2015年7月4日土曜日

2015年6月30日韓国語説教 神の真理のみ言葉2 文亨進


2015년 6월 30일 '하나님의 진리의 말씀2'

自分自身を神と考えるとき、それは結局サタンの弟子となるのです。
2015年6月30日 神の真理のみ言葉2


 こんにちは、シックの皆さん。
今日は先週に引き続き、神の真理のみ言葉についてお話したいと思います。

先週、皆さんも覚えておられるでしょうが、考古学者がどのように神様のみ言葉を無視するのか、また、どのようにして世界的にそのような文化を形成したのか、そして、まさにそれを現代文化と呼んでいる現状を学びました。

世界のトップ大学を支援する資産家たちのために、すなわち、自分たちがスーパーエリートであり、神だと考えるそのような者たちのために、神のみ言葉、イエス・キリストに敬拝という内容をやりたがらないというのです。
世界中のトップ大学に数千億という支援をしながら、聖書と神の文化を無視する教授を雇用し、それらの文化を現代文化であると教えるので、そこで教育された全ての若者たち、2世、3世が、神様のみ言葉を無視するようになり、聖書は単なる信憑性のない作り話だと考えるようになるのです。
そういった教育を受け、聖書を信じなくなった人たちは、自然とイエス・キリストとを無視するようになり、結局、再臨のイエスとも何の関係も無くなってしまうのです。
サタンの目的と計画は全て繋がっています。なので、私たちの教会を見ても、キリスト教文化を攻撃し、聖書を無視してきた人たちは常に指導者たちでした。お父様は神様の息子、再臨のイエス・キリストとして、創世記からヨハネの黙示録まで聖書を完全に理解されたうえで、啓示を受けられながら原理を探されたのです。

北朝鮮から非難されるときも、教会を設立される前も、常にふろしきに聖書を包み歩まれました。お父様には聖書しかありませんでした。お父様は聖書を隅々隈なく読まれ、どれだけ聖書を勉強されたのか、お父様の聖書にはページがありません。それほど激しく神様のみ言葉を読まれ、また摂理路程、預言者を徹底的に調べられ、イエス・キリストのみ言葉とその牧会を幾度と勉強されながら、その中の内容を明らかにされ、原理の全ての内容を見つけ出したのです。全ての根は聖書なのです。

 サタンには目的があります。統一家の人々、再臨のメシアを信じる人々から聖書を遠ざけることによって、イエス・キリストを無視し、究極的に再臨のイエスまでも無視するように仕向けることです。皆さん、先週、世界のトップ大学で働く、ステガー教授のように、詐欺の情報を学生たちに教える人たちを見ましたね?ダビデ王など聖書に出てくる人物は全て作り話だと、考古学上それを裏付ける証拠は何も無いと、まるでそれが確固たる事実であるかのように言うのです。皆さん、先週、一緒に勉強しましたね?ヨシュアとエバル山の祭壇についても、先週見ました。

 今日は、エルサレムを見てみようと思います。
サムエル記下5章を見てみましょう。『6:王とその従者たちとはエルサレムへ行って、その地の住民エブスびとを攻めた。エブスびとはダビデに言った、「あなたはけっして、ここに攻め入ることはできない。かえって、めしいや足なえでも、あなたを追い払うであろう」。彼らが「ダビデはここに攻め入ることはできない」と思ったからである。7:ところがダビデはシオンの要害を取った。これがダビデの町である。』 ここで重要なことは、エルサレムをダビデの町(城)と呼ぶことです。8節をみてみると、『8:その日ダビデは、「だれでもエブスびとを撃とうとする人は、水をくみ上げる縦穴を上って行って、ダビデが心に憎んでいる足なえやめしいを撃て」と言った。それゆえに人々は、「めしいや足なえは、宮にはいってはならない」と言いならわしている』 考古学者たちは、聖書の言葉が事実なのか、それとも長い歳月の中で内容が変化していったのか、それを見ています。もし、この聖書の言葉が事実であるならば、「水をくみ上げる縦穴を上って行って」とあるように、ある種の上り坂のトンネルがエルサレムになければなりません。9節を見てみましょう。『9:ダビデはその要害に住んで、これをダビデの町と名づけた。またダビデはミロから内の周囲に城壁を築いた。10:こうしてダビデはますます大いなる者となり、かつ万軍の神、主が神と共におられた。11:ツロの王ヒラムはダビデに使者をつかわして、香柏および大工と石工を送った。彼らはダビデのために家を建てた。』 「ダビデはその要害に住んで」とあります。ということは、ダビデが住んでいた家があるはずですね?なので、考古学者たちはエルサレムに、ダビデ王が住んでいた大きな城を探さなければなりません。「ダビデはますます大いなる者となり」という意味は、ダビデがだんだんと強くなり、金持ちになっていったということです。なので、それを裏付ける豪華な証拠物も発見しなければなりません。

ところで、学者たちはどう言ったでしょうか?オクスフォード大学を卒業したキャサリン・ケニョン氏は「ダビデ王の都市の建造物の痕跡をただの一つも発掘することができなかったということは、失望的な事実である、、、、、ダビデ王の歴史的時代を証明することのできる希望の痕跡はただの一つも探すことができなかった、、、、なので、この地域(聖書的)内容は、古代エルサレムの人々の創造によって書かれた知識であると結論付けることができる。」 キャサリン・ケニョン教授が1961年から68年まで、ダビデ王の都市、エルサレムを考古学者として調べました。そして、何と言いましたか?「ダビデ王の都市の建造物の痕跡をただの一つも発掘することができなかったということは、失望的な事実である」 オクスフォードを出た教授が7年の間、エルサレムの地を調べに調べつくした結果、ただの一つも痕跡を発見できなかったと言ったのです。

このような内容を通じて、60年代から現在まで、ハーバード、プリンストン、イェールなど、多くの大学で学者たちが「見てみろ、考古学的に何の証拠も出てこなかった」と、「聖書は全て作り話、ギリシア神話に出てくる、ゼウス、ヘラ、アテナのように、この本を現実的に見ることはできず、何かの古代神話である」と、結論付けたのです。そして、この思想が全世界に広がるようになりました。考古学の現代化というのは、すなわち聖書を無視するようになったという意味です。それが、現代化の意味なのです。
これが、私たちとどのように繋がっているのでしょうか?聖書を無視するようになれば、聖書を根とする原理を無視するようになります。聖書に出てくるイエス・キリストを無視すれば、聖書に予言される再臨のイエスを無視するようになるしかないのです。若者たちを見てください。両親が聖書や原理について話をするとき、幼いときはよく聞いています。しかし、大きくなり、勉強をして現代化した後、「それは、年配の人々が信じていることであって、、、」と考える人が大多数です。

私たちの文化でも、そうでしょう?全世界の統一家2世の中で、「聖書は神様のみ言葉である、私たちは聖書を勉強しなくてはならない」と、そのように主張する2世はたぶんいないでしょう。そのような3世も当然いないでしょう。
なので、世代を重ねるごとに信仰が弱くなるのです。私たちがどこから来たのか、また、神様が長い摂理歴史の中で、どのような摂理を経てお父様まで来られたのか、それを分からないのです!それに対する愛着もありません。知識もありません。現代化の名の下に、神話だと考えるからです!サタンの罠に完全にはまってしまいました。
「キャサリン・ケニョン、オクスフォード大学を出た専門家、うわあ、このようなキャリアを持ったキャサリン・ケニョン教授が「ダビデ王の都市の建造物の痕跡をただの一つも発掘することができなかったということは、失望的な事実である」と、仰った、、、。」と。

 テルアビブ大学の考古学科学長であるイスラエル・フィンケンスタインはこう言いました。「、、、雄大な建物が一時そこにあったという証拠は一つも探すことができなかった、、、(ダビデ王の)神話のような統一王国は文字通りいつわりである。」 イスラエルで最も大きな大学であるテルアビブ大学で考古学の専門科であり、実際にエルサレムに住む人です。その人が「証拠を一つも探すことができなかった。(ダビデ王の)神話のような統一王国は文字通りいつわりである。」 専門科である詐欺師がまたこのようにいいましたね。

 次を見ましょう。テルアビブ大学教授であるデイビッド・ウシーキン氏は「残念ながら私は燦爛としたソロモン王の首都を証明する証拠を探すことができなかった。その理由はその証拠物がまだ発掘されていないからではなく、その証拠自体が存在しないためである。」 このような文化は現代も多くみられます。現代化は聖書無視、知識でもって聖書にでてくる内容が偽りであり、神話であるということを認めることが現代化であると言っているのです。「有名な教授がこういうので、私たちは信じなければならない。彼ら考古学者が実にまじめに調べた結果、無いと言うのだから、、、」と。

 コペンハーゲン大学のナイルピーター・レンチ氏は「今や考古学のデータはダビデ王とソロモン王の王国は存在しなかったということが事実であることを明確に示してくれた」 何を示したと言っていますか?聖書は嘘である。「聖書は嘘であり、偽りであり、神話であり、作り話であるので、それを信じるようならば、皆さんは現代人になれませんよ」と。こういった結論ですね。そうでしょう?
これらの教授たちから40年、50年を経て、そのようなドキュメンタリーを作り、TVプログラム、ディスカバリーチャンネル、ヒストリーチャンネルなど、どんなTVを見ても、聖書を考古学の立場から見たとき何の証拠も見つからなかったといいます。
そして、“知識の不足した人々、学びの浅い人々がそれを信じるのはしかたないが、現代人であり知識人である私たちはそういったものを信じることはできない、不学な愚か者だけがそれを信じるのである”と、そういうことを言っているのです。言葉には出しませんが、結局はそういうことです。そうでしょう?「聖書は不学な愚か者だけが信じるものならば、原理も信じることができないな、、、。
原理の基礎は全て聖書なのだから、、、。また、聖書が神話ならば、イエス・キリストも架空の人物?」と、こうなります。

考古学的な立場から見れば、イエスが実存した人物なのか確かではないと考える教授も多いです。イエス・キリストも実存した人物でなく人間の作り話ならば、再臨のイエスは尚更のこと信じられないでしょう。「自分の両親は学びの浅い人々なのでそういったものを信じたのであって、私たち現代人は教授の言葉、証拠を信じなければ、、、」 
そういって、80~99%の2世たちがそこで引っ掛かり離れていきました。教授たち、そしてその支援者たちには目的があるのです!新世代を洗脳しようとする目的、サタンがいます。
その新世代が聖書を無視し、馬鹿らしいものだと思うようになれば、聖書を見て、「(あざ笑いながら)なぜ、あの人たちはこのような本をよむのか」というような、そのような文化を作れば、多くの人がそのトレンドに従ってサタン主管圏に入っていくようになるのです。聖書から離れれば、サタンの主管圏に入るしかありません。

今回、成和学生たちがキャンプをしたので、そこで説明をしました。「全世界の思想はあなたたちを聖書から離れさせようとするものである。どの思想、瞑想、道を見ても、聖書を無視するように導きます。それらのどの道に行ったとしても、同じ結論が導き出されます。共産主義、瞑想思想、道を磨く思想など、私はその道をすでに行きました。そして、私は発見しました。なぜ、それらが偽りであるのか。
道を磨きながら自分が神になります。その方法が何であろうと皆、結局は同じです。複雑に哲学的に説明しようとし、知識人のふりをして難しい単語を使いながら意気揚々と話をしますが、結論は何ですか?“お前は神であり、お前は自分を愛せ” これです。


神様の十戒の第一の戒め、最も重要な戒めに背くようになります。自分を神と考え、自分に侍るようになります。その戒めに背いた第一番目の異端者が誰ですか?ルーシェルです。
 「全ての思想はあなたたちが聖書を避けて通るように導くだろう」と言いました。思想やら、道やら、それらどの道も違うように見えて、到着地は皆同じです。善と悪を超越することができるという知識的な悟り、または、道通し善悪を超越することのできる知恵、悟りを通して、自分は神より高い位置にいる、私は神であるという結論、ヨガを通して神と一つとなったので私も神であるという思想、結論は常に同じです。同じだと言うのです。
“あなたを神と考え、自分自身を愛し、あなたの栄光を高めよ。あなたは善と悪さえも超越することのできる悟りを開いた者である”。結論は皆これに帰一するのです。

善と悪を超越したと考えた一番最初の人物が誰でしたか?サタンでした。道を磨きその結論に達したとき、その結論を信ずるならば、それはサタンを信じることになります。自分自身を神と考えるとき、それは結局サタンの弟子となるのです。
なぜならば、第一に、神様の十戒の一番初めの戒め、最も重要な戒めに背いたからです。神様だけに侍らなくてはならない。
自分が神であるならば、自分に仕えるのです。自分を神として自分の仕える最初の人物が誰でしたか?サタンです。なので、皆さんはしっかりと把握しなくてはなりません。道を磨く立派にみえる人をみるとき、結論はどこにいくのか見なくてはなりません。善悪を超越することができると考えるのか、ならばあなたはサタンである、このようにしっかりと基準が見えるのです。その人が教える内容はサタンに行く道なのです。神様を無視し、自分に仕えるようになるのです。サタンと同じ道です。
ですが、修行や思想の道を通して、自分を無くし、神様に栄光を返し、キリストに栄光を返し、キリストのみ言葉で自分の心と魂を満たす、そのような道人であるならば、話は違ってきます。それらにはとてつもない違いがあるのです。皆さん、騙されないでください。

 長い年月をかけて、有名大学の教授たちが、このような文化を作ってしまいました。先ほどそのような教授たちの話をしましたね?このような文化を作り、聖書を無視するように導く教授たち、そして、支援者たちがなぜそういった文化を好むのか。その支援者とは世界のスーパーエリートたちですが、彼らが神様の十戒の前に敬拝したがると思いますか? お金と権力、それらで大統領までも決めることができる力があるというのに、自分たちを生きる神だと考える者たちであるのに、、、彼らが神様のみ言葉の前にひれ伏したがると思いますか?ルーシェルは神様の前に敬拝したがるでしょうか?
いいえ、どんな方法と手段を使ってでも、教授を大金で買収してでも、全てをお金で解決しながら、聖書を無視する文化を作ろうとするのです。それが、彼らの内なる目的です。

この目的は成功しました。40年、50年の間、全ての若者たちは、「聖書は単なる古代書、聖書に出てくる内容は考古学的に見ると偽りであった。」と考えるようになりました。そして、このような文化は世界的に広がっていきました。前に出てきた考古学者たちは、確かな口調で話します。「ダビデ王とソロモン王の王国は存在しなかったということが事実であることを明確に示してくれた。」 聖書は偽りである。オクスフォード大学、コペンハーゲン大学、イスラエルのテルアビブ大学の考古学者たちは全て知っている、と。このようなプロパガンダを50年の間して来ました。ですが、その後、2005年ごろにどういったことが起きたでしょうか?見てみましょう。

(写真を映し)これはエルサレムです。また、これはテンプル・マウンテンといって、ソロモンの聖殿というものがあります。その下に三角形が見えますね。ダビデ王の当時、ゼビュサイトという民族がそこにいました。ダビデ王が攻め入り、そのゼビュサイトを滅ぼしました。ところで、エルサレムの中に、ゼビュサイトの祭壇が見つかりました。ダビデが偽りで神話であるならば、ゼビュサイトの祭壇が見つかるはずがありません。そして、この下、ここは書物を保管するところで、町が火に焼けたとき、書物はすべて燃えてしまいましたが、土で作られた印が火で焼かれたために、陶磁器になったのです。51の陶磁器変化した印を発見しました。そして、そこには聖書にでてくる人物の名前が刻まれたいました。アザリア:ヒルガヤの息子、ゲルマヤ:シャファンの息子、バルク:エレミヤ預言者の書記官、ジェラミール:王の息子など、聖書の人物の印が26個見つかりました。

 聖書には、エルサレムのダビデの町にギホンの水の上の源があると出ています。どういうことか見てみましょう。歴代志下32章の30節です。『このヒゼキヤはまたギホンの水の上の源をふさいで、これをダビデの町の西の方にまっすぐに引き下した。このようにヒゼキヤはそのすべてのわざをなし遂げた。』 ヒセギヤ王はダビデ、ソロモン王の200年後に出てくる王です。この聖書によると、ギホンの水の上の源というものがなければなりません。また、その水の上の源から西の方にまっすぐに引き下した、とあります。つまり、ヒセギヤ王がこの水の上の源を西の方にまっすぐに引っ張っていったということですね。ならば、その証拠を探さなくてはなりません。(写真を映し)水の上の源を発見しましたね。そして、その水の上の源から西のほうに延びるトンネルを発見したのです。 

 また、ソロモン王の戴冠式に使ったホールは、聖書によれば、ギホンの水の上の源の横になければなりません。(写真)ギホンの水の上の源を囲んでいる建物があります。だれが、それを造ったのかというと、コンスタンティヌスの母であるヘレン王です。エルサレムを新しい聖地としたので、ギホンの水の上の源の周りに塔をたくさん作りました。ある考古学者がそこで研究をしながら、ソロモンの戴冠式で使ったホールを見つけようとしましたが、これらの壁が邪魔してなかなか見つけることができませんでした。聖書にあるのだから、一度この壁を壊してみよう、ということになり、崩してみたところ、何が出てきましたか?ソロモンの戴冠式のホールを発見したのです。列王紀上1章『33:王は彼らに言った、「あなたがたの主君の家来たちを連れ、わが子ソロモンをわたしの騾馬に乗せ、彼に導いてギホンに下り、34:その所で祭司ザドクと預言者ナタンは彼に油を注いでイスラエルの王としなさい。そして、ラッパを吹いて、『ソロモン王万歳』と言いなさい。』 多くの家来たちと共に、ダビデ王の息子であるソロモンも騾馬、すなわちロバに乗せて行き、とあります。つまり、かなり多くの人々が入ることのできる部屋がなければならないわけです。そして、どうなりましたか?(写真)ギホンの水の上の源のすぐ隣に、そのホールが発見されたのです。

 また、ヒゼキヤ王について、『このヒゼキヤはまたギホンの水の上の源をふさいで、これをダビデの町の西の方にまっすぐに引き下した。このようにヒゼキヤはそのすべてのわざをなし遂げた。』 つまり、ギホンの水の上の源を西のほうに、エルサレムの中央のほうに、引っ張るための工事をしたわけです。(写真)ギホンの水の上の源から西のほうにのびる、このトンネルですが、1750フィート、600メートルほどの長いものでした。西方に伸び、ずっと下のほうにあるシロアムの泉にまで届いています。また、トンネルを発見したとき、同時におよそ2700年前に刻まれた石の書を発見しました。それには、何が書かれていたでしょうか?それは、ヒゼキヤ王は異端を作ったという内容のものでした。エルサレムを訪れると、現在、人々はそこを通ることができます。聖書の内容は全て嘘偽りだったのではないのですか?おかしな話です。

 シロアムの池へと話を進めます。(写真)初め、人々はこれがシロアムの池だと考えました。シロアムの池とは皆さんご存知のとおり、イエス様が盲目の人に対して、シロアムの池に入れ、ならば目が見えるようになるであろうと言われ、そのとおりにしたところ、本当に目が見えるようになったという所です。とても有名なシロアムの池です。ですが、エルサレムでなかなかこれを見つけることができませんでした。シロアムの池には、3千人が入れると書いてあるのですが、どうやってここに3千人入ることができますか?なので、聖書は間違っている、偽りであると、教授たちの結論は常に同じです。なぜ?それはサタンの結論だからです。しかし、エリシュ・クロイという教授、この人はイスラエル政府にある考古学部に所属する人です。聖書を読んで、その証拠を探そうと努力した人です。ルカによる福音書13章でイエス様が言われた内容です。『また、シロアムの塔が倒れたためにおし殺されたあの十八人は、エルサレムの他の全住民以上に罪の負債があったと思うか。』 塔、シロアムの塔が倒れ18人が死んだと、イエス様が言われています。

(写真)崩れた塔らしきものがあります。科学的にこの石を調べてみると、イエス様当時に崩れたものであることがわかったのです。また、聖書にこうあります。歴代志32章『2:ヒゼキヤはセナケリブが来て、エルサレムを攻めようとするのを見たので、、、、5:ヒゼキヤはまた勇気を出して、破れた城壁をことごとく築き直して、その上にやぐらを建て、その外にまた城壁を巡らし、ダビデの町のミロを堅固にし、武器および盾を多く造り、』 これは、ヒゼキヤ王がセナケリブ、つまりアッシリア王国が攻めてくるので、ギホンの水の上の源を西の方、エルサレムの中央の方に伸ばし、東側に大きな城壁を建てたということです。聖書によるとです。
しかし、学者たちはそれを発見できませんでした。キャサリン・ケニョン教授は7年間それを探したというのにです。聖書でいう東側に行ってみると、このような広大な城壁を発見することができました。ヒゼキヤ王のまさにその時代です。キャサリン・ケニョンのような教授を名乗る詐欺師たちが、エルサレムを7年の間調査したといっていますが、一体どこをどう調査したのかわかりませんが、聖書の示すその場所に行き、調査をしなかったということです。このような広大な城壁をなぜ探せないのかというのです。聖書にそのまま出ているというのにです。シロアムの池の東に広大な城壁があると、そのまま出ているのです。
資産家から支援を受ける詐欺師たちは、詐欺の文化を世界的に広め、神様のみ言葉を無視させようとする目的があるがために、これを探すことをしなかったのです。人々がイエス・キリストを信じるようになれば、永世と共にとてつもない力を得るからです。また、イエス・キリストを信じれば、再臨主を待つようになり、また探そうとするからです。聖書に出てくるそのまま、23フィート、5メートルほどある広大な城壁です。全て発見しました。

 列王紀上2章を見てみましょう。『10:ダビデはその先祖と共に眠って、ダビデの町に葬られた。』 ダビデ王とソロモン王は偽りであり、考古学的な全てのデータを通して、それらが存在しないということを確信すると、教授たちが先ほど言いましたね。聖書とは反対のことを言っています。聖書では、ダビデ王のお墓はエルサレムにあるといっています。ですが、現代を引っ張っていく考古学的なデータに基づく教授たちは、ダビデ王は神話上の人物であると言うのです。しかしです。エルサレムに王たちの墓を発見しました。ダビデ王とソロモン王の墓を発見したのです。そして、これらがいつの時代のものか調べてみると、紀元前10世紀、ダビデ王の時代とピタリと合うのです。

 ネヘミヤ記3章をみると、『15:泉の門はミヅパの区域の知事コロホゼの子シャルンがこれを修理し、これを建て直して、おおいを施し、そのとびらと横木と貫の木とを設けた。彼はまた王の園のほとりのシラの池の沿った石がきを修理して、ダビデの町から下る階段にまで及んだ。』 これはつまり、ダビデの町からシロアンまで降りている階段があるということです。そして、それを南側で発見しました。(写真を見ながら)この下の部分は、イギリスの教会の私有地です。なので、学者たちが勝手にそこに入ることはできません。ですが、2004年にその教会で下水道の問題がありました。なので、必然的にその地を掘るようになります。そこで、何を発見したでしょうか?古代に建設された階段を発見したのです。(写真)ずっと掘ってみると、これほど長い階段でした。2005年になると、(写真)これほど採掘されました。そして、学者たちがそこに行き調べてみると、階段と繋がっているトンネルを発見しました。それはダビデの町、テンプル・マウンテンまで続いていました。(写真)まさにこれです。詐欺師の教授たちは、全く違うところを掘っているのです!聖書の内容のとおりに調べていないのです。探そうとしていないのです。これは、とても大きなニュースとなり、ニューヨークタイムズにまでこの内容が載るまでになりました。

 サムエル記下5章です。『11:ツロの王ヒラムはダビデに使者をつかわして、香柏および大工と石工を送った。彼らはダビデのために家を建てた。』 ツロとは、古代の王国、フェニキアのことをいい、その首都がツロです。ツロの王のヒラブがダビデ王に多くの使者を送りました。大工と石工を送り、ダビデの家を建てさせました。そのように聖書にでてきますね?では、この聖書の内容が事実であると言うことを証明するためには、ダビデのために建てた宮殿を見つけなければならず、そして、その宮殿はツロ、つまり当時のフェニキアの建築様相でなければならないわけです。ヘブライ大学のエイラット・マサール教授は聖書のとおりであれば、ダビデの宮殿は、現在イスラムの大きなモスクがあるそのちょうど下にあるというのだから、私が一度試してみたいと主張し、支援金を集めました。そして、調査を始めたところ、2005年に聖書が示すその場所に、巨大な宮殿が発見されました。6階建てでサッカー場2つ分ほどの大きさの宮殿が発見されたのです。そして、その宮殿にはフェニキア風の模様が施されていました。教授を名乗る詐欺師たちはダビデ王とソロモン王は存在しなかったと嘘をつき、世界の若者たちにそれを広めました。そして、50年の間、聖書を無視するように導きました。

6階建ての宮殿であり、また、その中からは非常に多くの陶磁器が発見されました。その陶磁器に刻まれた日にちは紀元前10世紀、聖書に出てくるダビデのその時代とピッタリ合うものでした。本物の考古学教授であるエイラット・マサール氏はこう言いました。「ダビデ王の王宮を探すのに最も決定的な手がかりになったものは、驚くことに聖書まさにそのものでした。」 詐欺は図る教授たちが支援者たちの目的に従い、世界的に嘘をついたのです。聖書は偽りではありません。神様のみ言葉です。また、イエス・キリストは神様の息子、メシアであります。そして、イエス・キリストが再臨されたその方は、文鮮明総裁、再臨主であられます!アージュ。聖書を無視してはいけません。聖書を無視するということは、科学を無視するということです。このような聖書を無視する文化を私たちの教会から取り払わなければなりません。

 アメリカの論評マガジンで、ヒラル・ハルキン、この人が何と言ったでしょうか?ダビデの王宮を発見したことに対して科学者たちが書いた内容です。「聖書では、エルサレムのある山に紀元前10、11世紀に建てられたダビデの王宮があるという。そして、それはツロ王が造らせたものなのでフェニキア風の模様が出てくるはずである。調査をしてみると、フェニキア模様が刻まれた巨大な王宮を発見した。これは試験的な内容であったにもかかわらず、この発見は聖書の内容を見事に裏付けた。」 その後、聖書に出てくる、ヨシュア、エベル、ジェダン、ヨダンなど、これら全ての内容を発見するようになりました。

 ハイファー大学の考古学科会長である、アダム・ゼルタルはこう言いました。「現考古学の結果を覆すことのできる新しい古代発掘遺跡可能地域を探査しました。この全ては聖書の申命記、ヨシュア記、士師記に基づいて探したところです。」 そして、この人の指揮下、一年の内に聖書に基づく、1000の新しい発見がされたのです。詐欺を図る大学と教授たちが偽りの文化を造り、それを現代化と呼びながら数多くの青年たちを洗脳し、聖書を無視するように導き、メシアを見ることができないようにしました。本物を知り、また科学を知るならば、行けば行くほど聖書が神様のみ言葉であることを明確に認識するようになります。

 詐欺を図るキャサリン・ケニョン教授が言いましたね?「ダビデ王の都市の建造物の痕跡をただの一つも発掘することができなかった。この地域(聖書的)内容は、古代エルサレムの人々の創造によって書かれた知識であると結論付けることができる。」 今や、これらの教授たちがより愚かにみえるようになるのです。なぜならば、証拠がそれを裏付けているからです。テルアビブ大学のフィンケンスタイン教授は「(ダビデ王の)神話のような統一王国は文字通りいつわりである。」と言い、テルアビブ大学のウシーキン教授が「その証拠自体が存在しないためである。」 という内容も全て間違っていたわけです。コペンハーゲン大学のレンチ教授も「ダビデ王とソロモン王の王国は存在しなかった」と言いました。これらの教授は、皆、幼稚園に逆戻りしなければなりません。自分たちが信じたくないから、探さなかったのです。ですが、きちんと探してみたら、一つ一つ発見されたのです。旧約、新約時代の真なる内的な私たちの先祖たちを捨て、無視するのならば、自分たちを無視するのと同じことです。聖書を理解すればするほど、お父様の価値、再臨メシアの価値、重要性、特別性、必要性を明確に理解するようになり、よりお父様を深く愛することができるのです。そのような皆さんとなれますよう祈っています。天聖経の657ページを読みましょう。


このような生活環境で、絶対的な信仰基準をもち克服するところから天国が始まるということは間違いないですが、それだけで天国が決定されることはありません。その基盤で数千年の間、神様を苦しめ、数多くの人類をもてあそんだサタンを克服してこそ、天国が開かれるのです。


 サタンを克服し、サタンが企てた詐欺と偽りの文化を取り払い、もう一度神様のみ言葉に帰り、神様のみ言葉を高く上げ、共に生活しながら、お父様に栄光を返すことのできる教会が再建設される天一国となることができますよう祈り、また祝福します。アージュ、アージュ、アージュ。

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