2016年5月2日月曜日

パンザー会長のメッセージ「逆さまの王国」

パンザー会長のメッセージ「逆さまの王国」4月27日

亨進様の今週の説教を紹介する前に、月曜日にレッドフックで行われたマデリン、ロシ姉妹の聖和式について報告します。彼女は先週の木曜日に聖和しました。彼女の夫と3人の息子、ジョークリス、デイビッドとギデオンは妻や母に対する愛情について感動的なスピーチをしました。  
ギデオンは次のように話しました。「私が誇りに思い、私が母と呼ぶ女性が神様の暖かい懐の中に帰っていきました。この小さな女性は、2年間にわたってがんと闘ってきました。そして最後まで戦い尽くしました。彼女は戦っていたのですが、いつも感謝して覚悟をし、いつも冗談を言いながら、彼女の創り主に会いに行くことを恐れていませんでした。今日の私があるのは、面白く、機知に富み、社交的で、魅力的な気持ちの若い女性が、私を自己犠牲と自由と責任を通して、愛で導いてくれたからです。」
ジョンは、マデリンの亨進様ご夫妻に対する愛と支援について話しました。また、彼女が全ての人達に対して愛を与えていたことについても話しました。彼は、マデリンが生きるために何か月も強い痛みに耐えながら、激しくがんと闘った後に霊界へ行くのが神様の願いであるなら、それを受け入れますと祈りました。さらに彼は、彼女が霊界からメッセージを送ってくれるようにとも祈りました。そうしたら数日後、彼女は実際にメッセージをくれたのです。マデリンは聖和後、次の朝から7-8人の人に現れました。彼女はトロデル、バーンさんに現れて、「私は私の霊を愛します。私は私の霊を愛します。私は神様が創られた霊界を愛します。」と話しました。


亨進様は、「マデリンは今、高い霊界でお父様に仕えています。彼女は大きな混乱の時代の中で、本当に信仰的な人の中の1人でした。」と語られました。礼拝の最後に、亨進様は「マデリン、ロシ、信勇者」という揮毫を下さいました。


Highlights from "The Upside Down Kingdom"
説教「逆さまの王国」要約



マタイ電18章に描かれている幼子はキリストに素直になるだけでなく、キリストに従順なのです。天一国憲法前文および最初の条文では神様と主体である夫と対象である妻という神様の創造の計画に対し感謝を捧げています。憲法の中で再臨主に感謝を表しているのです。その根があってこそ自由を享受することができ、王国が豊かになるのです。天一国憲法の下にあるとき、神様から与えられる保護と人権、政府の制限と国民の保護ゆえに御前に従順になります。
人権は法律によって保護されています。政府を規制する法律があります。それは市民を守るものです。それは全て、神様の愛と生命と血統から来るものです。それは神様とキリストの千年王国によって確立された王権です。イエス様は幼子のように謙虚になることを強調されました。しかし、その幼子自身も謙虚です。多くの人は、謙虚になることと、神様に対して謙虚になることを混同しています。ときどき神様に対して謙虚になる時、サタンに対して厳しい態度をとる必要があります。
もし略奪者が、あなたとあなたの子供を引き離したり、結婚を破壊しようとしたら、それに対して戦わなければなりません。あなたを破壊しようとしている人に対して、あなたは優しく話すことはしません。
この幼子はただ一般的に謙虚なだけではなく、キリストに対しても謙虚なのです。これがポイントです。天一国の市民には信仰の自由があります。法律と統治の全てのシステムは神様の存在と神様から与えられた自由を肯定します。
イエス様は、「もしあなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。(マタイ伝18:8)」と言われました。この「罪の誘惑」「つまずかせる」(英語ではoffend)の原語はギリシャ語のスカンダリツォ(σκανδαλίζω)であり、字義どおりに訳せば「わなを仕掛ける」という意味です。
わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる(スカンダリツォ)者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。現代でこのoffendの用法には「怒らせる」という意味がありますがリベラルな人々は何でもかんでも「怒らせ」られます。お父さん、お母さんという言葉ですら彼らを怒らせるのです。パートナー1、パートナー2と呼べば彼らは納得するのでしょう。冗談ではありません。何に関してもこういうことを言うのです。
教育の場でも男子、女子という性別を分けて呼ぶことに対しても社会的な枠組みにはめていると反発するのです。これは良い悪いではなく単なる区別です。ともかくスカンダリツォの意味は「わなを仕掛ける」「つまづかせる」というものです。ですから聖句で「罪の誘惑」を訳されている部分は「わなを仕掛けられた」と解釈できるのです。
これらのことを天一国憲法、千年王国の観点から見ればイエス様がここでいう「小さい者」は天一国国民と言えるでしょう。ではその「小さい者」にわなを仕掛け、むしろ「大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が」まだましだとされるものは何を意味しているのでしょうか。個人レベルを離れて国家レベルで考えています。わなを仕掛けて国を支配しようとするものは何でしょうか。天使長と富です。     
イエス様は「神様と富の両方に使えることはできない」とおっしゃいました。信仰と拝金主義は両立しないということです。しかしこの世界では金を支配する機関が大きな力をもつのです。
 を表示しています を表示しています を表示しています巨大金融機関があらゆる形で社会主義的、共産主義的中央権力を支持するのを目にしてきました。それが寡頭制であれ自分たちが利益になると判断すれば彼等は支援するのです。現代女性運動、フェミニズムも社会をどの方向に導くのかと言えばより大きな政府へと導いていくのです。その仕組みは単純です。その点ではイスラム法もスルタン(イスラム世界における君主号)などによる独裁に導く傾向を持ちます。   
それらは何も知らずに誠実に生きている国民を罠にかけるのです。社会主義的システムが天一国の市民にとっての罠となるのです。この「大きな政府」を志向する思想は若い世代、子供達に罠をもって迫ってくることをくれぐれも忘れないで下さい。中央で一律管理する教育という罠です。これをもって強制的に社会主義、共産主義的思想を学ばせようとするのです。
アメリカ国民も「民主社会主義」と聞くと「社会主義ではないのだ」と安心するのです。もうそれは脳死状態に陥っているとしかいう他ありません。民主党の大統領候補者は公然と「自分は民主社会主義者だ」といっています。それに若者が歓声をあげているのです。
イエス様が幼子に望むことはどのような内容でしょう。天使長的な大きな組織・機関に奴隷のように仕えることを願われると思いますか。ありえません。
神様の立場であるイエス様が願われることは、喜びと栄光を返すことはもちろんのこと、それぞれに与えられた才能を開花させ、異なる個性に応じて与えられた才能と祝福、創造性、革新精神を発揮して人々を助け、為に生きる世界を現出することです。神様との誓約のもと正しい結婚をして自由の子供を産み育て、自由と責任を次の世代に伝えることです。
創造主ならばどちらを願うと思いますか。子女が天使長のようなカルテルの主管を受けるのか自立して横とのつながりを築き正しい結婚をして、四位基台の家庭を築いて社会に貢献していくのか。愛の創造主がどちらを願うのかは明らかだというのです。 を表示しています
世界は今、神様の王国ですか、サタンの王国ですか。イエス様は「この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである」と嘆かれたのです。
社会において、人々がその自由と責任を自覚しそれを守ろうとしなければどうなると思いますか。罠に嵌(はま)ります。ありとあらゆる政治運動の名をもって罠に引っ掛けようとするのです。そういう運動に関わる時はよくその要綱を調べなければなりません。今流行りだからといって乗っかってはいけません。それは愚かなことです。結局、社会主義的な独裁に引っ張って行かれることはないのか、そういう罠がないか客観的にその運動を見なければなりません。
人類の歴史は奴隷の歴史でした。独裁者の足の下に虐げられてきた歴史だというのです。解放の自由の国を熱望してきたのです。一般の人々が自由を享受できる国を。悪なる人々、悪なる支配者、悪なる独裁者からの自由を求めてきたというのです。行動の自由だけではなく悪からの自由です。天一国国民はすでに王国の意識を持っています。実体の王国はまだありませんが法律はすでにあります。王国の思考形式をすでに持っているというのです。それに基づいて善悪を分別します。私たちは「からし種」を持っているのです。多くの人が見抜くことができないことも私たちは見抜くことができます。
天一国はひとりの王がいて、そこに貴族がいて国民はそれらに仕えるというものではないのです。それはこれまでのサタン世界の王国です。神様の王国はそれとは180度反対の王国だということです、全く逆転したものなのです。
天一国には多くの王がいますが、王の王が存在します。王が建てた王権と法律があり、その王権が法を守ります。わかりますか。では天一国の王とは何でしょうか。王は国民だというのです。お父様が「我々は百姓(ぺクソン:農民ではなく一般民衆の意)にならなければならない」とよくおっしゃいました。教会員ではなく市民です。
今までの王国では王と言えば権力の独占者でしたが、神様の王国では王はその国民であるというのです。では天一国の僕とは誰のことを言うのでしょう。天一国にはもちろん議会もあれば上院議員も存在します。政府の役人もいるのです。選挙で選ばれた大統領も役人も存在します。また地方にも政府があります。
天一国の僕とは政府および政府で働く者をいうのです。市民が役人に監視されるのではなく、市民が監視するのです。冗談ではありません。アメリカやその他の国で政府がいかに監視を行っているか知っていますね。天一国ではこれが逆にならなければなりません。市民が公僕を監視するのです。公正に法律を成立させているのか、市民に正しく仕えているのか、これを監視するのです。公務者は市民に負債を負うということです。    
アメリカやイギリスは狂っています。日本も韓国もひどいです。市民は政府によって監視されています。政府はあなたの写真を撮り、ビデオに収めています。天一国では反対です。天一国ではどうなるでしょうか。
天一国では悪事を行った役人は官僚機構の中に隠れることはできません。地方の国民に対して説明責任を負うのです。地方は地方で管轄権を持っています。それが肩越しに凌駕されることはありません。ですから悪事を行った役人が地方の司法引き渡され、詐欺などで有罪と判断されるとそこで処罰されるのです。      
国民の権力を理解することができますか。国民が天一国の王であり主権者であるというのです。まさに上下逆さまの王国です。長成期のアメリカはまさにこれでした。しかし今はそうではありません。完成級に上がることができなかったのです。アメリカは当初、奴隷制をいう罪を背負っていました。そこで始まったのが修正のプロセスです。       
もちろんリンカーン大統領のような人物も登場しましたが南北戦争のあとリンカーンも中央に権力を集めました。そしてその後1913年には連邦準備制度理事会が設立されました。それはマルクスの綱領の一つである中央銀行の設立です。そこからマルクス主義の道を歩み始めたのです。憲法修正条項の導入がはじまったこの過程がお判りでしょうか。
類史上見たこともない、あらゆる機会が与えられていた長成期のアメリカが崩れました。天一国憲法および神様の観点から見る時、イエス様の神の国に関するみ言が真に迫って来ます。それは実体をもつようになるでしょう。
ここでお父様の天聖教を見てみましょう。
天聖教722(英語版)
メシヤが王権を代表するのです。その国では、すべての聖徒たちが再臨して、キリストの名で王の役割をするのです。ですから、これは氏族的王権になるのです。そのようになれば、国家的世界の版図圏に、王権が同参できる解放圏になるのです。
ここでいう聖徒たちとは誰を指しますか。メシヤを信じる者です。そして聖徒たちがどうするのですか。僕として侍るのですか。いいえ、「キリストの名で王の役割をする」のです。そしてそれが氏族的王権になります。国民が「王」だというのです。
「そのようになれば、国家的世界の版図圏に、王権が同参できる解放圏になるのです。」
皆さん、み言は強力です。悪魔はこのみ言を見せたくないでしょう。
天聖教799(英語版)
アダムとエバを実体としてつくっておいたのは、神の国の民を繁殖するためなのです。天国の息子、娘です。
国民が国の王、相続者になるというのです。偽りによってつくられた社会主義、共産主義、寡頭政治の抑圧の循環システムではありません。
今、最後の終末、審判の時代を迎えていますが、終末は「世界の終末」を意味するというよりは「この世の支配者の終焉」を意味します。艱難や苦難はもちろん避けられないでしょう。私たちはそれに対しての備えをしなければなりません。それは事実です。
しかしそのトンネルの先には別の世界、来るべき王国が開けることを知って、審判を超えていく知恵と力を持たなければなりません。来るべき王国がどのようなものなのかは天一国憲法から窺い知ることができます。その世界が地上に到来する様子を目の当たりにすることでしょう。
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