2016年1月29日金曜日

亨進様■ 今明かされたストーリー <全編>

Hyung Jin Nim  the Untold Story

亨進様 今明かされるストーリー 
インタビュアー:パンザー米国会長






第一章- 七死復活 
第二章- お父様のお側で過ごした2年間
第三章- アメリカで過ごした子供時代
第四章- お母様とアジアの摂理への願い
第五章- 天正宮建設の後のお母様
第六章- 2015年まで沈黙を守った理由
第七章- ペンシルバニアの荒野で学んだこと
第八章- アメリカと天一国建設


第1章 七死復活

ある日幻を見ました。


お父様の御顔が一万の太陽のように輝き、近づくことができません。
同時に、お父様の体が監獄にあるのを見ました。
お父様の霊人体がまた同時に地獄にあるのです。
つまり肉体は監獄にあり、その霊は地獄にあったのです。
地獄では魔物たちがお父様を八つ裂きにしていました。
そこでお父様は魔物たちに向かって「子供たちを解放する代わりに私の体を持って行け」と叫んでおられました。
魔物たちはお父様の肉をむさぼり、お父様を抱えては引き裂いていました。


この幻を見たことで、私は霊的突破口を開きました。
父様は6回の生死をさまようような牢獄と拷問の生活を送られた。
逃げるのではなく、よろこんで拷問を受けるその場に進んで行かれた。
それは私のため、家族のため、氏族とその未来のためにそうされたのです。
お父様がそういうことを「私」のためにされたことを初めて知りました。
あらゆる苦労は「私と家族の救い」のためにあったのだと。
私たちが神様の前に正しいものとして立てるのは、お父様がこのようにして支払われた蕩減条件のおかげなのだと悟りました。
そこから七死復活が出てきました。


お父様の愛は、友のために一度死ぬ愛などではなく、愛する子女のために何度でも何度でも死ぬそのような愛でした。
私はイエス様のみ言から存在論的に一段飛躍しました。
お父様が「真の愛」とおっしゃるとき、このような何度もくぐられた拷問などの十字架路程を通してお父様が現実に体現された愛を指すのだということを悟りました。
それは私と関係のない苦労、蕩減ではなく、お父様の苦難の路程は、「私」が神様の前に正しく立てるようにして下さるものだったということです。
私と家族、孫、そして子孫が神様の前に正しく立てる者になるためです。
神様がこの啓示を与えられてから、お父様への見方、お父様との関係において完全な変化が起こりました。


それまでお父様は、私にとって偉大な教師、偉大な指導者でした。メシア、救い主である意味が分からなかったのです。しかしこの啓示によって、お父様が救い主であられ、それなくしては誰も神様の前に正しきものとして立てないのだと悟りました。


お父様が蕩減を払い、代償を支払うことで、私がその路程を歩まなくとも神様の前に立てるのです。これは巨大な転換でした。お父様が何者であるか分かったのです。その価値の大きさ。単なる教師、預言者ではないのです。メシアと預言者は違うでしょう?


私たちが神様の前に正しいものとして立つために犠牲になられる人類の救い主なのです。これが私にとっての一大転換点でした。


パンザー会長-
お父様は私たちに責任分担を果たすように強く迫ってこられました。しかしお父様がして下さったことを忘れてはならないのですね。


その通りです。96%です(笑)私たちの責任分担は、救い主を信じて従うか、信じないで背を向けるか、そのことでしょう。


第2章 お父様のお側で過ごした2年間


パンザー会長:  
韓国協会では色々お忙しかったと思いますが、お父様はそのすべてを横に置いてお側(そば)で生活するようにおっしゃいました。その期間について、どのようなものであり、学んだことについてお話しいただけますか


素晴らしい期間でした。おそらく私の人生で最高の恵みの時であったと思います。
当時、世界中の全教会、世界宣教本部、UPF(天宙平和連合)、世界青年連合、世界CARPなどのすべてを私に任せて下さっていました。大変に大きな責任です。
忙しさにかまけて神様との関係をないがしろにしがちです。おまけにソウルの天福宮の責任者でした。目まぐるしいほどの忙しさでした。それに加えて毎日のトレーニング、2時半に起きて霊的訓練など、毎日休む暇がありませんでした。


このように多忙な時期を過ごしましたが、そこには自分は大変な仕事をこなしている、それだけ神様に尽くしていると錯覚する誘惑もあります。そのような時にお父様がお側で生活するように呼ばれました。大きな転換ですね。一切のスケジュールがなくなりました。スケジュールを組めないのです。外部からVIPが私に会おうとしても会えないのです。週末には家庭連合の家庭を訪問していましたがそれもできなくなりました。そのほかあらゆる行事への参加もストップしました。


お父様についていくのが最優先で、お父様も常に動いておられました。アメリカに行かれたり、また韓国に戻って、突然、世界巡回されたり。そのすべてに同伴しました。釣りにも欠かさず行きました。今日ラスベガスのミード湖で釣りをしたと思ったら、翌日は太平洋で釣りをするという具合です。まったく環境が変わったのです。私は才能ある漁師ではなかったのでよく船で瞑想をしていました。スケジュールのないスケジュールに慣れようとしました。どこであれ、お父様が行くという所に従って行きました。最初のうちは精神的にも困難なことでした。次に何が起こるのか予測がつきません。


しかしある時点でそのストレスから解放されました。お父様に乗っかって、お父様の動きに身を任せることにしました。自分の仕事に思い煩うことなく、お父様と一緒に過ごすことを最優先したのです。そう決めてから、本当にお父様との時間を楽しみました。
私も素をさらけ出して、一緒に総合格闘技を観戦しました。私が実際にやって見せたこともあります。警護員を絞め技でギブアップさせたり(笑)。本当にお父様とはそういう親密な時間を過ごしました。


お父様が格闘技を愛されたことは驚きでした。わたしは格闘技をしている事実を公から隠してきました。ところがお父様は全面的に受け入れて下さったのです。お父様もとても好まれたのです。
ある台風の朝、韓国南部のある小さな島にいたのですが、(韓国)政府はすべての船に出港禁止命令を出しました。台風が通り過ぎるまで出港できません。その日は部屋にこもって総合格闘技をお父様と見たのです。ポイント、ポイントで私は解説しながら一緒に見たのですが、深い親子の絆を感じました。


船でお父様が居眠りをされたとき、船室にお連れして二人きりで寝転びました。そのときの写真もあります。


お父様とのそのような密な時間を過ごすことは、私に重要な悟りを与えてくれました。宗教や宗教的純粋性、条件や修行が大切なのではない。それらは世間に自分が善人であることをアピールするための手段に過ぎない。真に大切なのは神様との関係だということです。


それをお父様は教えて下さいました。宗教家、宗教指導者としてのお父様を超えたところでの本当に親しい関係、触れるほどの現実味のある喜び、愛情、抱擁を感じたのです。


総合格闘技は本当に血なまぐさいのです。私の中で、一日に何時間も瞑想する宗教家の姿と格闘技とは一つになることはありませんでした。それが解放されたということです。お父様が完全に受け入れて下さることで、私も格闘技を受け入れることができました。本当に素晴らしい日々でした。


それらの日々があるからこそ、お父様との関係性によって、聖和後に生じたとんでもない出来事の数々や困難の時を超えることができました。すべてを失いお母様さえも私たちに背を向けるという絶望と孤独の時にも力を与え続けてくれたのです。


ですからこの2年間はお父様が与えて下さった貴重な時でした。これを理解していなければ後継者、相続者として「関係性」や「関わり」ではなく「宗教」を教え続けていたことでしょう。計り知れないほどの転換でした。それがなければ、共に生きる人間としての神の人、キリストではなくレバレント・ムーンの神学を講義していたでしょう。大きなお父様の贈り物であり、恩寵でした。

第3章  アメリカで過ごした子供時代


私はいたずら好きでしたから、たとえば姉が誰もいないと思って着替えている時、わざとのぞき見をするのです。それに気付いた姉は「こらーっ!」と怒鳴るんですね。いつもそう言う風なちょっかいを出していました(笑)


お母さまは厳格な韓国の母親でした。服の寸法、服のつり合いなど我が家にふさわしいイメージを大切にし、体面を尊びました。これはお母さまに限らず、韓国やその他のアジアの母親一般にみられることです。世間に注目される家庭では特にそうです。


お母さまは私を盛装させるのですが、それが嫌でした。スケボーをする子たちのようなラフな服装を好みましたね(笑)。幼い時は髪も長くのばしました。いわゆる上流家庭のお坊ちゃんの型にはめられたくなかったのです。耐えられないことです。


高校時代の友人はほとんど黒人、ヒスパニック、イタリア系などの少数派に属する人たちでした。白人の上流家庭の子供のようには振る舞えませんでした。ところが家は世間で知られた家庭だったのでそのぶん型にはめられがちでした。なにせエリートたちとの付き合いがありますから。でも私の魂は型にはめられることに抵抗しました。


パンザー会長: 
お父様はあえて(亨進様が)アメリカで教育を受けて育つことを選択されました。少し思ったのですが、もし韓国で育っていたとすればどう違ったと思われますか。アメリカではおっしゃるように少数派の人たちと交流できました。


そうですね。甘やかされた超エリートの財閥の息子のようになったでしょう。そういう風になりたくないから荒々しい格闘技の世界に入りました。先生はその辺の喧嘩の強者ではなく、プロのリングに立つプロの格闘家です。「上流階級のお坊ちゃん」とはほど遠い世界です。全身にタトゥーが入っている(笑)。


神様は私をエリートの文化から切り離して、それとはまったく異なる異質な文化へと導かれたのです。


女性は大抵、男の子を紳士にしようとします。もちろん私も紳士ですが…。一方でそういうサブカルチャーに触れることができたことに感謝しています。格闘家や一般にエリートとはみなされていない人々との出会いです。彼らの闘志、テクニック、研究と情熱はすばらしいものです。そういう文化に浸ることができて良かったです。おそらく韓国にいたらそういうことはなかったでしょう。


神様は私の自由と責任において、霊的にそういう環境を通過させてくださいました。エリートの中央集権はひどく危険であることを学びました。いつだってそうです。こういうことが(アメリカで育ったことの)利点といえるでしょう。


私が最も影響を受けた人は一歳年上の榮進兄さんです。私は学校では悪い生徒だったのです。その私を榮進兄さんは高校卒業後、一年間かけて勉強の仕方などを訓練してくれました。それだけではありません。それ以外にも投入して愛してくれました。若い私に大きな影響を与えてくれました。


兄弟も姉妹も全員が私の成長のために何らかの貴重な影響を与えてくれました。人々の知らない内容も色々あります、あれこれ言うことはたやすいことですが結局、全員が信仰を持たなければならない。お父様への信仰を持たなければならないのです


成長してから大きな影響を受けた人はもちろん国進兄さんです。経済、自由市場についての理解、自由とは何か、自由はどれほど価値あるものかなどについての私の理解は国進兄さんによるものです。


お父様は兄さんの「自由社会」や「強い韓国」「強い日本」「強いアメリカ」などの思想を本当に心から喜ばれました。それらは周囲の大国からそれぞれの国を守り自由であるための方策としてだされたものでした。


例えば政府を天使長と定義するなど初めての試みですが、お父様は夢中になって喜ばれました。お父様はこれまでつねに中心勢力である天使長から攻撃されてきたからです。日本、韓国、北朝鮮、アメリカのどこででもです。ですから私がこの考え方をお父様に報告すると、お父様は声を上げて喜ばれたのです。


国進兄さんは組織の理解にかけてはそのような天才的なものがあり、誠実で名誉を重んじる人です。大人になってからは指導性や組織論についての多くを国進兄さんから学びました。マクロ経済学などは神学とはかけ離れた世界ですが、重要であることに変わりありません。

第4章 お母様とアジアの摂理への願い

お母様が謙遜になってお父様を称揚して下さることを願っていました。
もしお母様がマザー・テレサのようにキリストの前に謙遜であり。お父様を讃え、栄光を帰してさえいれば…。

お父様から受けた親密な愛、お母様にのみ与えられた貴重な美しい時間や愛の姿をほかの人々に広く証しながらお父様を讃え、自分の救い主、自分のメシアとしてその栄光を高く掲げてさえいたならば…。
自分も罪人、聖書の言う「汚れた衣」であったが真のお父様を通して再生し新たにされ、そしてお父様とともに今の位置に立ったと証されていたなら、真の母、完成した対象、完成したエバになっていたことでしょう。
完成したエバは主体の位置になど立ちません、主体ではないのですから

エバが完成するということは、主体を高め、他の誰よりも主体を愛する対象的相対の位置を完成させることです
もしお母様がそれらのことを成していたとするならば、栄光の中の栄光として世界中が敬拝したことでしょう。

その位置を国進兄さんのように勝利していれば、今も私たちはお母さまと共に目標に向かって活動していたことでしょう。当時、東アジアにはかつてないほどの大きな基台が既に築かれていたのです。

国進兄さんはすでに日本と韓国の現在の国家元首がその職につく前に面会していました。多くの政治指導者を集めて「強い韓国」の講演も開いていました。軍の元帥クラスの集まりに呼ばれてどうして韓国が強くなければならないか、レクチャーしたこともあります。また韓国内のトップ200企業のトップCEOにも就任していました。統一財団を史上初めて黒字にしたことでCEOマガジンの巻頭も飾りました。

韓国をはじめとするアジアの有力者たちの中でも、国進兄さんは極めて有望な指導者だという認識が出来上がっていたのです。サムソンやLGのイベントにも招かれ(統一)財団にそれら企業の非常に有能な人材を何人もリクルートしました

いままでにない変化がもたらされました。機関企業は経営をまったく知らない者たちが運営しており、経営とはお父様から補助金をもらうことだと考えている始末です。

20年間アメリカで国進兄さんが行ってきた市場での自由競争など、彼らは創造もつかなかったのです。兄さんは倒産した会社をアメリカの同業種の中でベスト10にまで成長させました。自由市場での競争にたけていました。

それらの基盤の上に政府上層部とのパイプもありました。韓国国防部の現役の副長官が私たちのイベントに参加しましたが、アメリカでいうなら国土安全保障省の副長官が行事に出席するようなものでね。

一方、宗教の世界でも私は国内最大の仏教宗派とも交流を重ね、ある宗派の最高指導者は何度も天福宮を訪れ、私も彼らを頻繁に訪問しました。
このように宗教圏にあっても、多くの国家的指導者とつながりを持っていました。

内的には組織の腐敗を正すことを進め、韓国幹部による日本人メンバ―に対する異常な搾取にもメスを入れました。大きな決定は必ずお父様に報告しましたが、真のお父様も私たちのすることには全面的に賛同して下さいました。

このような一大変革が起こっていました。

幹部の作り上げた冷酷な圧政から教会員を解放させようとしました

お父様は運営に細かく指示を出すお方ではありません。なすべき事を祝福されましたが、実際の運営は幹部に任せていました。細かく口を挟まれないのです。
その結果、組織は韓国幹部の派閥による犯罪組織にも似た権謀術数の中で形作られることになりました。どれだけ自分を肥やすかに関心があるのです。

そうして真のお父様または真の家庭のどちらかを(自分たちの責任を負わせる)スケープ・ゴートにします。
その腐敗した組織の改革はお父様も100%支持されました。

お母様がもしその位置を守ってお父様を立てていたならば、人々の自由のために息子は仕事をしているのだと理解していたなら、最高の女性として途方もない成功、途方もない勝利を収めていたことでしょう。真の母としての栄光を受けたことでしょう。

パンザー会長:
私が感動することは亨進ニム、国進ニムもヨナニムも本当にお母様の勝利を願われていたことです


もちろんそうです。国進兄さんは宣教会を作り、お母様が将来、幹部にお金の問題で頼らなくてもいいように5億ドルを用意したのです。しかし私の聞き及ぶ限りでは「お母さまを愛しています」を連呼する者たちにほとんどそれを奪われてしまいました。それとともに日本の食口に対してますます献金要求の締め付けが厳しくなっています。

お母様がその対象としての位置を守り、主体の位置に飽くなき欲心を示すことがなかったならば、完成したエバとして栄光を讃えられていたでしょう。権力に対するよこしまな欲望によって堕落し、その位置を失い栄光を失うという悲劇を招きました。

しかしお父様の勝利が損なわれることはありません。天国は来るでしょう。しかし祝福を通してではなく艱難を通してるようになりました。



第5章 天正宮建設の後のお母様


母の心の底流に「自分は犠牲者だ」という思いが常にあったと思います。そこに捉えられてしまっていたのでしょう。自分は犠牲者であり、お父様が全権を持ち、自分は声を上げることもできない。六マリアなど公表できず、胸に秘めておかねばならない問題もあった」等々。


家庭連合はいまだにこれを隠しています。この点に関してはメシアを信じていないのです。母と同じです。「お父様にも弱点があった」。指導部はこう言っていますよね、記録にも残っています。彼らはお父様をメシアとは思っていません。


母が「自分は犠牲者である」という強い心的傾向をもっていることは誰もが知っていました。しかしその思いの強さ、大きさの規模を誰も想像すらできませんでした。ましてやそれに対して「復讐」するほどだったとは。


これが衝撃的であり、多くの人を驚かせたのだと思います。私たちにとっても衝撃以外の何物でもありませんでした。到底、愉快なことではありません。


それが私たちが母の下を去った理由です。お父様から離れ去った母のもとからカインとアベルが離れることが必要でした。そうしなければ自由がありません。もしそばに居続ければ、お父様を冒涜する一味になってしまいます。その結果王国が失われてしまします。


カイン・アベルが(お母さまから)離れ、真のお父様を主体的中心に据えることによって、たとえお母様が失敗して真の母の位置を失ったとしても天国への展望が開かれるのです。


三代かけてお父様御自身が王位を継承した三代王権としてそれは成就するでしょう。失敗したお母様の空位を埋めるべく私の妻がエバの位置を継承して真の母の位置に立ちました。


このようなことになるとはだれも想像もできなかったでしょう。もちろんお父様の晩年にはお母様が争うことも多くなりましたし、お父様は堕落の血統だ、などと言いお父様は「離婚する」と答えるなどのやり取りを見てきました。そのように争いがエスカレートしていくのを見てはいましたが、清平(修錬苑・天正宮)ができるまではそれほど気には留めていませんでした。


しかし清平(天正宮)ができてからというもの母は抑えがたく尊大になりました。「私がこれを建てた」「私がいなければこれはできなかった」「韓氏の血統がなければできなかった」「洪ハルモニ(大母様)がいなければできなかった」「すべての栄光は自分にある」「スタジアムも王宮も私が建てた」等々
世界中から食口が清平に集まるようになったのは、お父様が金孝南に権限を与え、全食口に彼女の修錬会に参加しなさいと呼び掛けたからであって、金江南自身が特別な能力を持っている訳ではなかったのです。


すべてを神様とその実体であるキリストに栄光を帰すこと、これは信仰者のいろはです。母はそれすらできなかったと言えるでしょう。すべてをお父様の栄光に帰することができなかったのです。


最終的には神様がすべてを用意されたおかげで勝利できるのです。


確かに母は不満をもち、犠牲になったという恨をもってはいましたが、その恨の大きさ、復讐の激しさを見て私たちは衝撃を受けました。

お父様が定められたことをことごとく変え、祝福リングからお父様の名を消し去ることまでしました。お父様を完全に消し去ろうとしています。母が独自路線に走り、自ら神を名乗るなど、三年前から始まっていました。それで母のもとから去ったのです。



第6章 2015年まで沈黙を守った理由

母がその道から引き返すよう(その間)全力を尽くしていたからです。


仮に当時私が今のようなことを話しても(食口たちは)何を言っているのかわからなかったでしょう。
三年たって、証拠がたくさん出てきました。母がお父様から離れたという事実を否定したくとも否定しようのない事実の数々です


愚かであることを願う者たちもいたかもしれませんが、私は愚かではありません。社会学も、心理学も群集心理までも理解しているつもりです。公的生活も理解しています。
だからお父様は私を選ばれ、信じて下さったのでしょう。


私たちは愚か者ではなく忠実で名誉を重んじる者たちです。物質的富は人生の目的にはなりえません。名誉ある人には富は自然と付いてくるものです。富だけを求めるなら不名誉をこうむり審判を受けるでしょう。今の家庭連合がそうです。金力、資産、権力を追い求めはしますが、神様の愛やキリストの愛を求めようとはしません。だから今崩壊しつつあるのです。


何も持たずに出てきました。ここには何もないのです。オバマ・ケアを受けるほどでした。
大変なバッシングを受けすべてを失いましたが、お父様を手放さなかったおかげですべてを得ることができました。


名誉を重んじる人々、正義のため闘う人々、王の王のため立ち上がる人々が大勢出てきました。そうした人々が立ち上がり私たちと共に活動しています。彼らは組織ではなく信仰によってつながっています。ここからあれこれ指示を出しません。それぞれが自治体です。ただキリストへの信仰と愛で結ばれているのです。


集まった人々は真に名誉を貴ぶ人たちです。お金がどうこういうのではなく、のろわれても憎まれてもお父様のために立ち上がる本物の人たちです。


こういう人々とともに歩めることは本当に名誉あることです。これらの名誉、倫理、お金や権力ではなく善の追求を重んじるKタイプの人々の上に文明は築かれます。


それに加えて信仰生活を貴び、祝福子女であることを貴く思う多くのKタイプの若者も集っています。


もちろん風変わりなおかしな人もいてもいいのです(笑)。自由ですから。自由と責任はそういう未完成状態を超えて罪人をキリストの信仰と愛で一つにするでしょう。
神様が私たちを清め、新しくして下さるでしょう。


自己愛と自己憐憫の教会ではない讃美に満たされた神様を愛する世界的教会です。
それが文明変え文明を築くのです。だから今大勢の人々がお父様の王権に引き寄せられ、王権と行動を共にするようになっているのです。


皆さんは私がどのように暮らしているのか知っています。長い期間ごまかせません。ずっとそばで暮らしてみればその人の人間性が分かるのです。


天正宮にいればあまりに離れているので外見しか見えません。同じところで暮らしていればどのように生活をしてどんな人で、子供達のことなどもすべて偽りなく知ることができるのです。


私たちは虚栄心や自己愛ではなく偉大なもののために生活しています。二代目王としてお父様を高く掲げ、お父様の王国を建設したいのです。


第7章 ペンシルベニアの荒野(ミドバー)で学んだこと

パンザー会長:
ご家族とともにペンシルベニアに移ることを決意されました。どうしてペンシルベニアに決めたのか知りたいと思うのですが・・・荒野のダバーに。


ミドバーです。ダバー(神のみ言)に由来しますが。
あなたはユダヤ人だから知っていなければ(笑い)。
パンザー会長:
すみません。私は出来の悪い生徒ですね。(二人の笑い)
私たちは、残念なことにお母様がご自身の神学を続けることを決断され、それを変えるつもりがないという現実に直面しました。それで、イーストガーデンを出ていくことは、はっきりしていたのです。もうここにはいられないと。それでも彼らは、あなたはまだ給料をもらっているじゃないかと言うために、送金しようさえとしていましたが、私は韓国の銀行口座を閉めてしまいました。それで給料を送金できなくなりました。私はすべて切ってしましました。彼らが自分にひもを残さないためです。「いやいや、彼は資金を受けているよ。」と言わせないために。すべて切りました。なぜならサタンがどのように働くか知っているからです。そのひもが繋がっていると、彼らはいつも「あー、やっぱりそうだ。お母様が彼にお金を払っているんだ。」と言うのです。それは真の子女によく起こることなのです。逃れることのできないひもがつけられているのです。私はそれを切ってイーストガーデンを出ました。
私たちは荷物をまとめていたんですが、國進兄さんは、ご自分の会社のことでもうニューヨークから出ていました。彼の工場はもう別の場所に移転していました。私たちは、聖霊によりお父様が導く場所に移ったのです。最初に来たのがPA(ペンシルベニア)つまりこれはお父さん(訳注:Paは「おとうちゃん(呼びかけ)」の意の俗語でもある。)、父を意味します。そして最初についた場所がローズ・バレー(Lords Valley:「主の谷」の意味)でした。えっ本当に?と思いました。ここは國進兄さんが自分のために探していたものでした。ローズ・バレーのサンライズ・レイク・コミュニティです。これはもうまったく信じられないほどのことです。
私はイーストガーデンを出る準備ができ、場所を探す必要があって、國進兄さんが一緒に探しに行こうと言ってくれました。彼はここで探し始め、何人かの人と会いましたが、彼らは不思議にも助けてくれたのです。売りに出される前の古い物件を知っていたのです。それで神様がいろいろなできごとで導いてくださり、なんとか場所を見つけました。600エーカーの掘り出し物の物件でした。広大な荒野のような場所です。
彼の自宅も154というのが番地なのですが、お父様が聖和されたのも午前1時54分だったのです。私たちは「お父さん(PA)」の州におり、独立の州(注:なお州の愛称は)でもあります。ペンシルベニアで独立宣言が署名されたのです。私たちはニューヨークのエンパイア・ステート(訳注:ニューヨーク州の愛称、直訳すると「帝国の州」)を去り、独立の州に来たわけです(笑)。象徴的な帝国からの脱出、出エジプトのようなものです。それはもちろん家庭連合の、ナルシズムの偽りの帝国のことです。それで、すべてがサインでした。154というお父様の聖和の数字も。
ここにいる人々と会って、コミュニティの中に入ってみると、みんなハンターであったり、 人民の武装権を支持する人々であり、この国で最も銃の所有率の高いところであったりして、信じられないほどです。私たちは本当に受け入れられました。お父様の作ったワシントンタイムズの価値が、ここでは非常に尊重されているのです。子供が公立学校に行って、先生に「君のおじいさんを尊敬しているよ。彼はワシントンタイムズを作った。あれはすばらしい。」と言われました。ニューヨークではそのようなことはまったくありませんでした。いつも「いやだ」とか「ひどい」とかでした。別の世界なのです。
お父様がここに導かれました。ポコノ(訳注:ペンシルバニアにあるポコノ山地のこと)岩を意味します。聖書にあるように、私が立つ岩にあるのです。マタイ7章に岩の上に家を建てる賢い人の話があります。風が吹いても倒れることがないという話です。 このような荒野の中に導いてくださったということは本当に驚くべきことです。本当にここは荒野のような所なのです。しかし、純粋な美しさがあります。本物のアメリカ、本物の自由を愛する精神があります。それは、ニューヨークやニュージャージーなどの大都市を支配する共産主義的なものとはまったく違います。
状況は非常に速く拡大していきました。そして、とても素晴らしい人々と出会いました。彼らも迫害を受けていたのですが(笑)。山の男たち女たちです(笑)。そして、ただ神様が導いたのです。驚くべきことですね。
おもしろいことにペンシルベニアは政治的にも紫の州と言われています。スイング・ステート(訳注:揺れのある州:共和党と民主党の勢力が二分される激戦区のこと。「紫の州」も赤・共和と青・民主の中間を意味する。)なのです。右に傾くのか左に傾くのかといった、全米の雰囲気を代表するようなところです。社会福祉もあり大都市もありますが、非常に保守的な面もあります。銃を持つ権利、人民の武装権、自己防衛など。風変わりな紫の州なのです。アメリカ全体の論調の雰囲気を決めているような感じです。地名もローズ・バレーやプロミス・ランド・パーク、全部聖書的なのです。ニューファンドランドも(笑)。すごいですね。
ここにきてからの啓示や夢はすべて、お父様との出会いでした。神秘的な出会いです。そして賛美礼拝を始めると次から次に人々も集まり、もっとたくさんの神秘的な啓示や幻、におい、音、神秘的な感触、神秘的な感覚、そういったすべてのもの、様々な霊的五感が様々な人から解き放たれました。この荒野の地で聖霊の働きと贈り物がそれをもたらしていることがわかります。
私はそれが、お父様がいつも荒野に行かれ、イエス様が荒野に行かれた本当の理由だと思います。それは自分自身を再び発見する場所なのです。サタンと戦う場所でもあります。興味深いのはイエス様も荒野に出てサタンと戦ったということです。それで同じように私たちも荒野に出て世界中のサタンと戦うのです。インターネット部門は世界中の人々をサタンの偽りの支配と囚われの身から解放するのを助けます。
荒野は重要なものを表しています。ヘブライ語のミドバーは、ダバーというみ言を表すヘブライ語に由来していますが、何かと取っ組み合うことも意味しています。ヤコブが天使と組打ちしたのは荒野でした。そしてイスラエルとなったのです。ですから荒野というのは、取っ組み合いをして自分を試さなければならないところです。そして自分が何者かわかるのです。お父様も荒野に行かれました。アラスカやアマゾンのジャングルに行かれ、釣りや狩猟などをされたのです。
以上、訳by oceanus

第8章 アメリカと天一国建設

神様が私たちを韓国や日本ではなくここに連れてきたのは、アメリカに自由がまだ残っているからだと思います。例えば私は若いときに銃を所有していました。兄たちがそうだったので同調圧力があり、男として受け入れられるためにはそうしなければならないといったようなことがありました。しかし、最終的に私はやめてしまったのです。

仏教を追い求めるようになり、非暴力主義者になりました。暴力的な格闘技を捨てて瞑想を学び、菜食主義者になり、まったく正反対の道へ行ったのです。最終的に私は仏教から多くのことを学びましたが、それについてはあまり大っぴらにしてしていませんでした。人の心を理解すること、心理学、といったような点に関して。しかし、仏教を離れるきっかけとなったことの一つは、世捨て人のような社会から隔絶した存在になってしまうことでした。それで、仏教国や非暴力主義者を見てみると、ほとんどが共産主義者なのです。ダライ・ラマは勇敢な人ですが、チベットの歴史でさえ、特権階級のエリート僧侶、聖職者による完全な中央集権なのです。また、チベットの歴史には僧侶階級の性的スキャンダルもあります。カトリックにも小児性愛の不品行がありますが、チベット仏教の歴史にもあります。

仏教の作り上げた社会の基本を見たときに・・・なぜなら、私は個人的にも修行して、自分の人生の目的全体を仏教に注ぎ込んでいましたので、それで自分の心の中を理解することができるようになるのですが、あくまでも個人としてです。しかしそれが社会のレベルに拡大されていくと、何が起こるでしょうか?それはあなたのための社会を作りません。人々のためではないのです。仏教が追及するのは解放です。ヒンズー教も、ヨガもそうです。しかし彼らが作った社会はどうでしょうか?自由ではないのです。全体主義になりました。また、君主主義になりました。自由を土台としたものでなく、中央集権化した君主主義です。世界の実際の歴史を見ると、実際に立憲君主制や立憲民主主義は自由を生み出す母体となっています。

カトリックはファシズムを直接サポートし、ドイツではナチをサポートしました。時の独裁者をサポートしてきました。なぜなら彼ら自身が階級組織だからです。分権化した地方の政府の出現が見られたのは、プロテスタントのキリスト教だけでした。なぜならそれがプロテスタントの本質だからです。それは分権化し、地方化した宗教なのです。階級組織がないのです。信仰も分権化しています。神に対する自分の信仰が問題です。メソジストだとかバプテストだとか何か一つに縛られず、みんな信仰でつながっているのです。組織によってではありません。

それで、分権化した立場から超越して私たちがつながることができる、こういった分権化した宗教、分権化した信念が、アメリカの憲法を作ったものだったのです。自由は神様から直接来るので、自由を得るために一つの政府を成し遂げる必要はないという考えなのです。そして、それが現代の世界での自由の本当の始まりだったのです。アメリカで始まり、皮肉にもヨーロッパへと逆に伝わり、そしてオーストラリアなど世界に広がっていきました。 では、どんな神学的、宗教が始めたかというと、イスラム教、仏教、カトリックは自由を作ることができなかったのでだめでしたが、プロテスタントのキリスト教からスタートしたというのです。

私はプロテスタントが嫌いでした。なぜなら、私は反プロテスタントのリベラルな文化で育ったからです。 今はもうわかっています。リベラルな文化というのは共産主義の文化です。中央集権の権力を信じ、中央集権の政府を信じ、中央集権の教育、中央集権の財政、中央集権の銀行、全部中央集権です。西洋で拡大しているリベラルな文化というのは、単に共産主義の文化なのです。それらはマルクスの計画と一致しています。マルクス主義者、社会主義者、フェミニスト、どんな名前をつけてもやはり社会主義者なのです。 私は今になって、なぜ彼らがプロテスタントを、カトリックよりも、イスラム教よりも、仏教よりも嫌うのか分かりました。なぜなら、プロテスタントは本質的に中央集権の権力に対して抵抗してきたからです。彼らを抑えるのが難しいのです。本質的に中央集権に抵抗しているのです。こういうわけで、リベラルな文化がプロテスタントを嫌い、悪者扱いするのを見るのです。それが自由の、分権化した自由の基礎であったというのにです。

それで、お父様が私たちをここに帰らせた理由というのは、ここでもう一度、根を見つけることができるからだと思います。最初、私は奮起させられたのです。それは、男として自己防衛ができ、銃を持つことができ、そういうタイプの格闘技を学べる自由があるのです。伝統的な格闘技や素手の戦いではなく、最も危険なタイプの格闘技を男として学べる自由があるのです。お父様が平和警察、平和市民軍と呼ばれたものの力を持つことができる自由。天一国の主人である自由な男性と女性は、万物を主管するために、捕食者、野生動物、荒野を恐れないようにするために、力と権利を持ちます。その力を与えるのは、自己防衛を学ぶことなのです。

ここを出るとセキュリティチームはいませんので、自分の家も守らなければなりません。生まれて初めてのことですが、しなければならないのです。私がセキュリティであり、警察・・・というよりもこの場所の保護者なのです。誰かが家を襲ってきたら私が戦います。女性はこういうことは対処できない、とだれかに言われて決めつけられた不安を克服するために、私は妻に力を与え、娘に力を与え、家にいる女性に力を与えることができます。それを克服するために銃を学び、棒やナイフを使った戦い方を学び、柔術を学ぶのです。こういったこ とは危険なことですが、そういった技術を学んで理解するのです。それが力を与えるのです。そして、今の世界でそういったことが本当にできるのはアメリカだけなのです。他の国は非常に中央集権化されてしまいました。だから、全体主義者たちはアメリカに集中してその残ったものを壊そうとしているのです。

ですからそれが天一国でとても重要なのです。天一国において、自己防衛の権利は神様が与えた基本的な権利なのです。 ハンティングの場合に限らず、政府が非常に腐敗して悪くなり、天一国の原理から大きくそれてとても離れてしまう場合にも、人々が政府とその独占的な武力に対して反乱を起こすことのできる力と手段、そして火力を持つのです。人々は暴力を使ってでも取り戻す力も持つのです。神様がその権利を与えます。ですから神の国、天一国ではそれが欠かせないものなのです。そういうわけでお父様は、自由な人間となる姿を受け入れてくださるために私たちをアメリカに戻したのです。王国において平和警察、平和市民軍の人間になるという責任。兄弟を守り、隣人を守り、共同体を守るために。すべての市民がその権利と義務を持ちます。自由に対する力を子供たちに与えるために。

私は、長い間、非暴力主義者だったので、憲法修正第2条(人民の武装権)の価値がわかりませんでした。自由の力関係を、自由の社会学を、そして、自由の政治体制を、共産主義と比較して理解するまではわからなかったのです。それには、深い理解と教育が必要でした。今はもう十分に教育を受けましたので、それらの違いがわかります。私がここにいることは、天から与えられたものだと思います。おそらくアメリカだからできるのです。真の自由という観点では、世界中のどこよりも高いのです。その観点では。


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