2015年6月19日金曜日

2015年6月16日 韓国語説教「神の全身武具2」 文亨進  <全訳>

2015년 6월 16일 생츄어리 교회 설교말씀'하나님의 전신갑주2'




2015年6月16日 「神の全身武具2」


 こんにちは、シックの皆さん。皆さんと一緒に礼拝を捧げることができることを神様に感謝します。今日は神の全身武具第2編をお話したいと思います。今日もエペソ人への手紙(エペソ書)6章の11節から18節まで見てみましょう。先週も読みましたね?今日は第2編として、もう一度読んでみましょう。


 11 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。
 12 私たちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。
 13 それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身に着けなさい。
 14 すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当てを胸に着け、
 15 平和の福音の備えを足にはき、
 16 その上に、信仰の盾を手に取りなさい。それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう。
 17 また、救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち、神の言を取りなさい。
 18 絶えず祈りと願いをし、どんな時でも御霊によって祈り、そのために目をさましてうむことがなく、すべての聖徒のために祈りつづけなさい。


アージュ。



 私たちは先週、このような『戦い』が何なのか、どのような『戦い』なのかを学びました。
韓国の伝統の“シルム(相撲)”ではなく、恐ろしい『バレストロン』、血の飛び散る『戦い』、ナイフをつけた拳でするボクシングがあり、最上階では武器の戦い、死があたりまえの、そのような恐ろしい『戦い』で、私たちは、『もろもろの支配』と、『権威』と、『やみの世の主権者』、『悪の霊』を相手にするようになります。私たちはお父様を保護し、お父様をしっかりとつかみ、お父様が下さった伝統と血統を守りながら進む勇士として、このような『もろもろの支配』と『権威』と『やみの世の主権者』と『悪の霊』を相手に戦わなければならないということを明確に知らなくてはなりません。
清平の詐欺師たちや、郭グループや、シックたちを奴隷にしたいと考える指導者たち、お父様を裏切る支配者たち、私たちはこのような霊的な世界と戦うことになります。仕方ありません。天の軍、武士となれば、キリストを保護する武士となれば、このような邪悪な異端の内容と戦わなければならないのです。保障されます。

12節で、韓国語では『もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また悪の霊に対する戦いである。』と、このように書かれていますが、古代の聖書ではそのように書かれてはいません。『もろもろの支配』を相手にするであろう、『権威』を相手にするであろう、『やみの世の主権者』を相手にするであろう、『悪の霊』を相手にするであろうと、5回いいます。『血肉に対するものではなく』、これが1回目、『もろもろの支配を相手にするであろう』、2回目、『権威を相手にするであろう』、3回目、『やみの世の主権者を相手にするであろう』、4回目、『悪の霊を相手にするであろう』、5回目です。ここでは5回繰り返します、使徒パウロが。
その『対する』という意味のギリシア語は『プロース』という単語です。聖書に出てくる、サタンの軍の構成に関する啓示は私たちに明確な答えを与えてくれます。キリストに続く者ならば、信じる者ならば、またキリストの血を継ぐ者ならば、悪の軍を相手に戦うことのできる瞬間が私たちには保障されています。逃げることはできず、避けることもできず、来る日には戦わなくてはなりません。
いつの日か必ず戦わなくてはならないのです。その12節の一文章の中に、5回、『プロース』『プロース』『プロース』と繰り返すのは、「悟り、目ざめよ、あなたはいつの日か戦うだろう、サタンの軍と戦わなければならない」という意味なのです。最大級の強調を12節でしているのです。
このようなことを私たちは先週勉強しましたね。

私たちは今、世界中の教会が滅んでいくのを見るとき、また、滅びの道を行かれるお母様を見るとき、全ての人々の心には爆発的な悲しみであふれます。
お父様が定められた経典、天聖経。一体どんな人が聖書を修正しようとしますか?そんなことをしたら、キリスト教徒たちがその人を殺してしまうでしょう。イスラム教のコーランを修正したなら、どうなりますか?首を切られてしまうでしょう。
お父様が定められた経典、特に天聖経、ほぼ80%が修正されてしまいました。80%、実に数百ページです。聖書を80%修正したと考えてみてください、皆さん。馬鹿げていて、話になりません。ありえない話です。特に、メシアが定められたのなら尚更です。(聖書の80%をつかまれ)聖書をこんなに修正したらどうするというのですか?お父様のみ言葉が80%間違っていたというのですね!?お父様の決定が80%愚かだったというのですね!?清平のサタンたちがお父様より多く知っているというのですね!?平和TVの悪魔たち。あなたたちが、お父様より多くを知っているというのですね?詐欺師たち。これは100%詐欺です。

皆さんの永生を、このようなお父様を裏切った愚かな者たちのために懸けるのならば、皆さんも愚か者となります。皆さんの誤りです、地獄に行くのです。私は自分の永生をお父様の決定に懸けます。お父様の決定、お父様はメシアですから。80%改ざん、メシアとしての生涯の80%が間違いだったというのですね、、、。これは、本当に失敗のメシアだったというのですね、、、。
また、メシアが興南監獄で血を流されながら、このような愚かな詐欺師たちのために、幾度と死の道を行かれ、拷問を受けながら幾度と血を流された中で生まれた天一国国歌、“栄光の賜物”が削除されました。家庭盟誓、祝福式、メシアが下さった祝福式も修正されました。
“神様”は“天のご父母様”となりました。なんという、、、。今や、エジプト宗教となったのですね!?ギリシア宗教。なんという、、、。

聖書の全歴史と、もはや何の関係もなくなってしまいました。ヒンズー教になったのですか!?
このようなことがありえますか?サタンだけができることです。
偽りの憲法には“原理”も入っていません。天一国の憲法に、「原理は天一国の経典の一つである」という文句がありません。
全て、お父様が承諾されなかった内容です。これは偽りです。なので、滅んでいます。
しかし、お父様の三代王権が、お父様のみ言葉と聖書の基台の上に堂々と立っているため、お父様は勝利されたのです!アージュ!お父様が選ばれた三代王権がお父様と共に立っているので、失敗することはないのです。

 お母様は対象の位置を離れ、ご自分が主体だと考える虚栄、傲慢に陥りました。(写真を映され)
韓国の情緒においても、先に逝った夫に対してこのように行動することは、夫に対する最大の侮辱です。特に王家においては尚更です。
世宗大王の妻が、世宗大王の死後、世宗大王の玉座に座ったとしたら、死を免れません。
東洋の情緒で見るとき、それは死に値するのです。
ラスベガスでも同じことをされました。お父様が完全に削除されたのです。
これはサタンの仕業としか考えられません。
韓国の一般の家庭においても、お母さんはお父さんの席を残しておくものです。
王家でもない、一般の貧しい家庭においてもです。
韓国の歴史上、このように行動する王妃がいたなら、死んでいたでしょう。
神様になりたいと思う、お母様の欲心と虚栄。聖書を読まれないからです。
このような問題がなぜ起こるのでしょうか?私たちは聖書を無視していました。
お母様も公の場で仰いました。「私は聖書を読まず、原理講義を一度も聞いたことがないが、すでに全て知っている。」 これは問題です!

 聖書は神様のみ言葉です。神のみ言葉、『ロゴス』です。
お父様が原理を明かされたとき、聖書だけを持っていらっしゃいました。聖書だけです。
その神様のみ言葉を通じて、原理が出てきたのです。しかし、私たちは傲慢なパリセ人のように、聖書を無視するようになりました。「私たちには真理があるのだから、聖書のような使い道のないゴミは必要ない。」 傲慢さ。お父様のみ言葉をいくら読んでも、その基本がなければ、神様のみ言葉の基盤の上に、お父様のみ言葉を読まなければ、お父様を偽りのキリストだと、いくらでも仕立て上げることができます。例をあげれば、私が仮にヒンズー教だとして、お父様のみ言葉を読んだ後、「お父様は平和だけを追求される平和指導者だ」と、いうことができます。
メシアだというくだらない内容は必要ない、と。ヒンズー教の立場でみるとき、「お父様は平和指導者なので、私に5,6人の妻がいても、動物と性的関係をもっても、関係ないだろう。私たちの伝統では、それが聖なることであるのだから」と。聖書の倫理、聖書の基本を外れたら、サタンの全ての悪事が現れます。
同姓愛や、動物との性関係など、聖書を離れれば、それら全ての内容が出てくるしかないのです。なので、原理には文章ごとに聖句が付いているのです。神様のみ言葉を通じて、その基盤を上でみ言葉をされるからです。
現在の原理講師たちにもこの内容が抜けてしまいました。愚かな現代学問の理論。

それが何かというと、「事実、歴史をみてみれば、聖書は不確かな経典である」というものです。「聖書は、二千年前に何人もの著者が書き、その中でも異なる部分が多くあり、また、イエス様が亡くなられた後、数十年後に書かれたものなので、信じるに値しないものである」というものです。 韓国にもこのような愚かなプログラムがあります。私も見ました。世俗的な、聖書を無視する会社のプログラムです。特に西洋に多いです。ディスカバリーチャンネルや、ヒストリーチャンネルで多く出てきます。そこでは、「イエス様は本当の人間だったのか、イエス様の話は神話だった、学者が全ての証拠を研究したところ、イエスという人は歴史上存在せず、神話であった」 このような愚かなプログラムを見ました。西洋でも、韓国でも。皆さんも、見たことでしょう。このような内容を、たぶん聞いて、見たことと思います。このような詐欺師たちは、一般人に本当の歴史を見せてくれません。本物の学者ならば、本物の歴史と証拠を見なければなりません。愚かなTVプログラムに出てくる内容を、そのまま鵜呑みにしません。証拠を見なければなりません、歴史的な証拠。

 手稿(原本)、すなわち手稿とは、著者が自ら手で書いた文書です。元々、『パパイレス』という川岸に生えている竹のような背の小さな草、それを割り、格子状に織り合わせて作ったものに文字を書きました。古代の書物をみるとき、二つの観点で見なければなりません。一つ目は、その本の著者はいつその原本を書いたのか、そして、現在私たちが手に入る最古の写本との時間の差はどれくらいなのか。二つ目は、その文献がどれほどあるのか。繰り返すと、一つ目は、本の著者がいつその原本を書き、また現在ある最も古い写本と、その著者が書いた原本との時間の差が、どれほどあるのか。そして、二つ目はその文献がどれほどあるのかです。

 ローマを勉強したいのなら、古代の手稿(原本)をみなければなりません。数千年前に書いた本です。有名な人がいますね、“プリニウス”、“小プリニウス”。私の韓国語の発音がおかしくても、笑わないでください。(笑) ギリシア語からすると、韓国語の発音自体も間違っています。“プライニー”、“プリニウス”は韓国語で“小プリニウス”ですね?“小プリニウス”は王国の組織について書いた人です。小プリニウスが書いた手稿、原本と、現在の学者がもっている写本、一番古い写本との時間差が750年です。小プリニウスが書いた原本から、750年後に書かれたものが今現在ある写本です。少し難しいですが、理解できますか?

ヘロドトス、この人はギリシア文明圏の上に立った著者であり、歴史家です。ギリシア西洋文明圏を知りたいのなら、必ず、ヘロドトスを学ばなくてはなりません。ヘロドトスが書いた原本と現在ある写本との時間差は、1300年です。
ジュリアス・シーザーが書いた自叙伝と、現在ある写本との時間差は1000年です。
アリストテレスの原本と現在の写本との時間差は1400年です。
ホメーロスが書いた原本と、現在ある最も古い写本との時間差は500年です。
プラトンの本は1200年の差です。
実に不思議です、皆さん。プラトンのような場合は、西洋の全ての大学でプラトンの哲学と理論を通じて西洋文明圏が形成されたことを学びます。ローマ時代、ギリシア時代、西洋文明圏。アメリカのトップの大学、ハーバードやプリンストンに行っても、プラトンは当然学習しないといけません。プラトンが書いた原本と現在の写本とは1200年の差があります。ですが、どんな学者や教授もそれを偽りであり詐欺だとはいいません。大学で学ぶ、プラトンの“国家”や“洞窟”など、他のプラトンの何かを教えるとしても、その本で学生たちに教えます。そうでしょう?1200年の時間的差があったとしてもです。学者や教授たちはプラトンの内容を疑いません。

アリストテレスは原本と写本の間に1400年の差があります。ですが、「アリストテレスは偽りだ、現在あるこの写本は完全なる偽りだ」そのように言う、学者はただの一人もいません。現在の写本がまるでアリストテレスが書いた原本であるかのように教えます、そうでしょう?自分が持っている写本がプラトンの原本であるかのように教えるのです。そして、幼い若者たちは「あ~、そうなんだ」と。私も、そのような愚かな若者でした。(笑)そして、そのような偽善者の教授たちが何といいますか?「アリストテレスはああ言った、プラトンはこう言った、しかし、聖書は不確かである、聖書は不確かであり、偽りである。」 プラトンはああ言った、こう言ったといいながら、そのプラトンの原本とは1200年もの隔たりがあるというのにです。
アリストテレスはああ言い、こう言ったといいながら、1400年も隔たりがあるというのに。ですが、「聖書は愚かである、聖書は信じるな、聖書を信じるならば、あなたは知識人ではない」、こう言うのです。そうでしょう?偽りの詐欺師たちです。サタンの大学です。

歴史的な証拠を見ましょう。アリストテレスは1400年の隔たりがあり、プラトンは1200年、ヘロドトスは1300年、シーザーは1000年の隔たりがあります。
アリストテレスの“詩学”は、1400年の隔たりがあります。紀元前363年に書かれましたが、初めての写本が紀元後1100年に書かれました。1400年の差です。
哲学者であり政治家でもあったプルタルコスの本は800年の差があります。
ユダヤ人出身の政治家兼歴史家であったヨセフスの原本と写本は800年の差があります。
古代書原本と写本の時間差の平均は500年です。
では、聖書はどうでしょうか。
西洋の全文明圏が、プラトンの上に、アリストテレスの上に、ヘロドトスの上に、シーザーの上に、タキトスの上に形成されているのです。
このような哲学者の原本と写本の時間的差は1200年、1400年、1000年、750年と、とてつもない時間が過ぎています。平均は500年の差です、聖書はどうでしょう?500年?プラトンのように1200年でもありません。アリストテレスのように1400年でもありません。
新約聖書は40年です、40年。どんな古代書よりも、最も原本と写本の時間差が少ないのです。

しかし、愚かな教授たちは大きなバック、つまり会社や銀行家からお金をもらうので、聖書を疑わせようとする目的があるのです。
なぜなら、その上にいるスーパーエリートたちが皆聖書を嫌うからです。聖書を信じると、神様がみ言葉を通じて、どのような行動をしなければならないか教えてくれるようになります。しかし、スーパーエリートとして世界を掌握する金と力がある人は、勝手気ままに生きたがります。数千の女性と寝たければ、それも気ままに、同性愛者として生きたければ、それも気ままに、スーパーエリートたちはそのようなものに陥るのです。聖書の倫理に従いたくないので、ほとんどが聖書を嫌うのです。「私たちは私たちの真理を探すことができる、こうやってお金持ちになったのも私が特別だからだ」と、いうのです。このような傲慢のために、聖書を嫌うのです。

また、大学はどこから支援を受けますか?皆、そのような人たちから財政的支援を受けるのです。ハーバード、プリンストンもそうです。
ロッカーフェラー、カーネギー、フォードから支援を受けています。その金づるを辿っていけば、「ああ、そこから支援を受けているので、大学がそのような教授だけを採用するのだな」と、見えてきます。そして、大学には、学生を入学させ洗脳するという目的があるんだなと、悟るようになります。

聖書を無視する文化、聖書を信じるものは愚かであるという、「知識のある我々は、プラトンを知りアリストテレスを知っている、ヘロドトスを読んだ、ホメーロスを読んだ」と。偽りの詐欺師たちです。本物の歴史を見てください、私たちにある歴史的な証拠を見てください。聖書は最も原本と写本の時間の隔たりが少ない古代書です。40年しか差がないのですから。アリストテレス、1400年、プラトン、1200年、カエサル、1000年、私たちが知るローマ帝国についての情報の源である、小プリニウスでさえ、750年の差があるのです。
教授たちが「ローマ帝国を成した、歴史上の証拠をみたらああでこうだ」というその情報はどこから出ているのですか。小プリニウスの文章から、写本からです。それは原本と何年の差がありますか?750年。
そして、聖書だけを無視し、「聖書は、イエスが死んだ後に、多くの手が加わり、編集も行われ、原本と写本の時間差がとてつもなく、ニカイア公会議によって、300年代にコンスタンティヌス皇帝がキリスト教の政治家としてキリスト教思想を使うことによって定められた聖書が、現在の聖書である」。偽りの詐欺師たち!そして、若者たちにそれを教えるのです。
若者たちの多くは、聖書は、300年代、コンスタンティヌス皇帝の下で作られたと思っています。愚かなことです。現実の歴史を何もしらない愚かさです!偽りです。
聖書は歴史上、また全世界で、最も確かな古代経典です。学者の立場でもです。原本と写本の時間差が40年しかないのです。プラトンやアリストテレスのほうが、はるかに不確かです。「聖書は不確かなものだ」という人がいたら、皆さんも同じように、「プラトンは不確かだ」と言わなければなりません。アリストテレスも、完全に不確かです。1400年が経っています。私たちが知りうるローマ帝国に関する全情報、つまり小プリニウスからの情報もすべて間違っていると、750年もの時間が経っているのだからと。タキトス、800年経っています。ヘロドトス、私たちが知るうるギリシア文明圏の古代情報の全てが、不確かなものだ、偽りだと言わなければなりません。聖書が偽りだというのなら。現存する本当の証拠を知るならば、聖書は最も確かな古代教本です。

 そして、二つ目は何でしたか?文献がどれほどあるかということでしたね。
皆さん、シーザーの映画を見たことがあるでしょう?シーザーのTVプログラムやドキュメンタリーも見たでしょう。西洋の大学では、シーザーについての専門科があり、論文を書いたりもしますが、、、。しかし、シーザーについて知ることのできる、その情報はどこからきましたか?文献から来ていますね?その文献がいくつありますか?全世界で10冊あります。その10冊の文献から私たちは、ジュリウス・シーザーはああだこうだと、ドキュメントや映画を作っています。10冊の文献からです。
プラトンの場合は、7冊しかありません。21世紀で最も影響力のある文明圏が西洋文明圏です。韓国人は西洋の勉強をしたい、中国人はアメリカに行きたいと、そうでしょう?西洋文明圏の根が誰かというと、プラトンです。プラトンはいくつの文献がありますか?7冊しかありません。私たちが知りうるプラトンは7冊の文献しかなく、原本と写本の時間差は1200年です。1200年の間に、多くの編集もできるし、偽りの内容が付け足すこともできるでしょう。
学者は常に、聖書を指し、多く修正されたと言ってきましたが、、、。現実をみれば、これが完全に偽りであることがわかります。

タキトスは、ローマについて書いた著者であり歴史家です。タキトスと小プリニウス、今の学者たちは、この二人の目と文章を通して、古代ローマの絵を描きます。ドキュメンタリーや映画を作り、皆さんも見られたことと思います。タキトスの原本と写本の時間差が1000年です。タキトスが書いた文献がいくつありますか?33冊あります。古代の文献としてみたとき、33冊は多いほうです。私たちが知る全ての古代ローマ時代の情報は、その33冊から出てくるのです。
アリストテレスは、いくつの著作がありますか?49冊、多いですね?古代の文献としては多いほうですね。聖書は文献がいくつあるでしょうか?アリストテレスのように49冊?タキトスのように33冊?プラトンのように7冊?シーザーのように10冊でしょうか?聖書はいくつでしょうか?5万3千冊です。5万3千。新約聖書は2万7千の文献があり、その中の5800冊はギリシア語で書かれています。旧約聖書は2万6千の文献があり、二つを合わせたら5万3千の文献があるわけです。
聖書は歴史上、古代の歴史上、最も多く書かれた本なのです。イエス・キリストの話が、、、。シーザーはいくつありましたか?10冊。学者たちはシーザーを通して、ローマをよく知っていると思っています。10冊の文献を通してです。プラトン、今の西洋文明圏は7冊の文献の上に形成されているのです。タキトス、33冊、アリストテレス、49冊、聖書は5万3千冊です。
ホメーロスの“イーリアス”、それは1800の写本があります。これも多いですが、聖書の5万3千とは比べ物になりません。

平均的古代文献を積み上げると、150センチ程度になりますが、聖書の文献を積み上げると、4キロメートルほど天に上るようになります。古代書物の平均が150センチですが、旧約と新約を合わせれば、4キロメートル天を上るのです。世界歴史上、最も確かな経典です。プラトンより数千倍、アリストテレスや、タキトス、カイザーよりも数万倍、確かだというのです。ですが、不思議です。学者はなぜいつも聖書が不確かだというのでしょうか。その他の世俗的な内容を確かだと言い、、。なぜ?サタンのせいです。

33年生涯の内、3年間公的な路程を歩まれ、貧しい家庭で生まれ育ち、犯罪人として十字架に掛けられ死んだ、そのイエスという人間が、どうして全古代歴史において、最も多くの文献を持つようになったのかというのです。シーザーよりも、どんな王や皇帝よりも、なぜ、33歳のイエスという人間、3年間だけ公的路程を歩んだ人が、豆のような人間が、歴史上最も多くの記録を残したのかというのです。イエスという小さな貧しい人間に対する記録が、どんな王や皇帝よりも多い、5万3千冊もあるのです。プラトンは7冊、アリストテレスは49冊、シーザーは10冊、不思議ですね?
イエス様は本物のメシアであったからです、皆さん。イエス・キリストは本物のメシアでした。王中の王。そして、再臨のイエスは誰ですか?再臨のイエスは、私たちのお父様です!お父様に大きな拍手を送ります!学者や大学に惑わされず、現実を知らなければなりません。イエス・キリストを疑うならば、聖書を疑うならば、西洋文明圏と、古代文明圏全てを無視しなければなりません。

 これは韓国語での説明が難しいですね、、、。
ローマの大哲学者、プラトン、アリストテレスの著作を、2000年の間、人々が写し書いた写本の数より、キリスト教200年の間の新約聖書の数がより多いのです。そのように、イエス・キリストという一人の人間が、世界を変えたのです。無神論者たちはこのように言います。「マルコによる福音書16章、ヨハネによる福音書7,8章に問題がある」。また、「5万3千の文献があっても、40万箇所の相違がある、なので、聖書は信憑性に欠ける」と、そういうのです。皆さんも、聞いたことがあると思います。ですが、その5万3千の文献の中の、40万の相違がどういったものなのかというと、7、8割はスペルの間違いです。スペル、ただ、書き間違えてしまったのです。聖書の中の意味を変えてしまうという相違は、40万の中の1割にも満たないのです。そして、本来のキリスト教の思想と哲学と神学に反する例話は、40万の相違の中にただの一つもないのです。そのほとんどは、スペルの間違いでした。2千年前を考えてみてください。コンピューターもコピー機もありません。数百、数千ページを手で一つ一つ書かなくてはいけませんでした。なので、スペルの間違いは出て当たり前です。中心キリスト教思想から離れる例話が追加されたり、変えられたりしたことは一切なかったのです。神学的な内容を、韓国語で説明するのでとても難しいです。

 私はハーバードで勉強しましたが、ハーバードは詐欺です。一度もこのような歴史的証拠を学生たちに教えてくれませんでした。完全に聖書を無視しています。「イエス・キリストという人は人々が作った神話上の人物だ」と、このような愚かな話をハーバードの学生たちにするのです。そういった教育を受けたハーバードの学生たちがその後、世界的な指導者になるならば、世界指導層は皆、聖書を無視するようになるのです。本物の歴史、本物の証拠を見ません。聖書を無視するという、サタンの偽りの目的があるのです。今、私たちの教会を見るときに、私たちも聖書を無視するサタンの文化に入っています。

お父様は聖書の全体を知っておられます。創世記からヨハネの黙示録まで、完璧に理解しておられます。お父様のみ言葉をみてください。「聖書はこうだ、聖書にこういった言葉があっただろう、聖書にはこう書いてあった」と。お父様には聖書だけがありました。
しかし、その後、天使長たちが私たちの文化を聖書を無視する文化と変えました。
原理に、聖書の多くの部分が比喩、象徴、例話であるとありますが、キリスト教の誰一人、それを批判することはしないでしょう。聖書の中のあるものは象徴的な内容であると言っても、キリスト教徒は皆、その内容に同意するでしょう。それはおかしなことではありません。イエス様も例話で、比喩と象徴でお話されました。ですが、原理にある、聖書は象徴と比喩が多いというその部分を切り取って、聖書は偽りであり、間違っているという、とんでもない飛躍をしてしまいました。
原理で聖書は偽りだといいますか?いいえ、聖書は神様のみ言葉だといいます。それは、原理の文化ではありません。天使長、サタンの文化です。私たちは原理の文化ではなく、サタンの文化の中にいました。原理を本当に理解したいのなら、聖書をお父様と同じくらい理解していなくてはいけません。聖書を真剣に研究しなくてはなりません。成約時代に生きたければ、旧約と新約時代を理解しなければなりません。

韓国人として生きるなれば、自分の先祖たちを理解しなければならないでしょう?そうやって、教育するのでしょう?先祖のことは学ぶ必要はないと、そのように教えるのですか?そのように教える学校がありますか?
ならば、なぜ、成約時代に生きる私たちは、神様の摂理の先祖たちをなぜ深く深く掘って勉強しないのですか。神様の摂理の先祖たちが持っていた聖書を、私たちはなぜ無視しているのですか。
理にかなわないのです。聖書を無視すると新約時代を無視するようになります。そして、メシアを無視するようになるのです。

聖書はメシアについて教えてくれます。聖書は再臨主は新郎であることを、明確に教えてくれます。聖書を知れば知るほど、お父様が本物の新郎であることを明確に知ることができるのです。
サタンは、私たち統一教会員を聖書に対して無知な人間にしたかったのです。
聖書をみれば見るほど、イエス様がどのように行動されたのか知れば知るほど、お父様が現れます。見えるのです。他の宗教の経典にはありません。メシアとして来られた完璧な人間が、宴会場を回られながら、娼婦や賭博師と共に時間をすごされ、、、。
お釈迦様、モハメッド、孔子、皆、そのようにしませんでした。イエス・キリストだけがそのようにされました。そして、再臨のイエス、お父様もそのようにされたのです。イエス様のように、最も罪深い罪人たちを尋ねていかれました。山にこもり、お寺を作ったりして、罪の世の中から逃げるようなことはしませんでした。イエス様は罪の世界に行かれました。罪の世の中に行かれ、罪人を生かされました。

 皆さん、本物の歴史を知る本物の学者ならば、聖書を無視することはできないのです。愚かなものだけが聖書を無視するのです。特に、お父様をしっかりつかみ、お父様の伝統を守る勇士として立つために、私たちはお父様と同じくらい聖書を理解しなければなりません。そうすれば、お父様が一体どなたなのか、唯一のアルファとオメガ、唯一の特別な方、絶対唯一の神様の実体であるその方がどのようなお方だったのか、また、どのようなものを私たちに下さったのか、理解するようになるのです。

“神の精子”、これは皆さん、お父様が作ったおかしな内容だと思っているでしょう?聖書を知らないからです!ヨハネの第一の手紙をみてください。“救われたものは、罪を犯してはならない。なぜ?神の種を受けたから。” ギリシア語で種は『スパマタ』、それは『精子』という意味です。農夫が植える種ではありません、男性の精子です。お父様はおかしなことを仰いません。お父様は聖書のみ言葉、神様のみ言葉をされるのです。
分封王、分封王という言葉も、皆さん、よく聞いたでしょう?それも、聖書からきた言葉です。お父様がされた全ての内容は、聖書の歴史を完成させる役事です。なので、聖書を無視してはいけないのです。

 時間が思ったより過ぎてしまったので、来週、神様の全身武具については話します。
私たちはサタンに洗脳され、聖書を無視する者たちとなってしまったので、神様の全身武具をまとう、この時間、皆さん、聖書をもう一度開かなくてはなりません。お父様と同じくらい、聖書を理解しなくてはなりません。そして、聖書を読めば読むほど、皆さんは見るでしょう。神様の役事と聖霊役事、そしてお父様が見えるでしょう。なぜ、お父様はこういう行動をされなければならなかったのか、なぜああいう激しいみ言葉をされなければならなかったのか、聖書を見れば見るほど、神様の歴史を見れば見るほど、お父様がなぜ、あのような内容をされなければならなかったのか、明確に知るようになります。
そして、聖霊の役事を通して知恵が生まれ、お父様を保護しお父様のためにサタンを退け、サタンの王国を滅ぼし、神様の王国、天一国を建設する勇士となられますよう、祈っています。
アージュ。


<ヨナ様>
 
 もう一度、文牧師に拍手を送ります。ここ数日間、韓国語の名前を覚えるために、非常に努力されました。上手でしたよね?
 私たちの草創期の歴史をみるとき、本当に修練会がたくさんありました。一日修練会、三日修練会、7日、21日、40日修練会、いろいろな修練会がたくさんありました。草創期には40日修練会をするたびに、講師が強調したことがあったそうです。それが何かというと、40日修練会が終わるまでの間、聖書を創世記からヨハネの黙示録まで一読すること、これを講師は必ずしなければならないと強調したそうです。なので、草創期に40日原理修練会を受けた方たちは、聖書を一読されたということでした。そのことを私が知った時、悟ったことがありました。だから、草創期に多くの聖霊の役事があったのだな、と。ある方は、土下座をしながら、「お父様、あなたがどなたか分かりません。あなたは本当にメシアなのですか?」と、涙を流しながら談判祈祷をしたところ、急に体が麻痺し、体を動かすことができなくなったという証も聞きました。他にも、聖霊と心霊を感じたという証など、本当に数多くの聖霊役事の証が草創期に現れました。

 しかし、亨進様の今日のみ言葉にもあったように、私たちの教会が少しずつ聖書から、聖書の権威から離れるようになり、「私たちに聖書は必要ない、神学大学になぜ行くんだと、キリスト教神学大なんか行く必要ない」と言い、また聖書を勉強する人を無視する、このような文化が少しずつ形成されました。私が聖日の子供礼拝を受けていたときだったので、たぶん80年代だと思います。鯨に食べられたヨナの話や、イエス様の話、聖書の歴史を学んだことを覚えています。ですが、本当におかしかったのは、聖書を学ぶ傍らで、先生は「聖書はああこうで、あまり信用できないんだよ」と、このように話をするのです。聖書を学んでいるのに、聖書に権威がないと話をするので、一体聖書を学べという話なのか、学ぶなという話なのか、よくわかりませんでした。

 その後、2000年度末頃、亨進様が天福宮にいらっしゃったとき、私たちが子供礼拝のカリキュラムを一緒に作っていく過程で、亨進様は強く聖書の教育を強調されました。小学生の礼拝では70%聖書、30%原理講論、そして、10代になり高学年になったら、それを反対にして、70%原理講論、30%聖書。聖書の基盤がなかったら、原理講論も理解することができず、結局お父様も理解することができない、これを非常に強調されました。今、私たちの教会の中で、多くの人々が話す内容の一つが、「私たちの教会はとてもすさんでいる(乾いている)、聖霊の役事がない」ということです。ある伝道部長の方が、私たちにこう言いました。その方が、キリスト教の教会に訪問したのですが、逆に自分が非常に恩恵を受けたというのです。とてもはずかしくて、どこかで話すことができないと。そこには聖霊の役事があるのに、なぜ私たちにはそれがないのかと、髪の毛をむしりながら、悩んでいらっしゃいました。

 なぜ、そうなのでしょうか。結局は私たちが聖書から離れたために、聖書の権威を無視し、聖書を勉強しないで、神様の摂理の歴史を上辺だけ表面的に学び、それでもって、「全て知っている、聖書について私は全部知っている」と、そのように考えたためではないかと私は思います。もちろん、キリスト教から私たちは多くの迫害を受けました。そのために、肩身が狭くなり、縮こまってしまったのかもしれません。ですが、キリスト教人が私たちを迫害したことと、聖書の真理とは事実別の問題です。他の統一教員たちを批判するつもりはありません。ただ、自分自身をみるときに、2世として生まれ、聖書を勉強しなかったので、ある面、自分が傲慢だったなと思うことが多々あります。

創世記に出てくる聖書の登場人物、数名の名前だけ覚え、また、あの人はこうやって失敗したんだってと、その人のストーリーの一部だけを知りながら、聖書について全部知っているかのように、これは傲慢です。傲慢であると同時に、無知です。
ですが、私もその中にいながら、それを知らなかったのです。お父様も常に、「無知には完成がない」と仰いましたが、そのみ言葉が本当に正しいと思います。また、周りの人が聖書について、「聖書のこのような人物が、このような話をしたよね」というのですが、私がその人物の名前を一度も聞いたことがないとき、聖書にそんな人物がいたっけ?と、自分がまるで馬鹿のように感じ、そんな人物がいるみたいだな、でも私は知らないと、信仰に対する自信と、真のお父様に対する自信、神様を証する自信が地に落ちるような、そのような経験を多々しました。

荒野に来て、もう一度聖書を開き勉強するようになり、私が深く、心から悟ったことがあります。それは何かというと、主と再臨主は本当に一つなのだな、ということです。
イエス様が聖殿を清潔にするためにテーブルをひっくり返された時、イエス様が「お前はサタン悪魔の子である!」と言われたとき、また、イチジクの木を実が生らないと、燃やしてしまわれたとき、そして、イエス様が「私はアブラハムの前に生まれた、アブラハムの前からいる者だ」と言われたとき、そのような話を聞くと、私は、これは一体どういうことだろうと、頭を悩まします。簡単に理解できないではないですか?ですが、イエス様がその言葉を言われるとき、2千年後にいるであろう、シックの皆さんや私のような人のために、そのみ言葉を準備され、後に来るであろう再臨主を準備されながら、その言葉を言われたのです。

お父様のみ言葉をきくとき、お父様はこのみ言葉をなぜされるのか、全く理解できないことが多いです。私たちは、イエス様はこのように偉大なみ言葉を語られたといって、聖書全体を読むことをしません。後で、聖書を一度読んでみてください。
私は、どこで最も涙が流れたかというと、イエス様が偉大な宣布をされた後、偉大なみ言葉をパリセ人たちの前で語られた後、しかし、つねにその下にこのような文句があります。『しかし、誰一人としてイエスの言葉を信じなかった』。
私はその文句を読むとき、本当に、イエス様がいらっしゃったその当時であれ、再臨主がいらっしゃったその当時であれ、主の生き様がどうであったのかということを感じ、お父様が地上に生きていらっしゃる時、このように冷遇され非難されたように、イエス様も非難され、誰からももてなされずにこの道を歩まれたのだなと思い、涙を止めることができませんでした。

 シックの皆さん、お父様の聖霊の役事を感じたいと、皆言います。でしたら、もう一度、四大福音書を開き、そして、使徒行伝を読み、また、石に打たれ、監獄に行きながらも主を証した、パウロの役事を読んでみてください。そうするならば、お父様の聖霊が私たちに来られ、お父様がとてつもない聖書の歴史を蕩減復帰され、完成するために来られた私たちの再臨主なのだなという思いが、心に熱く熱く押し寄せてくることと思います。シックの皆さん、再臨主と主はひとつです。
今日、全ての栄光を、主と再臨の主の前に返したいと思います。アージュ。


<亨進様>


 「聖書を学ぶことは後退することだ」、そのように言う者が後退しているのです。異邦教のように、ヒンズー教のようになっていっているではないですか!?
私たちが聖書を勉強する理由は、そこにお父様が現れるからです。
聖書は『ロゴス』です。神様のみ言葉。その聖書のみ言葉を通じて、お父様の宣布をはじめ、全ての内容が出てきたのです。その根を理解してこそ、お父様のみ言葉がどういう意味なのか理解し、その根を理解してこそ、メシアであるお父様を理解できるのです。再臨のメシアは新郎であるということをしっかり悟り、お父様に大きな栄光の拍手をおくります。
アージュ。

天聖経、342ページを一緒に読みましょう。


 血統的転換を成すためには、アダムの骨髄まで、骨肉の中心部まで入り、将来子供となるその種に神様の愛と結束した勝利的条件を従属させなければ、将来神様の子女として生まれることはできません。これは、理論的に間違いないというのです。聖書にそうして来た記録があるだろうか?そうだとしたら、聖書は神様のみ言葉だというのです。


アージュ。

 皆さん、聖書を開き、神様の聖霊の役事を目で直接見て、成約時代に再臨されたイエス様であるお父様にもう一度会い、お父様を保護し証することのできる皆さんとなられますよう心から願います。

アージュ。

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