福祉共産主義 文亨進二代王マルスム
2016年4月6日水曜日■「하나님의 王國의 秋收(추수)」神の王国の秋収(秋の収穫)より
2016年4月6日水曜日■「하나님의 王國의 秋收(추수)」神の王国の秋収(秋の収穫)より
▼亨進ニムの御言葉2https://youtu.be/84NZ6wtoUP0 by韓国日本聖殿翻訳チーム
その内容を私たちはたくさん見ましたが、今日はマタイの福音書13章24節から30節までを一緒に読んでみましょう。
マタイによる福音書13章
24 また、ほかの譬を彼らに示して言われた。「天国は、良い種を自分の畑にまいておいた人のようである。
25 人々が眠っている間に敵が来て、麦の中に毒麦をまいて立ち去った。
26 芽がはえ出て実を結ぶと、同時に毒麦もあらわれてきた。
27 僕たちがきて、家の主人に言った、『ご主人様、畑におまきになったのは、良い種ではありませんでしたか。どうして毒麦がはえてきたのですか。』
28 主人は言った、『それは敵の仕業だ』。すると僕たちが言った。『では行って、それを抜き集めましょうか』。
29 彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして麦も一緒に抜くかも知れない。
30 収穫まで、両方とも育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈るものに、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。
アージュ。ここで分りやすく言えば、麦の中に毒麦、悪い種(がある)。良い種を蒔こうとしたが、敵が来て毒麦、悪い種を蒔いたでしょう。私たちは簡単にこれは堕落についてだとすぐ分るでしょう。堕落と絶対性。絶対性と堕落性。堕落の性行為。原理を知っている人たちはこのことだとすぐに分るでしょう。ここですぐ分ります。もちろんクリスチャンの兄弟たちには、この内容はパッとすぐには堕落についてだとはっきり分らないでしょうが、原理を少しでも知っていれば分ります。そうでしょう?
神様は良い種を蒔こうとしたが、敵が来て悪い種を蒔いた。すぐわかるでしょう?これは絶対性。神様は絶対性を蒔こうとされたが、サタンは悪い性。堕落(を蒔いた)。そうでしょう。そうして世界が、全ての畑が滅ぶでしょう。
本来、私たちは原理にある堕落について考える時、霊的堕落と肉的堕落。絶対性が崩れて堕落の性行為を見ることができます。しかし、このような内容がどのように王国と関連があるのか分りません。そうでしょう?私たちが理解しなければならないことは、全ての国、共産主義、社会主義、民主主義関係なく王国も含めて、すべての国民・民族の性の習慣、性行為と政府の法律は繋がっているということです。繋がっているのです。民族、国民の性行為、習慣、道徳は、国・政府の法律と関連があります。例をあげると、何ヶ月か前にRタイプとKタイプの存在について勉強したでしょう。遺伝子。K遺伝子、R遺伝子。
では、国立福祉制度と私立福祉制度を見てみましょう。国立福祉制度。見てください。どのように性行為と国の制度・法律が関連があるのか?大きく関連しています。どのように関連があるのか?
左が国立福祉制度。右が私立福祉制度です。国立福祉制度が始まるとどうなりますか?政府からお金を受けようとすれば、女性は男性と離婚したという証拠、離婚証明書を提出しなければなりません。その離婚証明書を見せて福祉を受けるようになります。ですから国の福祉が始まった後では離婚率が上がるでしょうか?下がるでしょうか?上がるでしょう。何故ならば、これ(離婚証明書)を見せてこそ福祉を受けることができるので。ですから国の福祉は一旦、離婚率をあげさせることになります。
その次にその女性は他の男性と関係を持って子供を産んでも国の福祉を受けることができます。他の男性とずっと性関係を持ちながら子供を産んでもそれでもずっと国のお金を貰える、市民たちから税金として奪ってきたお金を受け取る。そうでしょう。それは絶対性を支持・支援していますか?でなければ、堕落の性、フリーセックスを支援していますか?どうですか?国の福祉はフリーセックス文化を支援しています。離婚・家庭破壊を支援しています。女性が離婚して他の男性と次々と性関係を持ち続けて子供を産んでもずっと国のお金を受け取れます。国のお金ではないですね。市民たちのお金を受け取るのです。実は国のお金ではありません。国は市民たちのお金を奪ってくるのでしょう。市民たちのお金で資産を作るので。
それで私たちはここで分るでしょう。国の福祉は無責任な習慣、市民たちの無責任な性関係を育てます。そうして国はだんだんと滅んでいくでしょう。国の福祉があれば、人の道徳性の質が落ちます。何故?何人かと性関係を持ってもお金を受け取れるので。他の多くの男性や女性と性行為をしても関係ないので。国が全て負担してくれるので。国の道徳性が落ちます。そのようにして無責任な女性と男性を作るので、子供を産んだ時にその夫婦は子供の面倒を見ようとしません。ほとんど投資しません。多くの子供たちに比べ、ほとんど投資されません。そして下の最後の部分を見れば、国の福祉では男性への憎しみ、男性は悪いという文化を作ります。男性が悪い。一旦、男性を追い出してこそ、国のお金を貰えるので。男性と夫を憎む文化を作ります。そのような点で私たちは国民の性行為と道徳性と政府の法律の関連性を見ることができます。
▼亨進ニムの御言葉3 https://youtu.be/cHZJ_7kFLt0
さあこの私立福祉制度を見てみると…。
コリント書(コリント人への第一の手紙)を見てみましょう。Love is kind, Love is…というのがあったじゃないですか?コリント人への第一の手紙第18章? 13章。(妍雅ニムに)一度、読んでみて。
1 たといわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい繞鉢(にょうはち)と同じである。
2 たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もしわたしに愛がなければ、わたしは無に等しい。
Love is patient, Love is kind とあるでしょう、少し先に。
4 愛は寛容であり、愛は情け深い、また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
5 無礼をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
6 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
7 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
8 愛はいつまでも絶えることがない。
さあ、聖書の有名なコリント人への第一の手紙第13章には、愛についての話しが多く出てきますが、韓国語ではそのまま愛(サラン)と出てますが、その国の聖書の原語を見てみると、愛というだけでなくチャリティは何と言いますか?慈善、もしくは慈悲。慈善?慈悲?…慈善。他の人を助けること、慈善。そうでしょう。
さあ、イエス様が来られて愛のことをたくさん語られましたが、また、慈善について語られましたが、全共産主義野郎たちはイエス様は社会主義を話していたと言っています。可哀想な人を助けよ、貧しい人々を助けよ、そうでしょう。多くの国が支援する共産党たちの教会はこのような事を教えています。国で財閥たちが既に教会を買収してしまったから。
イエス様はいつ?いつ?いつ?…来られながら、国を建てながら政府を作り、その政府が全ての人から税金を盗み取り、貧しい人々を助けなさいと…いつそのように話されましたか?一度もありません。「お前が貧しい人々を助けなさい」個人責任。「お前が人を、病んでいる人を愛してあげなさい、助けなさい。お前が私たちに」、個人的責任だと話されました。
さあ、米国の様な場合は大きな国家の(運営する)福祉財団が(おこる)以前は、1万個以上の福祉財団が存在していました。国家福祉、詐欺国家福祉ではなく、私立福祉制度でした。チャリティワークを何と言いますか?慈善?慈善団体。慈善団体が1万個以上ありました。「その政府が福祉をしなければ誰も慈善や福祉をしないじゃないですか?」愚か者達!分かっていません。歴史を知らない愚か者達。国の福祉が無いとき、もっと良い福祉が出てきます。また、数万の福祉が出てきます。個人たちが主管している福祉。イエス様のみ言を受けてその教会がする福祉。
米国の巨大な滅亡(退廃)した国家福祉財団が現れる前には、1万個以上慈善事業がありました。慈善事業が生まれました。カトリック教会の慈善事業がありましたし、プロテスタント系の慈善事業、黒人教会の慈善事業、アイルランド系移民の慈善事業もあり、何?修道女達の慈善事業もあり。ありとあらゆる、あらゆる、あらゆる。
事実、国に行かなくても、その多くの多くの慈善事業にいって福祉を受けることができていました。ところで、顔(正体)の見えない政府からただお金だけ受けとるのではなく、実際に目の前にいる人々から援助を受け、教育も受け、発展させながら、責任を持つ人間になりながら、勝利する事ができる人になれるようにしてあげ、人々が投資しながら私との関係を再び作ってあげ、教会につながったり慈善事業につながったりする、本当の人たちのネットワークを育てるようになっていました。
ですから、簡単に話せば、その教会、その村、グループがその人に投資しながら育てるようになります。ただお金だけを与えてあげるのでは無く。責任感を植え付け助けてあげます。
ですから、私たちは、私立福祉財団の内容を見てみると、各慈善事業体が、各市民が行う慈善事業体。一旦(比べてみて)効果的には、はるかに効果的であり、なぜですか?その人を直接に知っていますから。顔(正体)の無い政府から受け取るのでは無い、その人の家庭の状況、子供達、全て知っていますから直接に。ケアーする事ができる、そうでしょう?その次に、責任性を植え付けるので、人々の道徳性が高まるようになります。
政府みたいに、離婚証明書はあるのか?たくさんの男と関係を持った?子供が産まれたか?お金、お金、お金、お金。無責任、滅亡するけれども。個人が慈善事業をしたならば、責任感を植え付け、「ああ、そのような生き方をしてはいけません。そんな生き方をすれば、あなたは滅亡します。私たちはあなたを愛しますので、あなたの為にお祈りします。あなたの為にこれを投資する。私たちの事業で働いてみなさい」など。このようにしながら、責任感を植え付け、道徳心を育てながら人々を助けます。
今、天国を建設したいのですが、どちらの方法がより優(すぐ)れていますか。人々を無責任にさせるのか、もしくは責任感を植え付けるのか、どちらですか?皆さんの子供達にはどうでしょう?無責任になって植え付けたいですか、それとも責任感を植え付けたいですか?責任感を植え付けたい(持って欲しい)ですね。
ですから、慈善事業の内容は責任感を植え付けますから、その人たちが家庭も生かすことができるのです。なぜかといえば、その父母たちに責任感が生じれば生じるほど、子供たちにもっとたくさん投資します。さらに多くの良い質のあるこの子供たちに育てることができます。
今、天国を建設したいのですが、どちらの方法がより優(すぐ)れていますか。人々を無責任にさせるのか、もしくは責任感を植え付けるのか、どちらですか?皆さんの子供達にはどうでしょう?無責任になって植え付けたいですか、それとも責任感を植え付けたいですか?責任感を植え付けたい(持って欲しい)ですね。
ですから、慈善事業の内容は責任感を植え付けますから、その人たちが家庭も生かすことができるのです。なぜかといえば、その父母たちに責任感が生じれば生じるほど、子供たちにもっとたくさん投資します。さらに多くの良い質のあるこの子供たちに育てることができます。
そして、責任感と慈善事業は、責任感を植え付けるだけではなく、国の福祉のように男性や夫を追い出すことがありません。なぜ?子供のために最大限努力しなければならない。夫婦が一緒に生きることができる、子供達のためにも。その現実がわかりますから、慈善事業の内容は特別に宗教を中心とした慈善事業は、常に家庭を再び、家庭を重要視します。政府のように家庭は関係無い、実際必要無い、政府だけ必要だ。このような文化ではなく。
ですから、夫や男性を尊重する文化が生じるようになります。社会的に見たら、父親が家にいることが、第一に重要なことです。子供達の未来への教育、子供達の未来の為の収入、子供達の未来の結婚、子供達の未来の犯罪率、これらとみな連結されています。父親がいる家と父親がいない家、犯罪率などや教育率などや。教育率など、比較もできません。父親がいない家の子供達は、はるかに危険性が高いです。この後で統計を見てみます。とにかく、このような内容は雲泥の差です。国立福祉制度と私立福祉制度、もしくは慈善制度。
ですから、天一国では国の福祉は違法です。なぜですか、国の福祉はまず、市民たちのお金が盗んでいきます。これは不法です。そうですね。その次に市民の責任感を植え付けず、どうしますか?家庭破壊とフリーセックス文化を作ります。国家福祉制度を始めて100年が過ぎてみたら、国はすぐにフリーセックス文化になります。韓国は国家福祉制度がもう50年になるでしょう、30年?そうしてすでにフリーセックス文化になってしまいました。米国はもう70年になります。75年になります、76年?もうフリーセックス文化です、これは。
なぜ?この政府の法によってこれが生じました。家庭破壊、男性を追い出してしまえば、お金をもらえる。男達とたくさん、たくさん、たくさん関係を持って子供を産んでもお金をもらえる。そうなれば国は滅亡します、米国のように。米国のように滅亡します。
なぜ?この政府の法によってこれが生じました。家庭破壊、男性を追い出してしまえば、お金をもらえる。男達とたくさん、たくさん、たくさん関係を持って子供を産んでもお金をもらえる。そうなれば国は滅亡します、米国のように。米国のように滅亡します。
▼亨進ニムの御言葉4https://youtu.be/LD3wF1vGNGk
じゃあ この内容、私たちがさっき読んだ…種と毒麦、毒麦と穀物、(混じり物の入らない)穀類…
この話について。
(マタイ福音書13章)36節から…弟子達が家、部屋に入ってイエス様に聞きます。その内容が何の意味か、もう一度皆一緒に読んで見ましょう。
36 それからイエスは、群衆をあとに残して家にはいられた。すると弟子たちは、みもとにきて言った、「畑の毒麦の譬を説明してください」。
説明して下さいと言ったでしょ?
説明して下さいと言ったでしょ?
37 (イエスは)答えて言われた、良い種をまく者は、人の子である。
38 畑は世界である。良い種と言うのは御国の息子たちで、毒麦は悪い者の息子たちである。
39 毒麦をまいた敵は悪魔である。秋収(しゅうしゅう)とは世の終りのことで、刈る者は天使たちである。
40 だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終りにもそのとおりになるであろう。
41 人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、
42 炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
43 そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。
アージュー じゃあここから見ましょう
(37節)答えて言われた、良い種をまく者は、人の子である。人の子、人の子は誰ですか?神様の息子という意味です。イエスという意味でしょう。キリストという意味でしょう。ですから、その良い種、その良い種は何処から出てきますか?人の子から出ます。神様の息子。キリストから出ます。そうでしょ?
その次、ここから良い種と言うのは御国の息子たちで、毒麦は悪い者の息子たちである。 じゃあ、この話を考えてみると、帰宅されるでしょう?ここ。ここを見てみると、(マタイ福音書13章29節)主人に来て、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない(と心配した)。
一旦主人はその毒麦を、雑草を触るなと言ったでしょう?一時的に。秋収(しゅうしゅう=秋の収穫)の時に抜けと言ったでしょう?秋収の時に刈れ。そして火で燃やすでしょう?そうでしょう?これは本当に重要な内容です。天一国で、天一国王国では自由選択があります。
そしてここでヨハネの黙示録を見ても、千年行く王国にイエス様が来られ、千年王国を建てるのですが、サタンが再び上がって来ます。千年後に。サタンが再び上がって来ながら、サタンはまた打ち下ります。地獄に送ります。神様の王国にも悪なる事がまた起こり得ます。これを理解しなければいけません。あまりにも理想的に夢の様にファンタジー的に考えてはいけません。これは王国、国ですから。悪なる者達もいる事は有り得ます。生じることがあります。そうでしょ?
じゃあ見てください。ここ。
(38節)良い種と言うのは御国の息子たちで、毒麦は悪い者の息子たちである。
見て下さい。神様の王国にも悪なる者の息子達も起き上がる事が出来る。悪なる者とは何ですか?
政治的に見たら何ですか?共産主義。共産主義です。そうでしょ?サタンの理論。共産主義。
ソクラテスについて私達は先週勉強した様に、一世が一生懸命仕事しながら全て開拓してビルも建て、物凄い汗を流しながら働かなければいけません。そうでしょう?その次二世からもう少し豊かに過ごしながら、弁護士になり、医者になり、とにかくその様になります。三世から、とても富裕な中で育ったので三世から共産主義に嵌(はま)る様になります。何故か?余りにも富裕に暮らしたので、自分達は一世の様に開拓という事を一度もしなかったので、そのまま受けて受けて暮らしたので、(これは当然だろう、国がするべきだろう)と、この様にして共産主義になります。三世から共産主義の思想が入って来ます。いつも、何処を見ても。いつも。
だから、王国も。神様の王国も建ち始めて三世から、この国で自由と責任がとても大きいので、自由がある時に富裕がとても出ます。富裕が。事業も上手くいき、物凄い創造力を通して新しいテクノロジーも出て凄い国になります。とてつもない富裕の国になります。しかし三代が過ぎるとソクラテスが言ったように問題が出ます。三世から共産主義が合っている。悪なる者の息子達が現れます。その国に。そうでしょう?
(39節)毒麦をまいた敵は悪魔である。秋収とは世の終りのことで、秋収とは世の終わりのこと
刈る者は天使たちである。 刈る者は天使たちである。天使達。だからその天使達が何をしますか?その天使達が行って、その毒麦を刈って火に投げなければいけません。
神様の王国の天一国でも三代から社会主義と共産主義の者達が現れた後でも、天一国の法で国は、GDP(国内総生産)が10パーセント以上を超える事が出来ません。政府、サイズ、大きさが。福祉も、国の福祉。市民の福祉でなく、国の。市民達がお金を盗んで行く福祉は不法。国の教育は不法。国の銀行は不法。国の自然保護は不法。市民達がそれらを全てする事が出来ます。国家の中央内容は不法。私が私の子供達を私の宗教、価値観で育てる事が出来る自由!国の共産主義教育の子供達が正しいとする必要のない国。中央組織政府が不法という国です。市民達の自由は最大に大きく。
じゃあ、その国でも見て下さい。社会主義。悪なる者の息子たちを、毒麦をまいた敵は悪魔である。悪魔!悪魔の内容が出てきます。もう一度。その社会主義、共産主義の若者達に勝ち抜かねばならないのは誰ですか?天使です。天使。じゃあ本来天使を考えてみると、ここでは、ヘブライ語です。ここです。アガロス。ここ。ヘブライ語。アガロス。
私達は天使を考えてみると、羽がある霊人、こんな風に考えるでしょ?しかし、聖書を見るとアガロスは、勿論そういう意味もありますが、とにかくアガロス天使は人です。人。人もアガロス天使になれます。
マタイ福音書11章10節。ルカ福音書17章24節、9章52節、ガレテヤ書4章14節、ヤコブの手紙2章25節を見てみると、天使たちも人になる事が出来ます。不思議でしょう?これは本当に重要です。何故か?
その悪なる種。毒麦の種、悪なる息子、子供達、社会主義、共産主義が起きる時、天使たちが行って闘わなければいけません。天使たちはいつも霊人ではありません。人になる事が出来ます。天使も。
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