<ユダヤ民族と韓民族>グローバリズム勢力闇歴史
⑨イベリア半島追放後のセファルディの歴史
講話:S講師
イベリア半島追放後のセファルディの歴史
1492年のイベリア半島追放(アルハンブラ勅令)により全てを奪われたセファルディムは、単なる避難民にとどまらず、
独自の国際ネットワークと高度な知性を武器に近代世界システムの骨格を創り上げた
「見えざる帝国の設計者」たちです。
彼らの足跡は、そのまま世界経済の覇権移動の軌跡と重なります。
地 中海でのネットワーク再構築とオスマン帝国の繁栄(16世紀)
近代資本主義の完成とオランダ黄金時代(17世紀)
大英帝国・アメリカの「体制側(エスタブリッシュメント)」への完全同化(18世紀〜19世紀)
イギリス帰還後、イングランド銀行の設立や国債システムの構築に関与。
産業革命や植民地拡大に必要な天文学的資金の供給源となりました。
イギリスでは「カズンフッド(従兄弟網)」を形成して
土地取得やパブリックスクール教育を通じてジェントリ・貴族階層と同化。
アメリカでは建国期から資本主義のルール作りに深く関与した
「グランディーズ」としてWASP層と融合しました。
スペインでの王の個人的な庇護に頼る危険から脱却し、
議会・法・市場という「近代国家のシステムそのもの」に自らを組み込むことで、
二度と迫害されない強固な立場を確立しました。
そんなイベリアの灰から立ち上がり、
国家というハードウェアを乗り換えながら
資本主義システム(ソフトウェア)を世界に刻み込んだ彼らの軌跡は、
近代史を読み解く上で欠かせないもう一つの主軸です。
⑩アシュケナージ・ユダヤ人の歴史
講話:S講師
アシュケナージ・ユダヤ人の歴史
古代の離散から中欧・東欧での受難を経て、
1948年のイスラエル建国に至る
アシュケナージ・ユダヤ人の歴史を見ると次のようになります。
1. 古代の離散と中欧定住(1~10世紀)
紀元70年のエルサレム陥落後、イタリア経由でドイツ・フランス方面へ北上。
フランク王国の保護下で長距離貿易に従事しました。
2. 十字軍と西欧からの追放(11~13世紀)
1096年の第1回十字軍でライン川流域の街が襲撃され、大虐殺が発生。
「血の中傷」などのデマや黄色バッジ着用などの制度的隔離が定着しました。
金融業に押し付けられて重税を課された後、
13世紀末~14世紀にイングランドやフランスから全面追放されました。
3. 東欧への移動と黄金時代、そして転換点(13~17世紀)
経済発展を狙うポーランド王に招かれ東欧へ移動。
独自の村や自治機関を築き、領地管理を担う黄金時代を迎えました。
ポーランド貴族の代理人として支配実務を行っていたため、
ウクライナ農民・コサックの反乱の標的となり凄惨な大虐殺に見舞われました。
4. 精神の進化とロシア帝国での受難(17~19世紀)
ポーランド分割によりロシア領に組み込まれ、
居住が限定される「定住区」へ封じ込められました。
幼年兵制度などの差別政策に加え、
1881年以降は暴力的な襲撃「ポグロム」が頻発しました。
5. 離散の再拡大とイスラエル建国(19世紀末~20世紀)
迫害を逃れて約200万人がアメリカへ渡航。
同時期にドレフュス事件などを受け、
自らの国家建設を目指す「シオニズム運動」が始まり、
パレスチナ入植が進みました。
ナチス・ドイツによる組織的大虐殺(ホロコースト)で約600万人が犠牲となる未曾有の悲劇を経験。
第二次大戦後、国際世論と英委任統治の終了を経て1948年にイスラエル建国を果たしました。
セファルディムが国際商業や金融システム(OS)の構築を主導したのに対し、
アシュケナージは東欧のシュテットル文化や近代シオニズム運動を生み出し、
現代イスラエルの国家的骨格を築く中心的存在となりました。
今回はこのアシュケナージの歴史と
アシュケナージを代表する名門ロスチャイルド家とマルクスについて、
意外なロスチャイルド家とマルクスとのつながりなどもご紹介いたします。
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