2018年2月26日月曜日

2月24日マタモラス「トランプ大統領感謝晩餐会」と記事紹介




2月24日、天一宮がある町、ペンシルベニア・マタモラスのBest Western Hotel にて「トランプ大統領感謝晩餐会」が行われました。

写真とVIDEO:https://twitter.com/JimHamill より



映像と画像http://wnep.com/2018/02/24/hundreds-attend-gun-rights-dinner-thanking-president/
翻訳:機械翻訳とちょっと修正。
WESTFALL TOWNSHIP - 土曜日の夜、ポコノ(ポコノ山脈)に数百人の銃の権利支持者が集まりました。
マタモラス近郊のベストウェスタンで行われた「大統領トランプありがとう!」は、ウェイン郡の教会によって組織されました。数日間、最近の大量射撃で使用されたのと同じ銃であるAR-15を含む数日間の式典を予定しています。

ベストウェスタンのマタモラス近郊には、数百人の人々が「大統領トランプありがとう!夕食会」に参加し、グループのGOA(ガンオーナーズ・オブ・アメリカ)に利益をもたらしました。

"大統領、あなたの背中があり、あなたとの良い戦いに喜んで協力します。抗議者はどこにいますか?"
主催者は、大統領がさらに別の大量銃撃を受けて銃法を厳しくするという圧力をかけても、(ガッシュ国憲法)修正第二条を守ることを助けたいと考えている、と説明しました。
「銃のない区域を取り除くことを支持しなければならない、その子供たちの血はあなたの手にあると立法者に話している。子供たちについて話さないでください。」とGOAラリープラット会長は言います。
GOA(Gun Owners of America)は、NRA(National Rifle Association)よりはるかに小さな組織です。Gun Owners of Americaは、米国ライフル・アソシエーションの500万人のメンバーと比較して、約40万人のメンバーを持つグループです。

組織は教師に武装させようとしています。一握りの人々が昼食会の外でそのアイデアに抗議しています。

このイベントは、ニューファンドランドのサンクチュアリ教会の牧師であるムーン牧師とカーアームスのオーナー、ジャスティン・ムーン兄弟によって構成されました。カー社は夕食時にトミーガンの700ドルのギフト券を競売しました。

サンクチュアリ教会は70年代から80年代にかけて論議を呼んだ父、サン・ミョン・ムーン氏が設立した統一教会の一角です。
数百人のサンクチュアリ教会の信者が、銃の権利支持者とともに夕食のために出てきました。

このイベントは、水曜日のニューファンドランドの教会で行われた祝賀式典と同様、2月14日にフロリダ州パークランドのマホヨーストーンマンダグラス高校での大量銃撃戦の前に計画されました。
全国各地で厳重な銃法を求めている人もいますが、修正第二条についてはここでは妥協は見られません。

「より多くの法律があっても、これらのことを止めることはできません。精神衛生の問題です。人々は訓練されておらず、武装しておらず、他の人々を守り、防衛することができないという問題です。私たちにとっては人権です」と述べました。

多数の州議会議員と連邦議会議員がこのイベントに招待されています。一部の地元指導者だけが見られました。
このイベントは、全国の銃規制の必要性が高まる中で、修正第二条の防衛のために約8,000ドルを調達しました。
この夕食からのすべての収入はアメリカのガンオーナーに利益をもたらします。

ちょうどそのイベントには少数の警察官がいましたが、問題にはなっていませんでした。

水曜日の朝、ニューファンドランドのサンクチュアリ教会で計画されているAR-15の宗教的儀式への注目が移っています。

近くの小学校は既にその日の授業を移動させています。

画像に含まれている可能性があるもの:1人、室内











以下写真の提供者は星野さん、許可もらう前にサンクチュアリNEWSに上がってました。(笑)同じ写真なのにどうしようと思いましたがせっかくもらったので、こちらにもUPします。

二代王とラリー・プラット会長、國進様











二代王のスピーチ


 晩餐会に先だっての御言です。

サンクチュアリNEWSさんからの転載です。

二代王のスピーチ 天福祝祭(Festival of Grace )基調演説

翻訳:サンクチュリNEWS管理人
とても感謝しています。チーフ、ありがとうございました。チーフのような方と共にいることを名誉に思います。他のサンクチュアリメンバーも全員が難しい道を通ってきました。友人をすべて失い、愛する人たちと連絡できなくなったり。私たちにはもっと貴い目的があったのです。私たちは世に仕えるものではありません。人に仕えるものではなく、神様に仕える群れです。
世間の基準では、私たちは異常かもしれません。しかし、私は、お父様に背を向けずここにやって来た人たちこそ正常だと思っています。決しておかしくありません。例えば、私は何十億ドルという資産、世界的基盤に対して主管する権限を放棄しました。お父様がすでに作ってくださっていた世界的基盤です。私にとってそれが問題ではありません。世界をもうけても、魂を失ったら何の益があるでしょう。どうして数十億ドルほどのお金で自分を売り渡さなければならないのですか。神様は全世界を所有しておられるというのに!
そのお金こそ本物の資産であり、神の恵みだと信じて疑わない者もいますが、それらはあっという間に消え去ってしまい崩れ去って無くなりつつあります。自分達の手から消えていくのです。それを盗んで自分たちのために使っている者達。その者たちの手から結局消え去っているのです。
私たちのような、お父様を愛する普通の息子たち、お父様にお約束した内容をもつ息子には、お父様がいつも一緒にいてくださり、御自身のみ旨の継続を願われ選ばれました。裏切らないということはごく普通のことです。
われわれは超人でも何でもありません。普通の人だと思います。ただ、お父様の名誉を汚したくないと思うごくあたりまえの息子です。
たしかに今、私たちが異常に見えるかもしれません。皆が世界の前でひざを屈して、世俗の文化を崇拝している現状ではそうかもしれません。しかし我々にとってそれは、原理原則の問題であり、人間性の問題であり、お父様との関係こそが、私たちの所有する、あるいは所有可能なすべての物質的なものを超えているのです。神様との関係性に価値を見いだし、最も大切にしているのです。キリストとの親しい交わり、これを私たちの全存在と魂の核としているのです。
私たちはだれよりも祝福され、誰よりも幸福であり、韓国の山の上の巨大な大理石の建物の中で暮らしていました。しかし私たちは哀れな存在でした。実際、あの山の宮殿で、私はB棟と呼ばれるところにいました。中心の宮殿を挟んでA棟、B棟があるのです。私はB棟にいました。
B棟の屋根の上にいました。そこで大きな大理石でできた置物や大きな家具をどんどん運び出してとっぱらって、そこに自分で作った木のテーブルを置いたりしたのです。クルミの木で作ったものです。そこに小さなティーカップを置いたりして。
それを見た韓オモニはたいそう怒って、私を屋根に追いやりました。そこで収納部屋のようなところがわれわれの部屋になったのです。天正宮のてっぺんに一昔前の朝鮮風の小屋を作りました(笑)。まわりはすべて大理石です。唯一の逃げ場所がこの小屋だったのです。ワラぶきの木の小屋です。とてもブッシュクラフト的でした(笑)。それが天正宮での唯一の逃避所であり「聖域」でした。
いつも思っていたのですが、(天正宮よりも)お父様はずっとアマゾンのジャングルにいるほうがくつろぐことができたのではないか-毎年私たちもそこに連れていかれました。
毎年夏になるとアマゾンのジャングルに行って訓練されるのです。夜昼なく一日中蚊に食われます。朝早く起きてお父様と一緒に釣りにでる。国進兄さんなどは、お父様と一緒に海に出て、いやというほどマグロ釣りをしたのです、一日に17時間です。お父様は92才になっても海釣りをされました。ハンティングは70代になるまでされたのです。本当にアウトドアを愛した人でした。神様の被造物を本当に愛する方でした。人類と自然環境、神様の被造物の真の保護者でした。
多くの人は知らないことですが - 真のお父様は、共産主義者、北朝鮮が殺す目的で起訴し、死の強制労働収容所に入れました。そこで肥料の硫安(硫酸アンモニウム)をシャベルで掘り出す作業を3年間されました。拷問室でも拷問され、そしてアメリカ軍に助けられて解放されたのです。マッカーサー将軍のもと自由を掲げて入ってきたアメリカ軍です。お父様はなんとか南に逃れることができました。お父様は政治サタン主義、社会主義、共産主義の現実を、身をもって体験されました。中央集権政府は必ず政治サタン主義に陥る運命です。そこでは政治を利用して本物のサタン主義者をかくまうのです。幼子を殺し、儀式のために殺人などを犯しても現実の政治サタン主義者のおかげで罪を問われない社会です。北朝鮮も例外ではありません。
真のお父様、再臨のキリストが、韓国に逃れられてから、韓国でも初めてといえる銃器製造会社をはじめられました。最終的には韓国国防省を支援してバルカン砲等の兵器まで製造したのです。それは韓国が全体主義北朝鮮から自国を守れるようにという配慮からでたものです。この事実を人々は知りません。不幸にもお父様に背を向けた弟子たちがその事実を消し去り、隠そうとしています。なぜなら世間に知られたくないからです。お父様は真の保護者であり、子供たちと世界を真に愛する人だということを。お父様は世界のために命をも投げうつお方です。世界のために100回以上も死んだというのです。子供たちと世界を守るために。
それが神様のいつわらざる心情であり、真のお父様とイエス様の心情なのです。そのような事実が消されつつあります。歴史から除去され、記録から削除されているのです。
荒野(あらの)に来ることができたことは、大きな祝福でした。荒野のもつ-なにか純粋なもの-自然に入って感じる純粋さ、そこで神様が共におられることを何の妨げもなく感じることができるのです。自然の振る舞いの誠実さや、それらとの授受作用。そこにはごまかしがありません。現実を受け止めるしかないのです。変化を受け止める。自然界の美しさと誠実さ、鹿やクマ、コヨーテなど素晴らしい動物との出会いもあります。狩りをした動物の肉を食べることは純粋な何かがあります。狩りをして創造主である神に感謝をささげる。時の始めから与えられている祝福を思い起こします。生育せよ、繁殖せよ、地を治めよ。
不幸なことに堕落の後、全人類と人間性は、中央集権的な天使長という不義な者、正統性なき者の権力の下で支配されることに、あまりにも慣らされてきました。それがサタン的王朝のもとであろうと、貧しい人や少数派のための運動という、まやかしの仮面をつけた社会運動であれ、結局は権力を志向している。自分達による中央集権支配 ― そして権威主義的支配に至るのです。
社会主義、共産主義、寡頭政治、どれをみても、また過去のサタン的王朝を見ても、全く同じパターン、同じ政治構造、同じサタン的構造をみることができます。堕落の後に人類を支配した支配者、主人。それをどう呼ぼうとかまいません。いかに新しい外的装いをしていても、行き着くところは等しく悲惨な人類の姿と苦難、そして奴隷扱いです。これを聖書時間で6千年間味わってきたのです。
イエス様の生誕と真のお父様、再臨主の生誕を中心とする天恵の祝祭、天福祝祭は、神様が私たちにくださった賜物を祝するものです。
皆さんを「奴隷」、「支えるもの」、「一般人」と呼ぶ、政府と支配者は、自分達の支配下の皆さんが被る王冠と鉄のつえを持っているのを見てあざ笑うかもしれません。そして「おまえたちに何の正統性がある」といってサタン主義の王権を賛美するかもしれません。
実は彼らこそ「非正統」そのものであり、それが英国王室であれどこの王室であれ、歴史的にサタン主義に結びついています。チャールズ皇太子は公然と自分は、人の肉を喰らうトランシルヴァニアのドラキュラ公の子孫だと得意げに言っているではないですか。にも関わらす、皆さんの方か正統性に欠けると思わされている。
この、過去数百年にわたってサタン崇拝儀式にふけってきたサタン的王家、巨大な金融権力、中央銀行勢力と結託して、人々を支配し課税して収奪してきた者たち。貧しいアフリカやアジアの国から資源を搾取してきたこのような者たちが「正統」だと教えられてきた。彼らの王冠と銃は全く問題ないが、皆さんのような「奴隷」が王冠と銃をもつことは許さない。
サタンの王国が、神の王国の相続者たちにそう言うのです。
詩編の第2章8節と9節、これはたびたびここサンクチュアリで引用し、そして祈りました。神様は明快に言われます。
「わたしはもろもろの国を嗣業としておまえに与え、地のはてまでもおまえの所有として与える」
もちろん、これは自分達に栄光を帰するものではありません。神様から与えられたものを守りなさいということです。神に栄光を帰すために。
神様の善の王国では、神様の義を高く揚げ、そこでは善が益々(ますます)力を得て、益々栄え、黙示録第2章27節にあるように「鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように」忌まわしく邪悪で不義なものはそのようになるというのです。それらは(この世で)免責され、その行いは罰を免れ、そして世界を支配してきたのです。それらは打ち砕かれ粉々にされます。
われわれは想像を絶するおそるべき勢力に立ち向かわなければなりません。
サタン主義者、貧しい者のために立ち上がる姿を見せながら貧しい者を搾取し、貧しいままの状態に保ち続ける社会主義者、共産主義者にこの世の相続権が与えられたのではありません-いわゆる左翼、現代のアメリカではネオコンたちに。
世界は気づき始めています。神様の恵みは政府から来るものでなく、いつわりの道徳家を気取った者たち、自分が優れていると勘違いしている者たちからもたらされるのではないことに気付き始めたのです。
神の賜物は、そのみ言と全能の神様から来るのです。
キリストの山上の垂訓をみると、今回の式典の意味のより深い意義を知ることができます。まず、「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」とあります。
この聖句こそ我々と共にあるコミュニティの人々を指しています。他人を守るという神様から与えられた生来の本能、善のために強くあり善を守り、邪悪なるものに打ち勝ちたいという生来の本能をもつ者たち。まさにこれらの人々は排斥され押しのけられてきました。クリスチャンではない、主を信じるものではないといわれ、なじられ、非難されてきた。
しかしその人びとこそ、自分自身と家族を守ることの中に含まれた非常に霊的な何かがあることを知っているのです。独裁者と権力に立ち向かい悪に立ち向かうことができる何かが。聖書は不義に対し立ち向かえとあります。
その者たち、その男女の心の中には、たとえ主流派キリスト教から排斥されていたとしても何かがあります。それが彼らの神様への愛、人類への愛を叫ぶのです。そのような人びとはわれわれの多くがいう宗教的な人ではありません。イエス様は宗教的利用の対象ではありません。関係性こそが重要です。
以前、ここにある紳士が訪ねてきて「ああ、君たちのことはニュースなどで知っているよ。ところで僕は8K(銃)を持っているよ。自分は教会に通うタイプの人間じゃあないが、君たちのやる水曜の行事に来るよ。日曜の礼拝も来るかどうか考えてみる」といいました。(拍手)
私はこういいました。「うちは自由な社会です。教会員の会員登録もしないし教会員の数を誇るためにその数を数えることもしません。ここにいるすべての人は王、王妃、キリストの共同相続者です。全員がキリストと共に王冠と鉄のつえを持ってそれぞれの教会をもち、私有財産と自らの土地を所有する。ここに来るのは神様の集まりを愛するからです。神様がくださった賜物に感謝するから。神様の善をほめたたえたいから。われわれは素朴な人間です。私たちの素朴さを、しかし、侮っては困ります。なぜなら我々は王族ですから。私たちの血管には天の王族の血が流れているのです。ハンティングや釣り、ブッシュクラフトや格闘技を愛してもいます。射撃も。家族と友人とで日曜午後にバーベキューもすることがあります。
それが単なる趣味にすぎないとは思いません、ただのライフスタイルでもない。それらはすべて神様がくださったものだと理解しているのです、神様からの祝福です。到底我々には相応しくないものです。われわれが何か努力して得たのでもありません。神様の犠牲と十字架で流された血の代償と、1万回もの十字架を超えてこられたその路程。われわれの人生は祝福で満ち溢れています。
左翼メディアやワシントンポストはわれわれがAR-15を信仰の対象にしていると、書き立てていますが、そのようなことはありません。ただ、結婚という賜物を祝い、王冠と王族の血統によって象徴される主権の賜物を祝っている。黙示録3章11節に「あなたの冠がだれにも奪われないように」とあります。
キリストとその共同相続者とともに鉄のつえで世界を治めることを祝っているのです。黙示録20章4節~6節には、キリストと共に暮らし、統治するとあります。神の王国でわれわれは義務と責任をもちます。決してそこで永遠の休暇を楽しみ海辺でピニャコラーダ(カクテルの一種)を飲みながら、雲のクッションの上で浮かんでいるわけではありません。
イエス様ははっきり弟子たちにおっしゃいました(マタイ19章)。「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。」
神の国を、非聖書的で、全く責任を負わない、福祉に頼る社会主義者のユートピアにしようと、不幸なことに、その方向にキリスト教界が押し進めてきた日々は終わりを迎えました。
羊と山羊が分けられ、天国を受け継ぐ者たちが呼ばれることでしょう。キリストとともに立ち、責任と義務を自覚し、まさに前進する用意ができている者たちが聖霊によって呼ばれるのです。

その者たちは、神から与えられた自由と主権を固く保持しているので、世間の目からみると、教会から破門された者、野蛮な者と見なされるかもしれません。それを、聖書を読んで知らないかもしれません、しかしその心と良心、魂の奥から何か叫ぶものを感じるのです。決して「鉄のつえ」を手放すなという声を。彼らこそ神の国の相続者です。
神を愛し、隣人(となりびと)を愛する善男、善女たち。もちろん神様の基準から見るとき不完全かもしれません。また人生のすべての局面で神様が働いておられることを必ずしも知らないかもしれません。しかし羊飼いの声を本質的に聞き分けるのです。無垢な子羊たちの守護者の声を聞き分け、オオカミを追い払い、御国を建てる方の声を聞き分けるのです。
われわれが属するのはその御国です。天福祝祭はこれらを祝賀するものです。われわれの主権と、王権、血統を祝い、鉄のつえを祝う。そして何よりも、これらの美しい王冠と素晴らしい鉄のつえ、素晴らしい人生と素晴らしい子供と結婚をわれわれに与えるために、すべてを克服されたキリストを祝賀するのです。たとえ我々が不完全で、与えられる恵みに相応しくないとしても。
神は忠実であられ、神は真実なお方です。生命の真実に至る道であり、誰も彼(キリスト)を通さずして父の御前に出ることはできません。
祝祭の間、神様と共にあることに感謝し、そして皆さんと共にあることを感謝します。どうかこの祝祭を楽しんでください。そしてすべてにおいて(神様とキリストを)讃美し、感謝と栄光を返しましょう。ありがとうございます。
皆さん、天福祝祭へようこそ!
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