12月31日の諦めるな戦えの御言に続き、1月1日も戦え、今や米国内戦、世界的中共との戦い、これからは本当に、神様が下さった自由と責任のために死をも恐れない愛と、的を倒す能力が必要とされるという御言です。
2021年1月1日(金)キングスリポート
栄光のハレルヤ
Glory Hallelujah! (The King's Report 01/01/2021)
翻訳 英韓Yuna M. Lee 韓日kaori suhara 監修fanclub
2代王: キングスレポートへようこそ。 本日は2021年1月1日金曜日、天基11年11月18日です。
新しいTシャツを見てください。
Save Americaコレクションの絵、リッパー(Reaper 死神)が描かれているTシャツです。
ティム王と天気を確認します。
ティム本部長: 現在、天一宮周辺は28度(-2℃)、昼間は38度(-3℃)まで上がります。 気象警報を見ると、道路がまだ凍っているから気をつけなければならないようです。
今日の夕方には32度まで下がって、明日の朝まで凍りついた道路に気を付けなければなりません。
2代王: 確かに寒い天気です。 現在、スタジオの中は 20℃くらいあるようです。今週、教会でsava Americaコレクションのほかのものを見ることができるでしょう。
battle hymn of the republic(リパブリック賛歌)は戦闘賛歌です。
私はこの曲のオリジナルバージョンが好きです。 本来の歌詞は、"彼は人を神聖にするために死なれたので、人を自由にするために死にましょう"と書かれています。
眼(まなこ)に浮かびし主の栄光
鬱積し怒りの葡萄 主の御足にて踏み潰されん
神速の剣 宿命の稲妻を放てり
主の真理は行進を続ける
野営を囲む幾多のかがり火に主を見た
それは夜露の中の 主への祭壇
主の正義の宣告が
ほの暗くゆらめく明かりに浮かび上がる
主の日は進み続ける
研ぎ澄ました剣列に刻まれし
燃え立つような福音
侮辱者には罰を
汝らには恵みを与えよう
英雄は女から生まれ
そのかかとで蛇を潰すのだ
神は進み続ける
主が吹き鳴らすラッパに
退却など決してありえぬ
審判の御座の前で
人々の心をふるいにかける
おお、速やかに、わが魂、主に応えるのだ!
歓喜せよ、わが脚よ!
我らの神は進み続ける
美しい百合の中
海の向こうで 主は生まれた
主の懐で 栄光と共に
あなた方と私は変容する
主の死による贖罪の如く
我らも自由のために死なん
神は進み続ける
戦争の時は死を覚悟して悪と戦わなければなりません。
もし死んでもそんな覚悟を持って戦えば勝利なのです。そんな精神がなければ絶対に敵を退けられません。
このような精神ゆえに悪魔がクリスチャン·ウォーリアを嫌うのです。クリスチャンは死を恐れないからです。
私たちがグリムリッパー(死神)のイメージを使うのは、イエス様が死を乗り越えたからです。 イエス様は罪と死を越えました。
私たちは罪の死の中で生きていました。 しかし、イエス様によって善なる人生を生きることができます。 神のみこころのまま生きることができます。 彼が世の中の光だからです。
私はこの曲の新しいバージョンが、ベータ男性的な歌詞に変わったことを残念に思っています。
死に対する恐怖は、私たちを麻痺させます。 「平和軍平和警察」の男性と女性たちは、そのような恐怖に打ち勝つべきです。 理論的にそのような恐ろしさを乗り越えなければならないのですが、実質的にも私たちは飛行機から飛び降りる訓練と戦闘訓練を通じて恐ろしさを無くしています。
昨日私の子供たちと、この事に対する話を交わしました。 神様は十戒を二つの戒めに凝縮させました。
それはまさに "お前の心をつくしお前の命をつくしお前の力をつくしお前の意志をつくしてお前の神様を愛しなさい"と"お前の隣人を自分のからだのように愛しなさい"です。
一番目の「全ての心を尽くして神を愛すること」は理論的な部分です。 神様のみ言葉を深く掘り下げて理論的により深く理解できます。 これは、人々に自慢するためではなく、イエス·キリストの心情をよりよく理解するためです。
二つ目、「隣人を愛すること」は理論的な話ではありません。 隣人を愛し、保護することは政治的なアクションです。 これは共産主義を防ぐことだからです。
共産主義がこの国家を飲み込むことを防ぐこと。なぜなら、共産主義はサタン主義として最も危険なカルトだからです。
カルトと呼ばれる他のどの宗教団体とも違って、政治はすべての人々に影響を与えるため、共産主義というカルトはより危険なのです。他のカルト宗教団体は、その団体の信徒だけに影響を及ぼすことが多いです。
人々はいつも宗教団体、特にキリスト教の多くの派を悪く描写します。 しかし、社会主義共産主義カルトがこの世で最も危険なのです。 強圧的な力を使用して全ての人に影響を与えるからです。
Turning Point USA保守青年たちのイベントで、カールソン博士は立派なスピーチをしました。
彼は青年たちに大学に行くなと助言をしました。 そして、「早く結婚し、たくさんの子供を産め」、「あなたが条件を満たしていない仕事でも志願しなさい」など。 私たちが言っていることと同じことを言っていました。
簡単に言えば、人生を継続して流動的に作り上げなさいということでした。
真のお父様は北朝鮮の共産主義の下、監獄に入れられました。 また彼は日本の植民地主義の全体主義の下、監獄に入れられました。 そして韓国の共産主義的教会によって監獄に入れられました。 そして、アメリカでもレーガン大統領の時に左派によって監獄に入れられました。 お父様はレーガン大統領のために必死に戦いました。
お父様を思い返す気持ちで#596を送ってください。
以前、アン教授でしたか、私達の教会の方ではないのに、なぜか縁があって、朝鮮戦争についてものすごい講義をされた方がいらっしゃいます。
その方をまた招待しなければなりません。 彼には興南監獄の写真がありました。 その資料を手に入れなければなりません。
真のお父様、我々に憲法を与えてくださった再臨主。そして、「私たちには真の自由、皆が武装した社会、米国憲法を越える抑制と均衡システム、自由と責任、このすべての祝福を神の王国に与えてくださいました。
そんなお父様が監獄で数年を閉じ込められたというのです。
ここに興南監獄の資料画面がありますね。 ここにお父様がいらっしゃったというのです。私たちは絶対に忘れてはいけません。
この画面に映った数多くの建物の中の一つに、30代の青年だったお父様が苦痛の中で血と汗を流していたかも知れないというのです。
ですから、私たちは叫び続けなければなりません。
15:55「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
(コリント第一15:55)
我々は完璧ではなく、不安を感じる時もありますが、そのような不安と恐怖に完全に勝利しなければなりません。私たちは強く立たなければなりません。 それは、神様の聖霊を通してのみ可能なことです。
死よ、お前の勝利がどこにあるのか。 神様と共に死に勝ち乗り越えましょう。
2021年の新年初めのリマはテトスへの手紙1章です。
1:6長老は、責められる点がなく、ひとりの妻の夫であって、その子たちも不品行のうわさをたてられず、親不孝をしない信者でなくてはならない。 1:7監督たる者は、神に仕える者として、責められる点がなく、わがままでなく、軽々しく怒らず、酒を好まず、乱暴でなく、利をむさぼらず、 1:8かえって、旅人をもてなし、善を愛し、慎み深く、正しく、信仰深く、自制する者であり、 1:9教にかなった信頼すべき言葉を守る人でなければならない。それは、彼が健全な教によって人をさとし、また、反対者の誤りを指摘することができるためである。
(テトス1章、すべて読まれる)
教会の長老はお父さんたちです。 すべてのお父さんは善良で強い王として自分の王国を治めなければなりません。 強いけれど愛が充満した王にならなければなりません。 このバランスをうまく作らなければなりません。
神様から授かった権威と祝福を上手に用い、愛深く善良な王にならなければなりません。
王国と隣人を保護するために子供達を訓練しなければなりません。
あなたは全ての分野を専門的にできるわけではありませんが、基本的なことを子供達に教え、子供達が成長しながらより専門的なコーチに教えてもらってもいいのです。
ポイントは、あなたがそのような王の権威を善く行使しなければならないということです。暴君にならないでください。
強くなければなりませんが、暴君になってはいけません。
私たちは王と祭司長にならなければなりません。
専門的な使役者ではないかもしれませんが、神学的な訓練を受け、真摯な信仰心を持たなければなりません。 祭司長にならなければならない理由は、あなたが神様のみ意に従順に従う人にならなければならないからです. それでこそ子供たちの面倒を見ることができます。
皆さんは教会の長老たちに神学的なコーチングを受けても良いでしょう。 教会の長老たちとは、神学的な理解の深い人々です。私たちより神様をよく理解している人々に学ぶことで、よりよい王と祭司長になれます。毎日成長することができます。
信仰について深く理解する長老と監督がいます。
(テトス1:7監督たる者は、神に仕える者として、責められる点がなく、わがままでなく、軽々しく怒らず、酒を好まず、乱暴でなく、利をむさぼらず、 1:8かえって、旅人をもてなし、善を愛し、慎み深く、正しく、信仰深く、自制する者であり、 1:9教にかなった信頼すべき言葉を守る人でなければならない。それは、彼が健全な教によって人をさとし、また、反対者の誤りを指摘することができるためである。
乱暴じゃないということは、戦えない、という話ではありません。 落ち着いた人だということです。 平和的なものと無能さには差があります。
ベータ男性のクリスチャンたちは、戦いを学ぶことは良くないと思っています。それは無能な者です。悪い人が来たら、他の誰かに頼らなければならないからです。
言いがかりをつけずに平和的なことと、無能なこととはまったく違うものです。 暴力について知っていますが、それを善い目的のためにだけ使うことができなければなりません。
もし、あなたが敵を殺せる能力がないのに平和を行おうとするならば、それは美徳を行うことではありません。 ただ無能なのです。 結局そんな能力がある誰かに頼らなければならないでしょう。それは無能な臆病者です。
そのため、鉄の杖王国で平和軍平和警察は神を愛し、隣人を愛する理論的な面と実質的な面の二つとも訓練することで、隣人を保護する力を育てます。 ’無能で平和的なもの’と’暴力を知りながら平和的なもの’とでは、ずいぶん違うということなのです。
神様の王国の王と王妃たちは平和的ですが無能ではありません。
ユーチューブDemonsRowのソース・ザ・ゴースト氏は、ギャング団にいる青年たちにギャングを出ろと言います。 ギャングにいるのは危険で平均寿命も短いからです。 ギャングの兄弟愛のようなものを望むなら、バイククラブに入ってこいと言います。 ここにはアルファ男性が多いからです。
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ここからさらに進んで、もう少し神様に近づきたいなら、鉄の杖ライダーのような聖職者バイククラブに入ってくればいいですね。
重要なのは MC(バイククラブ)には幼い若者ばかりではなく、年長者も多いということです。 彼らも強いですが、より賢明です。
真のクリスチャンはベータ男性ではありません。 神様のために戦うウォーリアーです。
皆さんは平和的であっても無能であってはいけません。
皆さんがこれについての証があれば、共有してください。
子供の頃、いじめの加害者に立ち向かったり、自分はそんなことがありました。 私をいじめていた子供がいました。 その子は私が武道を習い始めてからは、私にこれ以上喧嘩をふっかけてきませんでした。
たまに、私を虐めるときはその子を叩き伏せて少し苦痛を与えました。 その後はその子は私を虐めてはいけないとわかったのです。
私はそのため武道を習いたかったのです。 自分自身を保護しなければならなかったからです。 また、私の絶対性も守らなければなりませんでした。
高校で恋愛をせず、性的関係をしなければ、あらゆる子供たちがあなたを、からかいたがるはずです。 けれども、私が武道をしていることをみんなが知ったので、誰も私を刺激しませんでした。
それから私は彼らに「婚前の純潔を守る信仰をしているのだ」と、彼らに公言しました。
高校の時も学校の他の子供たちに「私のお父さんが私の相手を探して祝福してくださる」と話していました。
またそれを通じて、私が真のお父様の証言をする機会もできたのです。
とにかく、皆さんも、そのような話があればコミュニティと一緒に共有してください。
陽暦で新年が明けました。 皆さん、新年にも福をたくさん受けられますよう。 そして、共に強く立ち上がりましょう。
ランカスターで皆さんにお目にかかります。
いつも神様を愛し、隣人を愛しましょう。
(1部終了。今日の翻訳はここまでにします。 ありがとうございました。)
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