脚、2つの腕、2つの目を持っています。片目だけでいいと思いますか。イエス様は片目でも天国に入った方がいいとおっしゃってはいますが。(笑)しかしそれは理想的ではありません。その方がいいということには賛成ですが理想的ではありません。理想的には両目があった方がいいです。

私がヤコブの話をしているからといって、パリサイ人になるべきだということではありません。彼らは互いを比較し合います。私はあなたよりもっとやっている、というように。我々はお互いに寛容であるべきです。
神様は我々に、「臆する霊」ではなく、「力と愛と慎みとの霊」に満たされると言っておられます。
ですからこうしたことを私が説教で話しているからといって、サンクチュアリはパリサイ派になるわけではありません。

(略)

我々はヤコブを高く評価できます。パウロの手紙も高く評価できます。パウロの手紙を捨ててしまう必要はありません。逆の結論を下すことも逆の間違いを犯すこともできません。ヤコブのことは守らなければなりませんが、パウロのことを全て捨ててしまうということではないのです。パウロを捨て去ることはできません。

パウロはとても重要です。彼はカルバンやルターのように教えてはいません。彼は強い信仰を教えながら、不道徳にならないよう教えており、カルバンのようには教えていません。混乱してはいけません。依然としてパウロの手紙に触発されるべきです。ヤコブにもイエス様の言葉にも触発されるべきです。どれも捨てる必要はありません。しかしやはり、パリサイ人になってはいけません。

(略)

ヤコブはある章の中で忍耐について多く語っています。第3章全体では言葉が破壊につながるという話をしています。我々は多くの場合にバカなことを叫んで、誰かの信仰が築き上げられようとしているのに、うるさく小言を言って彼らの信仰を傷つけてしまうことがあります。忍耐せずに、お母さんたちが子供にこういうことをしてしまうことが多くあります。小言は特に男性を損なう可能性があります。忍耐を持ってください。2週間前よりは、2カ月前よりは良くなっているのですから。彼も努力しています。
しかし同時に、何も言わず、全く叱らないというのもいけません。バランスを持つということです。

信仰と行い、両方を一緒に、羽の生えた輝く鳥の翼のように。それが聖書の示していることです。両方を高く評価することができます。お互いに信仰と行いを持ち続けましょう。信仰と行いです。
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《聖霊役事は贖罪精誠が重要です。感謝できる方のみお問い合わせ下さい。

2019年5月15日水曜日

キングスリポート 5/13,14(2日分)◆信仰だけでは左派になる。感謝の瞑想


信仰だけでは左派になる。感謝の瞑想


キングスリポート 5/13,14(2日分)

The King's Report 05/14(火)2019

チャット翻訳(英韓:ヨナ王妃、韓日:Yuko Morita)編集ファンクラブ
キングスレポートへようこそ。
今日の天一宮の天気は雨が続けて降ります。昨日に続いて今日も雨が降っています。アメリカのある州では今日雪が降る所もあります。 それに比べるとそんなに悪いことではないでしょう。しかし昨日に比べて気温はもうちょっと高い方です。
今日の聖書リマは使徒行伝20章です。
使徒行伝の20章ではパウロがギリシャとマケドニアを訪問する内容です。
20:2 そして、その地方をとおり、多くの言葉で人々を励ましたのち、ギリシヤにきた。
20:3 彼はそこで三か月を過ごした。それからシリヤへ向かって、船出しようとしていた矢先、彼に対するユダヤ人の陰謀が起ったので、マケドニヤを経由して帰ることに決した。
私たちは先週日曜日、パウロの神学や信仰を強調してはいたものの、その"信仰のみが"といったカルビンやルーターとは違うことをみました。
(カルビンとルターはユダヤ法のような形式はまったく必要ないというように言い、一番大事なのは信仰であり、ルターはその信仰を得るために罪を犯すべきだと話したりもました。 )
(またルターは「行ないのない信仰は死んだものだ」という内容が書かれたヤコブの手紙を憎んで聖書から破ってしまっても構わないと言いました。)

パウロがカルビンやルターと違うという証拠として、パウロはここ使徒行伝で見るように、ユダヤ教のコミュニティを探して働いています。 したがってユダヤ人に福音を伝えることはモーゼの法律を知らず守らないで、ということは難しかったでしょう。
私たちがややもすると行うことを強調するヤコブの重要性を強調すると、ヤコブが非常に間違っていると考えやすいです。
しかしパウロは信仰を強調してはいますが行いを捨てろとは言いませんでした。
パウロの信仰を強調することが間違いだったと言いながら「聖書ではパウロの書信(13個)を破って捨てなければならない」などと、ルターと同じ過ちを犯す愚かさをしてはいけません。

今回日曜礼拝ではキリスト教の初代教会がどれほど血統中心を強調して行われていたかを話しました。
ジェームス(ヤコブの英語表記)がイエスの腹違いの弟(異母兄弟)だという事実は、彼が初代教会に最も権威者だということでした。

注:moritaさん訳では「異父兄弟=이부동생」でしたが原文は이복동생=異母兄弟なので異母兄弟にしました。
ヨナニム訳原文:제임스가 예수님의 이복동생이라는 사실은 그가 초대교회에 가장 권위자라는 것이었습니다.
이복동생=異腹兄弟=異母兄弟 英韓辞典:younger sibling by a different mother
異父兄弟韓国語:이부동생, 의붓형제
韓国語音声でも이복동생と言っておられ、ヨナニムご自身のチャット訳表記も이복동생です。韓国語説教訳でも異父兄弟の誤訳ではないかという話が出ているそうですが、チャット表記も이복동생ですので、原音、原文通り異母兄弟と訳しました。
英語は異父兄弟、異母兄弟の区別がなく同じhalf brotherです。

ヤコブの手紙のヤコブはイエス様の血縁関係であることは確かですが諸説がありヤコブをマリアの子と決めつけることは今のところできません。流石にザカリアをイエス様の父とする考えに基づく説は載っていませんがその諸説はこちらを参考ください。→イエスの兄弟 - Wikipedia

そのような延長から見ると、初代教会でイエス様を慕うクリスチャンがイエスの血統である子供を欲しがったことが分かります。 行いを強調せず信仰を強調するキリスト教徒の姿勢は多くの病弊を現代社会にもたらしたのです。
アメリカでもメソジストは同性愛聖職者を公式化しようと投票しました。 結局アフリカメソジスト教が反対して公式にはならなかったのです。 今、ツイッターでは2つの性(男性と女性)以外は、性が世の中にないと言えば、検閲を受けてアカウントが停止される(有名な保守人)が起きています。
科学や現実は全く眼中になく、ただ自分の政治的な目的(民主党の次期大統領選挙)にのみ関心を示す姿です。
ある人たちは妊娠中絶問題についてキリスト教信者が赤ん坊の生命権を支持し始めたのが最近の現象であり、古代ではキリスト教徒も堕胎を支持したと言っていますが、話にもならないことでありそれは事実ではありません。
アウグスティヌスのその前からキリスト教の教会の父親たちは堕胎に反対しました。 主は神様を信じて従うクリスチャンたちをこの世の中の光と塩になれと教えてくださいました。
塩は、塩になるために多くの精製過程を経ます。 海の塩田で抽出される塩はほとんど70時間を沸かして作られ、土地の塩はその塩の精製過程に合わせて濾過され塩に作られます。
塩はそのまま食べれば塩辛いですが、他の食物の味を保護してくれます。 そのような塩になれとみ言を語られたのです。
パウロは異邦人までも受け入れるために(自分はユダヤ人だったが)ユダヤ人でなくとも神の子として養子になれると福音を説きながら彼らを受け入れました。
私たちがいつも信仰生活で考えなければならないことは、行いと信仰が一緒に行かなければならないという事実です。 それでは使徒行伝20章23節から読み直してみます。
20:23 ただ、聖霊が至るところの町々で、わたしにはっきり告げているのは、投獄と患難とが、わたしを待ちうけているということだ。
20:24 しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。
使徒行伝20章のすぐ前の19章にはパウロがエベソで異邦人たち(ユダヤ教人たちでない人たち)は、伝道された後、追い出される状況が生じます。
そして人々が福音を伝える(真実を伝える)パウロのみ言を規制しようとする姿が出ます。
使徒行伝19章37節
19:37 諸君はこの人たちをここにひっぱってきたが、彼らは宮を荒す者でも、われわれの女神をそしる者でもない。
となっています。これは当時にも検閲と規制があったことが分かります。 今、ツイッターでしているようにですね。実は左派になるのは大変簡単です。 何も考えずに付いていけば左派性向の政治性向が身につくのです。
左派は自分に反対する立場の人の検閲と規制が本当に好きです。

もう一度強調するのですが、常に私たちの信仰の道には行いと信仰が共にならなければなりません。
行いだけしても良くないという良い例は韓氏オモニから見つけられます。 韓氏オモニは真のお父様がしなさいと言われたことを表向きにはすべてしました。 でも韓氏オモニは表向きにはそれに従ったかも知れませんが、結局堕落の道に行きました。 その理由は真のお父様が再臨メシアだという信仰を失ったからです。
信仰がなく、行うことだけある信仰もまた本当に危ないのです。 また、信仰だけある信仰もまた危ないのです。

ただ信仰だけで救われると思って、多くの親は自分の子供といい関係を維持することだけを考え、子供達が"サタン"の道を行くのを残念がっていますが、そのまま公立大学に通わせれば公立学校で世俗的な教育に浸ります。
幼い頃から子どもたちを世の中に渡して、世の中が子どもたちを教育するように仕向けた後「どうして私たちの子供が信仰がないのか?」 と不思議に思います。
子供たちに幼い時から平和軍平和警察の教育を受けさせ、子どもたちに神様の教育をしなければなりません。 子供たちを世の中で頭角を現しながらうまくいくように願う気持ちは良いのですが、その心が子供を世の中に差し出すことになってはいけません。

世に差し出した子どもと信仰の途中にある親が水平的に関係がいいかもしれません。
表向きは関係がいいでしょう、安否も尋ねたりしてです。 しかしそのような表向きだけの親と子どもとの関係が良いとしても、子どもが世間の教育を受けて世俗的になる場合があります。 信仰がまったくないかもしれません。それならその子供は救われないのです。 そのような失敗をしてはいけません。
この世はまだ悪が支配する世の中です。 だから神様の愛している人々が鉄杖を所有し主権を持つことが大切です。 悪い政府と悪い勢力の力があれば、それに対抗できる社会にならなければならないのです。

神の王国でも人間は自由意志があるので悪を選択できます。
しかしその悪の分布度は非常に小さいでしょう。 また神様の王国は善が一番極大化されている社会だということです。 我々が一世代だけがとても賢くて信仰に満ちた世代であってはならないということです。
何が左派(結果平等社会ではない機会の平等社会)なのか正確に区別する賢さがあってこそ、国を亡国に追い込むことはないのです。また信仰があってこそ、その神の王国を善にして次の世代に相続してあげることができるでしょう。
私たちが信仰だけを強調すれば、左派になるということに注意しなければなりません。行いと信仰 のハトの聖霊の二つの翼を忘れてはいけません。
(休み時間)
時事リポート
キングスレポートへようこそ。ティム本部長とリサさんです。
米国と中国の関税戦が熾烈です。
米国と中国との関係は米国が需要者であり、中国は供給者で今は関係が規定されています。
例えばウォルマート(米国大型チェーンマート)は中国で多くの品物を作って輸入します。 中国は米国に輸出しています。
トランプがどのような戦略を持ってこのように中国に関税圧迫を加えているかを見ると、トランプは中国に、我が米国は君たちの中国ではなくても物を輸入できる他のオプションが多い、と脅しているのです。 インド、マレーシア、特にアフリカもあります。
賃金が安い労働力が得られる他の国で物を作って輸入するのです。 これは中国を非常に震わせるでしょう。
実は今、中国までも東南アジアの安価な労働力を利用して東南アジアから物を作って持ち込んでいます。

中国の立場は2年だけトランプを我慢すれば民主党左派大統領が米国に入国するだろうし、結局は中国の貿易はまたよくなると考えているようですが、トランプは2年を耐えられない状況を中国に作ろうと思っています。
ある人は米国の国債が中国が貸したものが多いのに中国が米国をそれを持って脅かしたらどうするのかと言っています。
国債を米国が中国に早く返せと言うことですね。しかし私(ティム本部長)が見るとそれは可能性が低いです。
なぜなら中国のそういうやり方は、結局アメリカ内で利子の引き上げをさせてアメリカだけではなく中国に逆打撃を与えるからです。
中国の人たちはいい人ですが、中国の国構造は悪です。 中国の共産党は中国の人口の5~10%しかありません。 その共産党が中国全体の軍隊と富を持っているのです。中国の共産党は破壊されなければなりません。 そのように中国にも真の民主主義が入らなければなりません。...
中国共産党が崩壊すれば、神の王国が地上に確立するのに大きな功労となるでしょう。
中国の共産党は領土拡張に明け暮れ(韓国の済州島、日本の沖縄と北海道をお金で買って)他の国の海岸を脅かす帝国主義的な中国の共産党はなくならなければなりません。
中国の攻撃は絶対に止まらないでしょう。 だからこそ今アメリカが再攻撃をすべき適切な時期だと思います。
ある人は中国との関税戦争が米国の景気に悪い影響を与えないのかと言いながら、米国内の商品を値上げするのではないかと言ったりもしていますが、米国の景気には大きな影響を及ぼさないだろうと専門家たちもみているのです。
◆トランプ大統領が連邦銃器レインジ(銃器場)の拡大に賛成する大統領法案にサインしました。
またその事業のために資金も確保できるよう助けました。
銃器場を拡大するためには銃器に伴った銃弾と事業が必要になります。
これからはトランプ大統領が全米銃所有の携帯証を(一つの州で銃器所有の携帯証を受け取れば他の州でも銃器を携帯できる法案)米国市民が受ける運動をしなければなりません。


◆今回フィラデルフィアの中絶手術所の前でペンシルベニア州の国会議員が、中絶手術所の前で祈っていたおばあさんに付きまといながら嫌がらせをする映像があがってきました。
おもしろいことにその映像に出る国会議員(民主党左派)が、自分でその映像を撮って上げたのです。 自分が中絶に賛成しているので中絶手術所の前で静かに祈りを捧げるおばあさんをいじめたのです。 彼のツイッターアカウントは今停止状態だそうです。
◆アラバマ州で赤ちゃんの遺骨とともに軍隊の訓練場が発見されたそうです。
その訓練場は子供たちが使えるようにデザインされており、ほとんど100台余りの自動車のタイヤの跡があったそうです。
このような訓練場はアメリカのいろんなところにあります。
最近ポール  ウィリアム氏がニューヨークのイスラムの軍隊訓練場に直接潜入してそこの実情を撮影して来ました。
このアラバマの軍隊訓練場は現在まったく使われておらず捨てられた場所として知られています。
◆休憩時間にリサさんが今日が自分の結婚記念日40周年だと言われました。
リサさんとローウェル長老の結婚40周年記念おめでとうございます。
私(リサさん)の祝福の経験は本当に美しくて感謝の行事でした。
◆インフォワーズの記事ですがポール・ジョセフ・ワトソンさんが記事を書きました。
ニュージーランドでは武装した警察が家を直接訪問しながら、市民の政治性向を聞きます。
あるニュージーランド人は15人の警察が自分の家に押しかけて、あなたと人種少数者らとなんの関係があるのかという質問を受けました。このニュージーランド人は保守の意見を持っている人で、その方は難民政策を強く非難する映像を作りました。

◆ビル・バル氏の記事です。
ビル・バル氏はトランプのロシア関連説を強調し、証拠として出した文書は民主党左派が資金を出して作ったものでした。
今回、モラーのトランプロシア関連説の捜査も水泡に帰してしまいました。またモラー特検のようにロシア関連調査に加わった人たちは自分たちの首を心配しなければならない状況になりました。
◆バーモント州は中絶の許容が最も自由な所です。 バーモント州の中絶許可はニューヨークとバージニア州の中絶法を非常に保守的に見せてくれます。
バーモント州によれば「女性は妊娠周期時期や中絶理由とは関係なく、妊婦が望む場合は必ず妊娠中絶をしなければならない。 それは女性の人権だ。」
実は米国では州ごとに中絶の法律が異なるため、本当に中絶を望めば州を越えて中絶を合法化する州に行って中絶ができます。
女性がこのように中絶という愚かな選択をすれば自分をルシファー・天使長に差し出すということです。
◆米国のあるエアラインの飛行機操縦士が飛行前に殺人の試みを3回したという容疑で調査を受けています。
この事件の容疑者はAmerican airlineで仕事をする機関長でした。これからはUnitedに乗らなければなりません
◆米大統領選挙2020年に何人かの候補者たちが出ています。
現在一番有力な候補はジョー・バイデンのように見えますね。

今日もキングのリポートと一緒にしてくださってありがとうございます。
神の王国が天で成されたように、地でも成されるその日までキングのリポートが一緒にします。

アーメン·アージュ


チャット翻訳(英韓:ヨナ王妃、韓日:Yuko Morita)編集ファンクラブ
キングスレポートへようこそ。
5月の天気にしては非常に寒い天気になっています。この寒さは火、水曜日まで続き、木曜日は晴れる予定です。今日の午後には雨の便りもありますね。
ほとんど華氏で20度程度の差があります。
土曜日にはとても典型的な暖かい春の日の天気でした。 子供たちが水泳もしたりしました。ところで昨日から下がった気温が4日ほど続いています 。日本にはとても美しい庭園がたくさんありますね。
私が覚えている一つは藤の花がとても美しい庭園でした。
東大寺はとても大きな仏像がある所です。
私が教会では生まれて大きくなって仏教に初めて接した時、仏教はとても神秘的で純粋だと思った時もありました。
しかし仏教は完全なものとはとても距離があります。
もちろん仏教の思想と哲学もとても不完全ですし。(輪廻思想をおっしゃっているようです。)
また仏教では社会的にも有名な大きな寺が自分の軍隊を持っていたとか、独裁者たちと完全に一つになって国民を弾圧したりしました。 その実を見ればその木がわかると聖書では言っていますが。
私が仏教に対してとても失望したことの一つは、仏教が作る社会が非常に独裁者的な階級社会だということです。 仏教という木がいい木ならいい社会という実を結ばなければならないのに、そうできなかったのです。
アメリカ仏教はその歴史がとても短かったので西洋人は仏教に対してとても肯定的な考えを持っているのですが、西洋仏教が同性愛を完全に受け入れて同性愛(者)と一緒に仕事をします。
また東洋のお坊さんが女性との性を禁止し、少年たちとセックスをした記録も日本にはあります。
私はほとんど7~8年間、仏教経典を本当にたくさん読みました。
そして今のような結論を出すことになりました。 (その実が悪だということです。 )
しかし一つ仏教が私を本当に助けてくれたのは瞑想部分でした。 瞑想を通じて(ほとんど毎日2~4時間をしました。 私の感情を主管して横にならない訓練、寝ない訓練などをしながら自分の主観と感情を完全に主管することに仏教がとても役に立ちました。
仏教の瞑想には様々な瞑想の種類があります。集中瞑想、仏瞑想、ヴィパッサナ瞑想などがあります。
ヴィパッサナ瞑想は特に通り過ぎる瞬間に名前をつける瞑想です。
仏教の思想は「永遠なものは何もない 。見える全てが、私たちが知っている考えには、その中に異なる下部構造がある。その下部構造を分析して入り込んで、そして私たちが持っている全ての概念を破る」ということです。
私たちは椅子が椅子だと思いますが、それは木と釘の組合せであることがその例だと言えます。 このようにヴィパッサナ瞑想は瞑想の中で全ての瞬間を分析するのです。 私はそのようにサマタ(集中瞑想)やヴィパッサナ冥想をたくさんしました。
仏教には多くの瞑想がありますが、まあ仏陀が飛んだり、美しい錦江の国を瞑想したりするような瞑想もあったのですが、そのような瞑想は私は好きではありません。 なぜなら武道をした私にはそのような瞑想がとても偽物のように感じられたからです。 サマタ冥想とヴィパッサナ冥想はそのように私の感情を主管するのにとても役に立ちました。
また私は自分の固有瞑想方式も作りました。それは息を吸いながら「私は生きている」呼吸を吐きながら「神様ありがとうございます」です。 とても簡単な瞑想ですが、私たちは私たちが呼吸できることを忘れています。
そしてその感謝の呼吸が神様から来たということも忘れてしまうのです。ある人たちは聖書の繰り返される祈りをするなという内容を言う人もいます。 聖書のみ言葉に基づいて反復する冥想の祈りが不便な方は、ただ息を吐いて吸いながら真のお父様に感謝します。 人生に感謝します、など内容を少し変えてもいいでしょう。 瞑想を始めるときは私たちの考えがどれほど混乱しているか驚かされるでしょう。
瞑想中何も考えずに自分を無の考えに持って行くのはとても難しいことです。 考えてみてください"考えないで下さい"と言っても結局は何かを考えているではないですか。だから呼吸を通じて私は生きている、神様感謝します。 を集中して5分繰り返すことは容易なことではありません。多くの若者は自分が感情的に腹が立ったり、そうでなければ退屈だという考えになり、すぐに携帯電話に行きます。
ゲームをするか自分のソーシャルメディアを見ます。
それは問題を根本的に解決するより自分のストレスをそのまま横へ押し向き合わないことです。結局疲れることになります。ある人がストレスを受けた時には否定的な考えをたくさんするようになり、感謝とは全く思いません。 しかし自分がストレスを受ける状況になった時、息を吸って息を吐き出し、感謝の冥想をすれば、それは自分の状況を感謝に切り替えるのです。
今日の聖書リマは詩篇23章です。 息を吸いながら「主は私の牧者だ」「私に不足は全くない」「私を青い水辺に導いてくださるのですね」こうして息を吐きながら吸って吐きながらみ言葉の瞑想ができます。 私と一緒にやってみましょう。私の一生の善と主に必ず従うのですから私がエホバの家で永遠に生きるのです。(聖句のようです)
瞑想の息は非常にコントロールされた息です。息をゆっくりたくさん吸ってとてもゆっくり吐き出すんです。 科学的にもストレスを受けた時、深い息を吸って吐くと多くの酸素を継続的に脳に供給しますのでストレスレベルが下がるんです。ただ携帯を置いてください。
外に出て自然の空気を吸ってください。非常に短く1分から2分でも大丈夫です。 ある研究結果では9回深呼吸をすれば自分の感情の状態が変わるそうです。
皆さんが今日は本当に自分の気持ちを憂鬱にする日だったと思ったならば、ぜひ9度の深い呼吸をしてみることをお勧めします。 腹が立ったときは息が速くなります。
自分の息がどんな状態にあるかチェックしてみてください。9度の深い深呼吸は私たちの感情の状態を完全に変えることができます。

私のクイーンが5人の子供たちを育てながら、腹が立ってストレスを受ける時、私は私に来るように言い、9度の深い呼吸を一緒にしたりしました。そんなに9回の呼吸後はむしろ澄んだ頭と精神状態で子供たちに腹を立てずに対することができました。 現代人たちはその集中時間が7秒だといいます。
それは金魚の集中時間と同じくらい短い時間ですが。私はたくさんの瞑想をしましたが、集中瞑想や瞬間だと名前をつける瞑想などをするとそれもとても虚しいと思いました。 そうして神様に感謝する冥想をしたら本当に私の心が喜びでいっぱいになるのを感じました。私たちが生まれた瞬間にすぐすることは息を吸い込むことでしょう。そして私たちが死ぬ瞬間、最後にすることが息を吐くことです。
もしかすると象徴的に私たちの人生は長い一つの呼吸なのかもしれません。 ある人に嫉妬を感じたときもその感情に完全にとらわれて完全に自分が蚕食、虫食いされずに、伝道をしながら、そうでなければ万物復帰をしながらただひたすら忙しくするのではなく、9回の呼吸と感謝瞑想をするのです。
ただ忙しいのは自分の体にも限界があるということを忘れます。 激しい運動をする運動選手たちは自分の激しい運動後に必ず休まなければならないということを知っています。 深い呼吸は、ストレスを感じ 怒った状況で私たちが休める時間を作ってくれます。

今日のリマの詩篇59章を見ながら一緒に感謝呼吸瞑想をすることもできます。
59:1 わが神よ、どうかわたしをわが敵から助け出し、わたしに逆らって起りたつ者からお守りください。
というみ言葉を読みながら戦場で敵と会う前に、この句を読みながら瞑想をすることもあるでしょう。
(ヨナ王妃:さっきは体がとても痛くて病床に横になっていてもこの瞑想ができるとおっしゃっていました。 皆さんが感謝の冥想をしなくても問題ありませんが一度して見れば良いと思います。 きょうはここまでキングスレポートのリマ-部分をおわります。
(「柔術やボクシングのとても驚くべき実力を示す選手らの間でも、とても個人の暮らしが紊乱で未成熟な人がいる」という話も、二代王様がされながら「そのような人たちは自分の内なる人も管理していない人たちである」ということをおっしゃいました。 そう言われながら神様のみ言葉と感謝の冥想を再び強調なさったりもしました。 )
時事リポート
キングスレポートがティム・エルダー種族王にまた戻ってきました。
先程、二代王様がリマで詩篇59章の「私の敵から私を救い出してください」というみ言葉を読まれたのですが、 私に笑いが出ました。私の敵というのは私には本当に一緒にディールしがたい人々です。
これはほとんど10年にもなる問題です。神様がそんな人たちを私の横に置くことも私の性格を磨いてくれようとしているという事実をよく知ってます。

◆イランの動きがとても危ないです。 湾岸でイランと米軍との軍艦が対峙しながら緊張が高まっています。 最近、北朝鮮もミサイルを発射しました。 戦争の気運が漂うのではないかという分析も多く出ています。
湾岸に運ばれた米国の空母に対し、イランのメディアは米国の脅威は機会になったと述べながら、米国に少しでも攻撃の様子が見えれば米軍の頭を打つと話しました。
これは、イランの石油輸出ルートが、今回の5月に断絶し、アメリカの経済制裁網を突破して石油を輸出できる方法を模索するために、このような挑発をしていると分析されています。
フォックス社の記事です。
◆人身売買の犠牲者が米国で特に未成年者だという事実の告発です。フオックス社は人身売買の記事を継続的に書いています。
フオックス社によるとアメリカで起きているほぼ90%の人身売買は他の国で人身売買されて米国内に入ってくるのではなく、アメリカの市民たちからなるものです。
このような未成年者の人身売買と性接待、性奴隷として生きる女の子たちの状況を見れば、彼女たちは最初は自分の父の象やボーイフレンドだと考えており、結局性の奴隷に転落する過程になっていました。
ある性奴隷と人身売買の犠牲者の未成年者の15歳の子供は、ゲームで会ったある男性と付き合いながら、だんだん自分の友達も満足をさせてくれるなら嬉しいというその男性は多くの男性たちを連れてきて、 その後はその女性に麻薬と酒を与え、その女性に継続して性奴隷の生活を送るようにさせたそうです。
他の風俗業から脱出したある女性の供述によれば、自分は10歳の時、自分を虐待する母親から脱出を助けてくれるという男性に自分を任せたと言いました。
その過程で10歳の子は自分が妊娠すると、13歳の他の人身売買の犠牲者の女性が自分に妊娠中絶手術をしたと証言したりしました。
米国の83%の人身売買は米国市民であり、ほぼ不和な家庭を持っている場合が多いということです。 またその犠牲者の半分以上は未成年者だと言います。
世の中には本当に多くの悪があります。
人間が自分の自由意志で善を選ばずに悪を選択することは神の心情を本当に痛くします。
今日この記事を伝えながら私の心も本当に痛いですね。
フィリピンではある性奴隷の人生を生きさせようとするとき、一人の少女をホテルに押し入れて、約15分ごとにお客を受けながら、そのような人生をその少女が生きるようにしました。
人間はただ肉の塊にしかすぎないと思ったのです。 たとえ我々がこのようなことを直接目撃しなかったとしても、私たちは世界で、そのようなことが起きていることを認識すべきです。
私たちがこのような状況を直・間接的に助けることができる心を育てるのも神様が喜ばれることだと思います。 これから話題を少し変えてみます。

CNBCの記事です。
◆米国と中国の貿易戦争は実は最近のことではありません。
約100年を越える歴史があります
イギリスと中国にアヘン戦争があった時から、アメリカは一時期イギリスの植民地にあり、中国とアメリカの貿易摩擦がありました。
19世紀は中国には実に大変な時期でしたね。アヘンで中国の国はとても大きな打撃を受けて、全世界に大きな辱めを受けました。 中国共産党は過去を否定することでとても有名です。 儒教も仏教の過去もすべてその跡をなくせと、それらはすべて過去だ、全部削除しろと言います。
アヘン戦争の歴史も忘れろと言いました。 でも最近中国の経済成長が前のようではないので中国は他の戦略を使っているようです。 中国の経済成長が高速道路につながれ、中国の貧富の格差は大変深刻になりました。
中国はそれを、おまえたちもこのような高速度経済成長の中でお金持ちになれるというように語ってきました。 しかし今はそれがままならないので中国は自国の巨大中国の人口をコントロールする戦略を変えたように見えます。 まさに過去の復讐をしているように自分たちを辱めた西欧社会に復讐しようという戦略です。
最近こうした動きを捉えたいくつかの米国の企業は、中国から足を抜いたりもしています。 最近中国のビザが良く再発行されていないとかの異常な気配を捉えたのでしょう。そうして中国は中国優越主義と国粋主義の方向に向かっているようですね。
最近習近平の若者のための演説でもこのような様子を見せました。 最近中国は米国との貿易交渉を否定する言及もありました。
中国はインドネシアの南海岸も中国領と規定しました。、そこに人工衛星をしました。これも2050年まで大中国を作ると約束した習近平の対中国計画の戦略の一環だと考えられます。 最近中国の共産党は遅れた中国の経済成長の速度を加速させるために、中国経済に多くのお金を印刷して解決しました。 しかしそれはとても短い効果であって長期的に中国の経済にインフレーションを与えて大きい打撃を与えるかもしれません.
◆米国とソ連の関係でもレーガンがソ連に引き続き経済圧力を与え、ソ連が崩壊しました。真のお父様 がソ連の崩壊を1980年代に予見をされた時、人々は真のお父様を馬鹿にして笑いました。 しかしソ連の崩壊当時、外国メディア記者局に座っていた私は、ソ連の経済が底を打ってグラフが下がったその状況をはっきり覚えています。
皆さんの考えでは中国があまりにも強気だと思われるかもしれませんが、中国に米国が引き続き圧力を加えれば、中国の経済も完全に崩壊しかねない状況になる可能性があります。
米国が中国と協約した米国の知的資産と貿易機密、技術資産、競争政策などを中国は自分の憲法を変えながら破棄して捨てようとしています。
私の考えでは中国が崩壊するまで続けて中国に貿易の圧迫をかけなければなりません.
◆ハリウッドの女優が今回のジョージア州の中絶不法化(6週以後中絶禁止)になったことに憤りながら、セックス・ストライク(ジョージア州の中絶が再び合法化するまで声を高めようと)キャンペーンをしようと乗り出しました。
◆米国連邦政府顔面認識の捜査に投入される資金は2018年には136ミリオンドル2025年には375ミリオンドルに増加するものと推定されています。
顔面認識捜査のデータベースは、結局人々がソーシャルメディアに掲載する写真を基盤としています。
このような顔面認識捜査にはプライバシー侵害との境界が非常に曖昧で、今後多くの問題をもたらすものと考えられます。
ナイジェル・ファラージ(ブレグジットを初めて率いた英国国会議員)の新政党は今回の英国国会選挙で大きく宣伝を行いました。
彼の政党は労働党と保守党を合わせたものよりも大きな票を得ました。 5月に実施することにしたブレグジットを水泡に帰させたので、英国の国民が労働党と保守党に怒るのも理解できます。
◆ペットの病気が人にも移るか という記事もありますね。
◆保守言論は検閲しながらもアイシスがフエイスブックを通じて自分のジハード(イスラム王国)の発表には検閲しないフエイスブック。
その終りがどこなのか気になりますね。 今日はこのようにキングスレポート放送を終わらせようと思います。
神の王国が天で行われたように地でも行われるその日まで。
アーメンアージュ
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